「え〜と、確か…」

戦技教導官、高町なのは(15歳)は、時空管理局本局の小さな部屋で、その日の指導内容をレポートにしていた。
この手の作業、と言うのは、なのはにしてみれば、可もなく不可もなくと言った部類である。
しかし、今は色々あって、突貫作業に入って、かなり急いでいる意思が伝わってくる。
これが終われば本日の業務は終了であり、その後、たまたま本局に来ていたフェイトと一緒に帰る約束をしていた。
そのためにも、このレポートをやっつけて提出しなければならないのだ。
別に、多少内容が酷くても良い。
訂正することになるだろうが、それは後日になるだろうから。

「え〜と、この部分の訓練で…」

自身の相棒であるレイジングハートと記憶と行動の照らし合わせを行いながら、なのはは急スピードでレポートを仕上げていく。
しかし、フェイトの方の業務は既に終わっているだろう、となのはは考えていた。
向こうの方は数枚の書類に眼を通して、サインをすれば終わりと言っていた。
なのはにしてみれば、どう考えても自分の方が時間がかかると思う。
実際、なのはの方が時間がかかるのは確かだが、なのはが考えたよりも、フェイトは時間がかかっていた。
というわけで、本当は多少の余裕くらいならあるのだが、なのはにそれが分かる訳もない。

「ディバインバスターを…」

少しずつ佳境に入ってきたレポートを終わらせるべく、最後のスパートをかけようとしたとき、コンコンと、扉を叩く音がした。
そのノックの音を聞きながらも、なのははレポートを書く手を緩めずに、返事をする。

「はい、どうぞ!」

声に妙な気迫がこもっていたのは、まあ、仕方のない事か。
サッ、と横に自動で開いたドアから姿を現した人物を、なのは一瞬だけ顔を上げて確認した。
線の細い体に、ハニーブロンドの長髪、そして、優しい笑顔を浮かべている綺麗な顔をした青年である。
なのはは、その姿に、多少を驚きを覚えながら、それでもレポートを書く手を止めずに呟いた。

「ユーノ君?」
「うん…って、なのは凄く急いでそうだね。」

笑顔を苦笑に変えて、ユーノはなのはを見ながらそう言った。
本当は久しぶりに会えて(2週間ぶりだ)嬉しいな、と思う思考もあるのだが、レポートを書く手を止めるわけにはいかない。
なのははマルチタスクで思考を働かせながらも、いくらかジレンマを覚えていた。

「ユ、ユーノ君と何か約束してたっけ?」
「え、いや、違うよ。ちょっと息抜きもかねて、一つ言っておきたいこともあったし。」

言いながら苦笑している無限書庫司書長である男の子。
実際、なのはは彼が仲間内で一番多忙である事を知っている。
命の危険はない(と言っても、突発的な話はないだけで、過労死はありえる)が、それこそ毎日戦場にいるような忙しさだ。
ストレスもかなり溜まっているだろう。
それで、息抜きで会いに来てくれるのは、かなりなのはとしても嬉しかった。
とは言え、それは今もなのだが、フェイトとの約束が迫っている今は、嬉しいが、非常に悲しいことでもある。

「ごめんね、これを早く終わらせなきゃならなくて!」
「いや、いいよ、どうせ一言伝えて帰るつもりだったし。」
「そ、それはそれで悲しいかも…」

それほどいるつもりはない、と言われて、現状では嬉しくても、全体的に見るととても悲しい。
乙女心は複雑なのでした。

「でも、聞いている暇もなさそうだね?」
「うん、できれば、そこにある紙にでも書いておいてくれると嬉しいな。」

そうすれば、後で見れるから、と続けて言うなのは。
ユーノはそれを見ると、ふむ、と一つ頷いた。
おもむろに、その辺りに転がっていたペンを一本持つとサラサラと素早く、しかし綺麗に文を書き上げその10cm四方くらいであろう紙を置く。

「あ、なのは、書いておいたことの答えはいつでもいいから。」
「うん、分かった。」

いつでもいい、って、何を書いたのだろう、と少々疑問に思わないでもなかったが、それでもなのはは必死にレポートを書く。
それを見て笑いながら、ユーノは言った。

「それじゃ、僕は書庫に戻るから。」
「うん、ユーノ君、倒れないように頑張って。」
「ありがとう、でも、なのはも無茶しちゃだめだよ。」

これが、最近の二人のお別れの際の常套句。
お互いに、言っておきたいことと言うのは似てくるんだな、とユーノもなのはも思っている。
まあ、二人ともお互いが非常に無茶しやすい性格あることくらい、誰よりも分かっているので、当たり前ではあったが。

そして、ユーノが部屋を出て行ってから10分後。

「お、終わった〜!」

ついにレポートを書き上げたなのはは、それを転送すると、大きく背伸びをした。
そして、ゆっくりと椅子に座ってくつろぎながら、フェイトの来るのを待とうと思って――

「あ、そういえば、ユーノ君の…」

ユーノが書いていったはずの紙を慌てて探し始めた。
机を見回せば、一枚、重りが乗っている紙があった。
これかな、と裏返された紙に手を伸ばし、それを読もうとした所で。

「なのは、終わったよ。」
「あ、フェイトちゃん。」

丁度、フェイトがやってきた。
お互いにねぎらいの言葉をかけてから、フェイトはふと、なのはの手に納まっている紙を見た。
何故かなのはの手に握られている白い紙。

「なのは、その紙は?」
「あ、ユーノ君がさっき、書いていったの。レポート突貫でやってたら、ユーノ君が気を利かせてくれて。」
「もう、そんなに急がなくてもよかったのに。」

フェイトにしてみれば、そこまで急がなくても、ちゃんと待っているつもりである。
しかも、ユーノと碌に会話もせずに頑張って欲しいとは、思っていない。
この親友が、ユーノの事をどう思っているか、フェイトはよく分かっていた。
それだけに、現状が歯がゆい。
それに、なのははともかく、ユーノの態度は、フェイトから見ても、よく分からない。
好いているのは確かだが、それが友達か、それとも異性としてなのか、分からないのだ。

「それで、内容は何?」
「まだ読んでないんだ、今、読んじゃうね、え、と。」

『ユーノ・スクライアは高町なのはを愛しています。 なのはは?』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えっ?」

思わず、なのはは眼をゴシゴシとこすって、それから紙をパタパタと振って、もう一度その10cm四方の紙を凝視する。

『ユーノ・スクライアは高町なのはを愛しています。 なのはは?』

変わらない。
変わらない。
何度見ても、内容は変わらない。
横に振ってみても、縦に振ってみても、はたまたグルグルと紙を回してみても。
10cm四方の白紙、少々厚みがある。
日本語でそこに書かれたその文章は、変わらず、そこにあった。

「………」
「な、なのは?」

突然、紙を色々といじり始めて、奇行を行っていたなのはは、フェイトの目の前で今度はピタリと活動を止めて、凝固してしまった。
フェイトは紙に相当凄い事が書いてあったのか、と思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
新しい、未知のロストロギアでも発掘されたのだろうか。
それとも、未曾有の大災害の危険が…?

フェイトの想像は色々な要素を取り入れながら飛翔する。
そして、好奇心に負けたフェイトは、なのはを刺激しないように、ゆっくりとゆっくりとなのはの後ろに回り込む。
このときばかりは自慢の長い金髪も、後ろ手で抑え込みながら、本当になのはを刺激しないようにしていた。
フェイトは、なのはの茶色の髪の間からゆっくりと紙を覗き込んだ。
そして、紙をジーと眺めてから、思わず、ボッと赤面した。

(ユ、ユーノ〜!?)

