闇を纏い闇で蠢くもの




闇を纏い闇で蠢くもの
最善を尽くさん者達の対話
津守睦
ミッドチルダ郊外
時空管理局EF演習場
 何時もは怒号と戦争騒音に満ちている演習場であるが、この日は静かであった。
 だが、静かである=人が居ないではない。むしろ、通常の演習より多くの人員が集結していた。
 彼らは整然と列を成し、人の回廊を形成していた。人の回廊は陸士の茶、海士の青、空士の白、そして空挺の緑と黒。管理局武装隊の主要部隊の隊員で構成されており、皆例外なく礼装を身に纏っている。
 彼らの視線の先、回廊の先の空間が歪み、一隻の船が現れる。その船の出現と同時に、向かい合うように並んでいた人の回廊は、一糸乱れぬ動作で転移してきた次元航行艦の方を向く。
 視線が集中して船であるが、お世辞にも優美とは言えない。艦影は、巨大なティッシュ箱を連想していただければ良い。しかも、艦の外殻は所々凹み、塗装は剥げている。本来は、白いペンキも鮮やかに書かれている筈のTSAB――時空管理局(Time-Space Administration Bureau)の英略も見事なまでに摩り剥げている。
 輸送L級24番艦『スケープ・オブ・ゴート』である。処女航海を先月行い、初の任務よりの帰還である。
 『ゴート』のハッチが軋んだ音を立てながら開く、全員が姿勢を正した。脇に控えている楽隊は演奏の準備を静かに整える。
 ハッチが完全に降り切り少しの間の後、隊列を組んだ局員たちが降りてくる。皆、防護服に身を包みデバイスを担ぎ、見事な分列行進を披露する。
 楽隊が凱歌を奏で、回廊を形成する局員たちが一斉に敬礼する。数分後、隊列は演習場奥の建物の中に消えたが、局員たちの回廊は維持され続けている。
 凱歌が鳴り止み、隊列が完全に消えたのを確認すると、『ゴート』より新たな隊列が降りて来る。彼らは皆礼装に身を包んでいる。
 しかし、この隊列の主役は彼らでは無い。隊列の本当の主役は彼らが担いだ棺の中に眠っている。彼らは永久に寝覚め無い眠りの中に居る。
 楽隊が鎮魂歌を奏で、弔砲が放たれる。最敬礼を行う局員の回廊の中を棺の隊列がゆっくりと進んで行った。
 彼らは『第四次ルルイエ攻略戦』の戦死者たちである。攻略部隊は武装隊から組織の枠を超えて抽出された為に、色とりどりの回廊が出現したのである。無論、上級指揮官も各組織より多数出席しており、その中にレジアス・ゲイズの姿もあった。


