―――振り返る記憶は、いつも何かを否定していたように思えた。
全てを奪ったあの男を、救いなんて一つも無いこの世界を、そして何より―――人一人すら護れない弱い自分を。変わったのは、いつの事か―――

『俺は、あんたを殺した・・・・・・これで、俺の復讐は終わりだ。だから・・・・・・答えを見つけるまで、俺は罪を償おう。あんたがその手を汚してまで護ろうとしたものを、背負ってやる』

成程、この時か―――などと、胸中で呟く。恐らく自分は、復讐に身を染めて以来、その時まで何かを肯定する事は無かっただろう。自分が正しいなどとも思ってはいなかったが。



―――何故、償いの道を選んだのか。

「その苦しさから開放されたかったから」

―――何故、償いの道を放棄したのか。

「たった一人・・・・・・そいつの為に生きると決めたから」

―――許されるとでも思っているのか。

「知った事か」

―――お前は生きているべき人間ではない。

「あいつが望む限り、俺は生き続ける。他人には指図されない」

―――お前を望む人間などいるものか。

「いるさ。あいつは俺を望んでる。胸を張ってそう言える」



記憶の底から呼び覚まされる怨嗟に、皮肉気な笑みを以って答える。死ねと言われた。消えてしまえと罵られた。その全てを、皮肉混じりに斬って捨てる。

『何だよ・・・・・・! 愛する人間を生き返そうって言うのはそんなにいけない事なのか!?』
「ンな事は他人の迷惑にならない所でやれ。俺は興味ない。だがな、その被害の範囲に俺が護らにゃならんモノが入ってるんでな。そいつは許容出来ないんだよ」

『こんな、こんなの・・・・・・偽善者は貴方達の方じゃない!』
「偽善で結構。正義の味方は嫌いなんでね。俺はただ、自衛するだけだ・・・・・・あいつが死んじまったら、俺も死ぬしかないんでな」

過去の記憶からの声に、ただただにやりとした笑みを浮かべ―――言い放った。

「―――グダグダ言ってないで、とっとと来いよ。俺が憎いんだろ? あんたらは俺が殺した。だからあんたらが俺に復讐するのも自由だ」

その言葉に、無数に響く声はぴたりと止まる。そして次の瞬間―――無数の影が、こちらに向かって殺到した。

そして―――白い焔が、全てを焼き尽くした。


 * * * * *


「む・・・・・・・・・」

背後に何かが近付いてくる感覚に、アレンの意識はまどろみから引き上げられた。小さく嘆息を漏らし、声を上げる。

「・・・・・・高町。気配を消すならせめてクロスぐらいはやれ」
「ふにゃっ!?」
「相変わらずながら、変な悲鳴だな」

欠伸を漏らしながら身体を起こす。今いる場所は喫茶店翠屋の室内席の一角だ。家で寝ていたい所ではあったが、監視されている以上一人にする訳にはいかないらしい。
再び出そうになる欠伸を噛み殺し、アレンは視線を後ろに向けた。そこに、目を丸くしたなのはが、何やらブラシを片手に立っている。

「・・・・・・」
「・・・・・・・・・あ、あははは」

笑って誤魔化しながら逃げようとするなのはの頭を、笑顔でむんずと掴む。

「ははははさて高町、お前何しようとしてた?」
「べ、別に特に何も」
「そーかそーか。ところで俺は素手でパイナップルを潰せたりするんだが」
「にゃああっ!? か、髪を弄ろうとしてましたゴメンナサイっ!?」
「ったく・・・・・・」

悲鳴を上げるなのはから手を離し、アレンは嘆息交じりに背中を向けた。椅子の背の外に髪を流し、それをまとめていたリボンを外す。きょとんと目を見開くなのはに、再び嘆息を漏らしつつ呟く。

「弄りたいなら弄りたいとそう言え。別に、やらせてやらん訳じゃない」
「あ・・・・・・は、はい!」

その言葉を受け、なのはは嬉々としてその長い髪に櫛を通し始めた。あまり手入れのされている様子のない髪をそろえる。まるでそれが当然のように、その二人の様子には違和感がなかった。


