「ここ、だよね?」
「うん」

確認のために聞いた声が、遺跡の壁に遠く反響する。
回収ロストロギアが安置されている場所―――そこまで妨害も無く辿り着いて、なのはは小さく安堵の息を吐いた。傀儡兵たちの襲撃も無く、平和そのものである。
遺跡の最深部には宝物があるというゲームのような状況に、なのはは小さく笑みを漏らした。

「じゃあ、入ろっか」
「そうだね」

レイジングハートにトラップが無いかを確認してもらってから、二人は大きな扉を押し開けた。思いそれをいっぱいまで押し開け、中の様子を確認する。その部屋の奥に安置されていたのは、藍色の宝玉だった。慎重に魔法トラップが無いかを確認しながら、ゆっくりとその杖に近寄ってゆく。

「大丈夫・・・・・・みたいだね」
「うん。捜索指定ロストロギア・・・・・・ディープスフィア。報告の限りじゃ、特に危険は無いものだと思うけど」
「確かね・・・・・・じゃあ、戻ろっか。何か、ちょっとやな予感がするの」

そう呟き、なのはは辺りに視線を廻らせた。あるのはただ静かな遺跡の壁―――ただ静かな空気だけが、そこに流れている。なのはの言葉に、そしてその静けさに不安を覚え、フェイトも軽く表情を曇らせた。

「うん・・・・・・エイミィ、ここに転送ポート開ける?」
『問題ないよ〜! ただ、ちょっと遠いからセットまで時間がかかるよ?』
「うん、大丈夫」

念話によって流れてきた陽気な声が、重い空気を僅かに押し流してくれた。それに小さく笑って、転送ポートが開くのを待つ。
―――と。

「あら、ま。先越されちゃったか」
『―――っ!?』

突如として聞こえてきた声に、二人は反射的に身構えた。警戒してデバイスを向けた先―――この部屋の入り口に、一人の女性が立っている。

「リーゼロッテ、さん?」
「誰それ?」

思わず間違えるほど、その女性の姿はかつて見た使い魔の姿に似ていた。ただ、その髪も、瞳も―――全て凍った海を思わせる蒼い色に彩られている。

「ふぅ・・・・・・運が悪い子達ね、君達は」
「どういう、事ですか」
「私が来るのが先だったら・・・・・・死なずに済んだのに」

口元に浮かぶのは、凄惨な笑み。二人は反射的に、元々立っていた場所から飛び離れた。それとほぼ同時、二人がいた場所でガラスの砕けるような音が響く。

「これは、氷!?」
「―――ッ! バルディッシュ!」
『Yes, sir. Haken form, drive ignition.』
「レイジングハート!」
『Accel mode, drive ignition.』

