時にすずかは考えたりする。
もし、あの時、ユーノになのはの事を言わなかったらどうなっていたか。
ユーノが自分で気づいて、苦悩しながらもそのまま自分と付き合っていただろうか。
それとも、気づかないで、そのまま自分と何ともなく、普通に恋人同士だったろうか。
でも、その場合、なのはが関係に気づいた時点で、どうなるか分からなかった。

「結構、楽しかったかな。」

今のなのはの立場に立った自分を想像する事は、すずかには容易だった。
当たり前と言えば当たり前。
以前はその場所に立っていたのだから。

「…不思議だよね。」

ユーノの恋人になって、一年、期間があった。
もっと親密になれたチャンスもあっただろうし、きっと独占していく機会もあった。
なのはが間に入る余地をなくすことなどは、さすがに無理だったろうだろうけど、それでも、その間を少なくする事はきっとできた。
あの時のユーノは、すずかの恋人であることに何ら疑問を覚えていなかったから。
無意識はどうあれ、意識的にはそんなものだ。

「でも、結局。」

それは起こらなかったことだ。
現実、ユーノはなのはと付き合って、すずかとは別れている。
すずかとしては、考えてみて、その事実がどのような話か。

「私もおかしくなっちゃったなぁ…」

ユーノとなのはが仲良くしていると嬉しい。
すずかはそう思っていた。
自分が好きな人が、他の人――いくら親友とは言え――仲良くしていても、腹も立たない。
ユーノが自分をそれで完全に見てくれない、となっていたら、結果は違っていたかもしれない、とすずかは思う。
でも、ユーノは隣になのはが立っていても、すずかにちっとも意識を払わないわけではない。
それどころか、同等に扱っていた。
それはきっと意識しないで行われているであろう事象だ。
ユーノの中で、すずかは、決してないがしろにしていい存在ではない。

「…なのはちゃんとユーノ君と一緒にいるのも楽しいんだよね。」

なのはと一緒に、ユーノと話していると、また違う境地があるようで。
ユーノが満ち足りたような顔をすることが増えた、と思う。
たった15歳の人間が、満ち足りた、と言われるような表現を受ける状態になるのもいささか凄い事である。
しかし、以前のユーノよりも、何かが充足しているのは、確かかな、とも思った。

「大好きだな…やっぱり。」

とは言え、恋心は特に変わったわけでもなく、言いたい事を言ってしまえば、やっぱり愛おしいわけで。
なのはが羨ましいのは確かなのである。

「…う〜ん?」

着物を纏って座っているだけに、すずかも動きようがない。
下手に動いて、着崩れするのもいやだったし。
これから、初詣、とは言っても、本当に初は、先日、一月一日に各家族皆で一緒に済ましたわけであるが。
本日は、ユーノと一緒に詣でよう、とそう言うことだ。
まあ、ユーノも先日なのはと済ましたらしいのだが、その辺りの事は特にどうおもうわけでもなく、仕方がないか、とすずかは思っている。
どう贔屓目に見ても、すずかの立場がなのはよりも下なのは、すずかも理解しているのだ。
とは言え、その辺りをどうこう、と言うのは今は考えていない。

「ユーノ君が一緒にいてくれるだけで結構嬉しいかも。」

何だかんだ言いつつ、すずかは自分は贅沢者だと思っている。
彼女でもない、片思いの立場なのに、ユーノは言えば答えてくれる。
断られても仕方がないのだが、ユーノは断る事がない。
罪悪感なのか、それとも家族だから、だろうか。
すずかでさえ、その辺りの事は掴みきれないのだが、それでも、嫌々と言うわけではないことくらい分かると言う物だ。

「早くこないかな〜」

ちょっと考えていて上機嫌になったすずかは、パタパタと足を動かす。
はしたない、とは思ったが、それでも上機嫌を隠し切れない。
好きな人と二人っきり…まあ、イージスはいるから、本当の意味での二人っきりではないのだが。

「でも、イージスちゃんも賢いよね〜」

喋っていると、本当に人工知能か、と思われるようなレベルの会話をしている。
まあ、それはすずかの常識であって、きっと、向こうでは普通なのだろうけど。
それはレイジングハートやバルディッシュを見ていてもよく分かる。

