―――三年前。一人の少年が、覚醒を迎えた。



横薙ぎの斬撃を、彼はバックステップで躱した。同時に放たれた漆黒の衝撃波を防壁を作り出して受け止め、にやりと笑みを浮かべる。

「《魔裂閃》!」

放たれたのは、不可視の刃による斬撃。一直線に相手に向かったそれは、翻った銀の刃によって打ち砕かれた。薄茶色の髪、ライトグリーンの瞳を持つ少年は、それを見て更に皮肉気な笑みを増す。

「認めろよ、魔剣使い」

対するは、全身を漆黒の衣装に包んだ青年。黒いシャツ、ズボン、ロングコート、そして漆黒の髪。顔に至っては、伸びた前髪が顔の左半分を隠していた。魔剣使いと呼ばれた彼は、その銀色の目に憎悪の色を宿して少年を見つめ返す。

「俺とお前は、同じなんだ」

少年のライトグリーンの瞳が、鮮紅色のそれに変わる。縦に鋭く切れ上がった瞳孔で、獰猛な笑みと共に魔剣使いを見つめた。

「同じであるが故に、互いの異なる在り方が認められない・・・・・・赦せない! 違うかッ!」

地を蹴る。先ほどを倍する速度で彼は魔剣使いに肉薄し、手に持つ双剣の右の刃を斬り払い、左の刃で突きを放つ。魔剣使いは斬り払いを後ろに跳びながら受け止め、着地と同時にその刃を地面に突き立てた。漆黒の爪のような柄を持つそれが地面に漆黒の法円を広げ、そこから湧き上がった黒い物体が彼の身体に絡みつく。

「黙れ・・・・・・貴様に言われる所以は無い!」

跳躍。人間の身体能力では在り得ない跳躍力を持って飛び上がった魔剣使いは、そのまま全体重を乗せた刃を目の前の敵に向けて叩き付けた。強力無比な魔剣の刃が少年の双剣に食い込み、そのうち一本を断ち切る。振り下ろされた刃自身は何とか躱した彼に、魔剣使いはその鋭い視線を向ける。

「貴様と俺が相容れぬというのならば、俺の選択は一つだけだッ!」

憎悪、憎悪、憎悪。
この男に許された、唯一つの感情。普通の人間なら浴びただけで卒倒するような殺意を真っ向から受け、少年はその獰猛な笑みを更に深めた。切り裂かれた刃と残った刃を放り捨て、腰の後ろ、最後の一振りへと手を伸ばす。そこから現れたのは、蒼い燐光を放つ水晶の魔剣。

「上等だ・・・・・・どっちが正しかろうと、どちらも間違ってようと関係ない―――」

構えると同時、淡い光は一気に燃え上がった。その圧力を真っ向から受け、しかし魔剣使いは一歩も退かず、その銀色の刃を柄と同じように漆黒に染め上げる。
少年は―――その瞳を見開き、咆哮した。

「―――ここで、決着だッ!!」

地面を砕き、駆け抜ける二つの影。
―――その影が、刃が、その刹那に交錯した。


 * * * * *


「―――現代に現れた、二人の第一階梯の後継者。思えば、この二人が出会わなかったら・・・・・・あるいはもっと違う出会い方をしていれば、今の結果はもっと変わっていたかもしれない」
「・・・・・・・・・」

《写本》の見せた記憶―――己の夢の中で、ユーノはクリスティナの言葉に静かに頷いた。クリスティナもまた、小さく、楽しそうに頷く。

「でも、出会ってしまった。お互い運命を操られ、全く同じ経験をしながら成長した二人が。同じ式なのに違う答えを持ってしまっていたら、もう争う他無いでしょ?」
「それは・・・・・・そうかもしれないですけど」

本当に、争うしか出来ないのだろうか。そう胸中で呟き、眉根にしわを寄せる―――と、その表情に気付いたのか、クリスティナは苦笑交じりに声を上げた。

「でも、例え相容れなかったとしても・・・・・・認め合う事は出来る。今の二人はそれだよ」
「え?」
「互いに納得のいく決着を迎えるまで・・・・・・二人は、共闘する事を決めたの。結果としてどうなるのかは分からないけど・・・・・・きっと、アレンなら上手くやる」

