『―――ッ!!』

なのは、フェイト、クローセスの三人は、突如として同時にある方向へと視線を向けた。険しい視線と共に、揃ってそちらの方向を睨んでいる。

「・・・・・・なのはちゃん?」
「どうしたのよ、三人とも」

怪訝そうに、アリサとすずかの二人が問い掛ける。眉根を寄せながら、クローセスは小さく答えた。

「・・・・・・ユーノの、魔力だ。しかもこれは―――結界展開?」
「多分、封時結界だよ。でも、だとしたら・・・・・・」
「ユーノ君・・・・・・ッ! レイジングハート、お願い!」
『Stand by ready, set up.』

周囲の目も気にせず―――と言っても、クリアスゼロが張っていた人払いの結界のおかげで無関係の人間はいないのだが―――なのはは、何の躊躇いもなくレイジングハートを起動した。桜色の光がその身体を包み込み、なのはは一瞬で魔導師へと姿を変える。
なのははすぐさまアクセルフィンを生成すると、高速で空へと飛んで結界の方向へと飛び去っていった。

「なのはっ!」
「ちっ・・・・・・フェイト、なのはを追いかけて! 僕も後から行く!」
「う、うん! 分かった!」

フェイトもすぐさまバルディッシュを起動し、なのは以上の速度を持って空へと駆け上がってゆく。その様子を見送り、クローセスもクリアスゼロを起動しようと―――

「ちょ、ちょっと! 何なのよ一体!?」
「・・・・・・ユーノが、隔離型の結界を使った」
「え、えと・・・・・・それってどういう・・・・・・?」

憤った表情のアリサと、不安げな表情のすずか。小さく奥歯を噛み締めながら、クローセスは呻くように呟いた。

「―――ユーノが、一人で敵に会ったかもしれないって事だ。クリア!」
『Set up, approval.』

銀の光が輝き、クローセスの姿が変化する。紅の服に身を包んだクローセスは、その場で跳躍して空中に足をつけた。

「二人はここにいて! 向こうは何とかしてくる!」

返事は聞かず、そのまま空中を蹴って走り出す。眼術も発動して、そのまま結界の方向へと走ってゆく。

(何とか持ってくれ、ユーノ・・・・・・!)

胸中で呟き、クローセスはさらに速度を上げた。


 * * * * *


「着いた・・・・・・! レイジングハート、結界の中に!」
『All right.』

なのはも手伝いつつ、結界の術式を解析、その中に侵入するための穴を作り出す。ユーノが作った割にはあまり強固でなかった結界に、なのはは嫌な予感を感じつつもすぐさまその中に入り込んだ。

「ユーノ君は!?」
『His power is very weak now.(彼の魔力は今非常に弱っています)』
「ッ・・・・・・あっち!」

レイジングハートの言葉に不安を感じつつも、なのはは魔力反応のある方へと走り出した。臨海公園の、林のある方へと。いつだったかフェイトとジュエルシードを廻って争った場所―――そこには、三人の人影があった。

一人は、漆黒のローブの人物。もう一人は、その男性に首を捕まれて持ち上げられているもう一人の男性。そして―――その足元に倒れているユーノだった。

「ユーノ君ッ!!」
「・・・・・・・・・? まあ、いいか。さて・・・・・・君はそろそろ死んでおこうか」

黒い男性―――レイは一度なのはに視線を向けたが、すぐに興味をなくしたのか持ち上げている男性の方へ視線を戻す。偶然巻き込まれてしまったのか。男性は恐怖に表情を引きつらせ―――そのまま、ゴキリと言う音と共に動かなくなった。

「・・・・・・・・・えっ?」

ユーノが倒れている事も忘れて、なのはは男性に視線を向けていた。目の前で人を殺されるのは―――これが、初めてだったから。現実感のない光景に言葉を失っている内に、レイは二言三言何かを呟いた。
同時に、絶命した男性の体が輝き始める。

「なのはっ! 大丈・・・・・・夫?」
「あ・・・・・・・・・」

駆けつけたフェイトも、この光景に言葉を失う。男性の身体はやがて光となり、漆黒の身体に吸収された。
―――レイが、なのはたちに視線を向ける。

「・・・・・・さて、君たちは何か用かな?」
「・・・・・・・・・ッ、ユーノ君から・・・離れて!」
『Accel mode, drive ignition.』

レイジングハートがカートリッジをロードする。

「アクセルシューター!」
『Accel Shooter.』

なのはの叫びと共に、十二本の光条がレイへと殺到した。ユーノを避けながら飛んできたそれを、レイはその場から飛び離れて回避する。その隙に、フェイトがすぐさまユーノを回収した。

