「―――せやから、レイさんに頼みたいんや」
「ふむ」

その言葉を受け、レイは検索を中断した。肩を竦め、苦笑を交えて声を上げる。

「いきなり来て倒置法で話されてもね。何を頼みたいんだい?」
「ユニゾンデバイスの製作、や」
「ユニゾンデバイス?」

初めて聞く単語だったのか、レイはきょとんとした顔で首を傾げた。まあ、そんな珍しい物の資料にはほとんど触れる事は無いだろう。笑みを浮かべ、はやては続けた。

「古代ベルカの生きたデバイス、融合騎。主と一体となって戦うデバイスや」
「成程、文字通りユニゾンと言う訳か」

興味深そうに頷き、黒衣の魔導師は手を広げる。そこに、書庫の奥の方から飛んできた一冊の本が納まり、すぐさま緑の光に包まれた。

「―――ふむ、現在のミッドの技術で再現するのは中々に難しそうだね。古代ベルカの使い手にしか利用できないだけあって、デバイス製作を大掛かりに頼む事も出来ないか」
「せやから、デバイス製作も無限書庫の情報も利用できるレイさんに頼むんや」
「中々に合理的な判断だね」

単純に賞賛しているのか、それとも皮肉っているのか。あまり表情の変化しないレイからそれを読み取る事はできなかった。

「それで、どうしてユニゾンデバイスを作ろうと思ったんだい? 君はこういうコネじみた行為は嫌いだろう?」
「・・・・・・どうしても、必要なんや」
「ふむ?」

顔を俯かせ、呟く。脳裏に浮かぶのは、あの冬の日の事。胸に浮かぶのは、あの雪の空に消えて言ったリインフォースへの誓い。大切な、大切な・・・・・・何よりも大切なその思い出。

「約束なんや。あの子との・・・・・・リインフォースとの。せやから、絶対に作らなあかん」
「成程、ね」

レイは小さく笑う。今の、あんな少しの言葉だけで通じたのか―――見上げた彼の顔には、始めて見るような優しい笑顔が浮かんでいた。

「君にとっては大切な事なんだろう? だったら、深くは聞かない。この事件が終わった後なら、いくらでも君に協力しよう」
「・・・・・・ありがとな、レイさん」

心遣いに感謝し、小さく笑う。深く礼をし、はやてはそのまま踵を返した。僅かに浮かれた心を隠し、かつて失った家族への誓いと、いずれ新たに加わるであろう家族への想いを胸に刻み付ける。

―――八神はやてと言う少女にとって、出発点となる場所はきっとそこだから。



「・・・・・・ふむ」

無限書庫を去って行ったはやての姿を見送り、レイは小さく声を上げた。脳裏に浮かぶのは、かつて記憶を失っていた時に、共に相棒として戦場を駆けた少年の事。

「・・・・・・嫌だねぇ、まったく。あんな子供が生き急ぐ様を見るのは」

嘆息交じりに肩を竦める。肩の上で見てきたあの少年の軌跡は、決して生易しい物ではなかったから。血と泥に塗れ、無数の傷を受け、それでもなお目的のために進み続けた少年。
―――そんな茨の道を進ませるのを見過ごせるほどに、レイは人を見捨てられる訳ではない。

「君が見たら一体どう思うんだろうねぇ、アレン。君ほど酷くないにしろ、あのままじゃいずれ命を投げ出す事に抵抗を覚えなくなるよ、あの子は」

今は人を導く立場となったかつての少年の姿を思い浮かべながら、レイはそう呟きを漏らしていた。


 * * * * *


「ラケーテン―――」
「紫電―――」

左右から迫る紅と紫の閃光。共に必殺の一撃とも言える破壊力の攻撃。それを―――

「防げ」
「ハンマ―――ッ!!」
「一閃ッ!!」

リインフォースは、両手に発動したパンツァーシルトで受け止めた。本来のリインフォースでも可能かどうかは分からない、その防御出力―――《人形》となって能力を劣化させるどころか、リインフォースはさらにその力を高めていた。

(・・・・・・・・・本局から奪ってった魔力結晶を利用しとるな・・・・・・! 魔力量だけなら私らより遥かに上や・・・・・・)

はやては思わずごくりと喉を鳴らす。つくづく忌々しい人形遣いだと胸中で呻き、後方で詠唱を続ける。味方がいる限りこの術を発動する事は出来ないが―――
前線の二人は、ちょうど攻撃が息切れを起こした所だった。咄嗟に攻撃を中断し、後ろへと飛び離れる。が―――

