身軽に宙に浮く少女―――彼女に視線を向け、ユーノは身動きをとれずにいた。突然現れた彼女が、敵か味方か判別できないのだ。 『・・・・・・フィー、あの人のデータはある?』 『ちょ、ちょっと待ってください・・・・・・』 念話でクレスフィードに話しかけ、あの少女の素性を探る。数秒ほど待つと、クレスフィードは驚いた様子で念話を返してきた。 『ルヴィリス=リーシェレイティアさん。第二階梯の古代魔導族ですけど・・・・・・』 「あたしは味方よ」 「なるほど・・・・・・って、え?」 念話に突然入り込んできたように、ルヴィリスが声を上げる。しかも彼女は、いつの間にかユーノの眼前まで迫ってきていた。顔にはニヤリとした笑みを浮かべ、ユーノの事を観察している。 「ふ〜ん・・・・・・」 「あ、あの・・・・・・何ですか?」 「ん〜・・・・・・話に聞いてた通り、可愛い子だな〜って。クロスと一緒にあたしのものにしちゃおうかしら」 『―――ル〜ヴィ〜リ〜ス〜!』 と、突如としてユーノとルヴィリスの間にモニターが開く。そこには、珍しく眦を吊り上げたクローセスの顔があった。 『遊んでる場合じゃない! フェイトだけじゃなくてなのはまで暴走させる気か君は!?』 「あら、鎮圧は頑張ってね」 『無茶言うな! いいから、速くユーノを回収して戻って来る!』 「まーまー、ちょっと落ち着きなさいって」 モニターに向かってひらひらと手を振って、ルヴィリスはにっこりと笑う。クローセスが手玉に取られている様子に、ユーノは思わず呆気に取られていた。ある意味憧れとも言える人物を、こうもあっさりとあしらっている。 「ちょっと用があるからね。せっかくパスも繋いだんだし、魔力貰うわよ〜」 『パス繋いだってあれは無理矢理―――だあっ!?』 突然、モニターの中からクロスの姿が消え去る。五秒後、へろへろと顔だけ上げて机に突っ伏したクローセスへアングルが移った。 『君は・・・・・・いきなり限界まで魔力持ってく奴があるか・・・・・・』 「パスの調子は順調ね♪」 『あのね・・・・・・それのせいでフェイトがまだ暴走してるんだけど・・・・・・』 「あら、ちょっとクロスの唇を奪っただけじゃない。どうしてフェイトちゃんが暴走するのかしら?」 『知らないよ・・・・・・あんなものいきなり見せられたから怒ってるんでしょ』 欠片の自覚も無い様子に、ユーノは嘆息を漏らしていた。見れば、ルヴィリスも同時に同じ動作をやっていたようである。 耳を澄ますと『落ち着け、フェイト!』とか『なのはちゃん、レイジングハートは下ろしとき。出撃せんでも大丈夫やて・・・・・・多分』とか言う声がクローセスの後ろから聞こえてきたが―――それは聞こえなかった事にして。 「・・・・・・ま、今に始まった事じゃないから別にいいわ」 『何か納得行かないけど・・・・・・』 「とにかく―――」 じろり、と。ルヴィリスはモニターから視線を外し、空中にいるカルハリアへとそれを向けた。びくりと身体を震わせるカルハリアににやりと笑い、モニターに声をかける。 「―――ちょっと、生意気なガキに挨拶してから帰るから。心配しないで」 『・・・・・・はぁ、了解。マスターの言う事もたまには聞いてもらいたいんだけどね』 「添い寝だったらいくらでもどうぞ〜♪」 『何か心配するのが馬鹿馬鹿しくなってきた・・・・・・とにかく、無事に帰ってくるように』 それだけ言ってモニターが消滅する。ルヴィリスはその様子にクスリと笑い、再びカルハリアに視線を向けた。 「―――で、だ。別にあんたがいる事はどうでもいいんだけどさ」 「ひっ・・・・・・」 「何であんたが、あたしの弓を持ってる訳? ねぇ、カル・・・・・・」 ルヴィリスの視線は、カルハリアの左手に付いている弓へと向けられていた。収束弓《クルス》―――確か、そんな名前だったはずだ。 「わ、私は・・・・・・お姉ぇさまみたいになりたくて―――」 「へぇ」 「―――って、お姉さま?」 ルヴィリスとカルハリアの姿を見比べ、ユーノは思わず疑問符を浮かべていた。どう見ても、ルヴィリスのほうが年下にしか見えない。その声が聞こえたのか、ルヴィリスは顔をしかめながらユーノへと視線を向けた。 