現場に着いた瞬間、なのはは思わず動きを止めてしまっていた。
辺りには、血を流して倒れる局員が数名―――防衛線も、徐々に下がってきている状態である。

『―――ヴィータちゃん、聞こえる?』
『ああ、何だ?』
『今十四番ポートにいるの・・・・・・そっちは?』
『こっちは九番だ。こっちにも現れた』

ヴィータの声に、唇を噛む。どうやら、この傀儡兵達は複数の場所に現れているらしい。戦力を分断された状態らしく、戦線をキープするのは厳しそうだった。

「―――行くよ、レイジングハート」
『All right.』

レイジングハートの声に頷き、なのはは飛び上がった。そのまま、下に居る局員達に向かって声を上げる。

「皆さん、結界を張ってください! ここは私が引き受けます!」

なのはの声を受け、戦線を維持していた局員達はすぐさま退避し、結界を作り出す準備を始めた。そこへ進行しようとした傀儡兵達には、すぐさまアクセルシューターの雨が降り注ぐ。

「ここから先へは行かせません! レイジングハート!」
『Accel Shooter.』

再び、十二条の魔力弾が放たれる。反撃に飛んできた砲撃はラウンドシールドで受け止め、なのははさらにアクセルシューターを加速させた。
機動性のある機体も高速で駆け抜ける射撃の嵐に巻き込まれ、次々に破壊されてゆく。そして、アクセルシューターが消えた瞬間、局員達の結界展開が完了した。地面に降り、再びレイジングハートを構える。

「よし! レイジングハート、バスターモード!」
『All right. Buster mode, drive ignition.』

レイジングハートが変形し、砲撃用の長杖へと姿を変える。陣形の崩れた傀儡兵達にそれを向け、なのはは叫んだ。

「いくよ、ディバインバスター、広域拡散バリエーション!」
『Load Cartridge. Full burst stand by.』

なのはの声に応え、二発のカートリッジが排出される。床に映し出された魔法陣と、レイジングハートを取り囲む環状魔法陣は普段よりも大きく広がった。敵を見据え、大きく叫ぶ。

「ディバインバスター・フルバーストッ!!」

放たれた拡散砲は、高密度かつ膨大。さながら迫り来る砲撃の壁となって、傀儡兵達を飲み込んだ。一瞬ポートの方を心配したが、局員達が十数人単位で張った結界は柔ではなかったらしい。
傀儡兵達は、全て破壊。レイジングハートが残留魔力を排出するのと一緒に、なのはも安堵の息を吐いた。これで―――

「―――ふむ、ここが最初に全滅したか」
「―――ッ!?」

突如として響いた声に、なのはは驚愕した。いつの間にか、先ほどまで傀儡兵達が居た場所に、一人の男が立っている。二メートルはあろうかという大男は、それとほぼ同じなのではないかと言うほどの巨大な黒い大剣を担いでいた。

「ただの少女かと思ったが、なるほど油断は出来ん訳か」
「誰・・・ですか」
「第三階梯古代魔導族―――いや、最早そんな肩書きに意味など無いな。我が名はグランゼスト・・・・・・済まぬな、恨みは無いが・・・・・・戦わぬ訳にはいかんのだ」

グランゼストと名乗った男は肩に担いだ大剣を床に下ろした。同時に、地響きにも近い音が身体を揺らす。ごくりと、思わずなのはは喉を鳴らした。
アレは―――まずい。

「行くぞ、少女よ」
「・・・・・・ッ」

息を詰め、集中力を極限まで高める。いかなる攻撃にも反応しなければ―――さもなくば、一撃で倒される。
―――なのはがアクセルフィンを発生させたのと、グランゼストが駆けたのはほぼ同時だった。

『Flash Move.』
「はあッ!」

なのはが高速で上空に退避し、一瞬前まで彼女がいた場所を、巨大な黒い刃が薙ぐ。強固な合金製の床が豆腐か何かのようにバックリと裂けた光景に、なのはは一瞬呆れすら抱いていた。
―――が、そんな油断すら彼は与えてはくれない。

