本局に帰還しているアースラの中は、何とも言いがたい空気に包まれていた。それに辟易しつつ、クローセスは廊下を歩きながら誰にも気付かれないように小さく嘆息を漏らす。

(あんな事を言ったのは失敗だったな・・・・・・)

―――レイヴァンさん、ユーノの事を敵と見なさなきゃいいけど・・・・・・
先ほど、自分が呟いた言葉。誰かに聞かせるつもりではなかったのだが、生憎その言葉はクロノの耳に届いてしまっていた。問い詰められては答えない訳には行かず、レイヴァンがどんな人間であるかを説明したのだが―――

(極度に人格が破綻しているからなぁ、あの人・・・・・・)

憎悪やそれに属する負の感情以外はほとんどを失っており、ただ憎む事の出来る敵と戦う事で命を繋いでいる。そのため、憎悪するに値すると見なした相手は例え誰であれ必ず殺しにかかるのだ。

「でも・・・・・・何でレイヴァンさんが・・・・・・?」

彼は大抵己の判断のみで行動している。基本的に誰の指図も受けないが、己の利害に一致する事であれば、クラインかアレンの言葉にだけは耳を傾けるのだ。そして彼が別の次元世界に現れた事を考えると―――

「クラインさん、だよなぁ・・・・・・やっぱり」

自分をこちらの世界に送り込んだあの人物でなければ、そんな事は不可能である。分かるはずも無いのだが、それでも見通しの利かないその目的を考え、クローセスは小さく唸り声を上げた。と―――

「クロス。ここにいたんだ」
「あれ、フェイト?」

角に差しかかろうとした時、その前方から先にフェイトが姿を現した。探していたのか、ようやく見つけたと呟きながらフェイトはこちらに向かって駆け寄る。

「どうかしたの?」
「ん、ちょっと・・・・・・本局で何か事件があったみたいで」
「本局で?」

時空管理局の総本山である本局は、そのセキュリティも万全である。何か事件が起こる事など早々ありはしない。だが―――

「・・・・・・何があったの?」
「まだ詳しくは知らないんだけど・・・・・・侵入者が現れて、その侵入者同士が戦って片方が逃亡したって」
「本局はどれくらい壊れた?」
「え? そ、そんな話は聞かないけど・・・・・・」

ふむ、と首を傾げる。どうやらレイヴァンではないらしい。この考え方では片方はあの《人形》・・・・・・彼女が力不足を感じて本局のロストロギアを狙ったとなれば、説明は付く。しかし、もう片方は誰だろうか。

「あ、あと―――」
「ん?」
「逃げなかった人の方が、リンディ提督・・・・・・母さんと話をさせて欲しい、って言ってるんだって」
「リンディさんと?」

ますます分からない。何故その人物がリンディの事を知っているのか、そして何故指名したのか。起こっている事が複雑すぎて、全くと言っていいほど全容を掴めていない。一頻り首を傾げ―――クローセスは、小さく嘆息を漏らした。

「考えても分からない、か。とにかく全部戻ってからだ。その人の事も、ユーノの事も」
「そう、だね・・・・・・」

沈んだ声のフェイトを促し、クローセスはアースラの中をゆっくりと歩いていった。


 * * * * *


「さてと・・・・・・」

取調室のような小さな部屋。その中の椅子に腰掛け、アレンは小さく嘆息した。何が起こるかは分からないため、一応周囲に魔力を漂わせて備えているのだが―――

「どんだけ待たされるんだかね・・・・・・」

嘆息する。レイから受けた助言―――話の通じる相手と話すと言う事。その相手の名はリンディ・ハラオウン。今与えられている情報はそれだけだ。

(どうしろってんだか・・・・・・クラインの野郎、俺に何をさせるつもりだ?)

