『Flowers』




 昔話をしようか。

 むかしむかし、あるところに一人の少年がいました。
 彼は、世間一般から見ればとてもとても不幸な子供でした。生まれた時からその身に無数の犬を内包し、彼の幼い心と身体でその力を抑える術を持たず、時にその歯牙で周りの者を傷付けてきてしまったのです。
 古代ベルカ時代から連綿と受け継がれてきた稀少技能(レアスキル)の一つ、“無限の猟犬”――ウンエントリヒ・ヤークト。その力は少年を孤独にし、不幸にしていきました。
 やがて、一人になった少年はある家に引き取られ、そこで新しく自分の姉になる女性と出会い、新しい家での生活を始めました。始めはやはり力の所為でトラブルも多くありましたが、姉の深い優しさと怖〜い教育係の厳しい指導の下、自分の力の使い方を覚え始め、やがては家族だけでなくその家の人間とも徐々に打ち解けていったのです。
 少年には力を捨てるという選択肢もありました。しかし、大人になった彼はそれを選ばずに力を活かせる道を歩みました。その途中で心許せる大切な友人と出会い、今では可愛い妹分も出来ました。

 少年は今の人生を幸福に感じています。
 何故ならば……こんなにも自分を想っていてくれる人達が居るのですから。




『Flowers』




「――かくして、大切な家族や友人に囲まれた少年は、非常に充実した人生を送っていましたとさ」

 めでたし、めでたし――そう締めようとヴェロッサが紅茶のカップに手を伸ばそうとした瞬間。
 だんっっっ!! とテーブルが強い衝撃で揺れ、席につく者の数だけのカップが小さく音を立てる。

「ちょっと待ってくださいロッサ。今の話、私の説明に“怖い”ってやけに強調して言ってませんでしたか? お答え次第によっては……」
「まあまあシスター、こんな日に腕捲りして機嫌悪くしたらあかんよ?」

 柔らかく独特の訛りのある笑い声が、カソックに身を包んだシスターの怒気を和らげる。

「はやての言う通りだよシャッハ。それに、そういうのはあまり気にしない方がいいと僕は思うな。こう、その場のノリでスルーしてくれると、僕としてはとても助かるんだけど」
「……ロッサ、それはもっともだけどあんまりシャッハを弄らないの」

 ヴェロッサの右隣、カリムは呆れながら言を挟む。

「確かに、騎士カリムの言う事も一理ある。そういう所が君の悪い癖だな、ヴェロッサ」

 黒衣のバリアジャケットに身を包んだ青年は、瞑目してカップに口を付けた。



 ミッドチルダ北部ベルカ自治領、聖王教会大聖堂の一室。客人を迎え入れるその部屋は現在、多くの者達によって賑わっていた。
 聖堂の主に秘書のシスター、XV級艦船艦長と機動六課部隊長……そして、本局査察官。互いに既知の関係である彼らは客間の円卓で紅茶を味わいながら談笑に花を咲かせているのだが。
 そんな和気藹々とした雰囲気の中、クロノが口を開き、切り出した。

「……ところで、今日は僕やはやてを呼び出した理由は何だい? ただこうして君の昔話を聞かせる為だけじゃないだろう」
「いやいや、日頃世話になっている皆にお礼がしたくて、ね」

 お礼? とクロノは顔をしかめる。それは長年の指導を行ってきたにも拘らず、マイペースな性格を保っている事に呆れているシャッハも同様だった。
 そもそも今回、この席を設けたいと切り出したのはヴェロッサからだった。普段から聖堂に居るカリムやシャッハに、来る事の多いはやてはともかく、六課の運営方針相談以外で艦から降りる事があまり無いクロノを、私の目的で彼がこの場に呼ぶ事自体が珍しかったのである。

「……それは、さっきの昔話も含めてですか?」
「そういう事。それじゃいいかな、はやて」
「ええよー」

 明るく返したはやての言葉を合図にヴェロッサは小さく頷き、ぱんっ、と両の掌を打ち合わせる。その手をゆっくりと離し――瞬間、淡い光がヴェロッサの眼前に小さく輝き始め、緑の髪を棚引かせた。
 それは彼が自作の菓子を披露する際によく行う動作であったが為に、クロノは今度はどんなものを出すのかと思っていたのだが、収束していく光の中に現れたものを見て目を丸くする。

 ――それは、三つの花束だった。

 一つは、紫に染まった鐘のような花。
 一つは、漏斗のような形状をした黄色の花。
 そして、もう一つは赤紫の花球状の頭状花。

「……花束?」
「ですが、これはミッドのものでは……」
「いい所に気付いたねシャッハ。はやて、説明をお願いできるかな」
「……今回、ロッサがカリムやシスターシャッハに感謝の気持ちを贈りたいということで、何かいいものは無いかと相談されたんです。それで、私も考えた結果……花束がええかと思いまして」

