翡翠の守護神外伝2 「父と子と」




ここはミッドチルダのとある居酒屋。大勢の客で賑わうそこで、二人の男性が向かい合って酒を飲んでいた。
一人はハニーブロンドの髪をした、優しそうな青年。
もう一人は、いかにも現場叩き上げといった風情の壮年の男性。
二人は特に会話をしてはいなかった。しかし、二人の間に流れる空気は決して険悪なものではない。むしろ、とても穏やかなものであった。

暫く経った後、グラスをテーブルに置いた男性は、少し非難めいた視線を青年に送りながら言った。
「それにしてもユーノよう……。こうやってお前とサシで飲むのも随分と久しぶりじゃねぇか。俺は何度も誘ったってぇのによぉ? ええ?」
そう言われた青年は、苦笑しながら答えた。
「悪かったですよ、ナカジマ三佐。僕も忙しくって……。」
頭をかきながら青年……ユーノ・スクライアは、男性……ゲンヤ・ナカジマに弁解する。しかし、その弁解を聞いたゲンヤの眉間には、更に深い皺が刻まれた。

「……おいユーノよぉ。その『ナカジマ三佐』ってぇのはどういう了見だよ? そんな他人行儀な呼び方なんか、冗談でもするんじぇねぇよ。」
不機嫌そうに言うゲンヤ。その様子を面白そうに眺めた後、ユーノは言った。
「ごめんごめん、冗談が過ぎたよ。悪かったね、『親父っさん(おやっさん)』。」
そう呼ばれたゲンヤは、満足そうに頷くとグラスの酒をぐいっと飲み干した。





ユーノとゲンヤの付き合いは結構古い。闇の書事件が解決した後ユーノは無限書庫に勤め始めたが、ゲンヤと出会ったのはその後間もなくのことであった。
あの物置と化していた無限書庫を機能させた奴がいる、しかもまだ子供だ、という話は当時の管理局内でも話題になっていた。

しかしゲンヤはその意見に懐疑的であった。

現場叩き上げである彼は、自分の目でちゃんと確認しなければ信用しない性質であった。そこで、ちょうど依頼したい資料の請求もあったため、自ら直接無限書庫へと赴いたのだ。
だが彼がそこで見たものは、想像を上回るものであった。

ゲンヤが無限書庫へと赴いた時、一人の少年が無限書庫の中空で検索魔法を展開していた。まるで女の子のように整った顔をしていたが、しかしやっていることは凄まじかった。
彼の周りには、二十冊以上の本が浮かんでいた。彼はその全てを検索し、調べ終わった本を分類別の所へ飛ばし、また新たな本を呼び寄せていた。
ゲンヤが唖然とした様子でその様子を眺めていると、ふとその少年が目を開けた。同時に本がぱたぱたと閉じられていく。
彼の元へとやってきたその少年は笑顔を浮かべながら尋ねた。

「お待たせして済みません。資料の請求ですか?」
「あ、ああ、そうだな。実はこいつを頼みたいんだが……。」
少し慌てながら資料の請求をするゲンヤ。少年の魔法に度肝を抜かれて、自分が資料請求に来たことを失念してしまったのである。

ゲンヤからの依頼をチェックする少年。ゲンヤは、恐らくこの少年こそが噂の子供なのだろうと考え、声をかけた。
「……なぁ、ちょっと良いか?」
「はい? 何でしょうか?」
「今局内で噂になってる、無限書庫復活の立役者ってぇのは……お前さんかい?」
そう問うと、少年は困ったような顔をして言った。

「そうですね……多分僕のこと、だと思います。でも、別に皆さんが言う程大した事をしている訳ではないんですが……。」
そんな少年の様子に、ゲンヤは思わず笑みをもらした。
もしも自分の才覚を鼻にかけるような子供だったら一つ言い聞かせてやろうと思っていたのだが、その必要は無さそうだ。

「何言ってんだ。お前さんは大したもんだよ。ま、もし自分の実力を鼻にかけるような奴だったら、ちょっときつく言ってやらにゃあと思ってたんだがその必要も無さそうだしな。安心したぜ。」
そう言って笑いながらユーノの頭をぐしぐしとかき回すゲンヤ。
いきなり頭を乱暴に撫でられてユーノは驚いた。だが、その無骨な手で頭を撫でられるのは、どこか気持ちが良かった。
(……お父さんに撫でられると、こんな感じなのかな……。)
漠然とユーノはそう思った。

