空翔る翼、再び




 ――その時はまだ、いつもと変わらない、任務だと……そう思っていた――

「ヴィータちゃんと一緒に武装隊の演習に付き合うんだ」

 笑顔でそう言うなのはの表情は、いつもと何も変わらない……様に見えた。
 しかし、ユーノには……長年なのはを見続けていたユーノには、僅かな違和感を感じた。

「……なのは、疲れてる?」
「そんな事ないよ。元気元気!」

 力こぶをつくる真似をして元気をアピールしようとするなのはだったが、ユーノは小さくため息をついた後、少しだけ怒った表情を浮かべた。

「なのは……前に言ったよね?『僕の前では嘘はつかないで欲しい』って……」
「うっ……ごめんなさい」

 なのはは申し訳なさそうに頭を下げた。

「本当は連日の演習でちょっと……でも、これ終わったら休暇ちゃんと取るから……」
「ごめん。別になのはを責めてる訳じゃないんだ。やっぱり心配なんだよ」

 ユーノの表情が少しだけ暗くなった。
 なのはの隣を離れて2年、なのはを守る事が出来なくなったユーノが唯一出来る事は、こうして体調を心配する事だけだった。

「ねぇ、ユーノ君……その休暇なんだけどさ、一緒にとって、どこか行かない? ユーノ君と色々と話したい事あるし」
「う〜ん、最近また忙しくなってきたしな〜」

 なのはは、淋しそうに顔を伏せた。

「……そっか、仕方がないよね。でも、ユーノ君だって無茶したら駄目だからね」
「あはは、なのは程無茶は……」

 ピピピ……

「どうかしましたか?」
『スクライア司書長、総務部から「いい加減、休みを取れ」との連絡が……』

 チラリとなのはを見ると、こっちをジト目で見ていた。

「でも、今僕が休んだら……」
『……何でも自分でしようとしないで、少しは下の者の力を使って下さい。もう3週間連続出勤ではないですか』
「あ……いや、それは……」

 ユーノは、もう怖くてなのはの方を見る事が出来なかった。

『とにかく、近日中に必ず休暇をとって下さい。では』

 ピッ

「……」
「……ユーノ君?」
「な!? 何かな? なのは」

 ユーノは恐る恐る、なのはの方をゆっくり向いた。

「ユーノ君だって無茶してるよね……」

 ニコニコしながら、なのははユーノに近付いた。

「だから、これは……」
「してるよね」

 なのはは、さらにユーノに近付いた。

「あのね、なのは……」
「ユーノ君」

 なのはは、ユーノの目の前で止まった。

「……今度の休み、どこに行こうか、なのは」
「ユーノ君とゆっくり話したいから、海鳴臨海公園がいいな」
「わかった。じゃあ、帰って来たら細かい事を決めよう」
「うん!!」

 心の奥底から嬉しそうに、頬を赤くしながら笑うなのはを見て、ユーノもつられて笑った。

「じゃあ、行って来るね、ユーノ君」
「行ってらっしゃい、なのは」

 笑顔で司書長室を出て行くなのはをユーノも笑顔で見送った。



 ――しかし、約束は守られる事は無く、休暇を一緒に過ごす事もなかった――
 ――なのはは、笑顔を浮かべる事なく、物言わぬ身体で本局に帰還した――



 ユーノは走っていた。
 身体のあちこちが悲鳴をあげていたが、さらにむち打って走り続けた。

『嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!』

 最初、司書から話を聞いた時は、耳を疑ったし、悪い冗談だと思った。
 しかし、司書の表情を見て、ユーノは手にしていた資料を投げ捨て走っていた。
 病院のある一角で、ユーノは足を止め、肩で大きく息をした。

「ユーノ……」

 声がした方に顔だけ向けると、そこには涙をボロボロ流したフェイトがいた。
 そして、ユーノが最後だったらしく、周りには、はやてを始め、いつものメンバーが顔を伏せて黙って立っていた。

