嘱託試験を終えた翌日、筆記試験も(合格点ギリギリで)通り、試験官との戦闘もほぼ(試験官クロノとヴィータを気絶させた以外は)問題なく成功し、クローセスは晴れて嘱託魔導師へと任命されていた。

「・・・・・・点数ギリギリの上に偏りすぎだから、精々B+って、結構複雑なんだけどなぁ・・・・・・」

試験に立ち会ったレティ提督の言葉を思い出し、クローセスは深々と嘆息した。確かに魔法は攻撃一辺倒の上、まだまだ処理のほとんどをクリアスゼロに任している状態ではあるのだが―――

「あそこまではっきり言わなくても・・・・・・」

ぶつぶつと独り言を言いつつ、周りを見渡す。なのは達が住む第九十七管理外世界―――海鳴市の風景に視線を向け、クローセスはもう一度深々と嘆息した。

「・・・・・・迷った・・・・・・」

クローセス=シェイン(16)、現在異世界で迷子の真っ最中だった。


 * * * * *


〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜〜♪

「あれフェイトちゃん、着信変えたの?」
「うん」

授業も終わり、これから帰ろうとしたところで携帯が音楽を響かせる。すずかの質問に、フェイトは笑顔で答えてポケットの中から携帯電話を取り出し―――そのかかってきた相手に首を傾げた。
通話ボタンを押し、フェイトはまずその相手に疑問符を飛ばすことから会話を始めた。

「クロノ、どうしたの? 念話で話せばいいのに」
『念話は突然で驚くから止めてくれと言ったのは君だろう?』
「あ・・・・・・」

授業に集中しているときに頭の中に声をかけられ、悲鳴を上げたせいで視線の的になった事―――そしてその事でクロノに学校にいる間は念話は止めてくれと頼んだ事を思い出す。呆れた表情のクロノの姿が脳裏に浮かび、咄嗟にフェイトは話題を逸らしていた。

「え、えっと、それでどうしたの?」
『ああ、帰りがてら、クロスを探してきてくれないか?』
「あ、到着してたんだ・・・・・・探す?」

聞こえてきた理解不能の言葉に、フェイトはもう一度首を傾げた。探すとはどういう事なのだろうか。

『手が離せない用事があって買い物を頼んだんだが・・・・・・どうも、迷子になったらしい』
「・・・・・・あのクロスが!?」

説明された内容をしばらく吟味して、信じられない、という風にフェイトは声を上げていた。別段、方向音痴でもないのだから注意すれば迷う事も無いはずなのだが―――

『何でも、車に轢かれそうになった子供を助けたらしくてな。親にお礼がどうとか言われたのを遠慮しながら逃げたら、場所が分からなくなったらしい』
「・・・・・・クロスらしいといえばそうなんだけど・・・・・・でも、クロスに念話はしたんじゃないの?」
『・・・・・・フェイト、クロスは今日この世界に来たばかりだぞ?』
「? うん」
『・・・・・・複雑なこの国の文字を読める訳がないだろう』
「・・・・・・あ」

自分も今現在国語の成績は悲惨なのだ。初めて見る言葉を、クローセスが読める訳が無い。そしてクロノもまだこの近辺に慣れている訳ではなく、周囲の景色だけでは場所を割り出せない。

『まあ、最悪クリアスゼロの反応から場所を割り出すが、そんな事のために端末を起動するのもなんだしな』
「うん、分かった」
『話を聞いた限りではそう遠くには行ってないみたいだ。念話で呼びかけつつ探してみてくれ』

通話が終了する。小さく溜め息を吐いて、フェイトは視線を上げた。

「クロノ君から?」
「うん・・・・・・えっと、クロスが迷子になったって」
「・・・・・・あのクロス君が!?」

自分と全く同じ反応をするなのはに苦笑する。確かに、外見に似合わずしっかりしているクローセスからは、迷子というイメージは結びつかない。

「どうしたのよ、なのは?」
「クロス君って、新しいお友達だよね? どうかしたの?」
「アリサ、すずか・・・・・・あのね、そのクロスが・・・どうも迷子になっちゃったみたいで」
「迷子ぉ?」

怪訝そうな表情で、アリサが眉間にしわを寄せる。

「何でいきなりそんな事になってんのよ?」
「クロノが買い物を頼んだら、そのまま戻ってこなかったらしくて」
「それぐらい自分でやればいいのに・・・・・・クロノ君」

全員揃って溜め息を吐く。噂をされている本人は、恐らく全員からの株が下がっているとは思ってもいないだろう。とりあえずそちらの事は置いておいて、問題の迷子の方へと話題を移す。

