――まだ残暑の残る中―― ――管理局の魔導師二人―― ――フェイト・T・ハラオウンと八神はやては―― 『――えー只今より!聖祥大学並びに聖祥大学付属!第二学期の始業式を始めます!』 ――始業式に参加していた―― 『翠屋の新人……?』 気が付けば、事件が起きてから一ヶ月近く経っていた。 そうなれば、当然夏休みが終わって、二学期になっても可笑しくない。 「…ふぅ…」 始業式が終わり、後は教室でホームルームだけとなった中、アリサはため息を吐いた。 その様子にすずかが声を掛けた。 「どうしたのアリサちゃん?」 「…うん…なのははまだ…入院してるのよね…って」 それにはすずかだけでなく、フェイトとはやても同感だ。 なのはの怪我は完治しているが、まだリハビリは続いていた。 その為、まだ復学は出来ていない。 それに完治してはいても、基本的に本局から出られないので、アリサやすずかに会えず、二人の不安は絶えない。 「……まあ、こんな話しててもしょうがないし、この後また翠屋に集まる?」 アリサが仕切り直し、三人に呼び掛ける。 「そうだね」 「私は良いよ?」 「私もや」 三人は肯定も意を示したが、アリサは少し首を捻った。 「…そうなの…?」 『?』 「……フェイトは、暇ならクロノさんに会いに行きそうよね?」 「えっ!?」 「……はやても、あいつと一緒に出掛けたりしないの?」 「なっ!?」 アリサに指摘されて、フェイトとはやては固まった。 「…そ…そんなアリサ…っ!」 「…フェイト…この前クロノさんと仲良く買い物してたわよね?」 「…ゆ…夕飯の買い物で…」 「二人一緒に買い物袋を持って、空いた手を繋いで楽しそうだったけど?」 フェイトは何も言えなくなった。 「…はやても…仲良く手を繋いで街を歩き回ってたわね?」 「…そ…それは…この街の色んな場所を…教えようと…」 「でも、それって完璧にデートじゃない?」 はやても何も言えなくなった。 「………良いの?」 アリサの再三の問い掛けに、二人は絞り出したような声で答えた。 「……クロノは…最近忙しいから…」 「……何時も家に…居るって訳やないし…」 成る程と、アリサとすずかは頷く。 「……あれ?クロノさんが事件に動きが出るまで、基本的に待機状態だとか言ってなかったっけ?」 「えと…それは…」 そこで丁度チャイムが鳴り、話は打ち切られた。 そして放課後、帰り道でアリサがまた同じ質問をして来た。 すずかも聞きたそうに、此方を見ている。 しょうがないので、フェイトとはやては話し出した。 「…実は…――」 ――斬は青年を倒し、はやてと共にアースラに来ていた。 「……で?」 静寂に包まれた室内、それに耐えかねたのか、クロノが何かを促すように声を出した。 「…ああ…」 それを聞き斬が、一度顔を伏せた。 因みにこの室内には、クロノは勿論の事、リンディとフェイトにエイミィ、はやてとヴォルケンリッター達、ユーノとイリス、更にはなのはまで居た。 そしてその視線は、真ん中に座って居る斬と牙神に集中していた。 ……正確には斬にだが…… 「……まず、それは本物か?」 「本物だ」 クロノが神妙な様子でした質問に、至極当たり前のように素っ気なく答えた。 「……じゃあ、この映像についてだが…」 そう言い手元を弄ると、ディスプレイが現れ…… 『…ちょっ…やめ……っ!』 『何なんそれ!?本物なん!?』 はやてが誰かに襲い掛かっている映像が流れた。 『…や…だから…ひゃ!?』 はやてが手を伸ばすと、艶の有る呻き声が上がった。 『…うわぁ……ほれ…っ!』 『ふぇ!?…そ…そんな……あっ!』 それを見て、はやてはまた手を伸ばして、それを触った。 その度々に声が上がり、されている方は涙目になって、いやいやと首を振っている。 そして息遣いが荒くなって…… 「………」 「…うっ…わ…」 シグナムは口をあんぐりと開け、ヴィータは声を漏らした。 「…クロノ…」 「…クロノ君…」 そしてフェイトとエイミィが、クロノに軽蔑の目を向ける。 「……いや…これは…」 「……おい、クロノ……」 クロノが弁解をしようとしたら、脇から声がした。 