ポーン。
まるで時計の鐘のような、そんな音が、聞こえた気がした。
意識などしなくても、思わず、頭はそちらに意識を向けていた。

「…てやがる!」

頭上から正に鉄槌が落ちてくる。
舌打ちしたい気分になりながら、左手を頭上へと引き上げる。
ガーン、と槌と盾が激しく打ち合う金属音が辺りに響き渡り、両者はお互いに押し合い、弾き飛ばす。
眼鏡を外した目の奥で、ユーノは相手を素早く探し、その姿を確認する。
赤い騎士甲冑に包まれ、手には無双の鉄槌、グラーフアイゼンを持つ少女。
見た目どおりな訳もない、最強の騎士の一人とはとても思えないのだが。

「やっぱり硬いな、お前はよ!」

まるで飛びかかってくる猫のようだ、と思った。
俊敏な身のこなし、と一撃必殺の打撃力。
それらを総合して考えるだけでも、明らかに自身よりも戦闘能力は上だ、とユーノは今更に考える。
そんな事は初めて会った時から分かりきっていた事ではないか。
初めて会った、彼女らから、なのはを助けることは出来たものの、ユーノに出来たことは何一つとしてなかった。
彼女の相手をして、結界を破る術もなく、結局、助けに来たはずのなのはに助けられる結果となってしまった。
それ以来、彼女とまともに戦った事などなかった。

「ラケーテンハンマー!」

撃発音と共に、ブースターで加速して襲い掛かってくるグラーフアイゼンを前にして、ユーノは回避は不可能、と断ずる。
元より、足は速いほうではない。
変形して鋭角的になったヘッド部分を凝視しながら、ユーノは左手の上にラウンドシールドを展開する。
スパイク部分と接触して、緑色の魔力の盾が、凄まじい勢いで削られていく。
思わず顔をしかめながら、ユーノはしかし、盾が抉りきられる前に、盾を破砕させる。
自壊した盾に押されヴィータは仕方がなく距離を開ける。
その隙に、とばかりに、ユーノは緑の鎖を4本放つ。
一番なれたバインドの感覚に、ユーノは少しだけ高揚を覚える。
しかし、常に冷静な部分も残っている。
一対一ならば、別に高揚状態で戦う事にそれほど問題があるわけでもない。
しかし、今は。

「いけ〜!」

氷の飛礫が左横手から飛来。
咄嗟にイージスを引き上げて、全て弾き飛ばす。
傷一つなく輝くイージスの姿は綺麗なのだが、今はそんな事を考えている暇はない。
何せ、目の前の脅威が去るわけではない。

「おら〜!」

鎖を避けて、弾けるように飛んでくる金属球が二つ。
一直線に飛んでくるのと、迂回して飛んでくるのの二つだ。
一つは、イージスを掲げ、もう一つは右手でラウンドシールドを形成して弾き飛ばす。

「後ろががら空きです!」

そんな時に後ろから飛来する、小さな影。
対処のしようはたった一つ。
とは言え、これは――

『スフィアプロテクション!』

球形に防御を展開し、全方向の攻撃から防御してみせる。
しかし、ろくでもないのは、今の防御で先ほどのチェーンバインドが消失してしまった所だ。
もう少しで騎士に届きそうな部分もあったのだが。
真後ろの小さな妖精のような少女もやはり主人同様やり手だ。

「だから、余所見してんじゃねえ!」

小さな妖精のような少女――リインフォースに意識を向けていたユーノは、慌てて赤い騎士へと意識を向ける。

「轟天爆砕!」

そこに見たのは、少女の身の丈の数十倍にまで大きくなったベルカ式アームドデバイスの最終形態。
顔をひきつらしてそれを見ている間にも、まだ大きくなっている様子だった。

「イージス!」
「待つです〜、ヴィータちゃん!?」

リインフォースも引き攣った声を上げていたが、ヴィータは止まらない。
何故だろう、何が彼女をここまで行動させるのだ。
訓練室を確実に破壊するような技まで使って、一体何が。
基本的に、はやてのため以外ではそれほど戦う気概を見せないヴィータなだけに、これは意外だった。
いや、確かに模擬戦を申し込んでみたのは自分だったのだが。
などと、考えている間に、既に上空からハンマーが落ちてきていた。