彼には親はない。孤児だったため、スクライア一族の長老に育てられたのであるが、長老は父親というよりは祖父といった方がしっくりとくる年齢であったため、ユーノもやはり親というよりは祖父の様に思っていた。
それゆえ、彼自身は自覚していなかったが、無意識に両親を求めていた。考えてみれば、彼はまだ九歳である。無理のないことであった。

「おい坊主。どうした?」
ゲンヤのその声に、ユーノははっと我に返った。どうやら少し考え込んでしまったようだ。
「す、すみません。……あ、資料の請求は確かに承りました。完成したら連絡します。それと……僕は坊主じゃありません。ユーノ・スクライアという名前があります。」
憮然として言うユーノに、ゲンヤは思わず微笑んだ。女の子のような顔をしているが、中々言うではないか。
「ああ悪かったなスクライア司書。ついでに自己紹介しとくと、俺はゲンヤ・ナカジマってんだ。ゲンヤでいいぜ?」
「分かりました、ゲンヤさん。じゃあ僕のことも、ユーノと呼んで頂いて結構ですよ。」
そんなやり取りをした後、ゲンヤは自分の部署へと帰っていき、ユーノは無限書庫での作業に戻っていった。





「しかし懐かしいぜ。あの時の子供が、今じゃあ立派な無限書庫司書長様だもんなぁ。」
新たに酒を注文しながらゲンヤは言った。ユーノは思わず苦笑する。
「やめてよ親父っさん。それともさっきのお返しのつもりかい? それに、そんな年寄り臭いこと言わないでよ。」
親父っさんにはまだまだ元気に働いて欲しいんだから。そうユーノは言った。
ゲンヤは苦笑を浮かべていたが、やがて運ばれてきた酒を一口飲むと、ぽつり、と言った。
「もちろんだ。俺は生涯現役で頑張るつもりだぜ? ……だがなぁ、もう若くないのも確かだ。そうなるとつい……昔の色んなことを思い出して、感傷に浸ることもあるのさ。」





「よぉユーノ! またちょいと頼まれてくれねぇか?」
「ああゲンヤさん! 分かりました、今回は何です?」
ゲンヤがユーノに初めて資料請求をしてから暫くたった。ゲンヤは忙しい合間を縫いながら、ユーノに直接資料請求をするようになっていた。
別に部下に任せてもまったく問題無いのだが、ゲンヤ自身がユーノに会いたかったため、なるべく彼は自分で資料請求に赴いていたのである。

ゲンヤにとって、ユーノ・スクライアという少年は、放っておけない存在となっていた。
これは、彼にユーノと同年代の娘達がいる所為もある。だが、それだけではなかった。
彼と妻であるクイントは、子供に恵まれなかった。だがとある事件を通じて娘が二人出来、ゲンヤもクイントも、そのことをとても喜んだ。

だが、ゲンヤは少しだけ残念に思う所があった。それが息子が出来なかったことであった。
クイントはとある事件で殉職しており、彼女との間に子を成す事はもう出来なくなった。
かといって、再婚する気など全く起きない。彼の妻に対する愛情はとても深いものであったし、何より大切な『娘達』を育て上げることが、彼にとっては一番大切なことであったからである。

しかし、息子ができないことについて寂しさを感じる時もあった。
彼は、息子と共に、遊んだり、喧嘩したり、酒を飲んだり……という事に、少し憧れを持っていたのである。

そんな時に、彼はユーノと出逢った。

最初は無限書庫の利用者とその司書という関係であった。
しかし二人はウマがあったのか、次第に仲良くなっていった。
ゲンヤはよくユーノの様子を見にくるようになり、自分のお気に入りの店に食事に行く時には彼を連れていくようになっていた。
ユーノもゲンヤの誘いを喜んで受けており(もっとも酒については遠慮していたが)、とてもよく懐いていた。
そうした二人は傍から見ると、まるで父子のようであり、また当人同士も段々とそう感じることが多くなってきたのである。