そちらを向くと…… 「…お前…俺の事知りたいってな?」 「あ…ああ……いっ!?」 クロノは目を見開いた。 何せ振り向いて見た斬は…… 「…なら…その身体にしっかりと教え込んでやろかうかっ!!」 青年を倒した時と同じ姿に成り、手から魔力刃を発生させていた。 「…ちょっ…ちょっと!これは間違えて…」 「問答無用っ!!」 そして、クロノに飛び掛かった。 「…あかんて…」 「ひゃんっ!?」 しかし、はやてが斬に手を伸ばしたら、呻き声を上げて膝を付いてしまった。 「…は…はやて…?」 「…よう効くな…これ?」 そう言いながら、握っているものを指で弄くる。 弄る度々に、斬の身体が小刻みに震える。 「…は…っ…離してくれ…っ!」 斬は顔を真っ赤にさせて、目をギュッと瞑って懇願した。 「うん」 はやてがそれを離したら、斬は俯せに倒れて、大きく息をし始めた。 「…だ…大丈夫?」 「……ああ……」 息を整え、椅子に座り直した。 因みに元の姿に戻っている。 ……しかし…… 「……まあ、これで確定だな?」 気を取り直して、クロノがまたディスプレイを操作した。 今度は青年と対峙している斬の姿が映った。 ……その斬の姿は…―― 『………』 ――腰まで伸びた長い白銀の髪―― ――血を滴らしたような真紅の瞳―― ――雪のように白い裸―― ――ほっそりとした繊細な手足―― 『………』 誰もが、一目でとても綺麗だと思った。 しかし、全員が着目しているのはそれだけでは無かった…―― ――その白銀の髪と同じ色の―― ――毛並みの良い艶やかな尾と―― ――頭の上に在る―― ――柔らかそうな体毛に包まれた三角の耳―― ――それはどう見ても―― 『………』 そしてまた、視線を巡らせると斬が居て、映像と違い真っ黒だが、耳と尻尾が在った。 ――犬耳と尻尾―― そしてディスプレイの画面が移り変わる。 また、戦いの後ではやてに襲われている場面に変わった。 『…あぅ……ひゃ…っ!』 はやてが耳に手を伸ばすと、喘ぎ声を上げながら振りほどこうとする斬が居た。 『………』 また、クロノに軽蔑の眼差しが向けられた。 「いやいや…っ!?」 恐る恐る振り向くと、また斬が臨戦状態に成ろうとしていた。 「…落ち着きや…」 「ひにゃっ!?」 しかし、またはやてに耳を掴まれ、大人しくなった。 「……耳が弱いん?」 「……尾はともかく……耳は敏感だから……触られると……っ!」 身体を小刻みに震わせながらも、懸命に答えた。 「……成る程な?」 そう言い、耳から手を離した。 「それで?」 そうしてクロノに続きを促す。 「あ、ああ…」 そうして何かの表のようなものを出した。 「…それって…」 「斬のデータだが、不明な点が多かったんだ…」 そう言いながら、画面を切り替えていく。 「最初は人為的処置を施されたと思われる点が有ったが、良く見ていくとそうとも言えないんだ…」 「それってどう言う…」 「それがね…」 疑問を口にしたシャマルに、エイミィが説明していく。 「最初に異常に身体能力とかが高い事だけど、人為的処置を施した事を前提にしても自然過ぎるの、まるで最初からこうだった見たいに…」 『?』 全員が首を傾げた。 「まあ、これは改造と言う形で、本来の姿に戻したって言うのが正しいのかな?」 「それで色々見ていくと、遺伝子情報、DNAに変な部分が有ったんだ」 そう言うとクロノは、また画面を切り替えた。 「右が斬の、左がユーノのDNAだ」 「何でユーノ君なの?」 「…それはイリスだ…」 「へ?」 いきなり指されてイリスは首を傾げた。 「斬とイリス、ユーノと牙神でも融合相性が良かった、だから何か繋がりが在ると思ったんだよ」 「そうなのか?」 「ああ、それで斬とユーノの様々なデータの類似点を調べたら、遺伝子情報内に全く同じ遺伝子配列が有ったんだ…」 そして詳しく説明していくと、人間に近い遺伝子では有るが、根本的に違う部分が目立つらしい。 「…それで今回、ユーノに調べて貰った結果…」 また画面が切り替わった。 