司書長.VS提督



フィールドを舞う大量の砂煙。周囲に飛び散る熱気と風圧がそれを戦いの場であることを教えてくれる。
その中心部はより濃いもので覆われ、中の視界は間違いなく零であろう。
だが自然発生したもので無いとはいえ、煙は煙。時間が経つにつれ、その範囲が広がるにつれ、徐々に霧散していく。
そこでただ立ち上るだけの筈のそれに動きがあった。いや、動いたのは―――人。
まるで飛行機雲のようなラインを引き、飛び出す人影が二つ。
砂塵を吸い込まないようにする為か上腕を口元に当てつつ、互いを見やる。
共に普段着にはとても見えない服を纏っており、それが彼らを一般人では無いということを物語っていた。
事実彼らは世間一般的な存在には―――

「スティンガーブレイド!!」

当てはまらない。
二人の内の一人が右手に持った杖を振るうと、十本ほどの魔力刃が出現。
続いて発されるトリガーボイス。鋭い声音と共に一斉に煙越しに居るターゲットへと射出された。
鋭利な刃を成した魔力は、高速度で以ってスクリーンを裂くかのように迫り来る。
僅かな間をおいて衝突音。そう、衝突音だ。明らかに人間に当たった時のものではない。
ブレイドの威力も手伝ってできた切れ間の先には、魔力刃とそれを阻む光円。そこで全てが突き立ち、動きを止めていた。
その向こうには、翳した手で太陽を透かすようにこちらを見据える者の姿。
確認もそこそこに続けて黒杖を振るう。同時に上下左右から同種の魔力刃が飛び出した。
それらは更に直線的に軌道を変え、四方から男に襲い来る。第一波を防いだ直後の第二波、回避は難しい。
だがその第二波も彼に届くことは無かった。
既に察していたのか、シールドを消して長髪を靡かせながら一気に後退。直線軌道上から素早く脱する。
目標を失った刃だったが、男は特に慌てる事もせず、二度目の制御で再び彼を直線軌道上に捉える。
だが行き着く先は身体ではなく、シールド。それも輝きを増したより強固なそれを前に、ブレイドは突き立つだけで精一杯だった。
合計十数本のスティンガーブレイド、その全てをきっちり受けきり攻防が一段落したせいか、場の空気が少し緩んだ。
受けた青年はというと、溜息混じりに盾を消しながら眼鏡のズレを直す。
それを見た黒衣の男はというと、防がれたにも関わらず口元はどこか楽しげであった。



ようやく視界がクリアになる。見上げればそこには上空に漆黒を纏った黒髪の青年。
その青年が見下ろす場所には茶色の外套と柔かな色彩で身を包んだハニーブロンドの髪の青年。
黒衣の男は左右にそれぞれ一本ずつ―――右が黒、左は白に近い青―――の計二杖を構え、黒杖の穂先をを眼前へと向ける。
静止は一瞬、その後に高熱がそこに集中する。人が暖をとる為のものではない、振りかざす武器としての目的を与えられたもの。
魔力から生み出された熱量は極めて高く、密度も濃い。当たれば火傷なんてものでは済まない。間違いなく、だ。
穂先で猛る熱とは対照的に、使い手の眼は冷静そのもの。放つべき対象を鋭く見据えるその様は威厳すら感じられる。
その眼前に立つもう一人の男、いや、まだ男の子と言っても間違いでは無いであろう幼さを残した顔立ち。
手には何も持たず、無手。多少息が上がっているし、傷ついている様子も見受けられる。尤もそれは上にいる男にも同じことがいえるのだが
端から見れば剣呑極まりない光景だ。むしろ場違いとまで思えるほどに、剣呑。
だが、向けられた灼熱の敵意を正面から受け止めるその様を誰が男の子だと呼べるだろうか?
掌を前へと翳し、手中に濃く鮮やかな緑色の光が集まる。円環を成した其れは男を守る壁を形成した。
互いの行動の完了までのその間ほぼ一瞬、と言ったところか。同時に構築が終わり、それを確認した両者の顔に、感情が浮かぶ。
片やどこか不敵な微笑、残る一方は、何故こんな事に………とでも言いたげな溜息。

『Blaze Cannon』

「ラウンドシールド!!」

そして声は紡がれた。
電子音声と共に放たれた熱線。高速度・高精度の一発が射線上の空気を焼きながら奔る。
問答無用で迫り来る豪砲。だがそれに一切臆する事無く、緑の円環で真正面から受け止める。衝突する砲と盾。拮抗は一瞬。
轟音と熱風を巻き上げながら周囲にまたその威力を撒き散らす。
熱と爆音と、手に感じる痺れに近い手応えの中で盾の青年・ユーノ=スクライアは呟く。

「ったく………なんでこんなことに!?」

それは誰が聞いてもそうとしか聞こえない、完全なる愚痴であった。








------司書長 VS 提督------








そもそも何故彼がこんな状況に放り込まれているのか?
それを説明するには少しばかり時間を遡る必要がある。
先程愚痴を吐いた青年、ユーノ=スクライアは相も変わらず自らが統べる部署、無限書庫で司書業務に勤しんでいた。
時空管理局最大規模のデータベースである無限書庫は本局において忙殺という単語が尤も相応しい場所だ。
司書長たるユーノは今日も今日とて大量の本を周囲に浮かべて資料検索に勤しんでいた。
本がまるで手足の如くあちらこちらを行ったり来たり。絶えず数十冊の本が彼を取り囲み、そのページを開いていく。
捲られるスピードがあまりにも速い為、端から見ればパラパラマンガでも読んでいるのかと勘違いしたくなるやもしれない。
だがユーノが行っている作業こそ、彼だからこそ可能な脅威に値するマルチタスク。
エース呼ばれる人種であろうと意味を成さない無限書庫において、最高の力を持つ彼だからこそ成せる業。
もっと言えば彼は司書長、無限書庫において最も大きな権限を持つ立場にある。本局や地上本部においても提督クラスと同位。
権限があれば相応の責任もついてくる。司書長とは書庫の長、つまりは書庫の管理職も兼任している。
書庫の人事や司書達への休暇や配慮、書庫の維持に関する重要な事務作業も受け持っている訳だ。
ただでさえ本局でも激戦区と言われる無限書庫、必然的にユーノへの負担は本局で比肩するのも失礼な程に過酷になっている。
徹夜三日は既に珍しくなく、定時にあがれる日など月に一日でもあれば御の字。今は割と安定しているが、数年前など倒れるのもザラであった。
フゥ、と唐突に溜息を吐く。無意識の内なのだろう、それも仕方の無い事だ。
そんな上司の姿を見た周囲の司書は気合を入れ直す。ユーノはこの場所で最も高い役職であるが、同時に最年少でもある。
だがそれに不満を言う様な輩は誰一人としていない。作業量に対する不満はあるものの、部署としての不満は極めて少ない。
むしろ彼が上司で良かったと声を揃えて言わしめるほど。齢十五、もうすぐ十六にしてこの慕われようは素直に凄いと言えるだろう。
若き司書長の負担を軽減すべく、今日も今日とて司書達は奮戦するのであった。





午後も三時間を回った頃、ユーノの元へ通信が入った。再び溜息。なんとなく予想がついている。多分………奴だ。
できることならシカトを決め込みたいのが正直なところである。出ると大概は何かと面倒なのだ。
だがそういう訳にもいかないのが世の無常。それをやると、というかやっても後が面倒だ。
そう考えてちょっと黄昏たくなった。どっちにしても面倒なことには変わりは無いではないか。とりあえず溜息だけ吐いておく。
一拍おいて、渋々といった感じで通信を受けた。

「やぁユーノ司書長、無事か?」

「それは厭味か?クロノ提督。」

中空に展開されたウィンドウの向こうには黒髪に黒いバリアジャケットと見事黒尽くめの青年の姿。
管理局の若き提督、クロノ=ハラオウン。そしてユーノの予想と寸分違わぬ人間であった。

