クロノが、ギレール行方不明の報を受けていたその時。
ユーノは無限書庫で客を迎えていた。

「レイスが行方不明だって?」
「そうなのよ、今は探している最中。」

ユーノが驚きの声を持って相対している相手はリーシュ・スクライア。
金色の髪をシャギーに切り揃え、容貌は卒がない、と言ったところだ。
年はユーノより一つ上の16歳。
ユーノの記憶の中では、レイスの妹分…もしかしたら、どちらかと言うと恋人か。
少なくとも、6年前でさえそう思っていたのだから今は普通に恋人かもしれない。

「…全然、見つからない。 一ヶ月もどっか行っちゃうのは初めてで、ちょっと戸惑っている。」
「…一ヶ月?」

ユーノがレイスに遭遇したのは一週間前だ。
だとすると、一番新しい遭遇者は、自身だと言う事になる。

「その反応、ユーノは知ってるの!?」
「…一週間前に会ったよ、学会で。」
「ミッドチルダにいたのね!」

それだけ分かれば御の字、と言って、リーシュは素早く無限書庫から退出するように飛んでいく。
それをみて、慌ててユーノは声を飛ばす。

「とりあえず、知り合いにそれとなく探すように頼んでおくから!」
「うん、ありがとう!」

リーシュが手を振りながら無限書庫から出て行くと、ユーノは深々と溜息をついた。
少しだけ、嘘が混じった。

「ユーノパパ〜」
「イージス、どうしたの?」

ふわふわと無重力の中を飛んでくるイージスを捕まえて、ユーノは首を傾げる。
一体、どうしたのだ、と。

「お手紙が来てます。」
「手紙?」

本日は珍しいことが多い日なのだろうか。
手紙などもらうのは、いつ以来だったろうか。
基本的にメールか電子通信だけなのだから、紙媒体の手紙などなんと珍しいことか。

「……長老?」

本局に勤めて以来、顔を合わせていない男からの手紙だ。
ユーノは本格的に嫌な予感を覚えながら、手紙を無造作に開封した。
大体にして、こんな時はろくな事がない。




L級巡航艦、ギレール。
管理局初となる…アルカンシェル常時搭載艦である。
アルカンシェルの使用承認を取って、更に艦に装備させる、と言う二手順を踏まなければ通常アルカンシェルを行使することはできない。
しかし、その時間の間に滅ぼすべき対象がなくなっている事は多々ある。
なので、ギレールはその一手順だけでも、と解消されるように作られた巡航艦である。
先ほどの航海と言うのは、その艦の初航海であった。
それがいきなり行方不明になってしまう辺り、何者かの策謀を感じざるをえない。

「…目的は…何だ?」

クロノは艦長席に座り、それをまず考えていた。
はっきり言って、アルカンシェルほど、盗られて厄介なものはない。
空間消滅砲。
防ぐ方法はまず皆無。
当てられれば最大級の魔法生物であろうと、まず間違いなく一撃で消滅だろう。
それが、神話にでも出てくるであろう、非常識な何かでもなければ。

「管理局本局への強襲か…?」

いや、それならもう、事は起こっていなければおかしいだろう。
情報がこちらに伝わる前の電撃作戦でも行わなければ、本局はアルカンシェルが相手でもどうにかするだろう。
しかし、まだ行方不明になっただけだ。
なのに、クロノはすでに何者かの暗躍を前提で考えている自分に苦笑した。
だが、最悪は想定しておいてしかるべきだ。
もし、航海中に、ギレールと接触するようなことになれば…
そして、それが敵になっていたとすると。

「…どうやって対抗をするべきか。」

ひたすらかわして、反撃。
それしか考えつかなかった。
しかし、アルカンシェルはバレルを展開して艦を固定しなければ撃てない。
そう考えると、あながち外れていない、とクロノは思った。

「エイミィ、ギレールの搭乗員がどうなったかは分かるか?」

自身一人の思考から脱出し、クロノはエイミィへと声をかける。
妊娠四ヶ月目の彼女だが、まだ産休には入っていない。
体型が変わりはじめるまではこのままでいるらしい。

「……搭乗員の半数、及び艦長は、最終確認地点で救出されたって。」
「…残りの半数は?」
「不明、でも、艦長や救出された人からの話を総合すると…」
「艦を…乗っ取った、か。」

それを想像するのはたやすい。
が、理由がやはり分からない。
こんな事をしても姿を現したなら、後は逃げ切る事などきるはずもないのに。
クロノは暫く眉間に皺を寄せた後、無限書庫へと通信を繋げた。





