†師弟以上恋人未満†



  ―――色気ねーなー。



「へいお待ちッ!」

 ごとん。木造の屋台テーブルに二杯のラーメンが置かれた。バレンタインデーにちなんだ大将自慢の一品、チョコラーメンだ。
 名に表されたように茹で上がった麺にチョコレートを乗せたラーメンは、バレンタインデー限定特別メニューだそうだ。

「タイショー。これ、ほんとにうまいのか?」
「オレっちの腕を疑うのかいお嬢ちゃん!?」
「まあ、タイショーの腕はよく知ってるけどよー」

 割り箸を分けると先端をスープに潜らせるヴィータ。あっさりスープに浸った麺を掬い出し口に運ぶ。
 機動六課に配属される前から贔屓にしている屋台のラーメンだ。麺にもスープにも文句は無い。―――だが、チョコレートに手を伸ばすのは恐ろしい。

「…………うーん」
「あんだよ、食べないのかエリオー?」
「ラーメンの上にチョコってどうなんでしょう……?」
「………チョコ以外は胸張って勧められっから、喰ってみろ」
「チョコは!?」
「うっせーよ! 喰えよっ!」
「は、はいっ!」
「チョコを!」
「ええっ!?」
「喰え!」
「了解しました!」

 ヴィータにせっつかれチョコレートをスープに溶かすエリオ。既にスープの熱で溶けかけていたチョコレートは黒々とした液体になって、溶けた。直下の麺に絡み細麺がチョコ色に染まる。
 エリオは泣きそうな目でヴィータを見た。

「……喰えよ。お前が喰ったらあたしも喰うから」
「イケニエなんですね、僕……」
「あたしのおごりなんだから文句言うなよ!?」
「は、はー……い」

 渋々チョコラーメンを食べるエリオ。チョコが絡んだ麺が彼の口に消える様を見守るヴィータ。あと、大将。
 ややあって口内に運んだ麺を咀嚼し終えるエリオ。彼は開口一番意外そうに、

「あ、美味しいですよこれ」

 そう言った。
 大将がガッツポーズを決めた。

「それ見ろ! やっぱり美味いんだよチョコラーメン! お嬢ちゃんも食べてみろって!」
「う、うー……まあ、美味いってんなら喰ってみるけどよー……」

 戦々恐々、おっかなびっくりチョコをスープに溶かすヴィータ。その姿を今度はエリオが見守った。
 チョコラーメンを食べる。

「…………」

 世間では少量の塩を含ませた甘味が流行っているらしい。塩分によって甘みが引き立つそうだ。
 チョコラーメンはその逆、多量の塩分に少量の甘味を混ぜたものである。よってラーメンの塩味が引き立―――、

「うらぁっ!」
「ちょ、ま、痛っ!? ヴィータ副隊長痛い、グーは痛いですって!?」

 チョコレートの甘みとラーメンの塩味が絶妙に不協和音を奏で立てており目から涙を流すほど不味かった。
 八つ当たりにエリオを叩く。

「美味いって言ったじゃねーか!」
「僕一人を犠牲にするなんて卑怯だと思いませんか! ヴィータ副隊長も道連れですよ!」
「ってんめー弟子のくせにーっ!」
「師匠こそ弟子を生贄に捧げるなんていいんですかー!?」

 屋台の店先で―――じゃれあうように―――喧嘩を繰り広げるエリオとヴィータ。その姿を大将は微笑ましげに見守った。
 外は既に夜。冷たい空気を温めるものはラーメンの湯気だ。
 修行の帰り、久々に贔屓の店を見かけたから入って行こう。彼女は弟子にそう告げてこの店にやってきた。

 ―――だが、真実は。

 チョコラーメンの発案者はヴィータだ。事前に彼女に連絡を受けて、バレンタインデーの夜に食べに行くから用意して欲しいと頼まれていた。
 素直にチョコレートを渡せなかったんだろうな、と。大将はそう理解していた。

「だいたいヴィータ副隊長は無茶ばっかり言いますよね! アルプスマウンテン駆け上がりなんて修行は無茶ですからお花畑見えましたから!」
「うっせー! あの程度は無事太平ぴんぴんしながらこなしてこそ真の騎士だっつーの!」
「そんな理不尽な!?」
「やれったらやーれー!」

 今宵は人通りも少ないし。まだしばらくいちゃつかせておいてもいいか。
 そんなことを思いながら、大将は微笑みを浮かべて紅色の師弟を見守っていた。



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