「逃さんッ!」

跳躍。グランゼストは飛び上がり、叩きつけるように大剣を振るった。半ば反射的に、なのはも防壁を張る。

『Protection Powered.』
「くッ!」

重い。ひたすら重い一撃だった。強固な防壁をものともせず、黒い大剣はものの数秒で防御魔法にヒビを入れる。咄嗟に、なのはは次なる魔法を発動させた。

『Barrier Burst.』

壊れかけた防壁を炸裂させ、相手を吹き飛ばしつつ距離を取る。そしてその最中にも、なのははグランゼストにレイジングハートを向けた。

「ディバイィン―――バスタアアアアアッ!!」
「ぬっ!?」

空中に足場を作り出すのと、砲撃が放たれるのはほぼ同時。避ける間も与えられなかったグランゼストに、砲撃は直撃する。が―――彼は、その大剣を盾になのはの砲撃を受け切った。
桜色の奔流が消え、グランゼストは剣を下ろす―――その顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。

「見かけにそぐわぬ、重さのある攻撃だ。少女よ、貴殿の名は」
「―――高町なのは・・・・・・そして、レイジングハート・エクセリオンです」
「そうか・・・・・・非礼を詫びよう。貴殿の武器にも戦士たる意思があったか」
『Don't worry.(お気になさらず)』
「そうか、感謝する」

グランゼストは大剣を振り、構える。その身から発せられる覇気は、先ほどまでとは比べ物にならないほど高まった。

「再び名乗らせてもらう。我が名はグランゼスト―――そして我が剣、《ヴィトラム》・・・・・・再び、参る」
「悪い人じゃ、無いみたいだけど・・・・・・行くよ、レイジングハート」
『All right, my master.』

返事に頷き、なのははレイジングハートをアクセルモードへと変形させた。そのまま、一発カートリッジをロードする。

「行きます! アクセルシューター!」
『Accel Shooter.』

放たれたのは十五条の魔力弾。宙を駆けるアクセルシューターはそれぞれ全く違う軌道を描き、グランゼストへと殺到する。彼はそれを、その場から前進する事で躱した。その勢いのまま、グランゼストは大剣を思い切り振り上げる。

「―――ッ!」

悪寒を感じ、なのははその場から身をずらした。一瞬後、その軌道の先にある結界に穴が開く。
―――正面から打ち合うのは、危険が高すぎた。

「アクセル!」
『Snipe Shot.』
「むっ!?」

なのはの声と共に、アクセルシューターの弾速が加速する。その動きに翻弄され、グランゼストが動きを止めた。それを見て、なのはは再びバスターモードへと移行させる。

なのはの戦法は至ってシンプルである。高い機動性能のある弾幕を張って距離を取り、一撃必殺の砲撃を叩き込む。決まりさえすれば一瞬で勝負の決まる、非常に強力なものではあるが―――裏を返せば、砲撃を防ぐだけの防御を持つ相手には対抗する手段が無いのだ。そもそも、そんな相手は滅多に居ないのだが―――

(あの剣! どうやってディバインバスターを防いだの・・・・・・?)

アクセルシューターが身体に命中すれば、確かにダメージを受けている様子はある。だが、あの剣で砲撃を受けた時には、一切のダメージを通す事は出来なかった。一体、どんな力があると言うのか。

「―――考えてても仕方ないっ! 行くよ!」
『All right. Divine Buster Extension.』

再び、魔力を収束させる。超高速の長距離用砲撃魔法―――なのははそれを、容赦無く解き放った。

「ディバイン・・・・・・バスタ――――ッ!!」
「オオオッ!!」

砲撃の瞬間にアクセルシューターは消え去り、グランゼストはすぐさま砲撃へと向き直ってその剣を叩き付けた。刃と砲撃が押し合い、拮抗する。

「ぬ、ぅ・・・・・・!」
「く、ぅ・・・・・・レイジングハート・・・・・・お願い!」
『All right!』

瞬間、レイジングハートが周囲から魔力素を収束させた。さらに、カートリッジを一発ロード。その膨大な量の魔力を、レイジングハートは砲撃に上乗せした。それになのはも合わせ、魔力を存分に注ぎ込む。途端に、砲撃の光条は三倍以上に膨れ上がった。

「ぬ、おお・・・・・・オオオオオオオッ!!」

強烈な砲撃は、グランゼストを徐々に押し込んでゆく―――そして、押し切った。砲撃を支えきれず地面に叩きつけられ、その身体を魔力が押し潰す。爆音と衝撃が巻き起こり、ポートを粉砕したのではないかと言うほどの衝撃が襲った。
息を吐き、ゆっくりと地面に降り立つ。

「やった・・・・・・かな?」

クレーターの中に倒れたグランゼストに、ゆっくりと近付く。刹那―――その腕が、動いた。巨大な刃が振り上がり、その刀身が膨大な魔力を纏う。強化防御を張る時間は、無かった。

「―――ッ!!」
『Protection!』
「オオオオオッ!!」

一閃。刃自体は届かず、しかし発せられた衝撃波だけで防御魔法は粉砕される。そして、起き上がりざまにもう一閃。身体を輪切りにされる軌道に、しかし避ける間も与えられず、なのはは咄嗟に目を閉じた。

(―――――ッ!!)

