「え? じゃあ、ユーノ君いないんですか?」
「ええ、少し前に、レイさんと一緒に食堂に向かいましたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

出入り口の最も近くに居た司書に頭を下げ、なのはは無限書庫から外に出た。緊張を解いて、思わずふぅ、と溜め息を吐く。

「もぅ、せっかく覚悟してきたのになぁ」

居なくなっていたユーノに多少の不満を覚え、なのははここにいない相手に向かって頬を膨らませた。とはいっても今更決意を揺らがせるつもりも無く、そのままその足で食堂に向かう。

「私もお腹空いたしね」

廊下を歩き、すれ違う局員に会釈しながら、テクテクと食堂に向かって歩いてゆく。その途中で思い浮かぶのは、やはりユーノの事だった。

「酷い事、言っちゃったもんね・・・・・・」
『Master・・・・・・Are you all right?(マスター・・・・・・大丈夫ですか?)』
「あはは・・・大丈夫だよ、レイジングハート。心配性だなぁ」

小さく笑って、頷く。何が何でも謝ると、そう決めたのだ。だからもう、いつまでもうじうじと悩み続けるのは止めにした。そんな事をしていても、何も好転はしないから。

『・・・・・・Master.』
「ん? なぁに、レイジングハート?」
『Why have you suffered up to now?(何故、今までそのように悩んでいたのですか?)』
「え、何でって・・・・・・だって、あんな事言っちゃったし・・・・・・」

眉根を寄せて、小さく呟く。だがなのはが再び後悔を感じるより早く、レイジングハートは次なる質問を投げかけていた。

『But ordinary, you visit him right away.(しかし、普段通りの貴方ならすぐに彼の元を尋ねていたはずです)』
「え・・・・・・そう、かな?」
『Yes. But, you were very depressed. Why?(はい。ですが、貴方はそのまま落ち込んでいた。何故です?)』
「私・・・・・・」

レイジングハートの質問に、深く考え込む。一体何故、自分は行動する前にあんなにも悩んでいたのか。一体、何をそこまで恐れていたのか。

「・・・・・・怖かった? でも、何が・・・・・・何でユーノ君に会うのが怖かったの・・・・・・?」

ユーノは友達・・・・・・なのに、何故友達と顔を合わせることが怖かったのか。自分が悪いと思えば、すぐに謝ろうと思うはずなのに。それなのに、何故―――

「う〜ん・・・・・・何でかなぁ・・・・・・」

分からない。何故、なぜ、ナゼ―――
思考の海に溺れ、周囲の状況が目に入らなくなる。分からない、ワカラナイ・・・・・・もやもやとした物が胸につかえ、何とも気分が悪い。どうして―――

―――ズズン・・・・・・

「うにゃ!? な、何!?」

突如として現実に引き戻され、なのはは思わず素っ頓狂な声を上げていた。突如として揺れた建物に首を傾げる。

「地震・・・・・・って、次元震なんて起こったら一大事だし」

流石に、それが起こる反応があれば起こる前に警報が鳴っている。だが揺れが起こったのは確か―――では一体、何が起こったと言うのか。首を傾げつつ、なのはは近くに設置してあったモニターに駆け寄った。
―――そして、そこに映っている光景に目を剥く。

「傀儡兵・・・・・・!」

見覚えのある―――いや、忘れもしないあの時と同じ傀儡兵。ユーノを傷つけた物と全く同じ形をした物も、何体か存在していた。

―――ユーノは、あいつに狙われてるかもしれない―――

脳裏に、クローセスの言葉が蘇る。その声に、なのはは思わず歯を食いしばっていた。

「―――まさか、ユーノ君を・・・・・・! 傷つけさせない、絶対!」

相手に対する怒りと、自分に対する苛立ちが湧き上がる。これ以上、絶対に傷つけさせたりはしない―――

「行くよ、レイジングハート!」
『Yes, my master.』

バリアジャケットを纏い、なのはは敵の現れた艦船のポートへと駆けて行った。


 * * * * *


「あの、レイさん?」
「んー? 何?」
「いや、何って・・・・・・無限書庫に戻らないんですか? 方向逆ですけど・・・・・・」

珍しく人間の姿に戻っているレイに、ユーノは思わず首を傾げた。魔力の消費が激しいからあまりこの姿にはならないのではなかったのか。だがそんな事は気にならないのか、どこか白々しい笑みを浮かべてレイは声を上げた。

