―――独りである事に、違和感は抱かなかった。
気がつけば常に独りだったのは、今更振り返るまでも無い事。血縁者の誰かが居ないのは仲間内では当たり前で、両親を失った者もそう少ないわけではない。ただ自分はその時が三歳の、まだ幼い子供であったというだけ。
『仇なら、俺が討ってやる。だからお前は・・・・・・復讐に染まるな』
『アンタは私達の中で一番子供なんだし、あいつに任せとけばいいのよ』
『私達の実力不足など、言うまでもない事。それを補うには・・・・・・まだまだ時間が足りない』
最も親しかった仲間の言葉は全て正しくて―――それ故に、心の底では受け入れ難い物だった。
尊敬する父を殺されて、どうして復讐心を抱かずに居られると言うのか。
確かに年下だ。だけど、全て自らの上官に任せっきりにする理由になんてならない。
実力が足りないなら、己を鍛えて補えばいい。時間不足なんて、言い訳にしかならない。
自分自身の無力を痛感したあの日から、大切な人を護れなかったあの日から、無力は罪であると知ったあの日から―――もう妥協はしないと、そう決めた。
(・・・・・・結局馬鹿なんだな、僕は)
自嘲し、口元を苦笑で歪める。茫洋とした海のような感覚の中で、クローセスは目を開けずに静かに佇んでいた。
「覚悟がどうのこうの言う前に―――自分の世話すら見れない人間は、誰かを護る事なんてできやしない」
結局、全てを理解した時には、自分は既に壊れかけの人間になってしまっていた。体が癒えても、軋みを上げる心は直らない。
ならば、自分が戦う理由はただ一つ。
―――この壊れかけの心を抱えて、己の護るべき者達を自分と同じにさせない為に。
「―――?」
目が覚めて最初に感じたのは、漠然とした違和感だった。見慣れない天井に疑問を抱く前に、まず起き上がって身体を確かめる。黒と紅の服は脱がされ、何やら病人服のようなものを着せられていた。
「何だ・・・・・・?」
嫌な予感と共に顔をしかめ、クローセスはベッドから降りてそこに立ち上がる。
―――それだけで、違和感の原因は判明した。
「・・・・・・縮ん、でる・・・・・・また・・・・・・・・・」
深々と嘆息して、近くにあった姿見に全身を写してみる。外見は十歳と言った所か―――本来の十六歳の身体に比べれば、頭二つから三つ分は下であろう。
「・・・・・・あの椅子、何か仕掛けてたな、クラインさん・・・・・・」
こちらに来る前に座ったあの椅子を思い出し、クローセスはここには居ない相手に半眼を向けた。
「これはもう、本気であの人の息の根を止める方法を考えた方がいいかもしれない・・・・・・」
割と本気で考えながら、ようやく辺りの状況確認を始める。様子としては医務室と言った所か。白い無機質な壁に囲まれた病室は、どこもあまり変わる物ではないらしい。周囲を見渡し―――クローセスは、自分が寝ていたその横に、今まで自分が来ていた服を発見した。
とりあえず手に取り、そのサイズの違いに落胆する。
「着れないな・・・・・・しょうがない、これだけでも」
呟きつつ上着からボレロを取って、それを病人服の上から着る。そのほかに持ち物の確認をして、クローセスはもう一度落胆した。
(装備はほとんど回収されちゃったか・・・・・・隠しポケットに入ってたナイフと、予備のエレメントが二つ。『クリアスゼロ』を取られちゃったのはキツイかなぁ・・・・・・)
とりあえずナイフと緑色の透き通った宝石をボレロのポケットに仕舞い、気配を消してその場から移動を始めた。と―――
「ん?」
病室の奥、カーテンに仕切られたベッドが一つだけある事に気付き、クローセスはそちらに歩み寄った。感じる気配は二つ・・・・・・ただし、どちらも全く動く気配は無い。
(寝てる? 怪我人かな・・・・・・?)
