「『カレトカノ』?」
「何それ?」
「何かの隠語?」

はやてとアリサとフェイトとなのははこうして翠屋でパフェをつついて話している。
いつものメンバーからすずかがいないのは、当たり前と言えば当たり前。
何せ、話題の当事者なのだから。
先日はやてが聞いた、『カレトカノ』と言う単語の元に、はて、それは何、と皆で考えてみたのだ。

「う〜ん、でもな、すずかちゃん確かに言ったんや、『まあ、カレトカノだったしね。』って。」

はやての言葉に、フェイトは徐に紙に書いてみた。
『カレトカノ』、『かれとかの』、『かれ、と、かの』、『かれと、かの』
単語から、文章表現等、色々と考えてみる。

「ユーノ君とすずかちゃんの関係かぁ。」

ふと、最近気になる事第一位の事をあげてみるはやて。
まあ、だからこそ、わざわざ4人でこんな事をしているのだが。
その好奇心の大きさも押しなべて知るべしである。

「………?」

そんな中、なのはは何かしっくりこないものを感じていた。
こうして皆で考えても答えは中々でてこない、だったら――

「うん、私、ユーノ君の所に行って来る。」
「え、本気か、なのはちゃん?」
「素直に聞いてみるよ。」

そう言って、なのはは素早く走って行ってしまった。
まずそうな表情を浮かべるはやて。
それはそうだ、二人の関係、下手すれば…

「下手に藪突っつかん方が良かったかな?」
「いいんじゃないかしら、いつか絶対問題になったろうし。」

はやてとアリサが二人で話す間も、フェイトはつらつらと紙に単語を書きつづっている。

『彼とかの』、『カレーとかのう』…etc

と、その手がある時を境にピタリと止まった。
そして、脂汗を流し始めたフェイトに、はやてとアリサは不思議そうな眼を向ける。

「どうしたのよ、フェイト、何か分かった?」
「って、凄い汗やで?」

だらだらと脂汗を流しながら虚ろな眼になったフェイトの手元を、はやてとアリサは見る。
そこにある一つの文字列を見て、アリサは顔を厳しくし、はやてはあ〜、と何とも言えない顔をした。

『かれしとかのじょ』

そう書かれた紙を3人は黙って見つめて、徐に目線を合わせた。

「…すずかの所に行くわ。」
「異議なし。」
「…怖い。」

アリサとはやての発言に、フェイトは、いつか味わった『こんなはずじゃなかった』気分になった。
違うんだ、きっと、間違っている、などと思いながら、フェイトはドナドナをBGMに、はやてとアリサに引きずられていった。




「僕とすずかの関係?」

本日の業務もそろそろ終了かな、と考えていた段階になって、本日は休み、と言っていたなのはが突然現れたので、ユーノは首を傾げる。
フェイトたちと翠屋でおしゃべりしてる、言っていたと思ったのだが、とユーノは思う。
そして、なのはが開口一番に聞いてきたのが、これである。

「聞きたいの?」
「すっごく。」

そして、そんな二人の話に耳を傾ける周りの司書たち。
さて、どうしたものか、とユーノは思考し――

「じゃあ、司書長室に行こう。」

一番、誰にも聞かれることの無い場所を選んだ。

「皆、今日の分が片付いたら、勝手に帰っていいから。」

そうユーノが宣言すると、司書たちは猛烈な勢いで活気を取り戻す。
ちなみに、その時の言葉を拾うとこんな感じ。

「やった、新しく仕事の依頼がこないうちに帰るぞ!」
「ハラオウン提督の顔が現れないうちに終らすぞ! あの悪魔め!」

…まあ、何とも悲哀のこもった叫びであった。
そのことに苦笑しつつも、ユーノはなのはを連れて、司書長室へと足を向ける。

司書長室。
中に入っている本の内容は、正確な所はユーノ以外知らない、と言われている。
実際、それは正確な話で、ユーノ以外は中にどんな本が入っているか、本当に一部しか知らない。
噂では、禁呪魔法の魔道書がある、やら、生きた魔本があるやら、言われているらしい。
まあ、今はそんな事はどうでもいい。

『指紋、虹彩、魔力波動、デバイス認証クリア、99.98%の確立でユーノ・スクライア司書長と認証。』

そう音声が流れると同時に、カチ、と音が鳴って、鍵が開く。
その厳重さ加減に、思わずなのははポカーンとしてしまう。
そんななのはに苦笑しながら、ユーノはなのはを中に誘う。
なのはが入ると同時に、ユーノは中からしっかりと鍵を閉める。
これにより、中には防音結界が発動し、外には音も洩れなくなる。

「うわぁ…凄い本…」

なのはがそう言うのは、部屋の壁一面に本がまるで敷き詰められるように置かれていたからだ。
勿論、無限書庫に比べれば、そんなものごく一部。
しかし、壁一面にぎっしり並ぶ様は、部屋の狭さと相乗効果をもたらし、とても多くに見せる。

「あ、なのは、中は気になっても見ちゃ駄目だよ、犯罪だから。」
「あう…」

思わず中の一冊に手を伸ばしてかけていた自分に気づいて、ちょっとなのはは赤くなる。

「あ、なのは、話す前にちょっと待ってね。」

部屋の中央に配置された机に、コーヒーを入れたコップを二つおき、ユーノはそんな事を言う。
ちなみに、コーヒーは司書長室の奥にあるキッチンで入れた。
インスタントだが、それなりに美味しい。

ユーノは徐に携帯電話を取り出すと、ある所にかけた。



「え、なのはちゃんが?」
『うん、そう、聞きたいって。』
「そうなんだ、こっちもアリサちゃん達がさっき押し寄せてきて。」

苦笑ながらに語るすずかに、ユーノも苦笑する。

『それじゃ、話してもいい?』
「こっちも一緒、話してもいいの?」
『僕は別にかまわないよ、これでなのはに嫌われても全部僕のせいだし。」
「私も別にかまわないよ、話されて困る事もないし。」
『分かった、ありがとう、すずか。』
「あ、でも、こんな事で別れたら、許さないよ?」
『…努力するよ。』

苦笑してユーノが電話を切った。
それを確認すると、すずかも通話を切って、目を丸くして自身を見ている親友3人を見た。
親友三人の顔に、すずかはクスクスと笑いながら、話を切り出す。

「それで、はやてちゃん、答えは分かった?」
「…これかな、と私は思うた。」

と言うか、私達3人やけど、ど前置きしてから、先ほどフェイトが書いた紙を見せる。
そこにある単語の一つをはやてが指す、とすずかはニコリと笑った。
ただそれだけで、そのまま口の中に紅茶を含ませて、何かを考えている様子になったが。
しばらくの沈黙。
アリサはそんなすずかの様子に、少々焦れたのか、核心となる事を早々に聞いた。

「ねえ、すずか…あんた、本当にユーノとこんな関係だったの?」

そう言って、アリサが指す先には、『かれしとかのじょ』の言葉が綺麗に書かれていた。
日本語上手くなったわよね、フェイト、などと関係ないことがアリサの心に浮かぶ。
本来今の局面でどうでもいい事を思いついてしまったのは、きっと、どこかでこんな過去を認めたくないからなのかもしれない。