「いやぁ、ちょっと用事があってね。ここの所、暇が出来たら通うようにしてたんだけど」
「通うって・・・・・・」
「ほら、あそこさ」

レイが指を差した先に視線を向ける。そこは、いつかもクローセスと共に来たことがある場所―――デバイスの研究所だった。

「・・・・・・・・・最近たまに見かけないと思ったら、ここに来てたんですか?」
「あはは、まあね」
「・・・・・・」

まあ、普通の司書の五倍は働いているのでそれほど文句もないのだが。しかし、そのレイが一体どんな用事でデバイス研究所に足を運んでいたというのか―――その疑問を読み取ったのか、レイはニコニコと笑みながら声を上げた。

「マジックアイテムを作るのが僕の趣味でね。デバイスの方も勉強してみたかったのさ」
「はあ・・・・・・」

その話は、何度かクローセスから聞いた事があった。何かと様々な武器を作り出しては、興味を失ってそれをほっぽり出している、と。作り出した物はなまじ強力なだけに、扱いに困る物も多いらしい。しかも魔力が不足するたびに誰かに魔力を分けてもらっていた―――

「・・・・・・誰かに迷惑かけませんでした?」
「はっはっは」
「否定して下さいよ・・・・・・」

頭を抱え、ユーノは嘆息した。基本的に自分勝手な人種らしい―――それが、ユーノが抱いた古代魔導族に対する印象である。

「それで、一体僕を連れて何を―――」

―――刹那、突如として起こった揺れにバランスを崩しかけ、ユーノは壁に手を着いた。
突然の事に首を傾げるが、とりあえず、異常事態であるという事がまず脳裏に浮かぶ。ユーノは、レイに視線を向けた。

「レイさん、これ―――」
「ふむ、予想はしてたけど・・・・・・結構早かったね」
「え・・・・・・?」

欠伸交じりに頷くレイに、首を傾げる。だが気にもせず、レイは全く違う事を口に出した。

「・・・・・・ユーノ。君は、今のままでいいのかな?」
「どういう、事です?」
「そのままさ。今のまま、後ろに下がって戦うだけで・・・・・・君は、それで満足だと?」

いつの間にか張り詰めていた空気に、ユーノは思わず息を飲んだ。レイからはふざけた様子が消え去り、まるで裁判官でもあるかのような厳粛な雰囲気を醸し出している。息を詰まらせながらも、ユーノはそれに答えた。

「満足か、満足じゃないかじゃないんです・・・・・・僕がいても出来る事はない。足を引っ張るくらいなら、後ろにいた方が役に立つ・・・・・・」
「―――本当に?」
「・・・・・・はい」

頷いたユーノの言葉に、レイは小さく嘆息した。再びデバイス研究所のほうへ向かって足を進めながら、彼は言葉を繋ぐ。

「では、聞き方を変えよう。君は、それでいいと思ってるのか? 全く力になれない、そのままでいいと思っているのか?」
「それは―――」

答えられなかった。皆のためになりたい、皆の役に立ちたい―――ユーノが管理局に勤め始めたのは、何よりもその気持ちがあったからだ。全く力になれていない訳ではないと思う―――だがそれは、実際に戦っている皆とは訳が違うのだ。

命の危険のない本棚の中で調べ物をするだけ―――それだけで戦っていると言えるほど、ユーノの自分に対する評価は甘くはない。

「納得はしていないみたいだね・・・・・・けど、はっきり言おう。今の君は、口先だけだ」
「―――ッ!」

容赦の無い言葉に、思わず言葉を詰まらせる。だが、レイの言葉は止まらない。

「ただ自分の弱さを自覚するだけでは、何も変える事は出来ない。何故行動をしようとしない? 結果が変わらずとも、君が与える影響はゼロでもマイナスでもない。何故、それが分からない?」
「僕は・・・・・・」

