「―――調子はどう、ルヴィリス?」
「最高よ」

淡いオレンジのリボンで髪を結いながら、ルヴィリスはそう答えた。前腕部を半分ほど覆う腕輪を左腕にはめ、腰には己の本体であるラベンダー色の短剣を装備している。

「にしても、いいの? このナイフはクロスが持ってた方が・・・・・・」
「クリアがいるし、ルヴィリスだってそれだけじゃ心もとないだろうしね」

苦笑交じりにルヴィリスの腕輪を示す。レイから出してもらったその武装と、新たに造られた身体―――文句の付けようも無く、ルヴィリスを戦力として数える事が出来るだろう。
こちらにも、切り札と呼べる手札が二枚あるのだ。それならば、《ルヴィリス》は彼女に持たせた方がいい。

「ま、クロスがそう言うならいいけど・・・・・・」
「うん」

頷き、クローセスはクリアスゼロを起動した。バリアジャケットと白銀の装甲を纏い、クローセスもまた戦闘の準備を始める。と言っても、予備のカートリッジを揃える程度しかやる事はないのだが。

「・・・・・・ねえクロス、緊張してる?」
「いや、落ち着いてるよ。色々と吹っ切れたから」

苦笑し、カートリッジを懐に忍ばせる。そして小型の宝玉―――エレメントをいくつかポケットの中に突っ込んだ。覚悟すべき覚悟は当に決め、後はもう、戦いの時を待つのみ。
と―――ルヴィリスは、その表情を軽く苦笑に歪めた。

「じゃあ、怖い?」
「・・・・・・」

ぴたり、と手を止める。準備のために俯かせていた顔に映るのは、かつての思い出。顔を上げ、ルヴィリスの表情に、クローセスもまた同じような表情で答えた。

「・・・・・・怖いさ。これから殺し合いなんだ。怖くない方がどうかしてる・・・・・・」
「そうね・・・・・・」
「うん、それに・・・前より怖い。『死にたくない』って言う恐怖が上乗せされてるから」

己の『欠落』がかの銃使いの騎士のように『恐怖』なら良かった、と苦笑する。そうならば、こんな臆病な自分を晒す事なんてないと言うのに。だが―――

「でも、だからこそ死ねない。僕はまだ、フェイトと一緒にいたい。フェイトの事、何も知らないから」
「・・・・・・ふふっ」
「どうかした?」

突然笑みをこぼしたルヴィリスに、思わず首を傾げる。特にいつものような悪戯っぽい雰囲気は無く、ただ愉快そうに微笑んだルヴィリスは、その表情のまま嬉しそうに声を上げた。

「『魔導王』と戦う前のアレン・・・・・・今のクロス、言葉も雰囲気もあいつにそっくりよ?」
「そうかな・・・・・・うん、でもよく覚えてるよ。かなり大変な事態だったのに、それでも兄さんは戦う理由に世界なんか背負ってなかった」
「あくまでも自分のために、そして仲間のために、ね」

無言で頷き、虚空を見上げる。例えゲームの世界で、世界が滅ぼされる寸前だったとしても―――きっと兄は世界のために戦ったりはしない。ただ自分が生きている場所が脅かされるから、そして何よりも相手の事が気に入らないから。だからどんな敵だろうと、絶対に容赦はしない。

「戦う理由の建前なら何だっていい。今の僕が戦うのは、ただフェイトのため。フェイトが戦うというなら、彼女を護るための僕も戦う・・・・・・それだけ」
「ふふ♪ あーあ、妬けちゃうなぁ」
「ルヴィリスは僕が護るって言うより、僕が護られてるからなぁ」

いつだってそうだった。いつだってルヴィリスは、クローセスのためだけに在ってくれた。少なくとも、クローセスが知る限りの間は。だから―――

「これからもよろしくね、ルヴィリス・・・・・・僕の相棒」
「ええ、そう簡単には死なせてあげないわよ、マイマスター?」

―――二人は、その言葉と共にハイタッチを交わしていた。


 * * * * *


「―――揃ったな」

アースラのブリッジ。デュランダルを片手に持ったクロノは、それぞれの準備を整えたアースラメンバーに対してそう切り出した。

「知っての通り、今日が奴らの提示した日だ。こちらから先手を打つ事が出来なかった以上、向こうは万全の状態で来るだろう」

古代魔導族達の本拠地は、結局見つけ出す事が出来なかった。状況は、どう見ても不利と言うのが正しいだろう。が―――

「故に、今日は総力戦だ。僕も初めから前線に出て戦う・・・・・・無論、危険度は皆高い。一人一人に対する危険は、もしかしたら闇の書を相手にした時よりも上かもしれない」