一体、何が起こったのだ、とフェイトまで動揺するなか、なのははと言えば。

「………」
<<マスター気をしっかり!>>

立ったまま、どこかに気をやってしまっていたりする。


リリカルなのは 「小さなラブレターと大きな声」


「そ、それで、このボケっぷり?」
「ユーノ君、気障〜」
「と言うか、それはほんまにユーノ君が書いたんか?」
「うん、それは間違いないと思う、見たのは確かにユーノの字だったし。」

次の日の学校で、アリサ、すずか、はやて、フェイトはお昼ご飯を食べながら、今日のなのはと言う話題について話し合っていた。
そして、当の本人は。

う〜…ひゃあああ…あう〜、きゃ〜!

「…おもろい。」
「本当にね。」

七転八倒の動きを見せて机に突っ伏して悶えているなのはを見ながらはやてとアリサは呟いた。

「でも、それはありがたみない事ない?」
「ユーノの奴からかってるんじゃないでしょうね?」

はやてとアリサがそう思うのも無理はない。
何せ、メモ帳に簡単に書き込んだだけ、と言っても変わりないのだ。
これが愛の告白だった、と言われれば、からかわれているのか、と邪推してみるのも仕方がないだろう。

そして、そのはやてとアリサの言葉を聞いて、プシューと何かが抜けるような音と共に、なのはは動きを止めた。
先ほどのジャンプしそうなほど弾んでいた気配が非常に落ち込んで、今度は影でも背負いそうだった。

「…落ち込んじゃったよ、なのはちゃん。」
「まずいこと言うてしもうたかな?」
「う〜ん、でもねえ、からかわれてたらそれこそ酷いなんてものじゃないし。」

アリサの言い分も尤もなのだが、ここでそんな論議を交わしていても、それこそ落ちゆく人が一人増えるだけである。

「まあ、ユーノがこんな悪趣味なからかいをするとは私は思わないけど。」
「…でもなあ、ユーノ君、こんな大胆な事をするような性格ちゃうやろ?」

フェイトとはやてが論議を続ける。
フェイトはユーノを信頼していたが、それでも、はやての言い分も確か。
ユーノは基本的に思慮深く、迂闊な行動を取る人間ではない、とフェイトは考えている。

「そう? ユーノ君って、結構向こう見ずだよ?」

ここで、そんな風に言ったのは、すずかだった。
言われて、フェイトとはやては思考をめぐらしたが、出てくるのは疑問ばかりだ。
それは、フェイトとはやての知っているユーノと繋がらない。

「なのはちゃんと初めて会った時でも、一人でできない事をやろうとして失敗して怪我してたんだよね。」

ジュエルシードが飛び散った時、彼は発掘責任者であったから、ジュエルシードを回収しようとして、一人で飛び出した。
まあ、勝算自体はあったのかもしれないが、それでも、思慮深い者の行動ではない。

「それに、フェイトちゃんが無茶してた時だってそうだったんでしょ?」

フェイトとアルフが一度に6つものジュエルシードを集めるために儀式魔法を行使した時の話だ。
なのはとユーノは、クロノにフェイトが自滅するのを待つように言われたが、迷うなのはを尻目に、ユーノはあっさりと結論を出していた。
行ってと言うユーノは、既に逮捕される覚悟もあったのだろう。
本当に思慮深い人間なら、間違いなくフェイトが自滅する方を選ぶ。
尤も、この場合、人間的な部分を考慮にしない場合だが。
このように、彼は大事な時、考えと感情を照らし合わせ、その上に、向こうを見て、何があっても行動するのだ。
そこに、多少の思慮があって、自身に多大な負担があることが分かっていても、あっさりと選び取る。

「ユーノ君って、そんな人間だと私は思ってたけど?」

すずかの言う事に、なるほど、と頷く四人…四人?

「あれ、なのは、もう復活したの?」
「だって悩んでても、ユーノ君の気持ちは分からないし、それに、信じないなんて、嫌だもん。」

すっごく嬉しかったし、とまたニヘラ、と笑うなのはに、思わず他の四人は冷や汗を流した。

((((100年の恋も冷める…))))

皆がそう思うほど、なのはの顔はだらしなく崩れているのだった。

「でも、すずかちゃん、ユーノ君のこと、よく分かってるなぁ。」
「うん、ユーノ君のこと、好きだから。」

キーン、と冷気が辺りに迸っただろうか、と思うほどに、空気が緊張した。
誰もが言葉を発しなくなったなか、言った本人だけは、のほほんと。

「面白い本とか沢山読ませてもらったし、意気投合できたし、男の子の親友って感じだよ。」

ニコニコと言うすずかの顔を全員で恐る恐る見ながら、それ以上の感情がない、と何故か確信した。
理屈などなく、確信した。
そう、確信したのだ!
何故だろう…

「案外、なのはちゃんよりもすずかちゃんの方が、ユーノ君のことよく分かってるかもしれへんな。」

誰にも聞こないようにつぶやいたはずのはやての言葉。
ただ、フェイトには聞こえていたのか、フェイトも軽く頷くのだけが見えた。
なのはは物凄く渋そうな顔をしていた。


「あ、予鈴やな。」

耳に聞こえる鐘の音を聞いて、5人はそろそろと、机の上のものを片付ける。
と――

『はやて、聞こえるか?』
『クロノ君か?』

念話が送られてきて、はやては思わず上を見上げる。
携帯ではなく念話なのは、時間帯を考慮したのだろうか。

『放課後、学校が終わってから来てくれ。 新しい任務を僕から君に説明することになった。』
『了解や〜』
『あ、少々任務は長引きそうだから、皆にはそれを伝えておいてくれ。』
『どのくらいなんや?』
『いいとこ、3日ほどだよ。』

最後にそう言うと、クロノからの念話がプツンと途絶えた。
3日か、と考えて、本日は木曜日である事を思い出す。
自然、明日は休みになってしまうのだ。

「はやて、任務?」

聞こえていたのか、それとも念話の雰囲気を感じたのか、フェイトがはやてに話しかける。
はやてはそうみたいや、と、少々考えながら話す。

「どうも、今日からみたいなんや、だから、フェイトちゃん、ノート頼むわ。」
「うん、任せて。」

と、こんな話が続いて、あっさりと放課後になり、はやては一直線に、急ぐな、と言いながら、駆けていった。
なのはとフェイトもそれを見ながら今日の予定と言うものを反芻していた。
フェイトもなのはも、今日はそれほど予定がなかった。

「今日は、結構ゆっくりできるね。」
「何、今日は仕事が少ないの?」
「うん、そう。」
「だったら、ユーノに返事をしに行ってきなさいよ。」
「ふぇ!?」

フェイトと話していた内容に飛び込んできたアリサとのやり取りで、なのはは大声で奇声を上げる。
そこは校庭の真ん中。
同じく下校途中であった周りの生徒の目が一斉に集中し、離れていく。
視線が離れていくのを確認してから、アリサはなのはに言う。

「何驚いてんのよ、いつまでも待たすわけにも行かないでしょ?」
「そうだよ、いくらいつでも良いって言ってくれても、早いほうがいいのは確かだよ。」
「待たされるのは、多分辛いと思うな、ユーノも。」

友人3人に攻め立てられて、なのははうろたえる。
それは、自分の腹も決まっている、とは言え、返事を返すだけなのだが、非常に緊張しているのをなのはは感じていた。
考えるだけで、心臓が早鐘のようにガンガンと鳴り響き、頭に血が昇っていく。

「あんた…もう真っ赤よ?」
「ちゃんと言える?」

アリサとすずかに、なのはは返事を返す事もできない。
あははと笑って誤魔化しながら、なのはは、ササッ、とさりげなくその場を脱走する。
アリサとすずかは、それを見送り、フェイトは足早になのはを追っていった。

