なのは達が学校を卒業して、5月になった。
管理局にパートタイマーではなく、完全に入局して働き始めると、少し息が詰まるような気分だった。
休日だけとか、任務が入れば、それこそ一日や二日くらい、今までだって管理局に詰める事は何度もあったのにだ。
やはり、息抜き、と言うのが下手と言う事なのだろうか。
クロノやはやてを見ていると、やっぱりそうなのかもしれない、となのはは思う。
まあ、クロノは完全に仕事が趣味になっているので、何とも言えないのも確かなのであるが。

「はぁ〜」

溜息を一つ、本局内の食堂で洩らしたりもする。
体はそれほど疲れていない。
何せ、まだまだ若いのだ。
気にするまでもない。
どちらかと言えば辛いのは精神的に。
学校、というところで、いかに自分が楽しかった、と言う事を今更ながらに思いつく。

「五月病だよ、なのは。」
「フェイトちゃん。」

いつのまにか、対面にフェイトが座っていた。
あれ、と疑問の声を上げたりもするが、時計を見ると、どうも10分ほどボケッとしていたらしい。
そこまで気が抜けているのか、と思わず自分でも恥ずかしくなってしまうなのはであった。

「何となく、学校が懐かしいんだよね。」
「フェイトちゃんも?」
「そうだよ、こうなってみると、義兄さんとかユーノとか、あんなに仕事一筋なのも何となく分かる。」

フェイトの言葉に、う〜ん、と唸るなのは。
学校など、一体何年前に出たのか、クロノとユーノは。
少なくとも、クロノもユーノもなのはと出会う前には学校は卒業していた。
なのはとフェイトも士官学校は3ヶ月で出たが、それとこれとはまた話が違う。

「ずっと仕事していると、何だか気分が殺伐としない?」
「う〜ん…そうかも。」

お互いに苦笑してしまうのは、やっぱりそれほど良い話題がないからかもしれない。
かといって、特別に酷い話題も最近はない。
P・T事件、闇の書事件と次元災害クラスの大きな事が起こったせいか、あれクラスの事件はお目にかかっていない。
と言うか、あんな大きな事件が一年以内に二つも起こる方がまれなのだが…

「でもさ、なのはは殺伐としたり、寂しくなってもいいじゃないか。」
「な、何で?」

何となく、言われる事が分かったような気もしたけど、それでもやっぱり聞き返してみた。
フェイトが、何となく、ニヤリと笑った気がした。

「愛しのユーノに会えばいい。」
「…ユーノ君が局内にいたらね。」

ドヨーンとした雰囲気になったなのはに、何だ、結局そう言う事もあったか、とフェイトは思う。
つまり、今はユーノは出張中なのだろう。

「ユーノ、どこに行ってるの?」
「学会に新しい論文の発表だって。」

その辺り、なのははチンプンカンプンだった。
一度、論文を読んだことがあるのだが、イージスが興味深そうに読んでいる隣で、頭をスパークさせていた。
基本知識を抑えないと読んでも意味分からない、と言うのはユーノの言葉だ。
確かに、論文内には専門用語だらけだった。
なるほど、読めないのは致し方ない。
しかし――

「…イージスにも負けているよぉ。」

何となく拗ねたような声だった。
母としての威厳があまりにもなくて虚しさを味わっているのだろう。

「なのは、イージスに知識で勝つのは無理だよ。」
「…分かってます。」

そんな事は母であるなのはも良く理解している。
人間のような今であっても、イージスはやはりデバイスで。
とは言え、そこに何も思うわけではなく、やはり娘は娘なのだけど。
その記憶力が遥かに人間を上回っていても当たり前だ。

「フェイトちゃんはいいよね、エリオ君は、まだまだ甘えてくれるし。」
「…イージスもすっごく甘えてない?」
「最近、イージスが甘えるのが、ユーノ君以外には減ってきたの。」

なるほど、つまり――

「イージスが構ってくれなくて、ちょっと寂しいの?」
「そうだよ〜!」

思わず顔が引き攣りそうになるフェイトの前で、なのははちょっとばかり愚痴を繰り返すのだった。
とは言え、フェイトも、エリオがこちらに甘えてくれる事がなくなったことを想像すると、ちょっと寂しかった。





「イージス、そっちは駄目だよ。」
「は、はい!」

緊張の声を返しながら、イージスはユーノに隣に慌てて戻る。
初めて来た場所なだけに、やっぱり好奇心でフラフラ〜、としてしまう。
学会も終了して、帰ろうとした時のことだ。
ちょっと緊張も解けてしまったのだろうけど、その様子に、ユーノは苦笑する。
今回の学会で、イージスは立派にユーノの補助をしてくれた。
だから、何かご褒美とかも上げたいのだけど、この子は一体何を喜んでくれるだろう。
お菓子、とかは、翠屋に行くと、桃子がそれこそ際限なくあげてしまう。
おもちゃとかは、すずかがいくらか与えてくれる。
う〜ん、と思わずユーノは唸ってしまう。

