ふっふっふっふ〜ん♪ 聞こえてくる鼻声は、それだけでその人が上機嫌なのだと分かるほどに、楽しく聞こえた。
「…あれから、何日?」
アリサの言葉に、フェイトは無難な答えを返した。
「その間、ずっと左手を眺めてにやけているなのははどうなのかしら?」
明らかに、なのはのテンションは異常と取れた。
「まあ、授業中とかは落ちついとるのはまだマシやけど。」 休み時間になって、少しすると、左手の薬指を見ながらニヘラ、と顔を崩すのだ。
「つまり、私達はまだこの砂糖を吐きたくなるような甘い空気と戦わなきゃならないの?」
アリサの重々しい溜息と共に放たれた言葉に、フェイトは言う。
「ユーノが一週間に一度は休みが取れるようになったから、二日後のパーティーにもこれるって。そうすれば、ユーノに会って、なのはも少しは落ち着くよ。」 フェイトが笑って言う言葉が現実になるのだろうか、とアリサとはやては少々不安に思う。 「今度は落ち着いてくれたらいいんだけど。」
親友の幸せは嬉しくても、こう近くで長々と見せられ続けると、少々参ってもくる。
「大丈夫だよ。」 と、そんな時に沈黙を保っていたすずかの声がした。
「イージスちゃん、ユーノ君がちゃんと持っているんでしょ?」
はやてとフェイトはそうか、と頷きあい、アリサは一人で困惑する。 「どう言う事よ?」
ふっふっふ〜ん、と鼻歌を流し続けるなのはを見て、フェイトはふと、彼女の両親を思い出した。 「と、思わないでもないんだけど、ちょっと自信がなくなってきたよ…」
士郎と桃子の事があるから、と言うと、周り3人、ああ〜、と理解の声を上げた。
「こんにちわ〜」
テクテクとユーノ達が転移してから歩いてやってきた場所は、八神家である。
「お、ユーノ君、あがってや。」 ユーノははやての出迎えで八神家へと上がる。
「そっか、イージスはこんな家は初めてだっけ?」
その言葉に、ユーノは苦笑するしかない。
「イージスはこんな雰囲気がいいんか?」 はやての質問に、イージスは点滅しながら返答を返す。 <<はい、こんな温かみのある雰囲気がいいです>> 家族と言う雰囲気を持つ家に、ユーノもどこか少しだけ羨望の視線を向けていた。
「ま、そのうちユーノ君となのはちゃんが結婚すれば、こんな家に住んでみればええんとちゃう?」
はやてがニシシ、と笑いながら言えば、ユーノは少しうろたえてから、しかし、既に結婚を見ている言動を繰り出した。
「結婚式には呼んだってな。」
それは、どこか切なる韻を含んだ声だった。
「分かっとるよ、だからブーケは私に投げたってな。」
ニッコリと堂々とそんな事を言い出すユーノに、はやては笑いながら、米神に井桁を貼り付ける。 「ほっほ〜」
言われた言葉に、井桁が急速に消えていき、変わりに、はやては頭を抱えた。
「『主はやての伴侶になりたいならば、私を越えてみせろ!』とか、『はやてはお前何かに渡さねぇ!』とかさ。」
思わず脱力しそうになるはやてに、ユーノは苦笑する。
<<どうして、はやてが好きな人と結婚しようとすると、邪魔するんですか?>> 心底不思議です、と言わんばかりの事を言うイージスに、ユーノは言う。 「そうだね、その人が、本当にはやてを幸せにできるかどうか分からないからかな?」
そんな風に力説されると、はやても照れくさい。 「そうだろうね、でも、それでも、納得できないこともあるんだよ、イージス。」
そんなユーノとイージスの様子に、はやては、あはは、と面白そうな笑みを向けた。 (ほんまに、ユーノ君はパパになっとるなぁ。) イージスに先ほどの言って聞かせる感じは、本当に父親のようだった。
「さ、ユーノ君も下ごしらえ手伝ってんか。 包丁くらい使えるんやろ?」
はやてにはかなうべくもないけどね、と面白そうに笑うユーノ。
「私は専門職みたいなもんやで、早々負けてたまるかいな。」
窓から空を見上げれば、晴れ渡った空が見えた。
机の上に乗せられた、昼ごはん用にと用意されたバーベキューの肉や野菜を見ながら、はやてとユーノは冷や汗を流す。
「でもまあ、消費量で言えばこんなものかな?」
二人で思わず食べる二人を想像して、よし、と頷いた。
と、その時、ピンポーン、と甲高い音が聞こえてきた。 「あ、誰か来たみたいやな。」 さて、お客さん二号は誰や〜、と駆けて行くはやてを見送って、ユーノは材料を縁側に移動させる作業に入る。
「もう、こんな時間か。」 眼に入った時計を見上げて、ユーノは既にお昼がすぐそこである事を確認する。 <<楽しみです>>
一度食べ物の味など感じてしまえば、もう一度とせがむのは当たり前のような気がした。
「これはまた、凄い量だな。」
