プカプカプカプカ…

空の上に向かって飛んでいく風船をユーノは野原に寝転がって、のんびりと見ていた。
誰かが放したのかも知れない。
それとも、飛ばすのが目的なのかもしれない。
まあ、今はそんな事は関係なく、その風船は、ユーノの視界を横切っていく。
のんびりと飛んでいる風船を見ていると、何となく、笑いがこみ上げてきた。
理由などないのだが、この非常にのんびりした空気を突然自覚したからかもしれない。
そして、自分はまあ、久しぶりにトラブルメーカーになった事を自覚した瞬間でもあった。

「ここ、どこなんだろうね、イージス?」
「さっぱりです。」

イージスが戻ってきたのを見計らって、言ってみたユーノだったが、イージスの言葉も本当に困った、と言った感じだった。
まあ、イージスもそこらへんを走り回っていただけなので、何がどう、と言うわけでもないが。
とは言え、イージスのメモリにもなく、ユーノの記憶にもない。
魔法はどうやらあるようだが、どうも術式その他から明らかにユーノ達のミッドチルダ式でも、ベルカ式でもない。
思わず、ユーノが溜息をつくと、イージスもそれを見て真似して溜息をついた。

「駄目だよ、イージス。 溜息ついていると、幸せが逃げちゃうよ。」
「そうなんですか。」
「そうらしい。」

親子二人、のんびりとそんな事を話している。
まあ、焦っても仕方がないのだ。
それに、なのは達の世界に落ちた時のように、重傷と言ったわけでもない。
唯一つ、問題があるとすれば。

「はやてとザフィーラさんはどこに行ったんだろうね…」
「二人とも魔力反応が近くからは感じられないです。」

イージスの探査能力は、ユーノのその分野の能力との結合もあって、充分信頼に足る。
感じない、と言う事は、やっぱり近くにはいないのだろう。

「…しかし、この次元世界は、やっぱり管理外世界なんだろうね。」
「イージスにも覚えがないです。」

ユーノとイージスは、知識的な話になってくると、それこそ管理局でも一番二番だ。
イージスはまだまだだが、ユーノの知識分野は洒落にならない域だ。
そのユーノが該当世界を思いつかないのだから、きっと未発見の管理外世界なのだろう、と結論付けた。
これから、はやてとザフィーラを探して、管理局に戻らなければならないのだが…

「遺跡探索に来て、こんな事になるなんてねぇ。」

思わず、と口にした言葉にイージスも頷く。



元はと言えば、前と同じように、はやての遺跡探索を手伝う事になったところからだった。
なにやら異常な魔力が感知されている遺跡がある、と言うから、ユーノもお供する事になった。
前のメンバーにイージスを加えて、一行は意気揚々と出かけたのであるが。

「迂闊だったなぁ。」

遺跡の目の前に到着すると同時に、とりあえず、と一行はこれからの方針を決めるために、準備もかねて、作戦会議に入った。
砂漠のど真ん中で、遺跡だけが残されていた。
そして、砂の上に一行は座ったのであるが。
その瞬間、辺りから集約される魔力。
へっ、と一行が思った瞬間には、転移させられていた。



「今思うと、本来はあの魔法陣、遺跡内部への転送用だったんだろうね。」
「え、じゃあ、どうしてですか?」
「多分、壊れてたんだろうと思う。」

術式の一部が欠損していれば、こんな事もありえてしまう。
まあ、いくら何でも次元まで飛び越えるとは思っても見なかった。

「なのは達、心配してるだろうな…」
「うう…」

イージスとしても、なのはに少し申し訳ないと思ってしまう。
護れなかった――
仕方がないのだが、イージスはついそう思ってしまう。
もし、これが致死性の罠だったりしたら、どうなっていたか。
もしかしたら、それは、イージスが生まれてきて、初めて感じた挫折だったのかもしれない。

「イージス。」
「はい―ヒャア!」

ユーノの隣で少し俯いていたイージスは、突然持ち上げられて、驚きの声を上げてしまう。
イージスを自分の頭の上に肩車させて、ユーノはおもむろに立ち上がり草原を歩き出す。