「ユーノ……なのはが……なのはが!!」
「フェイト、落ち着いて……クロノ、フェイトを座らせて落ち着かせるんだ」
「あ、ああ……さぁ、フェイト」

 クロノに肩を借りて、フェイトがイスに座るのを確認したユーノは、顔を伏せて座っているヴィータの前に立った。

「ヴィータ……これはどういう事?」

 先程とは違い、全く感情のこもっていないユーノの言葉に、ヴィータはビクッと身体を震わせた。

「ちょっと待ってユーノ君、ヴィータは……」
「はやては黙ってて、僕はヴィータに聞いているんだ」

 その場にいた全員が、ユーノの顔を見て言葉を失った。
 ユーノの顔には、一切の感情が出ていなく、恐ろしい程に冷たい表情をしていた。

「……演習が終わった後……」

 手術室が沈黙に包まれる中、ヴィータがポツリポツリと話し始めた。

「帰る準備をしている時、突然よくわかんない機動兵器に襲われて……全機撃墜はしたんだけど、なのは、私を庇って……」
「……そっか」

 ユーノがスッと右手をヴィータに伸ばすと、ヴィータの頭を数回撫でた。

「……ごめん」
「なっ、何でお前が謝ってんだよ!! なのはがこんな事になったのはアタシのせいだぞ!! アタシをもっと責めろよ!!」

 ユーノの行動が気に食わなかったのか、ヴィータがユーノの手を振り払いながら叫んだ。

「でも、ヴィータのせいじゃない……本当に悪いのは無茶をしたなのはと……」

 ユーノは、くるりとヴィータに背を向けると、反対側の壁に向かって歩き始め、そして……

「なのはが本調子じゃない事に気付いておきながら、行く直前で止められなかった僕だ!!」

 ユーノは怒り任せに、何度も壁を殴り付けた。

「くそ!!くそ!!……」
「おい、スクライア! 止めろ!!」

 慌ててシグナムがユーノの身体を押さえ、壁を殴り付けるのを止めさせた。

「離して下さい!」
「そんな事して誰が喜ぶ!!」
「……すみません」

 シグナムがユーノの身体を離すと同時に、手術室のランプが消えた。
 全員の身体に緊張が走り、手術室のドアに視線が集中した。
 手術室のドアが開き、数人の医師と共にシャマルが出て来た。

「……皆さん、ひとまずこちらに……なのはちゃんの容態を説明します」

 一人の医師とシャマルが全員を隣の部屋に促した。



「まずは峠は越えた事だけ言っておきます。心配はありません」

 その言葉をきっかけに、ユーノ達の周りの張り詰めていた空気が少しだけだが軽くなった。

「良かった……本当に良かった……」

 フェイトは糸が切れたかの様に、はやてに身体を預けて泣き始めた。

「さすがはなのはさん……と言った所かしら」
「そうですね……」

 リンディとクロノは、襲撃のデータに目を通していたので、正直助からないと思っていた所があった。

「しかし、重傷は重傷です。しばらくは入院は必要ですし、長期のリハビリもしなくちゃいけません。そしてリハビリが終わっても……」

 シャマルが僅かに躊躇った後、泣きそうな声で言った。

「なのはちゃん、もう二度と空を飛べないかも知れません……」

 なのはを知る人にとって、それは絶望的な言葉だった。

「何でだよ、シャマル!!」

 ヴィータが泣きながらシャマルの胸倉を掴み、声を荒げて叫んだ。

「……詳しく調べないとわからないけど、リンカーコアには何らかの悪影響が残ると思うわ」
「そんな……」

 はやてに身体を預けたままだったフェイトの顔色が一気に青くなった。

「とにかく、なのはちゃんが目覚めるには、後2〜3日あると思うから、改めて連絡しましから、今日は……皆さんも仕事がありますし」
「そ、そうだな……みんな、なのはが起きたらまた集まるという事でいいか?」
「了解しました」
「……ごめん、みんな。僕は先に戻ってるね」

