「…なのは〜?」
「何〜?」
高町家の縁側で。
「眠いね〜」
「寝よっか?」
ユーノとなのはの二人は、空を見上げて、ひたすら眠そうにそんな会話をしていた。
二人の間には、ほのぼのとした空気が流れていく。
現実的に、二人一緒にこんな事ができる、と言うのは、結構貴重だ。
何しろ、二人とも本当は基本的に多忙なのだから。
その分給料は高いが――使うあてもない。
「…今頃、無限書庫どうなっているのかな?」
「駄目だよ〜、ユーノ君、ここにいる間は、仕事の話はなしでしょ?」
「分かってるんだけどね。」
謹慎も一週間ともなってくると、ひたすらユーノは仕事場がどうなっているか、不安なのであった。
とは言え、なのはと幸せ絶頂状態に、水を差すこともない、と今日まで思ってきた。
実際、思うだけだったし、書庫に行ったら、それはそれで刑期が延びるだけだ。
それに、今は、燦々と降り注ぐ、秋の日が気持ちよかった。
だから、ユーノもなのはも、二人で笑いあいながら、縁側でこんな会話をしている。
「平和だね。」
「本当、お仕事ないと、こんなに時間ってあるんだね。」
「…なのは〜」
「ん〜」
ユーノに呼ばれて振り向いたなのは。
そのなのはの体をキュッ、と軽く抱きしめて、ユーノはそのままポカポカと温まる。
一方、なのはもユーノの体温を感じながら、その胸に顔をうずめて、頬をすりつけるように動かす。
その様子は、まるで、子猫がじゃれあっているようにも見える。
だから、見ている方は、ひたすら和むのだが。
「…二人とも、少しは遠慮して。」
様子を見に来てみたフェイトは既に見飽きたとばかりに深々と溜息をついていた。
そんな、のんびりとした日曜日の午後。
リリカルなのは「秋空を見上げてのんびりと」
「あ、ごめんね、フェイトちゃん。」
「…邪魔しているのは私だけどね。」
ちょっと余所向いて黄昏てみたくなる、フェイトであった。
だってまあ、こう、願っていた事がちゃんと現実になって、ホッとしたとは言え、連日もう、いちゃいちゃと。
「学校まで昼休みには来てるんだから、本当、凄いよ。」
小声で呟くフェイトを、なのはとユーノは不思議そうに見ている。
俗に言う、今までフェイトとなのはが発生させていた二人の空間、と言う奴を最近、随時発生させるのがユーノとなのはである。
あれだけこじれにこじれたせいか、終わってみれば、二人の何と甘い事か。
「私も…彼氏が欲しいなぁ。」
思わず、そんな年相応、そして、少女として当たり前の事を考えてしまう。
最も、思いつく男が自身の兄と目の前の親友の恋人しかいない辺り、脱力物だったりするのだが。
ちなみに、アリサとはやては同じように物憂げに似たような事を思うようになり、すずかはと言えば。
「良かったね、ユーノ君、なのはちゃん。」
ニコニコと祝福して、一言。
「でも、あんまり目の前でいちゃいちゃされると妬いちゃいそうだよ〜」
ニコニコとして、どこか本気と思わせる一言を言ってくれた。
何故か、二人とも思わずくっつくのをやめて、マジマジとすずかを見てしまった。
それから終始、ニコニコとしていて、すずかの本心は計り知れない。
その場にいた全員が、すずかに得体の知れないものを感じた瞬間でもあった。
先日の、学校で昼休みの屋上でのひと時である。
「ん〜、フェイトちゃん、好きな人いるの?」
すっぽりと、ユーノに抱きかかえられるように抱きしめられている体勢に移行して、なのはは聞いてきた。
フェイトの彼氏が欲しい発言に起因しての一言である。
「…いたら相談くらいしてるよ。」
実際、フェイトとなのはの間に隠し事はない、とばかりに二人は相談している。
ユーノのことで一体何度相談されたことか、とフェイトは思う。
思いはかなって、きっと、これからは惚気話が大量発注されるのだろう。
「そうだよね、フェイトちゃんの恋人は、仕事とシグナムさんだもんね。」
「うん、シグナムさんとの仲はすごくいいもんね…」
そんな事言いながら、何だか温かい目で見てくるなのはとユーノに、フェイトは慌てたように弁解する。
と言うか、弁解しないと何か大切な物を失う気がした。
「シシシシ、シグナムとはライバルって言うのが、一番的を得ている関係だよ、二人とも何を言ってるの!」
「分かってるよ、フェイトちゃん。」