「大丈夫かしらね?」
「まあ、なるようになると思うけど…下手な事にならないといいね。」

アリサとすずかの心配を余所に、なのはとフェイトは走っていく。



『本日もありがとうございました〜!』
「よし!」

本日の業務が終了したのを確認すると、なのはは走り出した。
今いるのは、訓練室だ。
新人達は走っていく自分達の教導官を見て、その様子に首をかしげる。

「高町教導官、今日は妙にそわそわしてたな?」
「何かあるのかな?」

見てて分かるほどに動揺していたなのは本人は、走り出した勢いそのままに、無限書庫へと到着し――
慣性の法則などないのか、と思わせるかのごとく、ピタリと、無限書庫の前で立ち止まった。
この時間帯は、確実にユーノはまだ仕事をしている時間帯。
つまり、この扉を開けて、無限書庫に入れば…

「ううう〜!」

考えるだけで真っ赤になりそうな状態を維持しているなのはである。
この状態で、自分は大丈夫なのだろうか、と不安になったが、いや、女は度胸、とバン、と無限書庫の扉を開け放つ。
基本的に自動ドアのはずなのだが、どのような現象であろうか。

わいわいがやがやと、到底図書館のような場所とは思えない喧騒を発生させている無限書庫。
チラチラと、なのははその間を飛びながら、目的の人物を探すが、いつもはすぐに見つかる彼が、ちっとも見つからなかった。
何だか、こうなると、気が急いてきていた。

「あの、スクライア司書長はどこにいますか?」
「え、あ、はい。スクライア司書長はアースラ艦長であるクロノ・ハラオウン氏に呼び出されて…」
「アースラですね、ありがとうございます!」
「え、いえ、あの!」

まだ何か言いたそうにしている司書を置き去りにして、なのはは全速で動き出す。
それこそ、アクセルフィンでも展開しそうな勢いだった。
置いていかれた司書は、呆然とそれを見送りながら、言えなかった一言を紡いだ。

「…八神はやて特別捜査官と一緒に、任務にでかけられました。」



「は、はやてちゃんと一緒に任務に…?」
「そ、そうだが、何か用でもあったのか…?」

物凄い剣幕で詰め寄ってくるなのはを相手にして、艦長であるクロノは、既に身の危険を感じていた。
尋常ではないのだ、その迫力が。
正に鬼気迫ると言った感じだったので、クロノは慌てて念話を義妹へと繋げる。

『な、なのはとユーノに何かあったのか!?』
『…ユーノがね、昨日、返事はいつでもいいからって、なのはに告白したの。』
『…と言う事は。』
『なのは、返事をしようと思って、息巻いてたから…』

その気迫が全てこっちに周ってきているのか、とクロノは溜息を吐く。
今にも胸倉掴みあげられそうな気配に、クロノは何でもないかのように、任務を了解したユーノに、恨み言を言いたい気分だった。

『エイミィ、いい手はないか!?』
『う〜ん、ユーノ君の秘蔵写真とか持ってないの?』
「あるわけないだろうが!」

視線の先に座っているエイミィに、クロノは念話ではなく肉声で文句を叫ぶ。
管制指令は役に立たない、とクロノが断じようとしたとき――

「ほら、なのはちゃん、ユーノ君の仕事している時の顔〜」
「え、はあ。」

パッと小さく写された画面を前にして、なのははその画面に接近していく。
画面が小さくて、よく見えないからだ。

「エイミィさん?」
「はい、アップ〜!」

エイミィの声と同時に、ドン、となのはのすぐ目の前に、ユーノの顔がアップになった。
それは、真剣に本を読んでいるときと同じ、神経を集中して、一点を見つめている顔だ。
ジッと、こちらを真剣に見つめてくるかのようなアングルのユーノに、思わずなのははたじろいだ。
物凄く、落ち着かなかったからだ。

「なのはちゃん、後で、この画像、プリントアウトしてあげるね。」
「は、はい、お願いします。」

咄嗟に返事を返して、なのはは、いいのか、と言う所まで、思考が回らなかった。
エイミィ・リミエッタ、彼女はやはり有能だった。

『助かった、エイミィ。』
『どういたしまして…3日も持つかな?』
『早く帰ってくれることを祈ろう…しかし、参った。 なのは、随分情緒不安定な気がするな。』
『まあ、極度の緊張状態だろうからね…』

念話を終えて、二人は仲良く溜息を洩らすのだった。



ユーノにしてみれば、ほぼ開き直りに近かった。
どうして、と問われれば、彼は苦笑しながら答えただろう。

「色々、吹っ切れちゃって。」

なのはの事で、今までの関係とか、お互いの距離とか、色々と考えて考えて考えて…吹っ切れたというか、開き直ったと言うか。
振られるのが怖い、関係が壊れるのに恐怖する。
その辺りの事を全て飲み込んできて…今回、それに耐え切れなくなったので、ユーノは行動に移った。
自分でも大胆な事をしたな、とユーノは思っている。
普段の自分なら絶対にできない事だと、本人も納得していた。
口で伝えようとして、あまりに忙しそうだったから、言わなかった。
だけど、何とかして伝えたい、と思ったから、あんなメモでも、書いていったのだ。
先のことよりも、今、自身の感情に従った結果、こうなったと言える。

「驚いたわ…」
「何が?」
「いやね、すずかちゃんの考え方、大当たりやなって。」

遺跡の中で休憩中の二人。
はやてとユーノの他に、狼形態のザフィーラがいる。
それが今回の面子だった。
勿論、リインフォースもいるにはいるのだが、今は寝ていた。
先ほどまでずっとはやてと融合していたから、疲労したらしい。

「すずかが? 何言ってたの?」
「ユーノ君は、結構向こう見ずやって。」

向こう見ず、なるほど、ユーノは感心したように頷いた。
思い返してみれば、自身は確かにそうなのだ、と思えたからだ。
今回の事だって、途中までは告白の後まで考えていたが、今はもう、吹っ切ってしまっているのだから。
振られても、両思いだったとしても、関係は変わるだろう。
それが怖かったから、今まで何もしなかったのに、今回は感情が爆発して、結局、先のことなど考えずに告白してしまった。
いや、先の事も考えてはいる、だけど、その結果がどうなっても、先に進む事を優先して考えた結果だ。

「でも、ユーノ君もホンマに本気で良かったわ。」
「――本気、って…疑われたんだ、僕。」

はやての言葉に、ユーノは苦笑する。
その顔に、はやても苦い顔をして、しかし、きっぱりと言う。

「言うたら悪いかもしれんけど、だってメモに書いてねんで、ユーノ君。」
「気持ちはこめたよ、必死でね、小さくてもあれは立派なラブレターだよ。」

ラブレターとユーノが言った瞬間に、はやては気迫のようなものを感じた。
それは、ユーノが本当に本気で書いたのだ、と言う意思がこもった感情の嵐だ。

「…スクライア、上手く行く事を祈る。」
「ありがとうございます、ザフィーラさん。」

男二人は、前足と右手で握手を交わす。
それを見ながら、はやては考えていた。
ユーノ君はマジもマジで、疑ったのが恥ずかしくなるくらいの意思があった。
でも、それなら…

「どうしてユーノ君、今回の任務を受けたんや、なのはちゃんの返事を待っときたかったやろうに。」
「う〜ん、まあ、遺跡に興味あったし。 それに、なのはも、僕にいきなりそんな事を言われても、混乱するだろうし困るだろうから。」

だから、ちょっと時間を置いたほうがいいかなって、と笑うユーノに、はやては少し冷や汗が流れるのを感じていた。
ユーノがどちらかと言うと、主眼に置いているのが、振られるほうだと、何となく分かったからだ。

(態度でお互いそれとなく気づいとる思うとったのになぁ…)

ユーノはちっとも気づいていなかったようだ。
まあ、ユーノの態度にしてみても、なのはへのスタンスは今までよく分からなかったが、今回、こんな事になってようやく分かった。

