キィン、と辺りに響く音が一つ。
その手に音源を持つ女が二人。
広い部屋の中を飛び交いながら、手に持った獲物をぶつけ合い、弾きあう。

「はっ!」

剣を持った女性が裂帛の気合を込めて、金髪の女性へと踊りかかる。
それを見た金髪の女性は、素早く手にした斧を鎌へと変じ、真っ向から打ち合い、お互いに距離を取り合う。
一連の動作を傍から見ていれば、まるで流れるようだ。
非常に綺麗なその動作は、しかし、華麗さを追求したものでは断じてない。
ただただ、過激でいて、そして残酷な動作だ。

『ハーケンセイバー!』

鎌から光を放ち、金髪の女性は剣を持った女性を迎撃せんとする。
しかし、剣を持った女性はまるですり抜けるかのように正確なその攻撃を避けると、そのまま金髪の女性へと肉薄していく。

『紫電一閃』

静かに言い放たれた言葉と共に、突如女性の剣は炎を巻き上げる。
金髪の女性はそれを見ながら、表情を歪めたが、キッと睨みつけると、素早く左手をかざした。
その手から現れたのは、金色の魔力で構成された一枚の魔法陣。
それは魔法陣の形をした盾だ。
炎を巻き上げた剣は、その魔法陣に叩きつけられ――

「ヌン!」

刀身に込められた力が、次々とその盾の構成魔力を破壊していく。

『ディフェンサー+』

金髪の女性の相棒は、これはまずい、と防御魔法を更に展開する。
しかし、剣は更に、もう一発撃発音を響かせ、炎を巨大化させる。
一瞬にしてヒビだらけになる二つの防護。
更に剣を持った女性が力を込めれば、バァン、と破壊されて辺りに魔力素を撒き散らしながら、消えていく。
そして金髪の女性は喉元に剣を突きつけられた。

「…やっぱり防御は苦手です。」
「そのようだな。」

金髪の女性――フェイト・T・ハラウオン(14歳)――は唸るように呟き。
剣を持った女性――八神シグナム――は呆れたようにそれに同意した。

「しかし、それでも随分とマシになったように思えるが?」
「そのための訓練ですし…」

苦笑するフェイトに、ふむ、とシグナムは天井を見上げる。
3度目の執務官試験まで今一歩。
フェイトは総合能力の向上のためにも、最近は専ら防御能力の向上に力を入れている。
基本的に、フェイトの戦法を考えると、防御など必要ないように思えるが、前回、実技で駄目だったのが余程悔しかったらしい。
とは言え、確かに防御を疎かにしすぎなのは、見た目にも確かだ。

「少しはなのはを見習え。」
「なのは程、硬くはならないですよ。」

硬い壁に、鋭い砲撃。
高町なのはは鈍いと言われる機動性をそれらで補う。
尤も、鈍いとは言っても、充分な速度ではあると思われるが。

「ならば、ユーノ辺りを…それも無理か。」

シグナムの苦笑に、フェイトは憮然と頷いた。
ユーノのラウンドシールドや、結界魔法。
これらは、フェイトも教えてもらったのだ。
本人も時間を割いて、講義までしてくれているのだが、はっきり言って、実戦レベルではなかった。
フェイトにとって、と言うか、ほぼ万人にとってだ。
それは、ユーノだからこそ、実戦レベルで使える魔法。
冷静に考えてみて欲しい。
ユーノはAクラスの魔導師だ。
そのくせ、単純な魔力障壁であるはずのラウンドシールドで、単純魔力砲撃のディバインバスターを防いでみせる。
AAAクラスの高町なのはが、全力のディバインバスターでないと撃ちぬけない、と言われるようなシールドである。
それは、フェイトがありえないような気持ちになったものだ。
一度、なのはの全力のディバインバスターを受け止めた事があったが、そのときでも全力で魔力を込めてシールドを張ったにもかかわらず、グローブが魔力負荷に負けてしまったくらいだった。
魔力量で遥かに劣るはずのユーノがその辺りさして変わらないのである、不思議にもなる。

「どうして、あんなシールド、実戦で展開できるのか…」
「あいつも、もっと魔力量が多ければ、努力次第ではどうにでもなったかもしれんな。」

ユーノのシールド構成は、やたら複雑で細かかった。
ユーノ曰く、慣れた、との事だったが、構成を走らせるだけでも、フェイトには2秒かかった。
ユーノはそれを半秒だった。
構成だけでなく、発動まででだ。

「処理速度と発動だけなら、生身でデバイス持ちの私たちより早いなんて…」

フェイトは今、ユーノに防御と結界魔法の講義を無限書庫で受けている。
執務官試験を受けるために勉強するにも丁度良かったし、ユーノは教えるのが上手かった。
知識の宝庫、無限書庫の最高責任者だけのことはあり、ユーノは知識もはっきり言って異常なレベルだ。

「あいつもまた、天才だったのは間違いないな、それが、どの方向かの違い、と言うだけだ。」

シグナム、フェイト、なのは達は、はっきり言ってしまえば、戦闘特化とも取れる。
ユーノやシャマルのような日常でも使える系統の魔法ははっきり言って苦手だった。
それでもまだマシなのがなのはで、フェイトやシグナムはそっち系はからっきしだ。
現在、からっきしではいけないので、フェイトはそちら方面も必死で取得中なのであるが。