「今、変なこと考えてたでしょ、思いつめた時のなのはと同じ顔してたよ。」

歩き出しながら、ユーノはイージスにそう語る。
言われて、ムニュムニュとイージスは自分の頬を確認してみたりする。

「イージスはまだ生まれて半年も経ってないんだよ、焦っちゃだめだ。」

生まれて半年も経っていないし、実体化して人間的な視覚を手に入れたのも、ここ2ヶ月ほどの話。
まだまだ、こなせない事が多くても、仕方がない。

「…でも、ユーノパパが死んでたかもしれない、と思うと。」

ドヨーンとした空気を纏っているイージスに、ユーノは少し思い違いをしていたようだ、と思う。

「イージス。」
「…はい。」
「死んだら、と思うと、色々思うんだよ。怖いくらいに。」

なのはがもし、自分の力不足で死んだら、どれほど後悔するだろう。
自分が死んだら、悲しむ人はどれほどいるのだろう。
何故、あの時、こうしなかったのか。
考えればキリもない。

「だから、人はね、頑張って生きていこう、と思う。」
「…死んだら、怖いからですか?」
「悲しませるのが、怖い。」

それは、イージスも同じ。
ユーノがいなくなるのが怖い。
なのはが泣くのが怖い。
護れなかったら、それが起こってしまう。

「イージスは、どうして、僕を護るの? デバイスだから?」
「違います! 確かにイージスはデバイスです! でも、ユーノパパが好きだから護るんです!」

ポカポカ、と頭を叩いてくる小さな手に苦笑しながら、ユーノはそうか、と穏やかに笑う。

「イージス。」
「はい。」
「僕が進んでいる道は…誰も護れない道だ。」
「え…」

ユーノは無限書庫司書長だ。
知識を探し、知恵を出す。
そして、それを実行する人に渡す。
そこで止まる。
間接的には誰かを護ることになるのかもしれない。
しかし、もしそこで実行できる人がいなかったらどうなるだろうか。
自分でもどうしようもない方法で、誰も動く事ができなかったら。
更に言えば、彼は護る人を補助する事はできても、直接的に護れる物があるとは思っていない。

「…手助けできればいいな、と思っていたんだ、なのは達を。」

無限書庫に入って、沢山の知識を探し出して、沢山の人を手助けしてきた。
根底にあったのは、無限ともとれる道を見据えていた、なのはやフェイトを助けたかったから。
一人でもこんなことじゃなかった気持を味あわせないために救う。
クロノの言っている事は、小さな事だ。
でも、一人が一人を救えたなら、それは沢山の救われる人がいるという事。
当時、クロノ自体には妙な反発心を持っていたが、言っていることには素直に頷けて。
仕事をこなし続けていると、ふと思う事があった。

「隣で…戦ってきたんだ。」

6年前、闇の書との戦いの最終決戦まで、確かに、皆の隣で戦ってきた。
無限書庫に入ってから、それを意識した事など、なかったのだが。
きっかけは――なのはが大怪我したことだろうか。

「僕がいたから、何も変わったとは思わない…でも、手の届かない場所で、なのはは死にそうになってた。」

そのとき、ふと、ユーノは自身が傍観者である事を理解した。
この時だけを言うなら、フェイトも、はやても、ヴィータ以外は傍観者だったのではないだろうか。
しかし、永遠の傍観者は、自身一人だと、ユーノはこの時、悟った。
一時、それで、大いに心は荒れた。
仕事を続ける一方で、誰かが、目に見えないところで倒れる事に恐怖した。

誰にも気づかれないまま鬱屈していた心は、月村家との触れ合いから、素直に解消される事になる。
すずかは、なのはやフェイトやはやての身を案じ。
忍は、危険な職についている恭也を見送り。
同じく傍観者でしかなかった人の、心の強さを見て、ユーノは自身の考えを改める。

「信じよう――そして、隣にいる時は、できる事を精一杯しよう。」
「できる事を、精一杯…」
「それでもし、駄目だったら、その時こそ、だよ。」

割り切った考えを小さな我が子に、語って聞かせながら、ユーノは、本当に、イージス以外の子が生まれたら、こんな事をこんな小さい時から考えさせないようにしたい、と思う。
まだまだ幼い精神しか持っていないイージスにも、この手の話は本当は怖いのだ。
こう言った話は、精神を色んな方向へと成長させていく。
真っ直ぐに育ってくれればなぁ、とユーノは思う。