(結局、なのはちゃんとおんなじやった、言う事やな。)

それが分かれば、自分はこの二人を応援するだけだ、とはやては息を吐く。

「ユーノ君、大丈夫、上手くいくて。」
「はやてがそう言ってくれると、凄くそんな気がしてくるから不思議だよ。」

その日はのんびりと過ぎていく。
遺跡内の調査は滞りなく進み、特に大きなトラブルに巻き込まれることもなく、二日後の夜には上々の成果で終わった。




「え、ユーノ、任務行っちゃったの!?」
「うん、しかも強制じゃなくて、任意だって言うから、なのはも色々考えちゃって。」

クロノに迫って次の日である。
学校で、死んだように机に突っ伏しているなのはを見て、アリサとすずかが、すわ本当に何かあったのか、と問いただした所、フェイトが答えたのである。
それを聞いて、アリサは自身の疑念を膨れ上がらせていく。

「何よそれ、本当にからかってるんじゃないの!?」
「アリサちゃん!」
「え、あ…」

アリサの感情を激発させたような声の内容に、なのははビクビクと体を振るわせていた。
一晩経ってみると、異様に不安が増した。
昨日よりも、そのアリサの言葉が、真実に思えてくる。
まるで堆積していく埃のように、積み重なった不信が払えなくなってきている。
誰よりも信頼していたのに、たった一つの行動で、こんなに信じられない。

「違う、違う…」

そんなはずはない、と、なのはは首を振る。
でも、それが自身の願望だからだと思うと、不安がまた首をもたげる。
もしかしたら、凄く軽い気持ちで、からかうつもりで書かれたのだろうか。
ユーノがそんな事をする人間ではないとなのはは知っている。

「なのに…不安だよ!」

グッと、自身の胸元に下げられた、赤い宝石――レイジングハート――を握り締める。
彼との絆。
最初に形を持って与えられた、絆だった。
今はただ、その絆に縋りつきたい。

<<マスター>>

頭の中に響く声、自身のデバイスの声を聞きながら、なのはは答えない。
レイジングハートもそれっきり沈黙した。
分からない、レイジングハートが何を言いたいのかも、ユーノがどんな気持ちでこれを書いたのかも。
なのはは、自身の手の中でくしゃくしゃになってしまったメモ用紙を見ながら、不安と戦っていた。



「本当、間が悪いわよね…」

机に突っ伏したまま体を震わせているなのはを見ながら、アリサはそう言うことしかできない。
すずかも困った様な顔をしたまま、どう言っていいのか分からない様子だった。

「ユーノが帰ってきたら、なんにしろ、一発くらい殴らせて欲しいわね。」

パン、と左手の掌に右手を拳で放つアリサに、フェイトは困った顔をする。

「でも、はやての手助けになってくれって言われて、はやてを放って置くユーノもそれはそれでユーノじゃないし。」

クロノにその時の事を詳しく聞いてみたが、ユーノが付いて行ったのは、正解と言うしかないような場所であったし。
過去、ユーノが同系統の文明の遺跡を発掘していたらしく、様式や防衛系にいたるまで、ユーノは写真から少しずつ読み取っていけるレベルだったらしい。
捜査官として、知識はともかく、遺跡捜索等の経験がはやてには薄い。
経験がなければそれだけで思わぬ危険に晒されかねない。
最初は、はやても大丈夫や、と、のんびり言っていたのだが、危険性をクロノがしっかりと説明した段階になって。

「ならば、スクライア辺りを主につけてもらいたい!」

別任務のシグナムの心配性とも言える一言からユーノの参加は決まった。
ちなみに、ザフィーラだけでは心配だ、と言われても、ザフィーラは何も言わなかった。
色々と思う所はあったのか、子犬フォームになって、部屋の端に行って、伏せていたが。
上記の通り、資料を一通り見せてみれば、ユーノはやはりこういう面に関しては、努力もしている天才と言えた。
シグナムもこれなら安心だ、と言っていた。

「…はやてに傷一つつけて見やがれ、お前らの毛を全部毟ってやるらな。」

とは、シグナムと一緒の任務についた、鉄槌の騎士のお言葉である。
ユーノは苦笑いし、ザフィーラは伏せ続け、はやてはヴィータを怒った。
そうして、二人と一体は出かけて行ったらしいのだ。

(…この場合、シグナムに怒ればいいのかな?)

とは言え、ただ単に自分達の主を心配して言っただけ。
ユーノの事情もなのはの事情も知らないのだから、シグナムを怒れるわけもない。
フェイトとしても、現状打破の方法は、既にない。
後は、時間の経過を待つしかないのだ。
親友と友達の関係がどうなってしまうのか、フェイトも不安に蝕まれていた。

「何で、こんな事になっちゃったのかな。」

無性に、今はクロノが言っていたことがフェイトには実感できている。

「世界はこんなはずじゃないことばっかり、か。」

だったら、本当に、親友の恋路は、こんなはずじゃない事で終わってしまうのだろうか。
フェイトは、それを考えて、少し体を身震いさせた。



(ユーノ君、いるかな?)

時間が経てば少々気持ちの折り合いもついてくる。
とは言え、やはりこの二日間が長かったと言うのが、なのはの実感だ。
不安は未だ心中にくすぶっている。
考えないようにして、この二日間を過ごしてきたが、それももう、限界と言うのが気持ちだった。
そうして、業務も終えてたどり着いたユーノの本局の部屋の前で、なのはは深呼吸をしてから、インターフォンを鳴らす。
しかし、いらえはない。
任務の終了は、先ほどはやてから聞いていた。
でも、ここにはいない、と言う事は、多分、無限書庫にいるのだろう、と言う所まで考える。
ホッとした様な、残念なような、不思議な気持ちが胸に溢れてくるのを実感しながら、なのはは溜息をついた。
もう、その溜息の意味は、二日前と違っていた。
心が躍るような認識がない、ただただ、不安にしめつけられて出た溜息だった。

「ユーノ君…」

つぶやくと同時に、フラフラと頭が回り始めた。
思えば、不安といやな想像で、ここ二日間、まともに寝ていなかった。
なのはは、もう、何を考える事もできずに、ユーノの部屋の前で倒れこんだ。



「あれ…?」

無限書庫を少しの間覗いて、本日の業務は大丈夫だと思ったから、ユーノは早々に自分の部屋へと戻ることにした。
今回の任務のレポートを書かなければいけない。
そう思い、部屋の前まで帰ってきたユーノは、そこで倒れている人を見つけた。
ドクン、と心臓が跳ねる音が聞こえたと同時に、ユーノは慌てて走り出す。

「大丈夫で…!? なのは!?」

倒れている人は、先日自身が告白した、最も大事な人だった事もあり、ユーノは一瞬、頭が沸騰したような感覚に襲われた。
しかし、ユーノは一度頭を振ると、一気に頭の中を冷静な思考に塗り替える。
なのはの頭をゆっくりと持ち上げながら、心臓、呼吸などに異常はないかどうか、確認する。
頭を打っている様子もないし、心臓、呼吸などにも異常はない。
若干、疲労が顔から見て取れるのが原因か、とユーノは安堵の息を吐く。
一通り見てみても、ただ寝ているだけだった。

「とりあえず、部屋に。」

倒れているなのはを刺激しないように、ユーノはゆっくりとなのはを持ち上げる。
あまりにも華奢に思える体に、ユーノは少々不安を感じたが、今はそんな場合ではない、と自身の部屋の鍵を開け、なのはを抱えて部屋に入る。
そして、なのはをいつも自身が寝ているベッドに寝かし、上から毛布をかける。

「う…ん。」

時折、うなされるように苦しげな声が洩れていた。
ユーノはそのことが非常に気にかかる。
寝ているなのはを見ていても、憔悴しているのが見て取れた。
最後に別れた時のなのはは、言ってしまえば多少疲れていても、いつも通り元気だったと言うのに。