「ん、もしかして、ユーノか?」

声に振り向けば、そこには、懐かしい顔がいた。

「レイス、レイス・スクライアかい?」
「ああ、6年ぶりくらいかな、久しぶりじゃないか。」

旧友との再会を喜びながら、ユーノは彼の事を思い出す。

レイス・スクライア。

ユーノより二つ年上で、優秀だった。
ユーノのグループとは違う場所で遺跡発掘責任者をやっており、魔導師ランクもAAクラスだったはずだ。
がっしりとした体や短く切られた毛に相反して、どこか細い印象がある。
顔は、ユーノのように女性っぽくない。
綺麗ではあるが、男性的な綺麗さだ。

「しかし、お前はまだまだ女顔だな。」
「ほっといてくれ、気にしてるんだから。」

眼鏡を押し上げながら、ユーノは抗議する。
まあ、なのはやすずか以外は、皆そのことを肯定するので、どうしようもないのだが。
ちなみに、二人がそう言わないのは、二人とも、ユーノの"男"の顔を知っているからだ。

「ちなみにそっちの子は?」
「僕の娘。」

即答すると、レイスの顔が驚きに歪んだ。

「こんな大きな子供持って…」
「まあ、実年齢はこの子まだ半年ちょっとだけどね。」

そう言うと、レイスは妙な目でイージスを見た。
イージスは何となく、たじろいでしまうような、そんな目だ。
レイスは、しかし、少しするとイージスから目を離して、ユーノへと視線を戻した。

「学会、見させてもらった、やっぱり君は優秀だな。」
「何言ってるんだ、君の方が優秀じゃないか。」

本心からそう言っているのは、ユーノの価値観と思いからだ。
小さな頃、ユーノにしてみれば、レイスは憧れだった。
天才の域にいたユーノよりも上にいた存在、それがレイス。

しかし、レイスは曖昧に口を濁すだけだった。
何だろう、と思ったが、ユーノが疑問を口に出す前に、レイスはきびすを返した。

「又今度、あったらゆっくりと話をするとしよう、今日はこれから用事があってな。」
「え、あ、うん…?」

何だろう、とても唐突な感じだった。
まるで今、用事を思い出したかのように。
不思議そうな顔をしたまま、ユーノはイージスを見下ろした。
目があったイージスは――初めてかもしれない――嫌悪の感情を浮かべていた。

「どうしたの、イージス?」
「ユーノパパ…あの人は…私を…『人』でも『デバイス』でもなく…」

『物』を見る目で見ていた、とはイージスの言葉だった。
そのことに、ユーノは少し考え込む。

「――ノ、おい、ユーノ!」
「え?」

考え事をしていたユーノはその声に気づいていなかったので、慌てて振り向いた。
そこには見知った顔が一人。

「クロノ、何でここに?」
「ああ、ちょっと、所用があってな。もう終わったが。」

男二人、と言うのは結構珍しい。
二人とも、周りの友人が基本的に女性だらけなことも相まって。

「しかし、君はやはりスーツとかは似合わないな。」
「…まあね。」

自分でも分かっているだけに、どうも答えが鈍い。
男としては、スーツなどをパリッと着こなす男になりたかったと思う。
そんな思いを体現しているのが、目の前のクロノや、恭也だろう。
密かにあこがれる男二人に、ユーノは思わず自分との格差を感じて溜息を吐く。

「大丈夫です、ユーノパパは格好いいです!」

力説するイージスに、ユーノは笑みを浮かべる。
イージスの頭を撫でてあげながら、ありがとう、と言うのだった。

「クロノさんも、ユーノパパを馬鹿にしないでください。」
「あ、いや、別に僕は君のお父さんを馬鹿にしたわけでは…」

クロノがしどろもどろになって言い訳するのをユーノは苦笑しながら見ていた。
全く、この友人は、どうしてもこういう時に弱い。

「最近は大きな事件もなくて、ホッとするね。」
「ああ、災害は仕方がないが、ロストロギア関係の事件もないからな。」

とは言え空港爆破やらなにやら、チョクチョクあると言えばあるのだが。
それでも世界が崩壊するような事件は今の所何も起こっていない。
まあ、ユーノもクロノも、そんな超自然災害的な現象も怖いのは分かっているが、それよりも怖いのは――

