ある次元世界で、一人の少女が空を見上げて寝そべっていた。 空には今まさに、月が昇ろうとしていた。 金色に瞬く満月が、ゆっくりと昇って行く。 そしてその空は、地球の物とは全く違っていた。 「……こんな所に居たのか?」 「………」 後ろから声を掛けられて、少女…葉月が振り返ると、その場には…… 「…よう…!」 ……斬…… 「……陽炎だな?」 「…あ…―――…ばれた?」 ……の姿が崩れ、白い少年…陽炎に変わった。 「また月を見てたの?」 「…ああ…」 「…危ないよ…」 「…私に襲い掛かろうものなら…どうなる?」 葉月が笑みを浮かべながら言うと、陽炎は冷汗を滲ませた。 「……解っているなら大丈夫だろ?」 「…うん…」 陽炎は、苦笑しながら隣に座った。 「……それでどうだった?」 「何が?」 「彼だよ…」 「………」 葉月は無言で、胸元からロザリオを取り出した。 「……百年……私の感覚では数年だが……」 「………」 「……やはり譲れないよ」 「…そう…」 陽炎はまた苦笑する。 「……やはりあいつは私のだ……誰にも渡さない…!」 陽炎はその様子を見て、今度は呆れたようにため息を吐いた。 「…じゃあ僕は戻るから…」 「…ああ…」 そう言いながら立ち上がり、何処かに行ってしまった。 それから、葉月は少しの間、空を眺めてから、いつの間にか居なくなっていた。 『……二人の距離と核心と……』 その頃の第97管理外世界、地球は日本の海鳴市、その一角の八神さんのお宅の朝食の席では…… 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 ……重苦しい空気が流れていた。 「おかわり」 「は〜い!」 いや、若干二名は普段の通りだった。 少なくとも片方は、もくもくと朝食を平らげていく。 『………』 他の面々はそれを見て、半場呆れていたが、黙って自分の分を片付けていく。 そして、本人も知らない内にこの空間を造り出した少女…はやては、朝食を平らげていく斬をじっと見ていた。 「……どした?」 「ううん、何でも…」 「そ…」 それだけ言って、また食事に戻る。 それを見ている五人は、ため息を吐いた。 「いってきまーす!」 それから間も無くして、はやては学校に行った。 「…なあ…」 「?」 それからシグナム達も出掛けようとした時、不意に斬に呼び止められた。 「……俺、何かしたか?」 「…は…?」 「…はやてだよ…」 斬は壁に背を預けて目を細める。 「あれは多分、俺に何かあると思うんだが…」 『………』 四人は『…ちゃんと気付いていたのか…』と思った。 「…で、お前何をしたんだ?」 ヴィータは多少斬を睨みながら追及する。 因みにヴィータは気付いていなかったらしい。 「…俺にもよく解らない…」 そう言いながらため息を吐く。 しかし、シグナムとシャマルはその理由を知っている。 シャマルはそれを打ち明けられたから、シグナムは…… 「………」 それはともかく、斬とヴィータは何か討論していた。 そして斬は、牙神を連れて何処かに出掛けた。 「ヴィータ、斬は何処に?」 「…調べるってさ…」 『?』 「おはようはやて」 「おはようフェイトちゃん」 学校に向かう途中で、はやてとフェイトは挨拶を交わした。 「…はやて?」 「ん?」 フェイトは、はやての顔をじっと見つめた。 「…な…何…?」 「…何か無理してる?」 「…え…?」 「…多分だけど…無理してる…」 はやては何も言えなかった。 それは自分でも薄々感じていた事だから…… 「……うん、でも大丈夫やから…」 「でも…」 「…本当に…大丈夫やから…」 それから二人の会話は止まってしまった。 「フェイト、はやて」 「フェイトちゃん、はやてちゃん」 「アリサ…」 「すずかちゃん…」 すると、アリサとすずかが駆け寄ってきた。 「どうしたのよ?」 