火の手が回ろうとする京の深山、その中を駆け抜ける影が一つ、駆け抜けしは黒き着物の黒髪の男、腰にするは緋色の太刀、そしてそれを遮る影が…

「……来たな?」
「!?」
「…待っていたぞ『―――』!」
「……お前は……!」

男と相対するように、白い着物に身を包んだ銀髪の女、手にするは長槍…

「やはり血が呼ぶらしいな?」
「…ああ…互いに『殺せ』とな?」

彼は刀を抜き、彼女に対面する。
彼女もゆったりと槍を構え…

「しかし、死ぬのは…」
「だが、死ぬのは…」

二人は同時に踏み込み。

『お前だっ!!』

互いの命を刈り取る為に、駆け出す。

そして…

「行くぞ!『―――』ッ!」

「!」

――む――

――むい――


『郷愁亡き帰郷』


「……?」
「神威!」
「?」

彼は瞳を瞬かせ、周りを見る。

「…朝日…?」
「?」

そう、今しがた日が昇り始めたばかりのようだ。
その様子に女性は首を傾げる。

「それがどうした?」
「…夢…?」

首を振り、少年は傍らに立つ女性に声を掛ける。

「おはよう…牙神…」
「おはよう……夢を見たのか?」
「……気にしなくて良い…」

そう言い、少年は立ち上がる。
先程、牙神と呼ばれた女性は、そのまま歩き出す少年の後を着いていく。
この二人は、どちらも珍妙な格好をしているだろう。
女性は、背丈は控え目でおそらく十五歳程度だが、切れ目の長い瞳と雰囲気が、それ以上の印象を与え、女性と言う呼び方が合う。
銀の瞳に腰まで伸びる銀髪、着ている服は剣道着のような袴姿で、緋色の襟巻きをしている。
対して少年は、もっと変わった格好だった。
年齢は十歳少し程、黒い瞳と黒髪は背中に掛かる程度、着ている物は、まるで囚人が着るような、ぼろぼろの無地の上下、そして足には、歪な下駄のような履き物だった。
それでいて二人共、同じように後ろで髪を纏めて、ぼろ切れを外套のように身体に巻き付けている。

「…此処は?」
「ああ…」

そして、景色の良い丘上から、朝日を浴びながら街を一望する。

「…地球と言うらしいが…」
「……聞き慣れないな?」
「何せ管理外世界だからな、それ以上は知らない…」
「…夏のようだな…?」

そして少年は街を見続ける。

「…此処なのか…?」
「……こんな所じゃない筈…」

それに女性は肩を落とす。

「…そうか…」
「…街に行くぞ…」
「ん?しかし管理外世界だぞ?」
「どちらにせよ食料の確保は必要」
「それはそうだが…」
「行くぞ…」
「あっ!待て!」

さっさと歩いて行く少年を、女性は追い掛ける。

「……」
「待てよ神威!」

神威と呼ばれた少年は、牙神と呼ばれた女性と並んで、街に向かう。

「……何処に……?」

そんな事を呟きながら…



「…ふはぁ…っ!」

そんな声を上げながら、プラチナブロンドの髪の少女が、背もたれにもたれ掛かる。

「どうしたのアリサちゃん?」
「うん、たまにはこう脱力しとかないと…」
「アリサちゃんはマイペースやな?」
「そうだね」

アリサと呼ばれた少女の言葉に、金髪の少女とショートカットの少女が苦笑しながら言う。

「良いじゃない?」
「駄目とは言って無いよ?」

少し、心外だと言った風の少女を、藍色の髪の少女が宥める。

この少女達は、アリサ・バニングス、月村すずか、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての四人だ。
彼女達は、喫茶翠屋に四人で集まっていた。
そう…四人…

「…ねえ…なのはは…?」
「…うん、リハビリ頑張ってるよ…」
「でも、今年中には退院出来るかも知れんし…」

そう、もう一人の少女、高町なのはは、昨年の冬に有った事故により、重症を負い入院していた。
重症なんて生易しものではない、本当に命の危険も有った。
もう歩けないかもしれないと医者に言われたが、献身的なリハビリの結果、今年中に退院出来るかもしれないと言われた。
少なくとも来年には…

