癒しの緑を包む優しい夜の黒




「ユーノ…」
クロノは親友の言葉に驚きを隠せなかった。
しかし心の何処かではその事実に納得している自分がいることも気付いていた。
人がよく性格も魔力資質もサポート型に適切どころか最上級。
…実際に見える場所見えない場所を問わずに、多くの人間を助け支えてきた。
しかし、考えてみればユーノが自分から私的な話や弱音のようなものを漏らしたことはほとんどない。

それが意味することにたどり着いたクロノの顔色が変わる。
「お前!」
「相変わらず聡いね。でも君が気にすることじゃないよ」
しかしユーノはそれも簡単に受け流す。

…年下の筈のこの友人が、時折物凄く大人というか達観しているのは前から感じていたが、まさかここまでとは。
クロノは感心と歓心と呆れが複雑に入り交じった感情を顔に出してしまう。
「…ま、つまるところ生まれと育ちだからね人格形成は」
注文していたソルティドッグを手にしたユーノの笑いは自虐に見えてまたどこか違う色を光らせる。

孤児として幼児期を過ごし、若干九歳で発掘責任者を務めた。つまりその前から既に社会に出て大人として過ごしていたのだ。
二つの大きなロストロギア事件に携わった後に管理局入り。
時に次元世界を左右するような情報をも扱う部門で目立つこともなくコツコツとただ実績だけを積み上げて。
若くして長となり部下を持ち、激務の続く部署を纏め上げている手腕とカリスマは立派を通り越してある意味異常とも言える。
他の部署との確執のような問題もしっかりと処理しているユーノの仕事っぷりはまさにカンペキの領域にいる。

あまりに早かった精神の成熟、そして彼から思春期を奪い去る書庫での時間。…そして独りでいる刻の長さ…
…イビツに歪むには十分すぎる理由だった。
磨き上げた処世術の見事さにもはや感心すら覚えるほどに。

10年。
言葉にしたら僅かなものだが、
人が変わるには、お釣りがくるほど充分な時間。

永遠なんて、ない

誰かが何時か何処かで語った言葉は、紛れもない世界の真実。

だから、彼は今、こうしているのだ。

クロノは思う。
完全完璧な人間などこの世にはいないと。
だから人は己の内を具象化すれば、必ずどこかに不格好な捻りや歪みや曲線を描いているはずだと。

だから、ユーノの今のこの歪みは、彼の優しさが産み出した、悲しいまでの暖かさを持つそれなのだと直感で理解する。

魔導師が持つ魔力の光はまさに正しく己自身のパーソナルカラーなのだから。

ユーノの淡い翠の輝きは、癒しの光。
心穏やかに安らかに温もりを運ぶ。
ただ、己にはあえてその恩恵を与えない、不器用な迄に誰かの為に輝いていたから。
だから自分が曲がろうが歪もうが関係なしに、笑いながら今日も光る。
例え知らずに流した涙さえも、その輝く力に変えて。

「馬鹿なヤツだな、お前」
「んー、悪魔って呼ばれるよかいいんじゃないかな」

まだ、笑える。
仮面じゃない笑顔で。
アイツも、僕も。

これだけで互いに何か伝わる間柄にいることを、誰にも言わないがクロノは感謝していた。

ソリの合わない部分は幾らでもある。
けれど気がねなく何でも話せる、能力的にも人間的にも信頼できる相手が一人でも傍に居てくれることは、何物にも替えがたい幸運だと素直に信じられる。
大丈夫、有事の時は僕が叩いて矯正すればなにも問題はない。
それが年長者の勤め。
クロノは本気でそう思うし実行するだろう。