「…ちょっと…な」 そう言いながら、苦笑して誤魔化した。 そして四人揃って学校に向かった。 その頃、シグナムは管理局本局の通路を歩いていた。 「………」 その表情は極めて穏やかではない。 (……あれは……) 今朝の空気が重苦しかったのは、はやてが原因だった。 しかし、それははやてだけではなかった。 (……斬……) 斬も同様に、何とも言えない雰囲気を放っていた。 多分、シグナム以外は誰も気付いていないだろう。 おそらく、本人さえも…… 「……お前は……一体…」 それは以前までの、まだ彼が神威と名乗っていた時のそれと同じ…… 「……っ……」 シグナムは、それに不安を抱いてならなかった。 そして、それが杞憂である事を切に願った。 学生の本分は勉強、それを体現するように、朝から時間割を消化していく学生達、その中には当然、フェイトやはやて等の四人も居た。 「………」 そして、その様子を人知れず見ている人物が居た。 「……これが現代の寺子屋か……」 そう、斬である。 「……寺子屋がここまでの規模を持つとは、教育が行き届いていると言う事か?」 そう言いながら、窓の外から四人を観察している。 ……窓の外……? 「…牙神…」 《何だ?》 斬は、自分の中にいる牙神に声を掛けた。 大概のフォースデバイスは、身体を分解してリンカーコア体で移動したり、自分のロードの中で待機したりも出来る。 主に、守護獣型のデバイスを連れる時に重宝されている。 「……何で俺、壁に張り付いていられるんだ?」 そう、今現在斬は、飛行魔法を使わずに壁にへばり付いていた。 《…手足に魔力を付与しているだろ、それが力場を発生させて落ちないようにしているんだ…》 「ふ〜ん…?」 どうやら、意味を半分くらいしか理解していないようだ。 「じゃあ、天井とかも行けるのか?」 《ああ》 そう言えば、今までもそれっぽい事したなと、斬は思った。 そんな事をしている間に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。 気が付けば、ぼんやりと黒板を眺めていた。 黒板に書かれていた内容は書き写していたが、先生が言っていた事は全然頭に入っていなかった。 そして今も、特に動く気配が無い。 「はやてちゃん?」 そうしていると、不意に声が掛けられた。 「…すずかちゃん…」 「もう休み時間だけど、大丈夫?」 「…うん…」 そう言いながら、筆記用具を戻しながら席を立った。 《移動するぞ?》 「解ってる」 「…にしても、非常識な奴よね…」 廊下を歩いていると、不意にアリサがそんな事を言った。 「誰が?」 「あいつよ、はやての彼氏…」 「ああ、斬君?」 「そ、そんなんちゃうって!」 はやては手を振って否定する。 「……ちゃう……から…」 「…はやてちゃん…?」 最後は、少し声が小さかった。 それを見て、すずかが首を傾げる。 「……何話してんだ?」 《余りよく聞こえないな…》 斬は並走するように、廊下の外の壁を垂直に歩いていた。 「…中に入るか…」 《そんな事したら見付かるぞ?》 「平気だ…」 そう言いながら、普通に窓を開けて廊下に入った。 幸い鍵が開いていた。 「よっ…」 「?」 直ぐ近くに居た生徒が、そちらの方を振り向いた。 「……あれ?」 誰もいなかった。 「…まあ…いいや…」 そう言って何処かに行ってしまった。 「……少し危なかったな…」 《……よく見付からないな…》 さっきの場所から上に視線をずらすと、斬が天井に張り付いていた。 「…はやて達を追うぞ…」 《…しかし、やけに慣れてないか?》 「ん?」 そのまま天井を這って進む斬に、牙神が訪ねる。 「ああ、昔は密偵みたいな事もしたからな…」 《昔はって、お前は剣士だったんじゃ…》 「ああ、たまに隠密の仕事もやってたんだよ…」 斬は苦笑しながら言う。 