「うん、そうだよ。」

アリサの内心など関係なく、すずかはごくあっさりと言い放った。
それは、すずかに取っての、本当に大切な時間だったから。



「え…?」
「13歳の夏から、14歳の夏の一年間、すずかと僕は、所謂ところの恋人同士だったよ。」

コーヒーを飲みながら言うユーノに、なのはは呆然とするしかない。

<<ユーノパパは、すずかさんと恋人同士だったんですか?>>
「そうだよ、イージス。」

イージスとしてはその辺りのことはさして思いがないのか、ふ〜ん、と言った感じだった。
対照的になのはは呆然としている感じだ。
当たり前と言えば当たり前。
何せ、親友の一人と、好きだった人が付き合っていたのに、さっぱりその事を知らなかったのだから。

「え…う…あ…?」
「なのは、落ち着いて。」

そう言って、ユーノはなのはのコーヒーを渡す。
なのはのコーヒーは半分ほどミルクだったので、随分と甘い。
でも、今はその甘さが、なんとなく落ち着けてくれた。

「…ユーノ君は、すずかちゃんの事、好きだったの…?」
「…好きの意味を問われなければ、はい。 今でも好きだしね。」
「好きの意味?」
「友達、家族、親友…今になって思えば、当時の僕は、その気持ちを勘違いしたんだろうね。」

ユーノはそう言って、コーヒーを一口飲む。
その眼は、どこか痛みに耐えているようだった。

「…だから、僕はすずかを傷つけたんだ。」
「え…?」




「私はね、ずっとユーノ君の事が好きだったよ。」

そう言って話すすずかの顔は、本当に綺麗で。
思わず聞いている3人は、硬直してしまったほどだった。

「親友、兄妹、ってずっと言い続けて、誤魔化してたんだ。」

すずかは、なのはがユーノを好きだと知っていた。
あまりにもあからさまだったし、相談された事も少しあった。
ただ、なのはは、すずかがほぼ毎月のペースでユーノと会っている事に気づいていなかったが。
そして、すずかも、なのはが自身の恋心に気づいたのとほぼ同時期、自身の恋心を自覚していた。
叶わないとは、まだ、思っていなかった。

「ほ、本当に?」

フェイトは信じられない、と言った顔をする。
アリサやはやてもそれは一緒だ。
今まで、5人はずっと一緒に日常を送ってきた。
それなのに、一年もの間、全くそれを気づかれる事なく、二人は付き合っていたのだと言う。

「本当、だよ。ユーノ君と仲良くなって、ずっと惹かれてた。」
「…過去形なんか?」

思わず、アリサとフェイトははやてを見た。
それは、下手をすれば、愛憎の架け橋となる言葉。
真剣な顔のはやてに、すずかは笑っていった。

「…過去形だよ、言ったよ、私は親友だって。」
「…私はな、すずかちゃん。 本音を言って欲しい。せやったら、これから先、何かあっても、私はなのはちゃんともすずかちゃんとも友達でいられる。」

だから、正直に言ってや、と言うはやての顔は、恐ろしいまでに真剣だった。
アリサとフェイトも同様だ。
3人の顔を見て、すずかは嘆息して、言葉を吐いた。

「好きだよ、まだ。 でも、今は別に何もしようとは思ってないから。」

少し寂しげに笑うすずかに、そうか、とはやては一旦言葉を切ってから言う。

「辛い事言わしてもうて、すまんね。」
「そうだね、じゃあ、代わりにちょっと聞いてね、思い出話。」

その時、ノエルが丁度紅茶を持ってきた。
まるで、タイミングを計っていたかのようなタイミングに、少し3人は驚いた。
否、ノエルの顔がいつもより神妙だった。
会話の内容を知っているのだろう。

「私とユーノ君がね…」




リリカルなのは「過去の思いは未来への糧に」




ユーノ13歳、すずか13歳の8月。
別に、普段と代わり映えなどなかった。
ユーノは無限書庫で働き、すずかはのんびりと家で本を読んでいた。
ただ、すずかは夏休みであると言う事、そして、ユーノが肉体的にも精神的にも疲れきっていたと言う事を除いては。

『ユーノ、次は…』
「…分かった。」

クロノからの依頼に、ユーノは力なく答えた。
いつもなら文句の一つも言うような量だったにも関わらず、ユーノは特に何も言わず、黙々と仕事を続けている。
通信画面越しに見ているクロノからしてみても、その顔色はあまり良い感じには見えない。
しかし、今、助けられる人材がいないのも確かである。
この時、一つの次元で大きな災害が起こった。
管理局の魔導士達は、皆で災害救助に当たったのだが、その際に管理局側からも、少なからず怪我人が出た。
竜巻や津波など、尋常ではない規模の自然災害に、クロノ達も落ち着いたときには本当に安堵の溜息をついたものだ。
結果的に、人手不足になってしまったのは、これも仕方が無い。

『これが終れば、休みだ。』
「…分かった。」

先ほどと同音の言葉を返すユーノに、クロノは殊更不安になる。

人手が減った、と言う事情で、無限書庫も何人か人員が臨時で出て行っている。
こうして、忙しい、とは言っても、どこかにしわ寄せが来た、と言うだけで済んでいる。
そして、そのしわ寄せが来たのが無限書庫なのだ。
医療や救助等に人手が回っているので、それも仕方が無いのだが、とは言え、仕事が待ってくれるわけでもない。
更に、今回の災害に関しても資料請求が来ている。
似たような自然災害や、同規模の被害状況で、どのような対策をとった、などだ。
そして、今、膨大な量の資料をユーノは実質一人で探索している。
周りにいる人は、集めた資料を整理しているだけだ。

「…クロノ、終ったら取りに来て、僕はもう寝たいから。 皆さんも先に帰っていいですよ。」
『ああ、分かった。』

プツン、と通信が切れて、クロノは大きく溜息を吐いた。

「ユーノ君、大丈夫かな?」

心配そうにクロノに言うエイミィ。
クロノは、それに溜息で返すしかなかった。

「どこも人手不足、とは言え、無限書庫のあれは異常だな。」
「なのはちゃん達、やっぱり呼び戻そうか?」
「エイミィ、それは、ユーノの頑張りを否定する事になる。」
「…でも、ユーノ君が。」
「分かっている、終ったら、何か奢ってやろう。」

と、クロノもエイミィも心配していた。
会話に出てきたなのは達は、この時、災害救助にも一段落がついて、実行部隊は3日間の休暇が言い渡されていたので、皆で遊びに行ってくる、と言って先日海に出かけていった。
海が綺麗な次元世界、と言う何ともあれな話の場所であるが。
先日、その前に挨拶に来たなのはは、ユーノの顔色を見て、手伝おうか、と申し出ていた。
しかし、ユーノは大変だったんだから、しっかりと休んできなよ、と少々強引でも、しぶるなのはをそのまま送り出した。
本人はその時点で既に3日間不眠状態だったのだが。
なのはもそれを聞いていれば、意地でも残って、ユーノを手伝ったであろう。




プシュッ、と音がして無限書庫のへの扉が開く。
クロノは扉を通って、無限書庫へと入った。
辺りを見回してみれば、すっかり静かになっていた。
多分、既に皆帰って休んでいるのだろう、とクロノは思う。
資料は多分、先ほどユーノがいた場所の近くにあるだろう、と当たりをつけて、クロノは無限書庫の中を動く。

「これ…違う…これは…これか。」

無重力の中、目当ての資料を見つけて、クロノはきびすを返し、無限書庫から出ようと、前を向いた。
と、

「…ユーノ?」

無重力の中、プカプカと漂っているユーノを見つけた。
ピクリとも動かないその姿に、まさか、なと思いながら接近する。

「おい、こんな所で寝るな。」

そう言って、ユーノの体を叩いてみるものの、全く反応が無い。
まあ、徹夜4日目の就寝なのだから、仕方が無いか、とクロノはユーノを背負って部屋まで送ろう、と思った。
そのくらいのサービス、最近の激務に比べれば、安いものだろう、と思ったのだが。

