「・・・・・・・・・・・・」
「あは、あはははは・・・・・・」

時空管理局本局の大食堂、そこの席の一つに座りながら、クローセスはひたすら他のメンバーが食事を取ってくるのを待っていた。
なのはたちの世界では土曜日といって学校が半分しかない日らしく、今日はまだ昼食を取っていなかったらしい。そのため皆で一緒にどうかという話になったのだが―――

(何で皆人気のメニューに並ぶんだ・・・・・・)

混雑を避けてとりあえず簡単なものを選んだクローセスは、すぐに料理を受け取り席で待っていたのだが―――そこに来たのが、同じく混雑を避けていたフェイトだったのだ。今現在、クローセスはフェイトの一方的な視線に晒されていた。

(いや、そりゃ模擬戦の相手を取っちゃってしかも勝っちゃったのは悪かったかもしれないけど・・・・・・・・・)

とは言ってもよくよく考えれば自分は何も悪くないような気がするのだが、生憎それを口に出す勇気は存在していなかった。フェイトの紅い瞳は、クローセスの事を観察するようにじっと見詰めてきている。

(―――観察するように?)

ふと違和感に気付いて、クローセスはフェイトの視線に自分の視線を合わせた。今までのような、若干敵意の混じったものは感じず、どちらかといえばタイミングを掴みあぐねているような、そんな視線だったのだ。
その証拠と言えるかどうかは分からないが、フェイトは視線を合わせても今までのようにすぐさま逸らしたりはせず、一瞬驚いたような表情を見せてから控え目に視線を外した。

「ええと・・・・・・何か、話したい事とかあるのかな?」
「―――!?」

驚いた表情で、フェイトが視線を戻す。自分で気付いていなかったのか。
しばらくフェイトは黙っていたが、やがておずおずと口を開いた。

「え、えと・・・・・・あの、シグナムは強かった?」
「あ、うん。あの時本気になってなければ、多分負けてたと思うよ」
「じゃあ・・・・・・本気なら絶対に勝てる自信はある?」
「絶対とは言わないけど、それでも結構自信はあるかな。シグナムさんが僕の最大速度を捉えられるなら、それも危ういけど」

とはいえ、最後に肉薄したときにはシグナムはこちらに視線を向けることはできていなかった。反応しきれなかったのか、それとも攻撃の着弾地点に気を取られすぎていたのか。

「そうなんだ・・・・・・」
「えーと・・・フェイト?」

クローセスの言葉を受けて、フェイトは視線を俯かせてぶつぶつと何事かを呟いている。何事かと顔を近付けた時、フェイトはばっと視線を上げた。そのままがしりとクローセスの手を掴み、興奮気味に声を上げてくる。

「あ、あの!」
「はい!? 何でしょうか!?」

いきなりの事に驚いて思わずクローセスも、しかも何故か敬語で大声で答えていた。しかしフェイトはそんな事は気にせず、そのまま大声で声を上げた。

「わ、私を弟子にしてください!」
「―――は?」

一瞬理解できず、目を点にして聞き返す。そのまま脳内で今の言葉を何度か反芻して、クローセスはようやくその意味に行き着いた。

「で、弟子?」
「はい!」
「ええと・・・・・・何で?」
「私と同じ高速戦闘の技能を持ってて、しかもシグナムより強いからです!」
(いいのか、そんなので・・・・・・)

この前の戦闘から見たところ、フェイトの戦闘技能は距離を選ばないオールラウンダーのはずである。接近戦しか出来ないクローセスに学ぶ事はあまり無いと思うのだが。
とりあえず握られている手を離し、クローセスは息を吐いて心を落ち着けた。

「えーと、とりあえず敬語は止めてね。いつも通りで」
「あ、うん」
「それで、弟子の件なんだけど・・・・・・正直、僕も何かを教えられるほどには強くない。今まで―――と言うか、今も教えられる側だからね」
「クロスが・・・・・・?」
「うん。僕の上官・・・・・・兄さんは、僕と他に二人部下を持ってるんだけど、その三人で挑んでも一度も勝てた事がない」
「!!?」

クローセスの言葉に、フェイトの表情は完全に驚愕で染まった。とはいえ、これは紛れも無い事実である。

「部下三人はそれぞれタイプが違うけど、皆負けず劣らずの実力だよ。つまり、兄さんは僕の三倍以上は強いって事になるね。だからまあ、教えられる事なんて多くないと思うけど」
「やっぱり、ダメなの・・・・・・?」