どんな戦いになるかは想像もつかない。危険がある事は、皆当に承知していた。

「―――だが、忘れるな。奴らは勝てない相手ではない。クロスのように、かつて奴らに対して勝利を収めた人間もいる。だから臆する事無く、目の前の敵に全力で当たって行け」

後ろのモニターから、アラートの音が響き始める。それと共に通信メンバーが動き出し、モニターに地上の―――海鳴市の情景が映し出される。それを背に、クロノは大きく声を上げた。

「僕に言える事は、あとこれだけだ―――絶対に、勝つぞ!」
『応ッ!!』

それぞれの武器を掲げ―――皆、大きくそう声を上げた。




「―――ねえ、なのは」
「え?」

皆転送機に乗り込んでゆく中、ユーノに声をかけられ、なのはは首を傾げながら振り返った。動かした視線の先、そこに顔を少し俯かせたユーノが立っている。

「どうしたの、ユーノ君?」
「・・・・・・・・・」

黙したまま、何も言わない。だが彼は、少しだけその俯かせた顔を上げた。それに気付き、なのはも彼の言葉を待つ。

「・・・・・・なのは、君はもし僕が・・・・・・」
「え? 何、ユーノ君?」
「・・・・・・・・・ううん、何でもない。頑張ろうね、なのは」

―――再び顔を上げた時、ユーノの顔にあったのはいつも通りの微笑だった。
だが、何故だろうか―――そのいつも通りの笑顔に、どこか引っかかるものを感じたのは。

「なのは?」
「―――あ、ううん、何でもない。頑張ろうね、ユーノ君!」
「あはは・・・・・・うん、そうだね。君は僕が護る。頑張ろう、なのは」
「オイなのは、早く乗れ」

ヴィータに急かされ、なのはは踵を返して転送機に乗り込む。それを追いつつ、ユーノはポケットに手を入れた。

(・・・・・・ごめんね、なのは・・・・・・)

ポケットの中、鍵のようなナイフの感触を確かめながら、ユーノは胸中でそう呟いていた。


 * * * * *


地上への転送―――それが完了する瞬間、クローセスが感じたのは、何かに引っ張られるような違和感だった。慌てて目を開き、周囲に誰もいない事に気付いて舌打ちする。

「これは・・・・・・ッ!」

刹那、突如として背後に現れた気配に向き直る。だが、そこにいたのは―――

「フェイト!」
「え? クロス? これってどういう・・・・・・」

周囲は昼間なのに薄暗く、どこか現実味に欠ける空間が広がっている。どこか封時結界を展開した空間にも似た広場に目を細め、クローセスは呟いた。

「隔離型の結界だ・・・・・・最初から用意してたんだろうね。どうも、バラバラにされたらしい」
「そんな・・・・・・」
「参ったね・・・・・・メルレリウスが相手だし、僕らの偽者を出して撹乱してくるかもしれない」

クローセスは魔力によって本物かどうか判別できるが、他の皆はそう簡単には行かないだろう。周囲に人の気配は無く、ここの結界に閉じ込められたのはどうやら自分達だけらしい。

「クロス、どうするの?」
「・・・・・・隔離したんだ。恐らく、向こうから何かしらしてくるはずだよ」

自然体で、だがいつでも行動に移れる姿勢で周囲を窺う。フェイトも頷いて、背中合わせで戦闘体勢をとった。
一分、二分と時間が過ぎる―――フェイトがキョロキョロと周囲を窺う中、クローセスは一瞬たりとも集中を崩さず、周囲の気配を探っていた。

「ね、ねえ、クロス・・・・・・もしかして私達を閉じ込めただけなんじゃ・・・・・・」
「確かに、連中が一番注意するとしたら僕だ。けど・・・・・・君まで一緒に結界に引き込む理由が無い」

説明のために、一瞬意識をフェイトに向ける。

刹那―――紫電の雷光が、閃いた。

「ッ!!」
「キャッ!?」

頭上から落ちてきた紫電の落雷に、二人は弾けるように飛び離れた。今のは恐らくサンダーレイジ・・・・・・フェイトも得意とする魔法のはずだ。
それが放たれてきた頭上へと視線を向ける―――そこに、一人の女性が浮いていた。