 * * * * *


―――その様子を、少し離れた場所から眺める視線が数対。

「・・・・・・なあクロス君」
「何?」
「アレンさん、なのはちゃんにだけ対応が優しいような気がするんやけど」
「・・・・・・うん、それは僕も疑問なんだよね」

他人から干渉されるのをあまり好かない兄が、ああもされるがままにされてやると言うのはまた珍しい―――と言うより、滅多にない光景だった。特に、髪と言うのは己の背中だ。それも、ごく至近距離。戦いに身を置くものならば、そんな物を触らせる行為には大いに抵抗がある。

「なのはが姉さんに似てるから・・・・・・じゃないよなぁ。似てるって言っても外見だけだし」

髪を下ろしたときのなのはは、そのまま成長すれば姉になるのではないかと思うぐらいに似ている。しかし、その性格はまるっきり正反対―――と言う訳でもないが、それでも似ても似つかない。

「子供には優しい、とか?」
「それじゃロリコンじゃない」
「いや、それも間違いじゃないような―――」

フェイトの言葉にアリサがツッコみ、それに対してコメントしようとした刹那、クローセスは咄嗟に首を傾けていた。瞬間、今まで頭があった場所に、テーブルに備え付けられてあったフォークが突き刺さる。どうしたら食事用のフォークが壁に突き刺さるのかと疑問に思うところだが、そこはあの兄である。大方、魔力固化でも使ったのだろう。洒落にならないが。

「ホントに下手したら死にかねないようなツッコミを普通にやるなぁ、兄さん」
「・・・・・・いや、洒落になんないわよ、これは」
「って言うか、今手首だけで投げてたで、これ」

壁からフォークを引っこ抜き、はやてが引きつった笑みを浮かべる。思わず気配を殺しながら兄の方を盗み見ると、何やら形容しがたい殺気がこちらに向けられているのが分かった。とりあえず刺激しないように視線を外し、嘆息する。

「まあでも、実際子供相手には・・・・・・そんなにきっつい事はしないよ、兄さんは」
「きっついって?」
「少なくとも地面に埋める時は頭が上になるようにするし」
「・・・・・・ここはツッコむべき所かしら」

すずかの言葉に答えたクローセスに、アリサがそう呟いていたが、それはともかく。

「でも、あんな兄さんは見た事ないなぁ・・・・・・何か、嬉しそうだし」
「嬉しそう・・・・・・なの? クロス?」
「うん、それは間違いなく」

慣れているからこそ分かる。今の兄からは、いつも纏っている鋭い空気が感じられなかった。無表情に目を閉じているようにも見えるが、クローセスの目からすれば、アレは心地良さそうにしているものに見れる。

『思いつかないかしらねー・・・・・・』
「ルヴィリス?」
『・・・・・・いや、魔力の質も似てるし、お互い通じるものがあるんじゃないの?』

唐突にルヴィリスが発した言葉に首を傾げ―――言われてみて、確かにと頷く。それほど意識した事はなかったが、根本的な部分で二人の魔力には似通った感触があった。千差万別、十人十色の魔力にそういった事が起こるのはごく稀なのだが。
―――と、そちらの話題には乗れないアリサが、遮るように身を乗り出してきた。

「それより、もっとおかしいのはなのはよ、なのは!」
「え? そう、かな・・・・・・」
「フェイト、あんた最近こいつに集中しすぎて向こうに気付いてないんじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ!?」

あからさまに声が裏返るフェイトに苦笑し、クローセスは視線で先を促す。アリサは肩をすくめると、テーブルの真ん中に顔を寄せるようにして小声で声を上げた。

「よく考えてみなさいよ。ユーノがいなくなって二日・・・・・・禁断症状が出るには早いにしても、連絡つかない今じゃそろそろ不機嫌な顔になってる頃でしょ?」
「禁断症状はともかく・・・・・・確かにそうやな。私もちょっとおかしいなーとは思っとったんやけど」
「そう言われれば・・・・・・確かに」

アリサの言葉に、はやてとすずかが頷く。苦笑はしつつも、クローセスやフェイトもまたその言葉に納得してしまっていた。そのまま、五人でこっそりとなのはの方へ視線を向ける。彼女は、至って上機嫌にアレンの髪を三つ編みに変えていたが。

「・・・・・・アレかな、兄さんがユーノに似てるからかな?」
「でも、アレンさんはあくまでユーノ君とは違う訳だし」
「性格とかも全然違うよ」
「そーいや、ユーノ君が連れ去られたって聞いた時も、アレンさんと一緒やと何故か落ち着いとったなぁ」
「不思議だね・・・・・・」