「……あたし達が嘆いてても仕方ないわ…それでフェイトとはやては今日予定有るの?」

そのアリサの言葉に、フェイトは残念そうに…

「ごめんね…今日はちょっと…」
「あれ?今日は仕事無いんやないの?」
「…うん…」

それにフェイトは、はにかんだ笑みで答えた。

「…クロノと少し……ま、まだ執務官になったばかりで!な、習いたい事が有るからだよっ!?」

急ににやにやし出したアリサとはやてに、捲し立てるように言い訳を言う。

「へぇー?」
「そうなんや?」
「ほ、本当だよ!」

フェイトは腕を振り回しながら言い募る。

「フェイトちゃん」

すると、突如すずかが肩を叩き

「?」
「頑張ってね?」

にっこりと微笑みながらそう言った。

「………!?」

それにフェイトは真っ赤になった。

「わ、わわっ!私もう行かないとっ!」

そう言いながら店から飛び出した。
ちゃんと自分の分の支払いを置いてから

「…分かりやすい…」
「…そうだね…」
「…ほんまや…」
「何がですかはやてちゃん?」

そんな皆の様子に、はやての横に座っている幼子が顔を上げた。

「ん?フェイトちゃんとクロノ君が、お互い好きって事やな?」
「そうですか?でもリインもお二人は大好きですよ?」
「ん〜?…それとはまたちゃうな…」
「?」
「大丈夫だよ、リインちゃんもその内解るようになるからね?」
「本当ですか?」

それを聞き、幼子はわぁいとはしゃぐ、彼女はリインフォースU、はやてがリンカーコアを分け与えると言う形で産み出したユニゾンデバイス、有事にマスターと融合して、力を貸す事の出来る人格デバイスだ。

「♪」

だが、こうしてチョコパフェを食べて、口周りを汚している辺りは普通の子供だ。

「にしても、フェイトも色気付いて来たわよね?」
「ほんまやな?」

アリサとはやては、顔を突き合わせて笑い合う。

「何時くらいからかな?」
「せなや、二人の仲が一変したんは多分、二回目の試験に落ちた時やな…」

フェイトは現在、時空管理局本局執務官と言う重役に就いている。
しかし、此処までの道程は生易しくなかった。
半年に一度しかない試験に、二回も落ちたのだ。
それは落ち込んだだろう、自分は駄目なんだと、もう止めようかと、そんな考えが過っただろう。

「…多分、落ち込んだフェイトちゃんを慰めようとして、言い争いとかに成ったんをやや力強くで抑え込んで…」
「そんでそのままお互いに異性を感じて、自分達の中の感情に何かしらの揺らぎが出来て…」
「そのまま抱きすくめ合って、顔を寄せ合い、そのまま部屋まで…」
「すずかちゃん!?」
「すずか、飛躍しすぎ!!」
「何のお話ですか?」
「リインはまだ知らんでええっ!」

色んな意味で騒ぎ出す少女達、そしてそれを楽しそうに見つめる、翠屋のパティシエが居たとか…

「…と…とにかく!付き合い出したんは合格してから見たいやで?」
「そ…そうね…」
「そうなんだ……そうそう、クロノさんって最近大人っぽいよね?」

すずかがふとそんな事を宣った。

「そうなの?」
「あれ?アリサちゃん知らへんの?」
「知らへんのって…?」
「アリサちゃん?クロノさん、今じゃあエイミィさんより背が高いよ?」
「ええっ!?」
「せやで?局内の怪しいランキングでも、元々高かった順位が更に伸びて、今やベスト十位は当たり前やったよ?」