「―――なッ!?」
「済まない・・・・・・!」

リインフォースはその瞬間、すぐさまヴィータとの距離を詰めていた。その拳に、黒い靄のようなものが宿る。

「ッ・・・・・・パンツァー!」
「シュヴァルツェ・ヴィルクング・・・・・・!」

展開された紅い障壁と黒い拳が衝突したのはほぼ同時だった。数瞬の拮抗―――そして、赤い障壁が砕け散る。すぐさま放たれた二撃目の拳は、咄嗟にかざされたグラーフアイゼンに突き刺さり、ヴィータの身体を軽々と吹き飛ばした。
そしてそれを確認もせず、リインフォースは振り返る。手に宿るのは三発目の魔法―――

「はああああああッ!」
「―――!」

シグナムが渾身の魔力で振り下ろしたレヴァンティン―――それを、リインフォースはシュヴァルツェ・ヴィルクングの発動した左の掌で受け止めた。それとほぼ同時、右の拳にも漆黒が宿る。

『Panzergeist!』
「ふッ!」

ぶつかり合う黒い拳と魔力の鎧を纏った鞘。シグナムもまた大きく弾き飛ばされる―――ヴィータのように地面に叩き付けられる事は無かったが、戦闘不能を免れた代わりの被害は甚大だった。鞘は最早、ほとんど大破に近い状態まで追い込まれてしまったのだ。

(ボーゲンは封じられたか・・・・・・!)

シグナムはそう胸中で舌打ちする。最大攻撃を封じられたと言う事実が、元々焦りかけていた精神をさらに急かす。だがリインフォースは、シグナムが鞘に意識を向けたその瞬間、はやての方へ向かって飛び出した。

「な―――ッ!」
「させんっ!」

リインフォースの振るう黒い拳を、飛び出したザフィーラがシールドを使って真正面から受け止めた。魔力値の差はあろうとも、防御出力はヴォルケンリッター随一だ。その拳を、シールドにヒビを走らせるだけで受け止める。
リインフォースが次の拳を繰り出す前に、ザフィーラは新たな魔法を発動させた。

「縛れ! 鋼の軛ッ!!」
「スレイプニール―――」

黒い翼が広がり、貫こうとする純白の軛からその身体を逃がさせる。だが―――その場所に、四方から四つの鉄球が襲い掛かった。展開したバリアでリインフォースが受け止める―――そこに、はやての声が響き渡った。

「来よ、白銀の風・・・天より注ぐ矢羽となれ―――」

展開されるは純白の魔法陣。その中心に光を収束させ、はやては叫んだ。

「ザフィーラ、シグナム、下がりッ! いくで―――フレース・ヴェルクッ!!」

視界を埋め尽くさんとする純白の閃光は、弾けるように一直線にリインフォースへと直進した。咄嗟に展開した防壁で白銀の矢羽を止めようとする―――が、はやての魔法はその防壁すら飲み込み、周囲の空間ごとリインフォースを光の中に飲み込んでゆく。
音の無い爆音と、閃光に次ぐ閃光―――視覚と聴覚を蹂躙し、広域破壊魔法はようやくその勢いを弱める。煙に消えたリインフォースに、はやては小さく目を伏せた。

―――刹那、紅い閃光が煙の中から駆け抜けた。

「―――ッ!!」
「クラールヴィントッ!」

煙の中から放たれたブラッディダガーを、間一髪シャマルの展開した障壁が受け止める。思わず安堵の息を吐き出し、はやては声を上げた。

「ありがとな、シャマル・・・・・・寿命が縮んだわ」
「いえ・・・・・・お怪我はありませんか、はやてちゃん?」
「ん、大丈夫や」

言いつつも、煙から視線は外さない。その中にいる、黒い翼の人物からは。

「申し訳ありません、主・・・・・・・・・」

―――哀しそうに顔を歪める、銀髪の家族からは。

「申し訳、ありません・・・・・・!」
「ちゃう・・・・・・ちゃうんよ、リインフォース・・・・・・謝る事なんて、何もないんや」

ゆっくりと首を振り、その姿を見上げる。脳裏にフラッシュバックする雪の空を静かに受け入れ、はやては続けた。

「悪いのはメルレリウスや・・・・・・リインフォースは何も悪くない。私やて、守護騎士たちやて、皆そのくらい分かっとる!」
「ですが・・・・・・!」
「リインフォースは悪くない。聞き分けるんや。駄々っ子は友達に嫌われるんやろ?」