「あ、時間、それじゃ、本日もありがとうございました!」
「ああ、勉強、頑張るんだな。」

慌てて走り去っていくフェイトを見ながら、シグナムは手にしたレヴァンテインを見つめる。
はっきり言えば、防御の手ごたえもかなり良。
防御もそろそろものになりそうだった。

「私もライバルとして頑張らんとな。」

そう言えば、さっきのフェイトは妙にうれしそうだった気がするな、と今更ながらに少し思った。
それは、どこか無邪気に何かを喜んでいるような、そんな感じもした。

「…もしや?」

ふと、ちょっとした想像が頭の中を走ったが、シグナムは特にどうもしてなくて、そのまま訓練室を出ていった。




リリカルなのは「歩いた道、至った道」




「ユーノ、ごめん、ちょっと遅れた。」
「いや、いいよ、フェイト。」

手に持っている本を片付けて、ユーノはフェイトに柔らかく答える。
その傍らで、小さくなったアルフはフェイトの教材を取り出している。
ユーノに勉強を教えてもらうようになってから、こう言ったやり取りがよくあるな、とフェイトは思う。
まあ、双方そうそう時間を割けるほど、仕事がないわけでもないのだ。
教えるほう、教わるほう、どちらかが遅れる事などザラにある。

「そろそろ、スパートだね、フェイト。」
「うん、ここから試験日にピークになるように…」

静かにモチベーションを上げ始めるフェイトを、ユーノは静かに見ていた。
ここまで来れば、後は本当に普段の力を出し切れるかだ、とユーノは思っている。
その点に関しては、何か試験の前日などに不慮の事態でも起こらない辺りは、心配がなさそうだった。
後は最後の最後まで、本当の意味での気を抜かないで勉強を続けて欲しかった。
普通に気を抜くのも休憩するのも別に構わないが、合格はこれで大丈夫、と言う思いに囚われないで、と言う事だ。

「さあ、目標もあるんだ、頑張って。」
「う、うん。」

気を引き締めて話し合った目標。
その目標が達せられた時、フェイトは、執務官、ともう一つの称号を手に入れれる可能性がある。
その思いが、フェイトの顔を少々だらしなく弛緩させる。
それを見て、ユーノは苦笑する。

「フェイト、そんな顔してたら、いけるものもいけないよ?」

ユーノの言葉に、ハッ、とフェイトは顔を引き締める。
いつもの顔に戻ったフェイトを優しく見ながら、ユーノは本日の講義を始めるのだった。
アルフもそんな二人を見ながら、必要な資料を探り出す。





「明日だね、フェイト。」
「…うん。」

さすがに緊張しているのか、ぎこちない答えを返すフェイト。
アルフはそんなフェイトに無邪気に笑う。

「な〜に、3度目の正直だよ、フェイト。」
「でも…2度あることは3度あるって…」

弱気なフェイトの台詞に、ユーノは目を閉じて、静かに言い聞かすように言葉を繰る。

「フェイトが頑張ってきたのは僕も、クロノも、アルフも、なのはも、よく知っている。」
「…うん。」
「だから、明日はただ、僕達や、皆と一緒にやってきた事を思い出して。」

ユーノの言葉は本当に落ち着いていた。
だから、フェイトも自然と、落ち着く事ができた。
まさか、ユーノも内心、フェイトの明日を心配してひやひやしてドキドキしているとは誰も気づかないだろう。
ユーノは傍観者なのだから、と、自分に落ち着くように、何度も言い聞かす。

「…何か、ユーノもすっかり先生みたいだね。」

アルフの言葉に、ユーノは笑い、フェイトは訂正する。

「違うよ、アルフ。 すっかり先生なんだよ。」

ニコリ、と笑うフェイトに余計な力は入っていなかった。
そのことに内心安堵しつつ、ユーノは表面上、苦笑してみせる。

「先生だけどね…そりゃ。本当は何だかおかしい気もするけど。」
「いいじゃないか、ユーノ。」
「そうだよ、先生のためにも、合格してみせます。」

そうやって、腕を持ち上げて、ムン、と力を入れるフェイトは、合格するだろう、と漠然とユーノは思った。
これまで、一番頑張りを見てきたのだから、その思いも、深いものがある。

「フェイト、ベストを尽くしてね。」
「ありがとう、ユーノ。」




静かに、静かに、そのときは訪れるのだ。
ひたすら、静かにフェイトは待っていた。
執務官試験の結果が出るのを。
試験ではベストを尽くした、とフェイトは実感している。
これで駄目なら、また努力していくだけだ。
その思いがあるからこそ、フェイトはただひたすらにその時を静かに待つことが出来る。

「フェイト。」

後ろから声をかけられて、思わずビクリ、と反応してから、フェイトはゆっくりと振り返った。
そこには義母であるリンディが笑いながら立っていた。

「思ったより、緊張もないみたいね。 クロノより緊張してないみたい。」
「義兄さんより?」

あの冷静沈着を絵に描いた様な義兄さんがそこまで緊張していたとは、少し嘘のように思える。
とは言え、フェイトも実は存分に緊張自体はしている。
それは、試験結果にでもあり、もう少し他の事象にでもある。