「…熱い?」

背負ったユーノの体は、熱かった。
慌てて呼吸を確認すれば、異様に速く、そして浅い。
そのくせ、顔は真っ青だ。

「…エイミィ!」

慌てて通信を繋ぐと、エイミィがのんびりと顔を出した。

『どうしたの、クロノ君?』
「医務室に空きはあるか!?」
『医務室って…ユーノ君どうしたの!?』
「凄い熱だ、そのくせ顔に赤みがない!」

慌ててエイミィは医務室の状況を確認するが、その顔は芳しくない。

『駄目だよ、満杯!』
「くっ、なら初期治療だけでいい、その後は療養だ。」

こうして、ユーノは、疲労で倒れてしまった。
体力は限界に来ており、精神的にも参っていた。
そして仕事が終った事の気の緩み。
それらが相乗効果を引き寄せて、ユーノは倒れることとなってしまった。




「落ち着いたわね。」

海鳴のハラオウン家で、ユーノは寝かされていた。
熱自体は下がったものの、点滴が必要なレベルまで、体が弱っていた事が判明。
思わずリンディとクロノは深々と溜息をついてしまった。
それもまた、仕方が無い。
ここまで衰弱してしまうほど、仕事に熱心になっているのも、問題である。

「本当、一度無限書庫の仕事、見直さないといけないわね。」

ユーノの能力は管理局でもTOPクラス。
それなのに、このような事態に陥ってしまうなど、正に尋常ではない。
いくら悪条件が重なったとは言え、非常識なまでな仕事量は確かであろう。

「…でも、どうしようかしら、看病してなきゃまだ危ないのに。」
「僕も母さんもエイミィも仕事、なのは達はいないし…」

う〜ん、と唸る親子。
高町家、皆忙しそうなので却下。
八神家、皆、今、正に留守だ。

「…あそこにしましょうか。」
「あそこ?」

クロノが首を傾げるのにもかまわず、リンディはどこかに電話を始めた。
…結局、これが最後のきっかけとなってしまったのである。




眼を開けたユーノの眼に飛び込んできたのは、どこかで見知った天井だった。
それはどこの天井だったろう、と頭を回転させようとするが、霧がかかったようにボヤッとしていて、とても思い出せそうもなかった。

「あ、ユーノ君!」

耳に入った言葉は、とても喜色を含んでいて、でも、それに振り向く気力がユーノにはなかった。
動かそうにも、体が思うように動かない事に、ユーノは気づいた。
どうしてだろう、と思ったが、それもまた回らない頭では分からなかった。

「…ユーノ君、まだ、駄目だよ。」

その声音が、酷く優しく胸に響いて。
ユーノは、ここ最近感じていた、寂しさが消えていくのを、もやのかかる頭で理解した。
ただ、それが、自分がいつか求めた声ではないのだろうか。

「…あ、さん。」

自分の声とは思えぬほどにしゃがれた声を聞きながら、ユーノの意識は、また闇に沈んだ。



「…母さん、なんて年じゃないよ、私。」

すずかは苦笑しながら、ユーノの頭のタオルを取り替えていた。
同い年ですよ、と言って濡れたタオルを頭にのせなおす。

「どうですか、すずかお嬢様、ユーノ様の様子は?」
「うん、心配ないみたい、呼吸も安定してるよ。」

ノエルと会話しながらもすずかの目線はユーノに向かっている。

二日前、ユーノはここ月村家に運びこまれた。

「すいません、この家が一番いいと思うんです。」

そう言って頼み込むリンディの様子は、とても真剣だった。
そして、月村家としても、ユーノを拒む理由はどこにもなかった。

「リンディさん、大丈夫ですから、ユーノ君は、うちでしっかり面倒見ますから。」

すずかにそう言われて、リンディは本当に申し訳なさそうにして帰っていった。
ちなみに月村家になった理由は、確実に面倒見てくれるであろう人が複数いるので、交代制で見ていられる、と言う事をリンディが分かっていたから、らしい。
それに、月村家が、一番ユーノと近しい間柄にいることも、なんとなくリンディには分かっていたらしい。

「ユーノ君、無理しすぎだよ。」

ユーノは、最低一月に一度は月村家へとやってくる。
主に管理局の仕事が終ってからやってくる訪問であるが、それに対応するように、月村家もユーノを待っていた。
その日は、ユーノとすずかは、ファリンやノエルも加えて本の話で大いに盛り上がる。
一種のティーパティーを遅くまでするのである。
大体の場合、すずかが学校の休みの前日に行われるのであるが、ユーノは仕事である。
すずかは、無理しないで、といつも言っていたのだが、ユーノは楽しいままに仕事にいけるから、これはこれでいい、と言う。

「随分、痩せちゃったね。」

すずかは、自分の部屋に置いてある写真立ての中の、皆で撮った写真を眺めながら、そう呟く。
それは、闇の書の事件も解決を迎えて、皆で集まったお正月に撮った写真。
まだ9歳で、ユーノとそれほど親しくなかった頃の写真だった。

「この時のユーノ君はふっくらしてるのにね。」

寝ているユーノに語りかけるようなすずかの声は、とても喜色を含んでいて、軽やかだった。
それが、どうして、このような状況で出てくるのか、すずかはしっかり理解していた。
酷い話だと思う。
でも、こんな状態のユーノとでも、二人で一緒にいれるのが嬉しい、とすずかは理解している。
早く治ってほしい、とは思っても、それでユーノが帰ってしまうなら、それはそれで複雑だった。

「でも、早くよくなってね。」

顔色はまだよくないが、それでも担ぎ込まれた当初よりは余程よくなっている。
栄養は点滴だが、体は睡眠を得たことによって、随分と体力の回復が早そうだった。

「そういえば、なのはちゃんたち、今日には帰ってくるって言ってたっけ?」




「…どう言う事?」
「さあ?」
「どう言う事やろか?」

なのは、はやて、フェイトの3人は、無限書庫の中で、ボケッ、とその光景を眺めていた。
3人は、帰ってきたと同時に、なのはが心配している、と言う理由でここにやってきたのだった。
目の前には3日前には随分と過疎化が進んでいたとは思えないほどに人だらけになった無限書庫の姿。
どやどやと人が溢れかえる中(それでも、無限書庫のの規模からすれば、とても少ないが)、中に随分と枯れたような顔をしている知り合いを見つけた。

「クロノ君?」
「なんで、兄さんがここに?」
「…ああ、お帰り。」

本当に疲れた顔をしているクロノに、なのは達は怪訝な目を向ける。
何せ、クロノが疲れていても、疲れた、と表面に出す事など滅多にないのだ。

「しかし、どうしたんや、この大人数は、無限書庫に人手は割れなかったんとちゃうんか?」

当然の疑問に、クロノは深々と溜息をついていた。

「いや、ユーノがいないと、こうするしか手段がなくなった。」

それでもユーノ一人に勝てないあたり、ノウハウと経験がちっともないからだろうな、とクロノはげっそりしていた。
ちなみに、クロノがここにいるのは、ユーノが倒れるまで異常に気づかなかった罪悪感もある。
とは言え、それはなのは達には特に関係なく、クロノの台詞に首を傾げていた。