極力音を立てないようにカーテンを開き、中を覗き込んでみる。中に居たのは、ベッドに眠るハニーブロンドの髪の少年と、その少年の手を握り、椅子に座って眠っている茶髪の少女だった。ブロンドの少年の胸と頭には包帯が巻かれ、その怪我の度合いが伝わってくる。
(割と重傷、かな・・・・・・自然治癒に任せたら、動けるようになるまでに一ヶ月くらいか)
血色は悪くないが、怪我の度合いと位置はなかなかに危険だ。死ぬほどの怪我ではないのが唯一の救い、と言った所か。バツが悪く、クローセスは困惑の表情と共に頬を掻く。この少女はきっと、少年の看病の最中に疲れて眠ってしまったのだろう。
―――こんな場面を見せられたら、無かった事にするなんて出来ないじゃないか。
嘆息と共に、ポケットの中から緑色の宝石を取り出す。それを右手に握り、クローセスは少年の上にそれを掲げた。
「一応貴重な消耗品なんだから、ひとつ貸しにさせて貰いたいんだけどね・・・・・・」
苦笑と共に、手の中のそれに魔力を込める。
―――宝石と同じ緑色の輝きが、カーテンに仕切られた部屋の中を埋め尽くした。
* * * * *
「エイミィ、解析は進んでるか?」
「それがなかなか・・・・・・」
芳しくない執務官補佐の声に、クロノは小さく嘆息した。クロノが彼女に頼んだのは、クローセスが保持していたものの中で、最も強い魔力を持つ物体の解析だった。
「分かってるのは、これが相当ヤバイ量の魔力―――それこそ、あのジュエルシード並みの力を蓄えてる事。それと、使われてる物質がデバイスのコアに使われるもので、しかも今までに見た事ないほど超高純度の物だって事だけ」
「ロストロギア級の力を持ってる、って言う事か・・・・・・」
画面の中に浮かんでいるのは、台座にはめられた無色の半球体。クローセスの上着の腰の辺りに、装飾のように備え付けられていた物だった。
「今までのデータにも当てはまらないし、フェイトちゃんの話だけじゃどんな物なのかもハッキリしないね」
「これなら、恐らく本人に聞いたほうが早いんだろうが・・・・・・」
頭を抱えつつ、クロノは今は病室で寝ているであろう少年の服から発見された、装備の数々に目をやった。
投擲用の小型ナイフが十数本、格闘戦型のナイフが二本。手甲が一組、そして今解析しているロストロギアの劣化版のような宝石が何種類か。
「・・・・・・まるっきり彼の正体が掴めない。まだ何を隠し持ってるか分からないからな」
「それにしてもまた、渋い武器を使うねこの子」
見た所魔法的なものは一切無い、ただの刃物ばかりである。フェイトの話を聞いただけでは、彼の戦闘スタイルはナイフと言うよりも拳で戦うようだったが。
「刃物の中には魔法的な物は一切無し。バルディッシュから取ったデータだと、拳での攻撃は何らかの魔法付加が付いてたみたいだけど・・・・・・解析した限りじゃ、何を使ってるかは分からない」
「魔力光の発生すらなし、か・・・・・・もしかしたら、ミッドやベルカとは全く違う魔法大系なのかもな」
ディスプレイに再生されるクローセスの戦闘シーンに、クロノはそう呟いていた。
「しかもこの身体能力・・・・・・とてもじゃないけど、フツーの人間じゃないよねぇ」
「転移魔法の域だな。一体どうやったら、魔法無しでここまで出来るのか・・・・・・ん? エイミィ、彼が近い所で映像を止めてくれないか?」
「へ? あ、うん」
エイミィが頷き、端末を操作する。ディスプレイには、最後の傀儡兵―――隠蔽魔法で身を隠していたものをクローセスが捕まえている場面が映った。
「どうしたの、クロノ君?」
「顔をアップにしてみてくれ」
「顔?」
言われるままに操作し、エイミィはクローセスの顔を拡大して映し出した。別に、特に変わった場所は無いが・・・・・・
「何だ、これは・・・・・・?」
「一体何が?」
「・・・・・・彼がフェイトを助けたときの映像を出してみてくれ」
「んー?」
眉間にしわを寄せて、再び操作。画面にもう一つクローセスの顔のアップが映し出され、先ほどの画像と並べられる。
「・・・・・・エイミィ、何か感じないか?」
「何かって・・・・・・あれ? そー言えば、何か違和感が・・・・・・・・・あっ!?」
「そうだ。瞳の色が変化してる」
並べたクローセスの瞳は、スカイブルーとブラウン。フェイトを助けた時とその後では、完全に瞳の色が変化していた。
「・・・・・・カラーコンタクト、な訳無いよね」
「これも、何か秘密がありそうだな・・・・・・」
溜め息を吐き、画面から視線を外す。そもそも、体が縮んだと言うだけでも訳が分からないのだから、あまり大差ないと言えばそれまでだが。
「とりあえず、彼が起きるまでは―――ッ!? 何だ!?」
「艦内で魔力反応! 場所は―――医務室!?」
「ちッ!!」
突如として起きた警告音に待機状態のS2Uを取り出し、クロノはその場から駆け出した。オペレーティングルームを抜けて通路へと入り、そのまま医務室へ向けて全速力で駆け抜ける。
(油断した・・・・・・だが、シグナムとヴィータが見張っていたはずだぞ?)