《…たまには…って…》 「…神威…師匠に、剣術以外にも色々と叩き込まれたんだよ……」 曰く『手元に刀が無い場合に備えての素手での戦闘法』 曰く『手元に刀以外の武器しか無かった場合の戦闘法』 曰く『手や足を無くした場合の対応法』 曰く『目が無くなったり見えなくなった場合の…… 《いやいやおかしいから!途中から最悪の状況前提になってるから!》 「……だよな……」 斬は乾いた笑みを浮かべながら、ここではない何処かを見つめた。 「……俺もそう言ったんだ……なのに神威の奴は、口答えするなとか言ってさ……」 《解った!もう良いから!良いから!なっ!?》 何か触れてはいけない場所に触れたと牙神は気付き、慌てて止める。 「……とにかく、それ関連で密偵やら隠密の技能も身に付けた…」 《………》 牙神は何も言わない。 もし実体化していれば、額を抑えて盛大にため息を吐いているだろう。 そうこうしている間に、四人に追い付いた。 「……あいつが狼男とか言ってたけど、鼻も効くのかしら?」 「アルフはそうみたいだけど…」 「それは流石に解らんな…」 アリサの疑問に、フェイトとはやては曖昧な返事を返した。 「鼻なら結構効くけど?」 「そうなの?」 不意に聞こえて来た答えに、アリサはやっぱりと頷く。 「耳は?」 「閉まってても多少は、出してるとかなり聞こえるし、感知能力も高い」 「じゃあ視力とかは?」 「元々良いからな、よく解らん…」 「歯とかはどうなってるの?」 「以前に比べて鋭くなった気がする」 「そうなんだ、じゃあ…」 「…アリサちゃん…」 「何?」 アリサが振り向くと、すずかが苦笑を浮かべていた。 いや、フェイトとはやても苦笑していた。 「…誰と話してるの…?」 「…へ…?」 そう、さっきまでアリサと話していたのは、すずかでもフェイトでもはやてでもない…… 「ああ、俺だ俺…」 『?』 四人がその声に首を傾げていると、上から…… 「よお」 ……斬が降りて来た。 『……………』 昼休みの屋上で、ある一角に生徒達の目が集まっていた。 「……何か見られてないか?」 「…当たり前でしょ…」 斬が呟いた疑問に、アリサはため息を吐きながら答える。 「あんた制服じゃないし、部外者が屋上でお昼食べるなんて普通ないわよ…」 斬はあの後、そのまま授業を見学してから、弁当を持参してきたので一緒に昼食を食べる事にした。 「…てか、あんた隠れて無くて良いの?」 「ああ、もうめんどくさくなったから…」 「………」 ……しかし目立った。 ただでさえ見慣れない少年が居るのに、一緒に居るのがアリサやすずかなんかを始めとした学年でも綺麗揃いだったからだ。 「……にしても、よく食べるわね…」 「?」 アリサは斬の弁当を見ながらそんな事を言った。 一言で言えば、斬の弁当箱は少々大きい。 「まあ、俺は燃費が調整出来るからな…」 「…調整…? 「ああ……まあ食い溜めだな…」 「食い溜めってね…」 斬は渇いた笑みを浮かべた。 「…余裕で四、五回餓死しかける経験させられたしな…」 「………」 アリサは、何も言えずに苦笑した。 「……それって誰が作ったの?」 反対側からすずかが訪ねてきた。 斬の弁当は、おかずも単調な物だけでなく結構作り込まれていた。 下手をしなくとも何処かの料亭の料理と遜色無かった。 「ああ、これか?」 「はやて?」 「違う」 「じゃあシャマルさん?」 「…シャマルはそこまで器用やないよ…」 はやてじゃない。 シャマルの可能性ははやてが否定した。 と言うか、それ以前にシャマルには無理だと解っていた。 「…じゃあ誰?」 「ああ、俺」 「……は……?」 「だから、自分で作った」 『…………』 ……一瞬沈黙が流れた。 「…上手ね…」 「まあな…」 「洋風のおかずとかも在るね?」 「桃子さんから習った」 成る程と頷きながらも、アリサとすずかは、斬と弁当のおかずを交換したりしていた。 その姿は微笑まかった。 