極限まで収束していた魔力たちが空中へと霧散して行く。地面に膝を着いたなのはとユーノは、煙に包まれた前方を息を飲んで見つめていた。まだ相手が戦えれば、こちらにはもう戦うすべは無い。

「・・・・・・っ」
「あ・・・・・・」

―――煙が、晴れた。
見えたのは、地面に伏したメルレリウスと、その傍に浮かぶ《写本》。動く気配は―――

「カ、カカ・・・・・・」
「―――!?」

―――否、終わっていなかった。メルレリウスの口から漏れ出す不気味な笑い声に、二人は思わず身を硬直させる。

「カカカッ、呵々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々!! まだじゃ、まだ終わっておらん!」
「そんな―――」

とてもじゃないが、動けるようなダメージではなかったはずだ。それなのにこの老人は、身体を震わせて立ち上がろうともがいている。カートリッジどころか魔力もほとんど残されていない今、これに勝つ方法など、一切存在しない。
―――二人の表情が、絶望に染まる。

「《写本》よ! 奴らを―――」

―――刹那。
メルレリウスが《写本》へと向けた腕が、何の脈絡も無く消え去った。

『―――え?』

なのはとユーノ、そしてメルレリウスの声が重なる。消え去った腕からは血が噴出し、そしてその血すらも分解されたかのごとく消え去る。更には肩口までが消え去り、メルレリウスはようやく悲鳴を上げた。

「待て、止まれッ! 止め―――」

―――しかしその悲鳴すら続かず、頭部の消滅によってメルレリウスは事切れた。あまりの事に思考が追いつかず、なのはとユーノは硬直したまま呆然とその光景を見詰めていた。メルレリウスの体は毛筋一本も残さず消滅する―――《写本》に食い尽くされて。

「ユーノ、君・・・・・・これ・・・・・・?」
「まさか、暴走・・・・・・!?」

戦慄する。《混沌》に繋がるこの遺産が暴走などしたら―――

『―――最悪の事態、だね』
「レイさん!?」
『待って、あと少しで結界を破れる―――よし』

ガラスの砕けるような音が響き―――それと共に、二人の前にレイの姿が現れた。圧倒的な圧力を放つ《写本》から二人を護るように立ち、レイは呻くように声を上げる。

「メルレリウスめ・・・・・・《写本》を制御するのに、妙な術式を織り込んだみたいだ」
「このままにしといたら・・・・・・どうなるんですか!?」
「・・・・・・恐らく、こことその周辺の世界を飲み込んで消滅させるだろうね。となると、最悪だ・・・・・・」
「―――レイ!」

―――声が響く。視線を向けると、フェイトに支えられたクローセスが歩いてくる所だった。隣にはルヴィリスの姿もある。

「クロス・・・・・・無事だった?」
「そっちこそ・・・・・・まあ、あんまりいい状況じゃないみたいだけど」
「なのは、大丈夫?」
「フェイトちゃん・・・・・・地球が、ミッドチルダも・・・・・・」

苦い表情を浮かべるユーノと、茫然自失としたなのは。その中でただ一人ルヴィリスは、今はまだ静かな《写本》を見詰め、その視線を鋭いものへと変化させた。

「・・・・・・どうするのよ、レイ。これを止める方法なんてあるの?」
「・・・・・・時間が無いけど、その話は全員が揃ってからの方がいい」

レイが視線を横に向ける。その先にはクロノとアルフ、そして八神家の面々が駆け寄ってくる姿があった。何かを言いたそうにする彼らを手で制し、眼前にはアースラとの通信画面を展開して、レイは苦い表情と共に声を上げた。

「―――アレを止める方法は、僕の思いつく限り三つ。そのうち一つは実現不可能、もう一つは恐らく反対されるだろうけど」
「・・・・・・言うだけ言ってみてくれ」

苦い表情でクロノが声を上げる。レイは嘆息し、その続きを発した。

「一つ。《写本》と同じく《混沌》を操る魔剣を用い、アレを消滅させる。問題点は今の僕にそれを再現できるだけの魔力が無い事と、仮に再現できてもそれを操れる魔剣使いがいない事」
「ほとんど実現不可能やないか・・・・・・」
「二つ。アルカンシェルの使用。しかしこれは周囲を完全に破壊する上、アレを消滅させられるかどうかの確実性が無い」
「リスクが高すぎる・・・・・・最後の方法は?」