「それじゃ、結果報告は私から♪」
「え?」

母と子の会話の後に、突然、本局からのメッセンジャーに変身するリンディ。
雰囲気を正すと、フェイトはリンディの顔をジッと見つめた。
リンディもそれに真剣な表情で応じた。

「フェイト・T・ハラウオン局員。」
「はい。」
「おめでとう、合格よ。」

静かに言い放たれた一言に、フェイトはしばし呆然とした。
今、確かに、合格、と言った、と何度も何度も頭の中で反芻してから。

「やった〜!」

フェイトは正に歓喜の極み、と言わんばかりに叫ぶ。
そんな義娘の珍しい姿に、思わずリンディも顔を綻ばせる。

「ほら、フェイト、落ち着いて、報告する人が沢山いるでしょ。」
「うん…うん!」

そう言うと、フェイトは素早く部屋から飛び出して、走っていってしまった。
あまりの素早さに虚を突かれたリンディだったが、その後、本当に満足そうに笑った。





「ユーノ、アルフ、やったよ、通ったよ!」

いの一番に無限書庫に駆け込んだフェイトは、仕事中の二人を発見すると、躊躇することなく、そう叫ぶ。
無限書庫にいる全ての人がフェイトに注目する中、アルフは駆ける様に宙を飛び、フェイトへと向かい、ユーノもそれに続くようにゆっくりと、だが、確実にフェイトの所に向かって行く。

「やったね、フェイト!」
「おめでとう、フェイト。」

感極まって抱きつくアルフと、静かに、だが、満面の笑みを浮かべながら祝福するユーノ。
実は、これまでずっとそわそわしながら、いつもの半分ほどしか仕事が進んでいない、と言う状態であった。
別にその辺りを見せてもいいのではないだろうか、とアルフは思うのだが、男の子は複雑なのだった。
その様子に、今までフェイトがユーノの所で勉強をしていた事を知っている無限書庫の皆は、歓声を上げ始めた。
無限書庫に響き渡るおめでとう、の声に、フェイトは顔を真っ赤にして頭を下げる。

「フェイト、これで、言うの?」

ユーノに問われた事に即座に感づいたフェイトは、一度目を閉じてから、決意も新たに、頷いて見せた。
その様子に、ユーノはただ、頷いた。

「うん、ありがとう、ユーノ、皆に報告したら、最後に、言って来る。」

そう言うと、フェイトは無限書庫から出て行った。
フェイトを見送ると、ユーノはアルフを振り返って、おもむろに、しかし、いささか緊張した面持ちで言った。

「それじゃ、アルフ、僕も、行ってくる。」
「…分かった、頑張って。」

笑いながらただ一言、そう言うアルフ。
その笑顔に後押しされるように、ユーノはゆっくりと、フェイトと同じく無限書庫から出て行った。




なのはやはやて、すずかやアリサと言った、親友達。
それに、シグナムのように、今回の件で協力してくれた皆。
その人たちの報告を終えて、フェイトは最後に、アースラ艦長室の前に立っていた。
緊張感が漂ってくるような表情になったフェイトは、一度深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
そして、一度頷いてから、フェイトは目の前の扉を開けた。

「あ、フェイト。」

そこには、フェイトの義兄であるクロノがいた。
勿論、フェイトもいるであろう、と思ったからここに来たのだ。
その胸に一つの決心を秘めて。

「義兄さん、私、合格したよ。」
「――おめでとう。」

目を丸くしてから、それから満面の笑みを浮かべて、クロノはフェイトにそう言う。
クロノとて信じてはいた。
だが、3度目なのだ。
やはりいざ合格したと聞くと、義妹の言葉に嬉しさを隠せなかった。
義妹が誇らしかった。

「ねえ、クロノ。」

呼ばれた声音に、クロノは何故か体が震えたような気がした。
フェイトに名前で呼ばれたからだろうか。
しかし、そんな事は最近はともかく別に珍しい事でもなかったはずだ。
なのに、何故、体が震えたのか。

「私、合格したら、ずっと言おうと思ってた事があったんだ。」

クロノは、ゆっくりとフェイトを見る。
そこには、顔を赤くして、こちらを見ているフェイトの顔があった。
ギシリ、と心が音を立てた気がした。
聞いてはいけない、とどこかから声が聞こえた気がした。
しかし、戸惑うクロノを尻目に、フェイトは、既に心の中から言葉を解き放っていた。


「クロノが、好き。」


言われた、とクロノは思った。
義妹である少女から、言われた事を反芻して、クロノは頭が冷えるのを感じた。
誤魔化しなどではなく、ただ、クロノは、こう返すことしかできなくて。
それがいかに義妹に対して残酷な事であるかはわかっていても、彼の心に彼女はいなかったから。
だから、クロノは、震える口を無理やり開いて、言葉を放つ。
本当は、義妹と兄なのだから、と諭すべきだったのだろうか。
そんな言葉など放つのではなく、もっと冷静に説得する方がよかっただろうか。
答えなど、どこにもない。

「――ごめん。」

クロノは、まるで苦虫を噛み潰すようにして、フェイトにそう言った。
フェイトはその言葉に、まるで、絶望したかのような表情を一瞬して――笑顔になった。
だけど、それは今にも、消えてしまいそうな笑顔だったけど。

「う、ううん、いいんだ、ごめんね、変な事言って。」
「――フェイト、君は、僕の…義妹だ。」
「言わないで…」
「僕が好きなのは…エイミィなんだ、だから、ごめん…」
「いやだ、聞きたくない、聞きたくないよ!」