そこに映っていたのは……『狼』…… 「…『人狼』と呼ばれていた種族に行き着いた…!」 「…じ、人狼…?」 「それって狼男?」 「せやな」 アリサが首を傾げている傍らで、すずかの問いにはやては頷いた。 「ちょっ!あいつ狼男だったの!?」 「ら、らしいよ…」 「ユーノも!?」 「ちょ…ちょっと違う見たいだけど…」 アリサはフェイトに詰め寄るが、フェイトは苦笑するばかりだ。 「……それで?」 アリサは一先ず、話を先に進める事を優先した。 「…うん…」 クロノの発言、そしてユーノの資料が提示され、全員が斬を見た。 ……斬は…… 「……さぁ?」 ………自分も良く解らないと言った風に、首を傾げた。 「さ、さぁっ!?」 「んな事言われても、耳も尻尾も気が付いたら在ったんだから…」 「それって前世でも?」 「いや、前世では無かった筈だ」 斬は頭を捻りながらも、返答を返す。 そして、ユーノによる人狼の説明がされた。 人狼は約三百年以上前に、絶滅したとされている種族の一つらしい。 彼らは人の知能と狼の能力、そして強い魔力を持っていて、あらゆる意味で人間を超越した力を持っていた。 下手をしなくとも、次元世界を統べる覇者に成ってもおかしくなかった。 しかし、遥か昔に謎の最後を遂げ、一族は滅んでしまったそうだ。 その姿形は記録に残っていないが、耳と尾が有ったとだけは知られている。 「……一説では、僅かに生き残ったらしいけど、強い力を持っていた人狼たちは、完全に滅んだそうだ……」 人狼と言えど、幾つかの種類が有る。 その数は、一つの次元世界を統べていた程だった。 その中でも、全ての人狼達の頂点に立ち、支配したと言われた唯一の王族 ――『F』―― 『………』 場が静まり返った。 そんな事、リンディですら知らなかった。 いや、管理局でも知らなかった事実だろう。 「……人狼の…特に『F』と呼ばれた者達の事は全く解っていないんだ、ただ…」 ユーノが一度、斬を見た後でクロノに視線を送る。 それにクロノはため息を吐きながらも、斬に話し掛けた。 「……斬……君はもしかしたら、その『F』の末裔かも知れない……」 …………………? 「……へ……?」 『ええぇぇぇっ!!!??』 この場に居る殆どの者が声を上げた。 そりゃそうだ、ただでさえ絶滅した一族の少年が、更にその種族の王族かも知れないのだ。 「…そうなのか?」 しかし、当の本人はぼんやりとしたままだ。 「ああ、まだ可能性だが…」 クロノは曖昧な返答を返した。 「…でも、どの記述にも『銀狼』なんて書かれて無かったんだ、そんな特殊そうな狼なら絶対に載ってそうなのに…」 「そうなると、特殊なのに詳細が記されなかった人狼になる…」 ユーノとクロノの説明で、斬も気が付いた。 「……となると、今の最有力候補はその王族って事か?」 「そうなるよ」 「現に多少離れているが、君の出身年代に近いし、可能性は有る…」 「……そうか」 しかしそれを聞いても斬は、のんびりと座り直しただけだ。 そして、時折尻尾が揺れる程度だ。 それには流石に、皆が心配してしまう。 「…いや…そんなんで良えの?」 「……だって、いきなり言われても実感湧かないし、だからって俺が俺なのは変わらないだろ?」 「………」 「…と言うより、元々興味無いし…」 『………』 何とも楽観的と言うか、無関心と言うか、飽くまでマイペースだった。 それには、この場にいる全員が呆れてしまった。 「それに、ユーノもそれの末裔かも知れないんだろ?」 「…ま…まあね…」 クロノは頭を抱えながらも口を開いた。 「……聞きたい事が有る…」 「何だ?」 「君があの時使っていた風のような物は?」 「あれは普通に風だ」 「でも、以前君は火を使っていただろ?」 「あれは飛鳥の炎だ、飛鳥は火系だからな…」 「じゃあ、あの風は…」 「俺本来の属性だ、俺のは風に類する属性だからな…」 「…類する…?」 「属性にも色々有るんだ」 「何故今まで使わなかった?」 「飛鳥を使ってると、火の力を回さないといけないからな、風は使えないんだ…」 そして、そのまま少しの間話が続き、その日は解散した。 