クローセスの声にレイは一瞬言葉を詰まらせ―――その視線を、ユーノに向けた。その視線を受けたユーノは一瞬目を見開き、そしてその視線を伏せ―――そのまま、小さく声を上げた。

「―――なのは、この世界の人を誰も犠牲にしないでアレを止める方法があるとしたら、どうする?」
「え―――あるの!? ユーノ君、どうやったら―――」
「・・・・・・うん、そうだよね。決めたんだから・・・・・・もう、躊躇わない」

ゆっくりと、ユーノは立ち上がる。期待と疑問のこもったなのはの視線を受けながら、ユーノはレイに向かって声を上げた。その視線に、どこか諦観を込めながら。

「―――お願いします」
「・・・・・・まったく」

刹那―――現れた《原書》が記述を輝かせ、現れた影縛りの魔剣がユーノとレイ以外の人間を全て捕らえ尽くす。表情を驚愕に歪める皆を尻目に、レイは嘆息を交えて小さく声を上げた。

「何でそう、生き急ぐかな・・・・・・僕の知ってる奴は皆そうだ」
「損な生き方ですけど・・・・・・でも、後悔しないで生きられる」
「ユーノ、君・・・・・・どういう事、なの?」

動けなくなったなのはが、ユーノの背中に向けて声を上げる。視線を向けず、ユーノは背後のなのはに向けて声を上げた。

「三つ・・・・・・誰かが《写本》の使い手となる。完全な使い手となれば、《写本》の暴走は止まる」
「な―――待てユーノ、それは!」
「そうだね・・・・・・もし制御に失敗すれば、僕は《写本》と共に消滅するだろうね。けど、誰かを媒体とすれば《写本》が飲み込むのはその一人だけ・・・・・・どっちにした所で死ぬのは一人か零人。この世界の人を何百何千と犠牲にするよりは、よっぽどマシだろ?」

言いながら、ユーノはポケットの中から一本のナイフを取り出す。金色の刀身を持つ小さなナイフは、何故か鍵のように刃をこぼれさせている。

「何、で・・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「嘘、だよね・・・・・・ユーノ君が犠牲になるなんて、そんなの・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「答えてよ、ユーノ君!」

返答は無い。ユーノはただ一歩、《写本》へ向けて歩き出す。クレスフィードは待機状態へと変わり、足元にゆっくりと下ろされた。

『マスター!?』
「・・・・・・ありがとう。短い間だったけど、君が僕のデバイスでよかった」
『そんなの、そんなの―――! 私は最後までマスターと・・・・・・っ!』
「ユーノ君、ダメ! ユーノ君っ!」

クレスフィードは人間形態を取ってユーノにすがり付こうとするが―――すぐさまレイの魔剣が縛り付けた。響く皆の制止の声―――その中で、ユーノはただ小さく首を振った。

「・・・・・・こうなるって事は、最初から分かってた。これを止められる可能性があるのが、僕だけだって言う事も」
「どういう、事だ・・・・・・答えろ、ユーノ!」
「《写本》の媒体となるにも適正がある・・・・・・その適正があるのは、魔力の波長がレイさんに近い僕だけだった。そしてその僅かな違いも、ディープスフィアの中身を取り込む事で誤魔化せる」
「最初から、死ぬつもりだったって言うのか・・・・・・!」

響くクロノとクローセスの声。それに対し、ユーノはただ小さく微笑んだ。

「そんな事無いさ。もしかしたら、運良く制御出来て生き残れるかもしれない。例え僅かでも・・・・・・誰も死なない可能性があるとしたら、それに懸けるのは当然だろう?」
「どうして・・・・・・ユーノ君!」
「・・・・・・・・・・・・」

なのはの言葉にだけ、辛そうに表情を歪めて―――ユーノは、小さく息を吐き出す。虚空を見上げ、口元に小さな笑みを浮かべ、呟いた。

「僕の居場所って、どこにあったんだろうね」
「え・・・・・・?」
「無限書庫? ミッドチルダ? 地球? それともスクライアの集落? ・・・・・・でも、どれもしっくりと来なかった。ここになら根を張っていいって、そう思える場所が無かった」