「あたしの方が生まれたのは先なの。誰も好き好んでこんな子供っぽい姿になった訳じゃないわよ」 「は、はぁ・・・・・・分かりました」 「話が逸れたけど・・・・・・ねえ、カル。あたしはアンタにそれを貸した覚えも、あげた覚えも無いんだけど?」 「う・・・・・・」 第二階梯と第三階梯の間には、絶対的な壁がある―――以前レイから聞いた言葉を思い浮かべ、ユーノは目を細めた。第二階梯以上になるには、固有能力の保持が絶対条件となる。それが無ければどれだけ魔力量が高かったとしても、第二階梯になる事は出来ない。 それが、この力と立場の差なのだろうか。 「・・・・・・っ、ぶ、武具などに身を落として弱くなったお姉ぇさまには、過ぎた道具です! 私が有効的に―――」 「・・・・・・身を落とした、弱くなった、ねぇ・・・・・・」 地の底から響くような声音に、ユーノは思わず総毛立つのを感じた。ニゲロニゲロと本能が叫び、喉の奥から悲鳴が漏れそうになるのを何とか堪える。 違う。レベルが―――そもそも、存在の次元が根本から違う。 大気を震わせ、焼き付かせるその殺気に押され、ユーノは思わず後ずさっていた。 「―――随分と、でかい口叩くようになったじゃない。ねぇ、カル・・・・・・」 「ひぃッ!?」 周囲に漏れているそれだけでこれほどの圧力なのだ。直接向けられているカルハリアには一体どれほどの圧迫がかけられていると言うのだろうか。 ―――だが意外にも、カルハリアは反抗心を失っていなかった。 「っ・・・・・・そ、そんな脆弱な魔力と無様な姿しか持ち合わせない今のお姉ぇさまに何が出来るんです!」 「―――――ま、そうね」 「って、認めちゃうんですか!?」 「そりゃそうよ。こんな魔力で作った幻影を実体化させただけの体、肉体があった頃の百分の一にも満たないわ」 けどまぁ、とルヴィリスは呟く。雲散霧消した殺気を再び発する事も無く、彼女は不敵な笑みを浮かべて言い放った。 「攻撃を防ぐぐらいだったら何とかなるわ。十分よ」 「ならば―――証明して見せてください! “Exurere Ardens Ignis”!!」 灼熱の矢を番え、ルヴィリスに向ける。それを醒めた目で見据え、彼女は嘆息した。 「馬鹿の一つ覚えみたいに・・・・・・ユーノ、ちょっと障壁張って」 「あ、はい・・・・・・プロテクション!」 自分とルヴィリスの身体を覆うだけ、カートリッジを使用していない普通の――それでもかなりの強度はある――障壁を張り、ユーノは待ち構えた。あの威力を受ければ容赦なく貫かれるだろうが、何故だかこれでも十分なような気がしたのだ。 「行きますわよ!」 「はいはい」 ルヴィリスは、放たれる矢に向かって短剣《ルヴィリス》を向ける。瞬間―――灼熱の矢は、先ほどと同じようにただの炎へと姿を変えた。半球体の障壁は易々とそれを受け流し、二人の身体には傷一つ付けられずに攻撃が終わる。 「―――分かった? 炎しか使えないあんたにはあたしを殺す事なんて無理よ」 「そ、んな・・・・・・その武装は、一体・・・・・・」 「教えてあげない♪」 ラベンダー色の刃を片手に、ルヴィリスは不敵に笑う。一体どんな仕組みなのかはユーノも気になったが、流石に今ここで問い掛ける事はしなかった。 「さて、どうするカル? このまま睨み合ってる? 流石に後数十分もすれば地上部隊の連中も動くって言ってたけど」 「あ、あら。それだったら死人が増えるんじゃありません?」 「あたしにそんな脅しが通じる訳無いでしょ。あたしはガルディアラスの一族とその周りの人間以外はどうなったって気にしないわよ」 つまり、地上部隊の人間が何人死のうと気にしない、と言う事だろうか。半ば呆気に取られ、ユーノはルヴィリスの姿を見上げる。彼女は、どこまでも本気の目をしていた。 「古代魔導族は・・・・・・ましてや、人間は万能じゃない。全て思い通りに出来る存在なんて、この世のどこにもいない。だから、手の届く範囲だけは何とかする。あたしのすべき事はそれだけ」 「っ・・・・・・」 カルハリアが唇を噛む。その様子を不敵に眺め、再度ルヴィリスは声を上げた。 「別にやるって言うなら構わないけど?」 