フェイトは艦長室を飛び出して、すぐさまどこかに走っていく。
追いかけようとして、立ち上がって、クロノは――座った。
一種の絶望感があった。
何をできるはずもないのだから、どうしようもなくて。
ただ、吐き出しそうな、気持ち悪さと後味の悪さが、倦怠感として残った。





走っていた。
分からないくらい走って、走って。
気づいたら、よく分からない場所に転がっていた。
そして、頬をぬらしている水に気づいた。
それが、自分の涙だと気づいて、フェイトは、苦笑した。
泣き叫びたい自分に気づいても、何故かそれができない。
なのはの所に言って、泣き叫んでも、誰も文句は言わないだろう。
なのに、それもしたくなくて、ただ、どこかで寝転がって、こうして涙を流していた。
ただ、空に月が浮いていた。
鮮やかなそれを見ながら、フェイトはただ涙を流す。
と――

「飲む?」

いつからそこにいたのか、ユーノがいた。
何故か手に酒瓶を持って、人に酒を勧めてきた。

「私達、14歳だよ?」
「そうだね。」
「執務官だ、私。」
「そうだね。」
「お酒、飲んでもいいの?」
「いんじゃないかな、先生が許すよ。」
「―――頂きます。」




「もう、クロノの鈍チン、朴念仁!」
「そうだね。」
「ユーノ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ、クロノがどうしたの?」
「そう、だから、クロノがね…」

くどくどと愚痴を言い続けるフェイトに、ユーノは苦笑しながら付き合っている。
あれから、飲み始めたフェイトを誘導して、何とかユーノの自室に来ていた。
フェイトのいた場所は、海鳴の公園。
ユーノも少し用事があって、そこにいたのだけど、丁度、泣いているフェイトを見つけた。

「だから…クロノの馬鹿――」

そういい終わると、フェイトはコテン、と机に突っ伏して寝てしまった。
そんなフェイトをベッドに寝かせると、ユーノは溜息を一つ吐き出した。
それは、酷い、と思えるほどに重く感じるほどの溜息。
そこに、コールが響いた。
なんとなく、予想がついたユーノは、ゆっくりと通信を開く。

『ユーノ、フェイトが――』
「そこで寝てるよ、クロノ。」

行方不明になった、と言おうとしたのだが、そのまま固まってしまったクロノに、ユーノは苦笑する。

『義妹に、何もしてないだろうな?』
「お酒飲ました。」
『……おい。』
「いいだろう、別に、ちょっとくらい。」

そう言うユーノに、ちょっとだけ、クロノは違和感を感じた。
何かが、いつもと違うような、そんな感じだ。

『…フェイトは――』
「ちゃんと、明日の朝に迎えに来い。」
『僕がか?』
「けじめつけろよ、兄貴だろ?」
『――分かった。』

プツン、と通信が切れると、ユーノはまた、ハァ、と大きく溜息をついた。
本当は、もうそこらへんに倒れて眠りたかった。
重いものが多すぎて、とても立っていられない、そんな気分だったから。

<<ユーノ、ユーノ・スクライア。>>
「――バルディッシュ?」

声をかけられることが珍しいデバイスからの呼び声に、煩わしささえ感じてしまった。

<<何があった?>>
「――いや。」
<<言いたくないか?>>
「君が、僕の事を気にするって、珍しいね。」
<<友が何か抱えていれば、それが軽いものならばともかく、とても重たいものを抱えていれば、手助けをしたくもなる>>
「――ありがとう。」

普段無口なバルディッシュに友と呼ばれて、感じた煩わしさも忘れて、ユーノはどこか気恥ずかしかった。
ただ、吐き出したかったのも確かだったので、ユーノはバルディッシュに心の内を吐露した。

「実は、ね―――」
<<―――! そう、か。>>
「気にしないで、仕方がないよ。」

そう言うと、ユーノは床に寝転がって、天井を何分か見上げると、目を閉じた。
その心に、一体、どんな気持ちが吹き荒れていたのか、バルディッシュには、到底想像もできなかった。




フェイトは朝起きて、起き上がって、そのまま突っ伏した。
頭が、殴られているかのように痛んだからだ。

「…頭痛い。」

どうしてだろう、と考えるのも億劫で。
でも、気持ちは随分と落ち着いていた。
昨日荒れ狂った何かは、どこかに行ってしまったようだ。

「ユーノのおかげかな…」

言いたかった事を全てお酒の勢いで吐き出してしまったのは大きかったのだろう。
フェイトは気分が悪いが、胸のうちのもやもやはすっかりとなくなっていた。
しかし、吐きそうな気分なのは変わらないが。

「はい、水。」

そう思っていると、突然、目の前に水を出された。
あまりものを考えずにそれを受け取ると、フェイトはグイッ、と一気に飲み干した。
少しだけスッキリして、フェイトは頭をめぐらした。
そこには、見慣れた顔が二つ。

「え――?」

水を出してくれたのはユーノで、それはいて当たり前だろう。
何せ、記憶ではここはユーノの部屋で、そうなると彼は家主なのだから。
ならば、もう一人、義兄であるクロノはどうしているのだろう。
そう考えていると、少し昨日のことがぶり返して、ちょっとだけ痛んだ。