リリカルなのは「父親の憂鬱」



「あ、ユーノさん!」

草原を横断していると、前から声が聞こえた。
辺りを見回してみるが、声の主の姿は見えない。

「リイン?」
「リインフォースさん?」

肩車されているイージスも、思考を中断して、辺りを魔力探索してみる。

「そこの草むらです、ユーノパパ。」
「草むら?」

草むらを横に払って、手を伸ばすと、リインの剣十字がそこにあった。

「リイン、はやてはどうしたの?」

剣十字に言ってみると、リインも実体化して、ユーノの前を飛びまわる。

「それが、転送の時に離れちゃったんです。」

申し訳なさそうに言うリインを頭に乗せて、さて、どうしたものか、と歩きながらまた考える。
頭の上の二人はおしゃべりしている。

「二人とも、周囲の魔力探索だけは怠らないでね。」
『は〜い』

元気な声に、ユーノは満足そうに頷く。
ここまでくると、保育士にしか見えないユーノであった。




「あの湖から、魔力反応です。」
「AAAランク以上の魔力を感じますけど…どんな波長の魔力かはよく分からないです。」

草原を横断すると、山と湖に出た。
少し地元の人の話を聞くと、何でも龍がすむ、と言う伝説が残っている湖らしい。
尤も、魔導士が探ってみても何も見つからなかったから、眉唾ものだろうけど、と言うおまけつきだったが。

「でも、AAAランク以上なんて普通ないから、はやての可能性は高いね。」

これも本来希望的観測に過ぎないが、まあ、幼子二人にはそれで良い。
湖の周辺部をグルッと周ってみたが、それらしい人影もない。
しかし、探索魔法も妙に曖昧で、どうしても魔力反応の位置を掴みづらい。
思わず、3人でう〜ん、と唸ってしまう。
まるで溶け込んだ隠し味を探しているような感覚に、どうしたものか、と思ってしまう。

「とりあえず…潜ってみる。」

それが一番手っ取り早い、とユーノはスフィアプロテクションを展開し、飛行魔法でそのまま水の中へと入り込む。
イージスとリインはワァ、と歓声を上げて、周りの様子を見ている。
水の中の透明度は驚くほど高い。
数多の魚が通り過ぎていくのを見ながら、ユーノは日に照らしだされている湖の底へと降りる。
トン、と着地すると、スフィアプロテクションに伝わってくる感触が妙に柔らかかった。
辺りを見回してみるが、特に変わったところはないし、やっぱり、探索魔法も妙な感触が返ってきて、正確なところが分からない。
もしかすると、そう言う土地なのかもしれないが、この湖自体が。

「ん…あれは?」

見回した所、小さな洞窟があった。
スフィアプロテクション内の酸素量を考えながら、ユーノは洞窟の中へと進んでみる。
と、思ったのだが、洞窟は本当に小さくて、ユーノの体格では入れない。
ましてや、スフィアプロテクションを展開させたままでは無理も無理だ。

「…久しぶりにやるか。」

考えたユーノは、イージスとリインを頭から降ろすと、全身から光を放つ。
パァ、と光ったユーノは見る見るまに縮んでいき…

「よし、成功。」

フェレットになっていた。
これには驚くちびっ子二人。

「パ、パパがねずみに…」
「ユーノさん、実はねずみの使い魔だったんですか?」

悪意も悪戯心もなく、純粋にそう尋ねられると、非常に心が痛い。
何となく、虚しいこの瞬間。

「え〜、一応、これはフェレット、ねずみじゃないよ? それに変身魔法であって、僕は人間。」
「どこが違うんですか?」

リインに言われて、説明をかなり長く思いついたが、そんな事をしている間に酸素がなくなりそうだったので、やめた。
スフィアプロテクションを縮めて、フェレットユーノはイージスの宝玉と剣十字を持って、スー、と洞窟の中に入っていく。
洞窟を100mほど進むと、いきなり大きくなった。
と言うか、まるで荒々しく掘り進んだような形跡がある。
人工的なのかな、と思いながら進んでいくと、水が途切れていた。
ヒョイ、と顔を出してみると、やっぱり洞窟が続いていた。