「今は、犯罪者達も落ち着く時期なのかな?」
「さあな、僕の経験上ではそれはなかったと思うんだが…」

クロノに言わせて見れば、落ち着く事などないのだ。
定期的に増えも減りもするが、平均的に見れば、それほど量に変わりがないのが、犯罪、というものだ。
時空管理局での記録も目に通しているユーノもそれは理解している。
なのに、最近は、逆にそれが少なすぎる。

「…嫌な予感は?」
「…正直に言うと…してるな。」

二人の耳に入り込んでくる情報は、最近、きな臭いものが増えている。
穏やかなのは穏やかだ。
とは言え、ここまで静かだと、正に嵐の前に思えてくる。

「無限書庫には?」
「不可思議な依頼がいくつか、関係部署も知らないような奴だね。」

思わず、クロノも眉根を寄せて、先を促す。

「おかしいんだ、正式発行されている依頼なのに、誰も出した覚えがない、なのに、終わらせてその部署に持っていくと、誰かが受け取った、と言う。」
「つまり、誰かがそれを隠している?」
「確率は高い。」

だから、内容はダミーだけど、とユーノはサラリと言う。
その辺りの抜け目のなさは最近、急速にユーノに身についてきている所だ。
きっかけは、司書長室を作るに至った段階からであるが、それはまた別の話。

「…ちなみに、依頼内容は?」
「ロストロギア一覧。」
「管理局内部で管理しているものか?」
「いや、内外問わずに、確認できているもの全て。」
「怪しすぎるな…」
「どうも、くだらない事を考えている奴らがいるのは間違いないね。」

そう言うとユーノは、足元で真剣に聞いていたイージスを、ヒョイと抱き上げる。
二人ともそんな事を話していても、顔は普段どおりだ。
腹芸に慣れているのは、色々理由がある。
一言で言うと、管理局にも狸が多いと言う事だ。

「で、クロノはそれを聞きにきたの?」
「いや、たまには友人と上手い店で食事をしようかと思ってね。」
「イージス、クロノがおごってくれるって。」
「わあ、ありがとうございます、クロノさん。」
「…卑怯だぞ、ユーノ。」
「いいじゃないか、僕も君も、お金は結構余ってるだろう?」

まあ、クロノは、11歳の時には執務官としてそれなりに大きな給料をもらっていた。
それから9年管理局に務めてきて大きくお金を払う事態には直面していないので、結構お金があるのは確かだ。
とは言え、エイミィとの結婚の件を考えると、それほどお金を無駄遣いもできないのだが。

「まあ、君の娘にご飯を食べさせるくらい、別に出費らしい出費にもならないからいいがな。」

それはそうである。
3歳児サイズのイージスがそれほど食べれるわけもない。

「僕の分くらいはちゃんと僕が出すよ。」
「それが当たり前だ。」

二人とも憎まれ口に近いやり取りをしているのだが、不思議と雰囲気は優しいものだ。
その後、この日は、二人ともきな臭い会話はしなかった。
そのことを忘れる事も決してなかったが。




「あれ、なのは?」
「あ、お帰りユーノ君。」

部屋に帰ってみれば、なのはが椅子に座っていた。
放り出していたはずの資料などが整理されているのを見て、ユーノはなのはが結構長い間ここにいる事を悟る。

「今日はちょっと暇が出来たから、掃除と料理でも、と思って。」
「…そっか、ありがとう。」

こうしたやり取りが、今は非常に心地良い。
ありがとう、と素直に言える、愛しい人。

「イージスも、お母さんからケーキもらってきたよ。」
「わーい!」

ピョン、と飛び出してくるイージスに、微笑みながら、ユーノは目を柔らかく細めた。
そして、内心考える。
管理局の内部の今のきな臭い話。
できれば、なのはやフェイト、はやて達のように、真っ直ぐに生きる人たちには知って欲しくない、と。
そんな非常に汚い泥みたいな話、関係するのは、自分達だけで充分だ。
彼女らは、華のように華やかに穢れ無きように、真っ直ぐ頑張って欲しい。
そう願ってしまうのは、やっぱりただの自分勝手なのだろうか、とユーノは思う。

「ほら、ユーノ君、冷めちゃうよ〜?」
「ユーノパパ、早く!」

せかされて、苦笑を浮かべながら、ユーノは席についた。








ユーノとクロノの会話から、一週間。
アースラのブリッジで、クロノは一つの報告を受け取って、眉間に皺を寄せて、呻いた。

「遅かった…」

エイミィが受信した事柄は――アルカンシェル装備のL級巡航艦ギレールの行方不明。

ー続くー


というわけで、シリーズは長編に突入。
まあ、20話前後も続けば終わるかと思いますけど…
こうしてG−WINGが予想すると、大概長くなるんですけどね(汗)。





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