「だから、とりあえず帰りがてら探しに行かないといけないんだけど・・・・・・」
「世話が焼ける奴ねぇ・・・・・・ま、一回会おうとは思ってたし、ちょうどいいか」
「なのはちゃんの話だと優しそうな子だったから・・・私も会ってみたかったんだ」
「うん、そうだね。ユーノ君の怪我を治してくれたし」

なのはの持つクローセスの評価ポイントは、最終的にはそこに行き着くらしい。そこまで行って何で気付かないのかと思うが、流石にもう慣れた。

「んで、その迷子君は今どこにいるの?」
「えーと、ちょっと待って・・・・・・」

クローセスの姿を思い浮かべ、フェイトはその姿に向かって、今どこにいるの? と質問を送った。数秒後、どこか疲れたような声音で答えが返ってくる。

『喫茶店みたいな所。女の人にご飯奢ってもらっちゃったんだけど・・・・・・』
『・・・・・・何ていうお店?』
『え? ええと・・・・・・読めない・・・・・・』
『誰かに聞いてみて』
『フェイト、何だか機嫌悪くない・・・・・・? ええと、ちょっと待って』

ぶっきらぼうになりかけている口調に気付き、それを直しつつ、フェイトはクローセスからの返答を待った。数秒後、再び言葉が返ってくる。

『翠屋、だって』
「・・・・・・えええっ!?」
「にゃっ!?」
「フェイト?」
「どうしたの、フェイトちゃん?」

クローセスから返って来た意外な答えに思わず驚愕の声を上げ、隣にいたなのはがその声量に驚いて飛び跳ねた。なのはに心の中で謝りつつ、フェイトはもう一度念話を送った。

『何でそこにいるの!?』
『何でって言われても・・・・・・眼鏡の女の人にぶつかっちゃって、その後案内してもらってたら何故かここに着いて・・・・・・』
『・・・・・・・・・何となく分かった。そこにいて。これから迎えに行くから』
『うん、了解』

溜め息を吐きつつ、念話を終了する。心配そうな視線を向けてくる親友達に、フェイトは苦笑を浮かべて声を上げた。

「クロス、意外な所にいたよ」
「どこなのよ、フェイト?」
「あ、私分かっちゃったかも」
「うにゃ?」

疑問符を浮かべるアリサに、すずかはくすくすと笑いながら視線をなのはにずらす。なのはは疑問符を浮かべるが、すずかの反応にフェイトは頷いた。

「今翠屋にいるみたい。これから迎えに行こう」
「・・・・・・えええええっ!?」
「どーゆー偶然よ・・・・・・」

驚愕の表情のなのはと、呆れた表情のアリサ。対照的な二人に、フェイトは思わず苦笑を浮かべていた。世界は意外と狭いと言うが、まさかこんな風になるとは思ってもみなかったのだ。

「―――どうも、美由希さんと会ったみたい」
「お姉ちゃんと?」
「うん。道を聞いたら、翠屋に連れてって貰ったって」
「・・・・・・お姉ちゃん、クロス君の事に気付いてるんじゃないかなぁ?」
「ありえるわね・・・・・・」

なのはの家族にも、なのはによってクローセスの事は伝わっている。特徴的な瞳の事もあるので、美由希がクローセスの事に気付いて、面白がって翠屋に連れて行った可能性は十分にあった。

「どうしよう・・・・・・お兄ちゃんに勝負とか挑まれてないかな?」
「・・・・・・それもありえそうで怖いわね」
「恭也さんなら別の意味で気付きそうだしね」
「むぅ・・・・・・とりあえず、早く迎えに行こう」
「やれやれ、世話のかかる師匠だわね」

やれやれと肩をすくめたアリサを先頭に、四人は翠屋へと向かって歩き始めた。


 * * * * *


「ふぅ・・・・・・」

フェイトとの念話を終え、クローセスは息を吐いてコーヒーを手に取った。勝手に運ばれてきていたサンドウィッチは食べ終わり、一緒に飲み物という事で聞かれたのだが・・・・・・

「うわ、ほんとにブラックで飲むのね」
「あ、はい。兄さんはコーヒーがダメで、出てくると僕に飲ませてたので」

目の前の眼鏡の女性―――名前を聞いたところ、美由希と言うらしい―――の言葉に頷きつつ、もう一度コーヒーを啜る。人気の喫茶店という説明は伊達ではなかったらしく、豆もいいものを使っているようだった。
こんな事が分かるようになった背景には、コーヒーを飲んでから運動すると気分が悪くなる兄の存在があるのだが、とりあえずそこは置いておく。