分かるはずもない事に思考を巡らせる。クローセスを連れ帰る事か、それともあの《人形》を仕留めろと言う事だったのか。

(それだったら装備も送れって話だが・・・・・・あの野郎だしな)

丸腰で戦場に叩き出された事もある。狙ってやった可能性も否めない。
部屋の周囲はどうやら幾人もの魔導師が囲んでいるらしく、随分と警戒されている様子が受け取れる。その気になれば脱出する事も難しくは無いが、生憎それをやるメリットは無い。今は大人しく待っているしかないのだ。

「あー、くそ。それにしても暇だな・・・・・・」

どうしようもなく暇なので、思考の海に身を投げ込む。思い起こされるのは、やはりクローセスの事。レイから聞いた話をいくつか思い浮かべ、アレンは小さく息を吐き出した。

(騎士の誓いを、ねぇ)

少々意外な話だった。確かに、クローセスにとって掛け替えの無い誰か一人が見つかる事は自分でも期待していた。だがそれでも、クローセスはまだ過去に縛られ続けていると、そう感じていたのだが。

「ジェイスとリースの事は吹っ切った、か?」

いや―――そんな事は不可能だ、と囁く。あの事件はクローセスの根幹に根ざしている。いくらそれにケリを付けたとしても、到底その事実は彼を離そうとはしない。
―――そう、自分が未だに、彼女の事を忘れずにいるように。

「なら・・・・・・それを踏まえた上で、本当に護りたいって思った訳か?」

それはそれでいい事だ。本当に護りたいと思えているのならば、『欠落』を感じている暇など無いだろう。誰かの為に生きるとは、そういう事だ。

「だが―――この組織にいるのは、お前にとっては危険だぞ、クロス」
『その話―――聞かせてもらえますか?』
「!?」

唐突に、スピーカーのような物から声が響く。気配を探れば、鏡のようになっているガラスの向こうに一人の気配が増えていた。巨大な魔力の持ち主であるその相手に、小さく笑みを浮かべる。

「あんたが、リンディ・ハラオウンか」
『ええ・・・・・・貴方は?』
「天界騎士団特級騎士・・・・・・アレン=セーズ。あんたの知ってる、クローセス=シェインの兄さ」

その言葉に、リンディは若干息を飲んだようだった。が、すぐさま気を取り直して声を上げてくる。

『色々と聞きたい事があります。貴方は、何故ここに来たんですか?』
「さぁな。俺も気付いたらここにいた。状況が掴めなかったから、高町に案内を求めた。相談だの何だのは腹が減ってたから飯を食ってからにしようかと思ったんだが、そこでトラブルに巻き込まれた、と。これでいいか?」
『・・・・・・』

感覚を鋭くしてみれば、近くになのはの魔力を感じる。どうやら、確認を取っているようだった。しばしの沈黙の後、再びリンディが声を上げる。

『では、なぜ逃亡を?』
「生憎と、覚えの無い罪でしょっ引かれるのは大嫌いでね。侵入したって言うのは結果的に事実だが、俺は向かってきた相手を払い除ける程度の事しかしてないぞ」

ま、一人例外はいたが、と胸中で呟く。苦笑交じりの表情に、相手は何を感じたか―――少なくとも声の中には何も滲ませず、リンディは続けた。

『あの《人形》・・・・・・貴方は何か分かりますか?』
「詳しい事は分からん。話はレイから聞いたが・・・・・・メルレリウスの事を知ってるんだったら、あんたが知ってる以上の事は知らんさ」

他にも知っている事はある事はあるが―――生憎、それを言ったところで何ら意味は無い。それに言うべきでもない事だ。小さく嘆息し、アレンは声を上げた。

「俺は元いた世界に帰りたい。それにレイから聞いた話だと、あんたらは俺らの世界を探してるとか」
『ええ、その通りです』
「クロスや俺の事もある。交渉する所は恐らく騎士団だろ。だったら取引しないか」

にやり、と笑みを浮かべる。その言葉に、リンディもまた若干反応を示していた。それを認め、アレンは続ける。

「俺はこれでも、騎士団じゃトップランクに入る。そしてまた、騎士団の代表の弟子だ・・・・・・利用するには持って来いだろ? あんたらは騎士団と交渉するまたと無いチャンスを得、俺は元の世界に帰る・・・・・・どうだ、悪くないだろ」
『貴方を利用しろ、と?』
「その代わり俺もあんたらを利用する。ギブアンドテイクだ」