『………』 アリサとすずかは口を開いて固まっていた。 「……狼男の上に……」 「…お…王族っ!?てかユーノも!?」 「まあ、かも知れないってだけやけどな?」 はやてとフェイトは苦笑するしかない。 「……それで、今日その狼男は?」 「今日は特にやる事も無いから、家で留守番しとると思うで?」 だが、家に居てもやる事が無いので、大方本局の訓練施設にでも行っているだろう。 「店員さん、注文いいですか?」 「はいはい」 「此方もお願いします」 「はいはい」 「コーヒーお代わり」 「はいは〜い」 喫茶翠屋の店内を、一人の店員が慌ただしく歩き回っていた。 とても忙しそうだった。 「ごめんなさいね、こんな事頼んで…」 すると桃子が、その店員に労いも言葉を掛ける。 「いえ、これくらいは寧ろ当然ですよ」 「すみませ〜ん?」 「は〜い…では!」 「はい、頑張ってね?」 そしてまた、注文を取りに向かった。 「……本当に店で働いて欲しいわね」 思わず桃子は、そんな言葉を漏らした。 取り敢えず四人は、昼も近い事も有ったので、翠屋に寄る事にした。 ……しかし…… 「…あれ…?」 「どうしたの?」 すずか前を見てて声を上げたので、アリサがその方を見たら、翠屋が在って…… 「…へ…?」 『?』 アリサも声を出したのに、フェイトとはやては首を傾げた。 「どないしたん?」 「えっと…やけにお店が混んでるなって…」 傍目から見ても、翠屋の店内に、結構な数の客が居るのが解った。 「翠屋は美味しいお店だからじゃないの?」 「そうだとしても、まだそんなに混む時間帯じゃない筈よ?」 フェイトの予想をアリサが否定した。 取り敢えず、こんな処で立ち尽くしていてもしょうがないので、翠屋に入って見る事にした。 ――そして―― 「いらっしゃいませ!喫茶翠屋に……よう…こ……そ…っ!?」 『………』 翠屋の店内に通じる扉を潜ると、白銀の髪に真紅の瞳、犬耳と尻尾を揺らした…… 「…な…何しとるの?」 「………」 ――斬が出迎えてくれた―― ――しかもその斬の格好が―― 「…み……店の手伝いを……」 「……その服で……?」 「………」 ――紺色のエプロンドレス姿―― ――所謂―― 「……メイド……?」 「!!?」 ――メイド服だった―― ――しかも―― 「……あ……そ…の……」 ――カチューシャは着けずに自前の耳と尻尾の―― ――犬耳メイド―― 「……………」 斬はそのまま何も言わずに、店の奥に引っ込んでしまった。 「すまないな、席はこっちだ…」 すると、代わりに牙神がやって来て、席に案内してくれた。 因みに牙神はメイド服じゃなかったが、普段の巫女っぽい剣道着姿にエプロンと言った格好だった。 「後で注文を取りに来る、少し待っていろ」 そう言い席から離れて行った。 それを見てから、四人は顔を突き合わせて、小声で話だした。 「……で、あれは何?」 「さ、さあ…?」 フェイトは少し困り気味に答える。 まあ、無理も無い…… 「何よあれは!?あんな完璧にメイド服着こなせるものなの!?」 「…ま…まさか、女の子に成ったとか?」 「いやいや、そんなんは無い筈やで?」 「でもあれは異常じゃないの!?」 「そないな事言われても…」 アリサもすずかも、あれが斬と同一人物とは信じられないらしい。 無理も無い、只でさえ外見が変わっているのに、服装まであんなのでは、最早別人としか言え無い。 おまけに元々やや高い声が、完全に少女のそれに成っていた。 そんな感じに、暫く討論していた。 「……ご注文はお決まりでしょうか?」 そんな事をして暫く待っていると、渦中の人物がやって来た。 ――天使の笑みを浮かべて―― 「………」 「…斬君…」 「…斬…」 「……お決まりになりましたらお呼び下さい…」 そして、笑顔のまま席から離れようとする…… 「…ちょっと待ちなさい…」 しかし、アリサがその腕を捕まえた。 「…あ…」 「……あんた……本当に斬…?」 アリサは、おもいっきり胡散臭そうに、メイド姿の相手を睨み付けた。 「………ああ、そうだが?」 『!!?』 全員が目を見開いた。 