「リイン、お願い。」
「はい。」

周囲の空気を探索してみると、その組成に毒などはないらしい。
そのことに安心して、ユーノはスフィアプロテクションを解き、人間へと戻る。

「やっぱりユーノパパはそっちの方がいいです。」
「フェレットさんも可愛くていいですけど。」

ちびっ子二人は、無邪気にそう言う。
ユーノも苦笑するしかないのだが。

「さて、行こうか。」
『は〜い。』

ヒョイヒョイ、と二人は今度は小さくなってユーノの両肩に乗る。
最近、一番なれた位置なので、違和感はない。
洞窟を長々と歩いてみると、やっぱり、各所に抉られたような跡が残っていた。
はやて達とは関係ないのか、あるのか。
分からないなぁ、と思って歩いて、ユーノ達は突き当りを目にする。
もう少し歩くと、突き当りになる。
行き止まり、と思ってみるが、ちゃんと、左に続いているようだ。

「魔力反応が少し強くなりました、近づいたんでしょうか?」
「う〜ん、でもリインフォースさん、これは近づいたと言うより…強くなったんじゃ?」

ユーノ自身も探索魔法を走らせると、確かに先ほどよりも感じられる魔力が強くなっていた。
それがちびっ子二人のどちらの意見が正しいのかは分からなかったが。
考えながら曲がり角を曲がって――

「わ…」

驚きの声を上げたのは、イージスかリインか。
ユーノ達の目の前には、黒い鱗の龍がいた。
その長い体を巻いて、そこに鎮座していた。
寝ているのか、こちらに意識を向けてくる様子もないが、それでも――

「何これ…洩れてる魔力量だけで、僕以上…?」

寝ていて自然と辺りに漏れ出している魔力で、ユーノが発現する魔力量を超えている。
それは、毎時発生している余剰分、と言う事だ。
この龍は、毎時、余剰魔力を寝ている間に放出するだけで、ユーノ以上の魔力を放っている。

「…これは…普通の竜種なんかとは比べ物にならないね。」

なのはで魔力量には慣れたと思っていたが、これは、魔力量だけでSS以上になるのではないだろうか、とユーノは思わず唸ってしまう。

「湖で感じてた魔力って、この龍さんでしょうか?」
「う〜ん、可能性は高いね。」

この湖全体にこの龍の魔力が染み付いていたから、あんな変な感覚になっていたのだろう、とユーノは思う。
しかし、しっかりと伝説どおりに龍はいたらしい。
驚きに値する。

「あれ…色が…?」

イージスの言葉に、ユーノ達が龍を見ていると、黒かった鱗が、端からゆっくりと深い蒼へと変化していく。
その姿は余りにも幻想的で、見とれてしまった。
なのは達にも見せてあげたい、と心の底から思った。

「凄いです…」

ちびっ子達も言葉も少なくその様子を見守っている。
やがて、全身の鱗が蒼に変わると、龍はカッと、目を見開いた。
見開いた…?

「客人か…それとも盗賊か?」
「…喋った。」

これほど魔力が高いのだから、人語くらい解すだろう、と思っていたが、少し驚いた。
しかし、そう言うと、龍はちょっとばかり気に障ったらしい。

「それは龍族なのだから、言葉くらい話す。 それとも私を馬鹿にしているのか?」
「はあ、すいません、話す龍族に出会ったのは初めてでして。」
「これは異な事を、龍族全て探しても、生まれたときから話さぬものなどいないというのに。」

ハァ、と思わず生返事を返してしまうユーノだったが、内心、とんでもない生命体だ、と驚いていた。
人程成長の遅い動物もいないが、それでも、生まれた直後から言語を解す辺り、とんでもない生命体だ。
少なくとも、ユーノの知識にそんな存在はいない。

「ユーノパパ、魔力値上昇中です。」
「本当です! ランクにして、SS+以上です!」

魔力数値だけでSS+以上…?
もう、驚くのも飽きるくらい、とんでも存在だ。

「ほう、幼子二人は随分とハキハキしておるな。」
「リインは元気がとりえです!」

リインはえっへんと、龍に胸を張っている。
もう少し龍に警戒心を持ってもいいのではないだろうか。
しかし、龍も、リインを見て楽しそうにしているから、これでいいのだろうか。