「な、何ィ!ハラオウン提督だとぉ!?」

「おおお鬼だっ鬼が来たぞ!!」

「じょ…冗談よね?ね?」

「だったら嬉しいなぁ、俺。」

「マジだマジ大マジだ!!」

「馬鹿抜かせ!今このタイミングは無ぇだろ!?」

「お、おい!そっちの作業終わってんのか!?」

「んなわきゃねぇだろ!?やっと七割だっての!!」

「無理だーーーーーー!!」

「あ、僕今日結婚記念日なんで早退しマース♪」

「逃げるな。」

「イヤァアアア!?離してくださいぃぃぃぃぃぃ!!!」

「全く………あいつ結婚なんてしてないのになぁ?」

「ハハハそうですねぇ………先輩も逃げないでください?」

「お願い行かせてくれーーー!!」

「HA HA HA HA HA HA!存分に逝かせてあげますわよ〜?」

彼の声に反応を示した司書達はもう阿鼻叫喚。クロノの資料請求は毎度毎度素晴らしい量なので司書からすれば疫病神そのもの。
既に何人かはクロノ=ハラオウンの名前及びその声がトラウマになっているとかいないとか。
後ろで巻き起こる大混乱には振り返らず、ユーノはまたも溜息。

「見ろクロノ、君のおかげで書庫の機能が麻痺したぞ?どうしてくれるんだ?」

「………僕のせいか?」

「分かってるんなら少しは考えてもらいたいもんだね。」

真面目な声音に流石のクロノも顔が引き攣った。それ程までに司書達の壊れっぷりは凄まじい。
機能麻痺もあながち冗談にも聞こえない。もしそうなったら本局の情報系統まで麻痺してしまうので笑えない。
普段なら少々の罪悪感程度しか感じないのだが、あの光景を見せられて心中穏やかでいられるほどクロノも薄情ではなかった。
アレだけ言いたい放題言われても怒の感情が然程沸かないのはやはり自覚があるからだろう。

(僕はそんなに嫌われてるんだろうか………?)

少し対応を変えた方がいいのだろうかと真剣に考える提督殿だった。

「それで?また追加請求?」

ぼちぼち限界近いんだよねぇとぼやく姿に偽りはない。
だが予想に反してクロノは首を横に振ってみせた。

「いや、今日は別件だ。」

―――ピタッ―――

無限書庫全域に、そして全域からそんな擬音が響き渡る。

「よっしゃぁあああ!!神は我等を見放してなかったぞぉ!!」

「どうしたってんだ!?あの……あのハラオウン提督からの請求が無いだと!?」

「まさか本局で何かあったんじゃ………?」

「それ洒落になっていわよ!?」

「とにかくだッ!!とっととある分終わらせっぞ!!」

「同感です!!」

「でも明日辺りとか一気に来そうなんすけど………」

「バーロそんときゃそん時だ!!今はこの時を謳歌しようぜ!!」

「イヤッハァアアアアアア!!」

先程までとは完全反転し、書庫中が歓喜の渦に包まれた。
同時に司書達の作業速度がピーク時並みにペースアップ。バラララと機関銃が如く本を捲る音が各所で発生。
うぉおおお!とか、だりゃぁあああ!!とか、とにかく雄叫び的なものも聞こえてきた。テンションも最高潮だ。

「………僕はどうしたらいいと思う?」

かなり本気で頭を抑えながら、クロノその言葉を搾り出すと―――

「そうだね…少し請求量を減らす事だね。ていうか減らせ。」

口は笑うが目は笑っていない、そんな表情で返された。
努力しようと力無く答えるが、ユーノからすればどうも胡散臭かった。
そんな無言の抗議はさて置き、真顔に戻して緩んでいた空気を引き締める。
それを感じたユーノもまた、冷たい目に光を戻した。

「それで本題なんだがな。」

「事件とかじゃないのかい?」

「いや、そんなシリアスな話じゃないさ。」

不思議そうに首を傾げるユーノ。資料関連でもなければ事件でもない。だからといって私用というわけでもなさそうだ。
今は勤務中であるわけだし、大体にして目の前の男は公私混同を良しとはしない堅物であることを彼はよく知ってる。
考え込むユーノに構うことなく、クロノは用件を続ける。

「ユーノ、お前が以前から申請していた休暇の許可が下りたぞ。
 本日勤務終了を以って休暇だ。」

………なんか文章構成がおかしかったような?

「って今日から!?」

いきなりの報告に驚きを隠そうともしないユーノ。確かに一週間くらい前に休暇申請は出していた。
最近ちょっと疲れてきたなぁと思ったのと、司書達からそろそろ休んだ方が良いと進められたのとが重なったから丁度良いと思ったからだ。
だが何時緊急の依頼が舞い込んでくるか分からないのが無限書庫。下手すると1tトラックがかち込みをかましてきてもおかしくはない。
そこへ降って沸いたような休暇である。個人としては嬉しいのだが―――

「なんだってそんないきなりなんだよ!?僕だってここでの立ち位置くらいは分かってるつもりだ!
 それにここの状況を分かってないなんて言わせないよ!?」

「そうがなるな。これから詳細を説明する。」

叫ばれた文句を涼しい顔で受け流すクロノ。その様子に更に文句を付けようとしたが、話が進まないので抑えた。
とりあえず落ち着いたのを確認してから話を続ける。

「休暇申請があったのを好機にとな、レティ提督と母さんが本気を出したんだよ………」

息を吐き出したクロノを見てユーノは悟った。

(こいつもなんか言ったんだな………)

「でだ。そこへ丁度君に休暇を与えてくれるようにとの声が上がってきたからな。
 後はもうトントン拍子と言ったところだ。」

「………その声を上げた奴って誰さ?」

当たり前の疑問にクロノは呆れた様に答えた。

「プライバシーの為に詳しいことは伏せるが………主にN戦技教導官とF執務官とH特別捜査官及びその周辺からだ。」

「………………………」

よく分かった。いっそ分からなかった方が良いと思えるくらいに。
あの幼馴染三人娘が中心だったのか。こんな無茶が通ったのも納得できる。
ちなみにユーノは彼女達に各一回は倒れた現場を見られている。それを考えると尚の事納得できた。

「それに先日も倒れたらしいじゃないか。全く、またデスクワークで死に掛けるぞ?」

「前線よりは生存率は高いだろ?」

「よく言う。そこは情報の最前線だろうに。」

なんとも言えない重い空気だったが、軽口のおかげか少しは払拭された気がした。あくまで少しだが。

「という訳で無限書庫司書長・ユーノ=スクライアに明日より一週間の休暇を言い渡す。
 既に各部署への周知は済んでいるし請求制限もかけてある。
 分かってるとは思うが………拒否権は無いからな。」

あぁ分かっている。リンディとレティの二人掛かりで来られようものなら例え現職の提督であるクロノでも抗えまい。
それにあの三人も関わっている。話を聞く限りでは相当本気だろう。最悪、撃ち倒されて引き摺られていく可能性も。
そんな休暇の始まりは全力全開で御免だ。従うしかない。

「………了解したよ、クロノ=ハラオウン提督。」

「分かれば良い。彼女達に感謝しておくんだな。」

「それは勿論。」

やり方はともかく、自分の為を想ってくれての事だ。受け取らない訳にはいかない。

「それでだ、明日は特に予定は無いな?」

唐突にそんな事を聞いてきた。

「まぁ無いね。明日も仕事の筈だったし。それが?」

「あぁ、明日は僕に付き合ってもらおうかと思ってな。」

「………また珍しい事を………相談事かい?」

「いや、私用だ。」

思わず目を見開いた。もう六年来の付き合いになるクロノとは私用で会うことも多々ある。
そのほとんどが相談事。彼等の周りは女性が多いので数少ない男性の友人である互いは格好の相談相手だ。
もっとも互いに不本意であると思っているのだが。本人達は恐らく悪友とでも思っているのだろうが、二人を知る人間が見れば既に親友である。
知らぬは本人達ばかりなり。ちなみにここにザフィーラが加わるとアースラ男性部隊が完成したりする。

