「あ、あの!」
「―――ん?」

前方を歩いていた少女を引き止め、なのははごくりと喉を鳴らした。ルヴィリス=リーシェレイティアと言う長い名前の、先日仲間に入ったばかりの彼女。
―――なのはは、どうにもこの少女の事が苦手だった。

「何? どうかした?」
「あ、えっと・・・・・・」

一切物怖じしない態度の彼女に、思わず尻込みする。しばしきょとんと目を見開いていた目の前の相手は、突然相好を崩して苦笑すると、ちょうど近くにあったベンチを指差した。座って話したらどうだ、と言う事らしい。
頷いて、なのははルヴィリスと共に小さなベンチに腰掛けた。

「それで、どうしたの? 話したい事があるんでしょ? それとも、聞きたい事だったりする?」
「あ、えっと・・・・・・話したい事、です」
「ん。それで、何?」

ルヴィリスは頷くと、そのままなのはに先を促してくる。そのおかげで、もう後には退けなくなった。覚悟を決め、声を上げる。

「あの・・・・・・私、ユーノ君の事が好きなんです」
「ん、知ってるよ」
「あう・・・・・・だ、だからその・・・・・・真剣じゃないのにユーノ君に言い寄ったりするのは、やめて欲しいなって・・・・・・」

言っていて恥ずかしくなる。羞恥と言う事ではなく、自分自身の独占欲に対して。それでも、自分よりも大人っぽくて大胆で、人形みたいに綺麗なこの少女に詰め寄られるのは不安だった。
が―――

「なーんだ、そんな事か」

ルヴィリスは、そうあっけらかんと言い放った。思わず呆気に取られる―――だがなのはが怒りを感じるより早く、ルヴィリスは苦笑交じりに声を上げていた。

「心配しなくていいよ。そういうつもりは全然無いから」
「・・・・・・え? じゃ、じゃあ、この間のは・・・・・・」
「あれは冗談よ、冗談。これでも、一応相手は選んでやってるんだけどね」

くすくすと笑いながら、ルヴィリスは手をパタパタと振る。その様子にむっとして、なのはは軽く頬を膨らませた。その様子を見たルヴィリスは、再び愉快そうに笑う。

「大丈夫よ、貴方からあの子を取ったりしないわ」
「・・・・・・本当に?」
「ええ。だって―――」

―――その時に見た表情はきっと忘れる事は出来ない。なのはは、思わずそう胸中で呟いていた。
いつも楽しそうに笑うルヴィリスの顔に、寂しそうな影が差していたから。

「―――私、失恋って嫌いだから。誰かがするのを見るのも、ね」
「え・・・・・・?」
「別に、ただの情けない話。好きな人がいたけど、その人は別の人を好きになって・・・・・・それでも未練がましくその人の傍にいた・・・・・・ただ、それだけの話よ」

そう語るルヴィリスの声は寂しそうで、懐かしそうで―――思わず、胸を締め付けられた。

「絶対に大丈夫だと思う子にしかああいう事はしないし、本気で盗ろうとも思わない。私だって、自分の傷を抉ろうなんて思わないわ」
「ルヴィリスさん・・・・・・」
「あはは・・・・・・ごめんね、辛気臭い話にしちゃって。とにかく、大丈夫だから安心して」

辛そうな顔を笑顔で消し去り、ルヴィリスは軽くなのはの頭を撫でる。その手は、どこか温もりを求めたようで―――
―――いつの間にか、ルヴィリスに対する苦手意識は雲のように消え去っていた。


 * * * * *


「・・・・・・これは・・・・・・?」
「なのは、大丈夫?」

すぐ傍から聞こえた声に咄嗟に振り返る。そこに、困った表情を浮かべたユーノが立っていた―――だが、それ以外には誰もいない。一緒に転送機に乗ったはずの仲間は、誰も。

「え、どういう事?」
「分からない。けど―――」

ユーノは視線を鋭くして周囲に向ける―――漂う空気は張り詰め、呼吸をする度に何かが喉につかえているような錯覚を覚えさせる。少なくともこの状況は、自分達に有利に働く物ではないだろう。
唾を飲んでレイジングハートを握り締め、なのははユーノの隣に立った。

「―――少なくとも、まともな状況じゃ無さそうだね。フィー、結界の組成は?」
『ミッド、ベルカ、そして魔導を混合して作ったものです。ここまで複雑だと、力技で破るかもしくはクリエイターでもないと・・・・・・』
「でも、下手に破ると街の人に被害が出ちゃうし・・・・・・私なら破ろうと思えば破れると思うけど・・・・・・」
「そうだね・・・・・・」

