くすんだ空を見上げて、アリサは肩をすくめた。
灰色の雲は、何とも際どい天気に思える。
いまにも雨が降り出しそうにも見えるのだが、降らないような気もしてくる。
全く、何とも中途半端な天気だな、と思う。
そして――

『ごめん、アリサちゃん!』
「仕方がないでしょ、レポート追加なんだから。」

今日は一緒に遊べるはずだったすずかがリタイアしてしまった。
携帯電話を切って、さて、どうしたものか、とアリサは頭をかく。

20歳になったアリサは、何とも活発な印象を残したまま、大人になっていた。
その雰囲気には落ち着いた雰囲気と、活発そうな雰囲気が同時に感じられる事だろう。
まあ、アリサはアリサでしかないので、最後は動き出すだろうが。

「…どうしよ?」

午後からの予定が丸々空いてしまった、とアリサは首を捻る。
正直、やることがない、と思うのも珍しい。
最近はレポートの提出などで忙しくしていたから余計にだ。

「…なのは達はいないしなぁ。」

管理局で毎日を忙しく過ごしている親友達は、今も無事にやっているだろうか。
何とも不安な気分になって、アリサは海岸線をゆったりと歩く。
何気なしの行動だったが、不穏な空とあいまって、無駄に雰囲気が出ていた。
季節にしても、既に秋で、肌寒くなってきた頃だ。
海にいる奇特な人間など、まずいまい――と、思っていたのだが。

「あら…」

海に向かって、ボケッ、と突っ立っている人影を見つけた。
その人物は、長々と海を見ていたかと思うと、ゆっくりと座り込んだ。
何とも哀愁漂うその背中に、アリサは複雑な目を向ける。
人生の落伍者とか、そんな事を思っていたわけではないが、何とも言えない雰囲気の人物だ。
この雰囲気とあいまって、それが余計に助長されている。

ジッと目を凝らしてみると、背中に長い髪の毛が見えた。
自身と同じようなその髪の色に、珍しい、と思う。
そして、その人物は徐に懐を探り始めた。
少しすると、煙が見えたので、どうも煙草を吸っているらしい。
正直、アリサはどうして煙草なんて吸うのか理解できない。
百害あって一利なし、とはよく言ったもの。
仲間内にも誰も吸う人はいないのはその辺りがよくわかっているから――

『脳細胞が死んで頭が――』

一度好奇心で吸ってみようと思った時には色々と説明と説教をくれてくれた奴を思い出し、アリサは顔を引き攣らせる。
奴の事を考えているからだろうか、アリサは目に写っている男が奴に――奴に?

「ユーノ!?」



リリカルなのは 「枯れた男と燃える女」




「ん?」

ボケッと座って煙草を吸っているのは、今思った奴だ。
しかも、説教していた本人が吸っているとはこれいかに。
アリサが怒った顔で近づくが、ユーノは平然と煙草を吸っていた。
まあ、煙がアリサの方にいかないように、風向きを調べたりしていたが。

「あんた、こんな所で何やってるのよ?」
「…休暇で、暇だったし、たまにはボーッしてみようかな、と。」

煙草を携帯灰皿にのんびりと突っ込みながら、ユーノはのほほんとそんな事を言う。

「どういった風の吹き回しよ、そんなもん吸って。」
「ん…吸うだけなら、8歳から吸ってるよ?」
「余計、駄目でしょうが!?」

確かに、色んな意味で駄目駄目だね、とユーノは砂浜に倒れこむ。

「アリサは元気だね〜」
「あんたはどこかの爺さんみたいな雰囲気ね。」

思いっきり皮肉っぽく言ってみたのだが、ユーノはこたえた気配がない。

昔は、何事にも面白い反応が返ってきたものだ、と、アリサは思う。
だというのに、いつの頃からか、ユーノから返って来るのはこういったのらりくらりとした応答くらいだ。
昔よりも余計な力が抜けたのか、それとも、すれているのか。