「…何で?」
「……迎えに、来た。」

それはちょっとデリカシーないような気がする、と思ってから、そういえばそう言う人だ、とも思った。
クロノとは、そう言う人で、それもまた、一つ、当たり前なのだろうか。

「その、僕は遠慮したんだがな…」

そう言って、チラ、とクロノはユーノを見る。
なるほど、ユーノらしいお節介とも言える。
ここでしっかりと決着をつけろ、と言うことなのだろう。

「フェイト…帰ろうか。 ――義兄としてしか言えないが、な。」

クロノは本当に困った顔をしていた。
とは言え、フェイトは、そんな顔を見て、わずかな寂しさとともに、どこか納得を覚えていた。
ああ、この人は、心底、兄なのだと。

「はぁ…」

思わず深々と溜息を一つ。
クロノはやっぱり困った顔をしていて。

「帰ろうか、義兄さん。」

自然と、そう言って、割り切る事ができた。
そのフェイトの返事に、クロノはあからさまにホッとした顔をして、ユーノは少し離れたところで苦笑していた。
でも、どこかその苦笑が、いつもと違って見えた気がしたのだが…フェイトは気のせいか、と思いながら、痛む頭を抑えてクロノと一緒に家路へとついた。

「ユーノ、ありがとう。」

最後に一言、お礼を残して。

フェイト達が出て行ってガラン、とした部屋の中で、ユーノはゴロン、とベッドに寝転がった。
もうすぐ、仕事の時間だが、ギリギリまでこうしていたかった。
少し、ほんの少しでもいいから、ユーノは、何も考えないでいられる時間を欲していた。
だから、昨晩のフェイトの事も、特に物を考えなくて済むから、ただそれだけの理由だったのかもしれない、とも思う。
天井に掌を向けて、ユーノは深々と溜息を吐き出した。





「今日は、少しのんびりしてる?」
「フェイトはいつものんびりしてない?」
「仕事の合間に休みに来てるだけだよ。」

あれから、1ヶ月程経って。
素直に、クロノの事を何の違和感もなく義兄さんと呼ぶことができるし、エイミィとの事も祝福できるようになった。
そうなってくると、今度は人の事が気にかかったりもするもので。

「まあ、お茶くらいなら出すけど。」

ユーノは苦笑しながら周囲から本を呼び寄せる。
フェイトは息抜きだが、ユーノは仕事の真っ最中。
とは言え、フェイトも息抜きに選ぶのが無限書庫になったのは、いつからだろうか、と少し考える。
まあ、基本的にここにはユーノもアルフもいるのだから、それこそ暇つぶしには事欠かないのも確かなのだが。

「…ユーノは、好きな人とかいるの?」
「ん〜、いないいない。」

結構適当な答えだったが、真実はいかに、と言ったところだ。
少し、なのはとの事が気にかかったが、ぶしつけに聞くのはいかがなものか。
しかし、相手はこちらの恋の顛末まで知っている。
少しくらいなら聞いてもバチはあたらないのではないだろうか、とノホホンと思った。

「ユーノは、なのはの事どう思っているの?」

そう聞いたら、何だか微妙に顔が曇った気がした。
フェイトは少し首を傾げたが、ユーノはすぐさま元の顔に戻った。

「そうだね、大切な友達、かな。」

そう言うユーノの顔に嘘はなくて。
なるほど、と思わずホッとしながら頷いた。
――ホッとした?
はて、と首をかしげて、フェイトは一つ頷いた。

「そっか…ユーノはなのはの事、好きだと思ってたよ。」

そう言うと、ユーノは少し悲しそうに苦笑した。
アルフがこちらを少し悲しそうに見ていた。
二つの事柄が、どんな意味を持っているのか、フェイトには分からなかった。



「今日もいい天気だね。」

学校に行く途中、なのはたちと歩きながら、フェイトはのんびりと空を眺める。
こんないい天気ながらも義兄もユーノも室内にこもってデスクワークをしているのだろう、と思うと、少しかわいそうな気がした。
まあ、二人とも、陽の下に出てきても、寝てそうな気配があるのだが。

「あ〜、それ当たってそうやな。」

言ってみれば、はやてはそう答えた。
まあ、二人とも多忙で疲れているのだ。
もし、のんびりとして出て来れたなら、まず寝ているだろう。

「ユーノはもう少し運動したほうがいいかなって思わない?」
「真っ白な肌で、ほっそいもんな〜」

肌だけなら私らより綺麗やで、と言うはやての言葉に、フェイトは苦笑する。
一体あの男らしさのなさは何事や、とはやてが言うと、フェイトはなんとなく反論したくなった。

「そんな事ないよ、ユーノは結構、男っぽい。」

そう言って、フェイトはまた空を見上げた。
さして意味はないのだが。

「…フェイトちゃん、なんか恋する乙女みたいな行動やな。」

ニシシ、と笑うはやての言葉に、少し前を歩いていたアリサとすずかが反応した。

「へえ、フェイトも恋?」
「誰なのかな?」

3人に詰め寄られて、フェイトは慌ててブンブンと首を振る。

「ち、違うよ!」

ユーノはなんと言うか、もっとこう…

「そ、そう、ユーノには感謝の気持ちがあるだけで、恋とか、そんなんじゃないよ!」

とは言え、そう言う自分が少々慌てているのがフェイトは分かっていた。
とは言え、まだよく分からない自分の心うち、とでも言えばいいのだろうか。
フェイトはとりあえず、否定することしかできなかった。