なのはのスターライトブレイカー+ならばこの結界を破る事も恐らく可能だろう。だが、そうすればこの結界の中身を海鳴の街に放つ事になる。それだけは避けなければならない。

「まあ、それに・・・・・・」
「うん・・・・・・」

ゆっくりと、振り返る。自分たちを包囲するように現れ始めた、無数の傀儡兵たちに向かって。

「そんな暇は、与えちゃくれないみたいだ。フィー」
「今はこの傀儡兵さんたちを倒さないとだね。レイジングハート」

マスターの声に答え、デバイスたちは輝きを放つ。そしてそれとほぼ同時、傀儡兵たちの展開も完了した。二機のデバイスは、対抗するようにカートリッジをロードする。

『Load Cartridge. Daggeredge mode, drive ignition.』
『Load Cartridge. Accel mode, drive ignition.』

溢れるほどの魔力が満たされ、それぞれのデバイスが戦闘体勢をとる。そして―――なのはとユーノは、それぞれ反対の方向へと飛び出した。互いに、この程度の敵に倒される事はないと重々承知している。
敵の前に飛び出し、ユーノは振り下ろされる大剣を避けると共に跳躍した。宙返りをしながら頭上を通り、それと同時に手から鎖を放つ。

「アクティブチェイン!」

翠の鎖は傀儡兵を貫き爆砕させ、そのまま地面に突き刺さった。それを見届ける事無くユーノは着地と同時に体勢を低くし、地面に張り付くような姿勢で敵の攻撃を躱す。敵は両側―――腕をクロスさせ、ユーノは再び鎖を放った。一本ずつの鎖は容赦なく傀儡兵を貫き、そのまま宙に翠の筋を描きながら駆け抜ける。
デバイスを手に入れてからの訓練で、ユーノは魔力の無駄を極限まで絞った戦闘スタイルを確立していたのだ。

「来い・・・・・・!」

ナイフを構えるのと同時、背後から刃を振り下ろそうとした傀儡兵が、地面を突き抜けて現れた鎖に貫かれて四散する。その爆風と共に、ユーノは駆けた。振り下ろされた刃を鎖が受け止め、それを掻い潜って頭部に刃を突き立てる―――横から攻撃しようとした傀儡兵は残る鎖の内一本に絡め取られ、もう一本に貫かれた。
―――順調に数を減らしてはいるが、いかんせん元の数が多い。予備のカートリッジの数も考え、ユーノは声を上げた。

「数が多い・・・・・・フィー、行ける?」
『もちろんです! 一体も逃しませんよ!』
「いい返事だ」

元気良く答えるデバイスに満足し、カートリッジのロードを命じる。頭の中に流れ込んでくるのは、クレスフィードが解析した周囲の敵の居場所と活動状況。三本の鎖によって翻弄され、一箇所に固まりつつある傀儡兵たちの現在位置。
ユーノはそれに対し、必要最低限の大きさの魔法陣を展開した。

「アクティブチェイン―――」
『―――Ascension Shift.』

立ち昇るのは無数の鎖。一本も無駄にする事無く敵を貫き、その身体を破壊した。軽く息を吐き、なのはの方へ視線を向ける―――彼女が残る傀儡兵を殲滅したのは、それとほぼ同時だった。桜色の魔力の残滓を纏い、なのははゆっくりと地面に降りてくる。

「大丈夫、ユーノ君?」
「うん、問題ないよ。さて・・・・・・」

息を吐き、ユーノは周囲に視線を巡らせた。傀儡兵の残骸と、その魔力が残る場所―――その中に敵の姿を探す。なのはと背中合わせで立ち、息を殺して周囲の気配を探る。
と―――

『―――成程、クローセス=シェインがガルディアラスの後継者であるなら、お主はレイムルド殿の後継者やもしれんの』
「ッ!」
「どこっ!?」

唐突に響いた声に視線を上げる―――ちょうどその視線の先、虚空から滲み出るように銀髪の老紳士が姿を現す。その傍には、一冊の黒い本が浮かんでいた。ほとんど確定していた事態とはいえ、ユーノは思わず舌打ちする。

「魔力の質やその属性もレイムルド殿に近い。司書と言う肩書きもあながち間違いではないようじゃな」
「・・・・・・メルレリウス・・・・・・」

第二階梯古代魔導族、『人形師』メルレリウス。かつて数え切れないほどの人間を騙し、数え切れないほどの戦争を誘発し、数え切れないほどの人の心を踏みにじった存在。それが、最悪の武器を持って目の前にいる。