いきなり声が少し変化して、雰囲気がガラリと変わった。 「……何だ?そんな顔して……」 軽くため息を吐きながら四人の顔を見ていく。 「…えと…」 「…ほ…本当に……斬君なん?」 「当たり前だろ、俺以外に誰が居る?」 辛うじて、現在の口調と立ち振舞いしか該当しません。 「……幾つか質問して良い?」 「手早くな?」 アリサは一つ息を吐き、改めて斬に向かい合った。 「…その髪…」 「ああ、これか?」 「……何で銀髪なの?」 「ああ『枷』外してるからな…」 「『枷』?」 「ああ、普段は髪を束ねてるだろ?」 「え、ええ…」 「あれは特殊な髪留めで、あれで髪を結ぶと魔力を表面上抑えて、髪を黒く出来るんだ…」 もっとも、魔力を全開とかしたら意味は無い、と付けたしながら言う。 しかし、アリサはよく解っていないらしく、首を傾げる。 「まあ『封印』だな」 「……一応納得しとく……」 アリサは額を押さえて項垂れる。 続いてはやてが質問してくる。 「…でも、せやったら今まで髪解いた時に黒髪やったんは?」 「条件が髪を結ぶだからな、髪の中とかの見えにくい部分を結べばそれで済むし、髪もリボンも似た色だから目立たないだろ?」 「…成る程…」 まあ、最近の風呂上がりは銀髪のままだから意味は無いが… 次はフェイトが質問をして来た。 「じゃあその声は?」 「元々俺の声は高いからな、コツを掴めばこれくらいは簡単だ…」 しかし、フェイトは少し首を傾げていた。 そして、すずかが質問してた。 「……何でそんなにメイド服を着こなして、メイド出来てるの……?」 「………」 斬は一瞬黙った。 それは仕方がない、核心と言っても良いだろう。 「…まぁ…」 ……多少言い辛そうにも、話し出した。 「……桃子さんの教えの賜物かと…」 「でも、それだけじゃあそこまで着こなすのは無理だよね?」 「………」 「……何で?」 すずかから感じられる無言の圧力、これには流石に斬も参ってしまう。 「…『能』…と言うのを知っているか?」 「のう?」 「いいえ?」 「フェイトちゃんそれはちゃうって…」 「能って、舞台?」 「ああ、前世で高杉さんと会うまで、全国を流浪していたからな、その間路銀を稼ぐのに多少なりとも働ていた…」 「……でも、それと舞台がどう関係が…?」 フェイトの一言に全員が頷く、関連性が見えない。 「能の舞台に立った事が有るんだよ」 『へ?』 「……だから、路銀稼ぐのに臨時で舞台に立ったりしたんだよ」 ……舞台……? 「……えと、それって本当なん?」 「ああ……女役だったけどな……」 斬はため息を吐きながら、顔を反らす。 それに皆苦笑を漏らした。 「……で、舞台に立つなら寧ろ開き直る事にしてるんだよ……」 声もそれ関係で覚えたと、ため息を吐きながら言った。 「…そうなんだ…」 「まあな、他にも茶店とかでも働いた事有るし、後は猫被ってるくらいかな?」 「いやいや、そっちのが重要じゃないの!?」 「そこは気にするな」 「そこは気にするな」 「………」 アリサは呆れて物を言えない。 そして、何かに気付いて顔を上げた。 「……そう言えば、何であんた此処で働いてんの?」 根本的な部分を聞いて来た。 さっきまでのは理由ではない、それもそうだと答えようとしだが…… 「すみませ〜ん、注文お願いしま〜す」 「は〜い……悪いな、また後で…」 去り際に「最近の茶店は忙しいんだな」と言い、注文を取りに行った。 ……それは違うと思う…… 『………』 その出で立ちに不審な所は無く、完璧に猫を被っていた。 『………』 そして、慣れた手付きで注文を取って行く。 「メイドね」 「メイドだね」 「メイドやな」 「メイドだよ」 それは本当に、メイドとしか言い様が無かった。 「ふふっ!驚いたでしょ?」 不意に聞こえた声に振り返ると、桃子が立っていた。 「私が注文取るわ、何にする?」 そして、四人の注文を取った後で聞く事にした。 「…あの…」 「何?」 「…な…何で斬君……メイドに…?」 「ああ、あれ?可愛いでしょ♪」 桃子はとても生き生きとした笑顔で言った。 