『或る幕間の話』 ―――変わった話をしよう。 世界には、たくさんのセカイが存在する。例えばここもその一つ・・・・・・星の数ほどいる人々が、星の数ほど描き出したセカイ。一つ一つが尊く、輝くセカイ。そこに存在する人々が、それぞれ何かの意味を持つセカイ。 ・・・・・・ああ、申し遅れた。私は『旅人』。正確に言えば、『旅人』と言う役目を与えられた存在。セカイを旅する―――そう、ただ旅をするためだけの存在。名前はあったのかもしれないし、初めからなかったのかもしれない。そんな物は毎回変わる物なのかもしれないし、どこかに決まっている物なのかもしれない。 少なくとも、それほど意味のあることではない。少なくとも、私にとっては。 貴方達も、確か旅人を知っているはずだ。そうそう、あの不思議な顔をした二頭身のアレの事さ。私の言う『旅』とは、アレがしている旅だと思ってもらえればいい。 意味は聞かないで欲しい。私にとって、旅をする事だけが意味の在る事なのだから。そう・・・・・・あの少年が、あの少女を護る事だけに意味を見出しているように。ならば、その意義を聞く事は残酷な問いだとは思わないかな? 私が描かれたのはいつの事だろうか・・・・・・もしかしたら、私に役目を与えた者ですら私を生み出した者ではないのかもしれない。どこかで見た私を、私として描き出しただけなのかもしれない。 ただ言える事は、私は『旅人』の役目を与えられたと言う事だけ。 『孤独』の役目を与えられた少年がいたように。『悲恋』の役目を与えられた少女がいたように。『記憶』の役目を与えられた魔導師がいたように。 しかし彼らと違う点は・・・・・・私は、この役目に囚われていると言う事だ。私を縛り続ける私の根本・・・・・・しかし、悪くは無い。少なくとも私は、この役目を楽しんでいる。 ―――ふむ、どうやら・・・・・・久々に私の出番が来たようだ。 それでは、私の旅路の中で――― * * * * * 目を開ける。どうやら、私は地面に寝転がっているらしい。 『旅』をするときはいつもこうだ、と私は小さく苦笑した。起き上がり、身体に付いた土を払いながら立ち上がる。傍らに落ちていたナップザックを拾い上げ、私は周囲を見渡した。 「・・・・・・・・・ふむ」 場所に見覚えは無い。少なくとも、今まで来た事のある場所ではないようだ。 そこでようやく、私は自分の姿を確認する。スニーカーに、ジーンズ。そして黒に近い藍色のジャケット。それと相反するように、少々灰色がかった白い髪が私の視界に入ってくる。どうやら、セミロングほどの長さになっているようだ。 「特に問題は無い、か」 独りごちて歩き出す。自分は『旅人』なのだ。旅をしなくては意味が無い。 だがしかし、それにしても――― 「ああ・・・・・・お腹すいたな・・・・・・さて、どうしたものか」 私の旅はどこに出るか分からない。人のいない場所かもしれないし、何か別の生物が暮らしている場所かもしれない。しかし話の通じる存在がいる場所で無ければ中々困る。食料が手に入らないのは中々に危機だからだ。 悩みながら歩いていると、唐突に林は終わり―――どこか、公園のような景色が広がった。人工物―――と言う事は、どうやらこういった技術を持つ存在は暮らしているらしい。 「さて、言語が通じればいいのだけどね」 苦笑を漏らしながら、更に歩く―――そして、見えて来た物があった。 「海、か・・・・・・懐かしいな」 湧き上がる思いは果たしていつの記憶によるものか。思い出す事も出来ず、私は再び歩き出した。公園の出口を見つけ、そこから外へ。舗装された道路の端々には人間の姿が窺え、私は小さく安堵の吐息を漏らした。