「フンフフフ〜ン♪」

軽快に鼻歌を歌いながら、なのはは目の前で少しずつ形を崩していくチョコを眺めていた。
本日は2月13日。
明日は何と言っても2月14日なのだ。
女としては、どうしても外せない日。
まあ、日本だけが、女の子なのだが。

「ユーノ君、今年も喜んでくれるかな?」

毎年、バレンタインにチョコは挙げている。
それこそ、ユーノがすずかの恋人だった年でもだ。
きっと、あの時はユーノも義理としか思ってなかったから受け取ったのだろうけど。
それに、なのはもユーノがすずかと付き合っているなんて知らなかったから挙げれたのであるが。

「でも…今年は。」

今までの年のように、本音を言えずに落ち込む事もない。
毎年毎年、この日に告白と、3年間も言い続けて結局無理で。
だから、今年は既に恋人同士、と言う現状が、とても嬉しかった。
しかし、やはり憂いはあるわけだ。

「すずかちゃんも気合入ってそうだなぁ。」

とは言え、すずかがどうあれ、今のなのはにはそこまで拘ることでもない。
まあ、恋のライバルとして見た場合、そんな存在はすずか以外に存在しないのも事実なのだが。
すずか以外など、悪いが、なのはには眼中外だ。
これで、フェイトやはやてやアリサが相手にいるなら、そうも言えないが。

「でも、勝てないんだよね…」

すずかは、包容力では仲間内では一番長けている。
それこそ、ユーノもクロノも上回り、はやてと比較しても、上に行くほどに。
なのはにしても、どうしてユーノがすずかではなく、自分を好きでいてくれるのか、非常に悩む瞬間がある。
ともかく、なのはは人間として、すずかに勝てる気がしない。
これでもし、本気ですずかがユーノを落とす気になり、大攻勢に出たら、なのはも不安にさいなまれる事になっただろう。
なのに、すずかは、いつも通り、ほんわかと行動している。
こちらへのアドバイスも普通にくれるし、行動を阻害することもない。
結局、イマイチ、すずかが何を考えているのか分からないのだが。
友情は変わらず健在である、と言うことには、嬉しさを隠せないのだが。
すずかちゃんも、好きだなぁ、と思う(勿論、友情ではあるが)のだ。
これで、間にユーノの事がなければ、特に気兼ねもないのだが、思わず、溜息。

「さ、それはともかく、チョコを作る!」

いつの間にか完全に溶けきっていたチョコを、ハートの型に流し込む。
単純にチョコを溶かして、型に入れて出来上がり、ではなく、少量のアルコール分のために、ウイスキーを入れる。
二つ同じものをつくり、一つは自分の味見用。
ある意味、合法的にチョコを食べれるのであるが。
味は美味しいのだが、少し考えてしまう。

「すずかちゃんは、ユーノ君の味の好みまで分かってるんだろうな。」

思わず、ハァ、と溜息をついてしまう。
味覚的な話は、ユーノはとても曖昧だ。
基本的に、辛くても、甘くても、酸っぱくても、味がうまく引き立っていたら、美味しいになるのだ。
変な話、好き嫌いがないの一歩上にいると思えばいいのだろうか。
なのはには、ユーノのその変が分からないのだ。
そして、すずかはその辺も考えてチョコを作るのだろうな、と思ってしまう。

ここまで来ると、さすがになのはもすずかの過大評価に入ってくるのだが。
すずかも、ユーノと顔を合わせれば、何となく考えていることが分かったりもするし、行動を予測したりもできる。
当然、それは凄いことだが、いくらすずかとて、逐一成長して変わっていくこの時期の人間を全て知っている、などと言う事はできない。
味覚などと言う、曖昧なのものに関してはより以上に。
実は、ユーノは割りと単純明快に、甘いものが好きなのであるが。
糖分を取っていると、頭がはっきりするかららしい。

そんな事とは露知らず、なのはは悩む。
すずか以上に気に入ってもらいたいのは確か。
しかし、ここでハタッと、なのはは気づいた。
冷静に物事を考えれば、ユーノがそんな争いごと絡みでできたような話を聞いて、美味しく食べれるか、と言えば、そんなはずはないのである。
ユーノは、なのはとすずかについて、本当に悩んでいるのだから。
恋人として大事ななのはと、大切な人である、すずか。
なのはにもすずかにも、その辺りの本音は、包み隠さず伝えられている。