「それで、人の子達よ、何の用だ? 財宝目当てならそっちにあるものなら、好きに持っていけ。」
「え…?」

龍が示した方向には、剣やら槍やら黄金やら何やら色々…
本もあるので、ちょっとウズウズしてくる。
しかし、今はそれより何より。

「あの、龍殿、聞き「リインはこの剣欲しいです〜!」「私はこの杖がいいです!」 って二人とも!?」
「ふむ、中々目の付け所がいいな、幼子よ。」
「む、リインはリインフォースって言う名前があります、幼子じゃありません!」
「私も、イージスって言う名前があります!」

ブー、と膨れるちびっ子二人に、龍は面白そうに笑う。
それとともに、鱗が燐光を放つのが、非常に綺麗だ、が、ユーノはもう、色々情けなかった。

「こら、二人とも、くれるって言ってくれたからって、そんなに簡単にもらっちゃ駄目!」
「え、だって、くれるって言ってるじゃないですか〜」
「ユーノパパ、駄目ですか…?」

不満も顕なリインと、ウルウルと涙目で見上げてくるイージスに、ユーノはほとほと困り果てる。
何にもしていないのに、一方的に物をもらいたくない、とユーノは思う。
何とも律儀である。

「よいよ、若い人間、いや、それとも、その身から感じる魔力量からして、実は30台とかかな?」
「いや、僕は普通に15歳です。」
「ほう、15で、それほど大きな子がいるのか、鬼畜め…」

からかう口調で言ってくる龍に、ユーノは何だか情けない気分になってくる。
ここまで別世界に来ても、言われる事は一緒なのか、と。

「まあ、それはともかく、悪かったな、リインフォース、イージス、それに…」
「ユーノです、ユーノ・スクライア」
「ユーノか、私の名は、レンルートと言う。 見ての通り、水龍だ。」

水龍、といわれても、イマイチ伝わりが鈍いのだが。
首を捻るユーノ達に、レンルートは同じように首を捻る。

「どうした、何か分からぬ事でも?」
「あ…いえ…」

ハァ、と溜息を一つつくと、ユーノは自分達の状況を話す。
レンルートが信用できるかどうかは、まだ保留だったが、それでも、9割がたは信用できる。

「ほう、異世界から来たのか、まあ、珍しくはあるな。」
「何ですか、その面白さ50点みたいな口調は。」
「もっと、奇抜で面白い事を期待しただけだよ。」

ハッハッハ、と笑っているレンルートに、ユーノは引き攣った笑みを浮かべる。
自分よりも遥かに上位存在である事を忘れそうだ。

「なるほど、それでは、私に名前を教えてもらっても、驚かぬわけだ。」
「名前で…驚く?」
「レンルートさんは、有名人なんですか?」

リインとイージスの純粋な視線に、いやいや、とレンルートは首を振り、説明をしはじめた。

この世界には、風龍、地龍、水龍、火龍がいるらしい。
その四種龍が存在するからこそ、魔力が地に溢れ、人が魔力を行使するのが簡単になる、と言う事だ。
ちなみに、個体生息数は正確には不明だが、少なくとも一種族一万を割る事はないらしい。
SS+ランクの魔力の持ち主が、最低でも4万…
とんでもないなぁ、とユーノは思う。
そして、人と友になる龍の割合は、だいたい二桁くらいらしい。
その他の龍は、龍の生息圏からでないか、人と関わるのを避けて、どこかにこもるかしている、との事だ。
そして、人に名前を教える、と言うのは、その人に友情を誓う、と言う行動らしい。

「え…じゃあ、レンルートさん、名前教えてくれたって事は…?」
「わあい、レンルートさん、お友達です!」
「レンルートさん、よろしくお願いします。」
「うむうむ、こちらこそ、まだ400歳の若輩者だが、よろしく頼む。」

400歳で若輩とか言ってるよ…
人間とは正に基準が違う生物だった。

「と言うわけで、ユーノ、友に贈り物するくらい、何でもないことだろう。」
「駄目ですよ、親しき仲にも礼儀ありです!」

そんなユーノに、レンルートは非難の眼を向ける。

「イージスやリインがそんなに残念そうにしておっても、罪悪感を感じないのか?」
「罪悪感は感じますけど、そんな高価なもの、簡単に頂けません!」
「ふむ、大丈夫だ、高価そうに見えて高価だが、龍にとってみれば、人の飴玉一つぶんくらいだ。」

