荒れた風が舞う荒野、長い茶髪を風に揺らめかせる少女を抜けたばかりの女性は、隣にいる真紅の髪の少女に向けて小さく声を上げた。

「慣れて来ちゃったもんね、私達も」
「そう、ですね。しかし・・・・・・心地よいとは思わない」

風の中にあるのは濃密な血の香り。地面を紅く染め上げるのは、幾人分もの斬り裂かれた死体。真紅の宝玉をそこに放り投げつつ、彼女は小さく嘆息した。

「一度も壊れてないからね、私達は。でも・・・・・・あいつもあの子も、難儀なもんよ」

呟き、死体の群れに背を向ける。そして―――手に持ったエメラルドグリーンの棍が淡く輝いた瞬間、周囲をなぶっていた風は一気に亡骸の方へと殺到し、それを空中に纏め上げた。
そして―――

「次の命は・・・・・・もうちょっと賢明に生きなさい」

一緒に持ち上げられた宝玉が炎を放つと共に、死体の群れは灰となって吹き散らされた。空高くそれを運んでゆく風に、小さく目を瞑る。そのまま数秒間口を開かず、静かに黙祷し―――

「―――さてと! 帰ろっか、アリス」
「ええ・・・・・・そうですね、ミリアさん」

女性―――ミリア=セフィラスは、少女―――アリシェラ=リーディアスにそう明るい声をかけた。その中には、既に先ほどの悲しみの色は無い。ミリアのあっさりとした様子に、アリシェラは小さく苦笑した。

「・・・・・・相変わらず、切り替えが早いですね」
「まあね。いつまでもうじうじしてたって面白くないし。ほら、さっさと帰ってアレンに報告しなきゃ」
「成程、早くアレンに会いたい、と言う訳ですか」

さっさと歩き出したミリアの背中に、少々含みのある口調のアリシェラの言葉がぶつかる。その言葉に、ミリアはぎくりと身を竦めてしまっていた。その様子を見て、アリシェラは得意気な様子で小さく笑う。

「・・・・・・まったく、素直じゃないですね」
「うぅ・・・・・・アリスったら、最近ちょっと意地悪になったような気が・・・・・・」
「―――気のせいです。さぁ、早く帰りましょう」

追い抜かして歩いてゆくアリシェラの背中を恨めしげに眺め―――ミリアは、深々と溜め息を漏らした。反論するタイミングは逃してしまったので、仕方なく黙ってその背中についてゆく。
―――と、その刹那。

「・・・・・・ん?」
「・・・・・・? どうかしましたか?」

風が運んできた奇妙な感覚に、ミリアはふと足を止める。急に立ち止まった彼女に、アリシェラがそう声をかける。ある方角へと視線を向け―――ミリアは、思わず首を傾げた。

「・・・・・・何だろ、この魔力?」
「? 私は何も感じませんが・・・・・・」
「いや、確かに変な魔力が・・・・・・あ、消えた・・・・・・と思ったら増えた」
「どっちですか・・・・・・いえ、でもこれは・・・・・・私でも感じられます」

魔導方面に関してはそれほど秀でていないアリシェラが、この距離で感じ取れたのにも頷ける。現れた魔力は二つ―――その内片方は、普通の人間には有り得ないほど巨大な、しかも覚えのある魔力―――あの男の魔力だった。

「レイヴァンさん・・・・・・ですよね?」
「あの黒ずくめ・・・・・・今度は何やらかしたのかしら」
「・・・・・・会う前からマイナス方面ですか」
「当然よ!」

ほぼ反射的に、大声で叫ぶ。そのまま、ミリアは呼吸も入れずに一気にまくし立てた。

「この間廊下で擦れ違った時あの真っ黒黒助何したと思う!? 別に無視するぐらいならいいかなーとか思ったけど、目が合っただけで『失せろ』よ!? ちょっと強いからって調子乗りすぎよあの黒ずくめ!! いつか絶対私の手でぎゃふんと―――」
「・・・・・・・・・ミリアさん、話題がずれてます」
「え、あれ? あ、ごめん。えっと・・・・・・何だっけ?」

あはは、と苦笑しながら頭を掻く。その様子に小さく笑い、アリシェラは先ほどの方角へと向き直った。

「(本当は別にずれてもいなかったのですが・・・・・・)同時に現れたもう一人の魔力の事です。私には感じ取れませんが・・・・・・誰だか分かりますか?」
「・・・・・・ううん、全然知らない。初めて感じる魔力よ。でも・・・・・・さすがに、見に行った方がいいわよね?」
「ええ・・・・・・とりあえず、普通の状況でないのは確かですから」

