さて、どうしたものか。
3月13日、クロノ・ハラウオンは久しぶりに深刻な悩みを抱えていた。
とは言え、別に次元災害が、とかそんな大きなスケールの話ではない。
明日に来る、ホワイトデーをどうしたものか、と悩んでいる。
ただ、それだけの話。
とは言え、悩むのはいっそ当たり前で。
もうすぐ妻ともなる彼女に、一体何を返したものだろう、と悩むのもやっぱり必然だ。

「…どうしたものだろう。」

家族に返すものは、既に用意している。
フェイトにはハンカチを用意して、リンディにはマシュマロとお茶を用意した。
とは言え、一番大事な彼女に渡すものは、悩んでしまう。
例年、お返しには悩んできたが、今年はまた格別だった。

「…で、悩んでるの?」
「だから、珍しく僕はここにいるんだが?」

目の前で色々と愚痴をこぼしてくるクロノに、仕事中のユーノは、大きく息を吐いた。
クロノは本当に焦っているらしい、と言うのがよく分かった。
そうでないと、自分の前でこんな態度、と言う事もあるまい、とユーノは思う。

「参考までに、君はなのはに何を返すんだ?」
「う〜ん、同じものはやめてよ?」

ユーノが言ったものは、少し考えれば、なるほどいいな、と思うものだ。
しかし、クロノにしても、やっぱり参考程度に聞いた、と言う前置きをしているので、同じネタは使いにくい。
どうにかならないか、と思わず考えてしまう。

「ちなみに、ザフィーラさんはアルフと高いステーキ肉買って、二人で料理するらしいよ。」
「…駄目だなぁ…本当にどうしたものだろうな。」

本当に弱った、と言う顔をするクロノを、珍しいなぁ、とユーノは眺める。
ちなみに、アルフとイージスがいないのは、少し出かけているからだ。
休憩の時のお茶菓子を買出し中なだけである。
きっと、激しく吟味している事であろう。
もうすぐ帰ってくるだろうけど、その時に、これほど陰気くさい雰囲気も嫌だ。
そう考えたユーノは、深々と溜息を吐いてから、一冊の本をクロノへと流す。
流れてきた本を取って、クロノは不思議そうに本を眺めた。

「そこから気にいったのを選びなよ。」
「いいのか?」
「まあ、かぶらない限り、それほど気にする事もないだろうさ。」

そう言うと、ユーノはもう話すことはない、とばかりに仕事に集中し始めた。
本を眺めながらクロノは難しい顔をして、一言礼を言ってから書庫を後にした。
休暇は一日、ならば、とクロノは迅速に行動を始めた。




「とは言え…」

今まで全く持って自分に縁のない物品だっただけに、クロノはどうしたものか、と本をめくる。
数多の言葉の中から、自身と彼女にあった言葉は何だろう、と捜し求める。
イメージとかそう言う問題ではない。
伝えたい言葉…普段いえない言葉を込めるのもいいだろう、とクロノは考える。
そうしたほうが、自身にも彼女にもあっている。

「行くか。」

本をパタン、と閉じると、クロノは歩き出した。
目的地は、海鳴。




ポツポツ、と雨が降ってくるのを見ながら、クロノは傘をさす。
頭上で弾けて音をたてる水音が何ともいえない。
そうした自然な音を聞くのが一体何時振りだったろうか、と何となく思った。
そうして考えなければならないほどに、こういうものから遠ざかって仕事をしていたのか、と苦笑する。
実際に、思い出したのは、もう半年以上前になる、なのは達の学校の前で、ユーノと会った時のことだった。
ゆるりと流れた時間を感じるのは、こんな時かもしれない。
執務官として必死で頑張って、艦長になり、提督となった。
その間にも、知人は増えていく。

「…仲が良い奴は変わらないがな。」

筆頭で思い浮かぶのが、ヴェロッサであり、ユーノだ。
前者は正に親友であるが、後者はよく分からない。
言うなれば、何だろうか、弟的な存在であり、悪友でもある、そんな感じだろうか。
何かと苦労もかけるが、苦労をかけさせられたりもする。
それは義妹達も含めて、変わらないが。

「…苦労させている分、ユーノとはギブアンドテイクかもな。」

ブツブツと言いながら歩いているうちに、クロノはいつのまにか、目的地の前へと立っていた。
傘を閉じて、店に入ると、鼻に、いくつもの匂いが香ってきた。
ゆったりと流れてくる匂いは、時折不快であり、時折、心休まるものだ。
いくつもいくつも流れている匂いを確かめながら、クロノはまた本を見ながら、店の中を歩きまわる。
目的のものはどこにあるのか、と思いながら、歩を進める。
グルリと見回しながら、端に、ポツン、と飾られているそれを見つけた。