「ユーノ君、どうしたんや?」
「休暇でも取ったの?」

この情勢下でよく取れた、とフェイトが感心する中、なのはは一人心配そうにクロノを見ている。

「…なのはは察しがついたようだが、ユーノは二日前に過労で倒れて、あるところで療養中だ。」

それを聞いて、なのははやっぱり、と言った顔をして、フェイトとはやては驚愕に顔を染めた。

「ど、どう言う事や、行く前はあんなに元気そうやったで、声も大きかったし。」
「それは徹夜3日目で、多少ハイになってただけの空元気だろう。」
「て、徹夜3日目…!?」

はやては驚愕、と言った顔をするが、フェイトとクロノとなのははハァ、と溜息をつくだけだった。

「ユーノ君、徹夜3日くらいなら、頻繁にしてるよね…」
「元はと言えば、便利だからって頼りすぎる私達がいけないのかもしれないけど…」
「あいつも言われたら、文句をブチブチ言いつつも、全然断らないからな…」

はっきり言って、馬鹿だ、と毒舌を吐くクロノだったが、色々と思う所があるらしい。
その表情は苦々しげ、と言う言葉が良く似合った。

「だから、今は僕も援護要員なんだ、良ければ手伝ってくれ。」
「手伝うのはいいけど…」
「ユーノ君はどこにいるの?」

3人ともそれが気にかかるのか、少々そわそわしている。
友達が倒れた、なんて聞いたら、それは心配するだろう。

「…気持ちは分かるが、今は本当に静かに休ませてやりたい、だから、伏せておく。」
「何、それ?」

なのはの言葉のトーンが少々下がった。
本当に少しなのだが、周りの人間は何故か全員寒気を味わう羽目になってしまった。
だからクロノは慌てて言う。

「いや、言ってしまうとどこから漏れ出すか分からないからな。下手に洩れると、すぐにでも連れ戻されかねない。」

何を馬鹿な、と言いたい所だが、この状態を見ていると、とても冗談とは思えないから怖い所である。
実際の所、実はクロノもどこにユーノを預けたのかよく知らない。
ただ、母が信用できる、と言っていたので、心配はしていないが。

「だから、今回は勘弁してくれ。」
「…分かった。」

本当に渋々と、言った感じでなのはは頷く。
これで本当は知らない、なんてばれたら、自分はどんな目にあうのか、クロノは考えたくなかった。
クロノが嘘をついている理由は、リンディにそんな風にしておきなさい、と言われたからだ。
ちなみに、後日リンディに聞いたところ、そうしていれば、貴方にしか皆注意を払わないでしょ、との事。
つまり、周りの人に注意を向けないようにしただけだったらしい。
この後、クロノはユーノが復帰するまで、なのはに無言のプレッシャーをかけられ続けたので、少々恨みがましい目線を向けても仕方が無いだろう。




ユーノが倒れてから3日目。

「…れ?」

しゃがれた声に驚きながらも、ユーノは意識がはっきりするのを感じていた。
窓から入ってくる朝日がいやに眩しく思えた。
冷静になった頭で、周りを見渡してみると、そこが見知った場所である事に気づいた。

(すずかの家?)

どうして自分はこんな所で寝ているのだろう、とユーノは訳が分からなくなる。
記憶の中では自身は無限書庫で資料を作っていた所だったはずなのだ。
完成させた一瞬後から、記憶が飛んでいるのはどう言う事なのか…?

「ユーノ様、意識がはっきりされておりますか?」

声がしたので、首を旋回させてみれば、そこにはノエルがたっていた。
ユーノはそれも当たり前か、と思いつつ、声を出そうとして、口の中がカラカラなことに気づいた。

「お水です、ゆっくり、口の中を湿らせるようにお飲みください。」

ユーノはそれに頷きながら、ノエルの手の中にあるコップを取ろうとして、手が震えている事に気づいた。
力が、入らないのだ。

「ユーノ様、無茶はなさらないでください。」

そう言うと、ノエルはコップをユーノの口元に寄せた。
ユーノは起き上がろうとするが、それも制止されてしまった。
ノエルはコップを口元に置きながらも、ユーノの上半身を軽々と持ち上げる。
背中を支えられたユーノは、コップの中の水を少しだけ含み、口の中で動かす。
そして、それを飲み込むと、ノエルはまた口元に水を持ってきてくれた。
そうして、コップ一杯の水を飲み込む頃には、ユーノは本当に意識を覚醒させて、現状の整理を始めていた。

「もしかして、僕、倒れたんですか?」

声が出るのは確かか、とユーノは確認する。

「はい、もう3日になりますよ。 この屋敷に運び込まれてから。」
「3日ですか!?」

思わず大きな声を出すと、体の節々が痛くなったが、それでも驚いた。
何せ3日寝たきりになるほど、自身が消耗していたとは少しも思っていなかったのだ。
その大きな声に、ノエルは口元に指を当ててとジェスチャーを送ってくる。
疑問の瞳でノエルを見返すと、ノエルは視線を動かした。
ノエルの視線の先には、ベッドに突っ伏して眠るすずかの姿。
その顔も随分疲労して見えた。

「すずか、看病してくれたんだ。」

ごめん、と謝って、その後、ありがとう、と呟く。
そして、ユーノは起き上がろうとして、体が動かない事を思い出した。

「あ、起きてる。」
「忍さん。」

動かない体をゆっくりと動かそうとしていると、いつの間にか扉の所に忍が立っていた。

「ま、何とか大丈夫そうでよかったわ。」
「ありがとうございます。」
「もう、すずかなんて慌てちゃって慌てちゃって、うろたえっぷりは凄かったわよ。」

面白そうに言う忍だったが、それを言った後、表情を一変させて、真剣な顔になった。

「だから、もう、あまり無茶や無理を重ねないようにしなさい。今度やったら、承知しないわよ。」
「……すいません。」

ユーノのその言葉は承諾の意ではない。
約束できない事を謝る言葉だった。

「別に構わないだろう?」
「恭也さん…」

いつのまにか部屋の中にいた恭也に驚きを覚え、ユーノは眼を丸くする。
忍は特に驚く事もなく、恭也に非難の眼を向ける。

「何言ってんの、こんなに痩せて、こんなにボロボロになっちゃって、それでも無理を重ねたらどうなるか、恭也が一番よく知ってるでしょ?」
「…まあな、父さんが倒れた時、同じような感じだったからな。」

恭也はどこか遠い眼をしながら、そう言う。

「ユーノ、だから一つだけ聞いておこう、お前は、なのはやすずかを悲しませたいか?」
「いいえ。」

これには即答。
当たり前だった、大切な人たちに悲しんで欲しい何ていう思考は少しもない。

「だったら、自重しろ、人を頼れ、それがどんな人であれ、だ。」
「? でも、それは…」

例えば今回の件。
一見、頼れる人などいないように思えるが。

「お前は親しい人たちに負担を与える事を忌避しすぎる。 なのはやフェイト達に頼る事も出来ただろう。」
「…ですけど。」
「なのは達も疲れているのに、か?」
「はい。」
「それはお前ほどか、違うだろう。 お前にも意地があるのは分かる。」

そう言うと、恭也はユーノの頭に手をのせる。
その感触が妙に気恥ずかしい。

「なのは達はなのは達のやるべき事をやっている、だから、自分は彼女達を助けるためにも、できる事をする、そう言うことだろう?」
「…はい。」

前線で戦うなのは達、そして、後方で援護する自分ユーノ
それが当たり前であり、ユーノはだからこそ、なのは達に負担なんてかけたくなかった。
後方援護は、前線を助けるためにある。
それなのに、後方の仕事を前線に助けてもらうなど、意味の無い事だと思っていた。

