傷つき、倒れた二人を見て、ユーノがまず感じたのは思わず我を忘れかけるほどの怒りだった。しかしあの蒼い女は、まだ攻撃をやめようとしない。
―――ふざけるな。
怒りに腹の底が煮えくり返る。二人が敗れた時点で自分の勝機は皆無―――そんな事、頭の片隅にも浮かばなかった。

「―――ラウンドシールドッ!!」

気がついた時にはもう盾を展開して、女性の氷を受け止めていた。つくづく命知らずな行為だと頭のどこかの部分が告げているが、そんな事はどうでも良い。二人を、なのはを傷つけたのだ。それだけで、自分の戦う理由は事足りる。

「・・・・・・ユーノ、二人を」
「分かった」
「そうだ、後これ」

クローセスが手渡した宝玉を見て、ユーノは首を傾げた。魔力の結晶体である事は分かるが、それほど純度が高いわけではない。

「治癒のエレメント。使い捨てだけど、魔力を込めるだけで傷を癒してくれる」
「―――! 分かった、使わせてもらうよ」

ありがたく受け取り、ユーノは倒れた二人に駆け寄った。弱々しい視線で見上げてくるなのはの手を握り、静かに言霊を紡ぐ。

「妙なる響き、光となれ・・・・・・癒しの円のその内に、鋼の守りを与え給え―――ラウンドガーダー・エクステンド」

己が使える中でも、かなり高位に属する結界魔法。防御、治癒、魔力回復を併用した魔法は負担も大きいが、そんな事は気にならなかった。徐々に癒えて行く二人に対し、さらに翠の宝玉を握り締める。

「お願いだ、二人を―――」

言われた通りに、ユーノは宝玉に魔力を込めた。途端に光が溢れ出し、手の中で宝玉が割れた手触りを感じる。光は徐々に二人の体の中に消え―――気付けば、二人の傷は完全に消え去っていた。驚いた表情で、二人がその場から身を起こす。

「大丈夫、二人とも?」
「う、ん・・・・・・何とか」
「・・・・・・・・・」
「なのは?」

ユーノの口調はいつも通り、ただ案じる優しいものだった。そしてその声は―――なのはの中で張り詰めていたものを、崩してしまった。抑えていた恐怖が溢れ出し、なのはは思わず、目の前の相手に抱きついていた。

「―――!!?? な、なのはぁっ!?」
「・・・・・・ッ、ぅ・・・・・・遅い、よぉ・・・っ」

抱きつかれた時と嗚咽が聞こえて来た時、ユーノは二度に渡って体を強張らせた。一度目は緊張で、二度目は驚きで。高町なのはという女の子は、自分の前で弱さを見せた事がなかったから。

(―――何て馬鹿なんだ、僕は)

どんなに強い心を持っていても、彼女はまだ九歳の女の子なのだ。今回ほどの差し迫った命の危険など感じた事もないし、そんなものに耐え切れる謂われも無い。それを理解して、ユーノは目を閉じて優しくなのはの頭を撫でた。

「うん、ゴメン・・・・・・もっと早く来てればよかったのに」
「・・・・・・っ、えくっ・・・・・・ふぇ・・・・・・」

必死に抑えられた嗚咽に、肩口を濡らす涙の冷たさに、ユーノは再び怒りが燃え上がってくるのを感じた。なのはをこんな目に遭わせた相手を、許せないと。
―――刹那、結界の真上で、氷の砕ける音が響いた。

「相変わらず空気の読めない奴だな、君はッ!!」

同時に、クローセスの声。その言葉に引っかかりを感じて、ユーノは結界の前に着地したクローセスに視線を向けた。それとほぼ同時に、彼と対峙するように蒼い女性も着地する。

「何者かしら、君? 会った事なんてある?」
「ずいぶんな言い草だな、シアシスティーナ」

指に投擲用ナイフを挟み、声には殺意を込め、クローセスはその女性の名を呼んだ。シアシスティーナは動きを止め―――やがて、その身体を揺らしだす。
―――嗤っているのだ。

「そう、貴方ね。ずいぶんと可愛らしい姿じゃない、ガルディアラス?」
「僕はガルディアラスじゃない」
「同じでしょ? だったら、どっちでもいいじゃない」
「―――その名には意味がある。少なくとも、君が気安く呼んでいいものじゃない」

