それは、絶望の怨嗟か。
それとも、弾劾の叫びか。
ただ、湖の騎士シャマルは、その声に、淡々と応答することしかできなかった。

「何でや…シャマル――なんで、本当の事、言わんかった?」

泣きそうな顔で睨んでくる主のその顔に、しかし、シャマルは表情を変えなかった。
いつになく、感情のない、その顔に、主――はやては、少々うろたえた。

「私は、言いました。 最大でも2ヶ月の入院だと。」

その場にいた一同は、押し黙った。
確かに、その言葉は一月と少し前に聞いたからだ。
あの時は、ほぼ全員が自然と、2ヶ月入院すれば復帰するものだと、そう理由もなく信じていた。
だが――現実は――

全員が、背けていた視線を、そちらに向けた。
白い布を顔にのせ、既に呼吸もしなくなった人が横たわる、そちらを。
その脇では、呆然とした、なのはが座り、俯いたヴィヴィオが座っていた。
その雰囲気はいかにもと言えた。
あまりにも重たい雰囲気を感じて、はやても顔を伏せた。

「早い、まだ、早い――」

クロノが、悔しそうにそう言った。
否、本当に、悔しくてたまらなかったのだろう。
友人の死の気配に、全く気づかなかったのだから。

「ユーノ君…」

その傍らには、クロノに体を預けるようにして立つ、エイミィがいた。
呆然と、ただ、言葉を洩らすようにして、名前を呼んでいた。
だが、その言葉に応えはない。
ただ、ゆらゆらと、白い布が揺れたような、そんな気がした。
それは慰めにもならない。
だけど、その布の下にあるのは、間違いなく――彼の顔なのだ。

「――なんで」

虚ろに響いたのは、なのはの声。
ヴィヴィオもその声につられるように、顔を更に下に向けた。
あまりにも、辛い。



その日は、皆、沈黙の中、少しずつ人が減り、いつのまにか、散っていた。
気づけば、周りに人はおらず、知らず、シャマルは、椅子に座り込んでいた。
傍らのベンチには、目を開けたまま、天井を仰いだなのはが寝転がっていた。
その隣には、ヴィヴィオも同じように天井を仰いで、座っていた。

「早かったわね。」

ボソリ、と言うシャマルの声に、なのははゆっくりとシャマルに顔を向けた。
酷く、重たい表情だった。
医者として、目の前で、命を失った重み。
それが、今のシャマルからは感じ取れた。
支配しているのは、無力感であり、倦怠感。

「これほどまで、無力だなんて、思わされたのは、何時振りでしょうか。」
「…私も…同じ、です。」

無力。
シャマルとなのはは目を合わせ。
お互いの眼の底に沈殿している黒い物を見つけた。
それは、世間一般的に絶望と言われるものだろうか。
子供ではなくなって、自身の手がどこまで届くか、思い知らされていたから。

「人を救える力が、自分にはあるって…ずっとそう思ってました。」

間違いなく、それはなのはの本心だ。
ユーノに与えられた、遠くに届く力。
それは、今まで、数多の人を助けてきた。
だけど――

「この力は――無いも同然だった」

静かな言葉は、だからこそ、辺りに響き、耳朶を振るわせた。
震え出したなのはの肩に片手を置いて、今まで沈黙していたヴィヴィオは、初めて声を出した。

「ユーノ先生…最後に言ってた。」
「ヴィヴィ…オ?」

娘の突然の語り掛けに、なのはは首を傾げる。
そして、話すヴィヴィオは、どこかもどかしそうに、言葉を紡ぐ。
それは、多分、ユーノが最後に込めた感情を、必死で再現しようとしているからだろう。

「ママに、無茶しちゃだめだよ、ヴィヴィオにあんまり心配かけちゃ駄目だよって、そう、最後に言ってた。」

ゆっくりと、なのははユーノを振り返った。
既に動かないその体を、なのははただ、見つめた。
それが、何分続いたかは分からない。
唐突に、なのはの目からは涙が零れ落ちた。

「…最後、の、さい、ご、まで、人の事、ばっかり!」

それを皮切りに、ただ、なのはもヴィヴィオも、泣いた。
静かに、ただ静かに、二人は泣き続け、やがて、眠りについた。
それを確認すると、おもむろに、シャマルは立ち上がった。
ユーノの遺体の枕元に立ち、ただ、静かに、シャマルはユーノを見つめる。