言って、はやては斜に構えた笑みを浮かべた。内心の怒りを押し殺し、それを皮肉気な表情に変換する―――クローセスが兄から教わり、それをさらに教わった、怒りへの対処法。有効な方法だと苦笑し、はやては尚も怒りを押し殺した仮面を被る。

「・・・・・・リインフォースに言われたからな、私は聞き分けはよく生きてるつもりや。本当に助ける方法が無いなら、私は私の義務を果たさなあかん」
「そんな、これは貴方に課された義務などでは・・・・・・!」
「いんや、義務や。クロス君は現実主義やからな、全部とは言わんが、ああいう風に言った事は大抵正しいと思うで。『何かを犠牲にしたなら、そのため生きる事も忘れてはいけない』ってな」

恐らく彼は、想像もつかないほどの数の犠牲を背負っているのだろう。自分はそれが出来るほど強くないと、小さく息を吐き出す。だが―――

「―――だから、これは私の義務や。リインフォースを犠牲にして生きとる私らは、リインフォースのために生きなあかん」
「主・・・・・・」
「―――はやての言う通りだ」

声を上げたのは、戻ってきていたヴィータだった。グラーフアイゼンを振り、その瞳にその魔力光に似た炎を宿す。

「あたしには小難しい事は分からねぇ。けどリインフォースが・・・・・・家族が苦しんでるなら、それに答えなきゃならない事ぐらいあたしだって分かってるつもりだ!」
「同感だ」

ヴィータの言葉に、ザフィーラが同意する。人の姿となっても変わらないその狼の鋭い眼光をリインフォースへ―――そして、その先にいる敵へと向け、言い放つ。

「我らに安らぎを与えてくれた我が主と、我らのために犠牲となったお前・・・・・・それに報いる事が出来なくては、ベルカの誇り高き守護獣の名に傷が付く」
「その通りよ」

はやての傍に控えるシャマルがザフィーラに続く。クラールヴィントを装備したその手を強く握り締め、湖の騎士はただ真っ直ぐな視線でリインフォースを見上げた。

「貴方は私達を救ってくれた・・・・・・はやてちゃんを救ってくれた。それだけで、貴方は私達にとって救うべき存在なのよ。こんな方法しかないのは許せないけど・・・・・・貴方にとっての救いとなるなら、私達は何だってするわ」

―――そして、最後。紫炎の魔力を纏う烈火の闘将は、炎の魔剣を正眼に構え、その堅固な意思を言葉に込めて宣言する。

「我ら、夜天の主の元に集いし群雲の騎士・・・・・・与えられた恩に報いずして、何が騎士か。ならば我らの成すべき事は唯一つ―――」

刃を振り、鋭い視線を向ける。そこにあるのは鋭く研ぎ澄まされた、刃のごとき静かな怒りだった。

「―――リインフォース・・・・・・我らの恩人を、救う事のみ」

そう言ってシグナムは、小さく目元を緩める。再び家族に会えた喜びと、再び失わなければならない哀しみと、自分に対する怒りと―――そんな感情をない交ぜにして、悲しく笑う。

「―――お前を今一度犠牲にしなければならない事、許してくれとは言わん。お前が犠牲となり、我らが平穏を手に入れた事は事実だ。此度の罪も、逃れようとは思わない」

ヴォルケンリッターたちは静かに目を閉じる―――次にその瞳を空けた時、そこにあったのは鋼のごとく硬い意志だった。

「だが、それでしか救われぬと言うなら、私達はお前を倒す!」
「―――そーゆー事や。リインフォース・・・・・・辛いなら辛いって言ってくれればええ。けど、ただ意固地になってるだけなら・・・・・・ちょう、私らの事信用してな」

小さく笑みを浮かべ、はやては杖を構える。それが向けられた途端、リインフォースの身体は勝手に戦闘体勢をとった。緊張による一瞬の均衡―――そして、仕掛けたのはヴィータだった。

「アイゼン!」
『Jawohl!』

ヴォルケンリッター屈指の攻撃能力を持つ鉄槌の騎士―――リインフォースは、その攻撃に備えてパンツァーシルトを発動する。が―――

「アイゼンゲホイル!」
『Eisengeheul』
「―――なッ!?」

―――彼女が放ったのは、目くらましだった。予想外の行動に硬直し、リインフォースはその閃光をまともに直視してしまう。そして―――そこに飛び込んだのは、ザフィーラだった。