自信と信頼に満ちた声に小さく苦笑する。死してなお、この少女はその少年の事をどこまでも信頼していた。何やらこだわりがあるようであったが。

「クリスさん、アレンさんの中でずっと見てたんでしたっけ」
「何かこう、乗り移ったみたいだけどね。魔力だけの存在になって、ずっとアレンの中にいた・・・・・・うん、どう考えても幽霊にしか思えないや」

自分の事であるのに冗談めかしてケラケラ笑う彼女に、ユーノは再び小さくと息を漏らす。以前から興味を持っていたアレン=セーズと言う人物の事―――レイやクローセス、ルヴィリスにも何度も聞いた。けれど、その誰もが彼の過去の事を明かそうとはしない―――クリスティナもまたそれは同じだった。
詮索すべき事ではないのかもしれない。けれど、それはどうしても気になっている事だった。

「どうしたら、アレンさんみたいになれるんだろう・・・・・・」
「なりたいの? ユーノ君はもう結構近いと思うんだけど」
「皆そう言いますけど・・・・・・でも、やっぱり何か足りないような気がするんです」

そのためにも、本人に会ってみたい。クリスフォード―――天界騎士団とコンタクトを取るのは管理局としても意味がある事なので、現在その次元世界を捜索しているのではあるが。
―――と、そこで景色が歪み始めた。現実でのユーノが眠りから覚めようとしているのだ。

「っと、もう時間だね。それじゃ、何かあったらまた呼んでね」
「はい、よろしくお願いします」

最後に笑顔を交わし、ユーノは目を閉じた。




「―――ター、マスター! 起きてくださいよ〜」
「う・・・ん・・・・・・」

小さな手に身体を揺さぶられ、目を覚ます。周りの景色は自分が借りている部屋―――ではなく、無限書庫の内部だった。

「あちゃ・・・・・・またやっちゃったか」
「寝てた時間は五時間ほどです。今日は長かったですよ」
「もっと早く起こしてくれればよかったのに」
「仕事が終わるぎりぎりの時間を考慮して休んでいただきました。何の問題も起こらなければ、このままノルマは終わります」

えへんと胸を張る少女の姿のクレスフィードに、ユーノは小さく苦笑した。まあ確かに、それならば感謝せねばなるまい。眠気や疲れも幾分か取れ、作業効率もアップするだろう。

「またクリスさんに会ってたんですか?」
「あはは・・・・・・皆には―――特にレイさんやクロス、ルヴィリスさんには内緒だよ」

まあ、知られたからどうだ、と言う訳ではないのだが―――当人の希望で、そういう事になっている。アレン・・・・・・あの青年に知られたくないのだろうか。

「デバイスとしてはフィーの方が先輩さんですよ〜」
「いや、《写本》はデバイスじゃないんだけどね」

苦笑し、傍らに一冊の本を呼び出す。以前漆黒だったその表紙には、翠の線で複雑な紋様が刻まれていた。これこそが制御の証、と言う事だったが。

「まあ、これのおかげでクリスフォードの武装についてよく分かったよ。ホント、あの戦いで僕が勝てたのも運がよかったんだね」
「水晶魔剣を完全に操られてたら、フィーが壊れちゃってましたよ」

魔水晶《アーク・クリスタル》―――古代魔導族アークウェルドの創りし水晶の魔剣。クレスフィードの盾を易々と無力化していたあの剣は、その実ほとんどその力を発揮していなかった。
クレスフィードを凌駕出来る古代魔導族の魔剣は四つ。そしてそれに加え、そして―――その全てを凌駕する『魔王』の神器のみ。
それらの力を完全に引き出せる使い手ならば、クレスフィードの盾を砕く事も可能である、とはレイの弁だ。