『ギガントシュラーク!』
<<フルカートリッジロード!>>

ズドン、とまるで大砲が撃ち込まれたような爆砕音を響かせると、ユーノは左手に激痛を覚えた。
6発全ての同時ロードは初めて。
それがこれほどの衝撃とは思わなかった。
しかし、おかげで運用できる魔力はいつもよりかなり多めだ。

『スフィアプロテクションフルパワー!』

転移が間に合わないのは分かりきっていたからこそ、全力を持って防壁を築き上げる。
ズン、と重たい音と共に接触した瞬間に、一瞬にしてヒビだらけになり、破壊されていく。
壊されるのは時間の問題であり、既に押されに押されて、地面へと叩きつけられるのも時間の問題。
地面とハンマーに挟み込まれた時点で、まず障壁は壊れて、自分達は潰される。
それが分かっても――

「どうしようもないって!」

その叫びは正に事実である。
既にどうしようもないのだが、それでも、とユーノは苦し紛れに、力を込めて、体を捻るようにして滑らしていく。
刻一刻とヒビを広げていく障壁を前にしながら、ユーノはそれでも、と諦めずに脱出を試みる。
もう少し、もう少し、と希望に縋るようにして、少しずつ影響の小さなとこに逃げていく。
プロテクションが完全に瓦解し、ハンマーが落ちてくると、バリアジャケットの片隅を掠めていった。
思わず冷や汗を流しそうになりながら、ユーノはリインを探す。
どうやら、向こうも無事だったようで、しっかりと健在だった。

全く、さすがにここまでになるとは思わなかったと思いながら、ユーノは戦闘への意思を稼動させる。




リリカルなのは「日々の積み重ね」



「イージス!」

ユーノは左手を掴んでいた取っ手から離した。
呼び声と共に、イージスは取っ手を次々と伸ばしていく。
まるで、それは、鎖分銅のようであった。

「はっ!」

そして、取っ手は鋭角的な爪となり、伸びた鎖と共に振るわれる。
風きり音と共に飛んでくる爪を、ヴィータは即座に見極め、ハンマーで叩きつけ、打ち落とす。
しかし、打ち落とされたはずの爪は、そのまままた運動を再開させ、ヴィータの周りをグルグルと周りだす。
そんな動きをされれば、さすがにヴィータも思うように動く事ができない。
とは言え、敵はヴィータ一人ではないのだ。

「えいです〜!」

右手から飛んできた氷の槍に、ユーノはとっさに右手から障壁を展開させ、弾き散らす。
とは言え、伸ばした鎖の制御は直接的にはイージスがやってくれているので問題はない。
しかし、切り札的なものの起動には、もう少しどうしても時間がかかってしまう。
カートリッジも既にない。

「ユーノさん、覚悟〜!」

何でそんなに楽しそうなのか、と思わずにはいられないほど楽しそうな声に、ユーノも顔をひきつらす。
とは言え、これは確かにまずい。

「アイゼン、一気に決めるぞ!」

ヴィータの方もここらが勝負と断じているらしい。
ギガントシュラークはもうカートリッジが足りないだろう。
となると、ラケーテンハンマー。
そこまで予想して、ユーノは苦笑する。
はっきりとまともに戦えば、やはり時間は稼げても相手を倒す事など叶わない、と実感してきていた。
それが例えリインフォースであったとしてもだ。
回避して、防御して、そこまでだ。
拘束して、イージスを当てれば、戦闘不能にできるかもしれないが、そう簡単には拘束もできない。
何せ目の前の騎士も、やはりランク的には遥かに自身を上回っているのは間違いない。
戦闘技能に関してはなおさらだ。
戦闘、事務、結界、その辺りを総合してようやく最近A+になった自身とは訳が違うのだ。
なのに、そんな人間と、自分から申し込んで戦闘をしているこの不思議。

どこかで楽しい気分になりながら、ユーノは少しだけ、フェイト達の事が分かった気がした。

「ラケーテンハンマー!」

撃発音と共にまたスパイクが飛んでくる。
周りに飛んでいた鍵爪を、加速の回転で弾き飛ばしながらだ。
ユーノは自身の後ろにフローターフィールドを形成。
大体にして、まともに受けようと思えば、カートリッジなしだとこの程度の備えは確実に必要。
腰を落として、姿勢を固定。
後は――

「頼んだよ、イージス。」
<<はい、マスター!>>

元気な声に、ユーノは腹を決めた。
すなわち、このまま、と言う事だ。

「行くぞ!」

回転しながら、繰り出されたハンマーを、ユーノは両手で押し出した盾で、正面から受け止める!
正に、轟音。
破壊するために鍛えられた槌と、護る為に生まれた盾。
真っ向からの戦いは、音と共に。