 翌日、レジアスは自分の執務室で書類と格闘していた。デスクワークこそが彼の仕事の本質である。
 彼が代表を務める首都防衛部隊は巨大な部隊である。我々の世界の1個師団でも、存在するだけで一日トン単位の物資を必要とする。無論、消費する物資を購入する為には正規の書類が必要となる。つまり、通常業務でも膨大な書類が発生する訳である。当然、その殆どは事務方の職員の仕事であるが、責任者であるレジアスはどうしても最終的な裁可を行わなければならない。首都防衛部隊となれば、目を通すだけでも一仕事である。
 「ふぅ」
 レジアスは息を深く吐きながら、全身を椅子に預ける。ギシギシと椅子が悲鳴を上げるがそれは無視した。
 ふと、机の端で埃を被っている写真立てを発見した。思わず手にとり、指先で埃を払う。
 「ほぉ」
 思わず息が漏れた。そこには過去の自分が写って居た。無論一人では無い。士官学校時代の同期が其処には居た。写真の中の自分たちは皆希望に満ちた目をしていた。
 「老けたな」
 写真の自分を見ながらレシアスは呟く。確かに、一見では写真の人物と今のレジアスは別の者にしか見えない。彼は年をとり、その目には入局当時の輝きは色あせて澱んでいる。若き頃の情熱は既に冷め、組織の歯車、中将としての自分を演じ続ける事に疲れていた。
 思い出すと、小隊長や中隊長として戦場を駆け回っていた日々が、人生の中で尤も輝いていた。過去を振り返れば振り返るほど、自分は引き際を誤ったのではと言う考えが脳裏に浮かぶ。しかし、彼はまだこの役を降りる訳には行かなかった。
 彼の背中には、多くの局員の命と地上世界の安全が圧し掛かっている。少なくとも、後任が背中に圧し掛かる責任という重圧に耐えられるかを見極めるまでは辞める事などできはしない。無能が自分の後任になれば、多くの局員が命を落とし、地上世界が暗闇に呑まれるかもしれないのである。
 過去の追憶と、己のなすべき事に思いを廻らしていたレジアスを現実に呼び戻すかの様に卓上のインターコムが鳴る。
 「何だ」
 レジアスは姿勢を正して、インターコムのボタンを押す。
「閣下、中央即応集団司令のタツヤ・スガヌマ少将がお見えです」
 副官であり、秘書でもあるオーリスが来客を知らせた。
 「通せ」
 「了解しました」
 数分後、オーリスに先導されて漆黒の制服に身を包んだ男がレジアスの執務室に現れる。
 「久しぶりです。閣下」
 黒服の男が、制帽を脱いでから挨拶をする。レジアスも好意的な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「直接顔を合わせるのは、貴様の就任式依頼か?」
レジアスは彼に近づき、彼の肩を軽く叩くと。
「しかし、その服は貴様には似合わんな。やはり、貴様はODの制服がお似合いだよ」
そう言うレジアスに、男―スガヌマ―は少し困った様な顔をした。
「気に入ってるんですがね」
 スガヌマの台詞を意図的に無視したレジアスは、彼にソファーを勧め、自分も反対側に座り。
 「で、用件は何だ?評議会直属部隊の司令官殿が、非公式にこの場を訪ねるとは何様かな?」
 先程とは違い、鋭い眼光でスガヌマを見据える。
 「実は、評議会において、中央即応集団の解体或いは縮小と言う動議と中央即応集団の指揮権を本局に移譲すると言う動議が同時に提出されまして」
 「それは本当か!?」
 レジアスは目を見張った。スガヌマが指揮する中央即応集団は、評議会の肝いりで編制された部隊である。母体となったのはスガヌマの原隊である第一空挺団に、新設の第二空挺団、第一魔道教導団(本局の戦技教導隊とは別)、さらに空中機動連隊を中核とし、専用の次元航行艦を始めとする各種輸送部隊と支援部隊を組み込んだ部隊で、主要世界なら24時間以内に主力の投入が可能であり、48時間で全兵力が投入可能な戦略起動兵力である。
 それを解体ないし、本局への指揮権委譲と言うのは、評議会直属兵力と言う本局や地上本部に対するアドヴァンテージの消滅を意味し、評議会の発言権の低下と言うことである。その様な動議が出るのは、レジアスにとっては蒼天の霹靂であった。
 「本当です。結論は先送りになりましたが…」
 答えるスガヌマの声には疲労の色が見える。彼は自分の部隊と部下たちを守る為に東西奔走しているのだろう。
 「で、何処の意向なのだ?」
 「二空を使って調べた所。聖王教会のロビイストが積極的に活動しています。恐らくは、“例の予言”関連でしょう。向こう側は、早急に兵力を欲している様ですので。我々は丁度良い鴨と言う事でしょう」
 “例の予言”という事でレジアスの表情が変わった。そして、明らかに侮蔑の混じった声で言う。
 「たかが一人の小娘の力でそこまでするのか?上層部は気でもふれたか?」
 「全くです。一人の異能でそこまでするのは、異常としか言えません」
 二人の言う事は常識的に考えれば正論である。巨大組織の行く末に、当たるか定かでは無い“予言”と言う能力が関与しているという事態は異常と言って良い。
 「例え、その予言とやらが100%の的中率を持っていても、それが組織の維持運営に口を出すべきでは無い。一個人の能力に組織の行く末を任せるのは非常に危険だ」
 「全くです。レアスキルと言うのは替えが存在しないと言う時点で大きな欠陥を抱えていると言わざるおえなせんからね。しかし、上層部はそうは思っていないらしい。その予言が、果たして“本当の予言”であると言う保障があるのでしょう?」
 二人は一通り上層部に対する不満を漏らす。二人とも経験から“不確定な力”という物を嫌っていた。それは軍人としては当然の判断である。軍人は本能的に、“一定の力”“補充の効く力”という物を欲するからである。
 「本局と教会の連中は“ルルイエの悲劇”を繰り返すつもりか?」
 レジアスの言葉に、スガヌマは強く反応した。
 「全くです。現地にいた自分たちは、そう思えて仕方がありません」