「馬鹿ね…ユーノ君。」

シャマルはチラリと、なのは達を見てから、誰にも聞こえないように、ただただ、小さく呟いた。

「ただ護りたくて、寿命まで縮めたのに…こんなに泣かせて…本当に、馬鹿です。」





魔法少女リリカルなのは 「お呪い VISION」





「…嘘。」

シャマルが、ユーノの体の異常に気づいたのは、ユーノが血を吐いて倒れた時だった。
レントゲンを取れば、全身が黒点だらけ。
既に末期患者と何ら変わらない体。
そんな馬鹿なと、シャマルは一月前の定期健診のレントゲンを取り出す。
非常に、綺麗に映っていた。
影などどこにもなく、健康な人体。
まるで、突然全身に異常が起こったように。
医者としての常識と照らし合わせて、非常に驚いた。
シャマルの今までのどの患者よりも、ただ、印象に残った。
その患者は、彼女と、10年以上付き合いのある少年だったからではない。
それは、ありえざるものを見た、人として、当たり前だった。





「さあ。」

意識を取り戻したユーノに、シャマルが問いただした時、ユーノは本当に分からない、と言った様子で、キョトンとしていた。
しかし、正直、ユーノも今まで感じた事のない全身の脱力感に、何が起こったのか、正確には理解していなかった。

「本当に、何の心当たりもないのね?」
「…」

シャマルの念を押すような声に、帰って来たのは、沈黙だった。
ユーノを見れば、既に目が閉じられかけていた。
体がボロボロになった反動かもしれない。
ただただ、ユーノは眠かった。

「シャマルさん、皆には、黙っててください、それが駄目なら…意識を傾けないような言葉で、伝えてください。」

意識が落ちる前に、ユーノはそう言った。
シャマルはそれを聞きながら、さて、どうしたものか、と思う。
実際に調べてみる以外にないのだろうが、どうやって調べたものか分からないのだ。
大体にして、ユーノには、無限の知識が埋まった場所、無限書庫があったのだ。
その中から引っ張り出した何かだとすると、正直、詳細はお手上げだろう。

「…助ける方法があればいいのだけど。」

口にした事が、いかにも無理なような気がして、シャマルは身震いした。
もしかしたら、とっくに分かっていたのかもしれない。
無理ではないのかと。





それから一時間ほどして出た診断結果は、後、最大でも持って2ヶ月。
その事を、起きていたユーノに告げた。

「そうですか。」

淡々と言うその顔には、どこか安堵が見えた。
尤も、それよりも、苦笑が大きかったのだが。

「…ユーノ君、心当たりは本当に無いの?」
「…守秘義務。」

ユーノは少しの間沈黙したあと、ポツリ、とそんな言葉を出した。
シャマルは首を捻ったが、つまり秘密にしてくれ、と言う事だろう。
どうして、今更言う気になったのかは分からない。
もしかしたら、シャマルが無駄な努力をしなくて済むようにだったのかもしれない。
ポツポツとユーノは言葉を口にする。

自分の体には、傷を負っても一瞬で治癒する呪いがかけられていること。
そして、それの代償は寿命、と言う事。
今回、寿命が尽きたのだろう、と言う事まで話した。

「それだけじゃ、ないですね?」

意味も無く、そんな術を行使しないだろう、とシャマルはユーノの眼を真っ直ぐに見つめる。
ユーノはジッとその目を見つめていたが、ふいに目を逸らすと、ポツリと言った。

「責任を取らなきゃいけなかったんです。」

責任。
一体、何の話だ、と思った。
何の責任――
ビキリ、と何か、記憶が反応した。
『どう責任を――』

慟哭と、憤怒。
思い出したそれについていたのは。

『ごめんなさい』

絶望を秘めた謝罪――

「――まさか」

ここ数年来、どんなに激しい戦いでも、かすり傷一つ負うことなく生還してきたエースオブエースを思い出す。
その身に刻まれたのは疲労と最低限の負担のみ。
シャマルは、首をかしげながらも、患者の健康を嬉しがっていたのだが――

「なのはちゃんが、何の怪我も負わなかったのは――」

そんなシャマルの言葉に、ユーノは何も言わなかった。
シャマルもそれ以上は何も言わなかった。
もし、首肯されたなら、一体何を言葉にすれば分からなかったから。
そして――無言の肯定は、受け入れるしかなかったのだけど。





「最大で、2ヶ月の入院です。」

2ヶ月、それが、シャマルの出した、最大限のユーノの残った時間だった。
勿論、病気が突然、悪化しない事が条件だ。
この速度で悪くなっていけば、後2ヶ月もあれば、確実に人間は死ぬだろうから。
それが分かる身で、悲しいのか、それとも虚しいのか。
医者としての限界を見せられた気がして、酷い無力感に襲われた。
一人、また一人と、去っていく仲間達に、本当の事を言わない、と言う事実がのしかかる。
後2ヶ月、だ。