「まさか君からそんなお誘いが来るなんて………明日はSLBでも降るんじゃないか?」

「物騒かつ失礼な事を言うんじゃない。なのはにチクってやろうか?」

「そしたらエイミィさんにあの事バラすけど?」

「よし分かった、取引成立だ。」

一体何を握られているのだろうか?男同士ならではの会話が今ここに。

「とにかく明日だ。明日は本局に居るからアースラのドックまで来てくれ。
 詳細はそこで話そう。」

「ん。分かった。時間は?」

「昼が終わってからでいい。」

「了解。」

「それじゃあよろしくな。」

モニターの向こうでクロノが軽く手を上げると通信は切られた。
悪友の姿が消えるとユーノは果てを知らない、無限の天井を仰ぐ。

「………みんな気にしすぎだよね………」

元より後方支援専門の結界魔導師、それが自分だ。結界や防御には自信はあるが攻撃方面は不得手も不得手。
ヴォルケンリッターにもシャマルやザフィーラという優れた後方支援が居る今、前線に自分の居場所は無い。だからこそ自分はここに居る。
できないことで下手に足掻くより、できることで確実な力となる為に。

「ま、貰ったものは素直に貰わないと申し訳ないよね?」

多くの心遣いに感謝しつつ、ユーノは再び本を呼び集めるのだった。



そして翌日。



ドック入りしていたアースラの艦長室へと出向いたユーノだったが………
中でクロノの姿を確認した直後、シグナムと人間形態のザフィーラに取り押さえられ、シャマルによって転移させられ、
次の瞬間には見覚えのある広い空間に居た。周囲を見ればシグナムもザフィーラもシャマルも居ない。跳ばされたのは自分だけの様だ。
そこへ目の前に転移魔法陣。そこから現れたのは先程ちらりと姿を確認した自分を呼び出した人物、クロノ=ハラオウンその人。

「………これは一体なんの真似だ?」

本気で爆発しそうな感情を抑えつつ、目の前で笑顔さえ浮かべている男に尋ねた。
ここまでの一連の流れ、誰がどう見ても拉致だ。いきなりそんな事をされればまともな神経の奴ならば怒るのも道理。
ましてや無限書庫の疫病神たる男が関わっているとなれば尚更である。

「まぁ落ち着け。」

………落ち着け?かなり無理な相談だろう。

「この場所に見覚えは無いか?」

言われて部屋を見渡す。先程は周囲に誰か居ないかを確認しただけで、部屋自体はよく見ていなかった。
そして気付く。どこか見覚えがある。いや、知っている。ここは―――

「本局の訓練施設?」

「御名答。」

そう、かつて自分もチーム戦に引っ張り出されたあの魔法戦闘実践訓練施設である。
ここ数年は出入りしていなかった為、思い出すのに時間が掛かってしまった。
最後に参加したのはもう二、三年も前になるか。

「ちなみに他の皆も来ている。」

指差された方に目を向ければ、そこにはなのは、フェイト、はやてを始めとした顔馴染みが勢揃いしていた。
無論の事ながら拉致を敢行したヴォルケンリッター三名の姿も。すぐ隣では残る一人、ヴィータが声を抑えて笑っていた。どうやら纏めてグルらしい。
嵌められた事に気付いて疲れた様に溜息を吐く。休日のっけからこうなるとは例えエース・オブ・エースでも思うまい。
改めてガラス越しに見下ろしているメンバーを見渡したのだが―――

「待てクロノ。」

「どうした?」

不思議そうな顔をするクロノに眉を顰めて見せる。

「なのは達はいいさ。リンディさんやレティ提督も分かる。だけど………」

震えるように一拍溜めて、

「だけどなんでアリサやすずかに高町家御一行も居るんだよっ!?」

あらん限りに叫びを上げた。
そう、通常では有り得ない人間が居る。その事実に憤慨するユーノ。
彼等はなのは達の事情は知っているものの、管理外世界の一般人だ。(まぁ戦闘力は普通に高ランク魔導師に匹敵するのだが)
そんな人間が時空管理局の本拠地たる本局に足を踏み入れることなど許されない筈。
………まぁ多少の無茶は通してしまう御仁を約二名程知っている為、此処に彼らが居ること自体は然程驚いてはいない。
問題は如何な理由で彼らがあの場所で見下ろしているのかだ。

「細かい事だ、気にするな。」

「細かい!?細かいって言ったか!?あれが細かい事なのか!?」

ズビシィッと効果音が付くくらい勢いよく観戦室を指差す。
それをクロノはすまし顔で受け流す。目の前の怒気など何処吹く風、別に知った事ではないと言わんばかりに。
不遜な態度を前にして段々本気で腹が立ってきたユーノ。バインドで怪しまれるような痕が残るくらい締め上げてやろうか。

「ふざけるのはこの辺にしておこう。」

怒気が殺気へと変わるのを察したのか、クロノは真面目な顔に切り替えて口を開いた。

「この場所で大体察しはついてるだろうと思うが……ユーノ、これから僕と戦ってもらう。」

「………ハ?」

思わぬ単語に一瞬理解が追いつかなかった。僕と?クロノが?冗談だろう?
普通に考えればそうであるのだろうが、クロノの目は偽りなど欠片も示してはいない。

「ルールは一対一の通常戦闘、フィールドはこの訓練施設全域。
 どちらかが魔力エンプティ及び戦闘不能、もしくは勝負が決したと母さん達が判断した場合だ。」

「ちょっちょっと待てよ!さっきから何勝手に話を進めてるのさ!?」

「なんだ、説明を聞いてなかったのか?意外と要領が悪いな。」

「そういう事じゃないっ!!」

声を荒げるユーノは必死そのもの。訳の分からない展開に呑み込まれぬよう、全力で抗議を上げる。

「大体僕とクロノとじゃ勝負になる訳無いだろ!?」

そう、ユーノが反論する最大の理由がこれである。
ユーノは総合Aランクの結界魔導師に対し、クロノはS+ランクの戦闘魔導師。
確かに彼は優秀な魔導師だ。防御魔法はAAクラスであり、本職の結界に関してはAAAにも届く。
なのはのディバインバスターを正面からデバイス無しでまともに受けきることが可能な数少ない使い手でもある。
だが攻撃系魔法は不得手もいい所であるし、保有魔力量もAランクのそれだ。
一方のクロノは本職の戦闘魔導師。ランクを見てもその力量は明らかであるし、そもそもユーノの魔法は個人戦闘に向かない。
後方支援というからには、集団戦で仲間をサポートに回ってこそ真価を発揮する。役割上、個人戦闘スキルなど持ち合わせてはいない。
それでも並の武装隊程度の魔導師であれば一方的に拘束して勝負を決めるだけの力量はあるが、
元々からして武装隊でもない自分が提督クラス相手に一人で戦えなど、無理にも程がある。
おまけに書庫に篭りきりの自分と違い、クロノは執務官経験を経ている為、その錬度も高い。
今はアースラを預かる提督として前線に出ることは少ないが、自己鍛錬を怠るほど温い性格では無いのはよく知っている。
もっと言えば、彼はデバイスを持っていて自分は持っていない。ユーノはデバイスを必要としないタイプなのでこれは仕方ないのだが。
つまり、クロノと正面切って戦った場合、ユーノが勝てる可能性などまず無いということだ。

「フム、普通に考えたらまぁそうだろうな。」

自分では勝てないとはっきり宣言するユーノだが、クロノの顔に侮蔑や失望の色は無い。
ユーノが自分の力量を間違うなどと思ってはいない。元より情報を扱う部署の長、分析力は仲間内でも一、二を争えるだろう。
何より、卑下でも謙っている訳でもなく、ただ厳然たる事実として言を呈している。
自分の能力を過小評価する傾向があるユーノだが、客観的には概ね間違ってはいない。
それが分かっているからこそ、別段湧き上がる感情も無いわけだが………

「だがやることはやっているんだろう?」

含みを持たせた、そして確信を宿した声。そして否定など許さないという意思も。
ユーノの顔色が変わる。こいつは何を言っているのか?何故その話を………

「………まさ、か?」

疑問の声を遮るように、デバイスをセットアップ。
鈍い輝きの銀のカードと僅かに青を含んだ白のカード。それぞれが一瞬で杖へと形状を変える。
その内の一方、黒い己が相棒をユーノへと突きつけた。