「くっ・・・・・・ここは・・・退かせて貰います」 「そ」 不敵な笑みは崩さず、ルヴィリスはそう言って手をひらひらと振った。そんな彼女に唇を噛みつつ、カルハリアの姿が消え去る。それを認め、ユーノは安堵の溜め息を吐いた。 「さてと・・・・・・どーする? どうも、敵さんに気に入られちゃってるみたいだけど、君」 「何でですかね・・・・・・アースラに滞在します。本局にいるのは危なそうだ」 「賢明な判断ね。連中も、移動する機体にまでは転移できないし」 ユーノの言葉に、ルヴィリスはにっこりと笑って頷いた。魅力的な笑顔であるが、何と言うか・・・・・・先ほどまでの事を見ていると、詐欺だとしか思えない。 「・・・・・・何か、しつれーな事考えてない?」 「い、いえ! 滅相も無い!」 「ふぅん」 くすくすと笑いながら、ルヴィリスは刃を鞘に収めた。ちろりと赤い舌を出して唇を舐め、二色の瞳でユーノの姿を観察している。その姿は十四、五歳の外見には似つかぬほどに妖艶で、ユーノは思わずごくりと喉を鳴らしていた。 「んふふ♪ 照れちゃって、可愛いわねぇ」 「え、えっと・・・・・・その・・・・・・」 心なしか後ずさりしながら、ユーノは胸中で深々と溜め息を漏らしていた。これから大変になるんだろうな、と実感して。 まあ、色々と。 * * * * * 「フェイト、お風呂開いた・・・よ・・・・・・」 ユーノを回収し、その後また色々と(ルヴィリスが原因の)ごたごたがあり、クローセス達はようやくそれぞれの家に戻った。 ちなみに、ユーノは宣言通りアースラにいる。なのはの家という選択肢もあったが、なのはが恥ずかしがったのと―――現在一人の親バカが殺気立っており、命に関わると言う可能性もあったので廃案となった。 まあ、そんな中クローセスは先に風呂を貰い、リビングに戻ってきたのだが――― 「・・・・・・・・・(敵意全開の瞳)」 「・・・・・・・・・(勝ち誇った余裕の笑み)」 何と言うかまあ・・・・・・修羅場が形成されていた訳である。何で自分がここまで胃を痛めなければならないのかと嘆息し、クローセスはのろのろとリビングに入った。 「えーと・・・・・・フェイト、いつまでも睨み合ってないでお風呂入ってきてね・・・・・・」 「・・・・・・・・・うん」 テーブルを挟んだ対岸に座っている少女―――ルヴィリスから視線を外さず、フェイトはクローセスの言葉に頷いた。やはり一度も視線を外さずに出てゆくフェイトを見送りつつ、嘆息する。 「・・・・・・ルヴィリス、今度は何言ったのさ」 「べっつに〜♪」 いつだって愉快犯でいつだって確信犯―――そう評した姉の言葉を思い出し、クローセスはもう一度深々と嘆息した。厄介な従者を持ってしまったものだ、と。 ぼすんとソファに座ると、ルヴィリスは後ろに回って腕を回してきた。 「お風呂上りなんだから、暑いって」 「いーからいーから♪」 いや、良くないんだけど・・・・・・ そんな言葉を飲み込み、クローセスは小さく肩を竦めた。暑い事は暑いが、悪い気はしない―――ルヴィリスは本当に家族と、仲間と呼べる人物だから。 「・・・・・・心配、したんだよ」 「―――!」 唐突に今までの面白がるような口調が消え、クローセスは軽く目を見開いた。小さく震えている腕に手を触れ―――それを、軽く握る。 「ごめん・・・・・・」 「・・・・・・後、どれくらい持ちそう?」 「・・・・・・・・・」 思わず言葉を引っ込め、クローセスは目を閉じた。心配をかけたくは無い―――だけど、彼女に対して嘘を吐くのは全くの無意味だ。ルヴィリスはクローセスの状態を―――『欠落』のヒビを、誰よりも知っているから。 「・・・・・・騎士団ぐらいのレベルで戦闘行動を続ければ、持って三ヶ月。戦闘無しでも一年持てば十分って所かな」 『この間のシアシスティーナとの戦闘は大きかったのでしょう』 「そうだね・・・・・・シグナムさんとの戦いでも、一瞬抑えられなくなっちゃったから」 『私が加減しなければ、彼女は死んでいたでしょうね』 「・・・・・・そっか・・・・・・」 回された腕に力がこもる―――だがそれは、どうしても弱々しく感じる印象を拭いきれなかった。