「男の意地は、特に俺達のような頑固者の意地は、最後には自分を破壊する。」

淡々と言う恭也の顔は、冗談など一片も無く、真剣に語っていた。

「俺達はそれでもかまわない、と意地を貫き通すが…」

そう言うと、恭也は忍を振り返る。
忍の視線は冷ややかだ。

「そうすると、忍やなのは、すずかが泣くわけだ。」
「はい。」

なるほど、と頷くユーノ。

「そんなのは嫌だろう?」
「嫌です。」
「そこまで分かったのなら、頼りなさい。私達も傍観しているより、頼られるほうが何倍も嬉しいのよ。」

忍はそういい切ると、さあ、また寝なさい、と、ユーノの体を横たえた。
それだけで、ユーノは意識が闇の中に沈んでいく。
ただ、最後の一言を言う。

「努……力、しま……」

悪癖はそう簡単に直らなかったが、これ以降、確かにユーノは人に頼る事が増えた。





次にユーノが起きたときには、もう、どうやら昼前になっていたらしい。
朝日が昇ってきたときに起きたのだから、まだ随分と寝たらしい。
まあ、体も随分楽になっていたから、まだマシだ。

「あれ?」

周りを見ても、誰もいなかった。
そう、ベッドに突っ伏して寝ているすずか以外に誰もいないのだ。

「お昼ご飯の準備なのかな?」

そう思うと、ユーノは寝ているすずかを起こす事にした。
もうお昼なのだし、顔色も、朝方見たときよりかなり良かった。

「すずか、起きて、すずか。」

呼びかけに応じるかのように、ゆっくりとすずかは眼を開いた。

「あ…ユーノ君…」

半分眼を開いた状態でニコリと笑うすずかに、ユーノは笑いかける。

「もうお昼だよ。」
「ユーノ君…」
「すずか…もしかして寝ぼけてるの?」

これは珍しい、とユーノは思いつつも、何故かこちらに擦り寄ってくるすずかにさて、どうしたものか、と思う。
そして考えている間に抱きしめられた。
まだ弱っている体には少々痛い。

「ちょ、すずか!?」
「ユーノ君…」

そのまま嬉しそうに笑っているすずかに、何故か保護欲が駆り立てられて、ユーノは頭を撫でていた。

「わあい。」

喜んでいるのかなんなのか、ユーノにもよく分からなかったりする。
寝ぼけているすずかに対する情報は何一つ無いのだから仕方が無い。

「すずか、起きてる?」
「私、寝てるよ〜?」

謎だった。

「すずかお嬢様、それくらいにしておいてください。」

ビシッ、といつの間に現れたのかノエルがすずかに軽いチョップを首にお見舞いした。
少しだけ呻き声を上げた後に、すずかは眼を見開いた。

「ユ、ユーノ君?」
「うん。」

そのまま苦笑するユーノを尻目に、すずかは顔を真っ赤にして、ずざざ〜、と後退した。
そしてそのままベッドから落ちたすずかをユーノは首を傾げてみていた。

「さあ、お二人とも、お昼ご飯ができました。 特にユーノ様は食事を取るのは随分と久しぶりですので、ゆっくりお食べください。」
「何から何まで、すいません、ノエルさん。」
「いいえ、いつもすずかお嬢様のわがままを聞いてもらっているのですから、お相子です。」
「ちょっと、ノエル!」

その言い方はないだろう、と抗議するすずかに、ノエルはしかし平然と言う。

「すずかお嬢様、ユーノ様が持ってくる本は貴重な本です。 私達が本来どうあっても見れないものです。」
「そう言う言い方されると、確かに結構すごい我侭聞いてもらっているのかなぁ。」

とは言え、ユーノからしてみれば、それほど凄いわけも無く、言ってみれば、仕事場から面白い本があったら持って帰ってくるだけだ。




食事も食べて、ユーノは朝よりは余程元気な事を実感する。
ただ、思うようにスプーンを握る事ができなくて、すずかに食べさせてもらったのは恥ずかしい限りだったが。
ニヤニヤしている恭也と忍の存在が余計にそれに拍車をかけていたのだが。
ノエルやファリンが何も言い出さないのは少し不思議だった、とユーノは思う。

「ユーノ君、また寝る?」

聞いてくるすずかに、ユーノは首を振る。
まだ疲れがあるはずなのだが、目は冴えていた。

「じゃあ、少し話してもいいかな?」
「うん、そのうち眠くなると思うから。」

ユーノから了承を取ったすずかは、ゆっくりと話し出した。

「私ね、ユーノ君が運び込まれた時、本当に怖かったよ、ユーノ君がいなくなるんじゃないかな、って。」
「ごめんね…心配かけて。」

申し訳なさそうな顔をするユーノに、すずかは首を振る。

「ううん、それはもういいの、でもね、ユーノ君は苦しくないの、寂しくないの?」
「苦しい、寂しい…」

ユーノはその言葉を舌に乗せるように呟くと、そうか、と思う。

「苦しい、かな…寂しいよ、やっぱり。」

13歳である。
まだ、13歳なのに、ずっと一人で暮らしていて、仕事は過酷。
日常生活において、ユーノは酷く寂しいと思わざるをえない。
いくらしっかりしていても、時に酷く寂しさにさいなまれる事もあるだろう。

ただ、これが聞いてきたのが、クロノやなのはだったら、彼はこんな事を言わなかったであろう。
意地でも、大丈夫と言う。
それは、仕事をしている意地であり、男しての意地でもあった。
だが、すずかに対して、そう言うものを、ユーノは持っていなかった。
一番、本音を言える、と言うのが、ユーノにとってのすずかであった。

「ユーノ君、私の事、母さんって言ったんだよ。」
「ええ!?」

事実を伝えるすずかに、さすがにユーノは焦る。
それはさすがにちょっと、と思ってしまったのは、相手が同い年の女の子だからだろう。
その反応に、クスクスと笑うすずかだったが、つい、と真剣な表情になった。

「ねえ。」
「何?」
「なのはちゃん達みたいに頼れないのは仕方が無いけど、もっと、ここに来て、休んでくれていいんだよ。」
「…でも、僕は仕事をしないといけないんだ。 それがなのは、はやて、フェイト、クロノ、それにヴォルケンリッターの皆、僕が大切にしたい人達にできる、唯一の事だから。」
「でもね、私はユーノ君に自分を大事にしてもらいたいよ。」

すずかがそう言うと、プツン、と会話が途切れた。

「すずか…ここは、僕が安らげる場所だよ?」
「…うん。」
「僕は、ここの皆を家族だと思っているから、一月の間に絶対来るようにしてる。」

それはユーノの偽らざる本音だった。
ここは、月村家は温かい。
ノエルやファリン、忍、時には恭也も。
すずかだけでなく、皆、快く迎えてくれるから、本当に嬉しい、とユーノは笑う。