「さて始めようか………現在いまのお前の力、見せてみろ!」






熱が拡散したおかげか、周囲の温度が下がってきた。
白煙を上げるラウンドシールドを消し、ユーノは袖で額の汗を拭う。
流石はクロノが得意とするブレイズカノンだ、構成から発動、速度も速い。
避けられないこともなかっただろうが、恐らくは結構な焦げ跡を覚悟しなければならなかっただろう。
もう一回汗を拭おうとして、その手を再び前へ。

「ッ!チェーンバインド!!」

多数の魔力鎖が魔方陣から現れ、迫り来る黒い影へとその狙いを定めた。
距離を詰めていたクロノはラウンドシールドを行使、鎖の進行を阻む。
受けたの確認して、すぐに進路を右へと逸らした。すれ違うチェーンを横目に、間合いを詰める。

「なっ!?」

だがそれももう片手より発せられたチェーンバインドによって止められた。
再び盾を張ったので拘束は免れたが、それでも少しヒヤッっとさせられた。
よくみればバインドを放つ魔法陣が通常よりも小さい。掌より一回り大きいくらいか。
本来この魔法の陣は自分の身体くらいの大きさが標準的なのだが、ユーノのそれはまるでミットでも付けているかのようだ。
成る程、と思う。あのサイズなら発動までの時間を短縮できるし、消費魔力量も少なめで済む。
サイズダウンした分、面に対する範囲は狭くなるが、両手による同時発動が可能になり、取り回しは格段に向上する。
尤も、これを他の魔導師がやろうものなら拘束力や鎖の強度が落ちてとてもバインドとしては機能しないだろう。
冷静に術式を分析していると、ユーノは先程捌かれた方の手を握り込んで、胸元に力強く引き寄せた。
一瞬行動の意図が読めなかった。だがまだその手に生きている魔法陣と鎖を見てハッとする。

「チィ!」

即座に横に飛び退く。少し遅れて後ろから飛んできた鎖がその場所を通過していった。
ユーノが引き寄せたチェーンバインドだ。外れたのを確認するとフッとその身を消していく。
今度こそ、ちょっと驚いた。まさか外したバインドを再利用してくるとは。
多彩な犯罪者と渡り合ってきた身だが、バインド魔法でこんなことをしてくる奴など初めてである。

「外したか!」

「残念だったな、少しは驚いたぞ!」

「なら次は縛り上げてやるよ!」

「抜かせフェレットもどきが!」

「それを言うなぁああああああ!!」

禁句に触れたせいか、ユーノも本気になってきた。
クロノが飛ぶのと同時にユーノもそれを追う。高度は上がり、更に上へ
肉眼では細かい挙動が見えない高度、そこで激しい爆音が響き渡った。



「また派手にやってるわねぇ〜。」

「ユーノ君って凄いんだね。」

手を額に当てて見上げるアリサと、のほほんと二人の影を追うすずかがポツリと呟いた。

「でも本当凄いわねユーノ君。ここまで直撃は一発もないわよ?」

「そりゃクロノも同じだろ?」

「ユーノはガチに向いてる魔導師じゃないからねぇ。」

「それは分かってるけどよぉ………」

アルフのフォローにヴィータは頭を掻く。ユーノに攻撃力を求めるというのが贅沢な話だ。
本職の結界だけでなく、防御や補助でも十分な支援が可能。その有り難味はヴィータも他の皆も十分理解している。
それだけでは、今回の模擬戦には不足である事も。

「だがこのまま終わるとは思えんなぁ。」

はやての言葉に同意を示す。
クロノは全力というわけではないが、少なくとも手は抜いていない。
周囲に布石を張り、射撃にも倒す気が見て取れる。だがユーノにクリーンヒットさせるには至っていないのだ。
立ち上がりから今までの状況は五分、ならば面白くなるのはこれからだ。

「さぁ、見せてもらおうか。」

どこか楽しそうに言ったのはクロノと似たような笑みを浮かべた恭也だった。



後方から迫る魔力弾をシールドで遮断するユーノ。撃っても撃っても当たらない。
未だ有効打すら入らぬ現状にクロノは感心すると同時に舌打ち。
先程とは打って変わり、飛ぶユーノをクロノが追走する形となっていたが、この差がなかなか詰まらない。
ユーノも空戦魔導師ではあるが、戦闘職の自分と比べれば速度面で劣る事など無い筈だが、現実はこれだ。

「やっぱりやる事やってるじゃないか………!」

基本的な速力が底上げされているのが一目で見て取れた。
フェイトのように加速魔法を使うのも一つの手ではあるが、ユーノのそれは純粋な飛行速度。
直接戦闘が苦手なユーノだ、それを避ける為にも飛行魔法の性能向上はある意味必須である。
元々器用である彼の性質を考えると加速魔法を修得していてもおかしくはない。楽観はできないだろう。

「だが鬼ごっこもここまでだ!」

「ッ!?」

突如ユーノの周りから幾多の鎖が出現、彼を取り囲む。

「ディレイドか!」

判断は一瞬。そして、その対応策も。
即座にスフィアプロテクションを展開、球状360°の防御で拘束を悉く遮る。
バインドに防御突破や破壊などの付加効果はない。そこまで力が入っていなくても遮る壁さえあれば防ぐことはできる。
尤も、瞬時に展開して見せたユーノの反応・発動速度は瞠目に値するものだ。普通ならまず間に合わない。
だが、ニヤリと笑ってみせるクロノ。それさえも折込済みだった。なにせやっと、動きが止まったのだから。

「今度は………どう防ぐ?」

『Stinger Cannon』

放たれる大型魔力弾。咄嗟だったスフィアプロテクションでは強度が足りない。
新たに盾を出すには時間が足りない。回避しようにもディレイドバインドが逃げ道を塞ぐ。
ユーノは完全に囲まれたのだ。一撃が入る状況に皆が息を呑んだ。
だが突如としてユーノの前に新たな盾が出現。それは数瞬持ち応えて砕けてしまったが、威力を減殺するには十分。
その間に強度を高めておいたスフィアでなんとか砲撃を受けきった。

「馬鹿な!?」

クロノの驚愕は観戦していた皆の代弁でもあった。
あのタイミングではスフィアプロテクションだけで精一杯の筈。それなのに何故、その前にシールドが現れたのか。

「別に難しい話じゃないよ。」

プロテクションを消しながらユーノは笑ってみせた。

「盾を出したんじゃない、そこに置いておいたのさ。」

「な!?ディレイドでシールドを!?」

つまりディレイドバインドと同じ要領で、シールドをそこに仕込んでいたということ。
予め術式を用意しておけば、後はスイッチを入れるだけで事足りる。
使い手がユーノであるせいか、盾の強度も結構なものだった。新しいシールドの使い方に驚きを隠せない。

「なら次と行こうか!」

「そうはさせないよ!アクティブチェーン!!」

ユーノが思い切り腕を振るうとその掌からは緑色の一本の鎖。
鞭のようにしなりながらクロノへと向かう。

「っと!」

ラウンドシールドで防ぐが衝撃は大したことはない。
振るえば多少の攻性を持つが、元々は事故現場などで使う補助魔法。然程高い攻撃力などあるはずも無い。
だが僅かに動きを止めるだけならできる。その間にユーノは更に後退する。
そこでクロノの顔付きが―――変わった。

「まだ引き出しがありそうだな………だがこれ以上逃がす気は無い!」

黒杖・S2Uを掲げると彼の周囲に無数の魔力陣が浮かび上がる。その数は百を超えて尚増える。

「な!?お兄ちゃん!?」

「クロノ君、本気なの!?」

しとめる気のクロノに驚愕するなのはとフェイト。
確かにここまで被弾を逃れてきたユーノの防御は驚嘆に値する。だがまさかユーノ相手にここまで本気になるとは思っていなかった。
特になのはなど、待機状態のレイジングハートを握り締め、飛び出さんばかりの勢いだ。