「おおおおおおおおおおッ!」
「っ―――」

拳を構え、打ちかかる。ほとんど見えないながらも、リインフォースは魔力反応のみで相手の方向を読み、そちらへともう片方の手でパンツァーシルトを発動した。ザフィーラの拳は真っ直ぐそのシールドに―――突き刺さらず、そのまま横に逸れて隣を通り抜ける。

「何―――ッ!?」

そしてその刹那、リインフォースの背後の空間に開いた孔より、連結刃となったレヴァンティンが飛び出した。炎の魔剣は瞬間的にリインフォースの体を取り囲み、その場に捕らえる。
放ったのはシグナム、そしてシャマルだった。クラールヴィントの展開した旅の鏡に向かって、連結刃となったレヴァンティンが飛び込んでいる。
そして―――

「響け、終焉の笛!」

展開される、巨大な純白のベルカ式魔法陣。その三つの頂点に、巨大な魔力球が膨れ上がる。その後ろに立ち、はやてはリインフォースに笑みを向けた。
―――どこから見ても無理をしているのは明白な、哀しい笑みを。

「ゴメンな・・・・・・なんて、言っちゃあかんのやろな。そんな事、言うまでもない事や」
「主・・・・・・」
「だから、私が言うのはこれだけや。リインフォース・・・・・・ありがとう」

恥も外聞も無く、宙に浮く二人の目からは涙の雫が零れ落ちる。地面まで落下したそれは―――同時に、弾けた。
歯を食いしばる、溢れそうになるものを堪える、そして、杖を振り下ろす―――

「―――ラグナロク!」

―――そして、全てが純白の光に埋め尽くされた。

「ありがとうございます・・・・・・我が、主」

―――その小さな言葉だけを、残して。





地面に降り立ったはやては、リインフォースの消えた空間を見上げて小さく息を吐き出した。吐き出す思いはとても語りつくせない。ただその中で―――悲しみが怒りに塗りつぶされていく事だけは、はっきりと自覚した。

「―――カートリッジと魔力は残っとるか、皆?」
「・・・・・・ああ」
「無論です」

淀みなく、ヴィータとシグナムが答える。クローセスならばきっと、ここで口の端でも吊り上げるのだろう―――だが、今のはやてにそれは出来なかった。怒りのまま、言葉を吐き出す。

「今からあの戯けた事をしてくれた古代魔導族を叩き潰しに行くで。異論は?」

―――返答は、すぐに返ってきた。

「いいえ」

シャマルが。

「御意に・・・・・・」

ザフィーラが。

「皆あたしの前にやっとけよ。あたしの後じゃ潰すとこ残ってねーぞ・・・・・・!」

ヴィータが。

「この手で斬り捨てましょう。異存はありません」

そして、シグナムが。それぞれの怒りを胸に歩き出す。

―――五人はその怒りを逃さぬよう口を閉ざし、静かに結界の中を進んで行った。







あとがき?



「三十七話、ようやく完成したな」

「色々ハマって時間かかったからね。まぁ、その間もストックで更新はしてたみたいだけど、もう少しで完結とは言えあんまり余裕かましてると追いつかれるよ?」

「ま、後悔するのは作者だから俺らは関係ないが」

「相変わらずシビアだねぇ。さてと、今回ははやて編だった訳だけど。ぶっちゃけ五体一だから個人の戦闘を生かせなかったね。もう少し分ければよかったのに」

「そうすると最初に決めてたヴォルケンズの台詞を出せなかったからだろ。いい加減計画性の無さが影響してきたみたいだな」

「まあね。ところで、この作者はどうもはやては斜に構えた渋いキャラが似合うと思ってるみたいなんだけど」

「某Web漫画サイトの影響だな。StSの頃にはそんなキャラになってんじゃないのか、このはやて嬢は」

「普段はふざけてるけど、やるときはやる実力者。昔から寡黙系と皮肉系のキャラは強いと相場が決まってるものらしいよ。少年漫画では」

「作者の偏見のような気もするが」

「まーね。さて、次回は・・・・・・なのはとユーノがようやく登場、って所かな」

「そうだな。ま、そろそろ出さん事には話が進まんし。この前妙なフラグも立ててた事だしな」

「ま、あんまり鬱展開は得意じゃないみたいだけどね、この作者」

「いや、それは嘘だろ。どんだけ鬱展開やってきたと思ってんだ。あの弟子に自分自身の惚れた女を殺させるとかやらせただろ」

「まぁ、仕方ないんじゃないそれは。一応、アレンを形成する二番目大きなファクターって言ってもいいし」

「ま、そうなんだがな。さて、そんじゃあ次回をお楽しみ、と言った所か」






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