 はやてが説明する傍ら、ヴェロッサは三つの花束を手にしてゆっくりと席から立ち上がる。

「せやけど、ミッドの花は私も未だにわからないものも多くて、贈るべき花言葉も知らへんものもありますし……ということで、地球の花を調べて贈るに相応しい花を選んできたんです」
「解説ありがとうはやて、ということで……まずは、カリムへ」

 ヴェロッサが三つの花束の中から紫の花――ツリガネソウをカリムに差し出す。

「カリム、僕が自分の家名もこの力も捨てずにいられるのは、カリムが僕を引き取り、優しく接してくれたからだった」
「ええ、あの頃の貴方はレアスキルや家の事もあって、グラシアの家に馴染めるかどうかという不安もあったけれど……私はそんな貴方の姉であろうと、頑張ってきたわ」
「そのおかげで、僕は自分の力と付き合えるようになった……だから、感謝を込めて」

 ――差し出された花束を、カリムは微笑みながら受け取った。

「……ありがとう、ロッサ」
「どういたしまして、姉さん。そしてこれからも宜しく」

 笑み返して、今度はシャッハに視線を向ける。
 残された花束のうち、黄色の花――フリージアを片手に持ちながら。

「シャッハは僕がグラシア家に来てから、教育係として厳しく指導してくれたね」
「……来始めた頃の性格は治りましたが、今度はマイペースになってる貴方が激しく心配ではあるのですが……もっとしっかりして下さいね。カリムを悩ませない程度に」
「それは僕も気を付けるさ、本当だよ?」

 俄かには信じがたいですね、と怪訝な視線を向けたシャッハに、ヴェロッサは小さく苦笑いした。
 
「だけど、シャッハはカリムと違って僕にとって憧れでもある……というわけで、この花を」
「……まあ、貴方の気持ちはわかりました。なので……受け取らせてもらいます」
「ありがとう。そして……クロノ君には、変わらない友情の証として」

 カリムやシャッハに渡したものと違い、クロノに贈られたのは紅色をした球形の花だった。他の二つと比べて変わった形をしたその花に、クロノは表情に疑問符を浮かべる。

「ヴェロッサ、これは?」
「センニチコウ、という花だそうだ。長期間花の色が褪せないし、ドライフラワーにしてもお勧めだよ」
「……なるほど、そういう意味でも長続きするという事か」
「流石クロノ君、物分りが早い」
「伊達に君の友人を長くやっていないからな」
「……それじゃ、今後もその友情が変わらぬことを祈って」

 最後の花束をクロノに手渡すヴェロッサ。


「……ところでロッサ、私には何もあらへんの?」


 ――はやてのその一言に、ヴェロッサの表情が笑顔のまま固まった。

「――え?」
「ほら、今回私が全面的に協力したやないか。せやからそんな私にも……」

 ……はやてが言い終える直前、ヴェロッサは客間のドアに踵を返し始める。 

「……カリム、シャッハ、クロノ君。悪いけど僕はこれから本局に」
「逃げるのは男らしくないですよ、ロッサ」
「そうね、せっかくはやてがロッサのために頑張ってくれたんだから、ねえ」
「全くだ。僕も妻や子供達にはちゃんと、夫として父として頑張っているというのに」

 三者三様の突っ込み。

「……は、はは、ははははは」
「んもうロッサったら、忘れたとかは言わせへんよー!」

 がたっと席から立ち上がり、ロッサの背中にはやてが勢いよく駆け出した。
 そんなはやてに捕まらぬようにとロッサも円卓を時計回りに走り、チェイスが始まる。

「……やれやれ、結局こうなりますかカリム」
「まあ、ロッサだから……ねえ」
「昔話のようにめでたしめでたし――とはいかないか」

 花束を贈られた三人は小さくため息をつく。
 こらーロッサ、待てー! と言うはやてと、ごめんはやて、別に忘れてたわけじゃないんだと弁明するロッサのトークをBGMにしながら。


 ――聖王教会の午後は、そんな風に賑やかに過ぎていったとさ。



<終わり>




あとがき

 ツリガネソウの花言葉は『感謝』。
 フリージアの花言葉は『憧れ』。
 赤紫のセンニチコウの花言葉は『変わらぬ友情』。

 ロッサのエピソードに関しては材料不足も多いですが、それでもカリムさんやシャッハ、クロ助に救われてるというのはあるんじゃないかと。そんな彼が大切な人達に感謝の気持ちを込めてというお話でした。

 にしても、ミッドと地球ではやっぱり『花言葉』の文化は違うというかないかも知れないなぁと思いつつこんな話となりましたが、お読み頂き有難うございます。
天波浅葱さん
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