「しかしユーノ。お前また凄い顔をしてるな……。俺の周りにだって、そんなにやつれた顔をしている奴はいねぇぞ……。」
やってきたユーノの顔を見るなりそう言うゲンヤ。ユーノは乾いた笑いを浮かべると、げんなりと言った。
「すみません……。いや、どこぞのシスコンがバカみたいに資料の請求をしてくるもので……。」
その様子にゲンヤは思わず苦笑する。

「まぁ、無理すんな……って言ってもそれこそ無理か。とにかく体にゃあ気をつけろよ? どんな仕事だって体が資本だからな。」
そのゲンヤの言葉にユーノも頷いた。
「分かってます。無理をして倒れたら、また皆に迷惑をかけちゃいますから。」
つい先日もユーノは徹夜のし過ぎでまた倒れてしまい、担ぎ込まれた病院でなのは・フェイト・はやての三人に延々と説教を食らってしまっていた。
流石のユーノもそれは大分きつかったらしく、あまり無理はしないようにしようと考えていたのである。

「ま、分かってるならこれ以上は言わねぇがな。それより落ち着いたらまた付き合えよ。な?」
そう言ってゲンヤはくいっと杯をあおる仕草をする。それを見たユーノは苦笑しながら言った。
「いいですけど……僕はまだ子供なんですから、お酒は飲みませんよ?」
「何言ってやがる。俺がお前ぐらいの時にゃあもう結構飲んでたぞ? 大体、お前だってスクライアの集落にいた時にはそれなりに飲んでたって言ってたじゃねぇか。」

失敗した、とユーノは思った。
以前誘われた時にうっかりとその事を喋って以来、ゲンヤは食事の際に、ユーノに酒を付き合わせようとするようになっていた。
食事を一緒にするのは嬉しいが、しかしかなりの酒豪であるゲンヤと酒を飲むのは中々辛い。
もっとも、ユーノも幼い頃からスクライアの大人達の宴会につき合わされていたお陰でかなりのザルではあるのだが。

「じゃあそろそろ俺はいくぜ。またな、ユーノ。」
「はい。ゲンヤさんも頑張って下さい!」
そう言って二人は別れた。だがこの数日後、二人の関係を変える事件が起きた。高町なのはが撃墜され、瀕死の重傷を負った事件である。



「……ユーノは今日も高町の嬢ちゃんのとこかい?」
「はい……。定時になった途端、飛び出すように……。」
そうか、とゲンヤは呟いた。対応に出た司書も沈痛な表情を浮かべていたが、やがて仕事へと戻っていった。ゲンヤも無限書庫を後にする。

なのはが病院に搬入されてから一週間程が過ぎようとしていた。
不屈のエースである高町なのはが撃墜されたことは、局内にも大きな衝撃を与えた。
だがその時ゲンヤは、なのはのことよりも一人の少年の事を考えた。無限書庫で働く、優しい少年の事を。

『僕は、皆の役に立ちたいんです。僕が無限書庫で情報をしっかり集めれば、それだけ皆の助けになりますからね。特になのはは、僕がこちら側の世界に引き込んでしまったようなものですから、僕なりに護ってあげたいんです。』
以前食事に行った時に、ユーノはゲンヤに自らの想いを語っていた。ゲンヤもその想いを聞いて、微笑ましく思ったものだった。

それ故にゲンヤはユーノを案じていた。責任感が強く、自分よりも他人を優先させる優しい彼のことだ。今回のことも、必要以上に自分を責めているのではないかと、ゲンヤはそう考えたのだ。
そしてその推測は当たっていた。
数日後、再び無限書庫を訪れたゲンヤは、今度はユーノに会うことが出来た。しかし、彼の憔悴ぶりはゲンヤの予想を遙かに上回るものであった。

「…………。」
「ユーノ……。」
ゲンヤはそれ以上、ユーノに声をかける事は出来なかった。
彼が疲労した姿はゲンヤも何度も見ている。しかし、今回は以前とは全く異なっていた。
彼の中から、何か大切なものが抜け落ちているような、そんな印象を受けた。