顔には不敵な笑みを浮かべ、悪びれも無く言い放つ。その言葉に―――リンディは小さく嘆息と、そして笑みを浮かべたようだった。

『この会話は上層部にそのまま送られているんですよ? 随分とはっきり言いますね』
「言いたい事はハッキリ言う主義でね」
『そのようですね・・・・・・クロスさんから聞いていた通りです』

その後、会話が一旦途絶える。そして―――

『―――上層部からの許可が出ました。貴方との取引を飲む、と』
「ああ・・・・・・そっちに有利な条件だから、もう一つ追加してもいいか?」
『・・・・・・内容によりますが』

再びリンディの声が硬くなる。小さく苦笑し、アレンは笑みを交えた声を上げた。

「この間の事件・・・・・・ウチの連中も、その話がしたいだろう。その事件に関わった人間を一緒に連れて行け」
『少し待ってください・・・・・・・・・レイムルド司書を除けば許可する、との事です』
「まあ・・・・・・それでも構わん。なら、これで取引成立だ。今の会話、どうせ記録してるんだろ?」

書面にする必要はないな、と遠回しに聞き、席を立つ。それとほぼ同時、入り口の扉が開いた。立っていたのは、緑色の髪をポニーテールにした女性と、その後ろに立つ三人の子供。
なのはと、名を知らぬ金髪の少女。そして―――

「よ、久しぶりだな」
「うん・・・・・・久しぶり」

―――ハニーブロンドの青年と黒髪の少年は、共にその明るい色の瞳を向け合いながら微笑む。

「アレだな、しばらく見ないうちに随分変わったもんだ」
「あはは・・・・・・うん、まあそうだよね」
「ああ―――」

そう言って、クローセスは小さく苦笑する。その傍に歩み寄り―――アレンは、その手をぽんと彼の頭の上に置いた。

「―――その通りだ。大きくなったな、クロス」
「――――――ぇ」

言葉を失い、絶句したような表情で。その傍にいる二人の少女と一人の女性もまた、驚いた表情を浮かべて。その様子に小さく笑みを浮かべ、アレンは嬉しそうに声を上げる。

「見違えたぞ。随分、いい面構えになったもんだ」
「兄、さん・・・・・・?」
「レイの話を聞かなかったら驚いてただろうな・・・・・・お前も、ついに一人前って訳だ」

そのまま、くしゃりと頭を撫で―――

「よく頑張ったな、クロス。誇りに思うぞ」
「あ・・・・・・」

どこか、泣きそうに表情を歪めて―――それでも、クローセスは嬉しそうに笑った。その表情を認め、アレンはその手を離す。そしてその視線をリンディの方へと向け、小さく笑みを浮かべた。

「これから、しばらく世話になる」
「元の世界に戻るまでの間、ですけどね」
「ああ・・・・・・よろしく頼む」

先ほどとは違い、どこか感情の読めない不敵な笑みを浮かべ、アレンはリンディの差し出した手を握っていた。


 * * * * *


「・・・・・・いるんだろ、バカ猫」
「いきなり随分な呼び方してくれるじゃない」

疲れたからと割り振られた部屋に向かう途中、唐突に周囲を覆った結界の気配にアレンはそう声を上げていた。背後から聞こえた声に、嘆息を交えながら振り向く。

「レイの奴も厄介な事してくれたな。お前に身体を持たせるとは」
「結構楽しませて貰ってるわよ。あんたの魔剣にも同じ事してあげれば?」
「アークが身体を持ったら五月蝿くて敵わんだろ」