「え・・・・・・?」
「フェイト?」

呆然、という様子のフェイトに首を傾げる。感じる魔力は古代魔導族のものではない。ならば、アレは―――

「避けたの? 相変わらず忌々しい人形ね、フェイト」
「母、さん・・・・・・?」

フェイトはアレを母と呼んだ。あの人の形をした《人形》を。フェイトの事を詳しくは知らない―――だがクローセスは、その名だけは聞いた事があった。

「プレシア・テスタロッサ・・・・・・!」

雷光の魔女、プレシア・テスタロッサは―――クローセスの声を聞き、ただ不敵に笑みを浮かべていた。


 * * * * *


「あかんなぁ、通信が繋がらへんわ・・・・・・そっちはどうや、シャマル?」
「ダメですね・・・・・・結界の術式も見た事が無いですし。やっぱり、魔導によるものなんでしょうか・・・・・・」

クラールヴィントで周囲を探索しながら、シャマルは思わず眉間にしわを寄せていた。結界の術式には、一部ミッドやベルカのものも混じっていたが、ほとんどは見かけない術式だった。しかも、メインの部分はほとんどその術式によって作られているため、ミッドやベルカの部分を破壊してもほとんど意味は無い。

「辺りには何にも無かったぞ」
「シグナム、そちらはどうだ?」
「こちらも、特には何も無い。結界の綻びも―――そもそも、どこからどこまでが結界として括られているのかもはっきりしない」

空間隔離型の結界である事は間違いない。だが―――この結界は、どうも他の魔法大系のものと比べると異質だった。

「確かに、これは変やな」
「ええ・・・・・・結界としてはその在り方が『自然』過ぎるんです」

無理矢理に空間を括った事による違和感が無い。まるで初めからこの場所はこうして囲いが作られていたと言うような、不自然な自然さ。
皆で首を傾げる―――その疑問に、答える声があった。

「当然じゃな。魔導とは魔力の輪廻に干渉する力・・・・・・故に、それは自然現象に等しい。発生した後に物理法則に縛られるのはそのため」
「そいつは興味深い事やなぁ・・・・・・メルレリウス」

口元を皮肉気に歪め、はやては頭上を見上げる。そこにいたのは銀髪の老紳士―――メルレリウス。

「わざわざラスボスが自分から登場とは、ご苦労な事やな」
「いえいえ・・・・・・夜天の王の前で失礼ではありますが、この身体は単なる幻影ですので。あなた方の相手をする事は出来ませんな」

互いに不敵な表情で牽制し合う。守護騎士達ははやての周りで陣形を組み、すでに戦闘体勢を完成させていた。その視線の先、メルレリウスはなお不敵に微笑む。

「まあ、その代わりと言ってはなんですが・・・・・・代役を用意しましたので。気に入っていただければ幸いですのぅ」
「代役、やて?」

訝しげに首を傾げる―――そのはやての視線の先で、メルレリウスはぱちんと指を鳴らした。手袋をしているにもかかわらずその音は大きく響き渡り、同時、その姿の隣に黒い孔を作り出した。
―――そこから、一人の姿が現れる。

「この《人形》は私が作り出した中でも最高傑作じゃ。果たして、あなた方に倒せるかのぅ?」
「―――ッ!!」
「んな・・・・・・ッ!」
「貴様・・・・・・!」

はやてが息を飲み、ヴォルケンリッターがその表情を歪める。銀の髪、紅い瞳、黒い翼―――そこにいたのは紛れもなく、あの日雪の空に還って行った掛け替えの無い家族だった。

「あぁ・・・・・・レイさんにシュベルトクロイツの改造頼んどいて良かったわ。あの子から受け継いだ魔法で、あんたの事消し飛ばしてやりたい気分や」

静かに、強烈な魔力が吹き上がる。

「―――それは、我らに対する侮辱か!」

シグナムが、吼える。

「主の思いを侮辱するならば―――」

ザフィーラが、唸る。

「はやてちゃんの想いを汚すなら―――」

シャマルが、肩を震わす。

「てめーは、ぶっ潰すッ!!」

そして、ヴィータが宣言する。

守護騎士の中心、はやてはそこで視線を上げる。視界に入るのは、かつて失った家族と―――その家族を汚した、忌々しい死に損ないの種族の生き残り。下卑た笑いを浮かべるその老人へと、はやては叫び声を上げた。