今回は食料に困る事は無さそうだ。うんうんと頷きながら、私はそちらへ向けて歩き出す。 ―――そして私は、懐かしい気配を纏う少年を見つけた。 「―――ガルディアラス?」 「!?」 いたのは六人組の子供。著しく男女比率が悪いその中の白一点・・・・・・その少年の纏う気配は、かつて旅先で出会った男の物と酷似していた。驚愕と警戒の視線を向ける少年少女たちに、私は小さく苦笑を漏らす。私とした事が、何も考えないで言葉を口に出してしまった。 しかし――― 「ああ、懐かしいな・・・・・・本当に懐かしい。君は彼の縁者かな、少年?」 「・・・・・・貴女は?」 どうやら、随分と警戒されてしまっているらしい。少年とあと一人、金髪の少女は、こちらに向けて中々鋭い目線を向けてきていた。 ―――名前を告げる事は、信頼関係を築く第一歩だ。しかし困った。 「ふむ・・・・・・名前を聞いてるのであれば、その質問は難しいな」 「どういう意味よ?」 先ほどとは別の、もう一人の金髪の少女が半眼で聞いてくる。物怖じしない態度が気に入り、私は小さく笑みを浮かべて声を上げた。 「何者であるかと聞かれれば、それは簡単だ。私は『旅人』だからな。しかし名前を聞かれると困る・・・・・・何せ私は『旅人』だ。一箇所に留まる事が無ければ、誰かに名前を告げる必要も無い。私自身、私に名前があったのか忘れてしまったよ」 「・・・・・・ふざけてんの? 真面目に答えなさいよ!」 「あ、アリサちゃん・・・・・・」 ふむ、どうやらこのイチョウ色の金髪の少女はアリサと言うらしい。夜色の髪の少女が諌めるが、彼女は聞いた様子は無い。しかし私は、彼女の言葉には苦笑を返すしかなかった。 「ならば君が名前をつけてくれればいい。しばらくはその名前で過ごそう」 「・・・・・・・・・何なのよ、一体・・・・・・」 「ちょっと、ええですか?」 そう言って前に出たのは、ショートヘアの茶髪の少女。その少女の気配に、私は小さく首を傾げた。彼女の中に、何か私に似た気配を感じる。しかし、彼女自身の気配は私とは正反対だ。まるで彼女の中に何かが溶け込んでいるように――― 「貴女は、何でガルディアラスの事知っとるんですか?」 「会った事があるから。かつての旅の時にね」 あの時は世話になったものだ、と小さく苦笑する。私の言葉に、少女は驚愕の表情を浮かべていた。 「貴女も古代魔導族・・・・・・ですか?」 「違うよ、私はただの『旅人』だ。その時の話ならルヴィリスがしてくれるだろう。よしみと言っては何だが、一つ頼んでもいいかな?」 茶目っ気を交えたウィンクで、私はそう声を上げていた――― 「・・・・・・いや、済まないな。まさか本当に食事をくれるとは思わなかった」 「いえ、ルヴィリスから話は聞きましたし。こっちこそ、疑って済みませんでした」 翠屋と言うらしい喫茶店、そこに少女達は集まっていた。ガルディアラスの後継―――クローセス=シェインと言うらしいこの少年は、何やらテレパシーのようなものでルヴィリスと連絡を取り、私の事を確認したそうだ。いやはや、便利な時代になったものだ。 「えっと、トラスさん」 「む?」 「あれ? 違うんですか? ルヴィリスがそう言ってましたけど」 トラス・・・・・・ああ、トラスか。トラベラーのトラス―――確かに、彼女は私の事をそう呼んでいた。苦笑と共に込み上げる懐かしさに、私は小さく頷いた。 「ああ、それで構わないよ、少年」 「あはは・・・・・・」 「えっと・・・・・・トラスさん」 声を上げるのは、先ほどとは別の茶髪の少女。名を高町なのはと言ったか。彼女は小さく手を挙げ、その首を傾げた。 「いつから旅をしてるんですか?」 「生まれた瞬間からさ。