「…ちょっと、頭を冷やそう。」

そうだ、となのはは笑みを浮かべる。
このさい、すずかは関係ない。
ユーノが喜んでくれれば、それでいい、と、なのはは穏やかにそう思った。
そのためにも。

「翠屋二代目は、美味しいお菓子を作ります、と。」

ホワイトチョコで、何て書こうかな、と思いつつ、なのははチョコ作りを続けていく。
結局、長々と悩んで書いたのは、赤面するような、短い一文だったのだけど。





リリカルなのは 「愛していると言う日」




「…わお。」

アルフは、少々感嘆の声を上げてみた。
朝、無限書庫に出勤してみれば、ユーノ当てに十個はあるであろうチョコ。
どうやら無限書庫の司書たちかららしい。
一応、チェックしてみたが、男はいない、皆、女性からだった。
なんとなく、良かったね、ユーノ、とアルフは思う。

「でも、バレンタインも随分広まったもんだね…」

皆が9歳だった頃、こんな習慣は存在していなかった。
存在するようになったのは、やはり、なのは達がユーノにチョコを届けるようになったからだ。
理由を聞かれて答えれば、それは面白そうだ、と広まった。
そうして、今はこんな状況なのだが。

「義理、義理…」

友チョコかな、と義理チョコかな、と考えたりもするが、アルフにしてみればどっちでもいい。
元より、アルフが考えるべき事柄はそんなことではないからだ。

「ちゃんと、ユーノに届けないとね。」

アルフの習慣のようなものだ。
ユーノのこう言った荷物や、連絡事項など、アルフがユーノに届ける事になっている。
勿論、こう言った届けではなく、直接手渡しを遮る気も特にない。
アルフは、ユーノの事が好きである。
それだけに、こういう手間も良い。
勿論、恋人云々ではなく、友人、上司としてではあるが。
むしろ、恋人として好きなのはザフィ…

「あ〜!」

自分で考えて恥ずかしくなってアルフは首を振る。
傍から見ていれば、幼女の混乱。
微笑ましく見えるものだ。

「…ユーノ!」
「ん〜、どうしたの…って、そうか。」

無限書庫上部空間で漂っていたユーノに、アルフは接近する。
アルフの荷物を見て、ユーノは今日が何の日か理解したらしい。
と言うか、この様子だと、徹夜していたのかもしれない。
イージスが一緒にいるようになってから、徹夜はなるべく避けているユーノだが、それでも無理な時は無理だ。
昨日はアルフは出勤していなかったから分からないが、ユーノも色々忙しかったのかもしれない。

「はいよ、今年も大量だね。」
「う〜ん、でもまあ、義理だしね。」

と言うか、本命もらったら、きついな、とユーノは苦笑する。
恋人がいるのは周知の事実。
それでも、告白してくるとしたら、それほどの覚悟。
もし、その時が来たら、キッパリと断るだろうが、それでも、心は痛いだろう。

「でも、ユーノ、大丈夫かい?」
「大丈夫、お昼には帰るよ、今日は。」

笑うユーノは、そうしようと言う気持が見える。
首もとの宝石から少女が一人、唐突に現れて、背伸びする。
グー、と背筋を伸ばすと、ユーノとアルフに挨拶をした。

「おはようございます、ユーノパパ、アルフさん。」
「ん、おはよう、イージス。」
「おはようさん、イージス。」

イージスは本来機械なだけに、睡眠が必要ない…と言う事もない。
人間的な生活を送るようになってから、イージスは睡眠をとるし、食事もするようになった。
これが、必要不可欠かというとそんな事もないが、取っていたほうが良いのも確かなのである。
人間らしさが染み付くのは、良いことなのか、悪いことなのか…

「ユーノパパ、顔色がよくないですよ?」

イージスは、挨拶が終わるとすぐさまそんな事を言い出した。
一目で分かるほどに顔色が良くないのか、とユーノは苦笑する。
基本的に色白なユーノである。
たまに、遺跡発掘に行っても、あまり焼けない。
太陽の元で発掘していてもである。
体質的なものかもしれない。
まあ、色が白いから、顔色が本当に良くないのかはイマイチ分からないのだが。