不安そうに、フェイトが表情を曇らせる。その様子に、クローセスは小さく苦笑した。

「―――でも、それでもいいって言うんなら、教えられる事は教えるよ」
「え、あ・・・・・・ほ、ホントっ!?」
「うん、ホント」

表情を輝かせたフェイトに再び苦笑しつつ、クローセスは安堵の息を吐いた。この前からどうにも嫌われていたような気がしてならなかったのだが、それも解消されたらしい。

「まあ、ほんとに僕が教えられる事は少ないと思うけどね・・・・・・高速戦闘するのに武器が大型って言うのは、正直今まで見た事ないタイプだから」
「う・・・・・・」
「バルディッシュは斧と大鎌、だよね」
「あと大剣のザンバーフォームもあるけど」
「・・・・・・斬馬刀・・・・・・? また渋いというか巨大というか・・・・・・」

巨大な大剣を振るフェイトの姿を想像して、クローセスは思わず乾いた笑みを浮かべた。自分の身長より巨大な武器を振るうフェイトは、むしろ振り回されているという印象すら受けそうな気がする。

「もしかして、ダメなのかな?」
「うーん・・・・・・まあ、それでも高速移動が出来るんだから問題は無いと思うけど・・・・・・それで教えるとしたら気配の消し方とか、魔力の隠蔽のやり方とかしかないかなぁ・・・・・・」
「―――テスタロッサがお前の身隠しを覚えるのか。それはそれで面白そうだ」
「シグナム!?」
「傷の方は大丈夫ですか、シグナムさん?」

いつの間にか近寄ってきていたシグナムに、フェイトが驚愕の視線を向ける。無論、クローセスは当に接近に気付いていたのだが。

「ああ、痣にはなったがすぐに消えるだろう・・・・・・しかし、お前には気付かれたか。気配は消せるだけ消していたのだがな」
「気配の断絶を覚えると、自分でも気配に敏感になるんですよね。そのおかげで、侵入任務とかではいつも先行させられました」
「気付けなかった・・・・・・」
「あはは・・・・・・まぁ、まだしょうがないよ」

フェイトの戦闘技術は、体が完成していない部分もあって、まだまだほとんどが魔法に頼っている。あくまでも身体を鍛える事から始める騎士とは、全く違う方面に進んでいるのだ。

「一朝一夕でどうにかなるものじゃないけど・・・・・・きっと、フェイトなら大丈夫だと思うよ」
「うん・・・・・・頑張るよ」
「ふ・・・・・・再戦が楽しみだな、テスタロッサ」
「はい、絶対に強くなります」

笑みを交し合う二人に、クローセスは既視感を覚えて小さく嘆息した。騎士団にも、身近な所にこのような二人がいた事をぼんやりと思い出す。
―――その二人の近くで訓練をしていて、流れ弾に当たりかけたのは・・・・・・それもまたいい思い出なのだろう。きっと、多分。

「戦いの中の友情っちゅーと、二人とも男の子みたいやなぁ」
「あ・・・・・・はやて、だったよね?」
「おー、覚えとったかクロス君」

嬉しそうにはやてが笑みを浮かべる。この食堂に来るときも一緒といえば一緒だったのだが、彼女がシグナムを気に掛けていたために顔を合わせるといった事は無かったのだ。名前を間違えなかった事に安堵して、クローセスは頷いた。

「ゴメンね、君の家族を傷つけるような真似を・・・・・・」
「えーんよ、謝らんといて。シグナムが強い相手にケンカ売るのはいつもの事やしな」
「主はやて・・・それは誤解です。シェインの戦い方に興味を持ったから―――」
「強い相手だから、に変わりはあらへんよ。バトルマニアもほどほどにな・・・・・・フェイトちゃんも」
「うっ・・・・・・ご、ゴメンはやて」

立場強いなぁと言う印象を受けつつ、クローセスははやての持つ芯の強さと、九歳児とは思いがたいその強い心に思わず目を見開いていた。精神年齢は非常に高そうである。

(九歳、かぁ・・・・・・)

とてもじゃないが、戦場に出るような年齢ではない。自分もまだ小さな村に暮らしていて、外の世界を知らない頃だったはずだ。ミッドチルダの就職年齢は早い、という話だったが―――それでも、こんな子供を前に出さなくてもよいのではないか、とも思う。

