クローセスたちが本局に到着した頃には、既に事態は収束していた。傀儡兵達は本局魔導師や、あるいはレイの手によって全滅―――しかし、被害も決して小さいものではない。事実、死者も出ている。 「なのは達は・・・・・・っ」 「フェイト、落ち着いて」 廊下を全速力で駆け抜けるフェイトに嘆息しつつ、クローセスはその後に付いて、なのは達の戦っていた十四番ポートへと急いだ。と―――廊下の先に、見知った・・・・・・と言うより、今まさに探していた人物の姿を発見する。 「なのは! ユーノ!」 「大丈夫ー?」 「あ・・・・・・フェイト、クロスも」 息を切らせるフェイトの横で、クローセスは苦笑交じりに二人に向かって声をかけた。その声に気付いたユーノが振り返り、声を上げる。 「どうしてここに?」 「どうしても何も・・・・・・本局が襲われたって言うから、急いでこっちまで来たんだよ」 至極あっさりした様子のユーノに、クローセスはとりあえず安堵を覚えて息を吐いた。どこにも怪我をした様子は無い―――二人とも、無傷のようだった。 「・・・・・・そういえば、レイは?」 「ロストロギアの保管庫を調べに・・・・・・やっぱり、既に遅かったみたいだけど」 眉根を寄せ、ユーノが答える。その言葉に、クローセスも表情を曇らせた。本局で保管されていたディープスフィアの数は四個。それらは、全て奪われたと見て間違いないだろう。 「詳しく調べてるみたいだけど、ディープスフィア以外にもいくつか・・・・・・主に、魔力の結晶体とかが盗み出されたみたいだ」 「そうか・・・・・・一体、何に使うつもりなんだか・・・・・・」 第二階梯の古代魔導族・・・・・・特に、ウェルフィレアとメルレリウスが絡んでいる以上、まともな事ではあり得ないだろうが。どうしたものかと嘆息し、クローセスは視線を伏せた。 「ごめん、僕がもっと早く気付いてれば・・・・・・」 「いや、誰も気付けなかったんだ。君の責任じゃないよ」 ユーノの言葉を受け、顔を上げる。彼の顔には、どこか苦笑のような笑みが浮かんでいた。 「まぁ、ずっと立ち話って言うのもなんだし・・・・・・とりあえず、食堂か何かで話さない?」 ―――小さく肩を竦め、クローセスは頷いた。 * * * * * 「そっか・・・・・・グランゼスト、あの人が・・・・・・」 ユーノから話を聞き、クローセスは視線を伏せた。彼とレイヴァンとの戦いには、自分も立ち会っていたから覚えている。ただ目の前に立つ敵を倒すレイヴァンと違い、戦っているグランゼストは非常に生き生きとしていて、その相反するコントラストが非常に印象的だった事を思い出した。 「クラインさんも、出来れば騎士団に招きたかったって言ってたし・・・・・・許せないね」 『全くです』 「私も・・・・・・」 グランゼストの事を良く知るクリアスゼロと、なのはから彼の人柄を聞いたフェイトが同意する。外道と評した第二階梯の古代魔導族達の姿を思い浮かべ、クローセスは小さく嘆息した。 「ともあれ、あの二体が協力関係にある事は確かになった訳か」 《人形遣い》メルレリウスと、《傀儡師》ウェルフィレア。ある意味最悪とも取れるコンビである。 「まあ、最悪レイが出てくれれば・・・・・・何とかなるかもしれないけど」 「レイさん、あんまり戦いたくないみたいだね」 なのはの言葉に頷き、クローセスは嘆息した。現在の時空管理局の全戦力を含めて、最強の人物である事は間違いないのだが―――いかんせん、慢性的な魔力不足であるため、人間の姿では滅多に戦闘に参加しない。 ―――そして、子犬の姿では《原書》を扱う事が出来ない。 「・・・・・・まあ、結局正面から戦うしかない訳だし・・・・・・そちらの方は何とかしようか。問題は・・・・・・」 「人形、だね」 フェイトが声を上げる。どうやら彼女達は、グランゼストの事を知るまで人形の事をどんな物なのか分かっていなかったらしい。 「奴らの事だからね・・・・・・一体、どんな人形を出して来るか分からない。ある意味、そっちの方が気をつけなきゃいけないから」 「そうやな・・・・・・油断ならん」 「・・・・・・はやて、いつからいたのさ」 「えーやんえーやん、気にせんといて」 何故か気配が読めなかった・・・・・・空間転移でも使ったのだろうか。明らかに今突然現れたような気がしたのだが・・・・・・ 「ま、それは置いといて、や。