互いにデバイスをセットし、二人は頭を戦闘モードに切り替えた。それぞれの武器を構えて、蒼い女性と対峙する。

「―――公務執行妨害、および殺人未遂の現行犯で、逮捕します」
「投降してください、今なら―――」
「へぇ」

投降を呼びかけたなのはの言葉は、笑みを浮かべた女性の声に遮られた。その顔に浮かんでいるのは先ほどの笑みとはまた違う―――言うならば、好奇心のようなもの。

「変わった武器ね? 君達の世界では、そういうのが主流なのかしら?」
「投降の意思は・・・・・・」
「あるわけ―――」

刹那、女性の姿が掻き消える。悪寒を感じるその前に、バルディッシュが己の意思で魔法を発動させた。

『Defenser Plus.』
「―――無いじゃない」
「なっ!?」

バルディッシュの自動防御に、氷の爪を生やした女性の手が突き刺さる。
―――思わず、戦慄した。二人は彼女の動きに全く反応できなかったのだ。

「勝手に防御、か。中々優秀じゃない?」
「このっ!」

フェイトがハーケンの刃で彼女のいた場所を薙ぎ払う―――だがその時には、既に彼女は元いた場所まで戻っていた。至近距離であったのに、その動きを目で追えていない。

「く・・・・・・なのは、気をつけて」
「フェイトちゃんもね」

冷や汗を浮かべつつ、硬い笑みを交わす。正体不明の氷使い―――この相手は、あのヴォルケンリッターたちよりも、明らかに強い。

「面白い武器ね・・・・・・気に入ったわ。少し遊んであげる」

爪のような氷が砕け、その手の中に新たに剣の形をした氷が現れる。
対峙する三人はそれぞれの武器を構え、張り詰めた空気の中へと飛び出した。


 * * * * *


アースラのオペレーティングルームは、正体不明の敵の登場に騒然となっていた。ある者は慌しく動き回り、ある者は画面の中の二人を祈るような視線で見詰める。
そんな中、クロノは高速でボードに指を走らせるエイミィに、半ば怒鳴り声のような声で指示を飛ばしていた。

「エイミィ! あいつのデータは!?」
「過去のデータベースには無し! アンノウンだよ!」
「くッ! 二人の回収は!?」
「今やってるけど・・・・・・動きが速すぎて二人を捕捉出来ない! 一帯を転移させたら敵まで一緒にここに来ちゃう!」

ないない尽くしの状況に、リンディは思わず拳を握り締める。戦況はどう見ても良くない―――と言うよりは、むしろ一方的だった。音声を拾っていたら、自分と言えども自制を失って飛び出していたかもしれない。

「なのは・・・・・・っ」

画面の中でいたぶられて行くなのはに、ユーノは思わず唇を噛んだ。
―――悔しい。許せない。そんな思いが体の中を駆け巡る。

「ダメだッ! 艦長! 僕に出撃許可を―――」
「無駄だよ」
「!?」

その声を上げたのは、無言で画面に見入っていたクローセスだった。表情のない、能面のような視線で画面の中の戦いを見詰めている。その表情のまま、彼は言い放った。

「君が行っても無駄だ。死体が二人から三人に増えるだけだよ」
「―――ッ!! 何だと!?」

胸倉を掴み上げられて、それでもクローセスは表情を変えなかった。映されるだけで何も映さない空色の瞳―――それを至近で覗き込んで、クロノは叫ぼうとしていた罵声を見失った。
―――その下の、煮えくり返るような怒りと殺意に気付いてしまったから。

「―――僕が出る。あいつが使ってるのは魔導・・・・・・僕の世界の魔法だ。なら、あれは僕の敵だ」
「な・・・に・・・・・・?」
「僕の言葉を信じる信じないは君達の勝手だ・・・・・・けど、ここで僕を行かせなければ、あの二人は確実に死ぬ。どうしますか、リンディさん?」

胸倉を掴むクロノの手を振り払い、クローセスはリンディの姿を見上げた。その無表情の下の感情に気付いたのか、彼女から返ってきた答えは、肯定だった。

「・・・・・・分かりました。今この時点より、あなたを民間協力者の魔導師として認定します。出撃し、高町なのは、フェイト・テスタロッサの両名を救出してください」
「了解しました―――クリア!」

掌を上に向け、叫ぶ。その手の中に、アースラの中で保管されていたはずのクリアスゼロが現れた。転送ポートへと走り、その中に立つ。と、そこに別の声が上がった。

「リンディさん、僕も行かせてください!」
「ユーノ君?」
「二人の治癒と転送の役に立てます!」

ユーノの叫びに、クローセスは思わず目を見開いた。言葉の中に含まれた想いに気付き、その口元に小さく笑みを浮かべる。

「・・・・・・いいでしょう、同行を認めます。よろしいですか?」
「はい」
「分かりました。それと、これは私からの餞別です」
「え・・・・・・わっ!?」

近寄ったリンディがクローセスの肩に触れる。瞬間、彼が来ていた局員の服は、一瞬で元々着ていた服へと―――いや、それを模したバリアジャケットへと変化していた。

「これは・・・・・・」
「私の魔力で作ったバリアジャケットです。多少はあなたを護ってくれるでしょう・・・・・・二人の事、頼みますよ」
「―――はい」

笑みを戻し、クローセスは頷いた。ユーノと並んでポートに入り、転送を待つ。
―――リンディ、クロノ、エイミィの視線を受けながら、二人の姿は消え去った。


 * * * * *


『Accel Shooter.』
「シュートッ!!」

飛び出した十条の誘導魔法弾が空を裂き、蒼い女性へと殺到する。踊る魔力を、しかし彼女は最小の動作だけで躱し、再び高速で接近してきた。ようやく動きに慣れてきた目でも、なお残像を残すほどの速さでしか映らないその動きは、想像以上になのはの精神を追い詰めていた。

