次元航行艦アースラの食堂。遅めの昼と言う時間で周囲の人間は極端に少ない中、クローセスは目の前に座ったユーノに状況の説明を始めていた。話す内容はもちろん、これから向かう場所の事。

「予想通り、次元的には地球に近い位置にある管理外世界だった。巧妙に結界で隠されてたけど、奪われたロストロギアの反応で調べ続けたらその尻尾を捕まえられたらしい」
「奪われたのは魔力結晶だけだった?」
「一応、そのはずだけど」

クッキーのような栄養食品を摘み、小さく肩をすくめる。現在時空管理局のロストロギア保管庫には、レイが作り出した魔剣が何本か保存されている。最上位に属する《アーク・クリスタル》は消滅させたらしいが、その一歩手前にある《レーグナム》はまだ残っているらしい。

「・・・・・・・・・まあどうせ、人間に使いこなせる武装じゃないけど」
「・・・・・・あの武装の事?」
「まあね・・・・・・《レーグナム》は、ある人物が己が使うためだけに作り出した武装だから、その人以外じゃほとんど力を引き出せない。まぁ、レイは本人から許可取ってるらしいから、一応例外ではあるんだけど」
「へぇ・・・・・・」

子猫の姿をしたクレスフィードの喉を掻きつつ、ユーノが感心したように吐息を漏らす。完全に猫そのものになっているクレスフィードは、それだけで嬉しそうにごろごろと喉を鳴らしていた。とりあえず、視線を戻す。

「それで、僕らの任務はロストロギアの回収および、古代魔導族のデータの収集。そして、もし危険なものがあれば封印、もしくはその場で破壊する事」
「破壊、か。出来るの?」
「さあね・・・・・・どっちかと言うと、そこは君に期待してるんだけど。《写本》なら何とかできるかもしれないし」
「まあ、それはそうかもしれないけど・・・・・・」

扱いに困るものであるため中々使い所は無いのだが―――もし自分にしか出来ないと言うのであれば、やるしかないだろう。そう考えているらしく、ユーノは小さく頷いていた。

「けど―――」
『クロス? どうかしましたか?』

己がデバイスの呼びかけに、クローセスは小さく苦笑を浮かべた。心の中にあるしこり―――今まで頼ってきた己の直感が、きな臭いと告げている。

「・・・・・・いや、何でもない」

気のせいのはずだ。三年前、あの時計塔で味わったものと同じ恐怖―――この恐怖が、あの男と初めて邂逅した時と同じ物だなんて。


 * * * * *


「―――ご苦労様です、執務官殿」
「そう畏まらないで下さい。アースラの応援を連れて来ました」

現地で待っていた部隊に挨拶をし、クロノは己の背後のメンバー、フェイトとクローセス、そしてユーノへと視線を向けた。三人の視線は既にその先、洞窟のような遺跡の扉へと向けられている。
岩で出来たそれは、硬く閉ざされていた。

「開かないん、だよね? どうしてかな?」
「見せて」

まず、クローセスが扉に近付き、そこに手を触れた。掌から魔力を発し、扉を作る岩へと―――そこにある術式へと探りを入れる。

「・・・・・・形態固定化の術式、かな」
「それは?」
「物質に、頑ななまでにその形態を保とうとする性質を与える術式・・・・・・だったよね?」

後ろからかけられたユーノの言葉に、クローセスは小さく頷いた。自分達としては、寿命魔力回復の次に馴染みの深い術式と言える。

「それが掛けられていれば、可燃物が溶岩の中に投げ込まれようとその形を保つ・・・・・・僕らが騎士団で着てた服には、大抵この術式が掛けられてた」
『これを掛けたのはメルレリウスのようですね・・・・・・私が破るのは難しいかと』

クリアスゼロの言葉に苦笑し、クローセスは扉から手を離した。レイがいればこれを破るのは容易かったのだが、と嘆息する。掛けられた術式は強力なものだ。これを破るのは、自分の力ではかなり骨が折れる。

「・・・・・・どうしようか。ユーノ、これ解ける?」
「探せば可能だとは思うけど・・・・・・」

方法としては、ガルディアラスの強力な攻撃術式で扉を破壊するか、もしくはユーノの呼び出した武装で術式をキャンセルするか、もしくは―――

「ルヴィリス」
「はいはーい」

腰に差したナイフの宝玉から、浅葱色の髪の少女が現れる。久々の出番に楽しそうな声を上げ、ルヴィリスはクローセスから己の本体を受け取った。

「これを解けばいいのよね?」
「出来れば、他のところの術式は傷つけないで欲しいけど」
「余裕余裕。問題ないわ」

得意気に笑い、ルヴィリスはその切っ先を扉に向ける。瞬間、扉の表面に魔法陣が現れ―――それが、澄んだ音と共に砕け散った。そしてその直後、今まで全く動かなかった扉が開く。満足気に頷くと、ルヴィリスは再びその姿を消した。