「待て、高町。」

そんななのはの肩に手を置いて、ザフィーラが落ち着かせる。
振り返った先のその表情には、焦燥など全く見て取れなかった。

「大丈夫だ、問題無い。」

「………何か知っとるんか?」

同じく驚いていたはやてが、確信に満ちたザフィーラに問いかけた。
主の言葉にフッと笑うと、

「見てのお楽しみです、主。」

寡黙な彼が見せたのは非常に珍しい楽しそうな、嬉しそうな表情。
ザフィーラの変化に驚くアルフとヴォルケンリッターだったが、はやてはフムと頷いた。

「なら見せて貰おかな?」

再び見下ろした戦場ではクロノが既に準備を終えていた。
ターゲットを定め、トリガーを紡ぐ。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

号令を受け、その身を躍らせる魔力刃達。逃げ場を塞ぐように展開しながら、ユーノへと殺到する。
回避はまず無理。シールドで防ごうにもこの数の暴力では必ず抜かれるだろう。
今度こそ、入る。クロノでさえ、そう思っていた。
しかし、ユーノがとった行動は更に斜め上だった。

「迫り来る者、その道を条にて塞げ!!翡翠の軛!!」

ユーノの前方の足元から無数の光条が現れ、まるで進路を塞ぐかの様に立ちはだかったのだ。
規則性など無く、無作為に張り巡らされた軛にブレイドは次々に衝突。
隙間をぬって通ったものもユーノの防御の前では無力。暫くの間爆音が響き続ける。
そして最後には未だ軽傷のユーノと驚愕に歪むクロノが。

「その魔法は………!」

「そうだよ、ザフィーラさんの『鋼の軛』をミッド式でアレンジした新魔法さ。」

「………六年前に本人にそれをやられたら危なかったな。」

ぼやいてみせるクロノだったが、ちょっと顔が引き攣っている。どうやら悔しかったらしい。
広域の決め技的な魔法を対個人戦で防がれたことなど本当に数える程しかない。
その内の一人が奴などという現実、正直受け入れ難かった。

「はぁ〜〜〜、やるなぁユーノ君!ザフィーラはこれ知っとったんやね?」

「ハイ、一応当事者ですから。」

オリジナルの使い手であるザフィーラも『翡翠の軛』の開発に手を貸していた。当然、その使用用途の研究についても。
腕を組んだままのザフィーラは、どこか誇らしげに言葉を続ける。

「尤も、あれをあのレベルで使えるのはスクライアくらいでしょう。
 元がベルカ式でありますし、術式・強度・発動、全てにおいて目を見張るものがありました。」

ザフィーラが送る賞賛に一同、特にシグナムは目を見開いて驚いていた。
いくら友人の事とはいえ、これ程饒舌な彼は珍しい。
普段は狼or子犬フォームで過ごすことが多いザフィーラだけに、友人の話というのは結構貴重なのかもしれない。

「今度はこっちから行くよ!」

足元に一枚の陣を展開。その上で膝を溜めると、陣の力も上乗せして一気に飛び出した。

「くっ!?」

予想外のスピードで迫るユーノに面食らうクロノ。ユーノは更にアクティブチェーンを投げつけながら突貫。
チェーンはS2Uで叩き落としたものの、眼前まで届くユーノは止められない。
だがこれは逆に好都合。遠距離で落とせぬならば近接で落とすのみ。

「そろそろ落ちろぉ!」

こちらも前に出て質実剛健がウリのストレージ、S2Uを振り下ろす。
衝撃。だがクロノは更に目を見張る。何故ならユーノはそれを交差した光を纏う腕で受け止めていたのだから。

「な、に!?」

「甘いねクロノ!」

そのままS2Uを振り払うと目の前の顔面めがけて拳を握る。

「甘いのはお前だ!」

そう言ってクロノは左手を振るう。そう、彼はもう一本持っていたのだ。
氷結の杖・デュランダルを。

「うわっ!?」

デュランダルもまたストレージであるが故に造りは堅固。多少の打撃なら問題は無い。
何とか受けるものの、弾き飛ばされて離されてしまった。

「っ!まさかデュランダルで殴ってくるとはね………」

デュランダルは一応ストレージだが中身は開発から六年経った今でも最高水準。
下手に壊すと代えが効かないので滅多なことはしないと思っていたのだが………

「その手の輝き……まさかお前?」

一方のクロノはユーノが近接攻撃を受けた秘密に辿り着いていた。
両腕を覆う緑色の光、そこに浮かび上がる環状の帯、そして使い手はユーノ。それらが意味する所は一つ。

「防御魔法を変形させたのか!?」

「当たり。戦闘用のやつは向いてなかったんでね、代わりにラウンドシールドを弄ってみたんだ。」

魔力でガントレットのように腕をコーティングする魔法は存在する。
だがそれは近接戦闘用の術式であり、極めて攻撃寄りの強化術。
それができなかったユーノは防御魔法で代わりを編み上げてしまったのだ。

「非常識な使い方を………」

「遺跡発掘とかじゃ結構便利なんだよね、これ。」

軽く言うと足元に再び魔方陣。それを見たクロノは距離を空けようと先に動く。
ここでは距離が近い、下手すると体当たりで吹き飛ばされる。そう思ったが故の後退。
次いで"ゴンッ"という盛大な音が。

「痛ぅっ!!な、何だ!?」

後頭部を抑えながら後ろを見ると見覚えのある緑色をした円の壁が。

「まさかディレイド!?」

「その通り!!」

肯定と共に突っ込んでくるユーノをなんとか避ける。
目標を外した特攻少年はというと、何も無い空間にチェーンを投げた。
するとその先にシールドが出現、チェーンの先端が打ち込まれて固定される。

「おりゃぁああああああ!!」

そのままチェーンを軸に軌道を変更、まるで振り子のように飛びながらクロノへと向かう。

「面白い使い方しやがって………だが調子に乗るなよ!」

正面きって向かってくるユーノにブレイズカノンを発射。
一度は防いだ攻撃、先程と同じようにシールドを展開する。
だが彼とて馬鹿でも考え無しでも無い。ラウンドシールドなど先刻承知。

「diffusion!」

更なる一手を加えたコマンドワードを追加。
一本の熱線だったブレイズカノンは中央から裂かれたように拡散。
手数を十倍近くにして、シールドを迂回するようにユーノを襲う。その様は東洋のヤマタノオロチを思わせる光景だ。
正面しか防御できないラウンドシールドでは側面の攻撃は防げない。
拡散で一発の威力は落ちているとはいえ、これだけ当たれば間違いなく終わる。

「ならこれでぇ!シェェェド!シールドッ!!」

ラウンドシールドが変形、まるで正面を覆う傘の様にな形状になり、ユーノを覆う。
広範囲になった影響で側面に回ったカノンもカバー。だが衝撃と熱量までは遮断しきれない。
熱風の中から汗だくで抜け出すユーノ。だが既に次の手は打たれていた。

「あっちっ………!これは!?」

ひんやりとした空気、広がる光の粒。光が瞬く毎に温度が下がっているかのようだ。
見やればそこにはデュランダルを構えたクロノが。

「あぁ熱かったか?今度は冷やしてやろう。」

『Diamond Dust』

光の粒は氷の粒へと姿を換え、四方八方から牙を剥いた。
すかさずスフィアプロテクションを張るものの、鋭く迫る多数の氷を防ぎきることは叶わない。
流星群のように降り注ぎながら防御を破り、その身を裂いていく。

「こ…のぉ!!」

やっとの思いで抜け出ることに成功したが、一度握られたペースは戻らない。
飛来するスティンガースナイプをシールドで防ぎ、ディレイドバインドをなんとか振りほどく。
そんなことをしている間に、すぐ後ろに姿を現すクロノ。即座に振り向き、両腕で受け止める。
が、何時の間にやら放たれていたスティンガーブレイドが、方向を変えて背後から強襲。
動けないユーノにどうこうする術はない………筈だったがまた仕込まれていたシールドが現れ、直撃を防いだ。
同時に舌打ち。押されっぱなしで手が見つからない焦りと、流れはあるのに未だしとめられない苛立ちがそうさせるのだ。
弾いて、再び距離が開く。

「まだまだっ!リバウンドフィールド!!」

だがユーノは即座にフィールドを形成、それを足場に着地すると、弾けるように飛び掛る。

「はぁっ!」

「ぐっ!?」

不意をついた加速に反応が遅れたクロノ。光を纏った拳は肩口にヒットし、クロノを後退させた。
攻性ではないが強固な防御魔法が元の手甲だ、そんなもので殴られればバリアジャケットだろうと無傷では済まない。
なのはのディバインバスターさえ受けきってみせる盾など、振り回されたら完全に凶器だ。

「くそ………思わぬ武器を持ってたもんだな。それにあの打ち込み………」

左肩を抑えて顔を歪めるクロノ。
今の拳は素人の力任せではなく、拳の使い方を知っているそれだった。表面だけでなく、芯にくる。
加えて接近戦の捌き具合を見ても、ある程度のレベルまで鍛えてあることは明白だ。

「だが………!」

だからといって負けてやる理由にはならない。
提督とかランクとか、そんなもの関係無い。ただクロノ=ハラオウン一個人としてユーノ=スクライアに負けたくない。
そんなプライドが肩の痛みをまるで無かったかのように振舞わせる。
………彼は楽しそうに笑う口元に果たして気付いているのだろうか?