「・・・・・・なのは、覚悟はいい?」
「勝つ覚悟、ならね」

どこか苦いものを交えながらも、二人は笑みを交わす。そして、それぞれのデバイスを構えた。完全に臨戦態勢の二人―――だが、メルレリウスはその口元に愉快そうな笑みを浮かべる。

「まあ待て。少し話をせんか?」
「話・・・・・・?」
「そうじゃ。気にならんか? そもそも、何故私達がここにいるのか」

―――何故、殺されたはずの古代魔導族たちがここにいるのか。老紳士は、そう疑問を投げかける。根本的過ぎて最早誰も気にしていなかった、そんな疑問。なのはとユーノは、その言葉に思わず眉間にしわを寄せた。

「自分の姿の人形を用意できる事を知っている以上、私達がどうやって生き延びたかは分かるじゃろう。ならば、奴らに気付かれぬようそこまでした理由とは何か」
「・・・・・・少なくとも、それは関係してるんでしょう」

集中を崩さず、ユーノは《写本》へと視線を向ける。メルレリウスの傍に浮かぶ黒い本は、未だに沈黙を保ったままだった。

「貴方は以前暇潰しだ、と言った。けど、それだったらわざわざここまで来る必要は無い。貴方はまだ、真実は語ってない」
「ふむ、いい線じゃな。その通り、私の目的は暇潰しではない。しかし、ガルディアラスにしか叶わぬ『永遠』などと言うものでもない・・・・・・お主なら、幾分共感を持てるのではないかの―――」

メルレリウスは、突如としてその表情を歪めた。怨嗟、羨望、嫉妬―――そんなものが混じった、歪んだ表情へと。

「―――下らんとは思わぬか? 『才能』などと言う枠に括られ、力を持たぬ者は排斥される。ただ偶然強い力を手に入れた者が我が物顔でのし歩く・・・・・・第一階梯どもが! ブレイズィアスのような強靭さもない、クラグスレインのような狡猾さも無い『魔導王』が、何故最強の古代魔導族であったか! 彼奴は魔導の一切を断ち切る能力を持っていた―――ただそれだけだ! それだけで他を圧倒し、『魔王』にも匹敵する実力を手に入れた!」
「・・・・・・ッ!」

放たれる激情に、一瞬圧倒される。ユーノは、思わず歯を食いしばっていた―――メルレリウスに共感してしまいそうになる自分を抑えるために。才能を持つ者と持たざる者―――幾度も考えそうになって、押し留めていた考え。

「第二階梯ではいくら磨こうとも第一階梯には届かん・・・・・・ならば、他から補えばいい! 幸い、世界は広い―――世界一つ滅ぼせる道具がごろごろと転がっておる。私達の世界にも、な」

どこか陶酔を交えたメルレリウスの声。なのはは絶句し、ユーノは歯を食いしばる。

「お主にも分かるじゃろう、ユーノ・スクライア。そこの少女の才能を妬み、憎んだ事も在るじゃろう。誰よりも力を望んだお主なら―――」
「―――黙れ」

恐ろしく低い声が、響いた。なのはがメルレリウスの声に反応するよりも、メルレリウスが得意げな声を上げるよりも早く。クレスフィードを掲げ、ユーノは絞り出すように声を上げる。

「―――要らない。そんな力なんか、望んでない」
『マスター・・・・・・』

顔は俯かせたまま。声は小さく、低く―――それでも、力を込めて。

「なのはにそんな汚い感情を向けなきゃいけない力なんて、僕は要らない・・・・・・フィー」
『・・・・・・! はい、マスター・・・・・・Full drive mode, stand by!』

クレスフィードが輝きを発し始める―――盾を環状魔法陣が包むと共にユーノは顔を上げ、宣言した。

「僕が望んだのは、なのはを護る力だ・・・・・・! 才能なんかどうでもいい! そんな子供の言い訳をする為に、僕はここに立ったんじゃないッ! クレスフィード、フルドライブ!!」
『Genius mode, Drive Ignition!!』

《守護神》を冠するその最後の形態を開放する―――翡翠の輝きが、薄暗い結界を染め上げた。


 * * * * *


「は、はは・・・・・・」

地面に転がりながら虚ろに空を見上げ、ルヴィリスは乾いた笑い声を漏らしていた。右腕と左足の感覚は無い―――恐らく、爆発の衝撃で千切れ飛んだのだろう。最後の瞬間に短剣で結界を切り裂いて別の空間へと逃げたが、それでも余波を躱す事は出来なかった。