「ユーノ……。お前、今夜は時間あるか?」
ゲンヤはユーノにそう尋ねた。今この場で彼に言葉をかけても、彼には届かないだろう。それにじっくり話をする必要もある。そうゲンヤは考えた。
「仕事は何とか……。でも、僕はなのはについていてあげないと……。」
「そんな顔をしたお前がついていちゃあ、高町の嬢ちゃんも気を使っちまうぞ? 何、そんなに時間はとらせねぇ。いいから付き合え。」
「……分かりました。」

ゲンヤは強引にユーノを押し切った。そしてその日の夜。
二人は食事をした後、近くの公園にやってきていた。それほど遅い時間でもないが、しかし夕飯時は過ぎているので流石に人気は無かった。
ユーノはベンチに腰かけ、ゲンヤは立ったまま夜空を見つめていた。

食事の時も、ユーノは殆ど喋らなかった。暗い顔をしたまま料理に手をつけないユーノに、食べるように促しながらゲンヤは内心溜息をついた。
分かってはいたことだが、なのはが大怪我をしたことに相当ショックを受けているようだった。
さて、どうやって励ましてやるべきかとそう考えていた時、ユーノがぽつり、と呟いた。
「……僕の……所為なんです。」
「……? 何が、だ?」
「なのはがあんなことになったのは……僕の所為なんです。」

ゲンヤは無言でユーノに向き直った。ユーノは俯いたまま言った。
「なのはの体調があまり良くなかったこと……僕は薄々気付いていました。けど、彼女を止めることは出来ませんでした。大丈夫だという彼女の言葉を鵜呑みにしてしまって……。本当はそんな訳ないって、分かっていた筈なのに……!」
ユーノはぎゅぅっと拳を握り締めた。そのまま肩を震わせながら懺悔を続ける。
「何で僕はなのはを止めなかったんだろう……! いや、それ以前にあの時、なのはに助けを求めなければ……なのはに出逢わなければ、こんなことには……!」

ゲンヤは目の前で懺悔をしながら肩を震わせる少年を見ながら思った。
自分は彼のために何をしてやれるだろう、何をするべきなのだろう、と。
そんなことはない、お前の責任ではないと、慰めるべきなのか。
それとも一緒に悲しんでやるべきなのか。

いや、そのどちらも違う、とゲンヤは思った。
おそらくそのどちらとも、彼にやっている人はいるだろう。
ならば、自分がするべきことはそれではない。自分が、自分だけが、自分こそが彼にしてやるべきこと。それは─────

「……ユーノ。」
ゲンヤはユーノに声をかける。その呼びかけに応え、顔を上げたユーノ。
その顔に向け、ゲンヤは拳を振り下ろした。
「!?」
ゲンヤに殴られベンチから転がり落ちたユーノは頬を押さえ、驚いたような表情で彼を見つめた。
─────そう、例え恨まれようが、憎まれようが、ぶん殴ってでも『息子』に正しい道を指し示す事。
(それが……『父親』の役目だよな。もっとも、そう思ってるのは俺だけだろうが……。)

そう考えるゲンヤ。そして、ユーノの視線を受け止めながら彼は言った。心を鬼にして。
「立てよ。その甘ったれた根性、叩きなおしてやるからよ。」

その言葉に、顔を紅潮させながらユーノは立ち上がった。普段の彼からは想像出来ない程の激しい怒りをゲンヤにぶつける。
「いきなり何をするんですか! 大体、僕が甘ったれているですって!? 何も知らないのに、そんなこと……!!」
「だから、それが甘ったれてるってんだよ!」
ゲンヤは再びユーノに拳を振るう。今度はユーノも何とか回避し、逆にゲンヤに殴りかかってきた。
二人はそのまま殴り合いを続ける。

「僕の気持ちも分からないくせに! 何だって言うんです!!」
「僕の気持ちも分からない? 分かりたくなんかないぜ、甘ったれの気持ちなんかよぉ!」
「だから、何が甘ったれだって言うんです!」
「甘ったれじゃねぇか!! 自分のやるべきことから逃げ出して、自分を詰って楽になろうとしてる奴はなぁ!!」
「!? 楽になろうとしてる、ですって!? 僕は責任を感じて……!!」
「じゃあ!! 今一番辛いのは!! 今回の事故で一番傷を受けて悲しんでいるのは誰だ!! 言ってみろ!!」
「……!!」