「アラアラ、クロノったら楽しそうにしちゃって………」

「クロノ君も男の子ってことですよ。」

生き生きとしたクロノを前にエイミィは楽しげに言葉を返す。

「司書長なのが勿体無いくらいの力ね………」

「同感だわ。今度人事異動でも考えてみたら?」

「局が許せばそうしたいところだけど。」

リンディとレティが割と本気でユーノの人事を考え始めている横で、なのは達は二人の戦力分析を行っていた。

「ふぇ〜、ユーノ君凄ーい!」

「しかし解せんな。スクライアではハラオウンの動きについていけるとは思えないが………」

「勘が良いというか、とにかく反応が早いんや。追いつければあの手甲で防げるしな。」

「ユーノ自身、結構鍛えてるみたいだから腕の負担もそれ程じゃないだろうしね。」

はやてとフェイトの見解に頷くシグナム。
ユーノが纏っている手甲は、言わば取り回しに優れた超小型の盾だ。
使い手がユーノであるだけに強度は御墨付きであるし、固定して張らない為、近接格闘に向いている。
尤もそれは彼個人のスキルが上がっているからこそ、生かされる魔法。下手な近接型魔導師よりよっぽど厄介だ。

「あと極小規模の結界も使ってますね。多分、入ってきた人間を感知するタイプの。」

付け足したのはシャマルだ。自分の周囲一メートル程度、入ってきた人間を感知するだけの結界。
それだけでも今のユーノには十分だ。死角からの襲撃に気付ければ、あとは上げた反応で強引に対応できる。
単純でごく限定された範囲の結界なら魔力量がそう多くないユーノでも連続して使用する事が可能。
とことん自分の特性を研究しているからこそ可能な芸当だ。感嘆の声がそこかしこから上がる。

「フェレットにしちゃやるじゃない?」

「アリサちゃん、それは酷いと思うんだけど………」

「そうだよアリサちゃん。格好良いと思うよ、私は。」

すずかの台詞にビタリと固まる。いや別に特別な事を言ったわけでは無い筈だが………

「ね、ねぇすずかちゃん?それってどういう意味かな?」

なのはの言葉にちょっと首を傾げて、

「どういう意味だろうね?」

「どぉゆぅ意味よぉおおお!?」

人差し指を口元に当てて、微笑んでみせる姿はどこか妖艶だった。

「しかしユーノ君、ほんま強なったんやなぁ。」

「はい、これ程とは私も驚いています。」

はやてが呟く横でザフィーラが答える。
見下ろした先にはクロノの攻撃を捌き続けるユーノの姿。

「………頑張れ、ユーノ君。」



まだまだ攻防は続いていた。
攻め手はクロノが有利なのだが、いかんせん防御の堅さを抜けきれないないでいた。
また、そこかしこに仕掛けられたディレイドシールドが進路を塞いだり、決め手を防がれたりと相当うざったい。
一方のユーノも防ぐばかりの展開に少々焦れていた。攻撃は苦手であることに加え、以前とは比べ物にならない程広がっているクロノの攻撃バリエーション。
バインドや撹乱魔法でなんとか切り抜けてはいるが、ダメージを与える以前に攻撃に転じる隙が見当たらないのだ。

(まいったな………これじゃアレを使えないよ……)

ユーノは内心でぼやく。防御や補助だけが能じゃない。一応、決め手もあることはあるのだ。
その為にはクロノに近づく必要があるのだが、よしんば近づけたところでそれを許してくれる筈もない。
そんな事を考えながら直射攻撃をチェーンとシールドの併用でさけた。だが、ここで戦況が動く。

「やっと捉えたぞ。」

「!?しまっ―――」

先読みされたのか、目の前に突如現れたクロノに思いっきりぶっ飛ばされた。
シールド・ガントレットで防ぐものの、手の痺れと共に一気に落とされる。
そこへ、バインド。今度は完全に掛かってしまい、その動きを封じられてしまった。

「ようやく捕まえた………これで、終わりだ。」

デュランダルを突き出すと魔力が先端に集中していく。
同時にユーノの周囲にも冷気が発生。まるでユーノを中心に渦を巻いているかの様。
慌てて抜け出そうとするユーノだったが、思いの他強固なバインドがそれを嘲笑うかのように阻んでくれていた。

「無理だ。決める為に気合を入れたバインドだからな。抜け出せないとは言わないが、間に合わない。」

淡々と告げる言葉に誇張はなく、バインドブレイクにはもう少しだけ時間が必要だった。
だが、それでは間に合わない。ブレイクしてから逃げようにも圧倒的に時間が足りない。
防御を展開しても十分な出力は出ないし、そもそも受けきれるかもかなり怪しい。
クロノは完全にこれで決める気である。状況がそれを物語ってすらいた。それなのに、だ。

「………諦めてないみたいだな?」

「当たり前だろ?まだ負けたわけじゃない。」

「まだ何かあるのか知らんがな、もう終わりだよフェレットモドキ。」

死刑宣告のようなそれに、ユーノはクスリと笑って見せた。

「そりゃ残念。そのフェレットモドキに、お前は負けるんだよ!」

「面白い!やってみせろ!」

デュランダルの輝きと共に冷気もまた更なる煌きを魅せ、それは氷結の世界を具現する―――!

『Absolute End』

まるで渦を巻くように回る冷気が、凍りついた水分を伴ってユーノを襲う。
そして………彼は冷気に閉ざされた。
最後の刹那、ユーノがバインドブレイクしたのが見えたが、それだけ。間に合う筈も無い。
発動の余波で、クロノ自身の周囲にも氷が舞っており、それがどこか幻想的だった。

「………終わりだ。」

それは模擬戦の閉幕を告げる言葉―――に成る筈であった。

「そうでもないよ?」

横から聞こえてきた声にギョッとして振り向く。観戦室もギョッと目を剥く。
そこには自分の肩に飛び乗る、愛らしいフェレットの姿。
間髪入れずにフェレットは両前足をパンと叩く。すると軽い衝撃と発光が目の前で起こった。
有り得ない状況に鼻先への衝撃、その上視界までも塞がれた。完全に虚を突かれ、体勢を崩してしまったのだ。
するとフェレットは淡い光を身体から放つとその姿を変えていき、最後には人型になった。そう彼は―――ユーノ=スクライア。
零距離に入ったユーノはシールド・ガントレットを発動。その手でクロノの顔を鷲掴みにした。

「っっっ!!」

「終わりだよ、クロノ。」

ユーノの言葉は正しい。この距離で顔面を掴まれては何をされていてもおかしくは無い。
そしてユーノにはこの距離でクロノを墜とす手段がある。勝負は決した。

「せめて教えろ。一体どんな魔法を使った?」

「バインドブレイクと変身魔法と転移魔法かな?」

「………まさか………!?」

「そう、そのまさか。フェレットになって転移したのさ。
 変身後の方が規模が小さくて済むし、消費魔力も大して大きくないから気取られ難い。距離が短ければ尚更さ。
 とは言ってもギリギリだったけどね。間に合って良かったよ。」