「―――ああ、そうか」

ユーノがなのはに引け目を感じていたのは、この部分もあるのかもしれない、と。こうなると、気にしすぎであるとも言い難い。

(複雑だな、ユーノも・・・・・・)

寂しそうに笑う少年の顔を思い出して、クローセスは小さく息を吐いた。彼がなのはに抱いている感情が丸分かりである事も、また複雑である。と―――

「お待たせしましたー」
「なのはちゃん遅いで〜?」
「にゃはは、ゴメンゴメン」

なのはと他のヴォルケンリッター、そしてユーノがトレイを持って近付いてきていた。皆それぞれの席に座る―――はずだが、何故かユーノは後ろに押しやられ、最終的に開いていた場所はなのはの隣だけだった。まあ、ユーノもそれを拒む理由は無いので、特に表情を変えることも無くそこに座ったが。

(シャマルさんは分かるけど、ヴィータも協力してるんだ・・・・・・)

少々意外で、クローセスは小さく目を瞬いた。彼女はそちらの方にあまり興味は無さそうなのだが―――という疑問は、親指をおっ立てているはやての姿を見て一瞬で解ける。

「・・・・・・何だかなぁ・・・・・・」
「ん? どーしたんクロス君?」
「いや、別に」

ニヤニヤした表情のはやてに嘆息して、ヴィータに少々同情の視線を向ける。こちらの視線には気付いていないようだったが、彼女も少し疲れた表情をしていた。
しかしまあ、と、楽しそうに談笑する二人へと視線を向ける。

「あんな空気出しといて、付き合ってないって言うんだからなぁ」
「そーやな、私らも困りものなんよ」
「なのはが自覚してない辺りが、特にね」

ああ、と思わず頷く。つまりあれは、なのはの鈍感に原因があるのだと言う事になる訳で。

「それはもう人としてどうなのかというか、ユーノが可哀想と言うか・・・・・・」
「何とかならんかねー?」
「とりあえず、なのはが気付くのを待つしかないんじゃないかな・・・・・・」
「―――? どーしたの、三人とも?」
「あー、別に大した事じゃないんよ」

こそこそと話している三人に気付き、なのはが疑問の声を上げるが、はやてはからからとした笑顔でしれっと誤魔化す。

「ほらな、クロス君、嘱託試験が終わったら私ら三人の家のどれかに来る事になるやろ?」
「・・・・・・そうなの?」
「そや。で、クロス君はどこの家に行きたいんかな、と少々相談してたんよ」

確かに、シアシスティーナがなのは達の世界に潜伏したとなると、自分もそこに赴かなくてはならない。そして、そこで滞在できる場所は高町家、八神家、ハラオウン家の三つとなる。ならば、自分もそのどれかに滞在する事になるわけだが。

「・・・・・・野宿というのは」
「却下や」
「・・・・・・・・・」

あっさりと叩き切られ、クローセスは嘆息した。流石にそれは無いんじゃないかというユーノの視線を受け流して、真剣に悩み始める。

(三人の家、ね・・・・・・)
「あ、ちなみに私の家はフツーの一軒家やで。シグナムたちも一緒に暮らしとるけどな」
「私の家もそんな感じだよ。家は家族みんなで暮らしてて、喫茶店を営業してたりするけど」
「私はリンディさん、クロノ、アルフ、エイミィと一緒にマンションで暮らしてるよ」
「まんしょん?」
「集合住宅の事や」

三人の説明を受けて、再び首を捻る。

(はやての家は・・・・・・知り合いが多くて助かるかもしれないけど、日常的にシグナムさんに戦いを挑まれそうだな・・・・・・なのはの家はユーノに悪いし)

本人に聞かれたら苦笑するか慌てるかな事を考えつつ、クローセスは最後の選択肢を吟味した。

(フェイトの家は・・・・・・いる人は皆魔法関係者だし、集合住宅だったら元々暮らしてた場所と同じようなものだし・・・・・・それに何より、フェイトを弟子にするって約束しちゃったしね)

コーヒー(ブラック)を啜りつつ、一応他の点でも判断基準を変えて考えてみるが―――どうしても、フェイトの家が都合がいいという結果が出た。トランスポーターもあって使い勝手がいい、とも言うが。