「アクセル!」
「―――!」

アクセルシューターが加速する。弾速を増した弾丸は着地した瞬間のレイに殺到し、爆裂した。衝撃に爆煙が巻き起こり、その中にレイの姿が消え去る。命中を確信し、なのははユーノの様子を見ようとフェイトの方へ―――

「―――ふむ、これがこっちの『魔法』か」
「―――なっ!?」
「そんな、なのはの攻撃・・・・・・直撃だったのに」

煙の中から、無傷のレイが姿を現した。その姿は、何の変わりもない。チャンパオにも似た黒いローブの袖の中に、両手を腕を組むように隠しつつ、感情の読めない表情で微笑む。

「もう少し見せてくれるかな?」
「・・・・・・ッ、レイジングハート、バスターモード!」
『All right. Buster mode, drive ignition.』

なのはの命令に従って、レイジングハートがその姿を変える。長杖へと姿を変えたレイジングハートを構え、なのははそれを余裕の笑みを浮かべる漆黒の男に向けた。

「本気で行くから・・・・・・ッ!!」

宣言と共に、二本のカートリッジが排莢される。本来は長距離で使う砲撃魔法を、一切の手加減なくなのはは全力で解き放った。

『Divine Buster Extension.』
「ディバイィィン・・・バスタ―――ッ!!」

情け容赦ない本気の一撃。どんな時空犯罪者でもこの距離で直撃すれば防ぎようがない。が―――

「―――なるほど、中々の魔力量だ。そっちの少年とは比べ物にならないね」
『――――!!?』

声にならない驚愕。防御魔法を使ったわけでも、攻撃を躱した訳でもない―――レイの声は、ディバインバスターの奔流の中から聞こえてきていた。
砲撃が収まり―――その中から、毛筋ほどの傷もついていないレイの姿が現れる。

「中々のものだよ。物理破壊力を持つ状態なら、第四階梯程度なら為す術無く滅ぶだろうね」
「な、え・・・・・・?」
「そ、んな・・・・・・ことが・・・・・・」
「でも―――」

レイが、袖の中から腕を出す。そこに、なのはが放って空中に霧散した魔力が一気に集結した。輝くそれを放つ事も無く、まるで本当に食べ物であるかのようにそれに齧り付く。

「―――第一階梯に対しては、子供騙しだ」
『ッ!?』

“―――敵になる事はありえない・・・・・・だが万が一出会ったら、戦うな。敵として認識される前に、すぐさまそこから逃げ出すんだ。さもなくば―――絶対に、殺される”

それが、クローセスから聞かされた第一階梯古代魔導族についての言葉。戦うな、関わるな、そもそも出会うな。クローセスをしてそこまで言わせる最悪の相手。

「っ・・・・・・フェイトちゃん・・・・・・」
「何とか、逃げる隙作らないと、だね・・・・・・」

手加減をしてどうにかなる相手ではない。全て、本気の全力全開で。ならば―――

「レイジングハート・・・・・・エクセリオンモード!」
「バルディッシュ・・・・・・ザンバーフォーム!」
『『Drive ignition.』』

互いに、己がデバイスのフルドライブモードを起動する。レイジングハートはその形を槍のように、バルディッシュはその姿を大剣へと変えた。その様子に、レイが興味深そうに目を見開く。

「へぇ・・・・・・」
「―――行きますッ!!」

宣言し、フェイトは駆けた。身体を回転させて勢いをつけ、大上段から金色の刃を叩きつける。が―――瞬間的に現れた緑の防壁が、バルディッシュの刃を受け止めた。

「・・・・・・結構な魔力密度だ。流石に防御しない訳には行かないね」
「く・・・・・・っ!」

ザンバーの刃は効く―――それは朗報であり、同時に悪い知らせでもあった。つまりレイは、今まで防御行動を行っていなかった事になるのだ。

(なのはの砲撃を、防御なしに・・・・・・そんなの、ありえない。でも―――)