「私は苦いのダメなんだけどなぁ・・・・・・」
「まあ、慣れですかね。最初は砂糖ミルクが無いとダメでしたけど、その内コーヒーの味と香りを楽しめるようになって・・・・・・」
「へぇ〜・・・・・・」

興味深そうに話を聞いている美由希に、クローセスはふと首を傾げた。先ほどから気になっていたのだが―――

「あの、美由希さん」
「ん? 何?」
「もしかして、何か武術とかやってませんか?」

美由希の身のこなしや隙の無い態度は、明らかに武術を嗜む者のそれだった。しかも足の運びにまでその気配が見て取れるのは、かなり本格的にやっている証拠である。クローセスの質問に、美由希は楽しそうな表情で声を上げた。

「よく気付いたね。うん、やってるよ。恭ちゃんととーさんがやってる古流剣術なんだけどね」
「へぇ・・・・・・なるほど・・・・・・」
「御神流って言うんだけどね。私はまだまだ未熟だけど・・・・・・御神流は誰かを護るための剣だ、っていつも恭ちゃんから教えてもらってる」
「―――――」

護るための剣、という言葉に、クローセスは思わず言葉を失っていた。それに気付いているのかいないのか、美由希は言葉を切る事無くそのまま続けてくる。

「正直、私はまだまだ誰かを護れるほど強くないけど・・・・・・でも、いつかこの力で誰かを護れればいいな、って思ってるよ」
「・・・・・・・・・怖くは、無いんですか?」
「ん? そりゃ、戦う事は―――」
「いえ、そうじゃなくて」

美由希の言葉を遮り、クローセスは視線を俯かせた。脳裏に浮かぶ情景を振り払いつつ、溜め息の混じった声を上げる。

「―――護れないかもしれない事は、怖くないんですか?」

それは、かつての戦いのときから常にまとわり着いていた恐怖。また、護れないかもしれない。また、死なせてしまうかもしれない。それは、自分が傷つくことよりも遥かに恐ろしい事。
その質問に、美由希は頭を掻きつつ声を上げた。

「んー・・・・・・まあ、私も恭ちゃんじゃないからあんまり偉そうな事はいえないんだけどね・・・・・・そんな事考えてたら、護れるものも護れないんじゃないかな?」
「え・・・・・・?」

美由希の言葉に、視線を上げる。面白がるような表情ばかり見せていた今までとは一変、眼鏡の奥のその瞳は、真摯な輝きを見せていた。

「護る側の人間なら、護れるか護れないかじゃない・・・・・・必ず護るんだ。失敗するかもしれないんじゃなくて、絶対に失敗しない。心が負けてたら、きっと敵にだって勝つことは出来ない・・・・・・違う?」
「あ・・・・・・」
「何があったかは知らないけどさ、きっとそういうもんなんだと思うよ?」

―――何を馬鹿なこと言っていたんだ、僕は。

馬鹿馬鹿しいまでに単純な答えに、クローセスは思わず頭を抱えていた。そんな事、言われるまでもない事のはずだったのに。命を懸けて、己の全てを懸けて戦う―――たとえ刺し違えてでも、護るべきものを護る。それが騎士だと言うのに。

「―――は、はは・・・・・・済みません、当たり前な事聞いて」
「ううん、別にいいよ。目は覚めた?」
「はい、ばっちり」

そんな事も忘れていて、今までよく護るなどと言っていたものだ。自分自身を殴り倒したくなるほどに情けなく、腹が立つ。だが―――

「もう、忘れません」
「そっか、それは良かった」

自分自身に肩をすくめて、クローセスは笑った。結局自分自身で答えを出す事は出来なかったけど、過ちを犯す前に気付く事ができてよかった―――そう思い、笑みを浮かべる。

(兄さんはきっと、僕が自分自身で抜け出せるのを待ってたんだろうけどな)

自分が一つ正しい道を見つけるたび、兄は嬉しそうに笑っていた。三年前に出会った時から、兄代わりとなってくれた時から―――本当の兄弟のように、自分を助けてくれていた。

(まあ、時々自分勝手でしょっちゅう姉さんと痴話喧嘩・・・・・・それも食べ物の取り合いとかそんな下らない事で争ったり、クラインさんの部屋に全力で殴り込みに行ったり訓練棟を傾かせたりもしたけど)