あの二人が、魔法が行使されるまで彼が起きてきた事に気付かなかったと言うのか。扉の外で見張っていたのは事実だが、それでも気配を感じればすぐに入って行ったはずなのに。
奥歯を噛み締めつつ、クロノは速度をそのままに医務室へと駆け込んだ。
「シグナム!」
「執務官殿―――済みません、我らの失態です」
「もういい。彼は・・・・・・」
シグナムの視線の先を追って、クロノは思わず顔をしかめた。クローセスが居たのはユーノが眠るベッドの先、そこでなのはの首筋に一本のナイフを突きつけていたのだ。舌打ちして、クロノは手に持っていたS2Uを起動した。
「彼女を放してもらおう」
「いや、そうしたら袋叩きでしょ、僕・・・・・・取引も無しに人質を解放する意味が無い」
「―――要求は」
苦い表情で、クロノはなのはに突きつけられたナイフを見た。金属検査で探していたはずなのに、まだ残っていたとは―――他に何の装備があるかも分からない。
「・・・・・・とりあえず、武器を退く事。僕は君達に危害を与えるためにここに来たんじゃない」
「要求と行動が一致していないな。そもそもの原因は、先ほど君が魔法を行使した事だろう」
「魔法・・・・・・? いや、そうか。確かに使ったけど、それは危害を与えるための物じゃないよ。そこに眠ってる彼の傷を治しただけ」
「何だと?」
クローセスの言葉に首を傾げ、クロノはシグナムに目配せをした。彼女は頷き、眠るユーノの包帯を外す―――その下にあった傷は、綺麗に消え去っていた。
「―――で、そしたら剣を抜いたその人が入ってきて、警戒してナイフを抜いたらそのまま襲い掛かってきたから、こうやって人質を取ってるって訳なんだけど」
「・・・・・・シグナム?」
「いえ・・・・・・その、通りのようです」
「何やってんだよリーダー? あたしの事短絡的とか言ってたのはどの口だ?」
冷ややかな視線と口調で、ヴィータ。そのあまりにも馬鹿にした態度に、仲間に対しては割と琴線の低いシグナムは米神に青筋を浮かべた。
「黙れヴィータ。それ以上の侮辱は許さんぞ!」
「うっせーな! 頭に回す栄養を胸にやるからそーなるんだこのおっぱい魔人!」
「くっ・・・・・・! 貴様、抜け! ここで騎士の何たるかを叩き込んでくれる!」
「はっ! やってやろーじゃねーか! グラーフアイゼンの頑固な汚れにしてやるよ!」
「ぷ・・・く・・・・・・あははははっ!」
突如として、笑い声が響いた。そちらに視線を向けると、首筋に当てたナイフを揺らさないようにしながら笑っているクローセスの姿が映る。押さえつけられてるなのはも、何やら困った表情をしていた。
「あのー・・・・・・シグナムさん、ヴィータちゃん、こんな所でケンカされると困るのですが・・・・・・」
「ふっ、くくっ・・・・・・そ、そうだよ。一応、何も無ければ傷つけるつもりは無いんだから」
「・・・・・・何でそこで息が合うんだ、君達は」
「う〜ん・・・・・・始めはちょっと怖かったけど、人質に取られた時に『ごめんね』って言ってたし、それにユーノ君の怪我を治してくれたから・・・・・・悪い人じゃないんだな、って」
一歩間違えれば死に繋がる場所に居るにもかかわらず、なのはの表情は完全に落ち着いていた。緊張感の崩れてしまった空気に辟易しながら、クロノは頭を抱えて声を上げる。
「それで、要求はそれだけか?」
「後は、僕の身の安全の保証。それと、手甲と『クリアスゼロ』は返してもらいたいね」
「クリアスゼロ?」
「僕のエレメントだけど。透明なやつ」
「あれか・・・・・・とりあえず、今すぐに返却するのは難しいな。ロストロギアのようだが、まだ解析が済んでいない。だが、人質を返すと言うなら先の二つと手甲の返却は保証しよう」
「う〜ん・・・・・・まぁ、いいか。じゃあほら、武器を収めて」
クローセスの言葉に頷き、クロノはデバイスを待機状態に戻した。シグナムやヴィータも、渋々それに倣う。それを見届けたクローセスも、ナイフを外してそれをなのはに持たせた。
