テテテテテテテテ… そんな音が聞こえてきそうな感じで、幼い娘は走っていた。
「あ〜、ユーノパパがもう、お仕事始めてます!」 自身の本体の中に設定された時刻を参照して、娘はそう叫ぶ。
「桃子お婆ちゃんもなのはママも時間だって言ってるのに!」 そう言っても結局、ケーキの呪縛から逃れられなかった自身も情けない、とイージスは少し俯く。
「…うう」 ちょっとばかり泣きたい気分になった。
「お手伝い!」 もうすぐ無限書庫、と言う角にイージスが到着した時。 「はう!」 誰かにぶつかって、コロコロと後ろに転がってしまった。
「あ〜!」 思わず手を伸ばして拾おうとするが、起き上がろうとしたときにスカートの裾を踏んづけてまた転んでしまった。
「ま、待って!」 イージスがそう声をあげると、ヒョイ、と彼女の頭を飛び越えて、誰かが走っていき、あっさりと彼女の本体を捕まえてくれた。
「大丈夫?」
ぶつかった人とは又違う人だった。
「よ、悪かったな、ぶつかっちまって。」
少しバツが悪そうにしているハルスと呼ばれた青年は、頭をかく。
「しかし、いくら管理局が子供でも雇うとは言っても、随分小さい嬢ちゃんだな?」
本体を受け取ってありがとうございます、と礼を言って、イージスは照れて笑う。 「う…」 女性の方がそんなイージスを見て、何故か目を逸らした。
「…しかし、嬢ちゃんは…どこかで見たことあるような顔しているな?」
ムニュムニュと頬を動かすイージスを、ハルスは面白そうに見ている。 「なあ、ルナ、見覚えないか、この嬢ちゃん?」
不思議そう見てくる二人の視線にイージスは、照れてしまう。 「あれ、でも、本局のこんな端っこでどうしたんですか? この先は――」
そう言うと、ハルスとルナは青褪めたようだった。 「じょ、嬢ちゃんが無限書庫勤務!?」
その反応に、イージスは思わず苦笑してしまう。
「ち、ちなみに役職はなんだ、お茶くみとかか?」
役職と考えた場合、自身の場合、何になるのだろう、とイージスは考えた。
「無限書庫司書長補佐です。」
それを聞いた二人は、正に驚愕した、と言った感じだった。
「ユーノの奴、忙しさの余り、そこまで落ちやがったのか…」
え、あれ、とイージスは首をかしげる。
「兄貴として、正しき道に戻してやらなきゃな。」
ハルスとルナの言動にイージスは敬愛するユーノの危機を感じ取る。
「ま、待ってください、ユーノパパは何にも悪くありません。」
ハルスとルナは更に驚いた、と言う感じの顔に、変わる。
「なあ、ルナ…」
ハハハ、フフフ、と笑う二人は、何だか恐ろしくて。
この時、ハルスとルナの脳裏に、隠れて子供を産ませました、と言う図式が思い浮かんでいた。
「あいつ…隠し子を労働力として確保するとはな…」
ハルスに呼びかけに応えて、その手に槍斧が現れる。
「もう、大丈夫だよ。」
廊下にイージスの叫び声が響き渡ったそうな。
「いやあ、ユーノ、その、マジで、悪かった。」
しかし、仕事を始めていきなり兄が怒鳴り込んできたかと思えば、折檻だ、言って、問答無用で襲い掛かられた。
「…とは言え、兄さんも姉さんも見事に僕を信用してない事が分かった。」
子供の前で何言ってんだテメェとばかりにハルスを睨みつけるユーノだった。
「…そう言えば、何で今日はこっちに来たの?」
そう言うと、ハルスは持ってきた棺のような長方形の木箱――と言っても、長さ30cmほどだが――を取り出した。 「これは?」
ユーノはそう言いながら、素早く手袋をつけると、木箱を開ける。 「…何故だろう、見た瞬間に嫌な予感が脳裏からあふれ出てきたよ。」
木箱に入っていたのは、二頭身ほどの人形…だろうか。
「…ふあああ。」 欠伸をしながらゆっくりと起き上がった。 「お、起き上がりましたよ、ユーノパパ、ハルスおじさん!」
悲しそうに言うハルスだったが、イージスに届いたかは怪しい。
「う〜ん、よい目覚めディスね!」 グッ、とサムズアップするそれにユーノ達は思わず固まった。
「オオオ、やっぱりユーノさんディス!」
何人も…?