どーせ、どう来るか分からんもの相手じゃ、作戦の立てようもあらへんしな」 「・・・・・・ま、どうせあいつらを倒すには追い詰めるしか方法は無いわけだしね」 「そーやろ。つー訳で、や・・・・・・その子の事聞かせてもらおか、ユーノ君?」 ピッと、はやてがユーノの胸元を指し示す。そこにある、菱形の宝玉を。 『・・・・・・フィーの事ですか?』 「そや。私らが前に会った時は、ユーノ君はあんたを持っとらんかったからな」 「デバイスだったんだ・・・・・・」 気付いていなかったらしいフェイトが驚きの表情を見せ、クローセスは小さく目を瞬いた。どうやら彼女、なのはの事を心配するあまり気づいていなかったようである。そんな事を考えているうちに、ユーノが笑みを交えて紹介を始めた。 「この子は、今日レイさんから受け取ったんだ。名前はクレスフィード。なのはを護るための、僕の相棒だよ」 『その通りです! 皆さんはフィーって呼んでくださいね』 「おー、よろしくな、フィー。私は八神はやてや」 「私はフェイト・テスタロッサ。よろしくね」 はやてとフェイトがにこやかに挨拶をする。それを横目に眺めつつ、クローセスは軽く頭を抱えて目を細めた。『レイが作った』と言うだけで、クローセスからしてみれば不安感たっぷりなのだ。 「・・・・・・ねえ、フィー」 『はい? あ、貴方の事は知ってますよ。クリエイターから聞いてます。クロスさんですよね?』 「ああ、そうだよ。ところで・・・・・・君、何か特殊な能力とかあったりしない? 他のデバイスに無いような」 『特殊な能力、ですか?』 う〜ん、と悩みながら淡く明滅する。少々人間らしすぎる所などは、レイが作ったと言うのが納得できる部分である。そんな事を考えているうちに、クレスフィードは何かを思いついたようであった。 『そう言えば、こんな物がありました! てりゃ!』 ぽん! ―――などと言う軽い音を立て、テーブルの上に何かが現れた。 ユーノの髪と同じハニーブロンドの毛並みと、二股に分かれた尻尾が印象的である。 「・・・・・・猫?」 「はい! クリエイターは、私に二種類の実体化プログラムを搭載したって言ってました。そのうちの一つがこれです!」 「わぁ・・・・・・可愛いよ、フィー」 「にゃは。ありがとーございます、なのはおねーちゃん」 「あ、いいなー、なのは・・・・・・」 「私も次触らせてなー?」 子猫ほどのサイズのクレスフィードは、嬉しそうになのはの手の中に納まった。その様子を羨ましそうに眺めるフェイトとはやて―――三人とも、可愛いものに惹かれる辺りはやはり女の子である。 とりあえずもう一つ気になった事があったので、聞いておく事にしたが。 「えーと・・・・・・二種類って言ったよね。もう一種類は?」 「あ、はい。ちょっと待って下さい」 クローセスの言葉に頷いて、クレスフィードは少女達の手から抜け出して地面に降りた。そしてその姿が、翡翠色の光に包まれる―――三秒後、そこには猫ではなく、一人の少女の姿があった。 先ほどと同じ、ユーノと全く同じ色の髪と翡翠色の瞳。ポニーテールになっている髪を纏める翠のリボンが、正面から見ると猫の耳のように見える所などは印象的だった。これなら、ユーノの妹と言っても通じそうである。 「これがもう一つの姿です!」 「・・・・・・ちなみに、何でレイはそんなものを付けたのかな?」 「えーと、フィーも聞いたんですけど・・・・・・その方が面白いから、って言ってました」 「あー・・・・・・全く、レイらしいね」 クローセスは頭痛を堪えて嘆息し、何かと人をからかう事が大好きな、あの黒犬と後で小一時間ほど話し合う事を決意した。そんな心を知ってか知らずか、はやてがにこやかに声を上げる。 「えーやないか、こんなにかわええんやし。なー?」 「フィー、可愛いですか?」 「うん、とっても可愛いよ」 「にゃはは♪ はやておねーちゃんもフェイトおねーちゃんも優しいですねー♪」 「あははは・・・・・・」 ユーノが苦笑交じりの笑い声を上げる。恐らく、自分でもこんな機能を持っているとは知らなかったのだろう。 「おお? ユーノ君に似とるけど、ちょっとなのはちゃんの面影もあるなぁ」 「・・・・・・えええっ!?」 「レイ・・・・・・」 イイ笑顔のレイが脳裏に浮かび、クローセスは再び嘆息した。多分狙っていた―――いや、狙っていたに違いない。 「どうしてこう・・・・・・レイもクラインさんもこーゆー無意味な悪戯が好きかなぁ・・・・・・」 「まあまあ・・・・・・」 再び撫で回されるクレスフィードを見詰めて、クローセスは小さく肩をすくめた。