「寂しくなっても、僕はみんなの事を…月村家の皆だけでなく、なのは達も、ね、思い出して、また頑張れる。」
「ユーノ君…でも、ね。」

囁くようにすずかの口から放たれた言葉に、ユーノは視線をすずかの眼を合わせた。

「私は、もっとユーノ君と一緒にいたいな。」

言われた言葉に、ユーノはユーノは苦笑する。
ただ、すずかの顔が赤い事が気にかかったが。

「すずか、僕もそう思ってる。もっと、皆と一緒にいたいよ。」
「…そうじゃなくて。」
「?」
「私は、ユーノ君と二人っきりで一緒にいたい。」

ゆっくりと噛み砕くような物言いに、ユーノはそれがどう言う事か、ハタッ、と気づき、顔を赤くした。

「え、とそれって…」
「ユーノ君。」

ユーノの言葉を遮るようにして、すずかは、言葉をかわす。
そのすずかの真剣な表情に、ユーノも体を起き上がらせて、真っ直ぐに見つめた。

「私はユーノ君が好き、だから、恋人になって。」

震えるように放たれた言葉は、ユーノの頭を沸騰させる。
同時に、冷水をかぶせられたような冷たさも感じた。
更には、胸の中の何かが悲鳴をあげるのも。
ユーノは、それら全てを飲み込んで、思考を始める。
すずかの事をどう思っているのか、と考えて、ユーノはひたらすら思考を回す。

すずかの事は、好きだ、と思った。
それは、なのはとも違った好きだったし、はやてやフェイトとも違う好き。
やっぱり、自分はすずかが好きなんだ、とユーノは理解した。

後になって思えば、この時に、なのはとすずか、更には、はやてとフェイトに感じている好き、と言う感情をもう少しジックリ考えてみるべきだった、とユーノは語る。
そうすれば、きっと、すずかをあそこまで傷つける事もなかったのに、と。

「う…ん、僕も、すずかの事が…好き…だな。 だから、よろしく。」

たどたどしく、真っ赤になって言い募るユーノに、すずかは驚いたように眼を丸くしてから、

「…うん!」
「わっ!」

満面の笑みを浮かべて、跳ねるようにして、すずかはユーノに抱きついた。
それには最早真っ赤になって呆然とするしか出来ないユーノであった。

「お、お、 ユーノ君、手が早いわよ。」
「おめでとうございます、すずかお嬢様!」

バタン、と扉を開けて突然入ってくる忍とファリンに、ユーノとすずかは更に顔を赤くする。

「み、み…」
「ええ、もうバッチリと最初から最後まで見させてもらったわよ。」
「悪趣味ですまんな。」

忍の後ろから淡々と歩いてくる恭也。

「…も〜!」

思わずすずかが真っ赤になって怒鳴っても、仕方が無い事だったのだろう。
余談ではあるが、これから一年間からかい続けられ、ユーノとすずかが妙に達観した精神を手に入れるのだが…まあ、それは関係ないことだろう。




ユーノが倒れて6日後。
月村家の皆に見送られて、ユーノは仕事場に戻ってきた。

「さあ、溜まった分を片付けないと。」

寂しい心もそれなりに払拭。
彼女も出来て、リフレッシュ、と思わず赤くなる事を考えてしまった。
別れ際にほっぺたにキスをされたので、その影響もあったのだろう。

そして、そんな気分で無限書庫に入ったユーノが見たのは――

「え、えええ!?」

クロノがプカプカと漂っている無限書庫…

「あ、ユーノ君、お帰り。」
「は、はやて、一体これは…?」
「いやな、ユーノ君が倒れたって聞いて、私らも普段お世話になっているお返しに協力しよう、言うて、なのはちゃんやフェイトちゃんと交代で手伝ってたんやけど…」

よう、こんなんずっとやってられるなユーノ君、と言うはやての顔も、クロノを見て引き攣っていた。

「で、ずっと頑張っとったクロノ君が睡眠し始めて、あの姿っつうわけや。」
「いや、せめて仮眠室に…」
「クロノ君、触ったら起きてまた仕事やりだすんや、だからあのまま放置しとこか、ってことになってもうてな。」

…う〜ん、と、考えているはやてに、ユーノは色々皆に迷惑かけた、と深々と嘆息した。

「はやて、なのはやフェイトもだけど、ありがとう。」
「そう言うんやったらユーノ君、今度は倒れる前に――」
「皆を頼るよ。」

ニコリとそう言うユーノに、はやては一瞬眼を見開いてから、穏やかに笑った。

「分かってるやない。」
「はやて、仕事のリスト、貸して。」
「もう、仕事始めるんか、もう少し休んでも…」
「ううん、皆に助けてもらったんだ、今度は僕が――」

ブウン、と音をたてて広がる魔法の波動、その緻密な構成に、はやては驚きを覚える。
そして、無限書庫に広がっていったその魔法は、宙に散乱していた本から、本棚に納まっていた本から、次々と本を選び出し、ゆっくりとユーノの元に集めてくる。

「お返ししなきゃね。」

一つの仕事に必要な資料を瞬く間に集めたユーノの手際に、はやては感心するやら呆れるやら。

「私らがどんだけ苦労したと思うとるんや。」
「皆がある程度探しておいてくれたから、随分早かったよ。」

笑うユーノの顔が、何だかいつもよりさっぱりしているような気がした。
それを少々疑問に思ったが、はやては何も言わなかった。
ただ、ユーノが少し大人びた気がした。

「そんじゃ、私は家に戻るわ。もう少ししたら、なのはちゃんが――」
「ユーノ君!」
「――来たみたいやな。」

慌てて飛んで来るなのはは、そのままユーノに向かって無重力空間を疾駆してくる。
その勢いに苦笑しながら、ユーノは飛んで来るなのはを受け止める。

「なのは、心配させてごめんね。」
「本当だよ、もう、倒れたって聞いて、やっぱりあの時無理にでも残ってれば良かったって思った!」

プンプンと怒るなのはに、ユーノは苦笑するしかない。

「そうやっとると、恋人に怒られとる彼氏みたいやな。」

ニシシ、と笑うはやてに言われた言葉に、ユーノは内心考える。
いや、僕は、すずかの――

ギシッ

何かが金切り声の悲鳴を上げて、軋んだ。
まるで、何かが、大事な何かが訴えてきたように、それは胸の痛みへと変わった。
思わず抑えた胸元の手を、なのはとはやては不思議そうに、そして心配そうに見た。

「大丈夫、ユーノ君、やっぱりまだ調子悪いんじゃ…?」
「え、あ、いや、大丈夫だ、よ。」

自身でも不思議に思いながら、ユーノはしかし、そのまま流した。
こうして、ユーノは新しい気持ちで書庫を片付けに入る。



「ユーノ君!」
「久しぶり、すずか。」

一年、と言う期間は、長そうで短い。
特に、ユーノが会える時が少ないのがひたすら問題だったのは仕方が無い。
ユーノは多忙であり、休みを取るのにもそれなりに頑張らなければならないのだから。
だけど、ユーノは積極的に頑張りすぎた状態になる事は避けていた。
そんな状態で会いに行っても、心配させるだけだと分かっていたから。
それでも、すずかもユーノも幸せだった。
お互いにお互いを好きだとそう思っていたし、ある意味でそれは事実だったのだから。
また、二人で会っても、特に変わったこともなかった。
同じように、本を読んで、皆で楽しんで。
ただ、会話の端々に、色々と惚気が混じっているような気はしたが。

「恋人らしくない恋人よね、二人とも。」

お姉ちゃん達がいちゃいちゃしすぎなんだよ、とすずかに言われて、忍が恭也に抱きついて、そんな事ないもんと言う事もあった。
ただ、ユーノの帰り際に、すずかが積極的にユーノに言わなければ、きっとキスをする事もなかった。
それくらい、ユーノは特にすずかに一次的接触を望んでいなかった。
望む、望まない、ではなく、特に必要ない、と思っていたのかもしれない。
今が、幸福だから、自分はそう言う事を思ってないと――自分の中に、尤もらしい嘘まで用意して。