「はああああッ!!」
『Haken Slash.』

既にソニックフォームとなったフェイトが、高速でハーケンの刃を振るう。完全に捉えた―――そう思われた攻撃は、しかし再び空を切る。一瞬その動きを見失い、肩に乗った軽い重みに、フェイトは背筋を凍らせた。

「まーだ追い切れないの?」
「なっ・・・・・・ぐッ!?」

突如として入った横からの衝撃に、フェイトはなすすべなく吹き飛ばされた。壁に叩きつけられて肺の空気を強制的に排出させられ、思わず大きく咳き込む。自分が蹴り飛ばされたのだと理解したのは、咳がようやく収まった頃だった。この間に追撃が来なかったのは、他でもない、なのはの魔法のおかげである。

「邪魔ね、この球・・・・・・」

青い女性が手を振る。発生した無数の氷の弾丸が、宙を舞うアクセルシューターの大半を消し飛ばした。弾丸の操作性はともかく、速度は並みのものではない。あまりの速さに特化したその性能に、なのはは思わずアクセルシューターの統制を失っていた。
消え去る桜色の弾丸の中で、氷の女王は冷たく微笑む。

「ミドル、ロングの火砲支援・・・・・・君を先に、潰しておこうかしら」
「―――っ!!」

息が詰まるほどの威圧感に、知らず足が後退する。不屈を冠するなのはの心は、この時初めて敵を前にする恐怖を感じていた。
―――来る。
半ば勘で、なのははその身を深く沈めていた。

『Flash Impact.』

己が持つ、唯一の近接魔法。なのはは身を屈めると同時に、身体を回転させてレイジングハートで周囲を薙ぎ払っていた。頭の上を何かが通り過ぎるような感覚と同時に、レイジングハートが何かに衝突する。込められた魔力が光を放って爆裂し、その衝撃に乗ってなのはは大きく後退した。

とつ。

感じられたのは、そんな音だった。次に感じたのは鋭い痛み。震える視線で左肩を見れば、そこから紅い液体で濡れた氷の爪が生えていた。

「あ、あ・・・・・・」
「反応は悪くなかったけど、後が続かないわね」

白いバリアジャケットが、徐々に紅く染まってゆく。悲鳴も上げられず、現実感のない光景に痛みを感じる事も忘れる。
―――ああ、刺されたんだ。
そんな事をのろまな脳が理解したのは、透明な爪が肩から引き抜かれた時だった。

「でも、中々面白かったわよ? 他にも何か見せてくれないの?」
「あ、ああああああああああああッ!!」

口から出たのは返答ではなく、絶叫。リンカーコアを抜かれた時以上の激痛に、なのはは声を上げる事しか出来ていなかった。顔をしかめた女性の姿が、再び消える。

「それとも・・・・・・もっと痛めつければ何か見せてくれるかしら?」

そして再び、痛み。背中を、腕を、足を―――何度も往復しながら、彼女の爪がなのはを浅く裂いてゆく。痛みは単なる灼熱に変わり、自分が立っているのかどうかすらも曖昧になり―――なのはが認識できたのは、自分の親友の叫び声だけだった。

「なのはから・・・離れろ――――ッ!!!」

バルディッシュを構えたフェイトが、駆ける。それを見た女性は、笑みを浮かべてなのはから離れた。レイジングハートに身体を預けて何とか立っているなのはの姿に、フェイトの怒りはさらに燃え上がる。