一歩。ゆっくりと、ユーノは《写本》に向けて歩き出す。

「でも・・・・・・唯一つだけ、心が安らげる場所があった。ここだけは、なのはの隣だけは・・・・・・」

一歩。《写本》との距離が近づくほどに、その圧力は増してゆく。それでも、ユーノは歩みを止めない。

「だから、ここだけは護りたかった。なのはが生きる、この場所だけは。なのはの大切な人が暮らす、なのはの大好きなこの街だけは・・・・・・僕は、なのはにとっての『世界の守護者(クレスフィード)』で在りたかった」

一歩。背後から聞こえてくる嗚咽を振り払うように、ただ真っ直ぐに。

「命を懸ける理由に本物の世界なんか背負えない・・・・・・でもせめて、なのはの世界だけは背負いたい。だから―――」

一歩―――ユーノは、ついに《写本》の目の前にまで辿り着いていた。そして、そこから振り返る―――顔に、薄い笑みを浮かべながら。

「―――もう僕は、躊躇わないよ」
「どう、して・・・・・・」

幾度も繰り返される『どうして』と言う言葉。何に対する疑問なのかは、恐らく、言っている本人にすら分からないだろう。けれど、それでも―――


「―――――好きだから」


―――ユーノは、その答えを口にした。

「―――え?」
「ゴメンね・・・・・・君を縛り付けるような事を言うべきじゃないかもしれない。でも・・・・・・せめて、これだけは言っておきたかった。なのは・・・・・・僕は、君の事が大好きだよ」
「―――ッ!」

耐えられなかった、耐え切れなかった激情がなのはの瞳から溢れ出す。それを見届け、ユーノはそのまま《写本》へと向き直った。右手のナイフを持ち上げ、《写本》の表紙へと真っ直ぐに向ける。不思議と、恐怖は無かった。ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
そして―――その切っ先を、《写本》の表紙へと埋め込んだ。途端、表紙に魔法陣が描かれ―――

「―――があッ!?」

存在を根本からこそぎ取られるような感覚に、ユーノは思わず悲鳴を上げた。腕が、足が、数秒と経たない内に震え出す。鍵を回そうと全力を込めても、込めた力がそのまま奪われてゆく―――そんな感覚に、背筋が寒くなるのを感じる。

(これは、キツイ―――ッ!)
「ユーノ君ッ!!」

動けない身体で、なのはは必死にユーノに向かってゆこうとする。それでも、何の力も無くレイの魔剣を破れる筈も無く。

「うあっ、ああぁあああああああッ!」
「ダメ、止めて! 止めて―――ッ!」

残り少ない魔力をかき集めて、必死にユーノの元へ行こうともがく。空中に残っている魔力を必死に収束し収束し―――影縛りの魔剣へと、叩きつける。刹那―――蒼い光と共に、影縛りの魔剣は砕け散った。

「―――!?」
「ユーノ君ッ!!」

自由になった身体を使い、なのはは一目散にユーノの元へと駆け寄る。その結果に誰よりも驚愕したのは、他でもないレイ自身だった。その驚愕が、再びなのはを捕らえる隙を消してしまった―――その事にすら気付かないほどに。
レイに捕らえられる前にユーノの元までたどり着いたなのはは、その背中を後ろから抱き締め、ユーノが持つナイフをその手と共に握り込んだ。

「あくっ、ぅああッ!?」
「―――なの、はっ!?」

大切な何かが根こそぎ奪われてゆく感覚―――それに、なのはは悲鳴を上げる。そのなのはの声に、半ば諦めかけていたユーノの心には再び焦りの色が浮かんだ。

(このままじゃ、なのはまで・・・・・・!)