ユーノが姿を消し、その原因の容疑が掛けられていた人物に抱えられていた―――それなのに、何故彼女は冷静でいられたのか。暴走してもおかしくない状況であれほど冷静で要られた理由は、全くと言っていいほど見当も付かなかった。

「・・・・・・さっきルヴィリスが言った通り、なのかな?」
『あたしが思いつく原因と言ったらそのぐらいよ。外から見ただけならね。もっとも―――』

真面目に発せられていたルヴィリスの声に、どこか悪戯好きな様子が混じる。

『―――アレンがどうしてなのはの事を気に入ってるか、って言うのは良く分かるけど』
「え? ルヴィリスさん、分かるんか?」
『まあ、ね。まあ、あいつに無断で勝手に話すべき事でもないけど』
「―――あ、そうか」

ルヴィリスの言葉に、クローセスはようやくその原因に思い当たった。とは言え、これは確かに知らない人間に勝手に話すべき事ではない。ルヴィリスがそう言った事を遠慮するのも珍しい気がしたが、彼女は彼女で兄の事を認めている。それなりに思う事があったのだろう。

「・・・・・・兄さんも、やっぱり吹っ切れてはいないって事か・・・・・・」
「あんたたちね・・・・・・」
「そーゆー気になる納得の仕方はして欲しくないんやけどなぁ〜」

―――二人の追及は厳しかったが、それでもクローセスが口を割る事は無かった。


 * * * * *


無限書庫。
果てない本の海の中で、黒い子犬はその足元に緑の魔方陣を広げながらその瞳を閉じていた。

「・・・・・・《リヴェルタス》? その組織にあの《人形》が接触したって?」
『ああ・・・・・・そっちも、聞いた事はあるだろ』
「まあ、ね」

管理局の上層部が散々頭を悩ましている存在である。一介の司書―――しかも正式な司書でない存在であったとしても、その名前は耳に入っている。
《リヴェルタス》は、反管理局組織の最たるものだ。管理局がそれを放置しているのは、無視しているからではなくその本拠地を掴めていない為である。その存在は厄介極まりなく、実際に被害を受けた局員も少なくは無い。
頭の中に響いてくる声に嘆息し、レイは呟いた。

「そこまで掴んでおいて、潰さないって言うのか? 君ならあれを消す事はそう難しい訳じゃないだろ?」
『わざわざ次元の向こうまで踏み込むのは面倒でな。あの女も協力はしてくれんらしいし』
「・・・・・・本音は?」
『ますます利用できる点が増えた』
「だろうね」

再び、深々と嘆息する。恐らく、今回はあの《人形》の動きまでは操っていないのだろうが―――今は管理局との接触への保険を増やしている場面なのだろう。何を考えているかは知らないが、少なくとも手を焼かされる事は確実だ。

「・・・・・・さてと、今回は僕に何を押し付けるつもりだい?」
『ああ、別に今回は、お前を表舞台に立たせるつもりは無い。今回は保険だよ・・・・・・いや、お前も裏方かな?』
「裏方?」

その言葉に、思わず首を傾げる。響く声は、その中にどこか笑いを滲ませて続けた。

『ああそうさ。お前は、上手い具合にいい場所に収まってくれた。管理局の懐・・・・・・それも、とびっきり深い所にな』
「・・・・・・成程ね。それで、君はどっちの味方をするつもりさ」

管理局―――特にその上層部の人間に深い同情を覚えながら、小さく嘆息する。まだ何をする気なのかはよく分からないが―――少なくとも、この男はその二つの組織を敵に回して勝つつもりでいるようだ。

『―――俺は、俺の味方さ』
「・・・・・・そう言うと思ったよ。まあ、その言葉の通りならどうするかは分かるけどさ」
『クク、話が早くて助かる。お前は、最初はバレないように動いてくれればいい。基本的に必要な物は揃えてあるが・・・・・・あの黒ずくめが起こした事はもみ消しとかんと困るからな』
「君がやった方が早いような気がするけど・・・・・・」
『それじゃ、スリルが無くて面白くないだろ』

嘆息する。歴史に刻まれる事件になるかもしれない出来事も、この男にとってはゲームでしかないらしい。まあ、事実この男はいくつも歴史に刻まれるような出来事を起こして来たのではあるが。