「――8歳から吸っているって何でよ?」

暇だし、と思いながら、アリサはユーノに話しかける。
そういえば、二人きりでこいつと話すのも初めてのような気がした。
大体にして、元の印象がそれほどよくないのだ。
その9歳だったとは言え…裸を見られたわけで…
その事に特別な何かを思っているわけではないが、やはり気持ちいいものではない。

「…ストレス解消かな?」
「あんた、人に駄目、って言っといて、自分はそんな理由で吸っているわけ?」
「立派な理由だと思っているんだけどなぁ…」

嗜好品に、それ以上の意味はないと思うな、とユーノは言う。
それには同意見だが。

「なのは達は知っているの?」
「知らない。 見せたくもない。」

見せたくもない。
そういわれて、アリサは今更のように気づいた。
ユーノの表情がどこか白々しい事に。
いつもいつも、穏やかな笑みを浮かべていたその表情が、今は空虚だ。
何とも言えない雰囲気を持っているのはどうしてだろう。

「あんた…何かあったの?」
「何にもないよ。」

間髪いれずの返答は逆に何もないわけがない、と分からせてくれる。

「何にもないのに、ストレス溜まっているの?」
「…ごめん、ちょっとね。」

本当に、特別な事は何もないのだが。
たまり溜まったストレスを発散しているだけ、とユーノは一人ごちる。

「たまに…」
「え?」
「…何でもない。」

携帯灰皿を片手で弄びながら、ユーノはやはり空虚な表情をしている。
それは、アリサの見る限り、この男の初めての顔であった。
ともすれば、いつも柔和に綻び、女性のような表情を見せていた顔が、今は表情を抜け落ちさせていた。
それが、アリサにしてみれば、とても腹立たしい。

「何よ、あんた。」
「ん?」

どうでもよさそうな返事がいかにも感に触る。
大体にして、この男がこんな態度を取るなど、珍しい所の話ではない。
だとすれば、余程の事があったのだ、と考えるのが普通なのだが。

「………ごめん、今日の僕は、ちょっと馬鹿だ。」

突然、そんな事を言うユーノは、申し訳なさそうな顔をして、突然、謝ってきた。
それにアリサは余計に怪訝な顔となる。
さっきから、感情の変動が著しい、と首を捻るしかない。
どうも情緒不安定と言うか…

「ねえ、ユーノ。」
「何?」
「本当に大丈夫なの? 正直、今日のユーノは、おかしいわよ?」
「……大丈夫、だと、思ってる。」
「何よそれ?」

どこもかしこも不安そうなその返事に、アリサはやっぱり眉を顰める。
皺になったらどうしたものか、と思わず脳裏にそんな心配事がよぎったくらいだ。

「早々、駄目になるわけにはいかないし、慣れてるから、これでも一部門の長だよ?」

いつも通りの笑みを浮かべて、そんな言葉を言ってくるユーノに、やはりアリサは眉をしかめる。
いつも見ている通りの笑顔だ。
なのに、どうして、この顔は、不安を覚えるのだろうか。
まるで、いつも、顔を合わせる前から、取り繕っているようだ。
――もしや本当にそうなのだろうか。
そんな思いがよぎったが、慌ててアリサはそんな考えを振り払う。
もしそうなら、まるで、自分達に会う事を、煩わしく感じているようではないか。

「ねえ。」
「何?」

キョトン、とした顔は、見た目よりも彼を幼く見せる。
とは言え、アリサはおもむろに立ち上がると、有無を言わさぬ口調で言い放った。

「ちょっと付き合いなさい。」




「ゼハ〜、ゼハ〜。」
「何よ、体力ないわね。」

ユーノはそれに反論する舌を持たない。
実際に、自分でも体力がないのは、言われるまでもなく理解しているのだから。
まあ、無限書庫で勤務していて、体力が落ちないわけがないのだ。
筋力は落ちないように出来ても、全身持久力は無理だ。
長時間の運動は体に堪える。
歩く程度ならともかく、走るとすぐに体力がなくなってしまうのだ。