「相手にならない事を祈りたいね・・・・・・」
「はい・・・・・・」
「はは・・・・・・・・・さて、仕事を終わらせ―――」

そう言おうとした刹那、通信を知らせる発信音がユーノの耳に届いた。途方も無く嫌な予感を感じながら、何とかクレスフィードと共にその表情を隠し、通信画面を開く。

『やあ、相変わらず不健康な顔をしているな、ユーノ』
「おかげさまで」

渾身の皮肉を込めて笑顔で言い返すが、通信の相手―――クロノには、まったく堪えた様子は無かった。

『何よりだ。ところでユーノ、君に依頼があるんだが―――』
「断る」
『今度僕らが担当する、遺跡探査の補佐だ』
「・・・・・・クロノさん、逆さ釣りって結構辛いんですよ」
「フィー、真顔で怖い事言わない」

ユーノに休んでもらおうと努力した結果があっさり覆されたのを腹に据えかねているのだろうが―――誰に似たのだろうかと嘆息し、ユーノは出来る限り冷たい目線を通信画面に向ける。無論、クロノはそんな事に反応したりはしないが。

『話をよく聞け・・・・・・その遺跡、どうやらメルレリウスの潜伏場所だったようだ』
「―――! 見つかったのか!」
『ああ・・・・・・だからこそ、古代魔導族に詳しい僕らに仕事が回ってきた。レイは生憎来れないらしいから、古代魔導族の詳しい知識を持っているのはクロスと君だけだ』

フェイトと一緒にアースラ配属になったクローセス・・・・・・魔導師ランクの低さがこんな事で役に立つとは思わなかった、と言うのが本人の弁だ。まあ、別段誇る事でもないだろうが。

『―――とにかく、相手は未知だ。君の力が要る』
「・・・・・・分かったよ。ただし、溜まってる君からの以来は先送りにするからな」
『ああ、事態が事態だ。構わない・・・・・・では、頼むぞ』

そういうと、クロノはさっさと通信を終了した。隣でクレスフィードは憤慨したように息を吐き出していたが―――それには気付かず、ユーノは小さく目を細めた。
メルレリウスがかつて本局から奪っていった魔力結晶―――その数は、彼が使った物より遥かに多いのだ。彼のアジトにそれはあるのか―――それとも、既にそれは何かに使われた後なのか。

「・・・・・・どの道、厄介事には変わりないか」

通信の終わった画面に向かって舌を出すクレスフィードの頭を軽く撫でながら、ユーノは小さく吐息を吐き出していた。


 * * * * *


書類が乱雑に詰まれた執務室―――そのデスクに座り、クライン=ゲイツマンは静かに閉じていた目を開いた。

「・・・・・・・・・ふん、成程な」

口元に浮かぶのは、小さな笑み。組んだ手を口に当ててそれを隠しながら、クラインは小さく、だが楽しそうに声を上げる。

「そうだな、多少イレギュラーが無けりゃ面白くない。こう言う暇潰しは大歓迎だ」

半年ほど前、自らの手で引き起こしたあの事件―――その事実を知っているのは、レイだけだ。だが、再び行動を起こせば彼は確実に気付いてしまうだろう。それでは面白くない。
ならば―――

「ふむ・・・・・・なら、そろそろ表立って動く時期か」

口元にはやはり楽しそうな笑み。彼の弟子がその表情を見つけたら、すぐさまその場で踵を返して立ち去ろうとするだろう。この男の知り合いにとって、この表情は不幸の知らせ以外の何者でもなかった。

「さぁて、誰を使うかねぇ・・・・・・」

使える駒はいくらでもある。アレン=セーズ、ミリア=セフィラス、アリシェラ=リーディアス、そして―――

「―――よし、ならこうするか」

一人納得して頷き、クラインは部屋の外に向かって声を上げる。

「―――おい」
「はい、何ですかぁ?」

返って来る、どこか間延びした己が副官の声。その声に向かい、クラインはどこまでも楽しそうに声を上げた。

「―――レイヴァンの奴を呼べ。仕事だって、な」


 * * * * *


―――そして再び、物語の幕は上がる。

交わるは、古より続く争いの世界。

現れるは、白焔の龍神と漆黒の魔剣使い。

そして―――かの王の力を引継ぎし者。

其れは破壊者、其れは殺戮者。何者にも抗えはしない、絶対の滅び。



彼らの名は―――《天界騎士団》






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