そして、それをずっと一歩ひいて見ていた、なのはの姿が妙に寂しそうだった。




ゆるりと時間が流れていくと、フェイトは少しして、ユーノを見ている時間が増えた事に気づいた。
まあ、執務官になって、必然的にユーノと仕事中でも会うことが増えた影響でもあるのだが。
すると、とある事に気づいた。
ユーノと、なのはの間の空気が、冷たい。
いや、冷たいなどとは言うまい。
普通の友達のような温かさなら、充分にあった。
でも、今まで、フェイトが感じていた、相棒とか、パートナーとか、そんな意味の温かさはなくなっていた。
何かが変わった、と理解できたら、フェイトは好奇心が大いに刺激されていた。
好奇心だけでなく、心配でもあったのだけど。

「――ユーノと喧嘩でもしたの?」

とりあえず、ある意味よく分かっているなのはに聞いてみた。
聞いてみれば、なのはは首を捻って見せた。

「別に、喧嘩なんて、してないよ?」

そう言うなのはの顔に、嘘はなくて、だからこそ、フェイトは首を捻った。

「じゃあ、ユーノと何かあったの?」

そう聞いたら、なのはは目線を宙に泳がした。
どう見ても、何かあったとしか思えなかった。

「…言わなきゃ、駄目?」
「…できれば。」

駄目、と言う事はないが、できれば、聞いておきたかった。
それに、ユーノとの関係が変わるような何かがあったと言うのに、フェイトは今まで気づかなかった自分に、少しいらだった。
執務官になって、覚える事がたくさんあって多忙なのは事実であったが、親友の異変に気づかないのも、妙なことだった。

「何でもないんだよ、本当に。 ちょっと――」

ユーノ君に告白されて、断っただけだから。




足取りが重い。
何故、聞いたのだろうか。
気になったから、心配だったから。
とは言え、予想以上の事に、フェイトはちょっと、ショックを受けていた。
平然と会話しているように見えたなのはだが、言うのにかなり逡巡していたのは見れば分かった。
わざわざ聞き出して、その結果がこれでは、到底、割りに合わなかった。

「…でも、そっか。」

ユーノが、なのはに告白して、振られていた。
それを聞くと、フェイトは今まで何気なく言っていた事が随分ユーノを傷つけたのかもしれない、と思った。
そう思うと同時に、どこかで喜びを感じてしまったのは、何故だろう。

「…謝りに行こう。」

少し混乱し始めていた思考をクリアにするためにも、フェイトは少し大きな声を出してそう言った。
謝りに行く、と言うのも、少しおかしいのもかもしれないが、それでも、それが一番良いような気がした。
それに、クロノに振られたときに、慰めてくれたのはユーノだ。
同じように振られていたなら、どうして言ってくれなかったのか。
まあ、言いたくないのは当然なのだが、それでも、言ってくれなかった事に、ちょっとだけ苛立った。
勝手だな、と思いながら、フェイトは無限書庫へと足を持ち上げ、進み始めた。





「別に、謝らなくてもいいんだけどな〜」

苦笑しながら言うユーノは、本当にそう思っているようだった。
フェイトは内心、ホッとしながら、でも、と思い直す。
本当に、そうなのだろうか、と。

「本当に、何とも思わなかった?」

少し遠慮深く言ってみたが、ユーノは特に表情を変えるでもなく、返事を返した。

「思ってない、って言ったら嘘かもしれない。」

少なからず、クルものがあったし、とユーノは言う。

「だけど、それは、フェイトに言われなくても、変わらないさ。」

表面化しないだけで、と続けたユーノに、フェイトは何となく、もやもやとした気持ちになった。
何だか、はぐらかされているような、そんな印象が、そこにはあったから。
だが、既に話題は終わった、とばかりに仕事に戻っていくユーノにかける言葉はなくて。
どうしようか、とその自慢の金髪をいじりながら、珍しく考え込む事になってしまった。

「フェイト〜、ちょっと来ておくれ。」

そんな時、アルフの声がしたので、フェイトはそちらに意識を向ける。
ヒョイヒョイ、と手を振っているアルフの所にたどり着くと、フェイトは首をかしげた。
アルフが、珍しいまでに、真剣な表情で、顔を寄せてきたから。

「フェイト、悪いことは言わないから、今は深入りはやめておきな。」
「アルフ?」

思わず、困惑してしまう。
しかし、自身を一番大切に思ってくれている唯一無二の使い魔の言葉だ。
聞かないわけにはいかず、そして、それが正しい事も何となく理解できた。
それでも、どこかで納得できないものが燻り続けていたのだけど。
事態は、思ったより、複雑なのかな、とフェイトは入ってきたよりも複雑な気持ちになりながら、無限書庫をその日は出て行った。