クリアスゼロの端的な言葉は、どこまでも事実だったから。 「ゴメンね・・・・・・あの時からあたしが実体を持てれば・・・・・・クロスは『欠落』なんかしなかったのに・・・・・・」 「ルヴィリスのせいじゃないよ・・・・・・誰も、悪くない。ただ、僕の運が悪かっただけ」 今更、誰かのせいにする事も出来ない。した所で、その相手を恨めば余計に状態は悪化する。『欠落』はある種、不治の病のようなものなのだから。 「もちろん、僕だって『崩壊』するつもりは無いよ。僕だって死にたくは無い」 「・・・・・・簡単に言わないでよ。そんなんだったら、レイが来る訳無いじゃない・・・・・・『崩壊』したら、クロスは絶対にレイに殺される。いくらクロスだって、第一階梯からは逃れられない・・・・・・」 「そう・・・・・・だね」 『欠落』、そして『崩壊』。このクローセス=シェインと言う精神がどこまで耐えられるのか。それとも、この道に逆らえず堕ち、レイによって命脈を絶たれるのか。どちらにしても、愉快な話ではない。 「どこにも・・・・・・行かないでよ。あたしは、ガルディアラスのためにこの身体になったのよ? クロスが消えちゃったら・・・・・・あたしはどこに行けばいいの・・・・・・」 「・・・・・・まったく、自分が嫌になるよ」 ルヴィリスを悲しませてしまっている、救いの求め方も分からない自分が。誰かを救う力もない自分が。 ―――どうしようもなく、腹立たしかった。 失いたくないから強くなって、護りたいから自分を削って―――結局、致命的なまでに己を歪めてしまった。死ぬつもりは無い―――けれども、特異な例を除けば『欠落』から癒えた人間など一人も見た事が無い。 「どうすればいいのか・・・・・・」 古代魔導族を相手にする以上の難題に、クローセスは嘆きを抱えて嘆息していた。 ―――部屋の片隅、棚の上で――― 主人より監視の役を預かった金色の宝玉が、淡く輝きを発していた。 あとがき? 「シリアス展開ねぇ」 「全くだ。前半はギャグだったと言うのに」 「いや、いいじゃないですか。重要な事柄なんですし・・・・・・」 「何を言う。読者の方々はだな、修羅場というものは大好物なのだ」 「あたしって美味しいキャラよね。修羅場大量生産」 「あー・・・・・・やっぱり分かっててやってるんだね・・・・・・て言うか、やられる方の身にもなって欲しいんだけど」 「作者も修羅場は大好物だからな。お前の苦労は絶えんだろーな」 「ま、これからも弄られなさいな」 「うっわすっごい受け入れがたい・・・・・・ルヴィリス、いい加減にしないとショタコンの烙印を押されるよ?」 「いーんじゃない? 可愛いものは可愛いし」 「うぅ・・・・・・この二人には勝てる気がしない・・・・・・」 「はっはっは」 「うふふふ♪」 「あんた達は・・・・・・はぁ、もういいや。そろそろ最終決戦手前辺りには差し掛かる、のかな?」 「もう少ししたらその辺りだな。先に明かさなきゃならん事もあるし、もう一本戦闘を入れるつもりらしいし」 「ま、何とか四十話台には終わるんじゃないかしらね」 「・・・・・・ホント、最後はどれだけ戦闘させるつもりなんだか」 「戦闘の数考えると三十台で納まらんような気もするがな」 「戦闘を一つ二話にしたら四十行っちゃうでしょうけど」 「・・・・・・そう言えば、クロノをどこで出すつもりなんでしょうか」 「ん? 原作でそこまで戦闘やってないから、あんまりイメージが湧かんと言ってるが」 「よーするに、どっかで捻じ込むって事でしょ」 「計画性あるんだか無いんだか・・・・・・」 「ま、いいんじゃないの? 作者としてはユーノとクロスが目立ってれば」 「だな」 「またクロノファンに喧嘩売るような事を・・・・・・」 「ま、一応活躍させるつもりはあるらしいからいいんじゃないか?」 「・・・・・・まぁいいんですけどね」 「クロスも結構薄情ね〜。さて、次回はどうするの?」 「う〜ん・・・・・・まあ、これと言ってやる事がある訳じゃないみたいだけど」 「進展するのは二十八話だろ? まぁ、次は作者がやりたい事を書き連ねた回だな」 「また身も蓋もない・・・・・・」 「いいでしょ別に。それじゃ、次回もお楽しみにね〜♪」 |