レイの悪戯の場合、そこまで悪意が無いのがせめてもの救いであるが。これがクラインがやったものであったなら――― 「―――ダメだ、どう考えても修羅場しか形成されない・・・・・・」 ぶつぶつと呟くクローセスに、ユーノが苦笑交じりの表情を浮かべる。しかしその表情の中には、昨日まであったような深い悩みの様子はほとんど無くなっていた。どうやら、クレスフィードという新たな力がユーノに良い影響を与えてくれたようである。 ―――と、クローセスは先ほどからなのはが言葉を発していない事に気がついた。 「・・・・・・なのは?」 「―――へ? あ、な、何?」 「いや・・・・・・君こそどうしたのさ? さっきから黙ってるけど」 フェイトとはやてがクレスフィードに集中している内に、小声で話しかける。まあ、それほど深い理由がある訳ではなかったのだが。 問うと、なのはは首を傾げながら答えた。 「う〜ん・・・・・・何かこう、さっきからぽーっとすると言うか・・・・・・不思議な感じが」 「不思議な感じ?」 「あ、うん。戦いが終わった・・・後、から・・・・・・」 何かを思い出したのか、なのはの顔が紅く染まる。その様子に、クローセスは小さく笑みを浮かべた。 「そー言えば、二人とも目を泣き腫らしてたね」 「ひにゃっ!?」 「兄さんと姉さんも昔同じ事してたし、何となく予想はつくよ」 クスクスと笑むと、なのはは赤い顔のまま俯いてしまった。その様子に再び笑い、姉もからかうとこんな様子だった事を思い出す。まあ、それ以上にからかい過ぎると暴れ出すので注意が必要だったが。 「そういえば、この間から悩んでた理由は分かった?」 「・・・・・・もしかして、レイジングハートに教えたのってクロス君?」 「あはは・・・・・・」 ジト目で睨んでくるなのはに苦笑で答える。確かに、インテリジェントとは言えデバイスにあんな事を聞かれれば不審にも思うだろう。 「で、どうだった?」 「むぅ・・・・・・まぁ、いっか。多分、ユーノ君に嫌われたくなかったからだと思う」 「ふむ・・・・・・」 多少は答えに近づいているようである。しかしまだ少々遠い。小さく嘆息して、クローセスはもう一度ヒントを出した。 「じゃあ、どうして君はユーノに嫌われたくなかったの?」 「え? だって、それは友達だから・・・・・・」 「―――本当に、それだけかな?」 「え・・・・・・?」 きょとんと、なのはが動きを止める。目を閉じ腕を組んで、クローセスは小さく息を吐いてから声を上げた。尚も気付かない、世話の焼ける少女に向かって。 「友達だから・・・・・・君は本当にそれだけで、無意識にそこまで恐れていたのかな?」 「どう、いう・・・・・・」 「はぁ・・・・・・流石に、僕があげられるヒントはここまで。後は自分で考えて」 ほとんど答えに近い―――しかも、もう一度自分の気持ちと向き合うようにお膳立てしたのだ。これでも気付かなかったら、なのはは兄以上だと断言できるだろう。 (全く、何でこう・・・・・・こういう役回りは僕に回ってくるのかな) 紆余曲折なんて物ではなかった兄と姉を思い出し、嘆息する。最終的には真っ向から殴り合って(無論、魔導も武器も眼術もあり)ようやく意思を伝え合ったと言うのだから、世話が焼けるどころでは無かったのだ。 訓練場どころか訓練棟を半壊させたので、流石にもうあんな事は勘弁してほしいのだが。 「まあ、いいか・・・・・・ねえユーノ」 「ん? 何?」 いつの間にか人間の姿のクレスフィードを膝に乗せていたユーノが、こちらに振り向いた。和やかな視線を送っている二人の少女は置いといて、小さく笑みを交えつつ声を上げる。 「・・・・・・君は、まだ『資格』が無いって思ってる?」 「―――!?」 クローセスの言葉に、ユーノは驚愕で目を見開いた。恐らくは誰にも話していなかった事であろうから、それも無理は無いが。 「どうして、それを・・・・・・」 「んー・・・・・・まぁ、僕も昔同じような事を考えてた事があったから。それは置いといて、君はレイに『道を選ぶ』とかそんな話を聞かされなかった?」 「あ、うん・・・・・・」 仮面のような淡い笑みを浮かべたクローセスの言葉に、ユーノは小さく頷いた。それに満足して頷き、クローセスは続ける。 「君が今の道を選んだというのなら、もう君はその『資格』を持ってるよ。