「…この二日の間に、何があったの、レイジングハート。」

なのはの寝ているベッドの周りに防音結界をはって、こちらからの声を遮断してから、ユーノはなのはの首元から持ってきたレイジングハートに話しかける。
しかし、レンジングハートは不定期に明滅を繰り返すだけで、何も答えようとしない。

「レイジングハート?」

その反応に、レイジングハートが迷っている、と感じて、ユーノは言えないことなんだ、となんとなく察しがついた。

「分かった、聞かないよ、代わりに、明日なのはは何時に起きればいいか、教えて。」
<<明日は、昼以降から指導が入ってるだけです>>
「たっぷり寝かせておいてあげれるってことだね。」
<<はい>>
「分かった、僕は床で寝るから、君から見て、何か変わった事が起こったら、教えて。」
<<はい、マスター>>

レイジングハートの言葉に、ユーノは驚いた表情をしてから、笑った。

「レイジングハート、君のマスターはもう僕じゃない。」
<<貴方もマスター権限がありますので、マスターでしょう>>
「そんなもの、仮初だって分かってるだろう?」

ユーノがそう言うと、それっきり、レイジングハートは沈黙した。
何か、気に入らなかったらしい。
ユーノは、それが何か分からなかったが、漠然とそのことに不安を感じながら、あっさりと眠りについた。

シン、と静まり返った空間の中で、レイジングハートは一人ごちる。

<<私が絆? マスターなのはとマスターユーノを繋いだのは、私だと言うのでしょうか、マスターなのはは>>

レイジングハートは、一人ブツブツと言う。
その姿は、既に二人を見守る姉が愚痴を言っている、と言っていい図だったのかもしれない。

<<マスターなのはが縋った絆を、マスターユーノは仮初にしか過ぎないと言い、私と自分の実の繋がりを否定する>>

キィン、深く耳鳴りのような音が小さく発せられた。
もし、自分で自在に動けたなら、レイジングハートは今こそ二人をひっぱたいてやりたかった。
ユーノは先ほどの言葉を深く考えていなかったに違いない。
それも当たり前だ。
レイジングハート自身、ユーノがマスターであった事は、既に随分と昔に感じていたのだから。
特にマスター権限を消していないから、マスターである事に変わりはないのだが。

<<二人とも、私にとっては大切なマスターです。 どうか、誤った道へと進まぬ事を>>

レイジングハートもそれっきり、沈黙した。
なのはにもユーノにも、本当は口を出せばいいのだろう、とレイジングハートも分かっていた。
だけど、それでは何かをないがしろにするようで嫌だった。
だからこそ、レイジングハートは沈黙する。



「ふあ〜、おはよう、レイジングハート。」
<<おはようございます、マスター>>

次の日の朝7時、ユーノは起床した。
床で寝たので、体がひたすら硬くなっていたが、それでも、疲労が幾分か取れていた。
本日はなのはの世界で日曜日。
とは言え、ユーノは本日も休日ではない。
二日間離れていた間に出来たであろう、業務等をこなさなければならないので、8時には無限書庫にいかなければならない。
今日、やるべき事を考えながら、ユーノはベッドの上のなのはを見る。
防音結界はそのままに、なのはは健やかに寝息を立てていた。
その顔色の、昨日の夜確認した時よりも余程マシになっている。

「さあ、支度しなくちゃね。」

なのはも大丈夫みたいだし、と思いながら、ユーノはおもむろにキッチンで簡単なサラダをつくり、トーストを焼く。
勿論、料理などと言えるレベルではない。
サラダは、キャベツとキュウリを適当に切って、ドレッシングをかけただけ。
トーストも焼いただけだ。

「レイジングハート、一応、なのはの分も作っとくけど、いらなかったら放っておいて、って言っておいてね。」
<<分かりました>>

サラダの上に保冷的な意味合いも込め、サランラップをし、保冷材を置く。
トーストは焼くことなく、眼につくところに置いておく。

「それじゃ、レイジングハート、僕は行かなきゃならないけど、大丈夫?」
<<…はい、まあ、鍵をかけてもらえば大丈夫でしょうし、いざとなれば、私が念話しましょう>>
「うん、分かった。 後は頼んだよ。」

しっかりもののデバイスに信頼を置きつつ、レイジングハートをなのはの胸元へと置く。
近くでなのはの顔を見ていても、特におかしな所はない。
と言うか、近くで見ていておかしくなりそうだ、と思ったユーノである。
健全な男としては、好きな女の子の顔をアップで見ていて平然としていられるはずもない。
とは言え、病人に何するものぞ。

「それじゃ、行ってきます。」

防音結界をもう一度確認してから、ユーノは部屋を出て行った。
その足取りに不安はない。



「う…」

ユーノが出て行った3時間後、なのはは眼を覚ました。
おおよそ12時間、寝続けたなのはは、頭が回転していなかったが、それでも上半身をゆっくりと起き上がらせる。
その拍子に、コロコロと胸元から転がっていく赤い宝石。
それに気づいたなのはは、慌てて赤い宝石を掴む。

「大丈夫、レイジングハート。」
<<問題ありません、マスター>>

実際、落ちてもレイジングハートは傷一つつかないだろう。

「…あれ、ここって。」
<<ユーノ・スクライアの部屋です>>
「え…?」

辺りを見回しながら、なのはは、ふと自分を包み込んでいる緑色の結界を見る。
音を遮断する結界か、と考えながら、どうしてユーノの部屋のベッドで寝ているのか考える。
記憶がいかにも曖昧だった。
覚えているのは、ユーノの部屋を訪ねてみて、いなかった所までだった。

「え、と何で私ユーノ君のベッドで寝てるんだっけ?」
<<マスターなのはが倒れているのを発見したマスターユーノが、病気ではない、と見て、自身の部屋で休ませる事にしたのです>>
「そっか、ユーノ君、帰ってきてるんだ!」
<<ええ、無限書庫にいるはずです、後、起きたら、と朝ごはんを用意していきました>>

色々と早速、迷惑をかけたようだ、と考えると、なのはは赤面してしまう。
しかし、同時に、起きるまで待っていてくれなかったことに、不安を感じてしまう。
分かっている、ユーノが、そこまで心配のないであろう自分について、仕事を休むなどと言う事をするはずもない、と。
それに、情報の検索の事を考えると、ユーノはやはり忙しいのだろう。

「やっぱり…我侭なのかな。」

ハァ、と溜息をつくと、なのはは毛布を剥ぎ取ろうとして、ふと、辺りの防音結界を見る。
ユーノの気遣いなのだろう、しっかりと寝る事ができるように、と施してくれたのであろう。
そうだと思う事が出来て、どこか、温かみが感じられた。
それだけで、何だか元気が湧いてきた気がする、となのはは勢いよく立ち上がる。

「レイジングハート、予定までまだ余裕ある?」
<<身支度を考えると、それほど予定はないです>>

そういえば、と、なのはは昨日からシャワーも浴びていない事に気づいた。
抱きかかえたであろうユーノに不快な気持ちにさせなかったかが気にかかった。

「折角だし、朝ごはん頂いて、それからシャワー借りよう。」

置いてあったサラダを見ながら、ユーノ君は不精なのかな、と思う。
それとも、ただ単に食材がないのか?
今度、朝ごはんとかつくりに来てあげよう、と思いながら、なのはは楽しそうに食事をする。
とても簡素なものであったが、それでも、なのはにはとても美味しい朝食だった。