「・・・・・・やっぱり、フェイトの家になるかな。フェイトを弟子にするって約束したし」
「なんやって!?」
「それホント、フェイトちゃん!?」
「う、うん」

家を選んだ事よりも弟子発言の方に噛み付き、二人がフェイトに詰め寄る。

「何だ、主はやての家でもよかったのだぞ?」
「貴方が言う事じゃないわよ、シグナム」
「つーか、家で暴れられたらたまんねーから止めろ」
「・・・・・・考えが見えやすいぞ、シグナム」

ヴォルケンリッターたちは―――というよりもシグナムは少々不満げな表情をしていたが、仲間にツッコまれてまで言う事は無かったのか、それ以上口を挟んではこなかった。
そして―――

「僕は直接出られないから・・・・・・また裏方でサポートだね。皆の事頼むよ、クロス」
「ユーノ・・・・・・」

少し寂しそうな笑み―――そんな表情のユーノに、クローセスは小さく目を細めた。

「やっぱり、君は無限書庫で?」
「うん、まあ・・・・・・そうだね。出来る限りは情報を集めて協力するけど」
「・・・・・・外側から関わらないで皆を見守る、か・・・・・・」

関わらないというよりは、関われないのだろうが―――力がない故に見守るしか出来ない、その立ち位置は、かつての自分によく似ていた。

「・・・・・・君は僕に似てるよ、ユーノ」
「そうかな・・・・・・うん、そうだね。適材適所って奴かな」
「己を卑下にする事は無いぞ、スクライア。お前にはお前の戦場があるのだ」
「そうだよ、ユーノ君は頑張ってるよ」
「あはは・・・・・・ありがとうなのは、シグナムさん」

照れたように笑うユーノからは、先ほどの寂しげな空気を感じることは出来ない。しかしそれでも、クローセスは気付いていた。
―――ユーノと、その他の仲間を隔てる透明な壁に。

(でも、ユーノを救えるのは・・・・・・)

笑顔のユーノを見詰めて、嘆息する。様々なものを知るが故に、その成熟した思考故に壁を作る少年を救う事が出来るのは―――彼女しかいないのに。その壁を壊すことが出来るのは、なのはしかいないというのに。

(・・・・・・僕に出来るのは、同じ壁の向こう側に入り込む事だけか)

それを出来るかどうかも自信は無いのだが・・・・・・それでも、何となくそれは出来るような気がした。
―――クローセス=シェインは、ユーノ・スクライアと同じ痛みを知っているから。

だから、自分と同じになって欲しくない。
そう、思った。







あとがき?



「ギャグが足りん」

「いきなり出てきて何言ってるんですか」

「あれだな。お前の思考が馬鹿弟子に似てネガティヴになってるからこうなるんだ。もっとポジティヴに行け」

「悪かったですね。っていうか、ここで十分話の雰囲気をぶち壊してるんだからいいでしょう別に」

「いーや足りん。もっと切れのあるツッコミを! それこそ我が弟子のように物理攻撃が混じってたりあいつのように心の底にグサッと来るような奴を!」

「何でそんな物騒なツッコミしなきゃならないんですか!?」

「その方が面白いからだ。決まってるだろ」

「一応シリアスな話なんですからそういう面白さを求めないで下さい!」

「ふぅ・・・・・・」

「溜め息!? 何ですかその心底呆れたみたいな溜め息は!?」

「いや全く、もーちょっとこー親父のように付き合い良くなれ、クロス」

「父さんはそんな人じゃないです」

「言い切ったなファザコンが」

「悪かったですね」

「うむ、まぁ、我が馬鹿弟子のようにシスコンじゃないだけマシではあるが」

「兄さんに殺されますよ、クラインさん」

「ふっ、あいつに殺されるほど落ちぶれちゃいない」

「とは言っても十回に三回ぐらいは負けるようになってきたじゃないですか」

「おいおい、俺が本気出してないのをいいことに大人気なく本気になるんだぞ、あいつは?」

「というより、ツッコミで本気出してるような気がするんですけど」

「そーだなー。まぁ、そのおかげで邪魔な書類が燃えてくれるから助かるんだが」

「自分で処理してください。そろそろ未処理の書類の重量が百kgに達しますよ?」

「いーじゃん別に。我が弟子と他にも何人か勝手にやってくれるし」

「自分の部下でもないのに勝手に人を使って・・・・・・」

「説教は聞かん。では、また次回」






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