チリチリと肌を焼く殺気の中で、蒼い瞳とブラウンに変化した瞳が睨み合う。先にその相好を崩したのは、蒼い瞳の方だった。

「ふぅ・・・・・・分かったわ、可愛い狼君。前に会ったのはどれ位前かしら?」
「二年前だね・・・・・・でも、分からないな」

クローセスの瞳が、鋭くなる。幾分穏やかな口調とは裏腹に、その中に秘められた殺意は尋常な物ではなかった。

「―――君は二年前、確かに兄さんに殺されたはずだけど?」
「でも、私はここにいる。ブレイズィアスの攻撃から逃れてね」

ブレイズィアスという単語にクローセスの眉が一瞬跳ねるが、彼はそれを黙殺した。小さく嘲笑う笑みを浮かべ、シアシスティーナに向ける。

「逃れた、ね。二年でもその程度にしか魔力が回復してないのにかい?」

ピクリ、とシアシスティーナの笑みに亀裂が入る。しかし彼女もそれを黙殺し、結果として二人の間の空気の軋みはさらに大きく悪化していった。





『―――クロス』
『ああ、準備は出来たかい?』
『うん。いつでもいいよ』
『じゃあ―――始めて』

先ほど教わった念話でコンタクトを取り、クローセスは表に出さず小さく笑った。同時に、辺りにいくつも翠の魔法陣が浮かび始める。

「連装式―――」

完成した魔法陣は十。そこから、それぞれ八本ずつの鎖が伸びた。

「―――チェーンバインド!」

計八十本の鎖が縦横無尽に走り、部屋を埋め尽くそうと駆ける。それを確認して、クローセスは最後の言葉を言い放った。

「それとも元々そんなものだったかな? 第四階梯の出来損ないは」
「――――ッ!!!」

瞬間、シアシスティーナの顔が憤怒に歪んだ。怒りと憎悪を撒き散らし、彼女は鎖で分けられた視界の中の最も近いルートで走り、クローセスに向かって爪を突き出した。クローセスの頭蓋を貫こうと爪は真正面から―――

―――止まった。

「・・・・・・レストリクトロック」
「ナイスだ、ユーノ」

設置型バインドにつかまったシアシスティーナの腕が、その場で静止する。驚愕に表情を歪めた彼女の腹部に向け、クローセスは腰溜めに構えた拳を突き出した。

「《牙狼拳》」

暴風のような衝撃波を撒き散らし、クローセスの拳はシアシスティーナに命中した。衝撃にバインドが砕け、彼女の身体は吹き飛んだ。そのまま反対側の壁に激突し、大きく壁にひびを入れる。己の拳を見詰め、クローセスは苦笑した。

「反応速度だけは流石だね。殺すつもりで撃ったんだけど」

床と拳についた氷の破片―――そして、尚も立っているシアシスティーナに笑みを浮かべる。俯いた彼女は―――その口から、壊れたオルゴールのように笑みを漏らし始めた。

「ふ、ふふふふ・・・はははははははははははははははははははははは―――いいわよ、殺してあげるわガルディアラスッ!」
「―――そうかい? それはちょうど良かった」

クローセスの顔に浮かぶのは、殺意の混じった不敵な笑み。

「僕も・・・・・・君の事をずっと殺したかったんだ」

軋む空気の中、二人の姿は掻き消えた。刹那の時も空けず、二人の姿はその中間地点に現れる。衝撃を纏う拳と氷の爪がぶつかり合い、重い響きを走らせた。





「クロス・・・・・・」

現れては消える二人の姿を目で追いながら、ユーノは体を強張らせてそう呟いた。人が変わったような彼の態度も気になったのだが、それ以前にユーノは彼から告げられた、二人を救出したらすぐに戻れとの言葉を考えていた。

確かに、こんな戦闘では自分が役に立つ事はできない。出来る事はせいぜい、なのはたちを無事にアースラに転送するだけ。実際、既にアースラに向かって詳しい座標は送信してある。だが―――自分達に意識を向けさせないためにあそこまでしたクローセスを置いて行く事が、大きな引っ掛かりとなってユーノを悩ませていたのだ。

『―――ユーノ君、セット完了したよ!』
「―――」

逡巡する。果たして、彼を置いて行っていいのか―――刹那、頭の中にクローセスの声が響いた。

『ユーノ、早く行け! こいつが君たちの事を忘れてるうちに!』
『っ、でも―――』
『いくらなんでも、君達を護りながらじゃ戦えない! 戦いに集中させてくれ!』

クローセスの声の中に、先ほどまで見せていたような余裕の色は無い。切羽詰った声の中には、本当の命の危険が感じられた。

『―――行けッ!』
『ッ!! エイミィさん、長距離転送、行きます!』
『了解!』

先ほどまでマルチタスクで作り上げておいた魔法を起動し、展開する。翡翠の魔方陣は癒しの結界ごと三人を包み込んだ。

「長距離転送!」

アースラの転送に合わせ、転移魔法が発動する。三人の姿が一瞬で消え去り、後を追うように半球状の結界も消滅した。確認したクローセスは、シアシスティーナから一旦距離をとって息を吐いた。