「あ、勘違いするなよ? 異性にまるで興味がないってわけじゃないんだ」
くくっと可笑しそうに笑うユーノは、今度はひどく幼く見えて。
「…まあ幼子と風呂に入るエロフェレットだからな」
今のクロノにはこの軽口が精一杯だが、言うしかなかった。グラスを空けて次をオーダーしながら。
「んー、君もいつも言ってるじゃないか。人生予想もしないアクシデントなんてそこらにあるよ? 君だってあの猫娘二人に散々ヤられたでしょう?」
「…イヤな記憶を思い出させるんじゃない。というか人の名台詞をシモに使うな!」
「それに一度くらいは義妹生着替えにドッキリご対面くらいやってるんだろうがこのエロノ」
「冤罪だ!!」
しかし空気は剣呑ではない。むしろ穏やかにすら流れている。
「まあそれは置いておいてだ。…そういうなら君の女性遍歴とやらを聞かせてもらおうか?」
クロノの目だけが提督の色に戻る。それは誤魔化しを許さないサイン。
「…ここ奢る?」
「次の一杯分だけならな」
当然のように対価を求めるユーノに、クロノはいつもの調子で答える。
「高給取りのクセにケチだね君」
「収入だけならお前のが多いだろうが!」
実に仲のよい友人のやりとりが、そこにある。

「そんなに聞きたいの? たいして面白くもない話だけど?」
「ああ」
はっきりと言い切るクロノ。
「…どうして?」
「…友人の話を聞きたいと思うのはそんなに変なことか?」
「…クロノ」
自分自身をストレートに打ち抜くクロノの視線と言葉の意味がわからないユーノではない。
「意外。そんなパパラッチ思考も持ってるキャラだとは思わなかった」
「君たちと10年も付き合えばこうもなるさ」
「んー、でもその一番の原因ははやてっぽいよね」
「間違ってはいないな」
再び、笑いあう。

「で、どこから聞きたいの?」
「頭からに決まってるだろ」
ユーノにも色々複雑な感情と打算があったのは容易に見てとれる。
しかし今回は最後に感傷が勝ったのか、飛び出したのはそのキー・ワード。
だからクロノは酒も合わせた何時もより軽足で促した。

「…あー、なんだかなその所謂初恋ってやつは君やなのはたちと出会う前に済ませてるんだ」
通過儀礼だしね、とユーノは淡々に語る。
「学院時代か?」
「そーなる」
ユーノは二年間で魔法学院を卒業、年齢にすればその時期は5〜7歳にあたる。
「ま、あの頃の僕は名実ともにただのガキだったから」
感情も年相応だったかな、とちょっと可笑しそうにユーノは笑った。

もちろんその言葉は正しくもあれば間違っても居る。
魔法学院はそれなりの才能がなければまず入学できないし、学習したものが己に根付いていなければ卒業はできない。
まだ幼児と呼べる年齢でそれをこなしている彼は、少なくても表面上はただの子供ではない。
頭脳はオトナ、心はコドモとでも言うべきか。

「ま、半分は憧れと混同してたのかな? 相手は年上だったし」
懐かしさに無意識に緩むその頬。
中身が半分残ったグラスを手にしたそんな彼の姿は正直に絵になる。…バー内の女性の注目が徐々に集まっているがまだ無害。

で、君は?、と問い返されたクロノは言葉に詰まる。
「ま、ご立派にオトナなクロノさんのことだから、エイミィさんが初めてだろ?」
「…」
この場合沈黙は肯定と同義。
「…さすがに気付くの遅すぎ」
呆れを全身で表現するユーノ。
「ぼ、僕のことは今は関係ないだろう!」
今のクロノの顔に引かれた赤はアルコール以外の要因によるものに間違いはない。

「…もちろん初恋だから、オチもテンプレートね」
少し遠くを見つめたユーノはポツリと締める。思い出したのだろうその記憶を。
けれど彼は笑っている。悲しい記憶も想い出に昇華してメモリーにすれば光を持てるから。
「その後は普通に発掘の日々だよ…あの事件が起こるまで」

PT事件。
ユーノがなのはやフェイト、クロノたちと出会う切欠となった出来事。
それはもう、10年も前のこと。
彼がまだ、少年だった頃の話。 それは今のクロノが思う以上にユーノにはもう遠い話。

「これと闇の書の事件を合わせてその後、僕は管理局に入った」
そこから仕事の都合とはいえ色々女性と話したり関わるようになったんだよね、でもこの辺はあんま関係ないからと遍歴から省くユーノ。
「それにここまでくれば後はもう君は知ってるはずだ」
「…ああ、至る所で君の噂を聞いたよ」
誰にでも丁寧に対応する勤勉で生真面目な、実績バリバリ右肩上がりで将来性抜群の美少年が話題の種にならないことなどない。
それにある意味鳴り物入りで同期として入った人々と親しくしているのだ、目立たないはずもない。