そう言うユーノの左腕は所々が凍りつき、足にも霜が下りていた。自分を掴んでいる手の力は変わらないが、呼吸は確かに震えている。
どうやら本当に寸でのところだったようだ。あの状況でよくそこまでできたものだ。
フゥーっと長めに息を吐く、クロノは口を開いた。

「まったく……流石に脱帽だよ。そんな組み合わせで間合いに入ってくるとは思いもしなかった。」

「昔取った杵柄ってやつさ。さぁ、終わりにしよう?」

「それは断る。」

ほぼ即答の敗北拒否宣言にユーノは怪訝な表情を浮かべた。
恐らくクロノはユーノが最後の一手を持っている事に気付いている。
それはもう抵抗の素振りを見せないことから見ても明らかだ。
だからこそ、その拒絶が気に喰わない。クロノという男は少なくとも見苦しいような男ではないからだ。

「どういことだよクロノ。」

「どうもこうも言葉通りだ。まだ勝負はついていないからな。」

この状況で勝負がついていないとはどういうことか?
観戦していた者達も何を言っているのかサッパリ分からない様子だ。

「僕はまだ戦える。意識はハッキリしているし、心も折れてはいない。
 ならユーノ、君ならどうやって負けを認めさせる?」

「…………まさか!?」

「最後の一撃を撃ってみせろ。それで堕ちればお前の勝ち。でなければ………僕の勝ちだ!」

既にS2U・デュランダルともに魔力が込められており、あとは発動するだけの段階だ。
もしもクロノがユーノの一撃に耐えられたのなら、勝利はクロノに傾くだろう。
クロノは完全決着をつけるつもりなのだ。

「……いいんだな?」

「遠慮するな、気持ち悪い………さぁ、決めてみせろ!」

一拍おいて、ユーノの右手は輝きを放つ!

「バリア………バーストッ!!」

音と共に光が爆ぜ、ユーノの手から魔力が消えていく。
そして小さく広がった光の端からクロノが力無く堕ちていった。
白煙を噴く右手を押さえ、切れる息を吐きながら、ユーノはその姿を見下ろしていた。





「まったく………クロノ君カッコ付け過ぎだよ?」

エイミィの膝枕の上で明後日の方向を向くクロノに、皆笑いを零す。
そして今回の主役であったユーノは、その向かいでシャマルの治療を受けていた。

「ハイ、これで大丈夫です。」

「ありがとうございます、シャマルさん。」

「いえいえ、これが医療班の仕事ですから。」

ペコリと頭を下げるユーノにシャマルはコロコロと笑ってみせた。
ユーノの傷は全体で見れば然程酷いものではなかったが、右腕だけは例外だった。
恐らくは最後の一撃のせいだろう、他と比べると一目瞭然な程のダメージを負っていた。
重傷ではないが、下手をすればそうなっていた状態である。

「ユーノも結構無茶したね?」

「ん?まぁ、ね。決めろって言われた訳だし。」

「でもユーノ君、凄かったよ〜!」

「ホントですぅ!リィンもびっくりしました!」

なのはに続いて賞賛の声を上げるリィン。よほど興奮しているのか、ユーノの頭の上をくるくると旋回する。
なんだか奇妙な図に、アリサが口を挟んだ。

「ほらリィン?少し落ち着きなさいよ。まるでお迎えに来た天使みたいよ?」

「むぅ〜!リィンはユーノさんのお迎えじゃないですよぉ!」

「まぁまぁ落ち着きぃや、リィン。」

抗議するリィンを宥めながらはやてはユーノに目を向け、気になっていたことを尋ねる。

「ところで最後のアレって何なん?クロノ君を一発で堕とすなんて大したもんやけど。」

「あぁ、アレはね?バリアバーストを零距離で使っただけだよ。」

バリアを爆発させることで被ダメージを抑え、間合いを開けることを目的とするバリアバースト。
それをシールド系に応用し、更にシールドガントレットに転用したのがガントレットバーストだ。
爆発の規模は小さいが、対人で考えれば威力は十分。非殺傷でもその衝撃を頭に受ければほぼ確実に脳震盪を引き起こす。
殺傷設定に変更すれば物理的にもダメージを与えることが可能な、零距離攻撃魔法とも呼べる代物だ。

「でも反動も激しくてあんまり多用はできないんだよね。」

焼けた様な右腕がそれを物語る。爆発の衝撃をモロに受けてるのだからそれも当然。
そもそも近づかなければ発動まで持っていけないため、彼のスタイルからすれば使い勝手は悪い。
だが威力は見ての通り。ユーノの切り札とも呼べる代物だ。

「で?クロノ、なんで僕が色々やってるの知ってた訳?」

開始直前から気になっていた疑問を口にする。一体どこから情報漏洩があったのか?
それがなければこんな模擬戦などやらなくてよかったはずである。
クロノはあぁ、と呟く。

「それはな?アルフとリィンが口を滑らせたんだ。」

予想通りの回答にあ〜〜〜、と右手を顔に当てて天井を仰ぐ。
原因の二人はというと気まずそうに身を縮めてユーノを見ていた。

「………口止めしといたんだけどなぁ………」



無限書庫の司書長補佐としてアルフはユーノを手伝っている。
生まれて間もないリィンフォースUは知識を吸収する絶好の場として無限書庫に頻繁に足を運んでいる。
自然、彼との接点が多くなった彼女達だからこそ、見つかってしまったのだ。魔導師としての能力向上に励んでいるところを。
主に得意とする結界魔法や防御魔法の効果及び強度の上昇、補助魔法の新規修得、魔力循環の高効率化など。
また遺跡発掘にも必要となるので自身のフィジカル面の鍛錬、そして新しい魔法の開発。
なのはもフェイトも、クロノだって日々その力に磨きをかけている。前線で戦う彼らにとっては当たり前の事で必要な事。
だが自分だけは書庫に篭って資料検索の日々。そこに戦闘など起きる筈も無く、自分がその方面に向かないのも理解してはいる。
それでも、前に出ることが可能な力を欲した。やれることはそう多くは無くても、もう自分に蓋をするのは男として却下だ。
起きてしまった事を悔いて、自分を責めて、だだ傍にいてやることしかできない………それだけで終わりなんて御免だ。
だから無限書庫や学会の合間を縫って、クロノが言ったやることを………やれるだけのことをやっていたのだ。

………いたのだが………

ひょんな事で二人にバレた。
具体的には司書長室で色々やっている時に。
ユーノを驚かせようとしてひっそりと司書長室に侵入されてお縄になった。
普段なら厳重に鍵をかけるところなのだが、その時は激務の合間の研鑽だったため、ついというか、うっかりというか。
司書長室でもできるトレーニングをやっている最中だった。新魔法の研究や術式構築に関する資料も広げっぱなしだった。
後はもう雪崩の如く。何やってるかと詰め寄られ、しかも女の子相手に強く出れるユーノでもなく………素直に吐くしかなかった。
その後なんとか頼み込んで他言無用ということにしてもらった。これ以上皆に心配をかけるのは御免である。
その為、ユーノは普段使わない給料をアルフとリィンの為に存分に使うことになった訳だが、それはまた別の話。



そして更に話は変わる。
久しぶりに海鳴で揃ってお茶を楽しんでいたなのは達。
アルフやリィンも一緒だし、珍しく休みが重なったクロノ達も同席していた。
だがユーノは当然の事ながら休み。もし休みでも海鳴には滅多に来ないのだが。
ユーノがいない事に軽く溜息を吐いたなのはだったが、そこでアリサが切り出したのだ。

「ところでユーノって強いの?」

そこで急遽開催されたユーノの魔導師スペック分析会議。
基本的な能力や適正、応用の範囲やその可能性など、どういうわけか本格的な方向に話が向いていった。
クロノも加わってにぎやかな討論が交わされたのが、最終的にユーノが戦闘向きでは無い事を知ると、