「―――眼術拡張、《瞬狼眼》臨界発動・・・・・・発動率、九十パーセント」

瞳のブラウンが深くなる。己が眼術、《瞬狼眼》を制御ギリギリまで力を引き出し、クローセスは再び駆けた。《瞬狼眼》の強化点は身体能力と動体視力。その爆発的な上昇により、超高速戦闘を可能にしているのだ。
だが、同時にそれは諸刃の剣にも成り得る。身体強度を高められないこの眼術で、体の限界を超えた速度を出し続ければ―――

(―――それでも)

拳を握り締め、クローセスは呟いた。

「許せない相手は許せない・・・・・・これまでも、これからも、絶対に」

強く地面を蹴り、さらに天井を蹴る。多角的な軌道でクローセスはシアシスティーナの頭上に蹴りを落とした。頭を落として躱されるが、蹴りによって生まれた回転エネルギーを着地してもそのままに、クローセスは拳の一撃にその勢いを利用した。

「おおおッ!」
「はああッ!」

氷と衝撃が、再び真っ向からぶつかる。砕け散った氷は光を反射し―――その動きが、空中で止まった。

「―――ッ!!」
「気に入らないのよ、その目が! 人間の癖に!」

氷は砕けてなお、シアシスティーナの制御から離れていなかった。弾丸のように飛び出した氷を躱すが、その内一つが脇腹を掠る。痛みに顔をしかめて、クローセスは叫んだ。

「炎よ!」

ベルトにつけた紅いエレメントが輝く。周囲に放たれた炎は氷をそのまま蒸発させ、さらに収束してクローセスの拳にまとわりつく。

「―――その人間に殺されたのは、誰だッ!」

炎と衝撃の二つを纏い、クローセスは床を砕く勢いで駆けた。迎撃に来る氷の刃を、ほとんど地面に着くような低姿勢で躱す。そしてそのまま、魔力の凝縮した拳をシアシスティーナに叩きつけた。高度に制御された魔力はバックファイアを起こす事無く、その破壊力を存分に伝える。
弾き飛ばされたシアシスティーナは、その全身に軽い火傷を負っていた。

「―――ッ、そうね、人間じゃなかったわ。人間にも古代魔導族にもなりきれない中途半端な化け物・・・・・・それが貴方達だったわね!」
「否定はしない―――けど、お前達に言われるほど、腐った覚えは無いッ!!」

シアシスティーナの姿が掻き消える。だが、今のクローセスにその動きを追えない訳が無い。蹴りを左腕で受け止め、その脇腹に拳を叩き込む。そして―――

「駆けろッ!」

シングルアクションで取り出した投擲用ナイフを、衝撃波と共に投げつけた。流星のごとく宙を駆けたナイフは、拳の一撃で弾き飛ばされたシアシスティーナに殺到し―――現れた氷の刃に、弾き飛ばされた。同時に、悪寒を感じて身を捩る。

「づッ!?」

背中を裂いて、氷の槍が通り抜ける。痛みは無視し、クローセスは格闘用ナイフを抜いた。雨のように降り注ぐ氷の刃を掻い潜り、逆手に構えたナイフで敵の腕を斬り付ける。そして、反転。手の中でナイフは順手に変わり、返す刃で首を狙う―――が、それは氷の盾に受け止められた。見れば、腕の方にも傷はついていない。

「死になさい!」
「ッ!」

振り下ろされた左の爪をナイフで受け止め、発した衝撃波で粉微塵に砕く。すり抜けた腕が勢いを反転する前に、クローセスは掌底を突き出した。が、それは間に合った左腕で防御される。ただ、その衝撃波が内臓まで徹った感触はあった。

―――が、そのダメージを無視して、シアシスティーナはクローセスの腕を掴んだ。本気で握り締められた腕の、骨が軋んで悲鳴を上げる。

「くッ!」

クローセスは右手のナイフを手放し、取り出したスローイングダガーを手首のスナップだけで彼女の腕と太ももに投擲した。一瞬で、しかも死角で行われた動作に反応できず、ナイフは二本ともシアシスティーナの身体に命中する。爆ぜた衝撃が肉を抉り、血飛沫を撒き散らした。