また緩々と時間は流れて、15歳になった頃だった。
別段、フェイトの中で何が変わったわけでもなく、ユーノに会う事も、日課のようになっていたし、なのはとユーノの間も特に変わった様子はない。
執務官の仕事で大忙しになり、時折、どこかの次元で事件が起きれば、目まぐるしく時は流れていく。
義兄さんもこんなに実は大変だったのかな、と思わず愚痴をこぼしてしまうのも仕方がない。
無限書庫に行って、資料を請求して、その後、雑談と共に、ユーノと一緒にお茶を飲む。
フェイトの休憩はそんなもの。
尤も、それだけで充分リフレッシュできるのだから、お手軽だな、とフェイトは自分でも思ったりする。
無限書庫でのそんな時間はホッコリとして温かく感じる。
ユーノも笑っていて、優しい目で見てくれているのが、何とも気恥ずかしく感じる時もあるけれど。

「フェイトちゃん、いつになったら自分で言うてくれるかな、と思うとったんやけど。」

そんな毎日が繰り返される中、本局ではやてとフェイトが話をしている中、そんな風に、はやてが切り出した話題があった。
言われても、フェイトは何かはやてに隠している事があっただろうか、と思う。
クロノとエイミィの件は、まだ公表されてはいないが、それは義兄達の問題なので、自分とは関係ないだろうし。
ハテナと首を傾げるフェイトに、はやては大きく溜息をついた。

「ユーノ君との事や。」

ユーノとの事?
一瞬、動悸が早まった気がしたが、フェイトは気のせい、と切って捨てる。
ユーノは大切な友達で、そんな対象ではないはず、とフェイトは最近揺らいできた確信を持ち出す。

「ユーノと、何?」
「この後に及んで白を切るんか。」

ムウ、と膨れるはやてに、フェイトは記憶を洗い出してみるが、特に思いつく事はない。
もしや、無限書庫のユーノのお茶菓子を無断で咀嚼した事であろうか。
だが、あれはアルフが勝手に出してきて食べなよ、美味しいよ、って言うから疲れていた頭では――

「ユーノ君、と付きおうとる、言う事や。」

そう、あれはアルフが純粋に好意で出してきたから食べたのであって、決してあまりにも美味しそうで物欲しそうに見ていたなんて事は――って、は?

「…はい?」

キョトンとした顔を向けてくるフェイトに、はやてはまだ白を切るんか、と少し苛立った顔をする。
とは言え、フェイトは正に寝耳に水、としか言いようがない。

「…誰が誰と付き合ってる?」
「フェイトちゃんとユーノ君が。」
「…何で?」
「何でって…」

今度ははやてが困惑する番だった。
確信を持って言い切ったことを、疑問でつき返されれば、人は困惑するものだ。

「フェイトちゃんとユーノ君がほぼ毎日楽しそうに、無限書庫で会って、楽しそうに話してるって言う――」
「はやてもユーノと二人で話してみたら? 聞いてて面白い話し沢山してくれるよ。」
「二人でどこかにこもって何かしてる…」
「う〜ん、もしかして、司書長室での勉強かな、まだ学ばなきゃならない事は沢山あるから。」
「…あれ?」

冷や汗を流すはやてに、フェイトは呆れた顔をする。

「そんな話、誰から聞いたの?」

少なくとも今はそんな事柄は全くない、とフェイトは思い、自身の思考の中に、今は、と言う言葉を見つけてアウ、と心の中で呻いた。

「誰からって…結構前から普通に流れてるで?」
「…は?」

フェイトは自身はそんなに噂に疎い方だったろうか、と思った。
少なくとも、その手の噂に耳ざといエイミィも何も言ってはこないのに。
エイミィなら、必ず聞きに来るだろう、と思っているし。
それとも、クロノの一件があったからだろうか。

「ちなみに、前っていつから?」
「…ん〜、私が聞いたんは、フェイトちゃんが執務官試験に受かる前からかな?」
「誰から?」
「シャマル。」

思わず心の中で最近見ていない医療班の大御所の顔を思い浮かべた。
ちょっと、噂の出先まで遡って問い詰めたかった。

「え〜、ほんなら、フェイトちゃんとユーノ君は付き合ってないって事やの?」
「うん。」

頷くフェイトに、はやては残念と言った顔をする。
そして、面白くなさそうに言った。

「う〜、と言う事は、フェイトちゃんはユーノ君と友達感覚でしかないって事やな。」
「――――――――――う、ん。」

長々と詰まった後に、フェイトは頷いた。
そんな間に、はやてが目を輝かせ始めたのを見て、フェイトは慌てて話題の方向を変える。

「でも、この話って、どのくらいの人が知ってるの?」
「え、あ、そうやな、確認せな分からんけど、知り合い各所、皆、そう思うとったんとちゃうかな。」
「――なのはも?」
「あ〜、多分、知っとるな、この話題は嫌な顔して露骨に敬遠しとったけど。」

フェイトは、悪寒が走るのを感じた。
嫌な予感がした。
何だろうか、これは。

「そ、その話、なのはとしたのって何時?」
「え、う〜ん…あれは確か…そうそう。」

フェイトちゃんが執務官試験に合格して、すぐやった。




「ユーノ!」
「フェイト?」

泣きそうな顔をして無限書庫へと飛び込んできたフェイトに、ユーノは慌てる。
何があったのだろうか。
いつかこんなフェイトの表情を見た気がした。
それは、いつの事だったろうか。

「ごめん、ごめんなさい!」

謝るフェイトに、ユーノは本当に困惑を深めることしかできない。
ユーノはアルフに目線を送る。

「ちょっと、フェイト、あっちにいこうか。」

そう言って、アルフは司書長室へとフェイトを引っ張る。
ユーノはその間に副司書長しばらくこもるから、と言っておく。
副司書長も、見ていればそんな事は分かったので、即座に頷いた。