 そう言うと、ユーノは真っ先に部屋を出た。

「……何か今日のユーノ君、様子が変やったな」
「そうですね。いつものスクライアらしくない……まぁ、こんな事があったのだから無理はないのかもしれませんが……」
「……責任を感じてるのさ、なのはをこの世界に引き込んだ張本人だからな……」



 3日後、なのはの意識が戻ったという連絡を受け、全員が病室に行くと、なのはは笑っていた。

「にゃはは……失敗……しちゃった」

 酸素マスクをしながら、弱々しく笑うなのはを見て、全員がため息をついた。

「なのは、意識ははっきりしてる? どこか痛くない? お腹空いてない? 喉乾いてない?」
「フェイト、少し落ち着け。なのはも困っているだろう」
「あ……ごめん、なのは」

 クロノの言葉となのはの表情から、フェイトは顔を真っ赤にした。

「なのはも話すのが辛かったら、念話で……」
「念話……使うの……禁止されてるから……」
「そ、そうか。じゃあ無理して喋らなくていいからな」
「大丈夫……だよ」

 なのははそう言うと、ニコリと笑った。
 それからフェイト達は、なのはを元気づけようと他愛のない話を沢山した。

「……そろそろ僕は、仕事に戻らないと」

 しばらくして、ユーノがそう言って立ち上がった。

「何だ。もう少しゆっくりすればいいじゃないか」
「僕は、どこかの艦長と違って忙しいんだよ」
「あ、あれはお前の能力なら出来る……ユーノ?」

 そこで初めてクロノ達は、ユーノの雰囲気がいつもと違う事……なのはが手術した時と同じ事に気付いた。

「なのは、レイジングハートの事なんだけどさ……返してもらうから」
「えっ!? ユーノ……何を言って……」
「レイジングハートは元々僕がマスターなんだし、考えてみればジュエルシードの時は他に手がなかったから貸しただけだしね……ちなみにレイジングハートもそれを了解しているから……」
「ユーノ……君……どうして?」

 突然の言葉に、なのはは当惑したまま呟いた。

「それじゃ……」
「ちょっと待てユーノ!! いきなりなのはからレイジングハートを取り上げるなんてどうしたんだ!!」

 そのまま病室を出ようとするユーノの肩を、クロノが力いっぱい掴んだ。

「離せ!!」

 ユーノは、怒りを露骨に表しながらクロノの手を力一杯振り払った。

「僕は、なのはにこんな無茶をさせる為にレイジングハートを託した訳じゃない!!」

 ユーノの叫びに、全員が黙り込んでしまった。

「でも今回は、なのはちゃんがいなかったらヴィータは……」
「間違いなく、なのは以上に重傷だっただろうね……でも、普段のなのはだったら問題はなかった……クロノ、リンディさん、違いますか?」
「……ええ」

 ユーノの言う通り、普段のなのはだったら、ここまで深い傷を負う事はなかった。

「ここ数日、士郎さんやアリサ達に報告と一緒に話を聞いて来たよ。みんな口を揃えて言っていたよ『調子悪そうだったけど、なのはが「大丈夫だ」って言ってたから強く言えなかった』って……」

 フェイトとはやても覚えがあるらしく、顔を俯かせていた。

「でも……でも、私がやらないと……」
「私がやらないと?……なのは、周りにチヤホヤされて天狗になってんじゃないの? この世界を1人で守ってるつもり? 調子に乗ってるんじゃないよ!!」
「おい、ユーノ!! 言い過ぎだぞテメェ!!」