「やれやれ・・・・・・ま、証拠は残さないさ。そこは安心していいよ」
『ああ、助かる』

実際、書類はリンディから上に渡る部分でストップさせておいた。書類の偽造、疑問を覚えない暗示と色々手を加えてある。

「でも、僕がこういう活動を続けられるのもそう長くは無いと思うよ? 流石に、睨まれれば動きにくくなる」
『そっちの方も考えてあるさ。その時になったら追って指示する』
「はいはい」

再び、嘆息。喧嘩は相手の足元を固めて動けなくしてから、とはよく言ったものだ。
―――と、そこで疑問が一つ浮かぶ。

「そう言えば、何でアレンをこっちに寄越したのさ? 管理局をおびき寄せるならユーノだけで十分だろうに」
『ああ、逆だ逆。あの坊主の方がどっちかと言うと予想外だった。まあ、一応そうなるかもなー、とは思ってたが』
「怪しいもんだね」

それならば、ユーノがクリスフォードに付いて来たかどうかを確認してからアレンの処遇を決めればよかったはずだ。しかし結果は、そのどちらもが世界を移動している。
その言葉を聞き、彼はその声にどこか普段とは違う感情的なものを滲ませた。

『ま、サプライズプレゼントって奴だよ。運命なんてもんを信じてた訳じゃないが、こいつはそれを感じずにはいられないもんだ』
「・・・・・・・・・? どういう事さ」
『落ち着いたら教えてやるよ』

―――どうやら、今話すつもりは無いらしい。
しかし、この反応は長い付き合いのレイとしても珍しい物だった。傲岸不遜が売りのこの男が、感傷などという物を表に出す事は数えるほどしか見た事がない。

「・・・・・・まあ、いいけどさ。それより、クロスの方は大丈夫なの?」
『あー、確かにそろそろ限界だろうな。つーか、よく半年持ったな。耐え切れずにやらかしてるかと思ったんだが』
「時々、ルヴィリスが発散相手になってたみたいだからね」
『ああ、なるほどな。まあ、戻って来た時には相手を用意しとこう』

響く声に小さく頷き、同時並行で行っていた検索魔法を終了する。作り終わった資料を依頼元に送り、レイは小さく息を吐き出した。

「・・・・・・ま、いいけどさ。考えてみれば、中々楽しいものかもしれないね」
『そう来なくっちゃな』
「とりあえず、君の指示を待つよ。もうじき次元航行部隊の船がクリスフォードの近くを通る。ユーノの救難信号をキャッチすれば、接触を図るはずさ」
『ああ・・・・・・分かった、了解だ。それじゃあ、また今度な』

そして、それきり響いていた声は途切れた。再び小さく溜め息を吐き出し、静かにその目を閉じる。

「嵐が来るね・・・・・・これは」

―――そう、小さく呟きながら。








あとがき?



「さてと、色々伏線を立ててきたな」

「俺と高町の関係と、お前らが裏で企んでる事か?」

「ま、他にも色々あるみたいだが・・・・・・中々面白いとは思わんか? まったく関係ないはずのお前らが、実は深い繋がりがあるってのも」

「まだそう決まった訳じゃないだろ。高町があいつに似てるのは認めるが、ただそれだけだろうが」

「ま、そこんとこはそのうち明らかになってくだろ。少なくとも、それが話にまったく絡んでこない、何つー事はないだろうからな」

「確かにそうだが」

「それで、だ・・・・・・よくよく考えてみたら、お前の過去の事はまだあまり明かされてない訳だが」

「まあ、確かにな。表面上の事と、後ある程度―――俺の戦闘能力やらそこらへんの事程度しか今の所明かされてなかったよな?」

「うむ」

「それで? これから俺の過去の事に触れてくって訳か?」

「ま、それが妥当だろうな。それと、今のユーノたちとの対比と言った所か」

「そーいや、次はユーノの方だな」

「うむ、ミリアたちの方だな。あいつから見たお前と言うのも、また面白いと思うんだが」

「視点が違えば感想も違うだろ。まあ、あいつは結構特殊な部類ではあると思うが」

「ミリアが特殊じゃなかったら他に誰が特殊になるのかさっぱり分からんがな」

「確かに・・・・・・さてと、それじゃ―――」

「次回をお楽しみに」

「・・・・・・人の台詞を勝手に取ってくなクソ師匠」






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