「シャマルさん、最大で2ヶ月だったかしら。」

最後の一人であるリンディが、誰もいなくなるのを見計らったように、そう、声を上げた。
その顔は、表情がない。

「はい。」

それでも当たり前ながら答えは変わらない。
気づかれないようにしないといけないのだから、不必要な言葉は避けるべきだろう。

「最低は?」

ポツリ、と言われた言葉は、シャマルの心に波紋を広げる。
どうしてそんな事を聞くのか、と。

「何が言いたいんですか?」

それでも、自身は平静を保っていた、と、シャマルは思っている。
だが、リンディもまた、毅然とした目で、シャマルを貫くように見つめた。

「それでは、率直に聞きます。貴女の見立ては――ユーノ君の命が消えるまでなの?」
「――!?」

シャマルはその問いかけに、一度口を開きかけて、そのまま俯いた。
それは無言の肯定だ。
肯定を受けて、リンディの顔は険しくなっていく。
当たり前だ。
小さな頃から見ていた一人の近しい青年が、後、最大でも2ヶ月でその命を亡くすと言うのだから。

「――理由は分かるの?」
「はい。」

シャマルは、観念したように、全てを語り始める。
だけど、それは、シャマルの気持ちを楽にしてくれた。
その事に、シャマルは暗い笑みを浮かべる。
こんな事を、たった一人で背負っていたのか、と、今更ながらにシャマルはユーノを思う。
背負い続けて、ほぼ10年。

「どうして――気づいてあげられなかったのかしら。」

リンディの、その、気が抜けたような、力ない言葉が、全てだった。
手立てもなく、届く言葉もない。
少なくとも、シャマル達にその手段は何一つなく、考え付く事もない。
もう、全てが手遅れになってから、気づかされるのは、残酷以外の何者でもなかった。




時間は確かに流れていく。
一度、極秘でユーノの手術を行ったりもした。
結果は――悲しいまでに予想通りだったのだが。
悪性の病巣を切り取ると、一瞬にして切り取った部位が再生したのだ。
当たり前のように、悪性の病巣もそのままに。
もう、届かないのだと、そう思った。
シャマルは、主治医として、一番、臥せっている間、ユーノの傍にいた。
見舞いにくる人間は、誰も疑っていなかった。
2ヶ月もすれば、また、元気な姿を見せてくれるだろう、と。
もう、そんな事はないのだと言えば、一体どんな顔をするのだろう。
そして、それは、最大でも2ヶ月もすれば分かる事でしかない。

ユーノの顔を見ていると、分かる事もある。
どれだけ、乾いた目をしているのか、と。
既に、希望は一切持っていない。
だのに、渇きにも似た、どうしようもない望みを、確かにその腹の中に抱えていた。

「ユーノ君は、何かしたいことはないの?」

だから、シャマルは、ユーノが入院して、一月ほど経った時に、そう聞いた。
その心と体を現世につなぎとめているのは、ユーノのその渇いた望みがあるからだ、と思ったから。
望みさえ持っていれば、もしかしたら、奇跡的な何かも起こるかもしれない、と思って。
質問に、ゆったりとユーノは口を開いた。
それは、かすれたような声だったのに、はっきりとシャマルの耳に残っている。

「無限書庫を整理しきりたかった。 もう少し、長く生きたかった。 何より――」

プツリ、と途切れた声に、シャマルは何も言わない。
沈黙が3秒ほど辺りを支配して。

「まだ、僕は責任を果していない。」

答えられる言葉が、ない。
嫌な汗が額に浮かぶのを、シャマルは感じた。
歪んでいる、とシャマルは思う。
だけど、その歪んでいる心こそが、ユーノを生かしていると言っても、過言ではない。
それ以上に――一体、何が言える?
思わず病室を飛び出したシャマルは、扉を閉じると、その場でへたり込んだ。
既に時間が時間だ。
特別病室区であるここに近づく人間はいないだろう。
だから、シャマルは、心済むまで、嗚咽を零した。







ピー、と機械音が耳に刻まれた。
それに慌ててシャマルは走り出す。
病室についた時、そこには、先ほどまで待機室で聞いていた無機質な機械音が鳴り響いていた。
そして、まるで絵画のように、無言で椅子に座って佇むヴィヴィオと――酷く、安らかな笑顔を浮かべて、眠っているユーノがいた。
ゆっくりと歩み寄るシャマルの前には、涙を流してユーノを見つめるヴィヴィオがいる。
ユーノに視線をやれば、そこには、ついぞ見たこともなかった安らかな顔があった。