視線を細くしたアリシェラにミリアは頷き―――二人の身体は、吹き抜けた風に包まれる。空中へ舞い上がり、二人はそのままその方角へと飛び去っていった。


 * * * * *


「―――ッ!?」

閃光に包まれていた視界が、徐々に元に戻る。ゆっくりと目を開け―――ユーノは、思わず目を見張った。まったく見覚えのない景色が周囲に広がっていたからだ。

「ここ、は・・・・・・?」
「・・・・・・・・・闇よ」

ガキン、と何かが砕け散るような音。それと共に、今まで手から発していた鎖の感触が消え去った。はっとして視線を前に向ける―――そこに立っていた、黒衣の男に。

「・・・・・・フン」
「あ、ちょっと!」

だが、男は―――レイヴァンは何も言わずに立ち去ろうと踵を返す。引きとめようと声をかけるが、立ち止まりもせずにレイヴァンはそのまま歩いてゆく―――業を煮やし、ユーノは再び鎖を放った。が―――レイヴァンが腕を振るっただけで、翠の鎖は砕け散る。

「な―――!?」
「・・・・・・これは、俺への敵対か」

低く鋭い声で、レイヴァンはそう言い放つ。そのまま彼は振り返り、左手で魔剣を抜き放った。
混沌眼《オルディファリス》・・・・・・『混沌の魔女』の生み出した最高位の魔剣。クレスフィードの盾をも貫く、最悪の魔剣―――そう、レイに教えられた。

「あ、く・・・・・・」
『ま、マスター・・・・・・逃げないと!』

クレスフィードの言葉は正しい。自分ではまず間違いなくこの相手に勝てない―――だが、そんな相手から一体どうやって逃げろと言うのか。そう、頭のどこか冷静な部分が告げていた。
―――魔剣使いが、刃を構える。

「ならば・・・・・・死ね」
「ッ!!」

咄嗟にラウンドシールドを展開しようと構えた―――その、刹那。

「何してんのよあんたはああああああああああああッ!!」

甲高い絶叫と共に降り注いだ巨大な風の刃が、レイヴァンのいた場所を一気に薙ぎ払った。刃の形を失った風はすぐさまユーノに絡みつき、その身体を後方へと運ぶ。と―――その瞬間、巻き上がる粉塵の中から、漆黒の斬撃が形を成して飛び出してきた。
が―――

「はッ!」

鋭い裂帛の呼気と共に繰り出された棍の一撃が、漆黒の斬撃を粉々に打ち砕いた。長い茶髪を風に揺らす女性は、自ら成した粉塵を自らの風で吹き散らし、その先の人物を睨み吸える。

「子供相手に何してんのよあんたは!」
「ミリア=セフィラス・・・・・・貴様こそ何のつもりだ」
「別にあんたの契約なんて私はどうでもいいけどね。でも、私は私の信念で行動してんのよ。それが対立したんなら、こうならざるを得ないでしょ」

凍えるような殺気を放つレイヴァンに、正面に立って一歩も退く事無く女性―――ミリアはそう声を上げる。そのまましばし睨み合っていたが―――不意に、レイヴァンはその刃を収めた。

「・・・・・・まあいい。ソレも貴様も俺の憎悪に値せん」
「あっそ。だったらさっさと消えなさいよ」
「フン」

レイヴァンは踵を返し―――そして、唐突にその姿を消し去った。彼が空間転移で消え去ったその場所をしばらくの間睨みつけ―――そして、ミリアは唐突に深々と息を吐き出す。そのまま、ぺたんと地面に座り込んだ。

「あー・・・・・・怖かった」
「あ、えっと・・・・・・」
「ん、ああ・・・・・・大丈夫? 君―――」

言いながら振り返る―――ミリアの表情に、驚愕が走った。かく言うユーノもまた、その顔を見て思わず硬直する。そして―――

「―――なのは?」
「―――アレン?」

―――二人はそう、同時に声を上げていた。


 * * * * *


「なるほどね〜・・・・・・」

状況を説明し、ユーノは小さく息を吐き出す。それを受けていたミリアは、一通り聞き終わると感心したように頷いて見せた。隣にいるアリシェラは、まだ若干信じ切れていないようなものの、一応首を縦に振る。

「それにしても、無茶するわね少年。あいつが相手だと、下手しなくても死ぬわよ?」
「あはは・・・・・・何と言うか、反射的に」

しかし、どことも知れない場所に一人きりで放り出されては堪らないだろう。それにそもそも、正式ではないがこれでも管理局に所属しているのだ。わざとではなかったかも知れないとはいえ、殺人を犯した人間を野放しにしておく事は出来なかった。