「ちょっとからかっただけ。」
そう言って、お茶を勧めてくるなのはとユーノに、思わずお茶を投げつけたいような衝動に駆られた。
ああ、こんなに息ピッタリにからかわなくてもいいじゃないか、と心底思う。
「まあ、アルフさんも、最近ザフィーラさんとよく出かけてるっぽいもんね。」
「子犬フォームだけどね。」
「…アルフも、まあ、口では何と言っても、仲いいから。」
最近のフェイトの周りには、そんなこんなで、彼氏彼女が多い。
と言っても、三組、クロノとエイミィ、アルフとザフィーラ、なのはとユーノだが。
身内に近い所でそんなことばかり起これば、それはフェイトもそう思うだろう。
「こればっかりはね、ユーノ君。」
「のんびり行くしかないね。」
僕達も、相当のんびりしてたし、と苦笑するユーノに、フェイトはあ〜、と思わず脱力する。
フェイトの所に、なのはからユーノが好きと言う話を最初にされたのはいつだったか、と思い出してみる。
執務官になった当時…もう相談回数が50は行っていただろうか。
執務官候補生時代後半…いっぱい相談されてたなぁ。
そこまで回想してから、フッと、フェイトは息を吐く。
「なのはに初めて相談されてから、4年くらいだね…」
「え、何が?」
突然疲れたような顔をしてから、そんな事を言うフェイトに、なのはは首を傾げる。
その間も、茶色のポニーテールをユーノが面白そうにいじくっていたりするが。
「『ユーノ君の事が好きみたい』って言ってきたのが4年前くらいかなって?」
「フェ、フェ、フェイトちゃん、いきなり何言うの!?」
わ〜、と真っ赤になって騒ぐなのはだったが、ユーノが少々力を込めて抱きしめれば、そのままホニャホニャと脱力してしまった。
ユーノはと言えば、楽しそうにニコニコしていたが。
「だって、なのはってば、あの頃、好きだな、って言いながら『意識しちゃって会いに行けない』とか言ってたよね。」
「わ〜、わ〜!」
赤裸々な自分の過去話をされて、なのははまた大きな声で騒ぎ立てる。
ユーノは、今度は苦笑していた。
「あの頃、そうだったんだ。」
「う〜、う〜、だって、凄く何か落ち着かなくなってたんだもん…」
右手で後ろからなのはを抱きしめたまま、ユーノは左手でなのはの髪を梳く。
「突然、全然なのはがこなくなったから、僕が何かしちゃったのかな、と思ったよ。」
思い出すように語るユーノの眼は空を見上げている。
そこには白い雲が広がってきている。
それでも秋晴れの空には、良いコントラストだったが。
まるで、今の心模様のように、明暗くっきりとしていた。
「あの時は、なのは、尻込みしすぎたんだよね。」
「うう〜」
赤面するしかないなのはである。
初めて感じる恋、と言う感情に振り回されて、ユーノの事を思い浮かべてボーッとすることもあったし、突然、真っ赤になることもあった。
その状態が落ち着くまで、おおよそ二ヶ月。
その間、それまで最悪、2週間に一度は会いに来ていたなのはが来なくなった事に、ユーノは少々心配になったものである。
メールをしても、簡単な返事が返って来るだけで、電話の方は、タイミングが悪いのか、かからないし。
「それで、ユーノの方が休みに会いに来たんだよね。」
さすがにこうなってくると、忙しい身であっても、休暇を取って会いに行こうと、ユーノ(当時11歳)も頑張った。
フェイトやはやて、他の仲間達に聞いても、大丈夫と言われたので、心配はあまりしていなかったが、それでも、何故か不安だったから。
思えば、当時から自分もなのはが好きだったんだろうな、と今ならユーノにも分かった。
当時は、よく分からない不安な感情が、行動原因だった。
とは言え、地球の平日にしか休みは取れなかったので、ユーノは平日に高町家へとやってきた。
しかし、あいにくと、全員高町家は留守である。
まあ、時間を考えれば仕方がないか、と思ったユーノは、当時から少々やり取りの多かった月村家へと向かった。
〜当時〜
『ユーノさんですか?』
「はい、ファリンさん、お久しぶりです。」
相変わらず広い家だなぁ、と来たときはいつも思う事を考えながら、ユーノは月村家へとお邪魔する。
尤も、いるのは時間帯の妙もあって、ノエルとファリンだけだったのだが。
「ユーノ様、お久しぶりです。」