どうやら、考え事している間に、既にお客さん二号と三号――クロノとエイミィ――がこちらまで来ていたらしい。 「二人とも、運ぶの手伝ってくれる?」
材料を運びながら会話をかわしていれば、次々とピンポーンと言う音が鳴り響く。
「あら、ユーノ、久しぶり。」
一月ちょっと前は10日ほど毎日顔を合わせていただけに、こう一月も離れていると、久しぶりだな、と感慨が湧いてくる。
「毎日なのはがのろけてくれるから、全然久しぶりじゃない感じもするんだけどね。」
これにはユーノも苦笑いするしかない。
「ユーノ君、今月はあんまり面白い本なかった?」
プツン、と途切れた会話に、ユーノは首を捻ってすずかを見る。
「何か、悩んでる?」
ヒラヒラと手を振って、ユーノはまだある食材を取りに行く。
「本当…すずかちゃんとユーノ君は不思議な雰囲気をもっとるなぁ。」
突然後ろから声をかけられても、全く動揺せずに聞き返すすずかからの返答に、はやてはふむ、と一つ頷いてから、言った。 「思うなぁ。恋人でもない、かと言って、すずかちゃんの言う親友ともまた違う雰囲気や。」
こちらも、プツン、と会話が途切れた。
「まあ、カレトカノだったしね。」 そう言うと、すずかはユーノの所に手伝いに行ってくると言って行ってしまった。
「カレトカノって何やろ?」 聞いたことのない単語やなぁ、と思いつつも、はやてはお客さんばかりに働かせていられるかい、と自身も手伝いに行く。
食材も運び終わったし、さて、とのんびり恭也と喋っていたユーノの所に、ロケットダイブと呼称できそうな勢いでなのはが突撃してきた。 <<フローターフィールド!>> と、飛びつかれた瞬間に、イージスはユーノの背中の方面に素早くフローターフィールドを展開して、衝撃を緩和させる。 「イージス、ありがとう…」
う、とさすがにバツの悪そうな顔をしたなのはに、恭也面白そうな顔をして言う。 「娘に怒られる、母か。」
一瞬、ユーノの脳裏に、クロノとリンディの姿がよぎったのは、それもまた一種、息子が母を叱る場面が板についていたからだろうか。
「ユ、ユ、ユーノ君、この指輪…」
恭也は少々驚いたのか、それとも、別の何かなのか、わずかに眼を見開く。
「ユーノ君、左手の薬指に指輪をつける意味、知ってる?」
不思議そうに言うユーノに、はやては真っ青になり、なのはは意気消沈する。
「ユーノ、もういいんじゃないか?」
そう言うと、ギュッとユーノはなのはを抱きしめる。
「ん〜、なのは、僕は何をしている人でしょう?」
その脈絡のない会話の意味に最初に気づいたのは、はやてだった。
「ユーノ君、いくら何でも悪趣味やで!」
最初に、恭也が何気ない会話から、ユーノは指輪の意味を知っているのか、と前日吹き込んだ。
「さすがにこれはなぁ、と思うんですけど…」 はやてもごめんね、と謝るユーノを見て、ここまで追いつけていなかったなのはも、ジワジワと意味を理解する。
「お兄ちゃん、ユーノ君!」
怒ろうとしているなのはの先手を取るようにして、ユーノは苦笑して、なのはを抱きしめる。
「あ、え、と、じゃあ、言ってみて。」 その恐る恐るとした態度に、ユーノは聞かれた時のために考えていた言葉を言い放つ。 「なのはが、いつか僕のお嫁さんになるってこと。」 言い切ったのは見事だったが、その顔は赤く染まっていた。
それを周りで見ている皆としては、正に勝手にしてくれと言った様子の人間と、微笑を浮かべて見ている人に分かれていたが。 「いいなぁ、なのはちゃん。」
八神家の一角で、そんな会話が繰り広げられた。
クロノの音頭で始まった宴は、昼過ぎから予定通りに始められた。
「ふぃーた、おえは、あたいのひうだお!」(ヴィータ、それは私の肉だよ!)
食べたまま喋り続ける二人にはやてが折檻したり。 「兄さん、これは何の肉のカツ?」
そんな謎な行動を起こすシグナムがいたから、何の肉か、と議論になったり。(実はダチョウの脳みそだった) 「ユーノ君、はい。」
初の食べ物の味わいに舌鼓を打つイージスに、リィンフォースがはじめての妹分に姉気分になったり。
そんなこんなで、各々は各々の時間を過ごしつつ、楽しい時は流れていく。
それは、子供の言葉かな、と思いもしたければ、真理でもあって。 「そうだね、皆一緒に、また、こんな事をしよう。」
庭の片隅で、緩やかに、緩やかに、笑いながら今を楽しみ時が進んでいく。 P.S なのははこの日以来、時折思い出したようにニヘラと笑うが、基本的には普通に戻ったらしい。 ー終わりー
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