不信な単語を聞き、アリサは眉根をひそめる。

「…何よそれ…」
「何や『若手局員のランキング』か何かや、付き合って見たい順とか…」
「…そうなの?」
「多分な?」
「クロノさんって男の人にも人気あるよ?
クロノさんに憧れて、クロノさん達の艦に志願する人も居るらしいし」
「てかすずか、何で私は知らないのにそんな事知ってるの?」

アリサの質問に、すずかは朗らかに笑う。

「うん、この間エイミィさんと会った時に聞いたんだ」
「そうやったん?」
「うん…と言うか殆どグチ見たいだったけどね?」
『…グチ…?』

アリサとはやては首を傾げる。
ちなみにリインは、そんな話は全く聞いておらず、いつの間にかサービスで運ばれて来たケーキと奮闘していた。

「うん『ニブチン』とか『第一級封印指定ロストロ何とか並みの鈍感男』とかって…」
「…ロストロギアな?」
「あはは…確かに…」
「…それで…」
『うん』
「…ごめんね…これ以上は…」
「え?」
「何でよ?気になるでしょ!」

いきなり話を切られ、呆然とした声をあげるはやてと、激昂しそうになっているアリサに、すずかは

「…約束だから…これ以上は…ね?」
「?」
「…約束…?」
「…うん…」

そしてすずかの脳裏には、偶然会ったエイミィと、海鳴の臨海公園で話し合い、最後に大袈裟に振る舞って帰っていったエイミィの後ろ姿が浮かんだ。
それはとても嬉しそうで、そして哀しそうな……約束はしていないが、言いふらされたくは無いだろう。

「…そうなん…」
「…それなら仕方無いわね…」
「ありがとう…」
「うん……それではやては予定空いてる?」
「私は平気やで?」

アリサは仕切り直しと、はやてに予定を尋ね、そしてすずかの家で遊ぼうと言う話になり、翠屋を後にした。



その頃、翠屋に多少近い通りに、ちょっとした人だかりが出来ていた。

「…牙神…」
「どうした神威?」
「俺達目立ってないか?」
「さあ?」
「いや…やけに視線を感じるが…?」
「気のせいじゃないか?」
「…そうか…」

そう言い、神威は気にせず歩き続ける。
周囲の目線は、二人に集中している。
隣を通り過ぎるのを目で追ったり、たまたま見掛けたのを追って来たり、中には写メを撮っている女子高生も居た。
二人は盛大に目立っていた。
と言うか、こんな街のど真ん中で、明らかにさっきまで『サハラ砂漠横断してました』と居た格好の二人は、それは目立っていた。
特に二人の容姿だが、こう見えて牙神は、十人が十人振り返る程の美形だった。
そして神威も、その服装や性格と裏腹に、かなり整った顔立ちをしており、髪を解いて小綺麗にしたら、美少女と見紛う程だった。
しかしそれ以上に、その幼い姿と顔立ちからは、本来有り得ない程の静けさと、感情が冷えきったような鋭い瞳が、逆に人目を引き付けていた。
だが、二人はそんな事は関係無かった。

「…腹減った…」
「…『武士は食わねど高楊枝』…」

そう、運悪く二人が居る場所は、住宅地で食料品店や飲食店等が無い為、二人はこの二、三時間、飲まず食わずで歩き続けていた。

「何だそれは?」
「俺の祖国の言葉だ、武士は空腹の時でも楊枝を食わえて、満腹を装おうと言う」
「何だそれは?」
「見栄を張る事らしいが?」
「それなら、以前言った『腹が減っては戦ができぬ』は?」
「見栄を張るだけなら、楊枝を食わえるだけでいいからな、しかしいざ戦うと成ると、空腹では力が入らないから『戦うならちゃんと食べろ』と言う意味だと思うぞ?」
「…よく解らん…」

首を傾げる牙神に、神威は無関心に言う。

「気にするな、俺でもよく解らんからな?」
「そうか?」
「ああ、こう言うのはその時その時に、都合良く解釈すりゃいいからな」
「……やはりよく解らん…」
「俺は一回食えば数日は持つ、どっちにしろ関係無い」
「何?じゃあお前、今までは?」
「お前に合わせてただけ」
「…何かズルいぞ…」
「同じ訓練するか?四、五回は餓死しかけるぞ?」
「…やっぱりいい…」