 堪忍袋の緒が切れたヴィータは拳を握ると、ユーノの右頬を思いっきり殴り付けた。
 ユーノは吹き飛ばされ、そのままドアに叩き付けられた。

「……2年だよ。なのはが魔法を知って、まだ2年しか経ってない11歳の女の子なんだよ? わかってるみんな!!」

 ユーノの言葉に、クロノが、リンディが、顔を伏せた。

「……僕、難しい事言ってるかな?『無理・無茶しないで欲しい』たったそれだけだよ?」

 ユーノは、頬を押さえながら立ち上がると、ドアを開けた。

「……この際だから、なのははよく考えてね。これまでの無茶・無謀がどれだけみんなに迷惑をかけてきたか……そして、僕を含めてみんなも、心のどこかでなのはに頼って来た結果がこれだって……」



 なのはが意識を取り戻して一週間、全員で交代制でなのはの身の回りの世話をする事になった。
 特にフェイトとヴィータは積極的になのはの所に来ていた。
 しかし、ユーノだけは一週間、全く顔を出す事はなかった。



「スクライア司書長」

 いつもの様に資料を探していたユーノに、女性司書が少しだけ困った様子で声をかけてきた。

「どうしました?」
「あの……フェイト・T・ハラオウン執務官候補生と八神ヴィータ特別捜査官補佐が来てます」
「えっと……もしかして」
「はい。お二方とも、かなりのご立腹の様子です」

 ユーノは小さくため息をつくと、無限書庫の入口まで降りていった。

「「ユーノ!!」」

 案の定、ユーノの姿を見たフェイトとヴィータは怒っていた。
 特にヴィータは今にもグラーフアイゼンで飛びかかってきそうな勢いだった。

「……フェイト、ヴィータ、言いたい事はわかるけど、まずは司書長室の方に……」
「ユーノ、どうしてなのはの所にお見舞いに行かないの!!」
「ユーノ!!」

 フェイトとヴィータの怒鳴り声に、ユーノは再びため息をついた。

「フェイト、ヴィータ、ここにいるみんなは二徹・三徹してる人だらけでピリピリしてるから大きな声出さないで……」
「あ……ご、ごめんなさい」

 周りを見ると、司書達がこちらを見て少しだけ睨んでいたので、フェイトとヴィータはユーノの後について司書長室に向かった。
 司書長室に入ると、ユーノはフェイトとヴィータをソファーに座らせ、向かいに自分が座った。

「それで、僕がお見舞いに行けなかった理由だけど、単純に忙しかったからだよ」
「でも! 忙しいからって少しぐらいの時間はあるでしょ!」
「空き時間はあったけど、とても病院を往復出来なかったよ。第一、僕をここまで忙しいのはクロノのお蔭なんだけど……」
「うっ!? ご、ごめんなさい……」

 申し訳なさそうに頭を下げるフェイトに対して、ヴィータはじっとユーノを見ていた。

「……なのはの奴『ユーノ君、まだ怒ってるのかな?』って落ち込んでたぞ」
「あの時は、ちょっと怒りすぎたかな〜と思ってるから、今すぐにでも謝りたい位だよ」
「……怒ってはいないんだな?」
「もちろん」
「……フェイト、何時までも頭下げてないで帰るぞ」

 ユーノの答えに満足したのか、ヴィータはソファーから立ち上がった。

「とにかく、時間が空いたらなのはの所に行ってやってくれ。アイツ、お前が来なくて本当に寂しそうだったから」
「……ヴィータは心配?」
「バ、バカ! そんなんじゃねぇよ!?!?」
「近いうちに顔出すようにするよ」



 先程のフェイトとヴィータの来襲の原因を他の司書達に話した所、ユーノは尻を蹴られて「今すぐに行って来い!!」と言われた。

「……実は、フェイト達が来るまで行き辛いってのもあったんだよね」
『自業自得です』
「そ、そうだよね」

 ユーノは、首にかけたレイジングハートに笑いかえしつつ、恐る恐るドアをノックした。

『はい』

 ドア越しに聞こえてきたのは、少しだけ弱々しなのはの声だった。

「僕、ユーノ」
『ユーノ君!?』

 来てくれるとは思っていなかったのか、なのはの声には驚きが含まれていた。

「入っていいかな」
『ど、どうぞ〜』

 なのはの病室に入ったユーノは、なのはの姿を見て、何故か少しだけほっとした。
 そこにいたのは、ユーノが知っているいつものなのはだった。

「ユーノ君、1週間ぶりだね」
「えっ……ああ、そうだね。ごめんね、お見舞いに全然来れなくて」
「仕方がないよ。無限書庫は忙しいんだもん……」
「それでも……ごめん」