何とも微妙な事を言われてしまった。
龍にとって、飴玉とは金や銀で装飾され、宝石がたくさん埋まっているようなものなのだろうか。

「ふむ、ならばお前にはこれをやろう。」

そう言って、レンルートは何やら、ゴソゴソと財宝の山の中から、一つ取り出した。
何とも言えないほど、普通の銀の指輪。

「何ですか、これ?」

ユーノがそう聞き返しても不思議でもない。
ユーノではそれが何かさっぱり分からない。

「うむ、指輪だ。」
「いや、これで鼻輪とか言われても困りますけど。」
「ならば鼻輪にしておけば良かったか?」
「人の話を聞いてますか?」

無茶苦茶言うな、この人、と考えて人じゃないけど、と一人で突っ込む。

「まあ、騙されたと思って誰かにはめてみなさい。」
「これで本当に騙された、って叫ぶような話じゃないですよね?」
「…ふっ。」

何だか非常に怪しい反応なのだが…

「…それでは失礼して。」

自分ではめてみる事にした。
はめてみて、暫くしても特に変わった事がない。
首を捻るユーノに、イージスとリインも怪訝そうだ。
ユーノも首を捻るしかない。

「ユーノパパ…何か変わりました?」
「ううん、特には…」

そういいながら、外そうとして…

「は、外れない!?」
「言い忘れたが、一度つけると外れない。」
「確信犯!?」

お茶目な龍に、呆れしかわいて来ないユーノであった。

「で、結局、これは何の指輪ですか?」
「そのうち分かる。」
「……怒りたいなぁ。」

素直にそう思うユーノだった。
どうも相手の人柄のせいか、怒るに怒れないのだが。

「まあ、悪い感じはしないからいいですけど。」
「さあ、ユーノも贈り物もらったから、イージスとリインフォースも貰っていっていいだろう。」
『わ〜い!』
「しまったぁ!?」

どうも完全に引っ掻き回されてしまっている事に気づいたユーノであるが、だからと言ってどうしよおうもない。
結局、最初に所望していた品を二人とも貰ってきた。
剣を持って嬉しそうにしているリインと、杖を持って何だかブツブツ言っているイージスには脱力するしかない。

「ちなみに、あの二つは何か曰くが?」
「うむ、リインフォースの方は、何でも切れると言う剣だ。」
「危ないじゃないですか!?」
「ちなみに、何でも切れるのは食材限定だ。」
「食材?」
「使っている者が食材と認識したものは何でも切れる。」

ただの万能包丁だ、と思うユーノ。
しかし、冷静に考えると、人道のない料理人が世界にあるもの皆食材と思っていると、切れるという事になる。
…考えたくない話だ。

「イージスの杖は?」
「さあ…」
「…忘れたんですか?」
「う〜む、何だか物騒な代物だったような気がしないでもない。」

凄く、捨てさせたいと思うユーノだったが、上機嫌で杖を振っているイージスをみると、そうも言えない。
まだ実害があれば言えるのだが。

「そういえば、ユーノ達はどうしてここに?」
「…あ、友達探してたんです。」
「友達を探してよくもこんな所に…どれ。」

ブワッ、と辺りに広がる強大な魔力に、思わず体が身構えた。
しかし、それも一瞬の事。
雄大な自然とも言える魔力に、自然と体が緊張を解いた。
その魔力は、まるであらかじめ用意されている溝を走るように、周囲を走っていく。
その探索範囲も尋常ではない。
どこまで広がっているのか、ユーノでも把握できない。

「ふむ、多分、これだな。 人にしては破格な魔力。」
「それで、どこに?」
「…面倒だ、一緒に行こう。」

へ、と思っていると、突然龍は、歌を歌い始めた。
言葉は分からないが、綺麗な響きを持っている歌だった。
少し聞きほれていると、突然、岩盤が自分から割れるように横に開いていく。
うわ、と思わず驚きの声を出す頃には、空が見えていた。
行くぞ、と一声かけると、龍はその体を持ち上げて、乗れ、と言う。
イージスとリインを抱き上げて、ユーノはその背に乗る。
実は背に乗るという行為自体、この世界の人間からみたら憤死ものの凄い事なのだが、そんな事は分からない。
飛び立つ龍は、何ともゆっくりだった。