それが私に与えられた役目だからね。いつ生まれたかなどは、私も忘れてしまったよ」 冗談では無く、紛れも無い事実。私は、自分がいつ生まれたのかも分からない。気付けばそこにいて、私は旅をしていたのだから。しかし、人間の常識で言えばそれは有り得ない事だろう。事実、私の答えに金髪の少女―――フェイト・テスタロッサは首を傾げながら声を上げた。 「もしかして・・・・・・最初からその姿だった、って事ですか?」 「ならば逆に問おう、少女よ。君は、私がこの姿以外で生まれる意味があると思うか? 私は『旅人』でしかない。ならば、この姿で生まれるのが道理だろう?」 「・・・・・・・・・」 よく分からない、と言う表情で彼女は首を傾げる。苦笑し、私は小さく嘆息した。まだまだ、こういった哲学的な内容を考える年齢ではないのだろう。そんな私に、再びなのはが質問を重ねる。 「えっと・・・・・・じゃあ、どうして旅をするんですか?」 「理由は無いかな。あえて言えば、私がその役目を与えられたからだ。それ以外には特に理由と呼べるものは無いよ。それに、待遇はそれほど悪い訳じゃない。私にその役目がある限り、私はある程度セカイに介入できる・・・・・・このようにな」 ぱっと掌を返す―――瞬間、その上にはこの食事の代金が乗っていた。最小単位すら一つも間違える事の無い、一切無駄の無い金額。六人はそれを見て、目をぱちくりと瞬かせた。果たして、どこにそれを持っていたのか、と。 「『旅をするのに必要だから』、私はこの金を持っていた。旅を続けるためと言う理由があれば、私は何でも出来るんだよ」 「え、ど、どうやって!?」 「それは聞いてはいけない禁忌だよ、少年。君たちが知ってはならない領域だ」 私は■■■■と言う括りをある程度超越した存在であるが故に、その事が分かる。だが、彼らには分かってはいけない領域だ。知ってしまえば、このセカイが意味をなくしてしまう。 「本来であれば、私と言う存在自体が禁忌だ。しかし私は、ある制約の元にこの役目を負っている。君たちは一生知る事の無い―――いや、知ってはならない事だが。君たち以上にその領域を許された存在も知ってはいるが―――君たちには、『彼』が心変わりでもしない限りは有り得ないだろう」 「『彼』・・・・・・?」 「ご都合主義を生み出す存在、だよ」 これ以上教える事は危険だ。この話はここで終わりにしておこう。納得はしていないようであったが、それ以上話す気が無い事は察したのだろう。同じ質問を重ねられる事は無かった。 さてと、どうするか。しばらくこのセカイで旅をするのも良いかもしれないが、これほど治安の良い場所、あるいは人に溢れている場所ではそれなりに動きが制限されてしまう。無論、それを無理矢理押し通す事も出来るが―――面倒には変わりない。 「ふむ・・・・・・まあ、出来る事はやっておくか」 そう呟き、私はその場から立ち上がった。先ほど出した金はその場に置き、ナップザックを肩に掛ける。 「あ、あの、どこへ?」 「再び『旅』に出る・・・・・・と言いたい所だが、手持ちの食料が尽きていてね。とりあえず食料と飲み物を購入しようかと思う。そうしたら、また気ままに進むさ・・・・・・世話になったね」 小さく笑み、私はその場から踵を返し―――ふと思いついて、出入り口の傍で振り返った。 「クローセス=シェイン」 「は、はい?」 「私は、私の行くべき場所に行く。君は、どこへ行く?」 私の問いに、少年は目を瞬かせ―――そして、淀みなく答えた。 「―――僕は、僕の行きたい場所へ行きます」 「そうか・・・・・・やはり君は、ガルディアラスの後継だ。その言葉、忘れないように」 かつての狼の面影を胸に、私はその場から立ち去った。 * * * * * 「―――相変わらず、根無し草ね」 「おや、久しぶりだな」 セカイの出口に足を運ぶ途中、頭上からかかった声に私は視線をそちらへ向けた。見れば、浅葱色の少女がブラブラと足を揺らしながら壁の上に腰をかけている。 「張る根すらない私だ。ならば、風に乗ってどこかに行くしかないのだろう?」 「そうね、そういう奴だった。前に会ったのは七十年ぐらい前だったかしら?」 「そうだな・・・・・・しかし君は、あの頃とは変わったようだ」 以前まで身体を持たなかったこの少女は、今はどうやら実体を持っているらしい。どのような仕組みかは分からないが、少なくとも彼女は、今の状況に満足しているようだ。 「どうするのかしらね。別に止める理由も無いけど・・・・・・惜しいっちゃ惜しいかしら」 「ふむ・・・・・・以前私は、自らの居場所を求める『旅人』に会った事がある。そういう存在にとっては、ここは非常に魅力的だったかもしれないな」 「あんたみたいなのが複数いる訳?」 「描いた数だけいるだろう・・・・・・いや、今のは聞かなかった事にしてくれ」 もっとも、何を言っているのか理解できなかったようであるが。苦笑し、私は再び足を進め出した。私はただ『旅』をするためだけの『旅人』だ。何かに後ろ髪を引かれるような事は無い。 「では、またいつか」 「そうね・・・・・・もしかしたら、またすぐ会うのかもしれないけど」 「それは君の予感か?」 「そう、あたしのよく当たる直感」 背中に響くのは、くすくすと笑う声。その声に私も小さく笑みを浮かべ―――そして、再び歩き出した。 彼女がまた会うかも知れないというのなら、そうなのだろう。彼女の直感はよく当たる。そして脳裏に浮かんだのは、あの蒼き隼。 ―――私は、口元に小さく笑みを浮かべた。 「成程、次の行き先はまたあそこか」 何故かよく行き当たるセカイだが―――悪くは無い。あそこには古き友が何人もいる。 「私を種にする、か。成程、それならしばしあのセカイを旅するとしようか」 そう、呟き―――私は、このセカイから姿を消した。 あとがき? 「十字架短編第一弾・・・・・・まさかこいつが出てくるとは思わなかったな、俺も」 「危険すぎるキャラですからね〜・・・・・・ある意味」 「だな。しかしクロス、お前は奴に会った事無かったか」 「僕は無いですよ。たぶんアリスも無いかと・・・・・・」 「ふむ。ウチの馬鹿弟子は・・・・・・どうだったかね。会う確率は高いとも低いとも言えないが。少なくとも・・・・・・ブレイズィアスの奴は会ってた筈だが」 「結局、何者なんですか?」 「さあな。俺たちに推し量れる次元の存在じゃないって事だ。人間とかそうじゃないとか言う次元じゃなく、あれは特殊すぎる存在なんだよ。まあ・・・・・・作者の奴は、あいつを別の世界と繋げるための橋か何かにするつもりなんだろうが」 「クロスオーバー小説のため、ですか?」 「矛盾の多すぎる世界同士でも、あいつは渡り歩ける。そういう風な役割を与えられてるからな。それ故に、橋渡しにするにはこれほどいい存在はいないのさ。どちらの世界観も壊さずにするには、世界を元から別々のものにするしかない」 「はあ・・・・・・じゃあ、今度はリクエストを書くって事ですか」 「たぶんな。ま、それはそれでいいだろ」 「・・・・・・・・・問題を解決するには強引過ぎるような気がするんですけど・・・・・・」 「気にしたら負けなんだよ、そういう事は。さて、短編を再び書くのか、それとも次の話を書くのか―――流石に、ここでは予告は出来ないな。とりあえず、作者の次の作品で会おうか」 「それでは、また」 |