「…ユーノ君。」

ポツリと洩らした声は、自分の声と思えないほど、弱々しかった。
ユーノの顔は、必死になって生きようとしていた者の顔ではない。
全て重石をどかし、安らかに亡くなった者の顔。

「良かった…」

それだけ、たったそれだけだったけど、それでも、良かったと思えた。
自然と、涙が零れ落ちた。
悲しみ、悔しさ、喜び、全てが混ざった涙だった。

「ヴィヴィオちゃん…看取ってくれたの?」
「…はい。」
「…ありがとう。」

それだけだったけれども、ヴィヴィオは頷いた。
その顔には、悲しみと一緒に、何かしらの決意が見えた。
最近、様子がおかしいとは思っていたが、ヴィヴィオも、また、ユーノのことを知っていたのだろう。
敬愛して、最近は一番近くにいたからこそ。
その思いは何がしかの影響を受けているのだろう、と、察しがついた。

「…皆に、連絡しなきゃね。」

ヴィヴィオがゆっくりと頷くのを見ながら、シャマルはゆっくりと息を吐いた。
今まで詰まっていたものの全てが吐き出されて――酷く、全てが歪んだ気がした。
一瞬ではあったが、確かに歪んだような。
それは、世界の一部を喪失したからか。
今から連絡する人達は、皆、こんな気分を味わうのかもしれない。
死とは――重いものだったのだ。






眠りから起き上がったなのはは、変わらぬ病室を眺めていた。
決してその場所を忘れないように、決してその人を忘失しないように。
まるで、心の奥底に貼り付けるように、ただ、一心に。

「なのはママ…」

そんな静謐な雰囲気の中でただ、ヴィヴィオだけは少しのためらいを残しながらも、始めた。
シャマルは、傍らでそれを見ているだけだ。
ここからは、ただ、あの3人の世界なのだから、と。

「なのはママ、もう、空へ行かないで。」
「ヴィヴィオ!?」

今まで決してヴィヴィオが言わなかった言葉。
それに対して、なのはは驚いた声を上げる。
なのはが振り返ったヴィヴィオの顔は、どこまでも静かで。
しかし、そこには確かにお願いだから、と言う一心が篭っていた。
なのはは、反論しようとして――力が抜けた。
空への思いが、少しだけ小さくなっていた。
それは、空へ導いてくれた人が、いなくなってしまったからだろうか。
そして、その少しだけ小さくなった思いは――

「…ヴィヴィオは、ママに、ここにいて欲しいの?」
「…うん。」

頷くヴィヴィオに、なのはもまた、目を伏せて、なにかに頷いた。
ヴィヴィオに、あまり心配かけちゃいけないよ、か。
思わず、なのはの顔に笑みが浮かんだ。
亡くなってまで、彼は、結局、こちらを言葉だけで縛り付けるのだから。

「そう、だね。 ヴィヴィオがそう望むなら、私も、そうするね。」
「なのはママ!」

驚きの声を上げるヴィヴィオは、思わず、ユーノを振り返っていた。
約束は、これで、守れたと、ヴィヴィオは思う。




お休みなさい。
その一言で、葬儀は締められた。
なのはのその一言に、誰もが、ただ、黙祷を捧げる。
その心中に、おおよその差はなくて。
だけど、たった一人、ただただ、後悔に包まれている人もいる。

「結局、謝れなかったか。」

いい大人が、と、士郎は一人で呟いた。
本人は、もしかしたら、とっくに忘れているかもしれない。
気にしてないかもしれない。
だけど、それでも、士郎は謝りたかったのだ。
もう、10年も前になる、その時の事を。

「短いな。」

呟いた言葉は、またも虚空に消えていく。
たった22年の人生。
後ろにいる彼は、逝くのはきっとなのはより後だろうな、と考えた事もあった。
正直、どうしてあの後すぐに謝れなかったのか。
絶望のこもった謝罪に、思考が停止してしまったからか。
それとも、途中で言葉を止めてしまったからか。

「あなた?」

空を見上げたまま視線を下げない士郎に、桃子は不思議そうに問いかける。
桃子も、あの時の事はしっかりと覚えている。
だけれど、あの後も、それとなく娘から聞いたユーノの話には、特におかしな点はなかった。
だから、ホッとしたのだが。