「成功・・・・・・だね」
「よし・・・・・・・・・行くぞ」






ユーノを先頭、クローセスをしんがりにして遺跡の内部に侵入する。どうやら、大体は元々あった遺跡に手を加えたものらしい。

「クロス、あれ何?」
「ん? ああ・・・・・・魔導で作った照明。僕らの世界は電気で物を動かす技術がまだ発達してないから」

天井辺りに浮く光点を示したフェイトに、クローセスは小さく苦笑する。元の世界に戻ってきたような感覚・・・・・・遺跡の内部の様子が、元の世界にあった物とほとんど変わらないためだろう。術式によって護られた壁、魔導によって作り出された照明。
ただし、クリスフォードでの遺跡は、こういったものはあまり多くない。大半は、古代魔導族が使っていた住居などがそのまま残っているようなものだ。つまり、それほど危険なものは多くない。

「・・・・・・・・・メルレリウスは自信家だ。管理局が見つけるのに半年もかかるような場所に、わざわざ罠まで仕掛けるとは思えない。それに、ここは長々といるつもりじゃなかったみたいだし」
「分かるの? ここを離れるつもりだったなんて」
「メルレリウスは力を示したかった・・・・・・となれば、次に狙うのは騎士団だっただろうからね。そりゃ、もちろんそのままじゃ―――」

騎士団に勝てるはずも無かった、と言おうとして、クローセスは思わずその言葉を失った。フェイトが訝しげな表情を向けてくる中、己の思いついた考えを胸中で反芻する。

(そうだ。例え管理局に・・・・・・レイに勝てたとしても、騎士団に勝てるはずが無い。だったら、奴はここで何を作っていた?)

騎士団には、レイに匹敵するような術者が少なくとも後三人いる。それも、全盛期のレイに対してだ。今のレイに勝てたからと言って、騎士団に勝てる訳ではない。

「・・・・・・クロス、どうかしたの? 何か変な顔してるけど」
「え、変かな? いやまあ、それはともかく・・・・・・罠は無いだろうけど、メルレリウスがここで作ってたものはかなり危険かもしれない。もしも騎士団を相手にする気だったんなら、僕らの手には負えないと思うよ」
「ならどうするんだ? 封印出来るのか?」
「そればっかりは見てみないとね・・・・・・」

クロノの言葉に、苦笑を交えて周囲に視線を向ける。変わらぬ石の壁の風景―――その中も魔力で調べながら、四人はゆっくりと遺跡の中を進んでいった。と―――

『―――見つけました!』
「フィー?」
『魔力結晶の反応です。この壁の向こう側・・・・・・でも、数が少ないです』
「・・・・・・とりあえず、行ってみようか」

視線を細め、壁を迂回するように歩き出す。見た所扉は見つからないが―――ある場所に、魔力が不自然に作用している場所があった。手を触れ、そこに掛けられた術式を探る。どうやらこれはパスワードのようなものであるらしいが―――それが術式である以上、《ルヴィリス》に破壊できないはずが無い。薄紫の刃が突き立てられた瞬間、術式は粉々に砕け散った。

「さて、と―――開けるよ」

デバイスを起動し、いつでも戦闘を行える状態を整え、クローセスは三人に向き直った。返って来る頷きにこちらも頷きを返し、ゆっくりと扉を押す。
そこには―――

「・・・・・・《人形》、か?」

広い研究室と言う風貌の部屋に、クロノの声が響く。その視線が向けられていたのは、部屋の中心に備えられた一つのポッド―――そしてその中に浮かぶ、金髪の少女だった。
人間ではあり得ないほどの―――否、古代魔導族だとしてもありえない魔力。これは―――

「まさか・・・・・・あれだけの魔力結晶を、一つの《人形》を作るためだけに使ったって言うのか?」
「そんな―――そんなの、破壊どころか封印だって・・・・・・」
「そう、だね・・・・・・少なくとも、今の僕らの手に負える代物じゃない」

不安そうなフェイトの声に頷き、発される圧倒的な魔力に押されるように後ずさりする。《人形》は生物ではないため、自分で魔力を作り出す事が出来ない。そのため、最初に与えられた魔力を使いきれば自ずと消滅するのだ。だが、これは―――