『………』 それを遠巻きに眺めている一部の男子生徒達は、ひたすら羨ましかった。 「!?」 その奇妙な視線に、斬は一瞬だけ身体を強張らせた。 「あ、美味しい!」 「本当!」 アリサとすずかはそんな事を知らずに、斬の弁当を堪能している。 「………」 そんな中で、一人だけ俯いている者が居た。 「…はやて…」 「…何…?」 「どうしたの?」 それを見て、隣に座っているフェイトが、心配そうに声を掛けた。 「…別に…」 何でもないとはやては言うが、フェイトにはそうは見えなかった。 「あんた何でこんなに料理が上手なの?」 「そりゃ、一応『花嫁修行』したから……」 「……はい?」 「…花嫁…?」 「……まあ、次いでだったけど…」 『…次いで…?』 アリサとすずかは首を傾げる。 「姉が習ってたのを一緒に受けてた…」 「あ、姉ってっ!?」 「お姉さん居たのっ!?」 斬は無言で頷く。 「…上達したのは主に俺だったがな…」 「…そ…そう…?」 「…じゃあ…料理以外も?」 「ああ、家事を一通りこなせるように仕込まれた…」 そう言いながら、のほほんとして弁当を食べている。 「あんたって色々凄いわね…」 「そうか?」 「そうだよ、良い『お嫁さん』になれるよ?」 すずかがそう言った瞬間、斬は固まった。 「……ど、どうしたの?」 「……大丈夫?」 「……それ……」 『?』 「……桃子さんにも言われた……」 二人はそれを聞いて、思わず苦笑した。 「……俺って……」 「お、落ち込む必要ないわよ!」 「そ、そうだよ!」 「……これで四回目なんだよな……」 『……よ……っ!?』 アリサとすずかは呆然と口を開いた。 「…誰に言われたのよ…」 「私と桃子さんと……?」 「……最初は、俺料理の師匠……その次が俺の……料理の上達を見守ってくれた人だ…」 「見守って…」 「何て言う人?」 「……桜花……桜の花と書いて桜花だ…」 ふんふんと二人は頷く。 「師匠の方は、もう完璧だったな、料理だけじゃなくて家事全般何でも出来たし、俺に剣術の基礎も教えてくれた…」 「じゃあ桜花って人は?」 「……あの人も家事は得意な方だったな…」 そんな事を言っていると、すずかが…… 「じゃあ、お料理も上手だったの?」 ……と、聞いた瞬間……っ! 「―――ッ!?」 斬の動きが硬直した。 次いで持っていた弁当を取り落としてしまう。 「うわっ!?」 それをすずかが咄嗟に受け止め、どうしたのかと聞こうとしたが…… 「…っ…っ……っ…!」 ……それ処では無かった…… ……斬は背を丸め…… ……自身の両肩に異常な程に爪を深く食い込ませながら…… ……震えていた…… ……その瞳は恐怖に彩られていた…… 『………』 ――何で料理の話題でそんな風になる!?―― …と、アリサやすずか等を含む、屋上に居た生徒全員が思った。 「…ぁ…ゃ…っ…」 『?』 よく見ると、斬が何かを呟いているようなので、聞き耳を立ててた。 「……赤紫色の巻き寿司は嫌だ……鉛色に鈍く光る具は嫌だ……っ!」 ――えええぇぇぇぇっ!?―― 赤紫の巻き寿司って何だ!? 鉛色に光る具って!? 「……へ……何それ……だし巻き……? ……嘘だ……それは蛇の脱け殻だ……嫌だ……止めて……!」 蛇の脱け殻形のだし巻き卵!? どんなとんでもオブジェだ!? 「……それは……昆布……なの……? ……違うよ……それって……硯だよね……そうだよね……!? ……す…ずり……でしょ……?」 もう食い物じゃねえだろ!? 第一昆布がどうやったらそんな物に見えんだ!? その後も、斬は魂の抜けたような顔で、何か可笑し……異常なうわごとを呟き続けた。 ――数分後―― 「……取り乱してすまなかった……」 「…い…いえ…」 すずかから弁当箱を受け取る斬は、先程までよりは幾分ましな顔色になっていた。 ……最早取り乱すと言うレベルじゃなかったが…… ……話だけであんな風になるなんて、一体どれだけその人の料理にトラウマ持ってんだ? 