本人に聞かれたら間違いなく地獄の特訓コースな事を思い浮かべたが―――
それでも、いつも最善を目指して戦う人間だった。護るならどんな事をしてでも護り抜けと、言葉で、態度で示し続けてくれた人で。世界で二番目に尊敬する人で。誰よりも痛みを知って、それでも前を向いた人だから。

(だから、兄さんに再会する時までには答えを見つけたい・・・・・・強くなりたい。本当に護りたいたった一人を、まだ見つけてないその誰かを護りきれるように)

そして―――

(いつか彼女に・・・・・・リースに再会した時、胸を張って僕も前に進んできたって言えるように)

心を救う事は出来なくて、自分の夢を追って行ったかつての親友に。助けられなくてゴメンなんて、そんな辛気臭い言葉じゃなくて。また大声で笑い合えるように。

「強くならないと、な・・・・・・」

クローセスが気付かぬ内に呟いていた言葉を聴き、美由希は小さく笑みを浮かべていた。と―――

「―――クロス!」
「あ、フェイト!」

こちらに駆け寄ってくる四人の少女、その内の見知った二人の姿に、クローセスは思わず安堵の吐息を吐いていた。この年にもなって(外見は十歳だが)情けない限りではあるが。

「ええと、お代のほうはまた後で・・・・・・」
「あ、いいよ、おねーさんの奢りで」
「いえ、助言までしてもらったのに・・・・・・」
「いいんだよ。ねー、なのは?」
「やっぱり気付いてたんだ、お姉ちゃん」
「・・・・・・え?」

ぴたりと動きを止めて、クローセスはなのはと美由希の顔を見比べた。改めて観察してみれば、どことなく似ている部分があるような気がする。

「・・・・・・・・・姉妹?」
「うん、そーだよ。高町美由希って言うんだ」
「翠屋はうちのお父さんが経営してる喫茶店なの」
「・・・・・・・・・」

その一言に脱力して、クローセスはテーブルに突っ伏した。何だか、一日分の労力を無駄に消費した気分である。

「ずーっと緊張してた僕の苦労は一体・・・・・・」
「何か似合ってるわね、こーゆー姿が」
「アリサちゃん、失礼だよ」

初対面の少女の遠慮のない言い草にグサッときつつ、クローセスは深々と嘆息していた。







あとがき?



「何だこの無意味な回は」

「人が成長したのに無意味言わないで下さい! 今までバトルばっかりだったから、たまには息抜きをしたんです!」

「うむ、息抜きは大事だな。人の心を豊かにするぞ」

「息抜きっぱなしの人が言わないで下さい!」

「何を言う、俺もしっかり仕事をしているぞ!」

「どこがですか!?」

「そうだな、例えば・・・・・・部下の書類処理能力の向上に貢献したり」

「仕事押し付けてるだけじゃないですか!?」

「人気雑誌、月刊天界騎士団の編集長やったり・・・・・・」

「まだやってたんですかあの訳の分からない雑誌!? って言うか人気って何ですか!?」

「あとは、クリスマスに子供達にプレゼントを配ったり・・・・・・・・・」

「うちの世界にクリスマスなんてありませんよ!?」

「どうだ、俺の働きっぷりは!」

「胸張って言うな万年怠惰男おおおおおッ!!」

「おお、今のツッコミは我が弟子のようだったぞ。成長したなクロス」

「こんな成長要りません! あーもー・・・・・・冬になったら何か用意してると思ったら・・・・・・」

「まあ何だ。今お前がいる世界には、こんな素晴らしい格言がある」

「・・・・・・・・・何ですか?」

「曰く、『お前の物は俺の物、俺の物は俺の物』」

「ジャイアニズム!?」

「素晴らしいな。我が弟子にも教えてやりたいものだ・・・・・・という訳で、お前達の手柄は俺の手柄となる」

「・・・・・・お願いですから、兄さんとレイヴァンさんを同時に怒らせるような真似はしないで下さい。王都が滅びます」

「うむ、まあ、馬鹿弟子はともかくあの真っ黒クロ助は王都が滅ぼうと何だろうと襲い掛かってきそうだな」

「・・・・・・いつか本当に滅ぶんじゃないかな、クレアセンド・・・・・・」

「気にするな。俺は気にしない」

「一番気にするべき人でしょ!?」

「はっはっは。それではまた次回」

「あっ、ちょ、まっ―――」






BACK

inserted by FC2 system