「…た…確かに…」 「…でも…何で…?」 「うん、実はね…」 桃子の話によると、小一時間程前に斬と牙神がやって来たらしい。 そして、早目の昼食を食べていたが、二人共余りお金を持っていなかったそうだ。 桃子は気にしなくても良いと言ったが、斬はそれじゃあ悪いと言って…… 「…お店を手伝ってくれてるの」 まあ、それなら納得出来る。 ……しかし…… 「……何でメイド?」 「それはね、最初は普通にエプロン着けてただけだったんだけど、斬君のリボンが観葉植物に引っ掛かって解けちゃって、仕方無いからそのままにしてたら、思いの外お客さんへの受けが良くて、いっそのことそれっぽい格好させたらどうかなって思って…」 「…メイド服を着せたと…?」 「そうよ、そうしたら凄く可愛かったから、そのまま手伝って貰ってたの♪」 桃子は至極嬉しそうに、楽しそうに言った。 「じゃあ牙神は…」 「もうそれっぽい格好してるから、敢えてそのままに…」 確かに、既に着物姿にエプロン、これ以上弄る必要は無いだろう。 「仕草とかもちょっと教えたら直ぐに覚えたし、斬君才能有るわよ?」 全員が『本人は喜ばないだろ』と思った。 そして桃子は戻って行き、少ししたら斬が注文を運んで来た。 「お待たせしました」 『………』 皆に一斉に見詰められて、思わず身動ぎした。 「…な…何…?」 ……メイド服で…… 「……あんた本当に斬よね?」 「まあな……後、今は斬って呼ばないでくれないか? 今は女の服だから、男の名前で呼ばれたら…」 「…まあね…」 アリサは納得したようにため息を吐いた。 「だから『鞘』で頼む」 「さや?」 「俺の名前『斬』は『斬る』と言う意味で『刀』の事なんだ。 だから、刀の反対で『鞘』だ」 ふんふんと四人は頷いた。 そうしていると、店内に来客を告げるベルが鳴った。 「こんにちは」 「桃子お祖母ちゃん♪」 「ユーノ君にイリスちゃん、いらっしゃい♪」 ユーノとイリスだった。 イリスは出迎えてくれた桃子に飛び付いている。 「なのはは?」 「ママやお姉ちゃんと来たかったですけど、ママはまだ体調が万全では有りませんから」 イリスは少し残念そうにしている。 「よお、ユーノ」 そんなイリスを見ているユーノに、斬が声を掛けた。 「やあ……斬?」 「まあな…」 「………」 ユーノは信じられない物を見ているように斬の姿を見ている。 斬は苦笑から一転し、直ぐに笑みを浮かべてユーノを呼ぶ。 「席はこちらになります」 「えっ…あ、はい…」 ユーノは、いきなり声を変えた事にも驚いたが、それ以上に斬が出した少女声に、一瞬身体を強張らせた。 斬はそんな事には気付かず、ユーノを四人に程近い席に案内した。 『………』 その様子を見ていて、四人は少し頭が痛くなった。 「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」 「はい♪」 「う、うん」 ユーノは、少し斬から顔を反らしている。 「……だけどユーノ、何でこんな所に?」 「せや、無限書庫の仕事は?」 確かにそうだ、この間も休んでいた。 今日も休みだとすると、ここ最近はずっと休んでいる事になる。 「ユーノパパはこの前私と融合しましたから、その影響で…」 「フォースデバイスって、高性能な分反動も大きくて、身体に結構な負担が掛かる見たいなんだ」 ユーノは、申し訳なさそうに俯いたイリスの頭を撫でながら言った。 「それで、療養って事で休暇を申請したんだけど…」 「ユーノパパは働き過ぎだって、今まで溜まった有休を強制消化させる事にしたらしくて、当分はお休みなんです」 最近では翠屋の常連客らしい。 他には、なのはのお見舞いに行ったり、イリスを色んな場所に連れていったりしているそうだ。 ……無限書庫の司書達は大丈夫だろうか……? 「……ユーノ、今はそんなに融合をしない方が良いぞ?」 「?」 いきなり真顔になって言う斬に、ユーノは疑問符を浮かべる。 「……実を言うとフォースデバイスは、元々人間が使用する為に設計されてないから、人間が使うと無理が生じるらしい」 「……?」 