半眼で見つめた先にいる少女―――ルヴィリスに、アレンは小さく肩を竦めて声を上げた。その様子に小さく笑うが、ルヴィリスはその表情をすぐさま変化させ―――

「あんたと魔剣使いが動いてるって事は―――」
「間違いなく、クラインは動いてるだろうな」
「何するつもりかしらね、今度は」

その声音に、思わず首を傾げる。彼女にしては、あの暗躍者に対する棘が少なかったのだ。その表情に気付いてか、ルヴィリスは嘆息交じりに声を上げる。

「一応、クロスを救ってくれたからね」
「気を許すなよ・・・・・・相手はあの性悪だぞ」
「分かってるわよ。別に、そこに感謝してるだけであいつが嫌いな事に変わりは無いから」

ひらひらと手を振りながら言い放つ彼女に小さく苦笑する。だがすぐさまその視線を鋭く変え、アレンは小さく声を上げた。

「あの野郎が何を企んでるのかは知らん・・・・・・だが、俺とレイヴァンを同時にこんな形で動かした以上、大事には変わりないはずだ」
「二年・・・・・・いや、もう三年ぶりかしらね」
「古代魔導族事件以来、か」

かつての戦いを脳裏に浮かべ、嘆息する。大きすぎる犠牲に対して、得られた物は少なかった。そしてその犠牲は、クローセスにとって―――

「―――まあいい。クラインの目的があの人形か、それともこの組織か・・・・・・どっちにした所で、俺達に出来るのは戦闘だけだからな」
「あたし達はただの駒、って訳ね・・・・・・暗躍してる事に気付かれてる今なら、今度は表立って動くのかしら?」
「さあな。だが管理局は気付いてない。クラインの事も・・・・・・管理局に本当の意味で属してるのがクロスだけだって事も」
「まあ、ね。同情するわ」

共に小さく笑い、その視線を引き締める。管理局がどうなろうと知った事ではない。だが―――自分達には互いに護るべき者が在る。

「クロスの事はお前に任せる。俺は俺の方を何とかする」
「お互い、相手の事は気にしてられない・・・・・・ね。正直、今一番危険なのはあの子なんだけどね」
「分かってるさ。お前らも交渉のカードだろ・・・・・・まぁ、クラインの奴なら切り捨てる事だって可能だろうが」

小さく吐き捨て、視線を細める。同じくルヴィリスも肩を竦め、そして続けた。

「騎士団と管理局が敵対すれば、クロスは迷うでしょうけど・・・・・・でも、答えは決まってる」
「ああ・・・・・・そんときゃ、お前らだけでも賢明な判断をしろよ。レイに頼めば何とかなるだろ」
「そうね。あたしは業突く張りの連中とは違うもの」

そう笑み―――ルヴィリスは、ぱちんと指を鳴らした。それと同時、周囲を囲っていた結界も消え去る。それを認めて踵を返し、アレンは小さく呟いた。

「クロスの事は、また今度・・・・・・本人を交えてな」
「そうね・・・・・・何とかしなさいよ? 半年も我慢してたんだから」
「分かってるさ」

後ろ手に手を振り―――アレンは、その場から立ち去った。









あとがき?



「今回は平和だったな」

「んなしょっちゅう巻き込まれて堪るか」

「だが読者方はそういうのを求めてるって事だ。頑張って巻き込まれろ」

「誰が頑張るか」

「素直じゃないなぁツンギレ」

「誰がツンギレだコラ。つーかそれってどこにも良い所ねぇじゃねえか」

「あながち間違いでもないかと思うが。普段からツンツンした態度で、しばらく会話すると唐突にキレ始めるし」

「それはテメェのせいだろうが!」

「ほらキレた」

「うぐ・・・・・・じゃあレイヴァンは何だよ」

「・・・・・・ヤンギレ?」

「本気で良い所ねえな、オイ」

「まあレイヴァンだし」

「そういう事言ってるからキレるんだろうが・・・・・・で、次回は?」

「場所は変わって、今度はクリスフォード」

「となると・・・・・・ようやくユーノの出番って訳か」

「だな。さてレイヴァンとくっ付いて来ちまったが・・・・・・どうなった事やら」

「運悪いな、あの坊主も・・・・・・それじゃ、また次回」






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