このままでは間違いなく、なのはまで巻き込まれて消滅してしまう。それだけは、それだけは絶対に許す訳には行かない。目の前の《写本》へ視線を向け、ユーノは最早空に等しい渾身の魔力を込めて『鍵』を回そうと力を込めた。

(それだけは・・・・・・ッ、それだけは、絶対に・・・・・・ッ!! なのはだけは、死なせるもんかッ!)
『―――気に入った』

―――心の中の絶叫に、何故か返答があった。壮年の男のようにも、まだ若々しい青年のようにも取れる、力のこもった声。
声は、続ける。

『力を・・・・・・我が力の一端を貸してやろう、少年』
「あなた、は・・・・・・?」

その答えは、声ではなく行動で示された。目の前に舞い降りたのは、一枚の蒼い羽。そこから蒼い光が溢れる―――刹那、『鍵』を回そうとしていた右手が急に軽くなった。

「―――!」

驚愕が駆け抜ける―――だがユーノは一瞬で我に返り、その腕に力を込めた。
ゆっくりと、『鍵』が回る―――

「護れえええええええええええええええええッ!!」

ガチャリ。
その音と共に、ユーノの意識は闇に沈んだ。


 * * * * *


これは―――?

『わざわざお前自身が出向いてくるとはな、アルナレムス・・・・・・我が親愛なる『魔王』よ』
『貴方達との戦いで、これ以上我が同胞を傷つける訳には行きません・・・・・・『魔導王』、貴方は私が討ち取ります』
『それは中々面白い。お前の武装の力、私に見せてくれ』

誰だ・・・・・・?

『・・・・・・どうやら、相討ちのようだ』
『クラグスレイン・・・・・・テメェ、どっからそんなモン調べて来やがるんだ』
『悼みは、しないのか?』
『その程度で消滅するような弱い女じゃネェよ。俺様が心配する事じゃない』
『相変わらず、素直じゃないなブレイズィアス』
『黙れ。燃やすぞ性悪ハヤブサ』

これは、誰が見た記憶・・・・・・?

『君は、それでいいの?』
『貴方なら分かるでしょ、レイムルド・・・・・・私達《混沌》の末端は、滅べば飲み込まれ、何も残らない。私は、そんなのは嫌』
『だからそんなものを残すのかい?』
『・・・・・・そうね、私はきっと後悔する。この剣は、きっとこれからいくつもの人間を滅ぼしていくでしょうね・・・・・・でも、それでも―――私が私であった証拠が、欲しいの』
『―――そう。だったら止めないさ・・・・・・思えば、君がわがままを言うのはこれが初めてのような気がするね』
『ふふ、そうかもね・・・・・・じゃあ、お休みなさいレイムルド』
『ああ、お休み・・・・・・そしてさよなら、オルディファリス』

レイさん・・・・・・?

『―――何故お前は、そこまでする?』
『決まってるじゃない。私がしたいからよ』
『武具になる事が・・・・・・我に命を捧げる事がしたい事だと言うのか?』
『そうよ。いつも言ってるじゃない、ガルディアラス・・・・・・私は、貴方の従者だって。貴方が残した命を、続けてゆく命をどこまでも見守る・・・・・・その為に』
『・・・・・・済まぬ』
『謝らないで・・・・・・でも、そんな所も好きだったわ―――愛してるわよ、ガルディアラス・・・・・・』
『―――ルヴィリス!』

ルヴィリスさん? これは、まさか―――

『どうして、お前は・・・・・・』
『何だ、泣いてるの、アレン・・・・・・九歳から泣いた事無いんじゃなかったの?』
『泣いてなんか、いない・・・・・・!』
『いいんだよ、泣いても・・・・・・ねえ、アレン・・・・・・君は私が言っても止まらないし、生き急ぐよね・・・・・・だったら、これだけは約束。もし全てが終わって、君が救われる可能性が残ってるなら・・・・・・それを掴んで』
『約束する・・・・・・! だから、もう喋るな!』
『その様子じゃ、私の事忘れてはくれないかぁ・・・・・・じゃあ、これだけ覚えてて・・・・・・『私は、アレンの事―――――』』
『な―――』
『ふふ・・・・・・バイバイ、アレン・・・・・・君の紡ぐ物語が・・・どうか、ハッピーエンドで・・・・・・終わります、よう・・・に・・・・・・』

