「はぁ・・・・・・すっかり遅くなっちゃったね」 「ですね〜」 日の沈んだミッドチルダの首都を歩きながら、ユーノは小さく嘆息した。隣を歩く人の姿のクレスフィードの手を握りながら、もう一方の手で買い物袋―――地上でしか売っていない、ユーノの購読する学術誌入り―――を提げている。 無論デバイスでいた方が楽なのだが、クレスフィード曰く『五感で世界を認識できるのが楽しい』らしい。 「それにしても、クロノさんは無茶を言いすぎだと思うんですけど」 「あはは・・・・・・まあ、同感だね」 他の司書達も悲鳴を上げる、嫌がらせとばかりの仕事量。だが、『アースラと合流したいならこれを終わらせてからにしろ』と挑戦的な口調で言われてはやらない訳には行かない。クレスフィードにも手伝ってもらい、丸一日ぶっ続けでやって終わらせた次第である。 「マスターが体調を崩されたら、フィーがしっかりクロノさんにお仕置きしておきますから!」 「あはは・・・うん、ありがとう。でも、本当にやっちゃダメだよ?」 「むぅ・・・・・・」 唸るクレスフィードに苦笑し、ユーノは管理局から支給された本局の寮―――本局への転送ポートへと足を進めた。優秀な功績を見せているユーノならではの待遇である。 「そう言えば、マスターの家行くの初めてですね〜♪」 「・・・・・・一応自宅なのにね・・・・・・何で二週間に一回ぐらいしか帰らないんだろ」 生きていくだけなら問題ない管理局の快適さに問題がある―――と言い訳をしてみるが、結局ワーカホリックな自分以外に原因は無い。 「・・・・・・ゴメンね、フィー」 「ふにゃ? 何で謝るんですか?」 「いや、何となく・・・・・・」 乾いた笑みと共に目を逸らすユーノを、クレスフィードは首を傾げながら見上げる。純真な瞳にちくちくと痛みを感じつつ、ユーノは小さく嘆息した。 刹那――― 「―――こんばんは、いい夜ね」 唐突に降ってきた声に、ユーノは足を止めた。辺りを見回すが、それらしい姿は無い。 「ここよ、ここ」 声の響いた方向に視線を向ける―――塀の上に、その女性はいた。 紅い。それが、一目見た瞬間の感想である。三つ編みにされた真紅の髪と、紅いコート。優雅に足を組んだその女性は、そのまま小さく笑みを浮かべる。 「こんばんは」 「あ、はい。こんばんは」 どこからどう見ても不振人物にしか見えない―――警戒の含んだ視線をユーノが向けると、その女性はくすくすと小さな笑い声を漏らした。 「なぁんだ、どんな子かと思ってたら・・・・・・全然普通なんじゃない」 地面に着地し、ゆっくりと近寄って来る。眉根を寄せながらその姿を見詰め――― 「―――グランゼストを殺したって言うから、もっと殺し屋みたいなの想像しちゃったわ」 「ッ!!」 その言葉を聞いた瞬間、ユーノはクレスフィードの実体を消してすぐさま飛び離れた。そのままクレスフィードをセットアップして、戦闘体勢をとる。 『検索中・・・・・・・・・出ました。カルハリア=ティリウリス・・・・・・第三階梯です』 「・・・・・・あの弓は?」 『データの限りじゃ、あの人は武具を持ってないはずなんですけど・・・・・・』 左腕についている腕輪―――その手首の内側から伸びている黒い弓は、明らかに普通のものではなかった。また魔導武具か――― 「へぇ、私の事知ってるんだ・・・・・・」 「!!」 「じゃあ・・・・・・容赦は要らないわよね」 カルハリアが左腕を掲げる―――小型の弓であったそれは、一気に巨大な洋弓へと姿を変えた。弦を引き絞ると共に炎が生まれ、それが真っ直ぐユーノに向けられる。 「―――っ、データ検索は後! 行くよ、フィー!」 『はい、マスター!』 盾から緑の魔力が広がる。炎の矢が放たれたのは、それとほぼ同時だった。一直線に飛来する炎を盾本体で受け、カルハリアに向かって右手を向ける。 「チェーンバインド!」 小型の魔法陣から放たれた三本の鎖がカルハリアに殺到するが、彼女はそれを跳躍で躱し、そのまま頭上から矢を放ってきた。続けざまに降り注ぐ三本の矢を身体強化をしながら躱し、ユーノもまた空中に飛び上がる。 「フィー、人気の無い、広場みたいな所はある?」 『待ってください・・・・・・ありました! ここから東に五百メートルほどの場所に公園があります!』 