そうして二人が歩いていると、神威が急に立ち止まった。

「神威?」
「…これは…」
「?」

そして、神威が見ているのは、今時珍しい戸が据えられた民家だった。
その中に有る何かを感じ取ったのか、初めて感情の揺らぎを示していた。

「…神威…?」

神威は無言でその戸の屋根に飛び乗った。

「か、神威!?何やって…」

しかし返事は無く、そのまま乗り越えて中に入ってしまった。
牙神は舌打ちしながら、同じように屋根を飛び越えて、神威を追った。

「神威!?」
「…居る…」

少し和風で、庭に道場が在る民家、その縁側で二人の男女が戯れていた。

「ほら、恭ちゃん」
「…ああ…」

二人は、縁側で肩を寄せ合っている。

「…なのはの奴…呑気な…」
「…本当だね…」

そして、一緒に手紙を見ながら苦笑していた。
二人が見ている物、それは此処高町家の末娘、なのはからの手紙だった。
なのはは、自分が向こうで入院しているが、家族に心配かけない為に、こうして定期的に、手紙を送っていた。
内容は大概『自分は元気です』や『リハビリ大変だよ』等、自分の近状に付いての、簡単な説明だった。

「なのはらしいな?」
「そうだね…」

そう高町家の兄妹、恭也と美由紀だった。
と言うか、手紙の内容が、ユーノがお見舞いに来てくれた事とか、ユーノが持って来てくれた本の内容とか、ユーノがしてくれた面白い話とか、大半がユーノの事しか書いていない事の、呆れを含んだ苦笑だった。

「…恭ちゃん…これって…」
「ああ、余程ユーノと親しいらしいな?」
「………」

美由紀は密かに、自身の兄の鈍感と、相手に対する好きの意味を、勘違いしている妹の事で頭を抱えた。

「……?」

恭也が視線を上げた途端、黙り込んだ。

「恭ちゃん?」
「…美由紀…」
「?」
「…子供だ…」
「はぁ?」

子供がどうしたと思い、恭也の視線を追うと…

「………」

………子供が、少年が居た。
しかも、かなり変わった格好をしていて、確実にホームレスか何かだ。
そしてその瞳は、道場をじっと見据えて、ゆっくりと二人の方を向いた。
恭也もその少年、少年を見ていた。
何で声を掛けないのかと、思っていた美由紀は気付いた。
声を掛けないのではない、掛けれないと、あの少年が全身から放つ違和感は、はっきり言って尋常じゃない。
何か得体の知れない、それが声を掛けるのを躊躇わせた。
不思議な緊迫感が辺りを包む。

「神威〜?」

すると、保護者らしき人物が、名前らしきものを言いながら走って来た。

「居た、神威!」
「…牙神…」

その女性は、少年の直ぐ傍までやって来た。

「駄目だろ勝手にこんな場所に入り込んだら?」
「ああ…そうだったな…」
「はぁ、保護者のお前が注意されてどうする?」

女性の発言に、内心『そっちが保護者なのっ!?』と、二人は思った。

「すまないな牙神…」
「はぁ…すみません!今立ち去りますから!」

そう言い怪しい二人は、何処かに行こうとする。

「いや…その前に…」

しかし、少年がそれを遮った。

「…剣士…だな?」
「へ?」
「?」
「何?」

不意に、恭也を見ながらそう言う。

「それもかなりの…」
「……」

恭也は、改めて少年に視線を向ける。

「…一本…」
「?」
「どうだ?」

少年は、指を一本立てて、恭也にそう言った。




あとがき

どもども『0』です。
御神流の技とか調べていたら、かなり驚きました。
自分が独自に考案した技と、近い効果の技がありましたよ。
次回は、恭也対神威と言う対戦カードに!?
まあ、それらは直ぐに解る筈なので、早ければもうでてますよ?

では―――。





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