―――管理外世界クリスフォード:王都クレアセンド
管理局にもまだ観測されていない、そんな一つの次元で。

蒼い長髪を持つ男性は、豪奢な内装の部屋で机を構え、一人静かに時を待っていた。美男である男が瞑想するその様子は、さぞ絵になっただろう―――机に乱雑に書類が詰まれていなければ。

コン、コン

躊躇いがちな印象を受ける、間の空いたノック。その音を聞き、男―――クライン=ゲイツマンは声を上げた。

「入れ」
「失礼します」

クラインの部屋に入ってきた少年は、その部屋の様子を見て一瞬動きを止めた。机に山のように置かれている書類―――それはいい。いつもの事だ。ただ気になるのは、デスクに向かうように三メートルほど距離を開けておいてある椅子。

「そー固まるな。そこに座れ」
「は、はぁ・・・・・・いやでも、何か嫌な予感がしますんで・・・・・・」
「俺の命令に逆らうのか? 上級騎士クローセス=シェイン?」
「うう・・・・・・ずるいですよその言い方」

目の前にいる相手は、自分の直属の上官のさらに上官。しかもこの組織、天界騎士団のトップと言っても過言ではない。と言うより、普通は部屋にも入ってこれないほどの階級差である。渋々ながらもクローセスは椅子に腰をかけ、クラインの姿を直視した。
彼はその顔にさも愉快そうな笑みを浮かべ、声を上げてくる。

「よし、固定」
「へ? って、何で僕の体固定してるんですか!?」

いきなり動かなくなった身体に、クローセスは悲鳴を上げた。脳裏に様々な情景が―――タイトルをつけるなら、『理不尽』が最も合うような物が浮かんでくる。

「いや、逃げられたら困る―――ゲフンゲフン、ゆっくり話をしようと思ってな」
「わざとらしく咳払いして言い直さないで下さい。確信犯でしょ」
「今日お前を呼んだのは、これだ」

クローセスの抗議を完全に流し、クラインはその手に持った蒼い宝玉を見せ付けた。それが持つかなり膨大な魔力に顔を引きつらせながら、何とか逃れる策を模索する。

―――また、この人の趣味が始まった・・・・・・

「まー、この間遺跡で見つけてきたもんでな。どーも、時空転移を可能にする古代遺産らしい」
「えーと、何かもー限りなく嫌な予感がするんですが・・・・・・それをどうするつもりですか?」
「お前で試す」
「即答しないで下さいっ!!」

悲鳴を上げ、クローセスはその場でじたばたともがき始めた。クラインの魔力で押さえ込まれた身体は下手をすると椅子ごと倒れそうだったが、それでも座っている椅子を破壊する勢いで力を込める。
―――無論、無駄な足掻きであったが。

「ま、安心しろ。効果時間はそう長くない。長くても一日で元の座標に戻る」
「あんまり慰めになってませんよ・・・・・・」
「はっはっは、気にするな」
「果てしなく便利な言葉ですね、それ」

クラインはまたも言葉をスルーし、何の躊躇いも無くその古代遺産とやらを起動した。クローセスを中心に円を描く魔力が床に広がる・・・・・・最早諦めた視線でそれを見ていたクローセスの耳に、何やら不穏な言葉が飛び込んできた。

「あ、やべ」
「・・・・・・何をしてくれやがりましたか、クラインさん」
「術式がエラーしてるわ。片道設定だ、これ」
「さらっと言わないで下さいっ!!」
「いやー、わりぃわりぃ。許してくれ・・・・・・いや、許せ」
「何で反省の姿勢すらなく命令形なんですかあああああっ!?」

恥も外聞も無く喚くが、そんな事では術式が止まる事はなかった。既に透けかかっている自分の体を見て、絶望とかその他もろもろの思いをこめた視線を上官に向ける。

「・・・・・・一つお願いがあります、クラインさん」
「おー、何だ?」
「お願いだから地獄に堕ちて下さい」
「それにゃまず死なないとダメだな」
「・・・・・・・・・」

とまあ、こんな風に―――

クローセス=シェインの出発の瞬間は、こんな何とも不毛な会話によって締め括られていた。


 * * * * *


「―――くッ!」

傀儡兵の攻撃を弾き、その身体に光り輝くバルディッシュの刃を叩き込む。―――フェイトが置かれた状況は、どう楽観的に見ても良いといえる物ではなかった。辺りには、B〜Aランクほどの傀儡兵が大量に、それも包囲する形で現れている。飛んで逃げようにも、その時間を与えてもらえない状況だった。

『―――クロノ! 救援はまだ!?』
『今シグナムがそっちに向かっている! だから、もう少し持ち堪えてくれ!』

ライバルが向かっている―――その言葉に、フェイトは無理やり自分を奮い立たせた。シグナムに無様な姿は見せられない。今ここで、自分自身の力で全てを倒すつもりでなければ。