「公園、か・・・・・・」 弓兵相手に視界の広い場所で戦うのは不利になる・・・・・・だが、ここで戦えば大きな被害が出てしまうだろう。逡巡するも、ユーノはスフィアプロテクションを広げながらそちらへと飛んだ。 が――― 『―――!! マスター、魔力反応! 大きいです!』 「これは―――」 咄嗟に振り返り、カルハリアに向き直る。彼女はその弓に、圧倒的なまでの魔力を収束させていた。紅い光が集い、引き絞られた弓の中に一本の紅い矢が生み出される。 『魔力の蒐集・・・・・・それに、発生エネルギーの固体化!? まさか―――』 「な―――ッ!!」 クレスフィードの言葉を理解して、ユーノは思わず絶句した。あの弓は、あれだけのエネルギー量を物質として固定させていると言うのか。あれではまるで――― 「“Exurere Ardens Ignis”」 「―――ッ!! フィー!!」 『Round Shield Exact―――Full power!!』 カートリッジを三発ロードし、目の前に翡翠の盾を展開する。そして刹那の時を置いて、そこに灼熱の矢が突き刺さった。 「ぐ―――ッ!」 重い。ひたすらに鋭く、重い一撃―――それこそ、あのグランゼストの一撃に匹敵する威力だった。盾ごと徐々に押し込まれ、ユーノはその圧力に呻き声を上げる。盾には徐々にヒビが走り、決壊寸前の堤防のような状態。それを見て、ユーノは小さく呪文を紡いだ。 刹那―――灼熱の矢は、轟音と共に破裂した。 「ぅあああああああああああああッ!?」 炸裂と共に盾は砕け、ユーノはその爆圧に容赦なく吹き飛ばされた。飛びかけた意識を奮い立たせ、自分の吹き飛ぶ延長線上に、三枚重ねのフローターフィールドを発動させる。やわらかく受け止められながら、ユーノは地面に降り立った。 どうやら、向かおうとした場所まで一気に吹き飛ばされたようである。 『だ、大丈夫ですか?』 「何とかね・・・・・・しかし、あれは・・・・・・」 先ほどの灼熱の矢を思い出す。覚えのあるあの技―――そう、シグナムの最大魔法であるシュツルムファルケンのようだった。圧倒的な魔力を一本の矢に込め、炸裂させる―――咄嗟に盾を炸裂させて爆発を殺さなければ、あれだけでやられていたかもしれない。 「フィー、あの武器は分かった?」 『はい。恐らく、収束弓《クルス》・・・・・・効果は、見ての通りです。まあ、あれだけの威力にはチャージタイムがいるみたいですけど・・・・・・』 「スターライトブレイカーとシュツルムファルケンの特性を合わせたような物か・・・・・・距離を取ったのは失敗だったね」 あんな物で狙撃されてはたまらない。あそこまで強力な魔法を正面から受け止める気にはなれなかった。先ほど自分が飛ばされた方向―――今もカルハリアがいるであろう方向に視線を向け、意識を集中する。 が――― 「うわ、驚いた。あの攻撃を正面から防ぐなんてねぇ」 「え―――?」 宙を駆けながら近付いてきたカルハリアに、ユーノは思わず目を瞬かせた。何故一方的に狙撃できる位置を棄てたのか――― 「・・・・・・・・・」 「んふふ、壊し甲斐がありそうねぇ・・・・・・」 物騒な台詞には反応せず、己の中の違和感を探る―――その時ふと、先ほどクレスフィードが呟いた言葉を思い出した。データの限りでは、彼女は武器を持っていないはずであった、と。 「まさか・・・・・・」 カルハリアは、変わらず悠然と構えている。その姿を見据え、ユーノは己の中に浮かんだ仮説を口に出した。 「その弓・・・・・・一体、誰の物なんですか?」 「―――!」 ぴくりと、カルハリアが反応する。その顔にも動揺が走ったのを、ユーノは決して見逃さなかった。確信を深め、さらに仮説を組み立ててゆく。 (本来の使い手じゃない・・・・・・遠距離狙撃にはその狙撃対象の動きや空気の流れ、その他もろもろを計算しなくちゃならない。それが、この人には出来ない? なら―――) あの弓は厄介ではあるが、勝機が無い訳ではない。この距離で間合いを離さなければ、あの矢をチャージさせる事もない。 「接近戦なら・・・・・・フィー」 『Daggeredge mode.』 