「出てくる時はちゃんと泣き止ませてくださいね。」

壮年の女の人なのであるが、さすがにユーノは居心地が悪かった。
今回ばかりは、全く自信がなかったから。




「ごめん…」
「謝ってばかりじゃ分からないから。」

司書長室へと入ったユーノは、まず、フェイトを宥め始める。
何せ、事情を知らない事には話が始まらない。
アルフは、色々と悟った表情をして、外に行ってしまった。
床にペタンと座り込んでいるフェイトに、ユーノも真正面に座る。

「わ、私のせいで…」
「フェイトのせい?」

ユーノは思い返してみるが、特に思いつく事はない。

「なのはに――振られた。」

ギチリ、とユーノの心の中で、傷が軋んだ。
思い返されてしまった、あの時の言葉。

『ユーノ君は、フェイトちゃんと付き合ってるんでしょ? だったら、そんな事言わないで。』
『――なのは!?』
『それに、私は、ユーノ君の事、友達としか思ってないから。』

ユーノはあの時のなのはの表情も覚えてない。
軽蔑の視線だったろうか。
それとも、何か、苦渋に満ちたような顔だったろうか。
だけど、それは――

「フェイト、フェイトは関係ないよ。」
「でも、でも!」
「なのはは、僕の事、友達としてしか思ってなかった。」

静かに目を閉じてそう言ったユーノの瞳からは既に痛みが消えていた。
もう、随分、塞がった傷だった。

「それにね、ひどい事を言うとね、フェイト。」

一拍置いてから、ユーノは無表情に言った。

「僕はあの日、帰りに君を見かけて、泣いているの見て、一瞬でも、『いい気味』だってそう思った。」
「――!」

息を呑むフェイトに構わず、まるでユーノは懺悔するように、ずっと仕舞っていた心中を吐露する。

「僕が振られたのに、フェイトが上手く行ってたら、僕は本当に最悪な事を君に言っていたかもしれない。」
「でも――ユーノは慰めてくれたよ?」
「ああ…僕にも分からない、本当は、フェイトを放っておいて、一人でお酒飲んで寝ようと思っていたんだよ?」

なのに、気づいたら、フェイトに声をかけていたんだ。
そう言うユーノの顔に後悔はなくて。
フェイトを責める様な表情もなくて。

「分からないんだ、僕にも。」

フェイトに何一つ悪いことなどないと分かっている。
さりとて、自分が悪いわけでもない。
何が悪いのか、と問われても、何も悪くないだろう、と少なくともユーノは思っている。

だから、結果は、必然だったのだ。

「だから、フェイト、僕は、泣いて欲しくなんかないし、謝って欲しくもない。」
「じゃあ…何?」
「何って…」

そう聞かれるとなぁ、と唸るユーノは、ピーン、と電球を光らせた。

「笑っていて。」
「笑って?」
「勿論、辛い時とかに笑っていて、って言ってるわけじゃないから。ただ、笑いたい時に、笑っていてくれたら、それでいい。」

穏やかな視線を向けられて、フェイトは慌てて涙を拭いて、ユーノを見る。
笑おうとして、頬の筋肉が動いてくれなかった。

「無理しないで。」
「笑いたいんだけどな。」

ちょっと膨れたフェイトの顔に、ユーノは苦笑する。
でも、雰囲気は、とても穏やかで。
ユーノは、さあ、と立ち上がってフェイトに手を伸ばす。
フェイトはその手を不思議そうに掴んだ。
その様子に、どこか小動物のような雰囲気を感じて、ユーノはこっそりと笑った。
しかし、それに目ざとく気づいたフェイトは、ユーノに不思議そうな目線を向ける。

「どうかしたの?」
「ううん。」

首を振るユーノを見ながら、フェイトは今度こそ、笑った。
少しいたずらっ子のような表情で――それはどこか吹っ切れたような表情で――問いかける。
その時には、今まで否定していた事が、非常に素直に認められて。

「先生に質問です。」
「え?」

突然そんな事を言い出すフェイトに、ユーノはホッとして、しかし、疑問の声を上げる。

「答えてくれる?」
「僕に分かる事なら。」
「先生は、私の事を好きですか?」

思わず目をパチクリさせて、ユーノはフェイトをマジマジと見つめる。
その頬が上気していた。

「…LikeかLoveか聞いてるの?」
「…察して。」

ユーノは頬をポリポリと掻いてから、ドンドン顔を赤くしているフェイトに、息を吐く。

「Like…もう少しで、Love、かな。」
「…もう少し?」
「そう、もう少し。」

そう言って、司書長室を出ようとしているユーノを、フェイトは捕まえる。
ギシリ、と動きを止めたユーノに、フェイトは動揺を感じ取る。
それが分かったから、フェイトは、恥ずかしくても、ユーノの肩に手を置いて、背伸びして、自身の顔をユーノの顔に近づけた。

「それじゃ、今、もう少しだけ、好きになってね。」

そう言って、フェイトは、顔を近づけて――
ユーノの恋人になった。

−Fin−

酷い話を書いた気が…
これのなのはサイドもありますけど…読みたい人いるかな?





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