「いらっしゃいませ、お探しの物はなんでしょうか?」

寄ってきた店員に、クロノは本を見せて、自身が見ていたものでいいのかどうか確認を取る。
白いそれは、見ていて、何となく心が落ち着いてくる。

「お客様、贈り物ですか?」
「…はい。」

何となく、気恥ずかしい思いをしながら、クロノは一つ頷いた。
もう20歳なのだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

「…頑張ってくださいね。」

店員さんはどう見ても、10代、なのは達よりは少し上、と言った程度の年齢なのだが、妙にしたり顔で頷かれた。
何と言ったらいいのか、クロノも思わず言葉に詰まってから、髪の毛を一度グシャグシャと弄繰り回す。
何となく、気が抜けて、自然と笑いがこみ上げてきた。

「ああ。」

一つだけ、感謝と共に頷いて。
綺麗に包装された商品を手にして、クロノは店を後にする。
ついでに、お菓子店によって、少々高めのクッキーを購入するのも忘れない。
左手と右手に、それぞれの物を持ちながら、クロノは雨の中を静かに歩く。
その顔に、わずかな緊張と、軽い笑みを浮かべながら、歩いていく。
内心、長い付き合いの彼女に、ここまで緊張を強いられている事に、軽い驚きを覚えたりもする。

「…長い付き合いだからかな?」

疑問を持ちつつも、クロノは家へと歩く。
別にぬれてもそれ程寒いわけでもない。
どころか、少しだけ、心が落ち着くような、そんな気持のいいほど、緩やかな雨だ。

そんな、ゆったりとした気分になった、3月13日だった。




リリカルなのは「思いを伝えるもの」





「フェイト、ホワイトデーのお返しだ。」
「あ、うん、ありがとう、義兄さん。」

3月14日、朝。
朝起きると、妙にそわそわとしているクロノが、早々にホワイトデーの返しのハンカチをフェイトに渡していた。
ちょっと常にない義兄の姿に、何となくフェイトは緊張しているのか、と思う。
珍しい、エイミィ絡みの事なのだろうけど、クロノがここまで落ち着きをなくしている姿など、本当に珍しい。
まあ…良い事なのだろうけど。

「義兄さん、来月の頭は、ちゃんと休み取れてる?」
「ん…ああ、ちゃんと一日、取ってある、花見は心配しなくていい。」
「それならいいけど…」

義兄は随分、しきりに頷いていて、それくらいちゃんと分かっている、と言いたげだ。
とは言え、これなら実際に心配はいらないだろう。
後は、書庫の最高責任者がちゃんと休みを取れるか、と言ったところか。
まあ、昨今は書庫への依頼も随分落ち着いている。
それにイージスのおかげで処理速度の上がっているその司書長の事を考えると、まあ、大丈夫だろう。

「それじゃ、義兄さん、私、そろそろ行くね。」
「ああ…学校生活ももう終わりになるな。」
「…うん、ちょっと、寂しい。」

もう2、3日もすれば卒業式だ。
学校と言う場を離れて、それからは管理局に今まで以上に入り込む。
執務官としての職を既に持っているフェイトだし、もう6年もつとめているのだ。
それほど思うところがあるわけでもないが、それでも不安は少しあった。
いや、不安と言うより、それはむしろ…

「うん、やっぱり、寂しいな。」
「…そうか…だったら、最後まで、悔いは残さないようにな。」
「…うん、ありがとう、義兄さん。」

そう言うと、フェイトは自宅を後にした。
6年間過ごしてきた我が家。
ありがとう、と言いたい気分だった。





「…学校か。」

そういえば、と今更にクロノは思い出す。
エイミィと初めて出あったのも、学校、と言う場所だった。
管理局を目指すものの学校。

「…初めて会った時から、圧倒されっぱなしだったな。」

思わず、思い出して苦笑する。
当時の自分を思い出すと、本当に可愛くない子供だったな、とクロノは思う。
仏頂面で愛想のない二つ下の男相手に、屈託なく話しかけてくれたなぁ。
当時は、色んな意味でエイミィをやきもきさせていたろう、と思う。
何せ、話しかけられても、愛想のある返答をしていた事がイマイチ思い出せないくらいだ。
怒らして、困った事も多々あった。

「あの頃の僕は、何を焦っていたんだろうな。」

クロノは、自嘲めいた笑みを浮かべる。
執務官になって、少しでも『こんなはずじゃない』思いをする人を減らしたいと思って。
そのために突き進んでいた、あの頃。
きっと、エイミィからみたその姿はひどく危うかったのではないだろうか。
からかわれて怒った事も沢山あったし、お互いに長い間に世話を見たり見られたり。