《写本》の―――



「―――世界が見てきた記憶の、ほんの一部。長い長い物語の、その一部を写したもの・・・・・・そろそろ起きなさい、ユーノ君」



「―――え?」

響いた声に、ユーノの意識はようやく収束した。目の前にいるのは、横跳ねしたショートカットの茶髪を持った少女。齢は十五、六と言った所か。ユーノと目が合うと、少女はにこやかに微笑んで見せた。

「初めましてマイマスター。私はクリスティナ・・・・・・クリスって呼んでね」
「え? マスターって・・・・・・ここは?」
「ここは《写本》の中よ。私はこれの管制人格みたいなもの」

苦笑交じりに、クリスティナは告げる。その姿に、ユーノは見覚えがあった。先ほどの記憶、雪の中で少年に抱き締められた少女と、全く同じ―――

「でも、貴方は―――」
「あ、もしかして見えちゃった? 私の記憶まで飲み込んでたのかなぁ・・・・・・ご察しの通り、私は元々人間だよ。メルレリウスにちょっと利用されて、今はこんな事になっちゃってるけど」

困ったように眉根を寄せる少女は、苦笑を浮かべて嘆息した。

「君は《写本》の制御に成功した。ただ同調しすぎて、私と意識が繋がっちゃっただけ。じきに現実の君が目を覚ますよ」
「―――! じゃあ、なのはは!」
「あはは、大丈夫、無事だから」

クリスティナの言葉を聞き、ユーノは安心して思わずその場にへたり込んでいた。その様子にくすくすと笑いながら、クリスティナは続けてくる。

「君は、君が背負ったものを理解した?」
「・・・・・・はい。これは・・・・・・『業』だ」

罪と罰の記憶。失い、失い、失い続け―――それでもなお前を向いて進んだ、かつての古代魔導族たちの記録。

「確かに、『魔導王』に原因があると言えばそれまでだった。けど・・・・・・心って言うのはそう単純なものじゃない」
「自分とは違う存在を恐れた人間と、突然変異たちを忌避した魔族。『業』は、全ての種族が背負ってる・・・・・・そこまで分かってるなら、もう言う事は無いよ」

クリスティナは笑い、腰を屈めてユーノと視線を合わせてきた。アイスブルーの瞳に見詰められ、たじろぎつつも、真っ直ぐにそれを見返す。

「・・・・・・君はアレンに似てるね、ユーノ君。その髪も、その瞳も、その決意も・・・・・・うん、君ならきっと間違えながらでも前に進めるね」
「そう、ですか?」
「うん、私が保証するよ」

にっこりと笑い、クリスティナは体勢を元に戻す。そしてそれと同時―――真っ暗だった景色が、歪み始めた。

「現実の君が起きるみたいだね・・・・・・何か聞きたい事があったら、呼んでくれるといいよ。いつでも力になるから」
「あ、はい! その・・・・・・ありがとうございます」
「うん、どういたしまして。それじゃ、しっかり頑張ってね」
「―――? は、はい」

くすくすと笑いながら放たれた、その言葉―――妙な含みを持ったそれに首を傾げつつも、ユーノは静かに目を閉じた。


 * * * * *


―――目を開けた時に見えたのは、いまだに薄暗い結界の空と、涙に顔を濡らしたなのはだった。

「ユーノ君! 大丈夫!?」
「僕、は―――」

身体に力が入らない。腕一本動かすにも相当な労力が必要になってしまうほどに、ユーノの身体は疲弊していた。

「・・・・・・まったく、無茶するね」
「クロス・・・・・・」
「僕も同じ立場だったら同じ事をするだろうから、口を出す資格は無いけどさ・・・・・・」
「クロスも、そういう事言わないで」

嘆息交じりに見下ろしてくるクローセスと、彼を諌めるフェイト。視線をめぐらせれば、周囲には全ての仲間達が集い―――そして、こちらに向けて一様に怒りの視線を向けてきていた。ただ一人・・・・・・レイだけは、いつの間にか姿を消していたが。