「自爆とは、ね・・・・・・やってくれるじゃない、まったく・・・・・・」

己の本体は、左手で握っている。本体自身にはダメージは無いらしい―――が。

「来た、か・・・・・・」

滲み出るように増殖する気配―――無数の傀儡兵が、地面から徐々にその姿を現していた。今の身体では、抗う事は不可能だろう。

「そこまでしてあたしを殺したいのかしらね、あの腐れ人魚・・・・・・」

ウェルフィレアの姿を忌々しげに思い浮かべ、ルヴィリスは小さく嘆息した。覚悟などと言う物は、八百年前―――いや、それ以前から決めている。こんな結末も、当に覚悟していた。

「これで終わり、か・・・・・・思えば、ほんっとーに碌な人生じゃなかったわね。あんな朴念仁好きにならなかったら、こんなとこにはいないか」

嘆息交じりに、それでもどこか懐かしそうな笑みを浮かべ、ルヴィリスは目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、ガルディアラスの一族の皆―――そして、ガルディアラス本人だった。穏やかな笑みを浮かべる茶髪の少年の姿が、目の前に浮かび上がる。

「ホント、バカよね・・・・・・貴方も、あたしも・・・・・・」
『―――それで、いいのか?』

―――唐突に、声が響いた。
どこからとも分からない、幻聴とも区別しがたい声。その他の声ならば、記憶が呼び起こした物と考えただろうが―――生憎とこの声の主は、幻と取るにはあまりにも現実味のありすぎる相手だった。思い出に水を差され、ルヴィリスはしかめっ面で瞳を開く。

「―――何となく、前々からいるんじゃないかとは思ってたけど・・・・・・やっぱり見てた訳ね」
『―――それで、いいのか?』
「あーもー・・・・・・」

傀儡兵たちが近寄ってくる足音が響く。それでも、ルヴィリスは慌てていなかった。だがそれは、諦めている為ではなく―――

「あたしがどう答えたって、あんたはあたしを死なせる気なんてさらさら無いんでしょうに・・・・・・だったらいいわよ。あんたの舞台で、またしばらく踊らされてあげるわ」
『―――いいだろう・・・・・・』

近寄った傀儡兵が、ルヴィリスの本体を破壊しようと武器を振り上げる―――だが、それよりも一瞬早く、一枚の蒼い羽がルヴィリスの身体に舞い降りた。

―――閃光、衝撃。

「―――あたしはあんたが嫌いだから、別に感謝もしないし礼も言わないわ」

駆け抜けた蒼い閃光が、集った傀儡兵たちを紙屑か何かのように吹き飛ばす―――その魔力の中心で、身体を完全に修復したルヴィリスは己の武器を携えて静かに立った。

「でも、あんたに対して貸し借りを作ってるのは気に喰わないしね・・・・・・精々、与えられた役割ぐらいはしっかり演じてあげるわよ」

発動した《クルス》が魔力を蒐集し、それによって一対の双剣を作り出す。一対の魔力の塊は、ルヴィリスの手の中で残像と共に踊る。
―――その顔には、不敵な笑みが戻っていた。

「―――来なさい、木偶の坊ども。今のあたしは最高に機嫌が悪いわよ」








あとがき?



「メルレリウス出現」

「フィーのフルドライブ、ジェニウスモードの機動」

「そんでもって、ルヴィリスの生存確認、と。いやはや、盛り上がってきたもんだ」

「もうクライマックスだしねぇ。ここは飛ばしていかないと」

「まあな。さて、あと今更張られた伏線ではあるが―――」

「あの声ね。実は、今回が初めてじゃなかったりするんだよね。なのはが自覚するシーンでも、一度だけ出てきたし」

「さて、ルヴィリスの奴はしこたま嫌ってるみたいだが、何者かねぇ」

「知ってるくせに」

「まぁな」

「まったく・・・・・・まあ、重要人物である事は確かだけどね、何て言ったって―――っと、この先は言えないか」

「はっはっは。さて、次回は・・・・・・再び、クロス&フェイト嬢か」

「残る敵は一人・・・・・・必然的に、彼女が現れる訳か」

「さてと。クロスは・・・・・・ガルディアラスは、一体どうやって戦うのかね」

「さあ、ね・・・・・・」

「クク・・・・・・そんじゃ、また次回」






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