「ふっふふふ〜ん♪」

昨日、あれだけ不安だった気持ちが、今日は随分と落ち着いている、となのはは思う。
本日の業務も全て終了し、なのはは例のメモを手に握り締めて、無限書庫へと歩を進めている。
時間は、まだそれなりに早い。
時間にして、午後5時くらいであろうか。
この時間帯なら、確実に、ユーノは書庫にいるであろう。
まあ、この前のように、突発的な用事が入っていない事が前提であるが。
こうなってくると、今度は告白に返事を返すことに意識が周ってくる。
思わず赤面しそうになるが、この二日間の不安な気持ちを思い出すと、それが今はブースターとなってくれる。
さあいくぞ、と無限書庫の扉を勢いよく開ける。
自動ドアのはずなのだが…何度も一体どうなっているのか。

「…いない。」

見回しても、ユーノの姿をなのはは見つけられない。
すわ、また任務か、と思いながら、近くの司書の人に声をかけて、ユーノの所在を聞く。

「ああ、スクライア司書長なら、奥の司書長室にこもってます。」

あっちです、と指されて、無限書庫の一角に、真新しい扉があるのに気づいた。
いつのまに、そんなもの出来たのだろうか、と思ったが、気にしないことにした。

「あそこには、スクライア司書長が禁書を封印しているって話ですよ。」

司書が、充分気をつけてください、と最後に一言残して、去って行く。
禁書って、どんなのだろう、となのはは考えながら、司書長室へとプカプカと移動していく。

「…あ………る。」
「ん?」

司書長室の前へと飛んでくると、中から何か声がした。
ユーノの声ではない、若い女性の声。
思わず、なのはは、ゆっくりと扉を開けて、中を盗み見ていた。

「ユーノ・スクライア司書長、貴方が好きです。」

(え…?)

まだ、年若い、どこかで見たような気がする女の子と、ユーノがそこにいた。
きっと、無限書庫のどこかで見たのだろう、となのはは記憶を反芻しながらも、全く違う事も考えていた。
違う、それを言うのは、私なんだ、と心のどこかで吠える声が聞こえる。
ジッと、耳を澄ましながら、なのはは心が荒れ狂っているのを感じる。
ギシギシと軋む心が、暴発しそうで、痛い。

そうして、ユーノは――

「ありがとう。」

穏やかに笑いながら、そう言った。
――!

なのははその瞬間、その場から飛び出していた。

「な……!」

誰かに呼ばれた気がした。
でも、止まれなかった。



「でも、僕は、好きな人がいるから。」
「分かってます、そんな事、分からないものですか。」

目の前の、自分よりも更に年若い司書を見ながら、ユーノは罪悪感をかみ締める。
こう言う事なのだろう、きっと、なのはにもこの思いを与えたのだろう。
こうして実感すると、酷く、ひどい事をしているのかもしれない、とユーノは思う。
それでも、顔を笑顔にしているのは、相手に気を使わせないためだ。
悲しい顔をすれば、相手を余計に悲しませてしまうだろうから。

「ごめん。」
「いえ、ただ、言いたかっただけですから。」

寂しそうな顔をして、そう言う女に、ユーノは、一言だけ。

「ありがとう。」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。」

そう言うと、女は司書長室から出て行った。
と、すぐさま誰かが入ってきた。
その姿と慌てように、ユーノは首を傾げる。

「フェイト?」
「ユーノ、今、なのはが…」

話を聞くと、真剣な顔をして、ユーノはすぐさま書庫を文字通り飛び出して行く。
そのあまりの勢いに、フェイトも何も思わず口を開けたままポカンとしてしまったほどだ。
しかし、そのことから、どれだけ真剣になのはを思っているのかが分かる。

「間に合って…ユーノ。」

後はもう、親友と友達の事を願って祈る事しか、フェイトには出来なかった。



分からない、信じられない。
ここはどこだったろう、と辺りを見回して、すぐさま思考を放棄した。
周りには誰もいない。
公園だったろうか、ここは。
芝生の上に倒れている事を実感しながら、なのはは、先ほどの事が脳裏によぎっていた。

『ありがとう』

穏やかな笑みと、その言葉が、脳に住み着いたかのように離れない。
何だ、やっぱり自分はからかわれていただけなのか、と。
自身の心がどこかで囁くその言葉に、静かになのはは涙を流す。
まだ、自身の手の中にあるメモに、ふと気づいた。
もう、何も意味のないものだ、と思いながら、その手の中を見つめて、その紙を破って捨てようとした――時。

「なのは!」

鬼気迫る声に、ゆっくりとなのはが起き上がって、声のする方を見れば、そこには、今、一番、見たくて、会いたくて、でも、絶対に会いたくない人がいた。



死んだような顔をしているなのはを見て、ユーノは自身の胸中へと重いものが落とされたのを感じた。
何だろう、一体どうして、なのはは泣いているのだろうか。
フェイトから、なのはが泣いて、書庫から飛び出していった、と聞いて、急いで探しに来た。
フェイトは、ユーノが何かしたのか、と疑っていたのかもしれない。
断じて、ユーノにはそんな覚えがなかったが。

「なの…」
「来ないで!」

まるで、それは切り裂く刃のように、ユーノの心をえぐる。
完全な拒絶。
それが、こんなに痛い。
思わず、ユーノは呆然としながら、なのはを見る。

「また、また私をからかいに来たの!?」
「か、からかうって…」

何だ、なのはは何を言っている。
ユーノは頭をフル回転させても、全く導き出せないその答えが切実に欲しかった。

「僕は、からかってなんて…」
「からかってたじゃない、こんな事を書いて!」

グッと握りこんだ紙を見せられて、ユーノは何を言われているのか、察しがついた。

「違う、からかってなんて、ない!」

必死の心を込めた言葉は、辺りに響いて、霧散していく。

「嘘、また嘘をつくんだ、ユーノ君は、嘘つきだ!」
「嘘なんて、ついてない!」
「じゃあ、さっきの女の子は何!?」

さっきの女の子、と言われて、ユーノは書庫での出来事を思い出す。
なのはが見ていた、と分かって、しかし、それでもこんな事を言われる理由が分からない。

「僕は、あの子の事は、ちゃんと断って…」
「信じられないよ、そんな事、あんなに綺麗で、穏やかな顔して、『ごめんなさい』!? ユーノ君、そんな事を出来る人じゃない!」
「なのは…」

話を聞いてくれないのではない、話を聞いても、全て疑われる。
良かれと思った行動が、全て裏目に出ているのだろうか。
しかし、それでも、どうしてここまで疑われているのかが理解できない。
このたった一度の行為のせいなのだろうか、それだけで、ここまで信じてもらえないほど、自分は信用がなかったのか、とユーノはギリギリと奥歯に力を入れる。
なのはにしてみれば、ここまでで溜まった思いが大きすぎたのだが、ユーノにそんな事がわかるはずがない。

「なのは…!?」

一歩踏み出せば、ユーノの頭の隣を小さなピンク色の光球が飛んでいった。

「来ないで!」

レイジングハートも出していないのに、なのはの周囲を飛ぶピンク色の光球。
3つほど浮かんだそれは、大した大きさではない。
とは言え、感じられる魔力から考えると野球の硬球をぶつけられるくらいの痛みはあるだろう。
それでも、どうにかして、なのはを説得しなければならないと、ユーノは歩を進める。
同時に――

「がっ!」

腹に、バリアジャケットも纏っていない体に一つ直撃した。
凄まじい嘔吐感が込みあがり、膝をつきそうになる。
それでも、ユーノは歩を進める。

「なのは…好きだ。」
「信じられない!」

返礼は、二つの光球。
肩と足に、直撃して、たまらずユーノは転倒した。
それでも、すぐに立ち上がり、ユーノはなのはへと歩き出す。

「なのは…」
「来ないで、話さないで!」

なのはの手の平に、ピンク色の光が集中しているのが見える。
あれは、ディバインバスターか、と当たりをつけながら、ユーノはシールド展開を考えて、やめた。
ユーノはここまでなのはを追い詰めたのが自分なら、そんな事をしている場合ではないと思った。
それに、なのはは。