「ア、アイゼン!?」

槌の敗北で終わりを告げる。
その尖ったスパイク部分は陥没し、丸くなっている。

「くっ!」

とは言え、勝った方も、ダメージが酷い。
ユーノの左手は先ほどのフルカートリッジロードの影響も受けて、更に、今のラケーテンハンマーの衝撃ももろに受けている。
軋む左腕は、打撲傷の可能性があるが、それもまだ、治癒魔法で充分な範囲だろう。
とは言え、集中の邪魔になるのも確かだが。

「ヴィーター!」

叫ぶのと同時に、イージスは至近距離からヴィータに向けて射出された。
至近距離からの不意の一撃。
しかし、ヴィータは見事に反応し、アイゼンの柄で盾を受け止めようとする。
が――
バキィ、と砕け散る音と共に、アイゼンの柄は真っ二つに砕け散る。
イージスもそれを見るや、即座に伸ばしたままの鎖を操ってヴィータを拘束せんとする。

「させないです〜!」

しかし、横手からの吹雪にイージスは体勢を崩される。
単体の状態ではさすがに体勢維持の飛行魔法を運用するのくらいで精一杯だ。

「ナイスだ、リイン!」

妹に賞賛を送りながら、ヴィータはユーノへと即座に突貫する。

『リングバインド』

突貫を開始しようとしたヴィータの左腕を、リング状のバインドが絡め取る。
ユーノとてそうのんびりと見てはいられない。
しかし、リングバインドは一番簡易型のバインドだ。
拘束力は四肢全てを縛ってこそ。
左腕だけではすぐにでも解除されるだろう。
とは言え、ユーノもこのままではいられない。

「ユーノさん、覚悟です〜!」

リインが氷の飛礫を放ってくるのを、シールドで弾き飛ばしながら何とかイージスの鎖を掴む。
即座に、鎖を伝って巻き戻される盾。
しかし――

「惜しいな、ユーノ。」

首元に、折れたアイゼンの柄を突きつけられて、さすがに冷や汗を流すしかなく、ユーノは降参を口にした。




「はう〜、負けちゃいました。」

イージスがちょっと落ち込み口調だった。
とは言え、ユーノとしては苦笑するしかない。
元より、勝てる勝負とは内心思っていない。
リインはともかく、ヴィータはベルカの騎士だ。
ベルカの騎士に一対一の負けはない。
まあ、実際はどうだか知らないが、少なくともまだ完全敗北と言うところは見たことがない。
だというのに、更にヴィータとリインの一対二だ。
元より、あそこまで善戦できただけでも自分を褒めてあげたいユーノであった。

「つーか、アイゼンここまでボロボロにしておいて落ち込んでんじゃない、イージス。」

実際、このバトルで一番重傷なのはアイゼンだろう。
ハンマーヘッドの部分は陥没し、柄は真っ二つだ。

「でも、ギガントシュラークまで使ってくるとは思ってなかったよ。」
「そうです、リインも巻き込まれかけたですよ…」

ハァ、と溜息をつくリインに、さすがにヴィータもバツが悪そうな顔をする。
しかし、ヴィータも少し不思議そうな顔をした。

「でもよ、ユーノ、どうして模擬戦なんて申し込んで来たんだ。」

そうでなくとも、渋るあたしじゃなくても、シグナムなら喜んで戦っただろうに、とヴィータは言う。
それを言われると、ユーノも苦笑するしかない。

「イージスがね、前回の任務の時に色々あっちゃって…戦闘経験も積んでおきたい、って思ったらしいんだ。」

レンルートの世界へ飛ばされた時の話だ。
落ち込んだイージスであったが、母譲りの心なのか、しっかりと知識や鍛錬で失敗をもう一度しないようにしよう、とやる気まんまんなのだ。

「だから、二回戦った事のあるシグナムさんじゃなくて、一度も戦った事のないヴィータに頼もうと思って。」
「なるほどなぁ…」
「で、結局、あのギガントシュラークは?」
「一度も、お前に勝った事ないなぁ、って思ってよ、で、今回もラケーテンだけじゃどうにもなりそうもない。」
「だから、ギガント?」
「ああ、決まったと思ったら、しっかり外されちまったけどな。」