「ゴメン、手荒な真似しちゃったけど・・・・・・」
「まあいい。それにしても、そのナイフは何で出来てるんだ?」
「ああ、セラミックナイフだから。金属検査対策にって兄さんに持たされた」
なのはを通して渡されたナイフの刀身は、確かに金属ではなかった。こんな物もあるのかと嘆息し、それを仕舞う。
「・・・・・・・・・とりあえず、艦長に会って貰おう。これからの対策も合わせて、ね」
「分かった」
「取り残した装備も、全て回収。異存は?」
「後で返してもらえるなら、無いよ」
「よし。なのはは―――」
「彼女は、ここに残してあげた方がいいんじゃないかな? 恋人と一緒に居たいだろうし」
『―――は?』
何気なく言ったクローセスの言葉に、ほぼ全員が動きを止めた。突然変わった空気に首を傾げ、何かまずい事でも言ったのかと控え目に声を上げる。
「えーと・・・・・・違うの?」
「ち、ちち違うよ! そんなんじゃないよ!」
「いや、でも・・・・・・あ、いや、分かった、うん。違うって事は分かったからそんなに興奮しないで」
詰め寄ってくるなのはを抑え、クローセスは嘆息した。彼女に対してこの話題は止めた方がいいと認識し、クロノの方へと視線を戻す。
「ええと・・・・・・彼女も一応、この艦のクルーだからな。これからの行動についての話に加わらない訳にはいかない」
「・・・・・・そうですか」
乾いた笑みを浮かべて、溜め息を吐く。同じ苦労性の空気を感じて共感を覚えるが、さすがにここで友好を深めている場合じゃない。
「それじゃあ、付いて来てくれ」
「了解」
クロノの言葉に従い、クローセスは艦船アースラの中をゆっくりと歩いていった。
あとがき?
「あー、あー、マイクテス、マイクテス。本日もよい砲撃日和なり、と。えー、今回から始まったこの変なあとがき、作者代行としてこの俺、クライン=ゲイツマンがやってきたぞ。ここでグダグダと作者の言葉を―――メンドクサイカライイヤ」
「いきなり何投げ出してるんですかっ!?」
「おお、やって来たかクロス。いやいや、投げ出すつもりなぞ無いぞ?」
「めんどくさいって言うのは何だったんですか」
「いやいや、作者のどーでもいー話など聞いてても読者の方々はつまらんだろうし―――」
「・・・・・・(いいのかな?)」
「―――という訳で、ここは俺の独壇場という事で」
「乗っ取り宣言!?」
「はっはっは、褒めても何も出んぞ?」
「今のどこに褒めてる要素があったんですか」
「気にするな」
「―――何か毎回言ってませんか、それ?」
「だから気にするなとゆーに。とりあえず、今日は始まったばかりだし、適当にお前へのコメントでも付けておくか」
「はぁ・・・・・・」
「えー、作者コメント・・・・・・『気付いたら出来てた不幸キャラ』」
「ひどッ!? ちょ、酷過ぎません作者さん!?」
「原作(作者のサイトのオリジナル小説)の原案段階の時からいたからな、お前」
「・・・・・・クラインさんだってその頃からいたじゃないですか」
「俺は最早別キャラだ、あれは。それはそうと、不幸は気にする事はないぞ?」
「へ?」
「作者はわりかし不幸キャラが好きだからな。不幸設定のある奴は作者が気に入ってる証拠だ」
「・・・・・・・・・何か素直に喜べないような気が」
「そのおかげでこーゆー出番が出来たんだ。不幸で良かったと思っておけ」
「いや、良くは無いですけど」
「俺も弄り甲斐があるし」
「いやだから良くない・・・・・・って何か不穏当な台詞がっ!?」
「気のせいだ、っと。そろそろ疲れたな、帰るか」
「どこまでゴーイングマイウェイなんですか、アンタは・・・・・・」
「褒めるな褒めるな」
「・・・・・・・・・もうツッコミません」
「そーか。それじゃ、また次回な」
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