「来ないで!」

叫ぶなのはにかまわず、ユーノは、歩を進める。

「来ないで、撃つよ!」

暴虐な力を誇るピンク色の光の奔流は、今にも溢れだしそうなまでに、膨れ上がっている。
それの威力は、ユーノが一番良く知っていた。
分かっていても、ユーノは進む。
非殺傷設定だろうが、意識混濁は確実だろうし、動けなくなるのも確実だ。
それでも、ユーノは歩を進める。

「本当に、撃つよ!」

ユーノの歩を止まらない。

「やだ、来ないで!」

ユーノは、ピンク色の光の奔流の30cm手前で歩を止めた。
そして、なのはの手を掴む。

「やだ、やだ!」

叫びながら泣きじゃくるなのはに、ユーノは暗澹たる気持ちになる。
それでも、と手を前に出して、一つ、魔法を出す。

「ストラグルバインド。」

静かに放たれたその魔法は、ゆっくりとなのはの手に巻きつき、魔力を少しずつ霧散させていく。
放って置くと、暴発もありえるので、しておくに越したことはない。
本来は強化魔法解除の拘束魔法ではあるが、多少ながら、魔力を分散させる効果がある。

「なのは、好きだよ。」
「もう、信じられないよ、ユーノ君の言葉は信じれらない!」

なのははしゃがみこんで、そう叫ぶ。
ふつふつと、ユーノは心の底から、熱い何かが沸き起こってくるのを感じていた。
それが何か、ユーノは、少し経って、ふと気づいた。
それは、怒りだ。



「なのは、そんなに僕の事が信じられない?」
「そうだよ、もう、何が何だか分からない!」

なのはは、ユーノの声のトーンが一段下がった事に気づかず、同じように泣きじゃくる。
それから、5分ほど、なのはの鳴き声だけが辺りに響き渡っていた。
その間、ユーノは、色々と考えながら、自身の心が本当に燃え立っているかのように怒っているのを感じていた。

「…そっか、じゃあ、もういいよ。」

そう言うと、ユーノは掴んでいたなのはの手を離した。
それを感じて、泣きじゃくっていたなのはも、ギュッと、胸が締め付けられる感触を味わった。
もう、あきれ果ててしまったのだと思った。
でも、本当にもう、信じられない――

「あっ!?」
「僕の事は信じられないなら、信じなくていいさ。」

座っていたはずのなのはは、ユーノに抱え上げられていた。
俗に言うお姫様だっこの体勢だ。
なのはは、心地よさと、いらつきを感じて、グシャグシャの気持ちのまま、暴れようとして――

「ちょっとジッとしてて。」

あまりにも真剣な瞳に射すくめられた。
少し怖かったが、それでも、ユーノのその瞳は、黙らせるだけの確固だけの意思が込められていた。

ブン、と緑色の魔法陣が広がると、ユーノとなのははその場から姿を消した。



「お、おい、ユーノ!」
「クロノ、全部分かってて、言うぞ!」

なのはは気づけば、巡航艦アースラのブリッジにいた。
ユーノに抱えられたままだったが、それを気にする余裕もない。
あまりにも早い展開に、頭がついてきていなかった。

クロノからしてみれば、この事態は考えたことすらなかった。
何故なら、転移魔法によるブリッジへの直接移動は、テロなどの対策の為にそれだけで逮捕対象になるのだ。
なのに、ユーノは何のためらいもなくそれを実行してきた。

「もし、僕の事を友達だと思うなら、今から僕がすることが終わるまで、見ていてくれ、その後で、逮捕でも何でもすればいい!」
「本気で言っているのか、お前は!?」
「当たり前だ!」

まるで怒鳴りあいのような会話だったが、ユーノの声は、本当に怒気にまみれていた。
あまりにもな怒りに、その怒りになれているはずのクロノでさえ少々驚きを覚えているほどだった。

「ブリッジへの転送魔法は禁止されている、それだけでもお前は既に…」
「分かっていても、やらなきゃならないことが、今の僕にはある!」
「…本気なんだな。」
「ああ。」

大きな溜息を吐くと、クロノはちょいちょいと手を振った。

「分かった、一応とは言え、お前は友人だ、勝手にしろ。」
「ありがとう、クロノ! エイミィさん!」
「え、私!?」
「はい、今から僕が言う人全員に、通信を繋いでください!」
「え、それだけ?」
「それだけでいいんです!」

正に、怒涛の勢いで進んでいく会話に、なのはは口を挟むことさえ出来ない。



ユーノは怒っていた。
怒っている対象は、自分自身。
あのなのはが、信じられない、と言ったのだ。
お話聞かせて、と言って、敵の言葉さえ真に受け取る彼女が、必死に紡いだ自分の言葉を信じられない、と言った。
そこまで、彼女に信頼してもらえていなかった自分に、ユーノは怒りを禁じえない。
振られる覚悟もしていた、受け入れられた幸せな未来も想像した。
しかし、言った事が信じてもらえないとは考えた事もなかった。

「繋がりました?」
「OK! もう、何でも始めちゃって!」
「分かりました!」

通信、誰に、となのははボヤッとしている思考を回転させて考える。

「フェイト、アルフ!」
『ユーノ?』
『ユーノかい?』

フェイトちゃん、何で、疑問に思う中、ユーノは次々と名前を呼ぶ。

「はやて、シグナムさん、ヴィータ、シャマルさん、ザフィーラさん!」
『ユーノ君?』
『スクライア?』
『ユーノ?』
『ユーノ君?』
『スクライア?』

はやてちゃんとヴォルケンリッターの皆、なのはは頭を本当にかしげる。
いつのまにか、ちょっと冷静だな、となのはは思う。

「アリサ、すずか、恭也さん、忍さん!」

『え、ユーノ、何これ?』
『ユーノ君、え?』
『ユーノ…か?』
『ユーノ君、かな?』

「え、ユーノ君!?」
「黙ってて!」

次元世界でも、まだ魔法が認定されていない世界の住人へのこうした魔法行使はご法度だ。
犯罪に引っかかっているのだろう。
なのに、ユーノはそれを平然と行っている。

「クロノもエイミィさんも聞いて!」

気迫に押されたのか、クロノもエイミィも反射的に頷く。

「皆さん、今連絡している人は、なのはから信頼されている人だと、僕は認識しています。」

ユーノはそう言うと、一つ息を呑んでから、言葉を発する。

「もし、今から言う僕の声や言葉に、偽りがあると思ったなら、遠慮なく言ってください、頭の中で強く思えば良いだけですから。」

淡々としゃべるユーノに、返る念はない。
だから、ユーノは、大きく息を吸い込んだ。

「僕、ユーノ・スクライアは、高町なのはを愛しています!」

通信機に向かって放たれた声は、念となって、皆へと飛んでいく。
聞こえているのは確かなので、そのまま異議が帰ってくるのを待つ。
誰も、何も言わない。
ユーノはグッと手を握って、なのはに静かに言う。

「ね、なのは、皆信じてくれている。僕の言葉は信じられなくても、皆の言葉は信じられるだろ?」

自身の言葉だけで信じてもらえない、と言うのなら、周りの皆にも手伝ってもらう。
実際、それ以外に方法はない、と少なくともユーノは思っていた。

「これでも駄目? だったら、何度でも叫ぶよ?」

静かに喋るユーノだが、その声には、鉄の意思があった。
信じてくれるまで離さないと言う意思が。
目の前にあるユーノの顔を、なのはは、俯けていた顔を上げて、ゆっくりと見る。
思わず、なのははドキッとした。
その顔は、昨日エイミィにもらった写真と同じで、ただただ一心に、見つめている顔だ。
その対象が自分、そう思うだけで、なのはは頭がくらくらしてくる。
そして、その考えに、なのはは、酷く自分が情けなく感じた。
信じられない、と拒絶したのに、こんな少しの間に、すぐに求めている。