「・・・・・・とりあえずまぁ、ユーノ君へのお仕置きは後にしとくんやけど」
「・・・・・・・・・」
「本当に制御に成功したのか?」

はやての言葉をクロノが引き継ぎ、疑問を投げかける。目を閉じ、ユーノは静かに頷いた。

「何とか、ね。《写本》は僕の中だ・・・・・・これから、生涯の付き合いになるだろうね」
「そうか・・・・・・じゃあ―――」
「―――問題あらへんな。さーて皆、ユーノ君はなのはちゃんに任せて私らは片付けしような〜」
「な!? ちょっと待てはやて、話はまだ―――」

クロノを引きずって、八神家やその他のメンバーが退散してゆく。ぽかんとしながらそれを見送り―――気付いた時には、なのはと二人きりの状態になっていた。気まずい沈黙が、空気を支配する。

「えっと、なのは」
「は、はい!」
「いや、あの・・・・・・この格好・・・・・・」

正座に座ったなのはの太腿の上に頭を置いた―――俗に言う『膝枕』の体勢。何でこんな事になっているのかが良く分からなかった。その事を聞いた途端、なのはの表情に慌てが走る。

「あ、ゴメンね、嫌だった?」
「あ、いやそんな事無い・・・・・・って言うか、むしろ嬉しいけど」
「そ、そう?」

ギクシャクとした会話が、再び途絶える。どうにかなりそうなほど、言うべき事が見つからない。その理由は、やはり自分が先ほど打ち明けてしまったあの言葉である訳で。今更思い返してみれば、雰囲気もへったくれも無い上に死ぬほど恥ずかしい事を言っていたような気がする。

「あ、あのさ、なのは・・・・・・」
「う、うん・・・・・・何?」
「さっきの、事なんだけど・・・・・・」
「―――ユーノ君は、勝手だよ」

不意に―――なのはは視線を伏せ、そう小さく声を上げた。

「私が気付かない内に、いつの間にかどこかに行っちゃう。必要な時だけじゃなくて・・・・・・もっと、ユーノ君に一緒にいて欲しいのに」
「え・・・・・・?」
「私は夢を追いかけたいから・・・・・・でも私は、一人きりじゃ飛べないから・・・・・・だから、もっと一緒にいて」

そう告げるなのはの顔は、余す所なく真っ赤になっていて。それでも、ここまで来たらもう止まれなくて。


「―――私も、ユーノ君の事大好きだから」


―――なのはは、そう口にした。
その言葉にユーノは一瞬呆気に取られ、その後、なのはと同じように徐々に顔を紅く染め上げた。共に真っ赤になった顔で視線を合わす事も出来ず、硬い笑いと共に視線を逸らす。

「あはは・・・・・・これで、恋人同士、って事なのかな」
「う、うん・・・・・・そうだよね」

そう言いながら、二人は互いの様子を窺おうとして視線を向け―――ばっちりと、その視線が衝突した。途端に、バインドにかけられたかのように体が動かなく、視線が離せなくなる。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

そして―――



―――二人の影は結界が解けて昇ってくる朝日の中、ゆっくりと一つに重なっていた。









あとがき?



「始まったのは千年も昔、長い長い戦いの物語。数え切れないほどの人が死に、人が生まれ・・・・・・時には一つの国が滅び、そして新たな国が生まれた。世界の記憶は、その中で幾人かを物語の主人公として選んでいた。

古代魔導族の王と相対した『魔王』アルナレムス。

第一階梯の古代魔導族の中、唯一人間の中にその命を混じりこませた『炎竜王』ブレイズィアス。

世界の記憶を管理し、古代魔導族たちの子孫を見守り続けた『原書の司書』レイ。

そして、千の時を経て現れたブレイズィアスの後継者、『龍眼の殺戮者』アレン。

貴方達が見たのは、これまで続いてきた物語、そしてこれからも続いていく物語のほんの小さな幕間のお話。偶然なのか必然なのか、それはきっと些細な事。これはただの通過点・・・・・・古代魔導族の直系たちが全てこの世界から消え去るまで続く、終わりを目指す物語の、その一部。ハッピーエンドなのか、それともバッドエンドなのか・・・・・・それは、まだまだ分からない。でも―――ここに、一つの小さなお話は終わりを迎える。

次回、魔法少女リリカルなのは〜十字架の騎士〜、エピローグ・・・・・・『Blue Blue Eternal Sky』。
私達には、きっとまた会えるよ。バイバイ、またね」






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