ユーノはその言葉に驚愕の表情を浮かべる。繰り出した拳にも力が無い。その拳をがしりと受け止め、ゲンヤはユーノに語りかけた。
「……そうだ。今回の件で一番辛い思いをしてるのは、高町の嬢ちゃんだ。違うか?」
「確かに……そうです……。けど……!」
「分かってる。悲しい想いをしてるのは、彼女の周りの人達もだろう。もちろん、お前も、な。」

ゲンヤはユーノの拳を優しく握りこみながら言った。
「だがなぁ。悲しいからって皆が皆落ち込んじまったら、誰が高町の嬢ちゃんを励ますんだ? いや、彼女だけじゃねぇ。他の落ち込んでる人達だって、誰かが支えてやらにゃあならねぇ。」
そしてゲンヤは、ユーノの目を真っ直ぐ見据えて言った。
「俺は、それが出来るのは……そしてするべきなのは、ユーノ。お前しかいねぇと思ってる。」
「……それが僕のするべきこと……だって言うんですか? でも、それは……。」
「……ああ。辛い役回りだと思う。俺だって他の奴だったらこんな事は言わねぇ。だが俺は、お前だから言うんだ、ユーノ・スクライア! お前ならそれが出来る男だと、信じているから、な。」

ユーノは無言でゲンヤを見つめていたが、ふいと目を逸らした。
「……買い被りすぎです。それに、なのはを護れなかった僕が今更……。」
「確かに今回は護れなかったな。だが……まだ手遅れって訳じゃあねぇだろう? ……俺は、護れなかったけれど、な。」
ユーノははっとしてゲンヤを見た。ゲンヤの目には悲しみと、僅かな痛みの色が浮かんでいた。
(そういえば、ゲンヤさんの奥さんは……!)

「……あいつが危険なヤマを追ってた事は知ってた。だが、魔力を全く持たない俺には……どうする事も出来なかった。」
ユーノの拳を握っているのとは反対の手を握り締めながらゲンヤはゆっくりと言った。
「……悔いたよ。とても、な。本当はそのヤマを追いたかったが……娘達を立派に育て上げるって、あいつとの約束があってな。細々と調べちゃあいるが、本格的な捜査は出来なかった。」
ユーノはゲンヤの言葉を黙って聞いていた。ゲンヤはふっと息を吐くと、ユーノを優しげに見つめた。
「けど、お前は違う。嬢ちゃんは確かに重傷だが、死んじまった訳じゃあねぇ。手遅れなんかじゃねぇ。だがこのままただ自分を責めてるだけじゃあお前は必ず後悔することになる。だから……逃げずに立ち向かえ、ユーノ。俺はお前に……後悔してほしくねぇんだ。」

ユーノは黙って俯いている。と、ゲンヤは彼をぐいっと抱き寄せた。
「あ……。」
「それとな。どうしても辛い時は……いつでも俺を頼ってこい。俺で良けりゃあ、いつでもお前の力になってやる。」
「う……うう……。うううううぉぉおおおお……!」
ユーノはゲンヤに身を預けて泣いた。ゲンヤは黙ってその背中を撫でてやった。

「……すみませんでした、ゲンヤさん。いきなり泣いてしまって……。」
「何、いいさ。俺のほうこそいきなりブン殴っちまって悪かったな。」
「ふふっ。一つ貸しにしておきますよ。」
先程までのやりとりが嘘のように、穏やかな会話をする二人。ひとしきり笑いあうと、ユーノは真剣な顔になってゲンヤに言った。

「……ゲンヤさん。僕、やります。なのはを……そして、皆を支えますよ。」
その言葉に、ゲンヤも真剣な顔で頷いた。
「ああ。辛いだろうが、お前ならきっとやれる。さっきも言ったが、辛かったらいつでも俺を頼ってこいや。な?」
その言葉にユーノは笑顔を浮かべ、そしてちょっと逡巡しながら言った。
「はい。ありがとうございます……お、親父っさん。」