「あなた、そんなに気にしないでも…」
「…そう言うわけにもいかないさ。」

納得いかないのは、自分の心なのだから。
一生、それは付きまとっていくのだろう、と、士郎は、漠然と思った。
既に、それを振り払う機会は、失われたのだから。





「もう、忘れなさい、シャマルさん。」
「…はい。」
「覚えていたら、ユーノ君にも失礼だわ。」
「…はい。」

ただ、それでも、忘れるべき事柄ではないのだ、きっと。
それは――気づかなかったと言う、慙愧の念からくるのだろうか。
そうかもしれない、そうでないかもしれない。
でも、この感情は、もう変わらないだろう、とシャマルは漠然と思った。
もう、この感情を変えられる人間は、いなくなってしまったのだから。
ただ、それだけが、事実として――

ー終りー

特に何がどう、と言う話はありません。
ただ、人が一人いなくなっても、世の中は回っていく、と言う感じで書きました。
だけど――それは、『知らない』からかな、と思います。

以下、蛇足注意。
























それは、今際の際の幻か。
それとも、10年の想いが導いた場所なのか。
気がつけば、ユーノは吹雪吹く雪原に立っていた。
果てもないわけでもない。
見渡せば、そこには遺跡があって、朽ちたような建物がいくつもあった。
知らず、歩を進める足は早くなる。
嫌な予感はどこまでも頭を掠めていたから。
自身のことなど二の次で、ただただ、その歩を進める。
その光景は――何度も何度も悪夢に見た場所だったから。






「医療班、何やってんだよ!?」

響いてきた声は、何の因果か、すぐ近くだった。
まるで吹き飛ぶように目の前の吹雪が晴れれば、そこには倒れ付し、赤く染まったなのはと、ヴィータがいた。
必死で叫ぶその声に導かれるように、ユーノはその場に足跡を刻む。
雪を踏む足音に気づいて、ヴィータは混乱した中でも冷静な部分を引っ張り出して、目の前を見た。
そこには、どこか見知ったような、見知らぬような男が、幽鬼のように立っていた。

「な、何だてめえは!」

少なくとも、今回の部隊の中に、このような男はいなかったはずだ、とヴィータは警戒心を顕にする。
しかし、ユーノはそんな反応にも、ただ、肩をすくめただけだった。

「そんな事はどうでもいいよ、ヴィータ。」

その声は、確かに聞き覚えがあった。
だが、こんな背格好ではなかったはずだ、と、ヴィータは思う。
しかし、ヴィータがそんな思考をしている間に、既にユーノは跪き、なのはの容体を探るように、ゆったりと治癒魔法を行使し始めた。
ゆったりとしていたのは、結局の所、最初のほんの一瞬だけだった。
その間に、傷を負った場所を全て調べつくしたユーノは、それが、自身の見たカルテ通りである事を理解する。
既に死した身だ。
何の因果か知らないが、この場に来られたなら、どこにも躊躇など必要ない。
そう判断したユーノは、禁呪を脳内に構成する。
それは、使った二つともまた違う呪。
ただ単純に、対象者の怪我を術者に移すだけだ。
もし、また誰かが大怪我を負ったなら、その時はこの呪を使えばいい、と思って覚えていた。
何せ、『お呪い』によって、怪我など一瞬で消える体だったのだから。
最高の医療術と言っても差し障りない。
尤も、今の体でどうなるかは知らないが。

ほんの数瞬だった。
それだけで、なのはの体から傷が全て消え去っていた。
とは言え、流れ出した血の分まで回復できるわけではない。

「早く、輸血してあげるといいよ。」
「な、え、あぁ?」

ヴィータが混乱する中、ユーノは一度だけ、なのはの頭を撫でる。
そのまま、ヴィータの視界から消えるように歩き出すと、吹雪の向こうに消えていった。





胸が痛い。
意識が遠のく。
だけど、もうすることは出来たから。
後は、ただ、先を案じて祈るだけだ。

「何だ…変わるのなんて、僕だけじゃないか。」

結局、自身のための行動か、と思うと、何だか情けない気分になった。
大体、ただの夢だろう。
何を自分は期待しているのだろうか、と自嘲する。
もう、今度こそ目覚める事もないだろう、と、ユーノは満足して、意識を閉じた。



倒れ付したその体は、まるで、雪が浚っていくように、隠していく。
いつのまにか、その体は融けるように消えていき、その姿は完全になくなっていた。
誰かの起こした奇跡なのか、それとも、今際の際の幻か。
ただ、それは、どうでもいい事だ。
ユーノが、思うように行動し、その結果を導いたのだから。

ー終了ー



蛇足は本当に蛇足。
結局、この結果で大きく変わるのは、ユーノとヴィータくらいか。
もしかしたら、バタフライ効果でStrikerSの時に凄い事になるかもしれないですけども。
ほんの、小指一つ分の救いかな。





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