「…本気でこんな馬鹿やられたのか、あの爺!?」

真面目に丁寧語すらない親の台詞に、イージスはキョトンとする。
と言うか、ここまで険しい父の顔をイージスは初めて見た気がした。
手紙には、それほどの事が書いてあったのか、と思う。

「スクライア司書長、ハラウオン艦長から通信です。」
「――分かった。」

不機嫌そのままに通信にでたユーノの前に出たのは、こちらも不機嫌そのままのクロノだった。
お互いにお互いの顔を眺めて、出た台詞は――

『不機嫌そうだな』

全く同じタイミングで同じ台詞だった。
思わず沈黙して、二人は一瞬目線を外す。

「…ちょっと頭が冷えたよ。」
『こちらもだ。』

二人で溜息を吐いてから、真剣な顔で二人は視線を合わせる。

『司書長室へ行ってくれ。』
「…そこまでかい?」
『ああ。』

分かった、とユーノは一度通信を切って司書長室へと行く。
途中で、アルフとイージスも捕まえておく。
別に、身内だから、とかそんな理由ではない。
記録役、としての役割があるからだ。

無限書庫司書長室。
この中には禁書やら古代の魔道書やらがある、と言われている。
が、それは真実の一端でしかない。
そして、ユーノにとってみれば、それは重要性はそれほど高くない。
機械と魔法で最高レベルのセキュリティが組まれているのは、もっと他の要因があるからだ。
そして、無限書庫司書長室へと入れるのは――

『ロック解除、入室者、司書長、ユーノ・スクライア。』
「もう一人、司書長補佐、アルフ。」
『魔力波長、確認、虹彩、確認、了承。』
「行くよ。」

ユーノが確認を取った人間だけである。
日々、そのセキュリティレベルは上がっていく。
例外的にイージスは入れるが、それも一人では無理だ。
イージスが権限を与えられる場合は、何らかの理由でユーノが動けない場合だけ。

「ユーノパパ…お顔が怖いです。」
「何か、あったのかい?」
「うん、僕の方でも、クロノの方でも。」

司書長室の通信端末は、外部から完全に遮断されている。
ユーノがコンタクトした時のみ、その方向に向けて通信が開かれる。
一チャンネルだけ。

「通信繋げるよ。」

ユーノがそう言うとともに、ユーノの前に、大型のウィンドウが表示される。
『……アルフも一緒か…今から話すことは、フェイトには通さないでくれ。』
「ちょ、ちょっと待ちな、そこまで機密レベルが高いのかい!?」
『いや、もう少ししたら多分公になるだろうさ、だから、今だけだ。』
「…あいよ。」

少々緊張の度合いを高めながら、アルフは返事を返す。

『昨日、L級巡航艦ギレールが消息を絶った。』
「…ギレールか、例のアルカンシェル常時搭載艦が。」
「どう言う事ですか?」

ユーノは眉間に皺を寄せて唸るように言う。
イージスは意味を理解している。
その上で、何故消息を絶ったのか聞いている。

『…はっきり言えないが、多分艦内でクーデターが起こったものと思われる。』
「…それにしては何もない?」
『ああ、何の要求もない。しかし、計画的だったのは何となくだが感じる。』

確かに、その通りだ。
こんな事をいきなり思いつきで実行したりするはずもないしできたりもしない。
何かしらあるのだ。
しかし、その何かしらが、分からない。

『…お前の方は?』
「スクライアの長老から手紙が来た。 内容はね――」

一拍置いてから、ユーノは本当に頭が痛いよ、と呟く。
そして、またクロノの映る画面を見つめて言った。

「スクライアの一族が管理していたS級ロストロギア二つ、しかもスクライアが神宝扱いしてたものが一つ、盗まれたって。」
『何だと!?』

クロノの驚きも尤もである。
S級などと命名されるのは、意図は理解できても、全くその中身は解明できないと言う、実質危険物扱いのロストロギアだ。
それを、二つも盗まれた、などという話になったら、下手すれば次元崩壊クラスの話だ。

『それで…!?』
「僕にも探索願いが来た。」

一族の中でもとりわけ地位の高いものに送られているらしい。

「…しかも、身内の犯行の可能性が高いらしい。」
『スクライアの者、と言う事か。』

二人は一旦話を切ると、フゥ、と溜息をついた。

「来たね、嵐。」

嫌なもんだ、とユーノは天を仰ぎながら、目を閉じる。

『ああ…大事以上に、大事になりそうだな…』

この二つの事件、既にユーノとクロノは何かしら関係がある、と睨んでいた。
ほぼ関係のない場所で起こった、全く違う事件であるが、タイミングがかち合いすぎている。
そして、両方、とても放っておける話ですらない。