「ノエルさん、そんな風に呼ばなくてもいいって、いつも言っているじゃないですか。」
「ならば、私もいつも言っています、これもメイドのたしなみと。」
二人して顔を合わせて苦笑して、ユーノは持参物をノエルに預ける。
「ノエルさん、これをすずかに渡して置いてください。」
「はい、今月分の本ですか?」
「そうです。」
ユーノは当時、すずかに『面白い本がたくさんあるから、時々持ってくるよ』、と約束した事も手伝って、面白い本を持参して、一月に一度は月村家を訪ねていた。
この頃では、なのはよりもすずかと会っている回数が多かったほどである。
まあ、ユーノも面白い本を読ませてもらっているし、読んだ後のすずかとの対話が純粋に楽しい、と言う事もある。
「ユーノさん、お茶が入りました〜」
ニコニコと笑って近づいてくるファリン。
ユーノはとりあえず、フローターフィールドの展開を考えつつ、いつこけるかな、とそれなりに失礼な事を考えていた。
そして、どうやら本日はこけなかったらしい、と、お茶がテーブルに置かれるのを見て、ホッと一息ついた。
「それでユーノ様、すずかお嬢様が帰られるまでどういたしますか?」
「…本読んでます。」
結局、自分はどこまで行っても本にまみれて生きているんだな、とユーノは少し苦笑した。
こうして、この日、ユーノはなのは達の帰宅時間までのんびりと過ごす事になる。
まあ、猫にたかられながら、本を読んでいただけなのだから、当然とも言えたが。
「すずかお嬢様が、なのは様達を連れて帰られましたよ。」
「そうですか、丁度良かったです。」
5冊ほど積みあがった分厚い本の上に、更にもう一冊積み重ねて、ユーノは腰を上げた。
じゃれついていた猫達が落ちないように気をつけて降ろしてあげながら、ユーノは歩き出す。
本日の休みの目的は、会う事にあるのだから。
なのは、フェイト、はやて、アリサ、すずかは、本日は珍しく全員何も用事がなかったので、こうしてすずかの家に遊びに来ていた。
広い家なので、5人くらいならどうと言う事もないし、猫が非常に多いので、一緒に遊ぶ、と言う目的もある。
「ただいま。」
『お邪魔しま〜す。』
すずかの声に続いて、四人は挨拶する。
その声に応答するように、玄関に現れる3人…3人?
「お帰りなさいませ、すずかお嬢様。」
「お帰りなさい。」
「お帰り、皆。」
そうしてノエル、ファリン、ユーノの順で挨拶をして――思わずすずか以外の四人は凍った。
「あ、ユーノ君来てたんだ。」
「うん、休暇が取れたから、ちょっと気にかかる事もあったし。」
ほがらかに対話するすずかとユーノに、硬直の解けたアリサが大きな声で詰め寄った。
「ちょっと、何でユーノがここにいるのよ!?」
「え、だから、休暇が取れたから遊びに来た、って今、ユーノ君が言ったよ?」
「聞いてなかったの、アリサ?」
すずかとユーノの何だかずれたやり取りに、アリサは気合がそがれるのを感じた。
おかしい、何故かこの二人のコンビに勝てる気がしない、とアリサはダウンしたくなった。
「…なのは?」
フェイトとはやてはと言えば、ユーノがいることに驚きながらも、それ以上になのはが気にかかっていた。
最近、それこそ意識しすぎなほどに意識しすぎて、なのはが、ユーノに会うことすらしていない事を知っていただけに、少し心配だ。
そうして、いざなのはの顔をフェイトが見てみれば、真っ赤であった。
蒸気すら噴出しそうだ、とフェイトが感心してみていれば、それに気づいたユーノがなのはへと近づいた。
「なのは、大丈夫、風邪じゃないの、顔真っ赤だよ?」
「え、あ、う…」
なのははと言えば、既にヒートアップしていた頭は、眼前のユーノのことでいっぱいである。
自身の好きな相手である、と言うフレーズがいくつも頭を通り過ぎていく。
「なのは?」
何の答えも返ってこないから、ユーノは首を捻る。
「…だ、大丈夫だよ、ユーノ君、ほら元気元気!」
ここに来て、少々冷静になれたなのはは、ユーノに元気をアピールする。
思わず、ジャンプして着地して、腕にグッと力を入れてポーズをつけてみた。
…ハイになっているらしい。
その様子に、ユーノは更に怪訝な顔をする。
「駄目だよ、なのは、無理してるでしょ。」
「え、う、ううん、そんな事ないよ?」
「嘘、ほら。」