 「貴官もあの場に居たのか…」
 「はい、そして現在も、ルルイエは私の部下を奪っています」
 彼らの言う“ルルイエの悲劇”とは、第一次ルルイエ攻略戦の事である。この作戦は、本局が入手した不確定な情報により作戦が立案され、結果的に増援として投入された陸士部隊と空挺団が壊滅的な被害を受ける結果となり。そして昨日の様子からも解るように、今でも戦闘状態が続き、多くの人員と装備が湯水の様に消費されている。
 「で、本題ですが。閣下の管理地域に我部隊の一部をお預けしたいのですが」
 スガヌマは、トーンを落とした声で言う。
「ほぉ」
 レジアスは顎に手をやる。中央即応集団がその様な事をする事は異例な事である。
 「我部隊は動議の結果がどうであれ、先のルルイエ攻略に兵力を割かれた為に、戦力が非常に消耗しています。現象の情勢下では、戦力を回復する余裕は、正直申し上げますと、無いと考えております。しかし、予測しうる最悪の事態を想定しまして、最良の兵力…二個作戦群を閣下にお預けしたいと考えております」
 スガヌマの提案を意訳するなら、“手元の兵隊が少なくているんだけど、補充する時間が無い。でも、不味いことが起こりそうで、手元に兵力が欲しいから。上に兵隊を擂り潰される前に、少し兵隊を預かって”と言うことである。
スガヌマの提案に、レジアスは酷く冷たい声で彼に尋ねる。
 「貴官の、想定しうる事態とは何かね?」
 その問いに、スガヌマも酷く冷たい声で答えた。
 「本局と聖王教会はある目的の為に動いているのでは無いでしょうか?この所の連続した出兵ですが、聖王教会と本局の兵力はあまり抽出されておらず。結果として、彼らの兵力は温存ざれています」
 スガヌマは暗に、本局と聖王教会は管理局の主導権を強硬な手段で握ろうとしているのでは無いか。と言っているのだ。 
つまり彼は、聖王教会と本局によるクーデターの可能性を指摘している。
スガヌマは恐らく、それの決定的な証拠を得る為に暗躍しているのだろ。彼の隷下には二空と言う戦闘部隊の皮を被った諜報部隊を持っているし。スガヌマ自身も管理局の暗部を渡り歩いてきた人間で、一部からは“管理局で尤も危険な男”と言われている人物である。その彼なら、事の真偽を確かめられるであろう。
 「解った。貴官の提案を受けよう」
 レジアスは静かに言う。
 彼は聖王教会の騎士団というものを疎ましく思っていた。現情勢下では管理局と聖王教会は友好関係にあるがそれは永遠では無い。“組織に真の友人は存在しない”と言う格言は永遠のものであり。故に管理局は少なからぬ兵力をベルカ自治領周辺に展開している。少なくとも、教会が騎士団を持たなければ、貼り付けている兵力を多方面に振り分け、現状の正面戦力の不足と言う状態を幾分かマシにできる筈である。奴らが私欲の為に蠢動をしているなら、自分はそれを阻止する為に出来る最善の事を行うべきである。
 それに、スガヌマがこの様な提案をするという事は、評議会が本局と教会に対抗する為の行動を静かに深く行っている証拠である。スガヌマがいくら優秀であると言っても、評議会が内諾を出さなければこの様な事はしない。それに、彼自身がココに来るのも協議会の本局と教会に対する牽制であろう。本当に秘密裏に事を進めるなら、タツヤ・スガヌマと言うVIPを派遣しない。その様な場合は自由に動け、余り注目されない大隊長クラス(二佐から三佐)か、中隊長クラス(一尉か二尉)、相当無理をすればだが、作戦群司令クラス(准将から一佐)を此方に派遣してくる筈だからである。
 総合的に判断して、レジアスはスガヌマの背後に居る者たちからの提案を受け入れることにした。
 「閣下なら、そう言って下さると思いました」
 スガヌマは笑みを一瞬浮かべると、自分の直通アドレスを書いた紙片を机に滑らすと、ゆっくりと立ち上がる。
 「もう行くのか?」
 「はい、一応、“ココには居ない筈”の人間なので長居する訳にはいきませんよ」
 スガヌマはそこで言葉を区切る。
 「此方からの連絡は、私の長男と義理の息子が行います」
 そう言うと、自身を影の様に消す転送魔法を発動させ、レジアスの前から姿を消した。
 「デバイスも使わずに…見事だな」
 必要最小限の魔方陣を必要最小時間発動させるという高度な魔法の残滓を眺めながら、それを行った人物が残した紙片を手にとり…異変に気が付く。
 「?」
 紙片をよく観察すると、この紙片事態が魔力を通す事で情報を吐き出す一種の記憶媒体である事が判明した。
 「ふん、味なことをしてくれる」
 レジアスは鼻を鳴らすと、紙片に魔力を通した。途端に情報の本流と言うべき物が、彼の眼前に表示された。
 「ほぉ、流石はと言うべきだな」
 レジアスは感嘆の声を漏らす。表示された情報はどれの機密事項に類するもので、その中には彼が欲しがっていた情報も含まれていた。
レジアスはその全てを脳裏に焼き付けると。灰皿を取り出し紙片をその上に置き、自らの魔力で紙片を灰に返した。
「借りを作ってしまったか……」
レジアスはそう呟くとデスクに座り、執務を再開した。それが、今自分が為すべき最良の行動だからである。
次元世界はその内面に多くの蠢動を潜ませながらも表面上は平穏であった。

闇を纏い闇で蠢くもの 完





あとがき

どうも、一般のなのはSSとは毛の色が違うSSを書き続けて居る。津守です。
今回も他に書く人が少ない話題を主題にしてみました。
教会と管理局本局のクーデターと言うのは全て想定です。他の派閥の人間なら、状況証拠で考えつくのでは無いかと思い、オリジナルキャラクターのスガヌマ閣下に語って戴きました。
今回はレジアス閣下です。
一人だけ、毛の色が違う作品に仕上がっていると思います。
それでも、楽しんでいただけたら幸いです
では、別の作品でお会いいたしましょう。
津守睦さん

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