「とりあえず、今日締め切りの奴を終わらしたら、部屋に戻って寝るから。」

苦笑して、イージスを宥めるようにそう言う。
それを聞いて、イージスは。

「なら、頑張ります!」

その小さな体に、ムン、と気合を込めて、両腕を胸の前で構えてみせる。
ユーノの補助を頑張って、すぐにでもユーノを休ませて見せる、とそう言うことだろう。

「うん、ありがとう。」

優しい気持になって、ユーノはそう素直に口にする。
アルフも、この二人のサポートに全力だ。
司書長とそのサポート二人、無限書庫の最高のメンバーは、今日も頑張って、仕事中。




「それじゃ、ユーノ、お疲れ様。」
「うん、お疲れ。」

結局、午前11時には3人は締め切り寸前の仕事を終わらした。
無限書庫の情報の恩恵を受けている人間は、沢山いる。
しかし、時にアルフは考える。
ここの情報、手軽に頼んでくる人間が多いが、情報を探す手間がどれだけ大変か理解されているのだろうか。
しかも、探し当てても当然、と言った顔をされる。
もし、ユーノが一人いなくなったら、この書庫はどうなるだろうか。
ある程度の体制は出来上がっている。
それでも、一番勝手が分かっていて、一番能力が高い人間がいなくなった場合、穴埋めできるのだろうか。
アルフは、もしそんな事になったら、本当に大変だろうな、と嫌な考えに終止符を打った。

「しかし、どうしたもんかね?」

アルフの主な仕事は、ユーノの手伝いだ。
個人的に管理している部分はないのだ。
ユーノはいなくなった今日は、さて、どうしたもんかね、と考えてみる。

「ザフィーラに…」

あげてみようかな…と、アルフはちょっとばかり、顔を赤くして考える。
とりあえず、と家への道を歩き出す。




部屋に戻ってくると、ユーノはベッドに倒れこむ。
なんと言うか、久しぶりの徹夜だったからか、非常に疲れていた。
部屋は珍しく整理されている。
と言うか、物がない。
提出するものを全てしたら、物が随分少なくなったと、そう言うことだ。

「ユーノパパ〜」
「ん?」

ポン、とイージスは実体化すると、ユーノのお腹の上に乗っかった。
少し苦しいが、基本的に軽いイージスだから、それほどでもない。

「どうしたの?」
「今日は、すずかママに暇があったら来てね、って言われてます。」
「…行きたいの?」

ユーノが聞くと、イージスは悩みだした。
行きたいのは山々だが、この状態のユーノを引っ張り出すのはさすがに気が引ける。
どうしたものだろう、と言ったところだ。

「…ちょっと待ってね。」

その逡巡を感じ取ったユーノは、念話を放つ。

『アルフ、アルフ〜』
『ん、ユーノ、どうしたんだい?』
『イージスがすずかの所に行きたいって言ってるから、良ければ帰るときに一緒に連れていってくれない?』
『はいはい、お安いご用さ。』

じゃあ、トランスポーターの所で待ってるよ、と言って、アルフは念話を切った。
既に半分頭が睡眠に入ってきているユーノだったが、何とか首元からイージスの本体を外して、イージスに持たせる。

「アルフが、すずかの家まで連れて行ってくれる…けど、一人で大丈夫?」
「勿論です、これでも私は、最新型のデバイスですよ!」

えっへんと胸を張るイージスに、ユーノは苦笑する。
その姿だけ見ていると、どこか不安になったりもするからだ。
とは言え、そのマッピング機能なども当たり前ながら信頼の置けるところだ。

「うん、迷子にならないようにね。」
「じゃあ、行ってきま〜す。」

イージスが快活にそう言うと、タッタッタ、と走っていき、

ドテン

転がる音が聞こえて、

タッタッタ

少ししてまた、走りだす音が聞こえた。
余談ではあるが、実体化したイージスは、まだまだよくこける。
子供がバランス感覚が整っていないのと同じで、イージスはまだまだ実体化しての行動経験が足りないせいである。

また走り出した事に安堵すると同時に、ユーノはその意識を闇に沈めた。





「あれ、いない?」

夕方、作り上げたチョコを持って無限書庫に来たなのはだったが、そこには目当ての人物が一人もいない。
ユーノが本命で、アルフが次点。
どちらかいてくれれば、それだけでも進展するのだが。
思わず、困った、と頭を掻いたなのはの眼に、一つのボードが目に入った。
『無限書庫役員居場所表』