胸中で、声にならない叫びを上げる。そしてその一瞬で、なのはは前にも同じような事があったのを思い出した。隣で笑ってくれていた、あの時酷い事を言ってしまった少年―――そんな都合がいい展開など、あるはずがない。それでも―――

(―――ユーノ君ッ!!!)

―――ギィンッ!!
響いたのは、金属同士が打ち合わされるような音だった。恐る恐る、あるはずが無いと・・・それでもどこか期待しながらなのはは目を開けた。そこには、剣を弾かれたグランゼストの姿。そして―――

「―――大丈夫、なのは?」
「え・・・・・・何、で・・・・・・」

あるはずが無いと思っていた、それでいてどこか期待していた光景が、そこにあった。ベージュのマントを、バリアジャケットを纏うユーノの姿が。

「・・・・・・理由が、必要かな?」
「でも、だって・・・・・・私、まだ謝ってなくて・・・・・・」

怒っていてもいいはずなのに。それなのに、ユーノの声の中にはどこにもそんな様子は無くて。そんな様子のなのはに、ユーノは小さく嘆息した。

「僕を案じてくれたことは分かってるよ・・・・・・そんな事しなくたって分かってる」
「でも、ユーノ君が危ないかもしれないんだよ!?」
「なのはだって危ないじゃないか」

どこか苦笑するような、至って穏やかな口調。ユーノの表情は、どこか迷路の出口を見つけたような、晴れやかなものが浮かんでいた。

「だったら、僕がいる場所は初めから決まってたんだ。僕がしたいのは、なのはを護る事―――それだけで、僕の戦う理由なら事足りる。弱いとか、力不足なんて関係ない。地面を這い蹲ってだって、僕はなのはの守護者としてここにいるさ」

言って、ユーノはグランゼストに視線を向けた。なのはを傷つけようとした敵へ―――その相手に対して、マントに隠れていた両手を見せる。

左手には、銀のガントレットに付いた菱形の黄金の盾。中心には同じ菱形の翡翠色の宝玉がはまり、盾の周囲は翡翠の魔力が広がってさらに大きな盾を形成している。
右手には、黒いガントレット。鎖の紋様が刻まれたそれは、腕を一回り大きくしてそこに在る。

「フィー、いけるね?」
『もちろんです、マスター!』
「えっ!?」

盾から響いた声に、なのはが驚愕の声を上げる。当然だろう。なのはが知る限りユーノはデバイスを―――それも、インテリジェントデバイスなど持っていなかったのだから。その反応に苦笑して、ユーノは声を上げた。

「この子はレイさんが作ってくれたインテリジェントデバイス、《クレスフィード》だよ」
『はい! よろしくお願いします、なのはおねーちゃん。フィーって呼んでくださいね』
「あ、う、うん。よろしくね、フィー」

人間味に溢れるデバイスに、なのはも驚いておずおずと声を上げる。嬉しそうに明滅するクレスフィードに笑い、ユーノは構える。攻撃はせず様子を見ていたグランゼストは、その時初めてユーノに向かって声を上げた。

「守護者よ。クレスフィード、と言ったな」
「・・・・・・ええ」
『―――油断しないで下さい、マスター。クリエイターから与えられた知識で、あの人の事は知ってます。あの人の・・・武器の事も』

クレスフィードの言葉に、なのはも反応してグランゼストへ視線を向けた。その手に握られた黒い大剣は、ただ置いてあるだけにもかかわらず床を薄く裂いている。それを見て、クレスフィードが声を上げた。

『《重戦士》グランゼスト。高い魔力量を魔導には使わず、その魔剣に費やして戦う人です。彼が今持ってるあの魔剣も、クリエイターが八百五十年ほど前に作ったものだそうです』
「能力は分かる?」
『はい。あの魔剣は単独で強力な力場と、ごく微小な振動を発生させています。あの切れ味と破壊力は、それによる物です』

クレスフィードの言葉を受けて、ユーノは目を細めた。ただ破壊のみに特化した魔剣―――ヴィータが苦戦するなのはの防御をあっさりと打ち砕いたのだ。その力は計り知れない。だが―――