「うわぁ…」

飛ぶと、レンルートの体が明滅を繰り返すように、光の反射で様々な色に変わった。
それとともに、またも上昇していく魔力を感じて、底なしさ加減に笑いがこみ上げた。

「ほら、下を眺めて。」

イージスたちが顔を出してみると、そこにはこちらを指さしたり、拝んだりしている人たちが多々見える。
全ての人たちが畏敬の念を持って、龍を見ていた。
もしかして、こんなにフランクに色々話しているのって、この世界からすると凄く失礼なのだろうか?
ちょっと、考えてしまうユーノだったが、向こうはその辺り好ましく思っていそうなので、気にしない事にする。

「あそこだ…」

言われた方向を見ていると、なるほど、こちらを見て驚いて口をポカンと開けているはやての姿がある。
傍らには、ザフィーラもいるので、丁度良かった。

「はやてちゃ〜ん、ザフィーラさ〜ん!」
「お二人とも元気そう。」

わあい、と杖を振り回すイージス。
と、杖が発光している事にふと気づいた。
何だか、嫌な予感がする、と思っていると、杖が光を空に放った。

「レンルートさん、何か杖が!?」
「…招雷の杖か!?」

イージスはわぁ、と驚きの声を上げている。
杖から放たれた光は、空に黒い穴を開けている。

「招雷、招来、将来?」
「雷を呼ぶ杖だ!」

叫ぶレンルートにあわせるかのように、黒い穴から、おびただしい数の雷が落ちてきた。
慌ててシールドを張るレンルート。
ドガシャア、とシールドに直撃して散っていく雷を見て、イージスとリインは呑気に綺麗です、と言っている。
しかし、どう考えてもそれは、フェイトの儀式魔法であるサンダーフォールでさえも、線香花火に思えるような規模の雷だ。
まあ、レンルートの強大な魔力を理解しているから、こんなに呑気なんだろうけど。
全てが弾け飛ぶ頃には、すっかり、ユーノの方が疲れてしまった。

「…いやはや、危なかった。」
「こんな危険なの、忘れないでくださいよ!?」
「まあ、龍にとっては、あの程度の雷でどうなるわけもない。 だから、さして重要なものでもない。」
「…あの程度?」

基準点が違いすぎる種族に、何と言っていいか分からない。
ちなみに、空が見えている所で、杖の頭部分を完全に露出させて振ると、雷が落ちるらしい。
威力を考えると、完全にロストロギア認定なのだが。

「ちなみに、逆さにして振ると、何が起こるか分からなくなる。」
「…もう、いいです、頼むからイージス、それは返そう。」
「…ユーノパパがそう言うなら。」

残念そうに言うイージスに、ユーノもいたたまれない気分になる。
しかし、こんなものが誤作動したら、それこそ目も当てられない。

「む〜、ならば、鱗を一枚やろう、お守り程度にはなるだろう。」

そう言うと、イージスの目の前にあった鱗が一枚、勝手にはがれて落ちた。
受け取ると、濃密な水の臭いを感じた。
水龍、と言うのは伊達ではないのだろう。
水と同じように、光を受けて、様々な色に変わる鱗に、イージスもご満悦の様子だった。

「はやてちゃん達、すっかりこっちに警戒態勢です。」
「…はあ。」

もう、本当に疲れたユーノだった。




はやて達に話をして、理解してもらうと、さて、どうやって帰ったものか、と言う話になる。

「どうも、私らの魔法、上手くこの世界じゃ働かないしな。」
「理から外れているからだよ、多分。」

レンルートの話しでは、この世界の魔法は、基本的に龍の魔力を元にして扱われるらしい。
リンカーコアから発生する魔力を元にするユーノ達とは形式が異なり過ぎている。
そして、至るところに龍の魔力が浸透しているから、ユーノ達の魔力は純粋に発動しにくいようだ。