障壁を蹴って後退する。そこに、更なる魔法が叩き込まれた。

「エクセリオン・・・・・・バスタ――――ッ!!」
「打ち抜け、雷刃!」
『Jet Zamber.』

ディバインバスターを遥かに超える砲撃と、上段から叩き斬ろうとする雷の刃。かつての闇の書との戦いで、防御プログラムの防壁を見事に打ち抜いた二人の魔法は―――しかし、一枚の障壁に完全に押さえ込まれていた。

「くっ、う・・・・・・!」
「何、で・・・・・・っ!?」
「ふむ・・・・・・《アブソーブ》」

レイが一言、ポツリと呟く―――その瞬間、二人の魔法は一気に手応えを失った。桜色の奔流は消え去り、金色の刃はバルディッシュから消失する。さらにはバリアジャケットさえ消えかかり、二人は咄嗟にその場から後退した。

「―――まさか・・・・・・AMF!?」
「そんな、事って・・・・・・」

ザンバーの刃を失ったバルディッシュが、自動的にアサルトフォームに戻る。あっさりと破られてしまった切り札に、フェイトは思わず唇を噛んだ。相手に魔法は効き難い―――とは言っても、その防御は硬く通常攻撃も効き難い。

「・・・・・・打つ手なし、かい?」
「く・・・・・・」

最後の切り札―――フルドライブによる最大砲撃。だが、それは発動時間、さらには撃った後にしばらく動けなくなる難点もある。もし防ぎ切られれば、その場で負けは確定してしまう―――
レイは、小さく笑いながらその瞳を閉じた。

「終わりなら・・・・・・僕の番にしてもらうけど?」

目を瞑ったまま、レイはその手を持ち上げる―――刹那、二人の頭に声が響いた。

『なのはちゃん、フェイトちゃん、下がって!』
「!!」

突如として聞こえた声に、二人はすぐさま距離を開けた。それとほぼ同時、レイに向かって紅い光が降り注ぐ。

「―――ブラッディダガー!?」
「はやてちゃん!?」

空を見上げる―――そこに、黒い翼を広げたはやてが佇んでいた。はやては二人に微笑んだ後、夜天の魔導書を構えて杖を掲げる。純白の魔方陣が輝き―――その前方に、黒い点が現れた。

「闇に、染まれ―――デアボリック・エミッション!!」

黒い点は収縮し―――周囲を歪めて、一気に広がった。黒い雷を放つ魔力は、レイの姿を押し潰すように覆い隠す。荒れ狂う魔力を見下ろし、はやては冷や汗を流しながら呟いた。

「お願いや・・・・・・あと少し持っとくれ、シュベルトクロイツ・・・・・・」

はやての魔力放出に耐え切れているとは言いがたい騎士の杖。事実、その先端部にはひびが入り始め、今にも自壊しそうな状態だった。徐々にその柄の部分にもひびは広がり、限界点に急速に近付いてゆく―――

「ま、ず・・・・・・でも、暴発だけは、させへん―――え?」

渾身の力で魔力を制御しようとした―――瞬間だった。急速に黒い魔力が萎み、一点に集中してゆく。
―――変わらぬ姿で立つ、レイの掌の上に。

「広域破壊型、それに本の形をしたマジックアイテムか」
「・・・・・・・・・アホな・・・・・・」

かなり強力な広域魔法―――それをあっさり無力化されて、はやてあ思わず言葉を失っていた。シュベルトクロイツも、すでに実用に耐える状態ではない。ゆっくりと地面に降り、はやては防御体勢を取った。

「―――君は面白いね・・・・・・気が向いたし、魔力も貰ったし・・・・・・見せてあげるよ」
「何、やて・・・・・・?」
「根源に繋がる始まりの書―――僕らのマジックアイテムの全てを統べるもの・・・・・・開け、《原書》」

レイが呟いた瞬間、その手の上に一冊の本が現れた。何の装飾もない、ただ黒い表紙を持つ書物―――だが、それが持つ魔力は尋常なものではなかった。
《原書》と呼ばれたその本は唐突に開き、そのうちの一つのページを示す。そして、そのページの文字が輝いた。

「えっ!?」
「なッ、これ!?」
「体が・・・・・・動かへん!?」

なのは、フェイト、はやて―――その三人の身体は、突如としてその場に縛り付けられた。なのはが視線だけで周囲を探る―――その視界に、自分の影に突き刺さる一本の剣が映った。