一年、と言う期間の中で、すずかはユーノと付き合っている、と言う事実を月村家の面々以外に言う事はなかった。
ユーノもその手の事を特に誰に言う事も無かった。
二人とも、何故言わなかったのか、これはもう単純に、言う機会がなかった、と言うだけの話なのだろう。
二人で一緒にいれる時ですらあまりない、と言うのに、それを友達に意識して言う事はなかったのだ。

ただ、すずかは、なのはに申し訳ないような気がしていたのも、一つの事実だった。

何はともあれ、色んな気持ちがあっても、このまま行けば、二人とも幸せに、恋人同士のままでいれたかもしれない。
お互いがお互いに、深い所まで分かるようになっていなければ――そのうち、ユーノは自分の気持ちを完全にすずかに向けれたかもしれない。
そうなればきっと、すずかも、そのことに気づかなかっただろう。
そう――ユーノが自分の事を『好き』ではない、と言う事に。




丁度、一年が経つ一月程前だったろうか。
その日、すずかはのんびりと翠屋への道を歩いていた。

お茶菓子として、ケーキを持って、はやての家へと行くのだ。
夏の照りつける日差しの中で、すずかは足早に翠屋へと向かう。

「あ…」

窓から翠屋の中がたまたま見えた。
そこにはなのはとフェイトと――

「ユーノ君。」

座っているユーノがいた。
恐縮したように座っているユーノは、きっと居心地が悪いんだろうな、とすずかは思いながら、クスクスと笑いながら、入って一緒にちょっとお喋りしようかな、と思った。
いい機会だから、なのはちゃんやフェイトちゃんに言ってしまおうか、とも思った。
ただ、それらを全て吹き飛ばしたのは――なのはと話すユーノの表情だった。
深く深く、お互いの事を理解する余り、ユーノの表情を見た瞬間、すずかは分かってしまった。
自分に向ける顔よりも、なのはに向ける顔の方が、愛おしい感情に溢れていることに。

「あ…いや…だ…」

気づけば、すずかは走っていた。
わけも分からずに走り続けて、いつのまにか――はやての家に前に立っていた。

「すずかちゃん?」

はやてが玄関先に立っていた。
ちょっと来るのが遅かったら、心配していたのだろう。

「はやて…ちゃん。」
「すずかちゃん、どうしたんや、すずかちゃん!」

うなだれるように、はやてに抱きつくすずか。
そんな弱々しいすずかの姿を初めて見たはやては、何度も呼びかけた。
だけど、それにすずかが反応する事はなくて、ただ、泣き続けるだけだった。



「そうか、あん時、すずかちゃんが泣いとったのは…」
「うん、そう言うことだったんだ。」



丁度、一年だった。
恋人になってから一年。

「ユーノ君。」
「…すずか、どうしたの?」

二人でのんびりと過ごしていた、時間。
すずかの大好きな時間は、今、この時に崩れ去る。

「もう、駄目なんだ。」
「…何が?」

真剣な顔をしているすずかに、ユーノは思いつく限りの事を考えるが、特に思いつく事はない。
すずかは一度眼を閉じてから、ゆったりと眼を開いて言った。

「ユーノ君と……恋人同士でいられない。」

――ギシリ、とユーノの心が軋んだ。
どうしてだろう、ユーノは、何故かその言葉が言われるのが分かっていた気がした。
だからと言って、彼にはどうしてそのような事になったのか分からなかった。

「どうしてさ?」
「ユーノ君も気づいてない事に…決定的なことに、気づいちゃったから。」

淡々と話しているすずかの顔を見ながら、泣きそうだ、とユーノは思う。
今にも涙を流しそうなすずかの感情が手に取るように分かった。

「何に?」

それでも、ユーノは言葉を重ねる。
そうする以外、何ができると言うのだ。

「…ユーノ君は、なのはちゃんの事が『好き』?」
「好きだけど、それは…!」
「友達同士の好き、それとも、幼馴染の好き!?」

激情に負けたように叫びだすすずかに、ユーノは口をつぐんだ。
その間にも、すずかは加速するように言葉を吐き出す。

「違う、私には――ユーノ君をずっと見てきた私には分かった、ユーノ君は、なのはちゃんを恋人にしたい『好き』を持ってるって!」

まるでその言葉は炎のように、ユーノの心を蹂躙していく。
ユーノ自身が、まるで理解していなかったその部分をすずかを的確に突き刺した。

「僕が…なのはの事を…好き?」
「そうだよ…何で分かっちゃったんだろう…分からなければ、ずっとユーノ君と恋人でいれたのに…」

ずっと見ていたから、分かってしまった。
そう考えると、何て皮肉な事か。

「だから、もう、私は、ユーノ君と…恋人でいれない…」

とうとう、涙を流し始めたすずかに、ユーノは手を伸ばそうとして、ゆっくりとその意思を消した。
分かってしまったから、すずかに言われて、初めて気がついてしまった。

自身ユーノが、なのはを好きだと言う事に。

そうして、気づいてみると、そうなんだ、とスルリと心の中に入ってきた。
それは、もう、すずかとの時間が終った事の証だったのだろうか。
ただ、それでも、少しだけ、すずかに対しての『好き』の中に、恋人に対しての『好き』があった。

「何で…こうなっちゃうんだろうね…」
「ごめん、すずか、皆…僕が悪いんだ…どうして、僕は…!」

ユーノはかみ締めるように、一言一言口にした。
本当に、どうして今まで気づかったのか、ユーノはそれを悔やむしかない。
まるで、今までそれを隠していたものが払われたかのように、ユーノはしっかりと理解してしまっていた。
すずかの『好き』は、ほんの少しの恋人の『好き』が混じった、家族に対しての『好き』であり、なのはに持っていたのは、ほとんどが、恋人に対しての『好き』だったと言う事に。

「ユーノ君。」
「何、すずか…!?」

俯いてた顔を上げた瞬間に、ユーノはすずかと唇が合わさっている事に気づいた。
そのまま、二人は静止して、少しして、離れた。

「これで、ユーノ君との恋人の時間は…終わり。」

これからは、家族で、親友の時間、と呟くすずかの顔は、涙を流し続けていた。
ユーノには、それを止める術はない。
だから、無言で立ち上がり…

「すずか。」

部屋を出るドアを開ける直前に、ユーノは、自身も震えているのに気づきながら、それでも、と言葉を紡いだ。

「今まで、楽しかった。」
「…心の整理がついたら…連絡するから、また一緒に、話そうね。」

あまりにも悲しいその声に、ユーノは自身の眼からも涙が零れ落ちるのを感じていた。

「分かった!」

叫ぶように言うと、ユーノは、すぐさまドアを開けて、走り出した。
とび出したユーノは、すずかの家の庭まで来ると、がっくりと膝をついた。

「ぐ、うううああああ――」

かみ締めるように泣き出したユーノを、恭也は静かに見守る。
忍は、自分の妹が部屋で突っ伏して泣いているのを、見守る。
全部聞いていたから、それは、兄と姉の、最低限の役目だと、そう思った。






時は、それでも進んでいく。
それから、ユーノはなのはとの事を考えるようになる。
同時に、すずかとの事も、色々と思い出していた。
まるでぬるま湯につかっていたかのような温かい思い出に、ただ、ユーノは自身の不甲斐無さを見る。
半年、経った頃だった。
携帯に、すずかからメールが来た。
来た時点で、ユーノは全力を尽くして取っておいた休暇を消費する事を決意していた。
こればかりは、どうしてもしておかなければならかったから。