まあ、所謂、人員名簿と、勤務表のあわせみたいなものだ。
本日のその人物の予定が書かれている。
ユーノの欄は、『徹夜のため、午後から休み』となっている。
徹夜だから、部屋で寝ている可能性が高いなぁ、となのははユーノの部屋へと向かう事にする。
歩いていると、本日の学校でのすずかとのやり取りがよぎった。

『なのはちゃん、私は、今日はチョコ渡す気ないから、二人で仲良くね。』

ニッコリと微笑んでいて、放たれた言葉は、それは嬉しい限りだったけど、逆に不安もある。

『すずかちゃん、今日、渡さなくてもいいの?』

思わず、なのはもそう聞き返してしまった。
2月14日と言う日だからこそ、意味があるのではないか、とそうなのはは思ったから。
しかし、すずかは驚いた顔を少しして、あはは、と苦笑した。

『私の心配はいいよ。 ゆっくり、明日にでも渡すから。』
『でも…』

少し済まなさそうな顔をしているなのはに、すずかは笑う。

『大丈夫だよ、ちょっと今日、用事があるだけだから。』
『本当に?』
『本当だよ?』

ニッコリと笑うすずかに、なのははグウの音も出ない。
なのはは、何となく、すずかに見えないように、小さく頭を下げた。
そうしたい気分だったから。

そんなやり取りがあったので、うん、となのはも気合を入れている。
とは言え、やっぱりそこは、頭をよぎる、ユーノとの久しぶりの二人っきり。
ちょっと考えると、顔が少し赤くなっているのを自覚する。
チョコは、毎年美味しいと言ってくれる。
そして、そこにはいつも笑顔があった。
思い出すと、やっぱり顔が熱い。
コツコツと積み上がってきた今までの事を思い出しながら、なのはユーノの部屋に到着した。

「ユーノ君?」

少しばかり小声で呼びかけてみる。
部屋の扉はそれなりに防音機能があるので聞こえないだろうが、何となく、そんな事をしたい気分だったのだ。
そして、そのさいに、扉に触れると、ガチャ、と音が響いて、ごくあっさりと扉が開いてしまった。
思わずそのことに呆気にとられてしまうなのはだった。

「ユーノ君、いくら何でも無用心じゃない?」

そう言って中に入ったなのはなのだが、ユーノの姿がない。
言葉に反応も返って来ないし、鍵かけ忘れてどこかに行ったのかな、と思っていると、ベッドの上が膨らんでいることに気づいた。
ソッと、ベッドの上を覗き込んでみると、着替えもしないで寝ているユーノの姿があった。
布団もおざなりにかかっているだけだ。
珍しく部屋が綺麗なら、本人がだらしないと言う結果だった。
机の上に置いてある10個ほどのチョコも非常に気にかかったのだが。

「でも、寝てるし…」

ユーノの寝顔を見る事は、実は結構多い。
無限書庫で沈没している所を助けたのも結構多いからだ。
最近は、やっと自分のペースがつかめたのか、そんな事もなくなったのだが。
多分、大部分はイージスのおかげ。
出来た娘に、母は頬が緩んでいた。

「チョコ、渡せないなぁ。」

置いていくのは味気ない。
手紙もいいのだが、自分達の告白騒動の時の件が頭をよぎる。
あれは、基本的に自分が悪い、となのはも分かっている。
ともあれ、何となく、嫌なのだ。

「な…のは…」

突然呼ばれて、ドキッとした。
慌てて振り向けば、そこには先ほどと変わらずに寝ているユーノの姿があるだけなのだが。

「…寝言?」

チョン、となのはがユーノの鼻の頭をつついても、反応は返ってこない。
どうやら、本当に寝言らしい。

「ユーノ君は…どんな夢見ているのかな?」
「…イージス。」

今度は、娘の名前を呼んだ。
本当に、どんな夢を見ているのだろう。
3人での夢だろうか、それとも、すずかや、フェイト達もいるのだろうか。
どんな夢でもいい、ユーノがそれを幸せに思ってくれる夢ならば。

「あ、でも、あんまり他の女の子達と仲良くしてると、妬いちゃうよ?」

やっぱり、そこは譲れない。
なのははユーノの恋人なのだから。
最近、一部では嫁、と呼ばれているけども。

「分かってる…」

ユーノがポツリ、とそんな事を言った。
夢の中なのか、それとも、こちらの言葉への返答なのか、それは分からないけども。
でも、何だか暖かな気分になって、なのははユーノの顔に顔を近づける。
ジー、と見ていると、なのは衝動に駆られ始める。
キスしたいなぁ、と。