 それっきり、2人は黙ってしまった。

「……ごめんね、ユーノ君」

 ポツリと呟いたなのはの顔を、ユーノはじっと見つめた。

「私が無茶した事、まだ怒ってる?」
「……怒ってないよ。なのはは1回言えばわかってくれると思ってたから」
「そっか……良かった」

 そう言ってなのはは嬉しそうに笑った。
 しかし次の瞬間、なのはの表情は一気に暗くなった。

「ユーノ君……ユーノ君!!」
「ど、どうしたの、なのは!?」

 なのはは目からボロボロと涙を流しながら、ユーノの手を強く強く握り締めた。

「……怖いの……フェイトちゃんにもヴィータちゃんにも他のみんなにも言えなかったけど本当は怖いの!! ヴィータちゃんを守った時、死んじゃうかもって思って怖かった! 手術中、みんなが遠くにいっちゃう夢を見て、でも起きたらみん
ないたけどユーノ君が怒ってて、もう私の事見てくれないんじゃないかって思って怖かった! そして今はもう立てないんじゃないかって思うと怖いの! 戦うのが……空を飛ぶのが怖いの!!」
「なのは……」
「怖い……怖いよユーノ君!! 私、もう駄目なの!!」

 左手でユーノの手を握り締めながら、なのはは右手で顔を覆った。
 そんななのはを初めて見たユーノの心臓がドクンと大きく脈打った。
 そして、ユーノの中で何かが弾けた。

「なのは」
「ッ!?」

 ユーノは真剣な声に、なのははビクリと震えると、身体を強張らせた。
 ユーノは、泣き叫ぶなのはの左手をそっと右手で包むと、出来る限り優しい声でなのはに語りかけた。

「戦いたくないなら……怖いんだったら、海鳴で魔法に出会う前の普通の生活に戻っていいよ。それは誰も責めないし、責める権利はないと思う。それだけなのはは今まで頑張ってきたんだからね……でも……」

 ユーノはなのはの手を掴む手に力を込めると、なのはは顔を覆っていた右手を離し、ユーノの顔をじっと見つめた。

「もし、なのはの中に不屈の心がまだ、ほんの少しでもあるなら……もう一度立ち上がって欲しい。その時は、僕が生涯をかけてなのはを支えるから」
「ユーノ……君?」
「嬉しい時は一緒に喜んであげる、悲しい時は慰めてあげる、愚痴を言いたくなったらいくらだって聞いてあげる……もし飛びたいんだったら、僕が翼になるから!!」

 ユーノは首にかけていたレイジングハートを外すと、なのはの前に差し出した。

「……ユ、ユーノ君はどうして欲しい?」
「僕は関係ないよ。これはなのは自身が決めなくちゃ」
「レイジングハートは……」
『私は2人のマスターの答えに従います』

 なのはは、ユーノとレイジングハートをじっと見つめた。

「……私……やっぱり怖い……今だって戦う事を考えただけで身体の震えが止まらないの……でも……こんな私でも、弱い私でも、ユーノ君、レイジングハート、一緒にいてくれる? 私の事、支えてくれる?」
『of course !』
「もちろんだよ」