「ほうほう、なら送ってやろう。」
「え…?」

レンルートに言われて、一行は驚きの声を上げる。

「しかし、貴方の魔法は、自然界に作用する魔法では…?」

ザフィーラがそう言うとレンルートはまあ、みてのお楽しみ、と言った顔をした。

「飛ばす世界は…まあ、ユーノを媒体にすればいいか。」
「僕を媒体にするんですか?」

ユーノはイマイチ自分の故郷がミッドチルダ、とは分かっていても、その根底が薄い気がする。
どちらかと言うと、はやての方が良いのではないだろうか。

「はやての方にしてください。」
「おや、違う世界出身なのか。」

言われてみれば、ここにいる面子で本当に生まれた世界が正確に分かっているのははやてくらいだ。
ザフィーラやリインフォースは、古代ベルカで生まれたらしいが、正確にはよく分からない。
ユーノは本当にミッドチルダで生まれたのか不詳だし、イージスはどこで生まれたと問われれば、管理局内だ。
なら、はやてが一番、縁が強いだろう。

「私でお願いします。」
「ふむ、ならば。」

歌が、流れた。
それは世界に訴える歌なのだろうか。
それとも、それが龍の呪文なのだろうか。
綺麗な歌とともに、はやての下から、水で作られた魔法陣が次第に形成されていく。
緻密に編まれ、強大な魔力を内包している魔法陣が作り上げられた。

「うわ…」
それは、本当に見事なもので、ユーノも自身では編めない事はよく分かる。

「使うのは初めてだったが、上手く行った。」

頷くレンルートに、初めてという言葉に、溜息を吐くしかないユーノである。

「あ、ユーノパパ、また溜息です。」

駄目ですよ、とたしなめるイージスに、すっかりあの時のようなドヨーンとした空気はない。
それだけでも、良かった、とユーノは素直に頷いた。
頭を撫でてあげると、猫のようにくすぐったそうにしている。
本当に、この子はどんな風に育つのか。

「それでは、短い間だったが、あれほど楽しかったのは100年ぶりだ。」
「僕は、凄い、疲れました。」

一言一句、わざわざ区切って皮肉を言ってみたのだが、レンルートは楽しそうに笑うだけだ。
まあ、こんなやり取りもなかったのだろうし。

「また暇なら会いにでも来てくれ。」
『は〜い』

ちびっ子二人はとても乗り気だが、保護者は嫌だった。
どうせ、ちびっ子二人に頼まれたら、断れるわけないのだが。
次元空間座標もしっかりとイージスが記憶している。
ア〜ア、と言うユーノにしては珍しく投げやりな気分だった。

「ほう、ユーノは嫌か?」
「…お茶菓子くらい用意して来ますよ。」
「そのお茶菓子が、私の作るお菓子より上手ければいいがな。」

本当、無性にユーノは脱力する。
しかし、なにはともあれ、楽しい時間だった、とは思えるだけマシだが。

「それじゃ、また、お会いしましょうか。」
「そんな嫌そうに言わんでもええやん、ユーノ君。」
「失礼だ。」

はやてとザフィーラからそう言われてユーノは一応、頷いた。
目の前でニヤニヤしている龍の顔が非常に恨めしい。

「ではな。」

別れはあっさりとしたものでは、まるで水に包まれるかのような感覚を覚えると同時に、ユーノ達は世界を渡っていた。




「あれ、はやての家だ。」

帰ってきたなぁ、としみじみユーノも思ってしまう。
はやてとザフィーラとリインなどは、もう、何だか気が抜けきっている。
我が家なのだから仕方がないだろうけど。

「主はやて!?」
「はやてちゃん!」

家の中から慌てたように飛び出してくるシグナムとシャマル。
どうしたのか、と思う。

「行方不明なった後、どうしてたんですか、丸一日も!」
「我らがどれだけ心配したと思っているのですか!」

二人に詰め寄られてタジタジなはやてを眺めて、ユーノは自分の姿をそこに重ねる。
どうも、帰ってきても、疲れそうです。

ー終わりー

何となく、ファンタジーめいた世界を書いてみたくなり。
と言うか、クロス物を断念したので、それに準じた世界でも書いてみようかと。
クロス物、コバルト文庫、榎木洋子氏の、リダーロイスシリーズ。
どうも、上手くないので、執筆断念。
古い作品ですけど、自身の根底に一部です。
この人みたいな作品、書いてみたかった。



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