「…さて…」 早速弁当を平らげて、斬は立ち上がった。 「もう行くの?」 「ああ」 「気を付けてね?」 「ありがとう……はやて」 「えっ!?」 不意に声を掛けられ、はやては驚きながらも顔を向ける。 「…な…何?」 「…少しの間、家を開けたいんだが…」 「…へ…?」 「…やりたい事が有るんだ」 「…え…ええけど…?」 「ありがと」 そして斬は、手を振りながら歩いて行き、次の瞬間に姿を消した。 「き、消えた!?」 「しゅ、瞬間移動!?」 「ああ、ちゃうちゃう…」 「あれは、ただ早く動いただけだなんだ…」 『………』 二人は呆然としていた。 斬は、民間の屋根の上を走っていた。 《…それで、何をするつもりだ?》 「…決まっている」 すると不意に立ち止まり… 「…俺に出来る事だ…」 そう言いながら、空を見上げた。 時空管理局本局、その通路をユーノは、イリスと一緒に歩いていた。 イリスは、今からなのはに会いに行くのがとても嬉しそうだ。 「ユーノパパ、早く早く!」 「はいはい…」 ユーノはイリスの後を着いていきながら、ある事を考えていた。 それはあの少女、葉月の事だった。 「………」 彼女の言っていた『フォース』は何か解った。 だが、何故イリスを『錆びた鎖』と言っていたのか、一度捕まれば如何なる魔導師でも決して逃げられない筈なのに、葉月はそれでも鎖を砕いていた。 「………」 そして、あの時葉月が言った…… ――本当に大切なものは無くなってから解る――だがそれでは遅い―― 「………」 ……その言葉は…… 「ユーノパパ?」 「え?」 何時の間にか、イリスが足元に戻っていた。 そして、心配そうにユーノを見上げている。 「……ごめんなさい……」 「?」 「…私の…せいで…」 そう言いながら、ユーノの胸に額を預けた。 そこは、あの時に貫かれた…… 「…そんな事無いよ…」 「…でも……私が錆びてるから…」 するとユーノは、イリスを抱き寄せて頭を撫で始めた。 「そんな事は無い、今回が駄目だったら次に頑張れば良いんだ、自分に駄目な所があればそれまでに直せば良い…」 「…ユーノパパ…」 「だから…あまり自分を攻めないで…」 「……はい!」 そうして二人は笑い合い、並んで歩きだした。 「…ぅ…?」 「…ぇ…?」 しかし、急に鈍い痛みが走り、ユーノは倒れた。 次いでイリスも同じように…… 倒れた二人の後ろには、何時の間にか一人の少年がいた。 「…さてと…」 そう言いながら、少年は二人に歩み寄る。 管理局本局にある病室の一つ、そこで呆然と目の前を見つめている人物が居た。 「………」 その少女…なのはは、何処かおかしかった。 何時もの彼女なら、人前で無理に振る舞う事は有るが、いくら一人で居る時とは言え、ここまで茫然自失とした風にはならない。 「…レイジングハート…」 《………》 「…どうしてかな…?」 《…マスター…》 レイジングハートに話し掛けるなのはの姿は、何かを信じられないような、何かに耐えているような、今にも泣き出しそうに見えた。 それだけ、さっき聞かされた事が信じられなかった。 「…な…んで…かな…?」 《………》 レイジングハートは何も言えない。 その時、扉がノックされた。 この時間に来るのは…… 「ユーノ君?」 ……そして入って来たのは…… 「…残念だな、俺だ」 「…斬君…?」 そう、来たのはユーノではなく斬だった。 それになのはは…… 「……いや『良かったな』か?」 「?」 「……俺の姿が見えた時、少し安心した見たいに見えたが…」 「へ?」 言われてなのはは、自分の顔を触って見る。 「いや、どちらかと言うと、そんな雰囲気だった…」 「……?」 訳が解らず、なのはは首を傾げる。 「そうそう、ユーノだが今日は来ないぞ?」 「えぇっ!?」 「………」 ユーノが来ないと言われて、なのはは声を上げたが、それを見て斬は不思議そうな顔をした。 