「無重力で一ヶ月も過ごしたら、皆こうなるよ…」
「そう考えると、あんた筋肉自体はちゃんとついてるみたいね。」
「体力はそれに比例してないけどね。」

苦笑するユーノの顔は、自然だと思えた。
もしかしたら、これも仮面なのかもしれないが、それを気にしても仕方がない。
できるだけ楽しく行こうではないか。

「アリサ〜、僕がゲームでアリサに勝てるわけないじゃないか…」
「あら、そう?」

ゲームセンターにて、ユーノは見事にアリサにパーフェクト負けである。
格ゲー、音ゲー、シューティング、全てにおいて完封である。

「…さすがに悔しい。」

ちょっとばかり憎たらしい気分になったので、ユーノは何かないかな、と目線を行き来させる。
しかし、小さなゲームセンターで、あまりこれと言って…

「あ、そうだ。」

一つ、目についたユーノは、それを実行する事にした。

「ん、あいつ、どこに行ったのかしら?」

対戦十人抜きまでした所で、アリサはユーノの姿が消えているのに気づいて、席を立つ。
後ろのギャラリーの一人に、席を渡す。
歩いていくアリサの後ろを、尊敬の眼差しがいくつも追っていたが…アリサが気づく事はなかった。

「ユーノってばどこに行ったのかしら?」

勝手に帰るような奴ではない、と言うことは分かっているので、アリサはユーノの姿を探して闊歩してみる。

「あ、いた、アリサ。」
「あ、あんた、どこに…って…」

声をかけてきたユーノの方を振り返って、アリサは絶句した。
頭の後ろに巨大なぬいぐるみを肩車し、両腕には沢山の小さなキーホルダーやぬいぐるみ。
そして、両腕に提げた袋の中には、プラモデル。

「な、何やってんのよ!?」
「何って…あれ。」

俗に言うUFO○ャッチャーで取ったらしい。
本人曰く、角度計算とアームのパワーさえ分かればお手のものらしい。
確かに、空間把握の得意なユーノならありえないことではない、とアリサは思ったが、同時にいくらなんでも、と言う気にもなった。

「あのねぇ…」
「いやぁ、いくら何でも、アリサもこれは無理だよね。」

ちょっと優越感の見える顔がユーノから出たので、アリサは思わずカチーンとする。
勝負事ではやはり熱くなるアリサであった。

「いいわよ、見てなさい、私の実力を!」




「……くやしい〜!」
「ア、アリサ、分かった、僕が悪かったから。」

恥ずかしそうな顔をして言うユーノを無視して、アリサは筐体を睨みつけている。
正直、やはり無理である。
1個2個のぬいぐるみくらいなら取れるのだが、ユーノみたいに巨大な賞品となってくると難易度が桁違いである。
ユーノとて、取れたのは多少運が絡んでいるのだ。
いくらやっても無理な時は無理である。

「ほら、アリサ、これあげるから。」

ユーノはそう言って肩車していた60cmほどのぬいぐるみをアリサの頭に乗せる。

「ふぶ!」

突然頭の上に載せられたそれに押しつぶされたような声を上げるアリサだったが、その隙にユーノはアリサを連れてゲームセンターを出て行くのだった。
アリサは最後まで不満を声高に叫んでいたが。




「もう、何よ、お金尽きるまで頑張る覚悟だったのに!」
「仕方がないじゃないか、目立ちすぎだよ。」

結局、ユーノからもらった巨大ぬいぐるみを背中に背負いながら、二人はぬいぐるみを沢山持って街を歩いている。
途中で鮫島に連絡を入れたので、もうすぐ取りに来てくれるらしいが。