ピンポ〜ン。

と、のんびりした音が響いた。
待ち人、到着か、とすずかは逸る心を抑えて、ゆっくりと玄関に向かった。
すずかが玄関につくと、ファリンが応対していた。
それに応対しているのは、笑顔のユーノだ。
そこで、ピタリ、とすずかは足を止めた。
視線がユーノの足元に向かう。
そこに、見たこともない子供がいた。
小さな体に、綺麗な着物を着て、少しそわそわとしている子供。
クリーム色の髪は、ユーノにそっくりで、その顔はなのはにそっくりだ。
二人の子供が生まれたら、こんな感じかな、とのんびりすずかは理性的に考えていた。




リリカルなのは 「安らかなる月の家」



「ユーノ君。」
「あ、すずか、明けましておめでとう。」
「すずかさん、おめでとうございます。」

礼儀正しく挨拶する二人に、すずかは内心の疑問を隠して、同じように挨拶を返す。
とは言え、その疑問の視線をユーノが気づかないわけもなく。

「あ、すずか、この姿では初めましてだよね。」
「この姿?」

すずかが首を捻れば、ピョンと、一度跳んで姿勢を正してから、小さな子供はお辞儀をして、快活に言う。

「すずかさん、改めまして、イージスです。」
「…え?」

すずかが思わず呆然としていると、イージスが小走りに近づいてきて、足に抱きついた。
その感触は、本当に普通の人間と同じにしか思えなかった。

「うわぁ…」

思わず手をイージスの頭に置いてみれば、返ってくるのは、フワフワとしてわたがしのような軽い髪の感触。
撫でてみれば、何故か物凄く感動したような気持ちになった。

「イージスちゃん、大きくなったね。」
「リインフォースさんのおかげです。」

照れて少し方向性のずれた会話をしながら、すずかとイージスは笑いあう。
そこにユーノもゆっくりと近づく。

「すずか、もう、出る?」
「え、あ、う、うん。」

何故かどもるすずかに、ユーノは苦笑しながら、何気なく言う。

「僕はちょっと疲れてるから、30分くらい休ませてもらっても構わないかな?」
「別に、いいよ。」
「じゃあ、その間、イージスの事をよろしく。」

そう言うと、ユーノはリビングの方に歩いていく。
正に勝手知ったる家なだけに、ユーノはいくら家が広くても迷う事はない。
さっさと歩いていってしまったユーノの事も追いたかったが、イージスは近寄ってきた猫を恐る恐る相手にしていた。
すずかは、結局、イージスと一緒に、猫と少し戯れる事にした。

「…えい、えい。」

イージスがちょっと猫に向かって手を出すと、好奇心旺盛な猫は、その手に向かって同じように手をだして、引っかこうとしている。
引っかかれるのは嫌なので、イージスは手を引っ込める。
そして、また、恐る恐るイージスは手を出す。
ヒョイヒョイ、とまるで猫じゃらしにでもなったかのように、イージスは自分の手をあっちにフラフラ、こっちにフラフラさせていた。
ジーと、それを見ているすずかは、全身がウズウズしてきたような、そんな感じに支配され始めた。

「あ、わ〜」

猫を触って、何かに感動したように嬉しそうな表情をするイージスを、すずかは無意識に撫でていた。
その手の感触に、イージスはすずかを仰ぎ見る。
ちょっと不思議そうなその視線に、すずかは、ちょっと困った表情をする。

「嫌?」

すずかに対して、首をふるイージス、すぐに笑顔になっていた。

「撫でられるのは、嬉しいですよ。」

ユーノパパも、この姿が出てこれるようになってからは、よく撫でてくれます、とイージスは言う。
想像すれば、すぐさまできた。
ユーノが本当に優しい笑顔で、イージスを撫でている姿を。
すずかは無言で、イージスを抱えあげると、自分の膝の上に置いて、椅子に座った。
不思議そうに、すずかを見上げるイージス。