「………行くか。」

優しい気持ちで心の中を満たしながら、クロノは先日買った物を両手に持って、ゆっくりと立ち上がった。





「あ。」
「お。」

トランスポーターで移動。
アースラは今、本局で整備作業中。
なので、移動先は本局だ。
本局につくと、丁度、ユーノと鉢合わせした。

「首尾は?」
「上々だな。」

やり取りはそれだけで、お互いにニヤリと笑った。
…実は、こんな表情をお互いに見せるから管理局内では密かに『腹黒コンビ』と呼ばれているのだが、二人はそのことを知らない。
まあ、実際に二人で色んな黒いことを腹に抱えているから、一概に違う、とも言えないのだが。

「で、君は?」
「今から取りに行って来る。」

そうか、とお互いにすれ違って、歩いていく。
何となく、心地良い気分を味わいながら。




業務を黙々とこなしていると、エイミィの後姿を見る。
何がそんなに嬉しいのか分からないが、エイミィは何だか上機嫌の様子だ。
これならお返しもスムーズに渡せるし、喜んでもらえるだろう、と思う。
…しかし、自分の気持ちを優先して選んだのだが、あれは喜んでもらえるのだろうか、と今更ながらに考えるクロノ。
既に賽は投げられているのだが、それでも心配してしまうあたり、女性陣の事を少し見習いたい、と思う。
まあ、闇の書の最終決戦と比べれば、マシだ、と自分に言い聞かせるクロノであったが、今回は孤立無援。
結局、もう少し無駄に悩むのであった。




午後3時、休憩。

「エイミィ。」
「ん〜、ちょっと待ってね。」

これで終わり、と言って立ち上がるエイミィに合わせて、クロノも一息ついた。
スッと目を閉じてから、開けて、エイミィを見る。
お茶を入れているエイミィの後姿を見てからクロノはごそごそと、用意していたものを取り出した。

「はい、お茶だよ〜♪」
「…今日は随分上機嫌だな、エイミィ。」
「うん、ちょっと、嬉しい事があったから。」

後で、教えてあげる、と言うエイミィに、クロノは首をかしげる。
まあ、どちらにしても、上機嫌なのは変わらない。
今の内に、渡してしまおう。

「エイミィ、ホワイトデーのお返しなんだが…」
「あ、うん。」

と、クロノは最初に、まずクッキーを取り出した。

「あ、これ、高いんだよね〜!」
「それなりには、な、これが一つ目だ。」
「一つ目?」

不思議そうに聞き返すエイミィに、クロノはまたゴソゴソと動く。

「地球には、不思議な趣があってね。」
「うん? 私もそう言うのは大体覚えたと思ってたんだけど?」
「花言葉、と言うらしい。」
「花言葉か…知ってはいたけど、覚えてないなぁ。」

ゆっくりと、クロノは先日購入したもの――白い縁取りをされた赤い花――を一つ、取り出した。
茎を中心にして、鮮やかな白くて赤い花をたくさん咲かせている、しかし、控えめなその花に、エイミィはワァ、と歓声を上げた。
どうやら、第一印象では彼女のお気にめしたようだ。

「地球の花で、『ヒアシンス』と言う花だ。」
「土がなくても育つんだ。」
「ああ、逞しい花だな。」

一つの球根から生えた根は、土に根を下ろさず、水の中に漂っているように見える。
どうやら、水だけで成長するタイプらしい。

クロノは無言で、昨日ユーノからもらった本――花言葉の本――をエイミィに渡す。
その本がどういう意味か分かったエイミィは、ゆっくりと開いて、ヒアシンスの欄を探す。
お互い無言であったのだが、その間、クロノは何だか居心地が悪い。
しかし、既にある意味での告白は済んでいるのだ。
なら、後は男らしく待つだけだろう。

「――え、と、何だか、クロノ君らしからぬ、直接的な、言葉だね。」
「僕に、君への気持を語らしたら、そんな言葉だと思う。」
「き、気障だよ、クロノ君。」
「たまには、な。」

ヒアシンスの花言葉は『心静かな愛』
穏やかで、一緒にいて当たり前だったけれども、それゆえにいなくなって欲しくなくて、愛していた。
頬を赤く染めているエイミィに愛しさを感じながら、クロノはゆったりと微笑んだ。

「じゃ、じゃあ、クロノ君はドキドキしない?」
「それとこれとはまた別だな。」

そう言うと、クロノは立ち上がって、座っているエイミィに隣に立つ。
どうも自分もシチュエーションに勢いが追加されている気がするが、それはそれだな、と思う。
座っているエイミィの顎を持ち上げて、クロノはゆったりとその唇に自身の唇を落とす。
昔はそれこそこんな事をするだけで、真っ赤になっていたものだ、と思う。
まあ、今も目の前の愛する人が赤くなっているのは確かなのだが。