「う…ううううぅぅ…」

咽び泣くなのはの声に、ユーノはどうしたものか、と困った顔になる。

「信じてくれる、なのは?」
「うん、うん、ご、ごめん、ごめんなさい。」
「謝らないでよ、なのは。」

犯罪行為までして、それでも信じてくれと叫ばれて、それが自身への愛の告白なのだ。
そこまでしても、信じて欲しいと叫ぶ、自身の好きな人の言葉を、今はただ信じられた。

「でも、良かったよ、これで振られても、まだ納得できるから。」

しかし、ここに来て、この男は、そんな事をおっしゃった。
一番近くにいたクロノとエイミィの顔はひきつり、念話の向こう側の皆は、思わず硬直した。
否、恭也は一言。

「ふむ、確かに納得できる。」

帰れ、朴念仁。

しかし、フェイトは冷静に考えてみた。
そういえば、なのははユーノが告白してから、まともに態度見せたのが、今回だけなんだよね…いきなり否定して、疑って、信じない…
フェイトの考えが纏まってくる頃になると、念話の向こうの皆も、ハラハラと耳を済ませて、神経を集中させる。
フェイトは、ユーノが嫌われていると思ってももしかして仕方がないのかな、と厭世的に物事考えていた。
尤も、そんなことを杞憂に変えてしまうのが本来のなのはだ。

「ねえ、ユーノ君。」
「何?」

まだ、なのはの体はユーノに抱きかかえられたままだ。
だから、これ以上、近づく事はない、その必要がない。

「通信機、とって。」

なのはの声音は、もう、普通だ。
ユーノは、なのはの言葉に、エイミィの方を振り返る。
すると、エイミィは、ヘッドセットを投げてよこした。
これで、大丈夫と言う事なのだろう。

「はい。」
「うん、ユーノ君も聞いててね。」

首を捻るユーノにかまわず、なのはは大きく息を吸い込んで、話し出す。

「皆、聞こえてるよね?」
『聞こえてるよ、なのは。』

代表のように答えたフェイトに続いて、それぞれ皆からの返事が響き渡る。
それを聞いてから、なのはは言う。

「私の言葉、皆も聞いて。」

静かに言うなのはの声が、清廉とも言えるほどに、澄んで聞こえた。
ユーノは静かに耳を傾ける。
それを確認してから、なのはは、ユーノはとは違い、大きく声を張り上げることなく、少しずつ、言葉を紡いだ。

「私、高町なのはは…ユーノ・スクライアの事が、大好きです。」

そう言って、なのはが上を見上げれば、驚いて、キョトンとした顔が眼にうつった。
キョトンとしていた顔が、ゆっくりと笑みに変わるのが見えた。
その顔は、穏やかな顔ではなく、満面の笑みだった。
優しい目でみつめられて、今更ながらに腕の中にいるのを思い出して、なのはは心臓が早鐘のように打ち始めるのを聞いていた。
それでも、まだ、言わなければならないことがある。

「ユーノ君、信じてくれる?」

信じないとあれほど言った自身の言葉、ユーノが信じない、と言ってもそれは仕方がない、となのはは思っていた。
ユーノは一度口を開いて、それから一度閉めて、悪戯っこのような顔で言う。

「信じない。」
「う…」

やっぱり、そうなのか、と思うと同時に、なのはは、先ほどまでよりも、更に強く抱かれていた。
まるで締め付けられているような、その感触が、とても今のなのはには心地いい。
放さない、と言われている、束縛されたような感触があった。

「だから、証拠をもらっていくよ。」
「証、拠…?」
「そう、だよ。」
「え…あ…」

うろたえているなのはを余所にユーノは、引き寄せたなのはの唇に、自身のそれを落とす。
思わず驚きに眼を見開いたなのはだったが、すぐにその眼は閉じられた。
ジッと、そのまま5秒ほど経ってから、ユーノは唇を離した。

「ん、なのは、愛してる。」

と、何でもないように言ったユーノだったが、その顔は真っ赤だ。
今更ながらに、怒りのパワーがなくなって、ひたすら恥ずかしい事をした自覚がでてきたのだろう。
そして、それはなのはも一緒だった。
キスされた事で舞い上がり、そして、先ほど信頼している人たちに告げた言葉が、とても恥ずかしく思えた。
お互いに顔を真っ赤にさせながら見つめあい、二人はあはは、と誤魔化すように笑った。

「あ〜。ごほんごほん。」

あまりにもわざとらしい咳払いに、ユーノとなのはは、反射的にそちらを見た。
そこには、顔を赤くしているクロノと、にやにやしているエイミィがいる。

「痴話喧嘩は終わったな、二人とも。」
「告白合戦だよね、二人とも。」

う、と思わずうめき声を洩らして、二人はまた顔を真っ赤にする。
ブリッジクルーの皆には、それこそ丸聞こえだろう。
それに、切れた念話の先の皆からの追及もひたすら明日以降考えなければならない。

「あ〜。それでは、処遇の話だが。」

立派に犯罪行為をした自覚が、二人にはある。
なのはもユーノも、この際、どうなっても仕方がないと思っている。
ドン、と来い、と立つユーノ、なのはは胸元に両手を組んで、クロノを見つめる。
そして、溜息を一つはいてから、クロノは言った。

「…始末書等、全部僕が書いてやる、だから、君達はほとぼりが冷めるまで、どこかに謹慎処分にする。」
「え?」

それは、つまり、どう言う事か、となのはが考えている間に、ユーノは意味を理解して、クロノに驚きの目線を向ける。
そのユーノの視線に、嫌そうに目線を返して、それから照れたように眼を背けた。

「友人へのお祝いだ、分かったらさっさとどこかに行って来い!」
「クロノ、ありがとう!」

なのはを抱えたまま駆けて出て行くユーノ。
少しだけシンとしたブリッジで、クロノは溜息をつく。
つくづく、自分は苦労性だと思っていた。

「エイミィ、手伝ってくれるか、色々と。」
「了解、クロノ君、年長組みは、弟と妹達の面倒を見ないとね。」

そう言う楽しそうなエイミィに、クロノも苦笑しながら続いた。




「なのはの家に行こうか。」

アースラ内の通路を歩きながら、ユーノは言う。
なのははすっかり板についたのか、今はユーノの首に手を回して、すっかりお姫様抱っこを堪能していた。

「え、でも…」
「クロノの好意に甘えようと僕は思う。」
「…私も、ユーノ君と一緒に居たいって、思ってるから。」
「うん。」
「あ、ちょっと待って。」

なのはは、自分の手の中にあるものに気づいて、ユーノの首元から手を放すと、クシャクシャになったそれをゆっくりと広げて、文章を確認する。
そして、徐に、自身の、胸元からペンを取り出すと、クシャクシャの紙に、必死で字を書き出した。
ユーノはそれが何の紙か分からなかったが、なのはが何かを必死で書いているのは分かっていたので、止まって、終わるのを待つ。
そして、少しすると、できた、となのはが言った。

「何を書いたの?」
「はい、ユーノ君。」

そう言って、目の前に突きつけられた紙をマジマジと見つめてから、ユーノは破顔した。
そこには、クシャクシャになった紙の上に、こう書いてあった。

『ユーノ・スクライアは高町なのはを愛しています。 なのはは?』
『高町なのはは、ユーノ・スクライアを愛しています、これからもずっとよろしくね、ユーノ君!』

ー終わりー

攻撃的ユーノ…?
ちょっと吹っ切った男になってましたね。
受身なのは…?
う〜ん、精進が足りないでしょうか。



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