言葉を詰まらせ、俯こうとする。だが、目の前に開いたモニターがそれを許さなかった。そしてそこに映っている光景に、思わず目を剥く。

「なのはッ!?」
「彼女は、一人でも戦っている。誰かを、そして君を傷つけさせないために・・・・・・君は、戦わないのか?」

返す言葉を思い浮かべることは出来ず、ユーノはその画面の中に視線を向けた。射撃と砲撃を駆使して傀儡兵と戦うなのは―――彼女の顔に浮かんでいるのは、決して負けないという決意だった。

「―――では、今一度問おう。ユーノ・スクライア・・・・・・君は、それでいいと思っているのか?」
「っ・・・・・・」

戦うなのはに、視線を向ける。傷ついても退こうとしない、誰かのために戦う彼女に。脳裏に、かつてのなのはの声が浮かび上がる。



『色々片付いたら、もっとお話しようね・・・・・・』

正面から向き合った―――その時のはにかんだ笑顔。

『大丈夫? ユーノ君?』

大した事でもないのに心から案じてくれた、その時の不安げな表情。

『ユーノ君、私・・・・・・決めたよ』

戦いに望む、ココロをぶつける覚悟を決めた、凛とした視線。

『だから戦えるんだよ・・・・・・背中がいつも、あったかいから!』

信頼していると、背中を預けられると言ってくれた―――満面の笑顔。



浮かんでは消える、なのはと共に戦った記憶―――それを噛み締め、ユーノは声を絞り出した。

「いいわけ・・・ない、だろ・・・・・・」

白く骨が浮かび上がるほどに拳を強く握り締め―――俯いていた顔を、上げる。

「もう、嫌だ。力が無いからとか、役に立てないからとか―――そんな理由で下がるなんて、ゴメンだ」

弱いかもしれない、力不足かもしれない―――だが、そんな理由で戦う事を放棄して、後で後悔するなんて、絶対に嫌だった。だから―――

「だから、後ろから見てるだけなんて、なのはが傷つくのを見てるだけなんてもう嫌だ! 戦う力が―――敵を倒す力が無くたっていい! なのはを護れるだけの、傷つけさせないだけの力が―――それだけでいいから、力が欲しい!!」
「―――その言葉を待っていた」

ユーノの叫びに満足気な笑みを浮かべ、レイはそのまますぐ傍まで来ていたデバイス研究室へと入った。それに付いて行きながら、ユーノはレイの言葉に耳を傾ける。

「君はクロスにも、アレンにも似てる・・・・・・護れない事が嫌で、あの二人は一度誰とも関わらない、護るべき人を生み出さない生き方を選ぼうとした―――けど、無理なんだそんなのは。例え孤独を恐れなかったとしても、人は一人で生きる事は出来ない」

言いつつ、レイは制御装置の一つに近付く。その前に立ち、彼は再び声を上げた。

「だから、二人は戦う道を選んだ。誰も傷つけさせない、誰も奪わせないその道を―――君が選んだのは、誰にもなのはを傷つけさせない道だ」
「―――はい」
「ふふ・・・・・・それが分かってるなら、もう文句は無い。多少のフォローはするから、全力と最善を尽くしてくるんだ。君たちみたいな子を死なせないように見守るのが、僕の役目みたいだからね」

言って、レイは制御装置から取り出したものをユーノの前に示した。そこにあったのは、鎖に繋がれた翡翠色のひし形の宝玉―――

「これは・・・・・・」
「起きて。調子はどうだい?」
『―――はい、絶好調ですよ、クリエイター』

宝玉が明滅し、幼い少女ほどの声が響く。間違いなく、インテリジェントデバイスだった。翡翠のデバイスは、再びその幼い声を響かせる。

『この方が、フィーのマスターですか?』
「その通りだ。ほら、挨拶して」
『はい! えっと・・・・・・マスター、お名前は?』
「―――ユーノ。ユーノ・スクライアだよ」

おずおずと声を上げるデバイスに小さく笑みを浮かべ、ユーノは答えた。その言葉を聴いて、デバイスも満足気に明滅する。

『了解しました。フィーは、クリエイターレイの作り出したインテリジェントデバイス、《クレスフィード》です。フィーって呼んでくださいね、マスターユーノ』
「はは・・・・・・うん、こちらこそよろしく、フィー。ところで、その名前って・・・・・・」
『はい! クリエイターのお名前を頂きました!』