 なのはは涙を流しながらゆっくりとレイジングハートを握り締めた。

「……ありがとう、ユーノ君、レイジングハート」

 なのはは、涙をふいてニッコリと微笑んだ。

「やっぱり、レイジングハートのマスターはなのはしかいないよ……って、もうこんな時間!? 急いで無限書庫に戻らないと!」

 ユーノは慌てて立ち上がると、早足でドアに向かった。

「じゃあ、なのは。また明日ね」
「うん、じゃあね」

 段々と小さくなっていく廊下を駆けて行く音を聞きながら、なのははニコニコ笑っていた。

「また今度、じゃなくて、また明日、か……ユーノ君、明日も来てくれるんだ」
『マスター、先程の表情がウソの様ににこやかですね』
「そ、そうかな? ユーノ君が来てくれたからかな? こう心が軽くなったというか、温かいというか、とにかく嬉しいんだよ」

 レイジングハートは『もしやマスターはマスターユーノの事が……』と思ったが、こればかりは当人同士の問題なので、しばらくは口に出さない様に心掛けた。



 ここ数日、ユーノはいつも以上に作業スピードを上げて定時に仕事を終わらせると、なのはの所に行っていた。

「それじゃ、みんなお疲れ様」
『お疲れ様で〜す』

 何人かが、ニヤニヤしながら見ていたが、ユーノは特に気にしなかった。

「おっ、ユーノ君やないか」

 少し歩いたところで、後ろから独特のイントネーションで声をかけられたので、振り返らずに誰だかはわかった。

「やぁ、はやて。はやてもなのはの所に行くの?」
「そうや。でも、ユーノ君がこの時間に本局内を歩いているなんて珍しいな……サボったんか?」
「……どこかの特別捜査官と一緒にしないで下さい」
「私はサボリなんてしないわ!」
「あれ? 僕は別に、はやての事を言った訳じゃないけど?」

 クスクスと笑うユーノを、はやては少しビックリした様子で見ていた。

「どうしたの、はやて?」
「なぁ、ユーノ君……何かエエ事でもあったん? メチャクチャ上機嫌やし……」
「そうかな? 自分ではよくわからないけど……」

 首を傾げるユーノを見て、はやてはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

「ひょっとして……なのはちゃんに会いに行くからか?」
「……かもね」

 はやては、面白くなさそうにあっさりと肯定したユーノを軽く睨んで歩き始めた。

「なのはちゃん。ユーノ君と一緒にお見舞いに来たで〜」
『どうぞ〜……って、ユーノ君も一緒なの!? は、はやてちゃんだけ入ってきて!』

 ユーノとはやては、同時に首を傾げた。

「どういう事なんやろ?」
「着替えてるのかもしれないね。はやて、僕の事は気にしないで入りなよ」
「ほな、なのはちゃん失礼しま〜す」

 はやてが病室に入ると、なのははベッドの上で何やらモゾモゾと動いていた。

「……何してんの、なのはちゃん?」
「ねぇ、はやてちゃん。パジャマにシワついてないかな?」
「別についてないけど……」
「顔に変な跡ついてないかな?」
「…ついとらんよ」
「髪、寝癖とかついてないかな?」
「……ついてへん」
「……私……汗臭くない?」
「……大丈夫やで」
「良かった〜」

 ホッとするなのはを見ながら、はやては必死に笑いを堪えていた。

「どうしたん、なのはちゃん? 昨日までそんなん気にしてなかったのに……」

 はやては、理由はわかっていたが、敢えてなのはに聞いた。

「うん。何かね、ユーノ君に恥ずかしい姿を見せたくないって急に思ったんだ……何でだろ?」

 はやては、『私にはいいんかい!』と心でツッコミながら、自分の僅かな変化に戸惑うなのはを微笑みながら見ていた。

「っと、そろそろユーノ君入ってもええやろ」
「ちょっ、はやてちゃん、本当に変じゃない?」
「大丈夫やて。ユーノ君だったら、どんな姿のなのはちゃんだってカワイイって言ってくれると思うで……ユーノ君入ってきてエエで〜」
「は、はやてちゃん!?」