「にしても・・・・・・どうする、アリス? ほっとく訳にも行かないし」
「騎士団に連れて行くのが妥当では・・・・・・気の毒ですが」
「こんな子供なのにね・・・・・・」
「・・・・・・えーと」

何やら気の毒な人を見るような視線を受け、乾いた笑みを浮かべる。

「騎士団って・・・・・・危ない所なんですか?」
「へ? い、いや、そんな事無いわよ!? 日常的に爆発が起こったり慣れない人は精神の均衡が危ぶまれたりするけど、えっと、ほら・・・・・・住めば都って言うじゃない!」
「何一つフォローになってませんよ!?」

引きつった笑みで視線を逸らすミリアに全力のツッコミを入れるが、あまり効果は無かった。嘆息し―――ふと、気付いて声を上げる。

「騎士団・・・・・・騎士団って、天界騎士団ですか?」
「おりょ? 何で知ってるの?」
「やっぱり・・・・・・! じゃあミリアさんって、クロスの―――」

―――刹那、ミリアの表情から和やかなものが一切抜け落ちた。
途端に空気が張り詰め、ピリピリと肌を刺すような圧迫感がユーノを襲う。視線を離す事も出来ずユーノは、そのなのはを大人にしたような容姿の女性の前で立ちすくんだ。

「・・・・・・ッ!?」
「―――少年、君は何で私の弟の事を知ってる?」
「あ、く・・・・・・クロスは、僕らの仲間です・・・・・・彼が僕らの世界に飛ばされて以来、一緒に行動を・・・・・・」
「・・・・・・そう」

ミリアがそう呟き、息を吐き出すと―――周囲を覆っていた圧迫感も消え去った。ほっと息を吐き、ユーノは目の前の女性に目を向ける。

「クロスは・・・・・・元気ですよ。『欠落』を癒す手段も手に入れました」
「そっか、クロスが・・・・・・今回はクラインに感謝しないとダメね、アリス」
「ええ・・・・・・そのようです」

視線を合わせる二人にきょとんと首を傾げ、ユーノは声を上げようとするが―――それを遮り、ミリアは笑顔を浮かべて声を上げた。その中に含まれているのは・・・・・・安堵と感謝。

「君は恩人だね、ユーノ。是非騎士団に来て・・・・・・私も、色々と話を聞きたいから」
「私からもお願いします。大切な親友がお世話になりましたから」
「えーと・・・・・・大丈夫ですか?」

やはり、先ほどのアレが気にかかる―――聞くと、ミリアはシリアスな表情を消し、ニコニコと笑みを浮かべて言い放った。

「いいタイミングでシリアスな空気ぶっ壊すわね〜」
「あ、ご、ごめんなさい」
「別にいいわよ。私、シリアスなのあんまり好きじゃないし。ほら、そんじゃ行きましょっか」
「え、ホントに大丈夫・・・・・・」
「大丈夫よ。最悪、建物が倒壊するぐらいで済むから」
「どこが大丈夫なんですかそれッ!?」

咄嗟に突っ込むが、やはり気にした様子は無い。それどころかむんずと襟首を掴み、ミリアはずるずるとユーノを引きずって歩き出した。抵抗しようかどうか迷いながら、そのまま視線を上げる―――その視界に、気の毒そうな表情のアリシェラが映った。

「・・・・・・ご愁傷様です」
「何がですか!?」
「いえ、クロスがいなくなったおかげで、騎士団は随分と混乱していまして」

その言葉に、若干の驚きを覚える。彼は自分の事を大した役職ではないと言っていたのだが―――

「ツッコミがいなくなったおかげで、ボケの人が留まる所を知らなくなっていまして。私も困っていました・・・・・・」
「そういう役目なんですかッ!?」
「重要です。ツッコミはアレンとクロスだけでしたから・・・・・・どうやら貴方もツッコミ側。貴方をイケニ・・・・・・もとい人身供養にすれば、若干気が楽になるかと」
「今言い直した意味ないですよねそれ!?」

―――どうやら、本当に大した役職ではなかったらしい。友人に対する評価を上げるのか下げるのか悩みながら、ユーノは半眼で声を上げる。

「と言うか、そう言うアリスさんがやれば・・・・・・」
「私は傍観する側ですので」
「まー、諦めなさいな。こんな所に放り出されるよりはマシでしょ。この辺、治安悪いわよ?」