「ユーノはまだこっちの血が有るし、融合率も高いから良いが、融合率の低い普通の人間が融合なんかしたら…」 「………」 ……あんまり考えたくない事に…… 「……だから、今は融合するのを控えて、少しづつ慣らした方が良いんじゃないか? 基本を武器化にして…」 フォースデバイスは、融合しない場合でも、素体か設定している武器の姿に成る事が出来る。 尚、武器化だけをしてから融合も可能。 「そうだね…」 「……で――ご注文はいかがいたしますか?」 「え!?……そ…その…」 また、いきなり声を変えられて慌てるユーノ、斬もとい鞘はクスクスと笑っている。 「………」 「どうしたのアリサちゃん?」 「…うん…」 アリサはそんなユーノと鞘のやり取りを見ている。 「……鞘ちゃんがどうかしたの?」 「…え…ええ…」 もう普通に、鞘と呼んでるすずかにやや顔をひきつらせつつ、ぽつりと漏らした。 「……仕事場にやって来た夫と嫁……」 「?」 「……だから、嫁の仕事場を覗きにきた夫に対応している嫁…」 斬はこの姿だと完全に女にしか見えない。 そしてイリスを連れたユーノ、イリスの容姿はユーノに似た顔立ちと銀髪、現在の斬は銀髪で女にしか見みない。 ……つまり…… 『顔立ち』→『父の遺伝』 『髪の色』→『母の遺伝』 ……と見れば…… 「た、確かに…」 「なのはが聞いたら怒りそうよね…」 二人は苦笑した。 「……せやったら、何であの人達は普通に使っとったん?」 そうしている中、ユーノと斬の会話にはやてが入って行く。 「ああ、多分……不完全だから出力なんかが低くて、普通のユニゾンデバイスくらいの出力で負荷も軽いとか…」 「……低くて……普通のユニゾン並み……?」 ……本当にどんなデバイスだ…… 「……にしてもあんたね……」 無造作にアリサの手が伸びた。 「…ひゃっ!?」 ……すると斬は声を上げた。 「…ほ、本物なんだ…」 手で握って弄っている。 ……犬耳を…… 「…んっ…あ…あぅ…っ!」 斬は……いや鞘は、喘ぎ声を上げている。 それが楽しくなって行き、アリサは両手で両耳を弄り始める。 「…や……やめ…ふにゃっ!」 「ふふ…ほれほれ…っ!」 そしてアリサは、鞘の背中に馬乗りになって弄り回す。 「ん…んぁ…ぁぅ…あっ…!」 しかし、段々声に艶が混じって行き、次いで何かの視線のような物を痛いくらいに感じた。 「……そ、そろそろ止めた方が良さそうね……」 アリサは少し周りを見て、耳から手を離した。 「………」 「…うっ…」 アリサは鞘から降りた後で、涙目で睨まれた。 目元に涙の雫を浮かべ、上目遣いで恨めしそうに、じっとアリサを見詰めて来た。 「…わ…悪かったわよ…」 アリサはたじたじとしてしまう。 鞘は、一つため息を吐いてから立ち上がり、仕事に戻った。 「……あれは反則ね……」 「……女の子から見ても可愛いもん…それに…」 すずかは周りを見回した。 『………』 店内に居る客達の大半が、テーブルに突っ伏していた。 ……一部の男性客を中心に…… 『………』 それを見ていてため息が出た。 後に翠屋の看板娘として、斬の女装姿の鞘は、海鳴の一部で有名に成った。 ……色んな意味で…… あとがき 今回は少し長目の十七話でした。 さて、斬が人狼でした。 しかもユーノもその血を引いております。 ……所で…… ……書きたかったんですよこれ!! 中々良いと思いますが、是非ともこの鞘ちゃんに関する感想を聞かせて下さい。 因みに裏設定ですが、斬は元々こうなるのをデフォルトで組まれたキャラで、女装したら映えると言うこれは、結構初期から有った設定だったんですよ。 女装時の性格は、普段の斬と比べると、比較的対象的です。 しかも、普通の状態でも多少有った他人を惹き付ける何かが、女装時は最強レベルに設定されています。 ……他にも色々と付属効果が…… 因みに犬耳と尻尾ですが。 普段は基本的に閉まってます。 たまに尻尾を出す事は有りますが、耳は滅多に出しません。 後、お姉ちゃんは解る人は解ります。 次回! ………久しぶりだな………? ――――そんじゃ!! |