「プラズマランサー・・・・・・!」
『Fire.』

飛び出した雷の槍は女性へ殺到する。そして彼女の姿が消えた瞬間―――

「ターン!」

その八本の雷の槍を、フェイトは文字通り四方八方に拡散させた。当たらないまでも、一瞬動きを止められれば―――

「残念、死角があるわよ」
「が―――はッ!?」

刹那、フェイトはそのまま地面に叩きつけられた。起き上がろうともがく前に、伸びてきた手がその胸倉を掴み上げる。

「あの白い子の方には槍を飛ばしてなかったわ。読み易いわね」

あばらにひび、と客観的に判断する。魔力はともかく体力は、既に戦える状態ではなかった。女性は楽しそうに笑むと、フェイトの身体を振りかぶり、なのはへと思い切り投げつけた。速度を制御するも殺しきれず、そのまま衝突して地面に倒れてしまう。倒れた二人の手からはデバイスも離れ、もう動けなかった。

「あんまり強くなかったけど・・・・・・まあ、割と面白かったわ」

くすくすと、女性は笑む。手を振り上げると―――宙に、十三本の氷の槍が生まれた。

「その武器は私が貰ってあげる・・・・・・安心して死になさい」

一本一本が人を殺し得る攻撃。それを見上げ、なのははそれでもレイジングハートに手を伸ばしていた。

(諦めたくない・・・・・・)

夢に向かって歩き出す、まだその一歩も踏み出せていない。魔法の力で誰かを助けたいと、そう決めたのに。

(負けたくない・・・・・・)

どれだけ辛くても、どれだけ傷ついても絶対に退かないと―――ユーノやフェイトと出会ったあの事件の時に、そう決めたのに。

(死にたくない・・・・・・)

死んだらもう、夢を追うことは出来ない。皆に会えない。

(ユーノ君に・・・・・・会えない)

歯を食いしばる。手を伸ばす。それでも氷の刃は解き放たれ―――

「―――ラウンドシールドッ!!」

翡翠に輝く魔法の盾に、受け止められた。もう見慣れた優しい色の魔力―――それが誰かは、考えるまでもなかった。紅い服の少年の横に立つ、見慣れたベージュのマント。

(・・・・・・来て、くれた)

それだけでもう、なのはの心は温かい光に満たされていた。







あとがき?



「ええと、何よりもまず、なのはファンとフェイトファンの皆さん、済みません。こんな一方的な戦闘させてしまって・・・・・・」

「相手が悪かったな」

「黙っててください。えー、実際には、二人の傷はそれほど大した事はありません。なのはは肩の傷以外は皮を裂かれていた感じだし、フェイトもあばらのひび以外は重傷と呼べるものはありません」

「まあそれでも、子供の精神に耐え切れるようなもんじゃないがな」

「兄さんが戦い方を学び始めた頃の年齢ですしね、二人とも・・・・・・」

「そーだな。可愛げの無いガキだったが・・・・・・」

「だから黙っててください。ええと、もちろん作者さんは二人の事を嫌ったりはしていません。むしろ、二人ともかなり気に入ったキャラみたいです。けど―――」

「それ以上に、ユーノの事を気に入ってるみたいだからな。出番と活躍の場面を作りたいが為の結果だろ」

「確かに・・・・・・」

「作者のストライクポイントは、『不幸&片想い』なキャラだからな。本人曰く、『まさか男キャラでも適応される日が来るとは思わなかった』らしい。ちなみに男キャラのストライクポイントは『ニヒルなダークヒーロー』だ」

「こんな所で趣味公開しなくても」

「まー、作者の好きなキャラに根暗な溜め込み型キャラが多いのは変わらんしな」

「・・・・・・ええと、という訳で、次回はユーノがちょっとだけ活躍します。無論その他は僕が戦闘することになりますが・・・・・・ユーノファンの人は、ぜひ見てみてください」

「多いのか少ないのか分かりにくいファン層だな」

「割といると思いますけど・・・・・・」

「かもな」

「・・・・・・適当ですね・・・・・・えー、それでは、次回にお会いしましょう」






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