「おやっさん、だぁ?」
その呼び名にゲンヤは目を丸くする。ユーノは慌てたように言った。
「す、すみません。前からゲンヤさんのこと、お父さんみたいだなって思ってたんですけど、さっきのやり取りでその思いが一層強くなっちゃって、でもお父さんって呼ぶのはちょっとどうかと思ったんで、そう呼んだんですけど……。あ、あの、ご迷惑でしたら、もう呼ばないですけど……。」
普段大人びた態度を取っているユーノの慌てた様子に、ゲンヤはくくっと笑った。
(それにしても……こいつも俺の事を父親だと思ってくれてたのか……。嬉しいじゃねぇか……!)
そしてゲンヤは嬉しさを隠しながら、きょとんとしているユーノに、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「そうだなぁ。呼んでも別に構わねぇが、ちっと条件があるな。」
「条件? 何です?」
そう問うユーノに、ゲンヤは笑顔で言った。
「敬語はやめろや。父親に敬語を使う息子なんていねぇだろう? な?」

ユーノはその言葉に顔を輝かせると、ゲンヤに思いっきり抱きついた。

その後、ユーノは重傷のなのはを励まし、フェイトやヴィータを支え続けた。
辛い時にはゲンヤを頼ったのだが、実はこの時ある一人の少女にだけは辛い所を見抜かれ、ただ一度だけその少女に甘えてしまったが、それはまた別のお話。





「懐かしいぜ……お前が俺を親父っさんと呼ぶようになってから、もうかなり経つんだな……。」
また酒を口に運びながらゲンヤはぽつり、と呟く。
「親父っさん……。言ってるそばからまたそんな事言って……!」
軽く睨んでくるユーノに苦笑を返しながらゲンヤは頭をかいた。
「悪い悪い。……それじゃあちっと話を変えるか。スバルは頑張ってるかい? ユーノ先生よう?」

『先生』を強調して言うゲンヤにユーノも苦笑しながらも答えた。
「うん、中々飲み込みが早いから教え甲斐があるよ。性格も素直で、とても良い娘だしね。」
そう言ってユーノはグラスを口に運ぶ。その様子を見ながら、ゲンヤは面白そうな顔をして言った。

「そうか。まぁお前も高町の嬢ちゃんやハラオウン執務官やちびだぬきの相手で大変だろうが、ウチの娘達もよろしくしてやってくれや。……色んな意味で、な。」
その思わせぶりな様子に、ユーノは眉を顰めながら尋ねた。
「うん、まぁそりゃあ色々手助けしてあげる気でいるけど、色々な意味って何さ?」
「いや、大した事じゃあねぇんだけどな? ウチの娘を二人とももらってくれりゃあ有難ぇなぁ、ってよ。そうすりゃあ名実共に、お前も俺の息子になることだし、な。」
しれっとした様子で言うゲンヤ。しかし、対照的にユーノは思いっきりテーブルに突っ伏した。

「ん? どうしたユーノ?」
「どうした、じゃないよッ!! な、何を言い出すんだよ親父っさん!」
「いや、それほど問題のある発言したか俺? 大体ミッドじゃあ重婚OKだし、スクライア一族だってそうだったろ?」
「い、いや確かにそうだけどさ……。」

そう、実はミッドチルダでは重婚は認められていた。様々な世界の人間が生活するため、その対応の一環として法的な整備がされたのだが、当然というか何と言うか、実際に重婚をしている者は少ない。
している者といえば、一部の特権階級か、修羅場を起こした挙句に相手を選ぶことが出来ずに、相手の人々に押し切られてしまって仕方なくというパターンの者が殆どである。
ちなみにスクライア一族では、族長を始めとする部族の上役であれば認められている。もっとも、こちらも実際にする者は少ないが。

「だ、大体、あの二人はそんなんじゃないよ。」
グラスの酒を飲みながらそう言うユーノ。それを見てにやにやしながらゲンヤは言った。
「そうかぁ? スバルとは仲良くやってるみたいだし、ギンガとだって飯を食いに行ったのは一度や二度じゃねぇだろう? ええ?」