「じゃあユーノって弱いんだ。」

などとハッキリ言ってくれたのだ。
弱い発言になのはやフェイトが思いっきり反論しようとしたのだが。
その前にアルフとリィンが過剰反応してしまったのが運のツキ。
怪しんだ他のメンバーに詰め寄られ、あれよあれよという間にバレてしまったのだった。
その時にバニングス家御用達の高級お菓子がテーブルの上に所狭しと並べられていたのは関係無い………多分。
事情を聞いたアースラメンバーが好奇心を抑えきれる訳もなく、即座にユーノを引っ張り出す算段を付け始めた。
その際、クロノが溜息を吐いた事は言うまでもないだろう。ユーノの実力を見る事に関しては人一倍やる気だったが。

そして数日後、ユーノの休暇申請が届いたのであった。



「という流れだが何か質問は?」

「………いや、もういいよ………」

アリサやすずかがいる理由も分かった。要はアリサが発端で、すずかはついで、か。
既に反論は諦めている。疲れた身体の更なる酷使を全身が拒否したのだろう。
ハァ〜、と深い深い溜息。なんかドッと疲れた気分である。
そこへ近づいてくる一人の男。

「なかなかよかったぞユーノ。ちゃんと自主トレはやっていたみたいだな。」

「恭也さん………ありがとうございます。」

恭也の表情はにこやかだ。まるで弟子の成長に目を細めているかのように。
顔を上げたユーノも嬉しかったのか照れ笑い。
そんな二人の様子に目を見開く人物が二人ほど。主に父親と妹。

「なっ!?恭也!?」

「お兄ちゃん知ってたの!?」

「あぁ、体術の基本を教えてくれと頼まれてな。もう結構前からやってるぞ?」

明かされる新たな事実に二人は愕然。
その様子を見て桃子と美由紀は面白そうにクスクスと笑っていた。

「桃子もか!?」

「お姉ちゃんもなの!?」

「だって秘密にしてくれって言われてたから。」

「それにお父さんにユーノ君見せるの危ないし。」

日本刀を持ち出されたらそれこそ大惨事になりかねない。主にユーノが。
高町家の安全の為にもユーノの命の為にも、士郎には黙っているということで一致したのだった。

「にしてもホンマ強かったなぁユーノ君。」

「だね。私もビックリしちゃったよ。」

「でもアレは初見だったから通じる戦いだから。
 次があるんだったらきっと勝てないよ。」

心底感心して頷くはやてにすずかに苦笑しながら否定してみせる。
今回のユーノの戦い方は手の内を晒していなかったからこそ通じる部分が多々あった。
決して弱くは無いが、様々な相手に対してコンスタントに戦える訳でないということだ。

「謙遜するな、スクライア。誰も真似出来ない戦いだったぞ。」

「そーそー、もっと自信持ってもバチなんか当たんねぇって。」

賞賛を送るシグナムとヴィータに、ユーノはただ恥ずかしそうにするしかない。
歴戦の二人から自分が褒め言葉を貰うとは、なんだかむず痒い気分だ。

「でもよぉクロノ?お前本当にフェレットモドキに負けちまった訳だな!」

「そっそれは………!!」

ヴィータの鋭い一言に、思わず目をクロノは逸らす。 まさか本当にフェレットモードで一杯食わされるとは夢にも思っていなかった。
次にやれば選択肢の一つとして対応できるかもしれないが、それはソレ、これはコレ。
誰の目から見ても、フェレットが決め手だという事実は揺るがない。

「そうよねぇ?アレだけ堂々と馬鹿にしてたのにこの体たらくは無いわよねぇ?」

「あれは素でビックリしてましたよ、絶対。」

アリサとシャマルの追撃に身体から力が抜けていくの感じてしまった。
正論だと自分でも理解しているだけに、チクチクと胸を突かれている気分だ。というか胸に突き刺さる。
ただでさえ気にしていた事だ、なんというか………これ以上はマジで精神に来そうである。

「た、頼むからもうその辺にしてくれな―――」

そろそろ勘弁してもらおうと許しを請おうとしたクロノだったが、その考えは甘かった。
何故なら………

「お兄ちゃん、ちょっとカッコ悪かったかな?」

トドメがしっかり用意されていたのだから。

「………ガハッ!」

フェイトの一撃はクロノの胸を問答無用で刺し貫き、完全に沈黙させてしまった。
他の言葉はまだ耐えられた。だが義妹からの、しかも「カッコ悪い」発言はどうしようもなくクリティカル。
シスコン此処に堕つ。ついでにフェレットがトラウマになりそうだ。
自分の膝の上で真っ白になった恋人の髪を、エイミィは苦笑しながら撫でてやるのだった。
さて、もう片方はというと………

「さて、次は俺と戦らないかスクライア?お前の強さを直に確かめてみたいのだが………」

「待てザフィーラ、私を忘れてもらっては困るぞ。」

「あ、私も戦ってみたいな。」

「も〜〜〜!フェイトちゃんもユーノ君に迷惑かけちゃダメ〜〜〜!!
 ………………でも私も少し興味あるかな?」

『ってオイ!?』

何故かユーノ争奪戦になりつつあった。
特に火が点いたバトルマニア二人はなかなか引き下がらないし、ザフィーラも何時に無くやる気に溢れている。
そんな三人を止めるなのはだったが、彼女も火種になりそうである。

「んっふっふっふっ、人気者やんユーノ君?」

「勘弁してよはやて………」

夜天の主として止める気は全く無いらしい。
悪戯っぽく笑うはやてに本当に困り果てた様子のユーノ。手の内の殆どを晒した今、正直勝ち目があるとは思えない。
対個人戦が十八番のシグナムやフェイト相手なら尚更だ。肉弾戦が主力のザフィーラもあまり相性がいいとは言えないし。
議論は何時の間にかどういう順番・形式で戦うのかに移行している気がしなくもない。頼みのなのはは………あまり期待できそうに無い。
いよいよ以って、本気で引きずり出されかねなくなった。何せあと休暇は六日も残っているのだから。

「ホラホラ、勝者がそんな顔するもんやないで?まっ、何はともあれや。」

はやては邪気の無い笑顔でクルッと振り向いて、

「お疲れさん、ユーノ君。」

それは疲れた身体に染み渡るような一言。
一瞬、目を瞬かせるユーノだったが、すぐに笑顔を浮かべると、

「うん、ありがとう。」

穏やかな声音で返したのだった。





模擬戦後、リンディ・レティ・クロノの提督三人はユーノ=スクライアに総合AA+の評価を与えた。

しかし前線にはまず出ない上に司書長にそんな高ランクは不要と主張した為、正式認定には至らなかったとの事。

以後、彼が模擬戦に再び引っ張り出されるようになったり、ちょっとした隠し技的扱いになったのはまた別の話。








<終>








<後書>

コンセプトは「世界設定を破綻させずにユーノを強化する」。
あまり凶悪兵装や超絶魔法は使わずにどこまでやれるかをやってみました。
ついでにクロノも若干強化されてますがそこはある意味予定調和。
(主観的に)有りそうな魔法や(個人的に)無理の無さ気な魔法がオリジナル魔法として飛び交っております。

なんか最後がユノはやっぽいの気にしないの方向でどうか一つ。




あとがき

 ユーノとクロノを割とガチで戦わせてみた。特にユーノの強化に重点を置いてます。
コンセプトは「世界設定を破綻させずにユーノを強化する」で、ユーノが不自然なギアの上がり方しないように  頑張りましたよ、ええ。こんなユーノ=スクライア、多分有り得ますよね?
ついでにクロノも多少強化してます。ザフィーラとかもちょっと絡んでます。
重い話じゃないんで軽く読んでみてください。

最終締め切りから24時間以上が経過しているという暴挙………大変申し訳無いです!

でも無い時間捻り出してなんとか完成?まで漕ぎ着けました。いやホントに時間が無かったんです。
もし許されるかつ必要であれば魔法解説も後日作成・送付致します。

御容赦を頂けるのであればよろしくお願いします。やっぱり無理であるならば闇に葬ってください。
規定違反で失礼なのは重々承知しておりますが、よろしければご一読してやってください。

それでは失礼します。
蒼さん

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