「…で、その噂なんだが」
クロノが動いた。自分から切り込んでいく。一つだけ確かめたいことがあるから。
「どの噂?」
全てわかっているという顔をしながらも、ユーノはあえて逆に問いかける。

「…一時期君が特定の女性と付き合っていた、という噂の話だ」
何故か苦い顔でそう言うクロノ。
当時この話を耳にしたときは、かなり突飛で根も葉もないデマだと一笑に伏したハズだ。
少なくともあの時は、目の前の友人はなのはに好意を抱いていると信じて疑わなかったのだから。
しかし…今、それはまったく何の根拠にもならないのだ。
けれどこれは避けては通れないことだと決心して問いかけた。

「…うん。それは事実だね」
一年ほどある一人の女性と交際していた時期はあったよ、とユーノは事も無げに真実を晒した。
「!? …そうか」
さすがに驚きを頭から全て隠せなかったが、その動揺を見せたのはほんの僅か。クロノはそれだけ漏らしてグラスを口に運ぶ。
だがその動作はやけに散漫に感じられた。

―――

そしてゆっくりとユーノは語る、『彼女』との日々を。
クロノはそれをBGMに、グラスを傾けた。

―――

「今はまたフリーに逆戻りだけど」
「……」
最後は無駄に明るく話を閉じたユーノだが、クロノの眉間には薄い皺の影があった。彼が語った言葉の意味をかみ締めたが故に。

「…お前」
「ううん、その全てが…いい体験だったよ」
クロノが言おうとした言葉はユーノ自身が遮った。
そこに後悔の色は微塵にもない…寂しさはきっとまだあるけど。
その意味がわからないクロノではない。だからソコからは離れてまた口を開く。
「僕は無害ですよなんて顔をしててもちゃっかりしてるんだな」
「いやいや年頃の男なら普通だと思う」
いつもの二人のやり取りは、空気を和ます力があった。

「…まだ吹っ切れていないのか」
「…自分でもよく、わかっていないんだ」
おかしいよね自分のことなのに、ユーノの自嘲な呟きはすぐに空気に溶けた。
「世界はいつだって…か」
手にしたグラスに写り込む自分の顔を強く抑えるようにグラスに力を込めるクロノ。
「…さすがにもう恋なんてしないって言うつもりはないけど…しばらくはまだ独りでいいかな、とは思う」
せめて自分の中にあるこの不定形の気持ちに整理が付くまでは、ユーノは己の心情をそっと吐露する。
「…それは独りで抱え込まなきゃならないものか?」
「そりゃ自分の問題だよ?」
クロノの静かな問いに、なにを当たり前のことを言っているんだコイツは? といった顔で返すユーノ。


「君は少し、他人を頼ることを覚えたほうがいい」
そんなユーノを正面から見据え、クロノは言い切った。
「いや、だから…」
「人は時に皆誰かを頼る。実際に君のところへそうやって頼りに来る人は幾らでも居るんだろう?」
「!?」
張り巡らせているはずの防壁を全てすり抜けて直接届くクロノの言葉に、ユーノに確かな動揺が芽生えた。
「なら、君が同じことをしたって誰も君を恨んだり怒ったりはしない」
寧ろ喜ぶからもう少し気楽にしてみろその方がきっとお互いのためだ、ここぞとばかりにクロノは前へ出る。
「でも…」
まだユーノは動かない…動けない。彼の長所は今確実に落とし穴への罠になっているから。
「僕はそんなに頼りないか?」
…少なくとも僕は君を信用している、それじゃ不満か? 言葉でなく目で伝える本音。
「…いや」
ユーノは小さく首を横に振る。
そして彼も目で答える。『信用してる…きっと誰よりも』

目が発した光が紡ぐのは…絆。
世間では友情とよばれているそれは…確かな、絆。

「…ならたまには僕に年上らしい真似の一つでもさせたらどうだ。少しは敬ってもバチは当たらないぞ」
「いやだからここ奢れってさっきから尊敬込みで頼んでるって」

お互いに違う方向を向いたまま、拳だけが軽く触れ合った。


「…一応言っとくけどね、こんなことしてもフェイトのポイントにはならないよ?」
「見くびるな、そんな真似したってフェイトが喜ぶわけがないと僕はよく知っている」
むしろ御礼の代わりにランサーが来る、と苦笑いのクロノ。
釣られて、ユーノも笑い出す。