「ちょっとお話しようか。」

そう言って、ゆったりとすずかはイージスを抱きしめる。
心の充足を感じながら、すずかは、本当に笑顔で、イージスを可愛く、愛おしく思った。





「そっか、そんな事があったんだ。」
「はい、そうなんです。」

イージスがこんな人型形態を取れるようになった経緯を聞いて、すずかはなるほど、と思った。
でも、とすずかは首を捻る。

「クリスマスの時、どうしていなかったの?」

クリスマスの日は、ユーノと月村家で、パーティーをしていた。
その中でユーノとちょっと接近したのだけど、その辺りはイージスに言うべきことではない。

「あの時は、士朗おじいちゃんと桃子お祖母ちゃんが我が家に来てね、って言うので、なのはママと一緒にいたんです。」

その言葉に、すずかは苦笑する。
イージスが人間形態になれるようになった時の騒ぎをイージスから聞いてるから、余計にだ。
特に士朗。
ユーノを追い詰めるとこまで追い詰めておいて、この孫にはとても甘かったらしい。
まあ、仕方がないのかもしれないが。

「桃子お祖母ちゃんが、ケーキを焼いてくれました。」

それはそれはとても楽しそうなイージスに、うん、うん、と一つずつ、すずかは頷いていく。

「桃子さんのケーキは美味しいから。」
「ほっぺが落ちそうでした〜♪」

目をキラキラさせて語るイージス。
それは本当に子供っぽくて。
可愛い、と思ったからこそ。
なのはがママ、と言われている事にちょっと羨ましさを感じてしまった。
だから、何となくすずかは言ってしまった。

「ねえ、イージスちゃん。」
「何ですか?」
「私の事も、ママって呼んで欲しいな。」
「え…?」

イージスが不思議そうな顔をしてすずかを見つめる。
でも、すずかは自分に対して困ったように笑っていた。
そりゃ、困惑もするだろうな、と。
自分で言っておいてなんだが、すずかもそれはどうだろう、と思ったのだから。
首を捻りながら、イージスは、う〜ん、と唸って、まるで疑問符のように、口に出した。

「すずかママ?」

あ〜、とすずかはどこか脱力した。
なのはちゃんも、こんな、凄く力が抜けるほど嬉しい気分なのかな、と何となく考える。
本当に、子供が生まれたら、同じように、嬉しいのだろうか。
こんな感じで、イージスに呼ばれているだけで、ちょっとばかり、すずかは幸福、と言うものを理解できた気がした。

「あら〜、それじゃ、すずか、ユーノ君と夫婦になってるわね。」
「お、お姉ちゃん!?」

いつからいたのか、忍が立っていた。
先ほどまでの表情、見られたのだろうか、と思うと、ちょっと恥ずかしい気分だった。
そして、忍に言われて、確かに、と自分でも思ってしまった。
イージスにママ、といわれている、と言う事はつまり、ユーノの伴侶だという事にもなる。
それは、何と言うか、気恥ずかしいし、現時点ではないことなだけに、悲しい。

「イージス、すずかにママになって欲しい?」
「…?」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
「なのはちゃんと比べてみて、どう?」

忍のぶしつけとも取れる質問に、イージスは長々と考えてみて。

「なのはママも、すずかママも一緒だといいなぁ、と思います。」
『…』

忍もすずかも黙ってしまったが、何となく納得。
きっと、余り深く考えてない子供の言葉、と思ったのだが。

「なのはママも、すずかママもいないと、ユーノパパは本当の意味で笑わないですから。」

無邪気にそんな事を言われてしまった。
思わず、忍は天を仰ぎ、すずかは、苦笑した。

「二人ともなら、ユーノパパも悩んでも答えも出ないのに悩まなくてもいいですし。」

忍とすずかは、ハタ、と気づいた。
イージスの価値観レベルが、ユーノ中心に回っていることに。

「ね、ねえ、イージスちゃん?」
「何ですか?」

忍が恐る恐る聞く。

「一番大事な人は誰かな?」
「ユーノパパです。」

即答、断言。
当たり前と言えば当たり前なのだが、ちょっと複雑なもので。

「ユーノパパは、すずかママと、なのはママと一緒だと、いつもよりよく笑ってくれますから、だから、二人一緒だといいなぁ、って。」

思うんです、と続けて、イージスは笑う。
打算も何もなくて、イージスはユーノが大好きなんだなぁ、と本当に分かる笑顔で。
忍は笑い出し、すずかはどうしよう、と考える。
二人一緒かぁ、と思うと、なるほど、それもいい考えのような気がしてくるから不思議だった。