「おっと、自己紹介がまだディしたね、オディはブレイドと言いますディス!」
非常に白けた空気が流れて、ブレイドは少し怒ってみる。 「何ディスか、その態度、全く、どこのユーノさんも淡白か激しい突っ込みかの二択ディスね!」
三人…思わず、ハルスとユーノとルナは顔を見合わせた。
「どうしてユーノパパが3人もいるんですか?」
平行世界、と聞いて、さすがにユーノ達は驚愕の顔をする。
「平行世界のユーノパパですか? どんな人たちなんですか?」
ブレイドがそう言った瞬間、ハルスからニヤニヤとした笑いがユーノに送られた。
「ルナお姉さん、どうしたんですか?」
少し複雑そうな顔をするルナに首を傾げるイージスだった。 「何でルナは普通にお姉さんで、俺はおじさんなんだろう…」
閑話休題。 「この世界のユーノさんはどうなんディス?」
今更のようにブレイドはイージスに話しかける。
「私はユーノパパのデバイス、イージスです。」
さすがにこのケースは初めてディスね、とブレイドは感慨深げに頷く。 「なら初めての出会いにオディがイージスちゃんにプレゼントディスね!」 何を、と見ている大人達を置いておいて、イージスは喜んでいる。 「パッパッパ〜ン、年齢詐称○○薬〜」 非常に怪しそうな名前の薬に、ユーノとハルスは無言で薬を取りあげた。 「ああ、何をするディスか!?」
そう言う二人を無視するかのように、ブレイドは素早く薬を取り返すと、イージスの口に放り込む。
「うわぁ…」 感嘆したように言うと、イージスは実体がまるで解ける様に消えていく。
「うわぁ…視界が高くなりました。」
どうやら、ブレイドが飲ませたのは、年を取った姿に変える薬だったらしい。
「ユーノパパ〜」 身長が伸びたので、簡単に抱きつけるようになったので、イージスは思いっきりユーノを抱きしめる。
「ユーノパパ、私は綺麗になりました?」
詰まりながら言うユーノであったが、その言葉は本心からだ。 「へえ、いい仕事してんじゃねえか。」
二人のダブルパンチをくらい、無重力の無限書庫を駆け回るブレイドだった。
この子が本当にこの年くらいになる頃には、一体どうなっているのだろうか、と。
「おら、そんな顔してんなよ。」
確かに、これだけでも、ブレイドに感謝できる。 「ふふん、たまにはオディもオチをつけずに世界からおさらばできそうディスね。」
綺麗にサムズアップしてなんともおかしなことを言うブレイド。
「あ、ブレイドさん、どうもありがとうございます。」
まだ大人なイージスに、ブレイドは答える。
「オディの旅立ちの時!」 それでは、と手を振るブレイドをイージスは持ち上げて抱きしめる。 「へ?」 オディ、こんないい思いしていいディスか、と何となくブレイドは思う。 「ありがとうございました。」
イージスの満面の笑顔に見送られ、ブレイドは穴へと手を振りながら入っていく。 「それでは、次の世界がオディを呼んでますから! ノシ」 そう言って、あっさりと消えたブレイドに、大人3人は溜息を吐く。 「まあ、見事に引っかきまわしてくれたね。」
ユーノ、ハルス、ルナは溜息を吐いているが、イージスはまだ大人の格好でなんだか楽しそうだった。 「リインさんに会ってきます!」 そう言って、駆けて行くイージスを見送って、ユーノは苦笑する。
「ねえ、兄さん、イージスが本当にあの格好になる頃になったら、彼氏とかいるのかな?」
兄と姉の呆れた声に、ユーノは少しだけ黒い笑みを返す。 「生半可な男には、イージスはやらない!」 宣言するユーノに、無限書庫全体が呼応した。
「お前ね…」
こうして、男親の悪しき伝統は受け継がれていくのだろう。 しかし、この宣言は、イージスが彼氏にした男に対して、ユーノが文句を言う事はなかった、と言う事によって、結局言われることがなかった。
「あ、なのはママ〜!」 駆けて行く途中でイージスはなのはを発見して声を高らかに呼ぶ。
「イ、イージス…なの、かな?」
なのはよりも少しだけ高い身長に、なのはよりも良いと思われるスタイル… (…私、負けてるよ!?) 大きくなった云々よりもそこが気にかかる。
「大体23歳くらい…みたいです。」
今のなのはよりもかなり年上…まだそれだけが救いなのであった。 「あ、リインフォースさん!」
目的の人物であったリインフォースを見つけたのか、突然イージスが手を振り出した。
「イ、イージスちゃんがナイスバディの美女になってます!」
正に美女と言うに相応しいのだが、雰囲気は綺麗よりも可愛い、と言うのが良く似合う。
「むむむ〜…先輩としてはこれはいけません、はやてちゃんに言って、私も大人にしてもらいます〜!」 駄々っ子のようにそんな事を叫ぶリインだったが、かなり本気のようだ。
「あ、なのはママ!」
その一言に目をパチパチと瞬かせると、なのはは苦笑してから、笑みを浮かべた。 「イージスは、私の自慢の娘だよ。どこに出しても恥ずかしくない、ね。」
不満そうな声をあげるイージスに、なのはは笑い出す。
ー終りー 何でもない話で終焉になってしまいすいません。
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