とは言え、切り札を外されても、しっかりとヴィータは勝ちを拾っている。
この辺り、ユーノとの実戦経験の差が多いにある。
元より、非戦闘職のユーノが、実戦部隊のエースの一人であるヴィータに勝てるはずもないのだ。

「しっかし、結構、ヒヤヒヤする所があったなぁ。」

そう言ってもらえるのなら、ユーノとしても、まだ大丈夫。
少しずつ強くなっているのは、決して無駄にはならないだろうから。

「でも、あれだな。」

ヴィータの視線は、走り回っているリインとイージスに向けられている。
走ったり飛んだりしているのは、二人だからだろうけど。

「笑ってられるって、いい事だな。」
「ヴィータ?」
「いや、何でもねえ。」

何となく、ヴィータの心境を、ユーノは理解した。
闇の書の騎士として生きてきて、今の生を眩しく思っているのだろう。
自分を必要として、頼ってくれる人たちがいて、大切な人たちが笑ってくれている事が、眩しいのだろう。

「ヴィータちゃん、ユーノ君!」

訓練室に、入ってくる、見慣れた人。

「なのは。」

ユーノが静かに呼ぶと、なのはは笑みを浮かべてこちらに来た。

「二人が模擬戦してるって聞いたんだけど…うわ、ヴィータちゃん、グラーフアイゼン、真っ二つだね。」
「お前のところの娘さんはとっても硬えですから。」

その言葉に、ユーノもなのはも苦笑する。
ヴィータにしてみても、多分、グラーフアイゼンが叩きおられたのは、矜持に来るものがあったのだろう。
その気持は、何となく分かる。
長年の相棒が破壊される姿は、見てて気持のいいものではないし、直接攻撃で破壊されたのだから、ベルカの騎士としては本来噴飯物だろう。

「で、ヴィータちゃん、ユーノ君は強い?」
「ああ、やっぱり、並みの武装局員なんかより、よっぽど強えな。」

ヴィータの感想に嘘はない。
並みの武装局員程度なら、ヴィータのラケーテンが止めれるはずもないのだから。
とは言え、やっぱりユーノの相手をしていると、何となくムカムカしたりもする。
防御を突破できない、と言うのはジレンマがある。

「お前と同じで、やたら硬いのが特徴ってな。」

ユーノは結界魔導士なのだから、そうでないと意義を失ってしまう。
とは言え、結界と防御魔法ならザフィーラに、回復と補助魔法ならシャマルと言うエキスパートに負けている。
総合的に考えれば、やはりユーノは戦闘を主にすると、器用貧乏な感じは抜けない。

「やっぱり恭也さんにもう少し、色々と教えてもらおう。」

ぽつりとユーノがそんな事を口にした。
その言葉に、えっ、とヴィータとなのははユーノを見る。

「恭也って、なのはの兄ちゃんの事だよな?」
「ユーノ君、お兄ちゃんに何か教えてもらってるの?」

なのはに聞かれて、ユーノは苦笑する。

「将来のことを考えて、鍛えてもらってる。」
「将来?」

それは、何だろう?
無限書庫をやめて戦闘魔導士になる、と言う事だろうか?
ヴィータとなのはの想像になんとなく気づいたユーノは、また苦笑した。

「違うよ、今のところ無限書庫をやめる気はないから。」
「じゃあ、何だよ、もったいぶるなよ。」

ヴィータにせっつかれて、う〜ん、と唸った後に、ユーノは言った。

「まあ、その、士郎さんに、負けないために、かな。」
「お父さんに?」

顔を赤くしているユーノに、なのはは不思議そう聞き返し、ヴィータはそう言う事かよ、と溜息を吐いた。

「お前も大変だよな。」
「仕方がないよ。」
「大変な奴に惚れたもんだ。」

ヴィータの言葉に、よく分からない、と言う顔をするなのは。
ユーノは普通に頷いているしかないのだが。

「お前を嫁にもらうためだとよ〜♪」

楽しそうに言うヴィータに、意味が分かったなのはは一気に顔を顔を赤くする。
と言うか、ヴィータはあんなに察しが良かったかなぁ、と思わずユーノは苦笑いだ。

「え、えっとね、ユーノ君。」
「うん?」
「が、頑張って!」

今まで一番必死なのかもしれないなぁ、と思いながら、ユーノは笑みを浮かべて、大きく頷くのだった。

ー終わりー

ええ〜と、『陽だまりの穏やかな光の中で』あと2話くらいで一部閉幕、と言う事で。
ちょっと、このシリーズも完全に長編に移行します。





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