『Hope and a Promise』




守るよ 最期まで

それがお前の願いだから





Hope and a Promise





「お父さん」

ある休日のナカジマ家。
外は燦々と輝く太陽と、綺麗な青空が澄み渡っている。
縁側でパチンと音を鳴らし足の爪を切っていた手を休めて

「んー?どうしたギンガ?」

娘であるギンガの声に呼ばれ、振り返る父親 ゲンヤ・ナカジマ。
見ると娘の手には懐かしい物が握られていて、思わず目を丸くする。

「整理してたら出てきたんだけど…」
「…おー…懐かしいなぁー」

ギンガが持っていたそれを見て、ゲンヤの脳裏に蘇る若かりし頃の記憶。
それはつい昨日の事のように思い出される。
綺麗な花模様の刺繍で作られた真っ白いショートベール。
勿論、その持ち主は

「お母さんの…だよね?」
「ったり前だ」

それだけ吐き捨てて、再び爪切りを再開するゲンヤ。
その横にちょこんと正座座りするギンガ。
そしてジーッとベールを眺め続ける。
会話がなくなったナカジマ家はやたら静かになる。
チュンチュンと小鳥たちの鳴き声が響き通るほどに。

なんてのどかな一日なんだろう。
でもその裏で今日もまた何か事件が起こっているんだろうか。
そう思うと、気が気でない。

「そういえば明日か」
「え?」
「スバルの入隊」
「うん」

朗らかに頷くギンガ。
またそこで会話が途切れた。

愛娘であり、ギンガの妹でもあるスバルは今春から新設された時空管理局、機動六課へ所属となった。
部隊長は忘れもしない4年前の空港火災、自分よりも先に現場に到着して的確な判断と指揮で救援に当たっていた八神はやて。
ゲンヤにとって、はやても今は娘同然のような存在であり、この先の時空管理局には欠かせない存在となるのは目に見えていた。

そしてスバルもギンガも、それぞれ己の行くべき道の知るきっかけを作った人物と出会う。

高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。

自分達家族にとって何か特別なものを感じる出来事でもあった。
これから先、ずっと見据えたかった未来へ繋がる運命が待っているかのような。



「俺も歳をとったな」
「え?」

思っていた事を口に出してしまい、ギンガが首を傾げてゲンヤを見つめた。
それはさも不思議そうに。
ゲンヤは「いやな…」と一呼吸置いて続けた。

「スバルも部隊入りかって思うとな」
「うん…月日はあっという間に過ぎ去っていくのね」

ベールをそっと優しく撫でるように触りながら呟くギンガ。
すると隣りで溜息混じりの声が聞こえてきた。

「やれやれ。歳はとりたくないものなんだが」
「あら?お父さんにはまだまだ現役で頑張って貰わなくっちゃ!お母さんの分まで」

ポンと背中を軽く叩くギンガ。
娘に促され、にわかに口許をほころばすゲンヤ。
半分励まされ、半分馬鹿にされたかのような、そんな気持ちになった。
ギンガ自身は最初から励ます気持ちで背中を押したんだろうけど。

「そりゃ当然だ。お前やスバル、八神は俺から見ればまだまだヒヨっ子だからな。ちゃーんと面倒見てやらないとおちおち老後も平穏に暮らせそうもないぜ」
「フフッ。私やスバルはともかく、八神部隊長は大丈夫ですよ」
「いや、八神は外見はそうだとしても、中身はまだまだだからな」

ゲンヤがそう格言すると、ギンガは無言のまま肩をすくめた。
「本当頑固なんだから」と言いたそうな顔つきで。
そんな娘の表情を見つつ、ゲンヤは再び口を開いた。

「それに、ちゃーんとお前達を立派に育てるのが生前の母さんとの約束だからな」

ポンポンと撫でるようにギンガの頭を叩くゲンヤ。
その言葉を聞いて、ギンガの表情には小さな笑みが。

「私、今晩出番なので家の戸締りよろしくお願いします」
「あぁ」
「それと!あまりお酒飲み過ぎないように。医者からも厳重注意受けてるんですからね」
「…まぁ努力は…するさ」