盾の下から飛び出した柄を引き抜き、ユーノは構えた。身体強化の魔力はまだ消えていない―――それならばと、もう一つの戦闘スキルを発動させる。 『Reproduction, start.』 脳内にクローセスの戦闘データが再生される。それらを『距離を離さない戦闘法』に絞って検索し、その中から最適な動きを探す。 ―――無数に現れるそれらの中で、少し気になるものがあった。 「出来る、か・・・・・・?」 本来訓練と実戦を繰り返す事によって為し得たその技術―――それを、この体が模倣出来るか。速さはクローセスの足元に及ぶか及ばないか程度の増幅しかないのだ。 「やるしかない・・・・・・行くよ、フィー」 『はい、マスター』 呟き、強化した身体で地面を蹴った。迎撃に来る炎を飛び上がって躱し、そのまま背後に回る。そのまま背中への刺突―――これは、身体を捻る事で躱された。 「しッ!」 そのまま刃を内側に向け、体を回転させる。魔力の刃がカルハリアの腹部を斬りつけようと迫るが、これはバックステップによって躱された。その飛び退きざまに、三本の炎の矢が放たれる。 『Active Chain.』 迎撃するのはクレスフィードの作り出した三本の鎖。炎の矢を相殺したのを横目に、ユーノは再びカルハリアへと接近した。術を放つ事によって硬直した彼女に向け、体を強く引き絞る。 「《疾界・穿狼》!」 放たれたのは、記録の中でクローセスの操っていた牙のごとき二本の刺突。そのうち一つは外れ、もう一つはカルハリアの左肩を穿っていた。勢いに押され、カルハリアが弾き飛ばされる。さらに追撃を入れるため地面を――― 「―――ぐッ!?」 ―――蹴る前に、唐突に響いた頭痛と体の痛みがそれを遮っていた。やはり、まだ無理のある動きだったようである。 「そこっ!」 『マスター!』 「ッ!」 一瞬の硬直は、大きな隙を作ってしまっていたらしい。衝撃波を伴う火炎の渦が、ユーノに向かって容赦なく放たれた。こちらの身体を飲み込もうとするそれに向かって、右の掌を向ける。 「―――ラウンドシールド!」 広がる翡翠の盾が、火炎の渦を受け止めた。洒落にならない重さだったが、なのはのディバインバスターほどには凶悪ではない。難なく受け切り、盾を消失させる。 「“Exurere Ardens Ignis”」 「―――ッ!!」 声にならない悲鳴を上げる。頭上を見上げれば、既に矢を構えたカルハリアの姿があった。咄嗟にチェーンバインドを近くの木まで伸ばし、巻き付ける。 ―――矢が放たれるのと鎖の長さを縮めるのは、ほぼ同時だった。矢の爆圧に吹き飛ばされながらも、何とか着地を果たす。 「つぅ・・・・・・なっ!?」 頭を抱えて立ち上がり、絶句した。先ほどまで自分が立っていた場所には、直径十メートルほどのクレーターが完成していたのだ。シュツルムファルケンほどの出力は無いようではあるが、人間一人消滅させるには十分すぎる威力である。 「洒落にならないって・・・・・・」 クローセスのような口調でぼやき、ユーノは頭上を見上げた。カルハリアは変わらずそこにいるが、次弾を装填する様子は無い。余裕の表情と共に、こちらを見下しているだけだ。 (どうする、か・・・・・・) 戦闘スタイルの特性として、ユーノは攻めの接近戦をする相手に対して相性がいい。無論それで防御を破られてしまっては無意味だが、城壁とも呼べるその防御を破れる者はほとんどいない。 その反面、すでに分かりきっている事だが、ユーノには攻撃手段が極端に少ない。アクティブチェインかダガーエッジ・・・・・・その二つの活用で戦わなければならないのだ。どちらも決定力に欠けるのだが。 (相手のタイプはロングからミドルレンジ・・・・・・アウトレンジが無かっただけマシか? けどクロスレンジに持ち込むには―――) 戦闘を有利に進めるには、クロスレンジに持ち込まなければならない。しかし、借り物の技術を使っている以上、ユーノの近接戦闘は長持ちしないのだ。クローセスに稽古をつけてもらおうと心の中で決め、ユーノは小さく目を細めた。 「・・・・・・フルドライブしかない、か・・・・・・?」 『無茶言わないで下さい・・・・・・まだ試験段階で一度も起動してないんですよ? それに、あれは―――』 「分かっては、いるんだけどね・・・・・・」 レイから『調整が済むまで使うな』と言われたフルドライブモード。