あっさりと放たれた言葉に、反論の言葉を無くす。滂沱の涙を流しながら、ユーノは念話でクレスフィードに語りかけた。

『フィー・・・・・・どうしようか』
『えーと、こんな時のためにクリエイターからお言葉を頂いてます』
『え?』

レイからの言葉―――期待を込め、ユーノはそれを聞く。が―――

『曰く・・・・・・諦めは肝心だ、と』
『・・・・・・余計なお世話です、と今度会ったら言っとくよ』

―――こう言うのを何て言うんだっけ・・・・・・ああそうだ、四面楚歌だ。
なのはの世界の四字熟語を思い出し、ユーノは深々と溜め息を漏らしていた。


 * * * * *


「さぁて、舞台は整ったな」

薄暗い部屋の中で、クライン=ゲイツマンはそう呟く。その後ろにいる白い髪の少女は、やれやれと肩を竦めていたが―――気にもせず、彼は小さく笑みを浮かべていた。

「さぁ、どう動くフィラクシアスとやら。俺をどこまで楽しませる?」
「やれやれ・・・・・・私は、今回は手を出さないぞ?」
「分かってるさ。別に、問題は無い」

少女の言葉に頷き、クラインは何枚かの書類を机の上に並べた。そこに書かれているのは、己が配下である騎士団の団員の能力と―――時空管理局、アースラメンバーの精密なまでの情報。

「甘く見てくれて結構・・・・・・その方が、こっちとしちゃ動きやすいんでな」
「彼らに同情するべきか?」
「ま、そうだな。連中、『便利だから』って無用心に獣を懐に入れちまったんだからな」
「成程・・・・・・つくづく、人が悪いな蒼き隼」
「その方が面白いだろ、なぁ『旅人』よ」

そう答え、クラインは不敵に笑む。己が手の内には、最強の手札が二枚。

―――ブレイズィアスの力を引継ぎし、白焔の騎士アレン=セーズ。

―――オルディファリスの魔剣を引継ぎし、魔剣使いレイヴァン=クラウディア。

「これを破れるか、フィラクシアス? そして時空管理局よ」

どこまでも楽しそうに、どこまでも残酷に―――

「―――手遅れなら手遅れなりに、予想外の動きでもしてくれなきゃ面白くない。精々、俺をしっかりと楽しませてくれ」

―――そしてどこまでも不敵に、蒼き暗躍者は笑みを浮かべていた。









あとがき?



「・・・・・・思いっきり悪役だな、クライン」

「はっはっは。それぐらいじゃないとな。今回は既に正体は知られてるし、表側でも動けるからその分裏の事も色々と想像出来るかも知れないが・・・・・・はてさて、読者の方々は一体どこまで俺の考えを読めるかな? 今回はそう難しくは無いはずだぞ」

「・・・・・・勘弁してくれ・・・・・・しかし、あの女はまだいたのか」

「しばらくクリスフォードを旅して回るそうだ。ウチの世界は広いからな、各地を回るだけでも結構かかるだろ。次の『旅』に出るのは当分先だとさ。ま、流石に俺もあいつの行動には干渉しないが・・・・・・・・・」

「そうなのか? お前の固有能力ならあの白女の反則能力にもある程度抗えると思うんだが・・・・・・どうなんだ?」

「本気である程度だな。あいつは特権を与えられてるから、俺らの攻撃を受け付けるかどうかすら分からん。まぁ、邪魔さえしなければ能力は使えないから無害なんだが」

「能力発動の判定が微妙だった気が・・・・・・」

「そりゃその時による。ただ、もしも『そうしていい』と判定された場合、かなり理不尽な事になる可能性もある。ま、あいつ自身にもリスクはあるみたいだが・・・・・・・・・ともかく、あいつの邪魔はしない方が身のためだって事だ」

「分かっちゃいるが・・・・・・あの女、俺をこき使いやがって・・・・・・」

「こき使われるなんて慣れてるだろ。俺にいつも使われてるんだから」

「あーそうだったなぁオイ・・・・・・テメェアイス買って来いとかふざけてんのかコラ」

「あ、チョコチップな」

「死ねええええええええええッ!!」



―――しばらくお待ちください―――



「くっ・・・・・・テメェ、ちょこまかと・・・・・・! つーか《影歩》と《湖面鏡月》を組み合わせんな! 当たる訳ないだろうが畜生!」

「《幻想舞踏》《幻想舞踏》《幻想舞踏》」

「分かり難いネタを引っ張って来るなッ! つーかクリティカルにしてどうする!?」

「回避判定?」

「しなくたって避けてるだろうがっ! って待てコラ! だからって逃げるな!」

「はっはっは。ではまた次回〜」

「待たんかあああああああああああああッ!!」






BACK

inserted by FC2 system