嬉しそうに言うクレスフィードに、ユーノは頷いてからレイに視線を向けた。それを受けて、レイも小さく笑いながら声を上げる。

「《クレスフィード》は、僕らの世界・・・クリスフォードの古い言葉で『世界の守護者』と言う意味を持つ。多少大きく出させてもらったけど、これ位がちょうどいいさ」
「『世界の守護者』・・・・・・そっか、いい名前だね、フィー」
『あはは、ありがとうございますー!』

多少人間らしすぎると思うほど、感情の起伏が大きい。しかしそれが、かえって暖かかった。満足して頷き、ユーノはクレスフィードに向かって声を上げる。

「早速だけど、力を貸してもらってもいいかな? 僕の大切な人を、護りたいんだ」
『マスターの御心のままに! マスターの大切な人は、フィーの大切な人です!』
「ありがとう、フィー」

クレスフィードとレイに感謝し、ユーノは彼女を受け取った。レイはそれを見て頷き、笑みを浮かべて声を上げる。

「君専用に作ったデバイスだから、君が扱う以上最強のデバイスになり得る。素材も全てクリアスゼロを超えているから、その力も十分さ」
「はい、ありがとうございます・・・・・・行って来ます」

正直、耳を疑う台詞ではあるが―――《原書》の能力を見た以上、それは事実なんだと受け入れざるを得ない。もう一度頷き、ユーノはクレスフィードを手に駆け出した。転送魔法を用意しつつ、幼いデバイスに声をかける。

「行くよ、クレスフィード」
『はい! 頑張ります!』
「うん―――クレスフィード、セットアップ!」
『Stand by ready, set up.』

レイジングハートと全く同じ言葉と共に、ユーノとクレスフィードの姿は光に包まれた。







あとがき?



「つー訳で、ユーノのデバイス登場」

「《クレスフィード》は全くの造語だから、そちらの方はあんまり真に受けないで下さい」

「あはは・・・・・・次回はまたバトルになるみたいだね。なのはとユーノの共同戦線かな?」

「だな。あのデバイスに一体どんな能力があるのやら?」

「ああ、もちろんモードは三つあるよ」

「あれ、クリアと同じ?」

「そうだね。簡単に言えば、攻撃と防御とフルドライブ」

「ほう、やっぱりフルドライブはつける訳か」

「そりゃそうさ。切り札があった方が面白いからね」

「面白いって・・・・・・また何か企んでるの?」

「別に〜・・・・・・コアがクリアスゼロと同じ純度百パーセントの魔水晶使ってるから、無駄に容量が余ってね・・・・・・面白かったから、デバイスの形態リソースの五分の四はフルドライブに費やした。もちろん、ほかの二形態だって普通のデバイスと同じぐらいに容量は使ってるけどね」

「・・・・・・ええと、攻撃と防御の二形態が五分の一だから・・・・・・フルドライブは通常形態の約八倍!?」

「まだまだ余裕あったし、他にも色々オプション付けてみたり」

「何したのさ、レイ・・・・・・」

「色々だよ? 二種類の実体化プログラムとか、無駄にでかいカートリッジシステムとか、魔導の理論を利用した身体能力の強化とか」

「ほほう、実体化プログラムはまた面白そうだな」

「皆さんやってるじゃないですか・・・・・・って言うか、二種類って?」

「んー・・・・・・ほら、僕と似たようなもんさ」

「お前ほど物騒ではないだろうがな」

「悪かったね、物騒で」

「まあまあ抑えて抑えて・・・・・・でもレイ、やっぱり素材は《原書》を使って取り出したわけ?」

「うん、まーね。おかげで魔力不足」

「ホント、何でそういう事には全力を注ぐんだろうね・・・・・・」

「長く生きてると、本当の敵は退屈になるって事さ」

「その通り」

「あのね・・・・・・いや、もういいや。とりあえず、次回はユーノに頑張ってもらうと言う事で―――どうぞ、お楽しみに」






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