「―――っこ、のおッ!!」

だが、反撃は手痛いものとなった。手を離した瞬間に離脱しようとするが、それより僅かに早く右手の爪がクローセスの胸を斬り裂く。肺には届いていないものの、それなりに深い傷にクローセスは舌打ちした。掴まれた左腕も、下手をすればひびが入っているかもしれない。

「・・・・・・無様ね、ガルディアラス」
「人の事言えないな、シアシスティーナ」

傷自体は、こちらのほうが重傷である。だが―――

「この身体になってまだ慣らしもしてないからね・・・・・・正直、違和感だらけだ。それでも僕を殺せてないんだから・・・・・・君も、随分衰えたものだね」
「―――――」

チリチリと、殺気の密度が上がる。クローセスは再びもう一本の格闘用ナイフを構え、シアシスティーナの手には氷の爪が生まれる。

数瞬か、あるいは数秒か―――その間張り詰めていた空気は、突然瓦解した。シアシスティーナが、突然その構えを解く。

「―――興が醒めたわ。帰る」
「逃げるのかい、シアシスティーナ?」
「立つのが精一杯の分際でよく言うわね、ガルディアラス? このまま続けていれば私が勝っていた事くらい、貴方は理解しているでしょう? 精々、私に感謝する事ね」
「・・・・・・・・・・・・」

シアシスティーナの口元に浮かんだ笑みに、クローセスは彼女が退く理由が興のせいなどではない事に気付いた。

―――クローセスに屈辱を与える、ただそれだけのために。

「また会いましょう、可愛い狼君? それまで、精々生を謳歌してなさい」

ナイフを構え、走る。一瞬で距離を詰め、その切っ先を彼女の胸に突き立てる―――その一瞬前に、彼女の姿はこの場から消え去っていた。空を切った切っ先を見詰め、呻く。

「・・・・・・く、そ」

復讐を、護れなかった人の仇を取れなかった―――血を失いすぎたせいか朦朧とする意識の中で、クローセスは半ば無意識に眼術を解いた。それによる体のダメージも相まってか、出血が納まる様子は無い。

(別に・・・・・・このぐらいなら、問題ないか・・・・・・)

意識を失える程度でも、はたまた自由に動き回れる程度でもない。しかし、自分の魔力で傷を癒すのも億劫だった。苦笑しつつ、その場に膝を着く。座り込んだまま、クローセスは静かにアースラに回収されるのを待った。

戻ればきっと医務室に叩き込まれて、傷を癒されて、それからまた取調べになるだろう。医務室の辺りで寝てしまおうかと考えながら、クローセスは静かに、石造りの天井を見上げていた。







あとがき?



「作者の友人から勝手に子安ボイスに決定されたクライン=ゲイツマンの登場だ。さあ、脳内再生しろ」

「いきなり訳分かりませんよっ!?」

「冗談を真に受けるな、クロス・・・・・・まあ八割本気だが」

「・・・・・・どこが冗談だったんですか?」

「『勝手に』の所だな」

「・・・・・・・・・一応聞いておきますが、何でですか?」

「作者の奴も同意したから」

「・・・・・・・・・・・・もうその手の話はスルーしますので」

「むしろ、今までしなかったほうが不思議だったな」

「あー言えばこー言う・・・・・・ええと、失礼しました。本当にちょっとだけでしたが、ユーノの活躍、いかがでしたか?」

「勝手に魔法作ってたな。いいのか? 十個も魔法陣用意できるのか、あいつ?」

「作者さんの解釈では、術式構成の緻密さはユーノが全てのキャラクターの中で最も高いと思ってるみたいですから。まあ、なのはでもそうそう破れない防御を簡単に張るんですから、あながち間違っていないと思いますけど」

「ふむ・・・・・・まぁ、才能不足って訳でもないみたいだがな」

「デバイスなしで、高速で術式を編めて、しかも精密・・・・・・本来なら天才だったんでしょうけど」

「だな。だがまぁ、作者に気に入られた以上、これからバトルなしという訳にはいかんだろう」

「ですね。その内デバイスを持たせるかもしれませんね」

「・・・・・・まぁ、ネタは被らんように注意させとこう」

「それは・・・・・・まぁ・・・・・・・・・」

「ま、その前にお前のデバイスだな。クリアスゼロがどんなデバイスになるか」

「はい。とはいえ、次回はまだですが」

「そーだな、次回の見所は・・・・・・クロスの持論と決意、といった所か」

「あはは・・・・・・そ、それではまた次回」






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