「バルディッシュ!」
『Plasma Lancer.』

発生した雷の槍を、ノーウェイトで解き放つ。最早狙いなどつけなくとも当たるほどに敵が集中している。雷の槍が命中すると共に、背後で悪寒。先ほど敵を薙ぎ払った場所にブリッツアクション退避するのと、フェイトがいた場所に巨大な剣が振り下ろされるのは同時だった。
思わず安堵の息を吐いて、まだ安堵できない事に気付く。

(この数の敵を一度に倒す方法は・・・・・・ダメだ、ザンバーを起動してもカートリッジが足りなくなる)

切り札とも言える、己の愛器のフルドライブモード。しかし、そのカートリッジの消費量はアサルトやハーケンの比ではない。最早、ザンバーに耐えうるカートリッジは存在しなかった。

振り下ろされる刃を躱し、ハーケンの刃で傀儡兵の脇腹にあたる場所を薙ぎ払う。その横を通り抜けざまに、フェイトはデバイスの助けなしに発生させたプラズマランサーを一本、その傷の中に叩き込んだ。魔力を込めたランサーは貫通し、その先にいた敵を一体貫いて爆砕させる。
さらに―――

『Haken Saber.』
「はあああっ!!」

薙ぎ払ったバルディッシュから、円を描く光の刃が放たれる。鋭い光の刃は、直線上にいた傀儡兵を斬断、そして―――

「セイバーブラスト!」

敵が集中している場所で、円の刃が炸裂した。爆砕した魔力に巻き込まれ、離れていた傀儡兵も勢いに押されて倒れる。

「―――っ、はぁっ、はぁっ」

荒い息を整え、傀儡兵から間合いを取る。魔力の限界も、既に遠くは無い。厄介なのは、空中からこちらを狙っている飛行型の傀儡兵だった。飛んで逃げる事も出来ず、てこずっていては地上からの砲撃の的になる。
せめて、はやてのような広域型の魔法があれば・・・・・・

「無いものねだりしても、しょうがないね・・・・・・頑張ろうか、バルディッシュ」
『Yes, sir.』

疲労で震えるひざを叩き、傀儡兵を睨みつける。その気丈な笑顔からは、ともすれば悲壮感すら漂ってきそうな状況―――
しかし、転機は彼女が予想しない形で訪れた。突如、彼女の前の傀儡兵がその場から離脱し始めたのだ。

「・・・・・・? 何が―――」
『Sir!』

バルディッシュの警告。それと共にフェイトの視線の先、虚空から滲み出るように、大砲を構えた傀儡兵が現れた。魔力の充填は既に、完了している。

「そんな!? 魔力反応なんて―――」

動揺が、最後の回避の隙を殺してしまった。轟音と共に放たれた砲撃が、フェイトに一直線に向かう。防御術式を思い浮かべながらも、フェイトは既に敗北を悟っていた。これを耐え切る事は、可能だろう。だがしかし、その際に魔力を削られてしまえば、最早この数と戦う事は出来なくなる。

(なのは、皆―――ッ!!)

砲撃が迫り、目を瞑る。
―――衝撃は、事の外柔らかかった。
体が浮いているこの感覚は、自分は吹き飛ばされていると言う事だろうか? その割に、風を感じる事はない。ならば、何故―――?

「ふぅ・・・・・・ギリギリセーフ。君、大丈夫?」
「え・・・・・・?」

聞こえてきたのは、柔らかな声だった。
恐る恐る、目を開ける。その視界に最初に入ってきたのは黒い髪と、果てない蒼穹の如きスカイブルーの瞳だった。一瞬遅れて、状況を理解する。どうやら自分は、この謎の少年に抱きかかえられているようだ、と。

「立てる?」
「あ・・・・・・はい」

彼が誰か、と言う疑問すら浮かばず、反射的に彼の言葉に従う。改めて彼の姿を見ると、その服はほぼ二色で構成されていた。黒いインナーシャツとズボン、そしてボレロがついたワインレッドの上着。

「ったく、突然訳の分からない所に出たと思えば、女の子を襲ってる鎧がわらわらと・・・・・・見てて気分のいいもんじゃないね」
「・・・・・・?」

彼の言っている事は分からなかったが、とりあえずは敵ではないらしい。疑問を残しつつも、フェイトは再びバルディッシュを構えた。まだ敵の数は変わらない。それに、先ほどの姿を隠した砲撃ももう無いとは言い難かった。ハーケンの刃を発生させようとして―――フェイトの前に、制止するように手が差し出された。

「君は休んで迎撃してるだけでいい。後は僕がやる」
「え? で、でも・・・・・・」
「いいから」

これだけの数が前と言うのに、少年の顔には一つの動揺も存在しなかった。それどころかウィンクすらフェイトに向け、傀儡兵達の前に立つ。

その口調を変え、少年は宣言した。

「これ以上彼女との戦闘を続けると言うのなら、これから先は僕が相手になろう。僕は天界騎士団上級騎士、クローセス=シェイン。騎士団の名に於いて、お前達を殲滅する」

宣言した瞬間、少年―――クローセスの姿は掻き消えた。フェイトすら一瞬姿を見失う動きで、彼は傀儡兵に肉薄する。突き出されたのは、鋭いながらも何の変哲も無い拳。

ズンッ!!