「…ユーノパパ?」

閉じていた目を見開いて、ユーノはイージスを眺める。
その顔は不安そうに歪んでいる。
そんな顔をさせたくはない。
そう思いながら、ユーノはイージスの頭を撫でる。
それだけで、少しでも笑ってくれる目の前の娘に心をほぐされて。

「クロノ、ロストロギアの資料を送っておくけど…秘中の秘だ。 君以外誰にも見せるな。」
『…そこまでなのか?』
「ああ…知っていれば、誰でも欲しがる。 力を求めるものなら、余計に。」

そう言うと、ユーノは資料をクロノへと転送する。
資料を確認したクロノは一つ頷くと、通信を切った。
思わず、フウ、とユーノは溜息を吐きそうになるが、これからだ、と気合を入れなおす。

「…でっかい嵐になりそうかい?」
「…僕とクロノの予想では、ね。」
「…どうやって、かわしましょうか?」

イージスの言葉に、苦笑するユーノとアルフだった。
とは言え、既に巻き起こっている。
そんな嵐をかわす術はさすがにないだろう。
無関心を決め込めば、別かもしれないが。
そんな事は、さすがに無理だと分かっているから。

「できるだけ、頑張ってみようか。」
「そうだねぇ…」
「頑張ります!」

気合抜群のわが子を細目で見ながら、やっぱり苦笑するユーノ。
年をとった、とか考えたのかもしれない。





「レイスさん…え、と確か、前に、ユーノ君の話に出てきたよね。」
「うん、僕の、スクライア一族にいた頃に出来た、友達かな。」

しかし、そう言うユーノの顔は、どこか憎々しげで、なのはとイージスは顔を見合わせて首をかしげた。
ここは、本局食堂、3人は夕飯中である。
珍しく、3人とも仕事は終了済みだ。

「何か、友達って感じじゃないんだけど…?」
「え、あ…う〜ん…いつも話していると喧嘩ばっかりだったからねぇ…」

お互いに、お互いの魔法理論がおかしい、ここがおかしい、お前の方がおかしい、とか。
ユーノはそんな思い出を憎々しげに語る。
しかし、なのはからしてみれば、ユーノにもそんな相手がいたのか、と少し珍しく思ったほどだった。

「どうしたの、なのは?」
「ううん、クロノ君以外に、ユーノ君がそこまで好き勝手に文句を言う人がいたのか、と思って。」
「……気を使わなくて言い分、クロノ相手よりもっと言いたい放題だけどね。」

フン、と鼻息を荒くするユーノに、なのはは何だかおかしくなって笑う。
それに何ともバツの悪そうな顔をするユーノだった。

「でも、やっぱり友達?」
「友達だね、ライバルかな? まあ、どっちにしても、あいつには勝てないかな、とか思った。」

そう言うユーノは不満そうだけど、どこか誇らしげにも見えた。
何のかんのと言っても、やっぱりユーノは本当に仲が悪い人間がいないなぁ、と思ったなのはだった。

「…あいつが行方不明か。」
「でも、ユーノパパ、この前、お会いしましたよね?」

ユーノのぽつりとした言葉に、イージスは首を傾げる。
それに対して、ユーノは生返事を一つ返しただけだ。
その様子に、やはりどこか納得のいかないイージスとなのはだった。

「まあ、なのはもこの写真、頭に入れておいて、3点、レイスと…盗まれたロストロギア。」
「うん、分かった。」

なのはの眼に写るのは、3枚の写真。
金の髪を短く刈った、男性的な顔つきの男が写った写真。
何か、赤い棒のようなものが写った写真。
そして、何の変哲もない装丁の本が一冊写った写真。

「レイスはともかく…ロストロギア二つは、もし稼動状態で発見したら――」

確実に逃げてね、とユーノは言う。
その神妙な様子に、なのはも頷く。
ロストロギアは警戒心なくしては決して近寄ってはならない代物だから。

「…形は知っておいて、性能も教えても良いのかも知れないけど…どうする?」
「教えても良いのなら、お願い。」
「他言は無用、こっちはね――」

そう言って、ユーノはイージスとなのはに盗まれたロストロギアの情報を提供していく。
食堂の一角で極薄い防音結界の中で行われた説明であった。

ー続くー

導入部が続きます。
もう少し色々やったら、一気に転がっていこうと思ってます。
こういう話の時は短いなぁ。
今は、起、ですかね。





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