「これ・・・・・・いつの間に・・・・・・?」
「僕の書の能力の一つだよ」

悠然と笑い、レイは再び書を動かした。いくつもページを捲っては止まり、その文字を輝かす。その度に、空中には幾つもの武器が浮かび上がった。
そして信じ難い事に、その全てにロストロギアに等しい魔力が込められていたのだ。

「書に刻まれた魔導の記憶―――その全てを複製、あるいは再現する。一言で言えば、そんな所か」

現れた武器は九本。三人に対し三本ずつ、その刃の切っ先が向けられた。受けたら流す柳のような雰囲気は唐突に消え去り、静かな殺意が空気を満たす。

「さて・・・・・・僕に挑んだんだ、死ぬ覚悟ぐらいは出来てるよね」
『―――ッ!!』

息を飲む―――刃に込められた魔力は高まり、今にも打ち出されようとしていた―――が。

「止めろレイッ!」
「――――」

突如として、新たな声が響いた。その声にレイは動きを止め、それと同時に刃も消え去る。三人を縛る刃だけはそのままに、レイは声の響いた方向へと向き直った。

「・・・・・・クロス?」
「―――うん、そうだよ」

駆けてきたのは、ようやく封時結界を通り越したクローセスだった。彼はすぐさまレイに駆け寄り、三人を庇うように彼の前に立つ。

「レイ、彼女達は敵じゃない。《原書》を収めて」
「・・・・・・君の仲間かい?」
「うん。だから―――」
「・・・・・・はぁ、仕方ないね」

バタン、と《原書》が閉じる。溜め息と共にその姿は消え、三人を縛っていた刃もそこから消え去った。極度の緊張から三人はその場に座り込み、大きく安堵の息を吐き出す。その様子に無理もないと苦笑して、クローセスはレイの姿を見上げた。

「レイもこっちに?」
「ま、君のためでもあるけどね」
「そっか・・・・・・ありがと」
「え、えと・・・・・・クロス?」

木にもたれかかったフェイトが、おずおずと聞く。その声に、二人は首を傾げて視線を向けた。

「どうかした、フェイト?」
「いや、あの・・・・・・第一階梯って言ってたけど、その人は・・・・・・?」
「ああ」

ぽん、と納得したように手を打つ。クローセスは苦笑しつつ、一箇所に固まっている三人の少女に向かって声を上げた。

「レイは、兄さんの相棒。確かに千年前から生きてる古代魔導族だけど、僕らの味方だよ。下手に手を出さなければ、第一階梯の人達は襲ってくる事はないからあんまり詳しく言ってなかったんだけど・・・・・・」
「その白い子は突然襲い掛かってきたけどね」
「あう」

痛い所を突かれて、なのはが思わず呻き声を上げる。そこの所は後々問い詰める事にしながらも、クローセスはこの増援に心の底から安堵を感じていた。







あとがき?



「と、ゆー訳で。俺らの仲間から一匹、新たにレイの奴が加わったぞ。ドンドンパフパフー」

「口で言うな、気色悪い」

「って言うか、匹で数えられてる事には文句言わないの?」

「別に、今更。アレンにだって犬扱いされてるし」

「そこんとこは慣れちゃいけないような・・・・・・」

「ま、気にするこたー無い」

「君が言う台詞じゃないよ、クライン」

「気にすんな」

「・・・・・・ま、いーけど」

「うむ、能力が思いっきり正義の味方な魔術使いなのも気にするな」

「また際どい発言を・・・・・・」

「投影・開―――」

「レイも悪乗りしない! 全く・・・・・・」

「でもさ、僕が出て来て良かったの? 仮にも第一階梯だよ、僕」

「いいだろ、別に。そもそも能力に制限がありすぎて前線投入する予定なんざ無いし」

「裏方か・・・・・・じゃあ、また趣味に興じられるって訳だね」

「レイの趣味って・・・・・・読書?」

「あとマジックアイテム作り。デバイスとか言うのにも手を伸ばしてみようかと」

「先の読める発言だな」

「余計な事言わないで下さい・・・・・・にしても、随分と反則性能だね、レイは」

「ま、イカサマはしたけどね」

「・・・・・・だね」

「ま、その辺りは次回で明らかにするって事で。今日はここいらで失礼するぞ」






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