(最初に与えられた魔力が圧倒的過ぎる・・・・・・これを使い捨てにすれば、確かに騎士団にも対抗出来るかもしれない)

レイを倒せれば、そのまま時空管理局を潰す事は可能だった。そうすれば、またいくつもの魔力結晶が手に入る。そして、そのまま同じものをいくつも作り出す気でいたとしたら―――

「・・・・・・とりあえず、一体だけでよかった。何としてでもレイを呼ぼう・・・・・・このまま残しとく訳にも行かない」
「そうだね・・・・・・とりあえず、いったん戻ろう」

結局は手に負えないという結論に達し、四人はその部屋を立ち去ろうと踵を返した。
刹那―――びしり、と言う音が四人の耳に飛び込んできた。背筋を走る悪寒に、ゆっくりと元の方向へと向き直る。そしてそれとほぼ同時―――少女の入ったポッドは粉々に砕け散った。

「なッ!?」

長年の経験が、クローセスに戦闘体勢を取らせる。ポッドのあった所に立っていたのは、くすんだ金髪を流し、藍色を基調としたバリアジャケットを纏った十四ほどの少女だった。宙に浮く彼女はゆっくりと地面に降り立ち、その金色の瞳を開く。

「・・・・・・我が、名は・・・・・・《フィラクシアス》」
「―――ッ!」

他の三人が反応するよりも速く、クローセスは地を蹴った。非殺傷設定は解除、そして相手を殺さないために封印していた《衝撃拳》も開放する。一瞬でクローセスは少女の元まで辿り着き、腰溜めに構えた拳をその胸―――心臓の上に叩き付けた。突き抜けた衝撃が、ポッドの残骸を粉々に粉砕する。
が―――少女は軽くよろめいただけで、すぐさま体勢を立て直した。フィラクシアスは、反撃とばかりにダークブルーの魔力を纏った拳をクローセスに向かって振るう。

「拙ッ!」

舌打ちと共に、その拳を躱す―――打ち下ろされた拳は、術式で護られていたはずの遺跡の床を軽々と陥没させた。ただの拳の一撃で、メルレリウスの術式を凌駕したのだ。

「クロスッ!」

フィラクシアスに向かってプラズマランサーを放ちながら、フェイトがこちらに向かって駆け寄ってきた。放たれた雷の槍は、防御姿勢すらとらないフィラクシアスに向かい―――そして、消滅した。

「―――なっ!? 何で!?」
「あいつの周りには、とんでもない魔力が集中してる・・・・・・それのせいで、魔法の術式が歪められるんだ。でも―――それだけじゃない」

先ほどの《衝撃拳》は失敗してはいなかった。しっかりとあの《人形》の中に徹り、その核を破壊していたはずだった。それなのに、あの少女はびくともしない。
こちらに向き直るフィラクシアスと距離を取りながら、クローセスは忌々しげに呟いた。

「恐らく、あの《人形》自体に形態固定化の術式が掛けられてる・・・・・・ルヴィリス」
『・・・・・・あれは無茶ね。術式を魔力結晶で補強してる。あたしが固有能力を使った状態でも壊せないわ』
「ちっ!」

フェイトと共に距離を取り、いつでも動ける体勢で構える。少女は緩慢な動きで周囲を見渡し、その口を開いた。

「我が主は・・・・・・敗れたか」
「―――!」

その言葉に、びくりとユーノが反応する。メルレリウスを倒したのは確かにユーノだ。

「ならば・・・・・・私が、その遺志を継ごう。我らが敵―――時空管理局、そして天界騎士団。貴様らに、死を」
「冗談じゃ、無いね」

硬い笑みを浮かべ、クローセスが呟く。そして―――

―――その拳が、振り下ろされた。


 * * * * *


「・・・・・・・・・ここか」

遺跡の上空、黒衣の男は眼下を見下ろし、そう呟いた。
―――黒いシャツ、黒いズボン、漆黒のロングコート。その黒髪の前髪は左部分が伸び、その顔の左半分を覆い隠している。その漆黒の中で唯一銀色の瞳を、遺跡へと向けた。