「ゲームセンターなんて、目だって当たり前じゃない!」

確かに、アリサがゲームセンターに行けば当然目立つ。
腕前もさることながら、その容姿だ。

「仕方がないじゃないか、アリサは綺麗なんだから、変なのに注目されちゃうかもしれないし。」
「え…?」

何故かビックリした顔をするアリサに、ユーノは怪訝な顔をする。

「どうしたの、アリサ?」
「ん、いや、何でもない、わよ。」

何故かガチガチになったアリサに、やっぱり首を捻るユーノだった。

「そ、それよりも、さっきので勝った、とか思ってるんじゃないわよ!」

ビシリ、と指を指して宣言してくるアリサに、やっぱりユーノは苦笑するしかない。

「とりあえず、人に指を指しちゃ駄目だよ?」
「…分かってるわよ。」

しかし、締めるところは締めるユーノであった。
ある意味、こんな調子こそ、この二人らしいのかもしれない。





「それで、少しはストレスも晴れた?」

遊びに遊んだ日の夕焼けを見て、コーヒーを飲みながら、アリサはそう言った。
疲れてグッタリとしながらコーヒーを飲んでいたユーノはそのアリサの言葉に、パチパチと目を瞬かせた。
そして、意味を理解すると、苦笑した。

「とりあえず、煙草を吸いたいと思わない程度には。」
「そ、ならよかったわ。」

言葉はとてもあっさりとしていたが、その響きはとても優しいものだったので、ユーノも今度は微笑んだ。

「あ〜、それよ、その顔。」
「え?」

何、とキョトンとした顔をするユーノに、アリサはホッとしたように話す。

「さっきの笑顔が妙に仮面ぽくてね、今の同じ表情なのに気持ちが感じれたわ。 やっぱり違うわよね。」

音もさせずにコーヒーを飲むアリサにそういわれて、ユーノは思わず考え込みながら、カップを机の上に置いた。
その様子に、やっぱり気づいてなかったみたいね、とアリサは複雑な顔をする。

アリサは、幼馴染に色々と思う事がある。
なのはもフェイトもはやても、人生の目標が小学生も半ばで既に定まっていた。
が、それは、その他の可能性を全て殺したという考え方も出来る。
フェイトやはやては仕方がなかったからかもしれない部分もあるが、なのはは間違いなく全て自身の意思だ。
だが、せめて高校を出てからでも良かったのではないか、と思う事がある。
楽しいのかもしれないが、間違いなく辛い事も多い。
そんな職場だ、彼女らが進んだのは。

そして、目の前のユーノだ。
9歳の時から、無限書庫と呼ばれている場所で、働き始めたと聞いている。
そして、若干13歳にして司書長へと就任。
その事に関して、なのはもフェイトもはやても、凄いね、と本気で感心していた――それだけだった。
なのはやフェイトやはやての視点から見れば、確かにそうなのだろう。
それはただただ凄くて、賞賛されるべき事で、褒めるべき事。
確かに、それはアリサも同意見だが…
ふと、考えた事がある。
もし、ユーノの両親が健在で、同じ事をユーノが言い出したとき、それを認めるだろうか、と。
アリサの中ではノー、と言う答えしかでなかった。
もしかしたらミッドチルダでは違うのかもしれないが、少なくとも地球の感覚ではそうだった。
スクライアの一族の中で指導者になるのとは訳が違うのだ。
既に構築されている家族同然のコミュニティではなく、完全に白紙からの出発。
一から構築する事がどれだけ難しいか、アリサには想像でも難しかった。

一人――勿論、部下やお偉いさんにも知り合いはいるだろうが――一人。
今更になれば、何故、9歳の子供に一人暮らしなどさせて、新しい部署を起こさせるような真似などしたのだろう、と考える。
元あったものを整理しただけ、ならばともかく、完全に死んでいた状態の場所を起こしたのは目の前の彼である。

一体――目の前のこいつは、どれだけ大切な物を犠牲にして、今を生きているのだろうか?