己の行った事への責任を、しっかりと取ろうとしてるんだからね」 「クロス・・・・・・」 「今すぐに、とは言わないけどさ・・・・・・君も、しっかりと考えた方がいいよ」 「・・・・・・・・・うん」 笑みと共に頷いたユーノに満足し、クローセスは立ち上がった。不思議そうな視線を送っているフェイトたちに向かって、苦笑交じりに声を上げる。 「フェイト、今日の朝・・・・・・宿題があるとか言ってなかったっけ?」 『―――!!』 クローセスの言葉に、フェイトとなのはが硬直した。まだ復学していないはやては余裕の表情であったが。 「や、やばいよフェイトちゃん! 国語、作文だよ!?」 「こっちもまだ全然・・・・・・! クロス、手伝って!」 「いや、無理だって」 未だに日本語はさっぱり分からない。助けを求められても無理なものは無理だ。 「僕よりはやてに―――って、もういないか」 「逃げ足速いねぇ・・・・・・」 「あああああっ! フェイトちゃん、急いで!」 「う、うん!」 ハラオウン家の転送機は壊れているので、アースラを経由しなければならないのだが・・・・・・駆けてゆくなのは達を見送りながらぼんやりと考えていると、一度フェイトが立ち止まり、こちらへと走ってきた。 「フェイト? 何か忘れ物?」 「うん、ユーノに一言言いたかったんだ」 そう言って彼女はユーノに視線を向ける。その顔に小さく微笑みを浮かべ、声を上げた。 「ユーノ、なのはをちゃんと護れた?」 「・・・・・・どうだろ、全部護り切れたかって言うと、ちょっと疑問かな」 苦笑交じりにユーノは返す。結局泣かせてしまった―――なのはの全てを護ると誓ったユーノにとっては、それは妥協できない事だから。 「そっか・・・・・・じゃあ、次は絶対だよ?」 「うん・・・・・・それは分かってる」 「なのはを護れたら、きっとユーノはもう大丈夫だ。だから、頑張って伝えて。私も、手伝う」 「フェイト・・・・・・ありがとう」 フェイトの言葉に、ユーノは淡く微笑んだ。二人の様子に満足して―――クローセスはふと、食堂の入り口の方へ視線を向けた。少し遠いが、視力の良いその目に、少々不安そうにユーノを見詰めているなのはの姿が映る。 (・・・・・・全く、二人とも世話の焼ける) ―――はやてに言わせれば、人の事は言えないのだが・・・・・・ 二人の様子に苦笑しつつも、少しずつ距離を詰める二人にクローセスは小さく安堵を感じていた。 あとがき? 「久々のシリアス抜け、と」 「そんな久々ってほどじゃ・・・・・・まあ、十七話以来ですけど」 「あれ、そんな前だったっけ?」 「ああ。コンビニ強盗以来だ」 「いや、何でギャグかシリアスかの両極端なんですか」 「でもまぁ実際前の所はそれだったし」 「つーか、あのコンビニ強盗の所入れる意味ほとんど無かったよな」 「一応、あれをメルレリウスが見ていたって言う事になってるんですけど」 「実際は書きたいから書いたんだろうけどね」 「思いついた事は書こうとしてるからだろ。そんな事だからいつもインスピレーションが先行するんだ」 「・・・・・・いいですよね、作者さん公認で好き勝手言える人は・・・・・・さて、前に言ってたフィーの変身が出て来た訳だけど」 「作者はポニーテールかツインテールで随分悩んだらしいけど、ツインだと狙いすぎてる&リボンで猫耳をやりたかったんで、今の姿になったらしいけど」 「そーいや、服の描写は無かったが」 「今は単なる白のワンピースだよ。これから服は変えてあげるつもり」 「レイが父親みたいだね・・・・・・まぁ、この話のユーノは父親じゃなくて兄みたいな感じにするつもりらしいけど」 「確かに、九歳だしな」 「ですね」 「で、後は猫形態な訳だけど・・・・・・」 「あっちはどういう理由だ?」 「いや、特に理由なし。最初は猫だけのつもりだったけど、やっぱ人型もつけないとなぁ、と言うのが作者の言葉。二股の尻尾だからツインテールにしようかとかも言ってたけど」 「結局はポニーテールか・・・・・・作者好きだよな、あれ」 「にしては、騎士団の皆は少ないですけど。アリスかリウぐらいじゃ?」 「たまにミリアもやってるけどね」 「あはは・・・・・・でも、騎士団が実際に登場するのは、少なくとも二期をやるとしたらの話でしょ?」 「もう徐々にイメージが固まりつつあるらしいけどな」 「また気が早い・・・・・・ま、あんまり強い連中出しても面白くないし、今は出ない方がいいか」 「だね・・・・・・それじゃあ、今回はこの辺りで。また次回お会いしましょう」 |