だが、迸った衝撃は並みの物ではなかった。ただの一撃にも拘らず、傀儡兵は四散しながら吹き飛ばされる。地面にすらひびを走らせる威力に、傀儡兵達は一瞬動きを止める。

「ふッ!!」

刹那の隙を逃がさず、再び同じスピードで接近。振り下ろされる武器を掻い潜り、クローセスは下から腕を突き出した。

「《狼吼仰月》!」

掌底と共に放たれたのは、破壊的なまでの衝撃波。それは一トンに達しようかと言う傀儡兵を上空に吹き飛ばし、飛行型のものと一緒に爆砕させた。それでも隙は見せず、体を半歩横にずらす。背後から突き出されてきた槍をほぼ紙一重で躱し、クローセスは右手で槍を掴みながら体を回転させた。手から発した衝撃波が槍を途中でへし折り、回転と共に突き出された肘が、傀儡兵を捉えてその身体を破砕する。
さらに―――

「飛べ!」

半ばで折れた槍を、衝撃波と共に投げ飛ばす。直線上にいた敵は、ドリルのような衝撃を放つそれに巻き込まれ、一斉に爆裂四散してゆく。それを見届けもせず、クローセスは次に近付いて来た傀儡兵の攻撃を避け、その腹部に手を当てた。

「《狼打掌》」

今までのような、派手な衝撃音はない。ただ掌を当てただけで、傀儡兵は動きを止めてその場にくずおれた。押しつぶすように倒れてくるそれを足がかりに、クローセスは轟音と共に飛び出した。移動した先は、飛行型の傀儡兵のちょうど真上。

「《墜狼牙》!」

衝撃を纏って叩きつけられた踵は傀儡兵の身体を砕き、そのまま兵の群れの中に叩き落した。クローセスはその身体を盾に同時に落下し、地面に着く一瞬前に離脱する。爆砕した傀儡兵に巻き込まれ、さらに何体かが誘爆する。
―――それを見届ける事無く、クローセスは再び走った。




「す、ごい・・・・・・」

油断無く構えていたフェイトだったが、最早その必要すら無くなりかけて来ていた。傀儡兵達はクローセスの登場と共に急激にその数を減らし、残った者は彼の方を強敵ととって彼の方だけに集中している。

だがそれでも、彼の動きに淀みは一切無かった。それだけでなく、一挙手一投足が必ず最低でも敵一体を破壊する。一切停止する事無く敵を屠ってゆくその姿は、一つの舞のように完成されていた。

『Sir.』
「あ・・・・・・うん、ごめんねバルディッシュ。ちょっと油断してた」

バルディッシュの警告に、再び気を引き締める。しかし、もう目に見える場所に敵はいない。まさに今この瞬間、クローセスが破壊した傀儡兵で最後のはずだ。が―――彼の姿は、そこから一瞬で掻き消えた。

「―――なかなか見事な身隠しだと思うよ。姿も魔力も一切逃さない・・・・・・確かに、普通の人間なら気付けない」
「ッ!?」

いきなり背後から聞こえた声に、フェイトは驚愕と共に振り返った。近く、あと数メートルも無い場所に彼はいた。大砲のような武器を持った、一体の傀儡兵の頭部を掴みながら。

「けど、気配は全く消せてない。駆動音や足音・・・・・・それがあったら、僕相手には生半可な身隠しなんて無意味だ」

告げるクローセスの口調は、皮肉った様子は一切無い真面目なものだ。冷たい殺意と共に、最後の言葉が放たれる。

「これで、最後だ・・・・・・砕けろ」

彼の手から放たれた衝撃波が、最後の傀儡兵を完全に破壊した。崩れ落ちたそれから手を離し、彼はフェイトの方に振り返る。

「ふぅ・・・・・・大丈夫?」
「あ、は、はい! ええと、貴方は?」
「んー・・・・・・傷は無いね。大丈夫」

綺麗な笑顔で言うクローセスに、フェイトは訳も分からず心がざわつくのを感じた。少しだけ、動悸が速まったような気もする。

「えっと、助けてくれてありがとうございました。あの―――」
「・・・・・・ゴメン」
「へ?」

言おうとした言葉を遮られ、フェイトは思わず首を傾げた。苦笑いのようなものを浮かべ、クローセスは声を上げる。

「傷は無いみたいなんだけど・・・・・・やっぱり、大丈夫じゃなかっ・・・た」

その言葉を最後に―――クローセスは、その場にばたりと倒れ伏した。



「・・・・・・あの、どうすれば・・・・・・」

途方に暮れ、クロノに念話する事すら忘れてフェイトはそう呟いた。






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