「クライン=ゲイツマン・・・・・・何を考えている」

下の遺跡より放たれる魔力―――古代魔導族ですら持ち得ない、圧倒的なまでの魔力。それに目を細め、男は小さく呟く。

「―――まあいい。契約だ」

そのまま、男は右の掌を開いた。そこに現れたのは、バチバチと鋭い音を放つ黒い雷。膨大な魔力を纏うそれを、男は何の躊躇いも無く振り下ろした。

「《ケイオスフォース》」




「―――ぐぁッ!」

躱し損ねた拳を肩口に喰らい、クローセスは大きく弾き飛ばされた。腕の中に気を失ったフェイトを抱え、折れた肩を引きずりながら後ずさる。攻撃が当たらない訳ではない、相手の攻撃に反応できない訳ではない。ただ、自分達の力では形態固定されたこの《人形》に傷一つ付けられないのだ。
内臓を潰そうとしても、頭を吹き飛ばそうとしても―――どんな攻撃も、毛筋ほどの傷すら与えられない。

「クロス、早くこっちに!」
「くっ!」

ギリギリまで引きつけて拳を躱し、クローセスはユーノ達の方へと移動した。この中で無傷なのはユーノだけ―――クロノも、上がらなくなった左腕を抱えて呻く。

「くそ・・・・・・外まで出られればエターナルコフィンで―――」
「確かにそれぐらいしかないけど・・・・・・正直、それで封印されるかどうかも不安だね」

気絶したフェイトをクロノに預け、クローセスは再びフィラクシアスに向き直った。そのまま、背後の二人に向かって声を上げる。

「僕が時間を稼ぐ・・・・・・先に逃げて」
「クロス!?」
「可能だとしたら・・・・・・僕ぐらいだろ?」

ガルディアラスならば、倒す事が出来なくとも時間は稼げる。逃がしてくれれば、の話だが。だが、それでも―――やるしかない。

「眼術、臨界突破! コード、ガル―――」

―――刹那、こちらへ向け拳を構えていたフィラクシアスが、不意に頭上に視線を向け、シールドを展開する。
そして―――劈くような轟音が、その天井を砕いて打ち下ろされた。

漆黒の閃光と、轟音―――衝撃に吹き飛ばされながらも何とかフェイトを庇い、そのまま地面に転がる。痛みと衝撃とで朦朧とする意識の中、クローセスはその背中を見た。

「―――貴様が、俺の敵か」

―――天界騎士団特級騎士、『漆黒の魔剣使い』レイヴァン=クラウディアの姿を。







あとがき?



「やってきたぞ第二段。今回からはこの俺、アレン=セーズがこのコーナーを担当―――」

「よう、やって来たか馬鹿弟子」

「・・・・・・なんで居やがるんだクソ師匠」

「はっはっは、それはもちろん、このコーナーが俺の物だからだ」

「・・・・・・さっき作者の奴から俺に指名があったんだが?」

「俺がいた方が楽しいだろ」

「俺はこれっぽっちも楽しくない。つーか、お前は仕事をしろ仕事! テメェ、デスクに置いてあった書類の総量が三百kg超えてやがったぞコラ!」

「いいじゃん、別に」

「よくねえッ! ミゼリアがキレる! あいつ宥めるのはお前がやれよこの野郎が!」

「えー」

「死に腐れクソ師匠があああああああああッ!!」



―――しばらくお待ちください―――



「ぜーっ、はーっ・・・・・・」

「まだまだ修行が足らんな」

「テメェと、比べんじゃ、ねえ・・・・・・」

「ほれ、話が五百四十度ほど脱線してるぞ。とっとと話を戻せ」

「テメェのせいだろうがクソ師匠・・・・・・ったく。えー、今回始まったこのHEAVEN's Knights・・・・・・前作十字架の騎士の大体半年後って設定だ」

「つまり八月入ったばっか、夏休み。それなのにあの黒ずくめは暑くないのかね」

「魔剣の侵食で感覚が鈍ってるからな・・・・・・まあ、体調自体は魔剣が勝手に整えるから、それほど問題は無いんだが」

「魔剣が使い手を死なせないようにしてるんだったか。まぁともかく、レイヴァンの奴が出てきたように、今回は俺達天界騎士団と関わるようになるって訳だ」

「まぁ、HEAVEN's Knightsはそのまま天界騎士団の事だ。あの連中が最初に会った相手がよりにもよってあのレイヴァンだったのは、まあ俺としてもどうなるか分からない所ではあるが」

「確かになぁ。あいつ、ウチらの世界でも派手に何個も遺跡をぶっ壊してるし」

「何でそれで俺が減俸になるんだよ・・・・・・」

「ノリだ。さてと、次回はフィラクシアスとレイヴァンの対決、って訳だな。ま、思う存分暴れてくれるだろうよ」

「俺の出番は次か、その次か・・・・・・まあ、とりあえずまた次回にな」






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