「ユーノ君、起きないと、キスしちゃうよ?」

ほとんど音にもならないような声でそう言って、なのはは、またジーとたっぷり一分ほどユーノの顔を見続ける。
起きる気配はない。
だから、一瞬だけ、唇をつけて、すぐに離れた。
自分からするキスは、司書長室での一件以来だ。
と、考えて、今更ながらに、なのはは今自分がした行動に、赤面する。
さすがに、恥ずかしい、と思った。

「あ…」

ふと、つぶやく声が聞こえると同時に、ユーノは手をあげた。
天井に向かっている手は、まるで何かを求めているようで。
なのはは、思案してから、その手を取った。
すると、ゆっくりと、しかし、離さない様に力を込められた手で、そのままなのははユーノに引っ張られていく。
ポテン、と倒れた先は、ユーノの胸の上で、思わずなのははまた赤面してしまう。

「ユ…ユーノ君…?」

起きてるのかな、と声をかけてみるが、反応はない。
そのままユーノはなのはを抱きしめはじめた。
抱きしめる腕は力強くて、また、繊細だった。
壊さないように失くさないように抱きしめられているなのはは、グングン顔を赤くしていく。
今の状況がひたすら恥ずかしくて。
こんな状況でも、ひたすら幸せに思っている自分の心に、なのはは第3者視点から、ハァ、と溜息を吐く。

本当に、ユーノ君に溺れてるよね。

でも、溜息を吐く顔は、満面の笑み。

幸せだよね。

密着しているユーノの胸からは、心臓の鼓動が聞こえてくる。
生きてる事が、この瞬間、無性に嬉しくなった。
当たり前の話が、無性に嬉しくて。
湧き上がる心は目の前のユーノを無性に求めていた。
だから、なのはは抵抗せずに、ユーノの腕から伝わってくる感触に身を委ねて――
前日からの緊張もプッツリと千切れて、安心して、意識を闇へと落とした。




フッと、目を開けたユーノは自分の部屋の天井を眺める。
既に周囲は薄暗くなっていた。
どうやら、随分と眠ったようだ、と思いながら、ユーノは頭を動かして、枕もとの時計を見る。
午後6時30分。
良い頃合と取れる時間だった。
ユーノは上体を起こそうとして――妙に、自分の体が重い事に気づいた。
重いし、何だか、温かい。
薄暗い視界の中で、ユーノが目をこらすと、そこには見慣れた顔が、自分の腕の中で眠っていた。
思わず声を上げそうになって、しかし、すぐに冷静になって、何とか状況把握に努める。

(なのは…だね。)

それは確実になのはだった。
自身の胸に顔を擦り付けるようにして眠っている。
そして、自分の腕の、まるでそんななのはを逃がさないようにするかのように、しっかりとなのはを抱きしめていた。
どうやら、やってきたなのはを、無理やり捕まえて抱きしめていたらしい。
そう結論付けたユーノは、苦笑した。

こうして、見苦しいほどに求めているのは、何だろうか。
なのはと言う存在が、愛おしいのは今更だ。
それを越えて、欲しい何かがあるような気が、ユーノにはしていた。
でも、それが具体的に何か分からない。
それが少し、悔しい。

「なのは…」

声に出して、呼べば、少し、腕の中でなのはが身じろぎをする。
温かさを共有している今の状況が、何とも心地良い。
永遠なんてない。
それが分かっていても、永遠にそうしていたいと思う瞬間は確かにあって。
今の瞬間、少しでもそう思う気持が、ユーノには確かにあった。

見ていた夢を、ユーノは思い出す。
それはありえない夢。
それとも、夢だからこそ、ありえないものをみたのだろうか。
なのはがいた、イージスがいた。

幸せな夢だった。
でも、思わず苦笑してしまうのは、皆でいたのが、月村邸の庭だっただからだろうか。
きっと、ずっと見続けていれば、すずかも加わってくるし、忍や恭也も加わってくる事だろう。
でも、それが、ユーノは無性に嬉しい。