『ですが、フィーは負けませんよ!』
「―――なるほど、クリエイターとはレイムルド殿の事か。それならば、その大それた名も頷ける」
『いくら貴方の《ヴィトラム》が強力でも、フィーとマスターは負けません! クリエイターは、フィーの事を最高傑作だって言ってました!』

もし実体があれば、クレスフィードは堂々と胸を張っていた事だろう。それほどまでに、彼女の声はどこまでも自信に満ち溢れていた。そしてその言葉に、ユーノも頷く。

「―――って言う事だよ、なのは。僕は負けないし、傷つかない。だから・・・・・・一緒に戦おう」

言って、ユーノが右手を差し伸べる。
―――なのはの心からは、それだけで戦いの中の恐怖も、ユーノに嫌われるかもしれないと言う不安もどこかへ消え去っていた。

「―――あっ」
「・・・・・・? なのは?」
「あ、ううん。何でもないよ」

自分があれほどまでに恐れていた理由に思い当たり、なのははどこか胸のつかえが取れた気分で頷いた。そう、自分はユーノに嫌われたくなかった―――見捨てられたくなかったのだ。そしてそれはないと言う事が分かっただけで、不安などどこかに吹き飛んでしまった。
単純な自分に、思わず苦笑する。

「にゃはは、何だ・・・・・・そうだったんだ」
「なのは?」
「・・・・・・ユーノ君、私ね、分かったよ。私が一番信じてたのって、ホントはユーノ君だったんだ」

今度は笑顔で前を向く。ユーノの隣に立ち、なのははその輝きを取り戻した。心の靄は嘘のように晴れ、最早何の迷いも無い。

「だって、他の皆じゃここまではならないんだよ?」
「え・・・・・・?」
「ユーノ君の隣にいると、一緒に戦ってると・・・・・・凄く、安心できるの。見守ってくれてて、包まれてるみたいな安心感があって・・・・・・背中だけじゃなくて、心までとってもあったかいんだよ!」

笑顔で宣言して、心の底から叫んで、なのははレイジングハートを掲げた。マスターの完全復活に、レイジングハートも誇らしげに輝く。
思わず顔を紅くして俯くが―――ユーノも、その顔に笑みを浮かべていた。

「光栄だよ・・・・・・そう言う事なら、いつだって一緒に戦うさ」

必要とされる限り―――いや、必要とされなくともなのはを護る。それが、ユーノの覚悟。その意思を感じ取り、クレスフィードも頷くように小さく明滅して見せた。

『護りましょう、マスター』
「当然だよ、フィー」
「信じてるからね、ユーノ君」

ユーノの声に微笑んで、なのはは構える。そして再び―――今度は三人の影が激突した。







あとがき?



「むぅ」

「意外となのは嬢の戦闘が長引いたなぁ」

「フィーの姿は出ましたけど・・・・・・能力のお披露目は次回ですね。レイは・・・・・・納得行かないみたいだけど」

「まぁ・・・・・・あの子は娘みたいなものだしね」

「また、どうしてあんな性格設定になったんだ? 狙ったのか?」

「君じゃあるまいし。僕の知識を与えるために僕の魔力の一部を使ったら、変に影響が出たんだよ」

「レイが幼いって訳じゃないだろうけど」

「千年も生きとるしなぁ」

「うち八百年は封印されてたけどね」

「あはは・・・・・・で、でもまぁ、返って良かったんじゃない? ほら、お披露目が記念すべき二十話になるんだし」

「おー、そういえばもう二十話か。早いもんだな」

「結構早く書いてたねぇ」

「まあ、作者さんも最初書き始めた時は何話になるか見当も付かなかったみたいだし」

「あいつが止まらなくなると、四十話だってザラだからな」

「まぁ、最初はラスボスを決めてなかったから何話になるか分からなかったらしいけどね」

「でも、今でも三十話は行きそうじゃない?」

「友達には二十六話にしとけば、と言われたらしいが」

「無理だね。どんだけ削っても戦闘があと六回は入ると思うし」

「まだまだ出したいのもありそうですしね。ブラストフォルムとか、クレスフィードのフルドライブとか」

「フィーのフルドライブは、下手すると凄い事になるけどね」

「気になる・・・・・・」

「ま、派手なんだろうがな」

「確かに、派手って言ったら派手だねぇ。色んな意味で・・・・・・ま、使う予定はラストバトルだけだからしょうがないけど」

「またしばらく後になりそうだなぁ・・・・・・ま、とりあえず次回に期待しましょう。それでは、また次回」






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