「何?」

気づけば長々と考えていたからか、どうもユーノを見つめていたらしい。
慌てて手を振って、アリサは何でもない、と言う。

「いや、今は感情がちゃんと出てるみたいね、って安心してたのよ。」

内心はもう少し違っているが、これも本当。
それに対して、ユーノはやっぱり苦笑する。

「長い事、愛想笑いばかりしてたら、どうもどれが地か分からなくなっちゃってね。」

どうも心の奥底から笑った記憶が遠いな、とユーノは自嘲する。
家に帰れば待っている人もなく、重役として目上の人とばかり話していれば、そうもなる。

「…ユーノってさ、無限書庫とか辞める気ないの?」

問われユーノは目を瞬かせた。
まさかそんな事を問われるとは思わなかったからだ。

「ふん、考えた事もなかった、って顔してるわね。」

不機嫌そうに言うアリサに、ユーノは慌てて弁解する。

「え、あ、ああ…まあ、自分から志願した事…だしね。」

自分から志願して、無限書庫へと入って、その後の業務でいつのまにか自身TOPにして、時を刻み始めた。
歴史、発掘、知識…魅力は沢山あったけれど、役に立てなくなった自身が役に立てる場だと思いもした。

「で、今も、辞める気とか全くないの?」
「…色々と、責任があるしね。」

辞めれるはずもない、とユーノは自嘲した笑みを浮かべる。
だが、アリサはそんな事はどうでもよさそうに言った。

「じゃあ、責任がなければ、辞めるの?」
「ええ?」

問われて、ユーノは首を傾げてみる。
もし、責任など一切ない立場だったなら。
いや、そこまで言わなくても、辞めたいと宣言し、責任を完遂すれば自然と辞めれる立場なら。
意識した時、下火ながら、何かの炎が上がった気がした。
思わず、冷や汗が流れた。
自身の心は一体、どこに向かっているのだろうか?

「辞めたいの?」

思わず、ギクリとして、ユーノはアリサを見た。
それは、何故か、罪人の懇願のようだった。

「…かも、しれない。」
「…良かったわ、あんた普通の人間ね。」
「は?」

カラカラと笑うアリサに、ユーノは目を点にする。
何故、そんなあっさりと笑い飛ばされたのだろうか?

「噂で聞いているだけの私が何よその地獄って言うような場所なのよ、あんたの職場は?」

自分で分かってる、そこんとこ、と言われて、ユーノはとりあえず、頷く。

「別にちょっと辞めたいって思ったって当たり前でしょうが。 世の中の人は、皆不平不満持って生きてんのよ。」

当たり前だった。
ふと、そんな当たり前の事をいつのまにかすっかり頭の中から落としていた事に、ふと、気づいた。
管理局の偉いさんから出される依頼は、どんなに嫌でも、応えるしかなくて。
どうしても真面目に頑張らざるをえなかった。
少しくらい不真面目になっても、誰も文句など言わなかったのだろうか、と思う。

「ティーンエイジャーのちょっとした我儘くらいで目くじらたてる大人なんてみっともないわよ。」

あんたもう少し不真面目になってよかったんじゃない、と言われて、ユーノはまた、苦笑した。
何だか、少しだけ心が軽い。
ずっと真面目にやってきて、心が軽くなった瞬間だった。

「だってねえ、頭の硬いオヤジが多いんだよ、管理局。」
「あら、例えば?」
「例えばね――」

ペラペラと話始めたユーノに、アリサは微笑む。
どうやら、ちょっとした心のケアは成功したようだ、と内心でホッとする。
しかし、愚痴を言い始めてみれば、出るわ出るわ、不平不満。
なのは達がいかに出来た大人達に囲まれているかを何となく悟った。
何故なら、なのは達に話を聞いても、一人二人、愚痴の対象がいるくらいなのだ。
だというのに、体制から、性格、その行動まで、いちいち槍玉にあげるユーノの愚痴の人の数のなんと多いことか。
これが上に立つものの宿命かもしれないわね、とアリサは内心嘆息する。
そう考えると、はやての立ち上げた機動6課。
上司が身内でよかった、と言う話だろう。

「…あ〜、ごめん、愚痴ばっかりで。」
「だまにはいいんじゃないの、あんたもそんな固い学者然とばかりした話ばかりしてないで、たまには知り合いと隠れてこんな話もしてみなさいよ。」