「というかさ、僕がわからないのは『彼女』との別離の後の空白よりも寧ろなのはたちのほうなんだけどね」
「…どういうことだ?」
ユーノの言葉の意味が理解できず、クロノは素直に正面から問い返した。
「…何も特別なことをした覚えはないんだけど」
「…オイ」
「LIKEならまだしも、LOVEとか言われる理由が見当たらないんだ」
「……」
ユーノのあまりな言い分にクロノは本気で頭を抱えた。
あの三人があまりにも不憫でならない。
確かにユーノは大抵の事柄において執着心が薄いというか、自分の実績を誇ることがない。
彼が手助けしたこと支えたこと補助したこと、その結果生まれたプラスの成果。
その全てはユーノにとって、全てその本人自身の功績でしかない。つまり自分の行為に価値を見ていない。
…だから好意が自分に向けられることを理解できていない。なぜならば彼にとっては『何もしていない』に過ぎないのだから。
しかしこの歪みは早めに矯正しなくてはと新たな決意をしながら。

「大体さ、神様が興味ナシって実質リストラだよ? それを頭が回って慈悲深い天使サマがお節介で背中押してるとしか思えないよ」
「…なあユーノ、僕はどこから突っ込めばいい?」
傍から聞けばとんでもなくアブないユーノの真面目な呟きに、頭痛を必死に抑えた顔のクロノ。
「…君、そんな趣味もあったの?」
「 何 の 話 を し て い る ! 」
嫌なものを見る目に加え本気で腰が引けているユーノ、思わず声を荒げるクロノ。
「イヤだな冗談じゃないか」
「悪いが僕はその手の冗談が嫌いだ」
何故か自分がノーマルだと必死に主張するクロノ。
「まったく、君はこんなに酒癖が悪かったか?」
「イヤ、三日寝てないからギアが単純にハイになってるんだと思う」
そうじゃなきゃこんな話なんかしない、笑い顔から一転してシリアスモードに切り替えたユーノ。
「でも、本音かな?」
「ああ、そうだな。何せお前はちっとも嘘が上手くないからな」
すぐさま穏やかな顔に戻るユーノに、こちらも滅多にしない微笑でクロノは返した。

……

「…僕がいうのもなんというかあれだが、彼女たちは本気だ」
だから少しは真面目に考えてやれ、といつもの堅物の顔でクロノは念を押した。
「…善処するよ」
仕事のときの真剣な顔で、ユーノもそれに応える。
今なら少しだけ、わかった気がしたから。
「マスター」
そしてユーノはカウンターで静かに佇んでいたマスターに新たなカクテルを頼む。
「ああ、僕には」
クロノも続いて注文。

微笑んだままで。
それは彼らがいつも好んで飲むモノを。

お互いの目の前に置かれたグラスにそっと、手のひらを添える。
ガラス越しに伝わる冷たさが、心地よい。
そのまま手首のスナップを利かせてカウンターの上を滑らせるように送り出す。
二つのグラスは絶妙の距離をすれ違って、最初とは反対の主の下へとやってくる。
――正しい主の下へと。


「手のかかる年下の司書長に」
「お節介な年上の提督に」


新たな始まりを告げる鐘の代わりは、二つのカクテルグラスが奏でた二重奏。




あとがき

 どうみても(精神的に)クロノ×ユーノです。本当に(ry 思ったよりライトになりますた、作者的には。というか当初のコンセプトから微妙にずれたというかクロノが勝手に動いたw

お人よしで壊れた男に届く言葉は同じ男しか持ってないんですよね、きっと。

ぶっちゃけ今からようやくスタートですね、ユーノと彼女たちとは。
コノ話の流れでは条件五分なので誰が勝つかわかりません。
うーん、この流れで連載考えてみようかな?

アフターまで間に合いませんでしたすいません。
そっちは後日通常投稿の方に送ります。
(アフターは女性の出番が多いので祭りには出せないと切り離しました)
まるさん

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