「いや、確かにそうだけどさ。スバルとは師弟関係だし、ギンガとだって、食事はするけどそれは仕事の話をしながらが殆どだし。」
そう言うユーノの様子を見ながら、ゲンヤは内心溜息をついた。何と言うか、娘達が気の毒であった。
(スバルの手紙にゃお前の事ばっかり書いてあるし、ギンガはギンガでお前と飯を食いに行く時は色々お洒落をしてるってのに……。この朴念仁め……。)
「? 何だよ親父っさん。何か僕の顔についてる?」
「……いんや。何でもねぇよ。」
そう言うとゲンヤは娘達の鬱憤を代わりに晴らしてやるが如く、飲み続けた。

「ほら、大丈夫親父っさん?」
「あー、すまねぇなユーノ……。今夜は酔っちまったようだぜ……。」
千鳥足で歩くゲンヤに肩を貸して歩くユーノ。タクシーを捜して辺りを見回す彼に、ゲンヤは少し真面目な声になって言った。

「ユーノよぉ……。本当にあいつらのこと、頼むな……。」
「あいつらって、ギンガとスバルのこと? まぁ結婚云々はともかくとして、僕はあの娘達の力にはなるよ。困っていたら、必ず助けてあげるさ。……でもそんなに心配しなくても、あんなに良い娘達なんだからその内素敵な人が見つかると思うけど。」
ユーノは心の底からそう思った。スバルもギンガも本当に良い娘だ。ゲンヤが親として心配するのは分かるが、それでも少し心配し過ぎなのではないか、とユーノは思った。
そのユーノの思いに反し、ゲンヤは真面目な声のまま言った。
「ああ……。親の俺が言うのもなんだが、あいつらは本当に良い娘に育ってくれた……。けどな……それでも、駄目なんだ……。あいつらを幸せに出来る度量の男は……そうはいねぇ筈なんだ……。」

「親父っさん……?」
ゲンヤの様子に、酔い以外の何かを感じたユーノは、真剣な目をゲンヤに向ける。
その目を真剣な目で見返し、ゲンヤはユーノに言った。
「頼む、ユーノ……。結婚しろとは言わねぇ……。だが俺とクイントの娘達が辛い思いをした時、窮地に陥った時……あいつらを助けて、護ってやってくれ……頼む……。」
そのゲンヤの頼みに、ユーノはしっかりと頷く。
「分かった。必ず護ってみせるよ。だから……安心してよ親父っさん。」
ゲンヤはそれを見て、すまねぇ、と一言ぽつりと呟くと、またとろんとした目に戻った。

ちょうどそこにタクシーが通りかかったので、ユーノはゲンヤを車内に押し込んで大目に料金を運転手に渡し、釣りは入らない旨とゲンヤの自宅の場所を告げ、送り出した。
そのままタクシーが見えなくなるまでその場で見送ると、ユーノは歩き出した。
「でも親父っさん、何であんな事言ったんだろう……?」
歩きながらそう一人ごちる。

スバルもギンガも良い娘達だ。だが、ゲンヤはそれでも駄目だという。
(もしかして、彼女達は何らかの秘密を持っているのか……?)
それは例えば、実は作られたクローンであったフェイトのような。そんな微妙に真実に近い思考をしながら、それでもユーノは思った。
(けれどもし、そんな秘密があったって……彼女達が彼女達である事に変わりはないじゃないか。例えどんな秘密を持っていたって、あの娘達が良い娘なのに、変わりはないさ。)
ユーノは気付かない。そんな思考が出来る者は、実はそう多くないことに。そして、そう考えて分け隔てなく優しく接することが出来る事こそが、彼が慕われる理由の一つだということに。

少し鈍感である『翡翠の守護神』は、酔いを醒ましながら夜の街を歩いていった。




あとがき

どうもー、earlyと申しますー。という訳で、ユーノ×ゲンヤで書いてみましたー。
で、外伝1でユーノが何故エリオを鉄拳制裁したかですが、実は過去にゲンヤから鉄拳制裁を受けていたため、ですー。
私自身、必ずしも殴れば良いと思っている訳ではありませんが、そういう事を通じてでしか伝えられない想いというのはあるんじゃないかなー、と思っています。特に男同士では。
それにしてもミッドは重婚OKというハーレムエンドのフラグを立ててしまったのはちょっとやり過ぎだった気もします……。まぁやってしまったものは仕方ないので、何とか有効活用致しましょう! ではー。
earlyさん

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