「ユーノ君。」
「すずか…久しぶり。」

久しぶりに会った二人の間にあった雰囲気は、恋人同士になる前のそれと同じで。
二人とも内心、心の中でホッとした。
でも、それは時間が巻き戻ったわけではない。
二人の中にも、色々と気持ちが芽吹いている。
それでも、変わらず語り合えて楽しい時間が持てたのは、とても嬉しい事だった。

「なのはちゃんに、何も言わないの?」

別れてから一年経った頃、つまり、ユーノがなのはに告白する一月と少し前。
わだかまりがほとんどなくなった二人の会話で、すずかは突然そんな事を言い出した。
目の前の彼女がそんな事を言い出すとは思っていなかった、とユーノは眼を丸くする。
色々と考えて、一年経った結果、ユーノはなのはの事を確かに好きで、日に日にその好きが増大するのを感じていた。
でも、それを口に出す勇気があるかと言えば、鬱屈している、と言うのが正解だろうか。

「ユーノ君、言わなきゃ、私も進めないから。」

卑怯だな、とすずかは思った。
それでも、ユーノのためになるから、とその言葉を言うのに、躊躇はなかった。
ユーノはその言葉に、火が点いたのを感じた。
その火は、日に日に少しずつ大きくなりご存知の通り、なのはに告白するに至ったわけだ。



「そうして、僕はすずかと親友を続けている、と言うわけなんだ。」

途中から俯いたまま無言になったなのはをどうしたものか、と思いながらも、ユーノは全て語りつくした。
それでも、なのはは動かない。
本当に、どうしようか、と思いながら、ユーノはなのはの顔を覗き込もうとする――と。

「てい!」

いきなり顔を上げたなのはは、ユーノの首元に手を伸ばすと、イージスをむしり取った。

<<あっ!>>

悲鳴を上げる間もあればこそだった。
そして、なのははレイジングハートも同じ手に乗せて、そのまま飲み干して置いてあったコップに、二つの宝石を入れた。

<<マスター!?>>

レイジングハートが叫び声をあげる中、なのはは冷静に、コップに蓋をして、防音結界で包み込み。
その手際に早さに、ユーノも見事、と言うしかなかった。

「ユーノ君!」

なのはがいきなり呼ぶので、ユーノはコップに向けていた視線を慌ててなのはに向けて――
跳びこんで来たなのはに、そのまま椅子から叩き落されて、床に寝転ぶ羽目になった。
上にはなのはが当然ながら乗っている。

「なのは…!?」

ユーノがなのはに顔を向ければ、いきなり口を塞がれた。
お互いの口と口を合わせることで。
暫くそのままジッとしていると、なのはは口を離した。

「私ね、今、すっごく怒ってる!」

その感情の荒れ狂いを感じながらも、ユーノは下からじっとなのはを見つめる。
受け止める覚悟もあればこそ、こんな会話をしたのだから。

「でもね、すずかちゃんや、ユーノ君にじゃない、私自身に!」
「なのは?」

その言葉に、ユーノは困惑する。
別に、なのはに何があるわけでもないからだ。

「ユーノ君がそんなに寂しかったのにも気づかなかった、ユーノ君がすずかちゃんと付き合っているのも気づかなかった!」
「なのは、それは!」
「なかでもね、ユーノ君にそんな心中をちっとも言ってもらえない自分に腹がたって、悔しい!」

ユーノは自身の弱い所をなのはには一つも言っていない。
それもまた、仕方がないのかもしれないが、すずかに全部話しているのに、自分には何も言っていないのだ、それは悔しいだろう。

「だから、ね。」

するり、となのはは自身の髪の毛から、リボンを外した。
バサリ、と広がる髪の毛に気を取られて、ユーノはそちらを見つめる。

「私は、ユーノ君に、好かれ続ける自分でいたい。」

努力し続ける事を誓うなのはの顔を、とても晴れ晴れとしていて。
思わずユーノはその顔に見惚れてしまった。
そのままこちらに向かって倒れてくるなのはをそのままユーノは受け止めた。
抱きしめあった二人は、おもむろに、唇を合わせて――

その後の司書長室には、衣擦れの音が聞こえていた。




「これで、終わりかな。」

と、一息ついて笑うすずかに、アリサたちは何も言う事が出来ない。
すずかは、すっきりした、と言う顔をしているから、どこか自分達は逆やないか、とはやては思わないでもなかったが。
でもまあ、話を聞く限り、すずかの中では決着がついていたらしい、とはやては思う。
丁度いい話し相手にもなったかもしれない、と思う事にした。

「うん、私の中でも、やっと本当の意味で決着をつけれた気がする。」

話して良かった、と笑うすずかの笑顔は、本当に晴れ晴れとしていた。
アリサとフェイトとはやても吊られたように笑いだす。
4人で笑って、それから、すずかは徐に言う。

「私もこれでやっと先に進めるよ。」
「お、それはつまり。」
「新しい恋って事だね。」

はやてとフェイトそう言うと、すずかは頷いた。
アリサだけはどこかジト目ですずかを見ていた。
長年の経験と言うのだろうか、アリサは、何となくすずかが言っている『先』を理解してしまった。



「これで、心おきなく、もう一度ユーノ君にアタックできるよ。」



「え、あれ?」

思わずはやてが洩らした言葉が、フェイトとはやての内心の全てである。
アノ、サキホド、ナニモシヨウトハオモッテイナイッテイッテナカッタ?
困惑するはやてとフェイトを尻目に、アリサは苦笑しながら言った。

「まあ、すずかならそう言うわよね…負けず嫌い。」
「ううん、ユーノ君より好きな人が出来たらやめるけど、でも今の所、ユーノ君以上に好きな人いないし、それにね――」

くすり、と笑ったすずかの顔は、何故かゾクゾクした。
はやてとフェイトとアリサが戦慄を覚えたのは、何故だろうか。

「ユーノ君の心が少しでもなのはちゃんから離れたら、私は盗れちゃうから。」

それは、確信を持っていると取れる言葉に、フェイトとはやては絶句。
そのまるで獲物を狙う狩人の眼にも力がありすぎた。
アリサは――

「ああ…ユーノのどこがそんなにいいのか私には分からないわ。」

不用意にもそんな事を言ってしまったので、

「え、っとね。」

始まってしまったお惚気話に飲み込まれる羽目になってしまった。
それは、もう、なのはを越えるような長さでつらつらと機関砲のように話し続けるすずかに、アリサはグッタリとしてしまった。

「…なあ、フェイトちゃん。」
「何、はやて?」
「フェイトちゃんは、ユーノ君が好きとかないやんな。」
「…はやては?」
「大丈夫や。」
「私も大丈夫。」

逆に好きならそれでそれで楽しかったかもな、とか思わないでもなかったが、これ以上の激突はもうやめてだ。
それでも、とはやてとフェイトは嘆息しながらも、笑った。
まあ、ユーノなら、いいところに落ち着かせてくれるだろう、と変な期待だけはあったから。
だから、安心して、過ごそうと思う。
のんびりとすずかの惚気を聞いてあげよう、とはやてとフェイトは優しい気持ちになった。

「すずか、もういいから、分かったから!」

夜に響き渡る、アリサの悲鳴かな。

ー終わりー

変なオチつけて終了。
と言うわけで、こんな結果でした。
長いなぁ…
次回からは、さて、ネタがなくなった…(汗)



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