そう言いながら、ユーノはなのはのおでこに手をつける。
ユーノの手に伝わってくるのは、かなり熱い感触である。
そして、なのははなのはで、ユーノの手の感触に、頭に更に血を登らせていく。
「なのは、ほら、かなり熱いよ、すずか、なのはを休ませてあげて。」
「うん、ノエル、お願い。」
「…分かりました。」
天然なのか、それとも分かっていてやっているのか、色々と考えながらも、ノエルは忠実に主の命を実行する。
既に頭に上りきった熱でボケッしているなのははそのまま連行されていってしまった。
「後で、様子を見に行かないと。」
真剣にそう言うユーノを、フェイトとはやてとアリサは、どうしたものか、と言う目線で見ていた。
すずかはともかく、他3人はなのはの胸中を考えると、どう言っていいものか、と思うしかなかった。
この日は結局、ベッドに寝かされたなのはを、ユーノがおんぶして、高町家まで送っていった。
車で、と言っていたのだが、何故か他3人がその方が良い、というので、そうなってしまったのである。
ユーノは首を捻りながらも、高町家への道のりを、なのはを背負ってのんびりと歩く。
道中、なのはは色々と焦りながらも会話をしっかりとすることができたので、少々落ち着いた。
この小さな騒動で、なのはの意識しすぎの部分が、多少なりとも緩和されたのは僥倖だったのだが。
「…ああ、懐かしいね。」
「フェイトちゃん、駄目だってば!」
「思い出すと楽しいね。」
自分の恥ずかしい話を暴露されて、なのははユーノの腕の中で、顔を真っ赤にさせて抗議する。
フェイトはそれこそ、自分達を散々やきもきさせた反動なのか、楽しそうに暴露話をしている。
ユーノも、自分にかかわるなのはの話を聞けて、満足そうだ。
「ユーノは、そこんとこどうなの?」
「うん?」
フェイトに突然問いかけられて、ユーノは思わず首を捻る。
質問の意図が理解できなかった。
「なのはの事で、そんなマル秘話とか。」
「う〜ん、僕は自分ひとりで悶々と考えてただけだからね。」
相談できる人もいなかったし、と苦笑するユーノに、フェイトは言葉に詰まった。
そう言えば、と今更ながらにフェイトは思う。
自分には、家族がいて、友達がいて、相談することができる。
なのはもはやても、それは一緒だし、仲間内は皆そうだ。
身近に家族も友達もいないのは、たった一人。
思わず、考え込んでしまったフェイトを見て、ユーノはどうしたのか、と考える。
「どうしたの、フェイトちゃん?」
「フェイト?」
二人して同じように首を傾げる様子に苦笑して、フェイトは思い切って言葉を繰り出した。
「ユーノは、寂しくない?」
「…え?」
「だって、一人で暮らしていて、個人的な事を相談できる人もいなくて…苦しくないの?」
フェイトに聞かれて、ユーノは考えこむように、空を見上げた。
なのはも、そんなユーノの様子に、どこか不安になって、目の前にあるユーノの腕を抱きしめる。
しかし、フェイトに向き合ったユーノの顔は穏やかなものだった。
「大丈夫だよ。」
「でも…」
「本当に苦しくなったら、連絡できるし。」
その時に、助けてくれればいいよ、と言うユーノの顔は、極自然だった。
本当に、無理もなしで、ただそう思っていた。
「ううん、これからは、私が行くよ。」
「…なのは?」
「ユーノ君が苦しそうだなって思ったら、ユーノ君の所に行くから。」
そう言って、なのははユーノの両腕をしっかりと自分の前で抱きしめる。
その姿はまるで、一人で行かせないはしないから、と言っているようだった。
空を見上げれば、そこには、雲がある。
青い空の中に、白い雲。
秋空にあるそれは、何の違和感もなくて。
「…ありがとう、なのは。」
「苦しくなったら絶対、ユーノ君の傍にいるから。」
だからもう、一人で悩まないでね、となのはは言葉を紡ぐ。
ユーノは眼を閉じて、ゆったりとその言葉を刻みつける。
その柔らかな温かみを腕の中で感じながら、ただのんびりと。
フェイトは、そんな二人の様子を眺めながら、じんわりと心の中が温まるような気がしていた。
やっぱり当分、彼氏はいらない、と思った。
こんな二人の事をのんびりと見ていられれば、それでいい。
ー終わりー
のんびりシリアス?
前回の続きでした〜
結局、このままシリーズになりそうです。
BACK