「―――あの子への侮辱だけは許せへん。一遍とは言わん、百遍ヤキ入れたるからそこでヘラヘラ笑っとれ!!」

駆け抜けた紅い閃光―――ブラッディダガーがメルレリウスの幻影を消し飛ばす。そちらには目もくれず、はやてはリインフォースへと視線を向けた。ただ、黒い翼を広げ、悲しそうに表情を歪める家族へと。

「・・・・・・リインフォース・・・・・・」
「申し訳ありません、我が主・・・・・・このような事になってしまって」

聞いていた通りだった。《人形》の人格はその元となった者の人格そのものである、と。それにも顔をしかめ、はやてはゆっくりと首を横に振る。

「リインフォースは何にも悪くあらへんよ・・・・・・悪いのはあの性根のひん曲がった古代魔導族や。こんな状況でもなきゃ、死ぬほど喜んだんやけどなぁ・・・・・・」
「申し訳、ありません・・・・・・」

リインフォースはただ、申し訳無さそうに顔を俯かせる。彼女が辛そうにすればするほど、悔しそうにすればするほど、はやてはメルレリウスへの怒りを募らせた。絶対に許せない、と。
―――それでも一縷の希望に縋り、はやては声を上げた。

「・・・・・・やっぱり、無理なんか?」
「はい・・・・・・この身は、リインフォースの偽者でしかありません。人格もゼロから作り上げられたもの・・・・・・いずれ、消滅する定めです」
「そんな、一つぐらい方法があるんじゃ・・・・・・!」
「前例は無いのか、リインフォース」

シャマルとシグナムの言葉に、リインフォースは首を横に振る。ただ、物悲しげに。

「唯一つの例外のみ・・・・・・しかも、それはもとあった人格を《人形》に移し変えた場合だ・・・・・・私は違う」

唇を噛む―――救えない。救う方法の欠片もない。堪らなく無力で―――堪らなく腹が立った。

「そか・・・・・・」
「・・・・・・私を倒してください、我が主、そして守護騎士たちよ・・・・・・私に残された救いは、それだけです」
「・・・・・・・・・ッ!」
「はやて・・・・・・」

シュベルトクロイツを強く握り締める―――その手を、ヴィータが軽く握る。主である自分と、自分を護ってくれる守護騎士―――護って、護られて、その関係の中にリインフォースも含まれているはずだったのに。

「ゴメン、な・・・・・・」

涙を拭う。視線を上げる。強くなったつもりでも、やっぱり自分は弱いまま―――それを痛感して、それでもなお視線を上げる。

「私は、リインフォースの主やもんな・・・・・・一つぐらいは、望みをかなえてやらんと、ダメなんやもんな・・・・・・」

誰よりも気丈で誰よりも強い少女は、そう呟いた。







あとがき?



「さて、ついにラスボス戦スタート、って訳だけど」

「うむ。クロスとルヴィリスは・・・・・・しばらくこっちには出てこんな」

「んで、まあある程度予測できたかもしれないけど・・・・・・メルレリウスの《人形》は、プレシア・テスタロッサとリインフォースの姿で出て来た訳だね」

「読者の中には真面目に腹立てる人がいるかも知れんな。あの嬢ちゃん二人の心を踏みにじってる訳だ、あの性悪人形師は」

「これはあいつを敵として出すのが決まった時点で既に決定してた内容だったみたいだけど。以前も似たような事してたしね」

「一番触れて欲しくない部分に触れて来る訳だが、ああいう連中も結構いるんだ。古代魔導族って種族の中にはな」

「つくづく嫌な連中だけどね。さて、あとはユーノ、なのは、クロノ、アルフ、ルヴィリスが残ってる訳だけど」

「そんでもって敵側はウェルフィレアとカルハリアか。まあ、戦ってないのはメルレリウスも同じだが」

「どういう組み合わせになるかは・・・・・・まあ、大体分かるだろうね」

「まあな。しかし、こうやって書くと危うい均衡だな。メルレリウスもウェルフィレアも、数を揃える事に関しては便利な能力だ」

「確かに。でもまぁ、連中が遊んでいる間はまだ対抗のしようもあるさ」

「ああ・・・・・・さて、果たしてどうやって戦わせるつもりなんだか」

「次回をお楽しみに」






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