 ユーノが病室に入ると、なのはは顔を布団で隠していて、はやてはそれを見てケタケタと笑っていた。

「……どうしたの、なのは?」
「な、何でもないよ!?」
「? ならいいんだけど……」

 なのはとユーノを包む雰囲気が今までとは全く別物になっている事を、はやては感じていた。

 その夜、はやてから関係者全員に送られたメールには一言、こう書かれていた。

『なのはちゃんとユーノ君の距離が近付きました』



 その後の半年間にも及ぶ、長くて辛いリハビリ期間にも、なのはの側にはほとんどユーノがいた。
 手を出す事はなかったが、なのはを近くで励まし、なのはもその期待に応えようと、必死に続けた。
 そして―――

「半年ぶりの魔法……うまく使えるかな……」
「なのは、絶対に大丈夫だから」
「リハビリで身体も自由に動かせる様になったんやから」
「なのは……自分を信じて」
「……うん」

 ユーノ達が緊張の面持ちで見つめる中、なのはは術式の構築を始めた。
 なのはの足元に桜色の魔法陣が展開されると、なのはの身体が僅かに浮いた。
 10cm程浮いた所で、大きく息をはきながら、なのはは身体を下ろし、ニッコリと笑った。

『やった〜〜!!』

 フェイトが、はやてが、ヴィータが、アルフか、なのはに抱き付いた。
 シャマルとリンディは嬉し涙を流しており、クロノとシグナムも目を潤わしていた。

『なのは、おめでとう』
『ありがとう、ユーノ君。これもずっと付き添ってくれたユーノ君のおかげだよ』
『違うよ。なのはが頑張ったからだよ。僕はただ横にいただけ』
『ユーノ君が横にいてくれたから私は頑張れたんだよ』
『……』
『……』
『ねぇ、ユーノ君……一つだけ聞きたい事があるんだけど、いい?』
『何でも聞いて、なのは』
『半年前のあの言葉……どういう意味だったの?』
『半年前の言葉って?』
『……誤魔化さないで』
『……あの言葉は僕の本心だよ』
『……今日のご褒美として、もう一回わかりやすく言って欲しいな』
『……なのは』
『お願い』
『……僕、ユーノ・スクライアは、高町なのはの事が好きです。僕は君の隣にずっといたい、守りたい、一緒に空を翔る翼になりたい……愛してるよ、なのは』
『……はぅ』

 ドシン!!

「ちょっ、なのは!? しっかりして、なのは!!」
「やっぱり無理してたんじゃ……ん?」

 4人は気絶したなのはの顔をのぞき込むと、一斉にユーノの方を向いた。

「「「「 ユーノ(君)!!!! 」」」」
「は、はい!?」
「アンタ、なのはに何したんだい?」

 アルフがジト目でユーノを見ていた。

「この状況でどうしろと」
「……なら、こっち来いよ」

 ヴィータに呼ばれて、なのはの顔を見たユーノは思わず吹き出した。

「こんな幸せそうに気絶する人、初めて見たわ……鼻血まで出して」
「というか、ユーノ以外に原因が考えられないんだけど……」

 フェイトとはやてに迫られたユーノは、もう一度なのはを見てクスクスと笑った。

「さてね……まぁ取りあえず、このままにしておくのも何だから、なのはを運んじゃおう」

 ユーノは、なのはを持ち上げると、お姫様抱っこの体勢にしてそのまま歩き始めた。

「よくもまぁ、恥ずかしげもなくあんな事が出来るもんだ」

 クロノの呟きに、その場にいた全員が頷いた。



 ちなみに目が覚めたなのはは、この話を聞いて、真っ赤になって怒ったものの、どこか嬉しそうだったという……




あとがき

 オトコノコ祭りなのに、普通のなのユーになってしまったw
でもユーノ君が目立ってるから問題ないはず……多分ww
というか、古鉄がいつも書いてるのとほとんど変わらないwww
古鉄さん
夢を想う詩

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