「…現実味を帯び始めたわね。」

忍が楽しそうに言っているのは、何のことだろう。
とは言え、すずかも、先ほどから考えていた気持ちに、色々と答えが出て、ちょっとすっきりした。
とりあえず、ユーノになのはにも何も今の事は言うまい。
すずかは、クスリ、と笑って、未来を少し考えた。
ここで、この家から、仕事に出かけていくユーノとなのは家族
そして、ここに、この家に帰ってくるユーノとなのは家族

「…いいかも。」

迎える自分の姿を想像して、皆で一緒に仲良く。
なのはとユーノを争って、ユーノにひたすら心労を味あわせるよりも、そちらの未来の方が少なくともすずかはとても好みだった。
まあ、それも絵空事と言えば絵空事。
ユーノがなのはを選んでいる現在、それはないだろう。

「すずか、そろそろ行こうか?」

丁度ユーノが呼びに来たので、そのまますずかはユーノとイージスと一緒に連れたって歩き出す。




「ねえ、ユーノ君。」
「何?」
「私に、勝ち目はあるのかな?」
「…なのはと、すずかで?」
「そうだよ?」
「勝ち目は…ないよ、その代わり、負けもない。」

ユーノの言葉に、すずかは首を捻る。
勝ちもないが、負けもない?

「そうだね、僕が、最低で、最悪だってことだよ。」
「え?」
「なのはは勿論、すずかにも離れて欲しくない。」
「…なるほど。」

二股宣言とも言える言葉であるが、すずかの事は、恋人としてか、と問われると、ユーノもまだ首を傾げる。
すずかとは、ユーノにとって、あらゆる意味で複雑なのだ。

「…もし、こんな僕が嫌いになったら――」
「…うん、よし。」

ユーノが言おうとしている言葉を遮るように、すずかは何かを言う。
ユーノが不思議そうに自分を見ているのを自覚しながら、すずかはニコリ、と笑う。
いろんな意味で、すずかは良かった、と思う。

「ユーノ君、私の着物、似合ってるかな?」
「え、あ、うん。凄く似合ってて、綺麗だよ。」
「すずかママは綺麗です。」
「ありがとう、二人とも。」

ユーノはイージスを不思議そうに見て、すずかママの部分を追及していた。
それを見ながら、すずかは、ちょっとばかり、楽しそうな未来に行きたいから、最初は、なのはを説得してみようかな、と思った。

ー終わりー




ーおまけー

ヒソヒソヒソヒソ。

「すずかママ〜」

ヒソヒソヒソヒソ。

「なのはママ〜」

ヒソヒソヒソヒソ。

「ユーノパパ〜」

ヒソヒソヒソヒソ。

「フェイト、アリサ、はやて、言いたいことははっきり言って。」

次の日、いつものメンバー(なのは、はやて、フェイト、アリサ、すずか、ユーノ)ですずかの家に集まって。
イージスが呼んでいる言葉を耳にして、上記3人はずっとヒソヒソ話をしている。

「…イージス、どうしてすずかちゃんがママなのかな?」

なのははなのはで、先ほどから泣きそうな顔でイージスににじり寄っていた。
なのははなのはで、この娘が非常に可愛いわけで。
取られるのは絶対に嫌だった。

そして、フェイトがユーノにゆっくりと向き直ると。

「…ついに、すずかにも手を出したんだね。」
「公然と浮気ね。」
「ユーノ君も、勇気あるわ…」

ユーノは否定したいのだが、詳しく説明するとどの道、同じように言われる、と思ったので、結局、それは違う、とだけ言った。

この後、しばらく、管理局に『ユーノ・スクライア司書長は、二股かけている』と言う噂が流れた。
噂を流した元の人間の候補など数えるほどしかいない。
ユーノ自身も強く否定できない立場である事はよく分かっていたのもあって、広がっていくのであるが。
とは言え、この後、我慢できなくなったなのはが怒ったので(ユーノに対してではなく、噂に対して)エライ事になってしまったのだが、それは、また別の話。

ー本当に終わりー



すずかのお話。
色々とあるんですよ、本当。
未来はまだまだ未定ですね。

このシリーズ、いい加減名前が欲しいんですけど…
思いつかないんですよね、何かないでしょうか?





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