それにはやっぱり苦笑を返すユーノであった。
余程でなければこんな話は他人にするものではない、とユーノは分かっている。
何せ、管理局内でこんな話がもし噂でも流れれば、それこそどうなるか分からない。

「そうだね…たまには、アリサに愚痴るかな。」
「何、私に愚痴りに来るつもり?」
「お土産でも持って、ね。」

悪戯を思いついた子供のような顔を向けてくるユーノに、アリサは挑戦的な顔をする。

「へ〜、私が満足するような物を持ってこれるかしらね?」
「う〜ん?」

やっぱりユーノは苦笑するしかない。
どうにもアリサをやり込めることはできそうもないのである。
まあ、アリサがやり込められた所など、対すずかのときしか見たことないが。

「今日はありがとう、アリサ。」
「何よ、いきなり、気持ち悪いわね。」
「いや、気持ち悪いって…」

それはさすがに心外だなぁ、とユーノは少し情けない顔で抗議する。

「何よ、今の今まで、今日のあんたは気持ち悪いったらなかったわよ、やっと私の言うユーノのいつも通りって所ね。」
「アリサの言ういつも通りの僕は、こんな情けない顔ばかりなのか…」
「あら、分かってるじゃない。」

思わずガクリ、と机に倒れこむユーノをアリサは面白そうに見ている。
内心、やっぱりこいつはこんな感じよね、と楽しく思っているところだ。

「いいじゃないの、別に。」
「男してはそうも言ってられないような気も。」
「今更、誰もあんたに男らしさなんて期待してないわよ。」

さすがにムッとするユーノであった。
眼鏡を外して、ユーノは席を立つ。
何、怒った? と面白そうに見ているアリサの度肝を抜いてみたい気持ちになった。
だから、普段なら絶対にしない事をしてしまったのだろう。
スッと、手を伸ばすと、ユーノはアリサの頬に手を添える。
それを驚いてみていたアリサだが、正気を取り戻したように怒りを顕に――

「ちょっ、ユー――」
「アリサ、ちょっと黙って。」

しようとした所で、唇をユーノに押さえられた。
もが、と言葉は音にならずに消えていく。
そして、あまりに真剣な顔で近づいてくるユーノの顔に、アリサはパニックを起こす。
なな、何、こいつ何してんのよ!?
とは言え、ユーノも思考自体は殆どしていない。
既にどこか吹っ切れてしまっていたのだ。

「今日のお礼。」
「ふう!」

何か言おうとしているのだろうが、やはりアリサは言葉にできない。
近づいてくる顔に思わず目を閉じて――
耳を触られる感触に体がびくついた。
顔がドンドン赤くなっているは分かっているのだが、脳も沸騰しているかのように思考が回らない。
どうしよう、どうしようと唸るばかりだ。
そう思っていると、唇から指が離れた。
どうなるんだろう、とギュッと目を閉じる。
すると――何もせずに離れていく感じ。
恐る恐る目を開けると、ユーノも顔を真っ赤にして、手鏡を無言で渡してきた。

「…何?」
「…見て。」

渡された手鏡で自身の顔を見れば、熟れたリンゴのように真っ赤になっていた。
それを確認しろとでも言いたいのか、と思ったが、よく見れば耳に赤い小さな宝石のついたイヤリングがついている。

「これは…?」
「さっき、今日のお礼にと思って、買っといた…」

お互い、非常にきまずい。
なんと言うかアリサは、その、男だったんだ、と実感した。
そして、ユーノはより、アリサの女としての部分を意識していた。
お互い、ある意味のショック状態である。

「な、何よ、片方だけ…?」
「そ、そのあるんだけど…ちょっと…」

さすがにもう一度同じ事をするのは無理、とユーノは首を振る。
その辺り、やっぱりユーノか、とアリサはどこかで安心を覚える。
同時に、先ほどの近づいてくるユーノの顔を思い出して、また熟れてしまったが。
お互い、本当に気まずい。