痛いところを突かれ、ギンガから目を逸らすゲンヤ。
そんな父親の姿を見て、再び呆れ返るギンガであった。










「ふぅ〜…」

大好きな長風呂を出て居間に入るゲンヤ。
手には一升瓶を1つ。
はやてが故郷に帰省した時に買ってきたささやかな贈り物。
ゲンヤにとっては恵みの品だ。

ギンガも職場に出て、スバルも機動六課へ。
今宵は一人っきりの夜だ。

いや

「お前がいたな」

そう言ってゲンヤは、棚の上に飾られていた最愛の妻・クイントが写る写真立てをそっと手に取る。
隣りに昼間ギンガが見つけたベールが一緒に飾られていた。
再び箱の中にしまうよりは出しておこうと思ったのだろう。
きっとスバルも見たいと言い出すだろうと予知も含みつつ。

何より、ベールが傍にあると何だかクイントがまだ生きているかのような感覚に囚われそうになる。
でも彼女はもうこの世には存在しない。
それは永遠に変わらない真実。

ゲンヤはそっと丸型のテーブルに写真立てを置いて、その傍にグラスを2つ。

「おっ…」

ゲンヤは外を見て今夜は綺麗な満月だと分かると、部屋の明かりを消し、座った。
窓から入る月影が居間を優しく照らす。

「ギンガもスバルも立派に育ってるよ。ちょっとお前に似て頑固ではあるが、自分の行くべき道を自分で選んで、ひたすらに真っ直ぐ走り続けている」

ごぼごぼ…とグラスに御酒を注ぎながら、クイントへ話し続けるゲンヤ。
2つあるグラスのうち、1つをクイントの前に置いた。

「今でも鮮明に思い出すさ。初めてお前がギンガとスバルを連れてきた日の事を」








『ク、クイント…その子たちは…!?』
『たった今から私と貴方の子どもたちよ!名前はこっちがスバル。そしてギンガ』
『おいおい、だからって急にそんな事言われてもなぁ…』
『だってほら!顔つきとか私とそっくりだし!』
『あーのーなぁ〜そういう問題じゃなくてだな』
『もう決めたの!それに私、思うんだ。例え血が繋がって無くても、本当の人間じゃなくても、私達は絶対家族になれるはずだって』
『……。』
『それに、私達が手放すとこの子たちは行く先がないわ。なら私達で育てましょう。立派に育てて、最期まで守りきってみせましょうよ』
『クイント…お前』
『ねっ?あなた…―――――――』








「ずっとこのままお前と一緒にギンガとスバルの成長、見届けてやりたかったのに、勝手に先に逝きやがって…本当お前は…」

言葉が詰まる。
生前最期のクイントの笑顔を思い出したからだ。
その日も普段と何も変わらずに、笑顔で家を後にしたクイントの最期の後姿。
スバルとギンガの心にも深く銘記された最期の母の在りし姿。

「…っ」

感極まって涙が零れ落ちそうになるゲンヤ。
それをグッと堪え、御酒が入ったグラスを手に取った。

「お前は遠い空の向こうであいつ等をそっと見守ってやっててくれよ。まぁこっちは任せておけ。ちゃんとお前との約束、最期まで守るからな…俺の命にかえても」

改めてあの時の誓いを口にし、ゲンヤはカチンとクイントのグラスと自分のグラスをぶつけ、そのまま御酒を愛飲。
飲み終えると、フッとクイントの写真へ温顔の笑みを見せた。





そしてクイントへ注がれた御酒は月の光に照らされ、いつまでもキラキラ輝き続けていた。

それはまるで生前のクイントが見せた あの眩し過ぎるほどの輝かしい笑顔のように―――――










2007.08.12 完成




あとがき

 1、2募集作品で誰もいなかったゲンヤさんメインでナカジマ一家のある日の風景を文字起こししてみました。相変わらずのヘタレっぷりですが…(;^_^A  最後まで読んで下さってありがとうございました。
そらねこゆきさん
cielo∞


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