いつか、そうなる未来が訪れれば、嬉しい。
そして、そんな未来は、腕の中にいる彼女と歩んでいくものである事を願う。

「なのは、愛してる。」

自然と口に出た言葉とともに、ユーノはなのはの首筋へと口をつける。

「ん…」

なのはの口からうめき声がもれ出ても、暫くユーノはそうしていて、暫くすると、離れた。

「なのは、起きて。」

ゆっくりと呼びかけるユーノは、既に平静で。
でも、さすがに、寝ぼけているなのはの行動には驚きを隠せない。

「ユーノ君。」

ヒョイ、と手を伸ばしてくると、なのはは突然、ユーノの首筋へと手を回した。
あれ、と思っていると、いきなり、ユーノは口を塞がれた。
唇と唇で触れ合って、ユーノは息苦しささえ感じる。
なのはは、何だか目を閉じて、一心不乱、と言った様子だった。
たっぷり、10秒ほどしてから離れると、なのははまだ目を閉じたままだった。

「なのは、もう起きないと。」

ちょっと、まずい、と思う。

「うん、ユーノ君、お早う…」

まだ少し寝ぼけていたけど、それでもなのははしきりに目をこすりながら、起き上がる。
まあ、起き上がっても、まだユーノの上に乗っかっているのだが。
苦笑しているユーノに顔を向けて、なのはは首を捻る。
まだ状況がよく思い出せないらしい。

「なのは、とりあえず、動けないから、降りて欲しい。」

え、となのははゆっくりと下を見て、ユーノを見て…あ、と驚きの声を上げた。

「ごごごごご、ごめん!」
「ううん、いいよ、僕が抱きこんだみたいだし。」

慌てて起きて、ベッドから落ちそうになるなのはを支えながら、ユーノも起き上がる。
暫く、なのはが落ち着くまで待つ必要があるのだが。




「はい、ユーノ君、今年のバレンタインデーのチョコ。」
「うん、ありがとう、なのは。」

しっかりと渡されて、ユーノはそれを満面の笑みで受け取った。

「もう、結構、なのはと恋人になってから経ったよね。」
「う、うん。」

確かにそうなのだけど、ユーノの口から改めて言われると、なのはもなんだか恥ずかしい。
少し顔を赤くしていると、ユーノは優しい目で、なのはを見つめる。

「こういうイベントがあると、それを凄く実感できる。」
「もう、私の恋人は、ユーノ君だけだよ?」

分かってるんだけどね、とユーノは苦笑しながら、包装されたチョコの包み紙をはがす。
断りもないけれど、それも二人の間の不文律。
空気でいいか、悪いかくらいはよく分かる。
出てきたのは、ハート型のチョコ。
表面には、ホワイトチョコでメッセージが書かれている。
何とも、直接的で、ユーノも思わず顔を抑えて、赤面してしまう。

「…ありがとう、なのは。」
「ど、どういたしまして!」

声が上ずっているなのはに、ユーノは、気分を落ち着けた。

こうして、二人のバレンタインデーは過ぎていく。
チョコに書かれていたのは、たった一言。

『I LOVE YOU』

ー終わりー





おまけ

次の日の朝、イージスが帰ってきた。

「お帰り、泊まったの?」
「はい、沢山、チョコをもらいました。それで、すずかママが、これをユーノパパにって。」

すずかが、と疑問に思いながら、ユーノはイージスが持ってきた小さな箱を受け取る。
中を開けてみてみれば、トリュフが4つと手紙が一枚、入っていた。

『明日の夜は会いたいな。』

手紙には、それ一言。
何だか、行動が読まれきっているような気がして、ユーノは苦笑する。
とは言え、ユーノは、トリュフを一つ口に含むと、その口の中に広がる甘さを感じながら、出勤する。
家族の願い事は、しっかりとかなえてあげたいから。
なのはにも言っておかないとな、と色々と思いながら、ユーノはさて、お返しどうしようかな、と雑多に思考を展開させた。




「…皆?」

朝、登校していると、フェイト達が、微妙に離れて顔を赤くして、ヒソヒソと話している。
それが何故かさっぱり分からなくて、なのはは首を傾げる。
フェイトとはやてとアリサがそんな事をしていると、すずかがなのはに無言で手鏡を渡した。
なのはは、何、と言った顔をすると、すずかは、苦笑して、首元を指差した。
手鏡で首元を見ると、一部が赤くなっていた。
虫にでも刺されたのかな、となのはが首を傾げるのだが、それが何かをすずかに言われてなのはは――

「ユ、ユ、ユーノく〜〜〜ん!」

色々と入り混じった怒声を、住宅街のど真ん中であげたそうな。

ー本当に終わりー

久しぶりに純正のユノなのかな、と思ったら。
まあ、それでも結構、純正かな?



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