「結局、キスしないの?」
『しない!』

アリサとユーノは聞こえてきた声に真っ赤な顔で反射的に怒鳴り返して――硬直した。

「ええ〜、しないんだ。」

ニコニコと笑うすずかの顔に、ユーノとアリサは冷や汗をダラダラと流す。

「…すずか、どうしてあんたがここにいるの?」
「レポート終わったからね…合流しようと思って、GPSで探したら、ちょうど二人のラブラブシーンで…」
「ラブラブとかじゃないからね、本当に!」
「そうなの、ユーノ君?」
「うん、そうだよ!」

でも、二人して真っ赤になって言い訳してもなぁ、とすずかは内心面白がっている。
とは言え、特に広めるつもりもない。

「そ、それで、ユーノ、今日はこの後、どうするの?」
「…う、うん、そろそろ時間も時間だし、夕飯でも、食べに行こうか。」
「奢りなさいよ。」
「分かってるよ…」

誤魔化すようにして歩き出す二人の後ろをニコニコしながらすずかはついていく。
二人ともそれは分かっているのだが、突っ込んだりすると、絶対に弄られるのが見えているので、何も言わない。
結局、夕飯が終わるまで、すずかに全く抵抗できない二人であった。




「ふう、今日はありがとう。」
「今日、会ったときとは表情が見違えたわよ。」

嬉しそうに言うアリサにユーノは微笑を返す。
その顔は、確かに満足そうな雰囲気を称えていた。
それだけでも、よかった、と思う。

「…色々と突っ込みたいけど、やめておくね。」

ニコニコしているすずかから目線を逸らす二人。
当分、これをネタに弄られることを覚悟するのだった。

「それじゃ、帰るよ。」

ブン、とユーノの周りに緑色の魔法陣が広がった。
すずかの家の庭である意味お馴染みになった光景だが、今日はより一層鮮やかに思えた。

「アリサ。」
「何よ。」

呼ばれて、ユーノの顔を真正面に捉えれば、そこにはとても澄んだ顔のユーノがいた。

「ありがとう。」

言われて、アリサは心臓がバクバクする。
早くなった鼓動に意識を向けながら何か言おうとして、言おうとして――
その前に、ユーノは消えてしまった。

それを確認すると、アリサは自分の顔を抑えて、空を見上げた。
まずい、まずいと本音で思った。

「惚れちゃった?」

すずかに問われて、反射的に否を叫ぼうとするアリサ。
しかし、すずかの顔はからかうような顔ではなくて、まるで見守るお母さんのようだった。

「…多分。」
「それなら、大丈夫、アリサちゃんの勝利は目前だよ。」

素直に言ったアリサにすずかは自身を込めてそう言う。
それには首を傾げるアリサである。

「何で、ユーノって、なのはの事好きなんじゃないの?」
「…それは、どうかなぁ?」

クスクスと笑うすずかに、アリサはやはり首を傾げる。
だって、あんな顔しているユーノ君を見たのは、私は初めてだったんだよ?
それを口に出すことなく、すずかはニコニコしているばかりだ。

「…まあ、決戦は、今度ユーノ君がこっちに来たときかな?」
「……うん。」




自室でユーノはベッドに寝転がって、悶々としていた。
まずいなぁ、と思う。
アリサが綺麗に見えて仕方がなかったなんて、誰にも言えない、と思う。
ドキドキする心臓が、どうにもこうにも言う事を聞かない。
ささくれ立っていた心は別のことで落ち着かなくて。
激しいその感情に、ユーノは振り回されていく。

「…あ〜」

アリサにもう一回会いたいな、と思った時点で重傷だと思う。

そんなある日だった。

ー終りー

これはユーノ×アリサなのだろうか…?
とは言え、セブンウィンズさんからのリク、達成!

で、いいのだろうか(汗)
ユーノスレに行ってみて浮かんだ電波が結構混じったかも…
しかし、やはりてるさんは偉大だった…






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