説明された限りの仕様なら、あれさえあれば現状を打破する事は可能となる。しかし――― 『ダメです! 完全な同調を済ませなかったら、脳の回線が焼き切れますよ!?』 「う・・・・・・」 あのモードはクレスフィードとの高いシンクロを必要とする。意識同調を完全にしなければ操り切れない。不完全な状態で起動した場合の負担は―――洒落にならないだろう。 「・・・・・・仕方ない、何とかするよ」 『はい』 「作戦会議は終わり?」 くすくすと笑いながら、カルハリアはユーノの姿を見下ろす。完全に余裕の態度ではあるが、結局何一つ現状打破の方法は思いついていない。 「なら―――」 声の中にある響きに、嫌な予感が背筋を這い上がる。その姿を見上げ、目を凝らし―――絶句した。カルハリアの周りには、あの矢が五本も停滞していたのだ。 「そんな・・・・・・魔力反応、なんて・・・・・・」 「隠蔽結界なんて簡単よ。さ、そろそろ死んどきなさい」 「く―――!」 カートリッジを続けざまに四発ロード。かつて闇の書の雷を受け止めた防壁の強化版を、ユーノは全力で展開した。 「スフィアプロテクション―――」 『―――Extensive!!』 「―――“Exurere Ardens Ignis”」 分かっている。この程度の障壁では、一本を受け止められたとしても、五本など絶対に無理である事は。苦々しい思いで、ユーノは衝撃を待った。後は運を天に任せるしかないのか。五本の矢は、一瞬で飛翔しユーノの障壁に突き刺さ――― キィン! ―――らなかった。 「えっ!?」 「なっ!?」 ユーノとカルハリアの驚愕が重なる。ユーノの障壁を叩いたのは矢ではなくただの炎―――恐らく、矢に凝縮されていたはずの炎だ。それが何故か固体を失い、ただの炎に戻っている。密度の無い攻撃を楽に受け止め、ユーノは目を瞬かせながら障壁を解いた。 「どうして・・・・・・」 「―――危なかったわね、ぼーや?」 唐突に背後から聞こえた声に、ユーノは咄嗟に振り返った。 ―――群青のノースリーブのワンピース、レモンイエローの腰布、そして浅葱色の髪――― 「ま、とりあえず安心なさいな。後は引き受けてあげるから」 ラベンダー色の短剣を手にしたルヴィリス=リーシェレイティアが、そこにいた。 あとがき? 「あら? いきなりあたし大活躍の予感?」 「まあ、ユーノは助けてもらわないと困るかな・・・・・・」 「しかしいい所を持ってくな。登場の時とかはしばらく見てたとしか思えんナイスタイミングだし」 「あはははははー」 「・・・・・・いや、いいけどね。ユーノが無事なら」 「まぁ、主役格を話の途中で殺す訳にも行くまい?」 「途中じゃなくても止めてくださいよ、本当に・・・・・・今これ書いてるのはStS21話やってる時なんですから」 「ユーノが出てきて一喜、ヴィータ嬢が死にそうで一憂ってとこか」 「ま、実際にどうなるか分からない立ち位置のキャラだから怖いわよねぇ。これが掲載される頃には最終回になってると思うけど」 「最終回にユーノが出れば合格、だそうで」 「確立は・・・・・・まあ、低くは無いと思うが」 「いい加減出してもらわないと、スタッフに呪いの手紙送りそうよ? この作者」 「そこまで・・・・・・まあいいか。さて、話の展開だけど・・・・・・そろそろ全貌が明らかになってくるかな?」 「どーだかな。ま、ある程度は出てくるだろうが。まだ明らかになってないのはディープスフィアと古代魔導族の目的と『欠落』についてか?」 「後はクロスとシアシスティーナの因縁・・・・・・よーするにクロスの過去かしらね」 「それと恋愛方面が消化されてないかな・・・・・・」 「まぁ、伏線張るのが大好きな作者だからな」 「無駄に張るから回収すんのが大変になるのよ。まぁ、ぽっと出の設定をやりたくないのは分かるけどさ」 「あははは・・・・・・」 「さて、それはともかく。次回はカルハリア戦の続きと、周囲を引っ掻き回すルヴィリスってとこか?」 「あら、それ楽しそうね」 「僕は楽しくない・・・・・・」 「諦めろ。そんじゃ、また次回と言う事で」 |