「……どうしたの?」 「…何か矛盾してるな…」 「?」 「…さっきはユーノじゃなくて安心してたのに、今度は露骨に残念そうな顔をするからな…」 「!?」 そう言われ、なのははまた自分の顔を触って見た。 「…そ、そう言えば、斬君は何をしに来たの!?」 「あ、ああ…」 なのはは、取り敢えず斬が来た要件を済ます事にした。 ……若干顔が赤かったが…… 「……ちょっと貸して欲しい物が有る」 「何?」 ……斬は言い辛そうに…… 「デバイスを貸して欲しいんだ」 「…へ…?」 ……そんな事を言った。 《……私を?》 「……レイジングハートを?」 「そう、最低三日くらい貸してくれると…」 「…三日…」 なのはは流石に困った。 いくら入院中とは言え、自分の相棒を三日間も手離すのは… 「ああ、どうしてもユーノに…」 「うん良いよ!はいどうぞ!」 《ちょっ!?マスター!!?》 なのはは『ユーノ』と聞こえた瞬間、レイジングハートを斬に差し出していた。 それを斬は「あんがと♪」と言いながら受け取って、何処からから取り出したお見舞い品を置いて病室から出ていった。 「………」 斬が行った後、途端になのははため息を吐きながら中空に視線をさ迷わせた。 「…ユーノ…君…っ…!」 なのはの病室から少し離れた所で、斬はレイジングハートに話し掛けた。 「……ちょっと聞きたいんだが…」 《……何ですか?》 「……何か有ったのか?」 《……どう言う意味でしょう?》 斬は立ち止まり、レイジングハートを目の高さに持っていく。 「……なのはの雰囲気、正確には気配か……何となくおかしく感じた…」 《………》 「……言いたく無いならそれでも良いさ…」 そう言い、レイジングハートを下げる。 「…行くか…」 《…はい…》 次元航行艦アースラ、そこでは数少ない情報から、今回の事件の首謀者の事を調べていたが、今回の情報で何かが解りそうだった。 だが、それは本局の情報部でも検証されていた。 ……判明する事によっては…… ……何が有るかもしれない可能性が出て来たからだ…… 「……母さん……これは……」 「………」 クロノは時と場を弁えずに、リンディを母と呼んだ。 しかし、そのリンディは何も言わず、目の前の画面を食い入るように見ていた。 「……まさか……」 その画面に写っているのは、何かのぼろ切れだ。 それが二つ在った。 ……そう『二つ』だ…… ……本来有り得ない物が二つ…… ……その事実に二人は…… ……アースラ全体が驚愕していた…… 「……これは、直ぐに本局に問い合わせないと……エイミィ!」 「は、はい!」 エイミィは慌てて、本局に通信を繋ぎ始めた。 その隣でクロノは、肩を震わせながら俯いていた。 「……何で今更……」 そして、唇を噛み締めたまま呟いた。 「……『アルテミス』……だと?」 ――事態は加速する―― ――斬や牙神を―― ――幾多の魔導師達を―― ――時空管理局を―― ――そして全次元世界をも呑み込んで行く程に―― ……所変わって、その頃ユーノは…… 「…へ…?」 ……目を覚ませば一面に広がる砂海…… 「…へ…?」 ……遠くにそびえ立つ切り立った岩山…… 「……へ…?」 ……頭上を見上げれば…… 「………えええぇぇぇぇっ!!?」 ……その目の前に漂うように広がる虹色の空が…… ……そんな空間に投げ出されていた…… ……これからユーノに…… ……何が起こるのか―――ッ!? あらすじ ……長かった。 何か書くのが大変で、書き上げるのにそうとう掛かった二十話です。 さてさて、これから何が起こるのか? はやての想いは!? ユーノに何が起こった!? なのははどうしたんだ!? そしてクロノが呟いた『アルテミス』とは!? そして斬の過去に何が……いや……本当に何が有ったの…? 次回! ……あんま関係の無さそうな場所から始まります……? ―――じゃっ!! |