「う…何だか凄く、嬉しいよ。」
「そうか。」

僕もだ、と返してから、クロノはもう一度唇を落とした。



それから一息ついて、ウフフ、と花を眺めているエイミィに、ふと、そういえばさっき言っていた事を思い出して、クロノは尋ねる。

「そういえばエイミィ、何であんなに上機嫌だったんだ?」
「う〜ん、そうだねぇ、今は何だかフワフワしてるから、夜、家にお邪魔してから、皆の前で発表するね。」

いい、と聞いてくるエイミィに、クロノは了承の意を返したが、さて、一体なんだろう、と想像する。
皆の前で発表とは、それほど大きな事なのだろうが、プライベートな事は確かだろう。
何せ、自身の耳に入ってはいないのだから。




ヒアシンスを持って、休憩室から外に出たエイミィは、そこで、ワァ、と目を輝かした。
ニコニコと笑って歩いているなのはの両手に収まっているものを見て。

「わぁ…なのはちゃん、すっごい花束。」
「あ、エイミィさん、ヒアシンスですか?」

お互いにお互いの花を見て笑いあう二人は、とても嬉しそうで。
周りでそれを見ている人間も微笑ましげだ。
なのはの抱えている花束は、なのはの両手からこぼれ落ちそうな程に大きい。
花は、中心に黄色、花びらは桃色と、まるでなのはにあつらえた感もするほど、似合っていた。
ユーノ君のセンスもそれなりってことかな、とエイミィは密かに思う。

「なのはちゃん、この花は?」
「ローダンセって言う花です。」

綺麗ですよね、と言うなのはに、エイミィは頷いて、それから、聞いてみた。

「この花は、何ていう花言葉を持ってるの?」
「え…あ、その…」

途端、顔を真っ赤にしてうろたえるなのは。
これは、と思い、ゆっくりと聞き出していく事にするエイミィだった。

「ユ、ユーノ君が教えてくれたんですけど…『変わらぬ思い』だそうです。」
「『変わらぬ想い』…?」

眉を顰めるエイミィ。
変わらぬ、と言うのは、どこか、なのは達への否定のような気がする。
人は、生きていく限り、変わっていく。
それが良い方向か悪い方向かは分からないが。
それがよく分かっているユーノにしては、しっくりこない。
そう言うと、なのはは更に顔を赤くして言った。

「だから、ユーノ君は言ったんですよ。」

『変わらない想いなんて、存在しないさ。 それは理解している。』
『じゃあ、何で?』
『想いは変わっても、その想いの意味は変わらないから。』
『想いの意味?』

一息ついた後に、ユーノは微笑みながら言う。

『なのはの事を愛しているって言う気持ちは、変わるけど、想いは変わらない、ずっと愛してる。』

ちなみに、これ、無限書庫で、フェイトやはやてや局員達の前で言っていた。
微笑むユーノに、なのははまともな返事を返せずに、フェイトたちは真っ赤になって大暴走だ。




「…す、凄いね。」
「はい…」

人前で堂々言い切るユーノに凄いものを感じつつ。
クロノ君もそれくらいやってくれないかな、と密かに同じ女としては期待してしまうエイミィ。
とは言え、うちの旦那様はそこまで情熱的に語ってくれない。
やっぱり、心静かな愛、が似合っている気がした。

まあ、実際の所、ユーノもなのはが出て行った後、大きく息を吐いて、自分の凶行を少し反省してしまったのだが。
管理局中に噂になるだろうな、と苦笑中だった。

「あ、なのはちゃん、もしよかったら、今日は夜にハラウオン宅に来てね、ちょっと発表する事があるから。」
「え、はい、分かりました。」

不思議そうな顔をするなのはに、ウインクをして、エイミィは歩き出す。

幸せだ、とエイミィは思う。
良い友人、恋人に囲まれて、少しずつ時が刻まれていく今が。
とても幸せで、とても嬉しくて。
それは、穏やかでいて、とても情動的な感情。
それがずっと続けば良い、とエイミィは思う。
片手でヒアシンスを持って、片手でお腹を撫でながら思う。

楽しい、幸せだ、と。




その夜、ハラウオン家では、エイミィの妊娠が発表され、仲間内全員での縦揺れ横揺れなんでもありの騒ぎがあったそうな。

ー終わりー

というわけで、今回はこんな感じの話。
花言葉って沢山あるなぁ、と思いました。
エイミィの妊娠はちょっと時期はずれているかな?





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