「なのはは今日は休暇なの?」
「うん。」

笑うなのはだったが、ちょっとだけ、残念そうだった。
折角の休暇だったし、ユーノとゆっくりと過ごしたいなぁ、と思っていたのだが、生憎ユーノは抜けれそうな雰囲気ではない。
そして、ロストロギアの件でピリピリしているのか、なのはの目から見ても、ユーノは少しいつもより余裕がない。
ちょっと悪循環のような気もしたが、まだ気にするレベルでもない。
だから、なのはは今日の予定はアリサとすずかと久しぶりに遊ぶことになっている。
向こうは本日は土曜日であり、高校も休みらしいから丁度良かった。
なのはも一日手持ち無沙汰に過ごさなくて良い、とホッとしたようだった。

「フェイトちゃん達は今日は制圧任務だっけ?」
「うん、はやて達の話では、やっと本拠地だろうって。」

今まで、5つほど制圧して、やっと本拠地に到着したらしい。
中々根の深い密輸組織だったようだが、これでやっと終りや、とはやても最後、と言う事で少しだけ気を抜いて語ってくれた。
まあ、まだ制圧してないから油断はできんけど、と言う彼女はやはり指揮官のような気がした。

「でも、行くところの次元世界って確か…」
「うん、次元軸が不安定なんだって。」

次元軸。
まあ、言ってしまえば、どれだけその世界が衝撃に強いかどうか、と言う事だ。
軸が傾いていたり、不安定だったりすると、他の次元世界よりも簡単に世界が揺らぐ。
つまり、簡単に次元振が起こりうる世界と言う事だ。
相手が陣取っているのが、その核とも言える場所だった。

「まあ、そんな簡単に揺らがないから、心配もしてないけどね。」

言ってしまえばその通り。
いくら不安定とは言え、人の力で及ぶ範囲ではない。

「そっちはそんなに気にしないで、フェイトちゃん、気をつけてね。」
「大丈夫、油断はしてないよ。」

親友二人は、ニッコリと笑いあう。
確かにいくつか不安な点はあったが、それでも窮鼠、猫を噛む程度の問題としか思っていない。
鼠に噛まれるのは警戒しなければならないが、それでも過剰に心配するレベルでもない。

「…でも、最近、義兄さんがピリピリしてるんだ。」
「ユーノ君も。」
「…多分、こっちはギレールが行方不明になった件かな。」
「こっちはユーノ君に口止めされてるんだ。」

それを聞きながら、フェイトは眉間に皺を寄せる。
いくつもの話が一度に出てきて、それらが圧迫してくるような感触。
とは言え、本日の任務には関係あるまい、とフェイトは懸念を捨てる。
メンバー的に見ても豪華な面子だ。
はやてにヴィータ、シグナム、加えてフェイト。
攻撃的な面子の布陣としては、かなりのレベルとなる。
いささか近接戦に寄っているが、それでもここにクロノが加わると、攻撃面としては破格ともいえる。

「まあ、義兄さんが出撃する事なんてないと思うけど。」
「それはね。」

二人で苦笑する。
いかに、訓練を怠っていないとは言え、クロノは艦長だ。
そう簡単に艦長が出撃していいはずがない。

「まあ、油断はしないけど、のんびり行ってくる。」
「うん、頑張ってね。」

笑顔で送り出す親友に答えて、フェイトもまた微笑み返す。
これから、戦闘に行くとは思えないような話だった。

「…うん、それじゃあ、私も行ってくるね。」
「すずかやアリサによろしく。」
「うん。」

なのはもそれなりに久々となった海鳴へと向かう。
それは、少し珍しい光景であったけど、それほど珍しいものでもない。
たまにはあるだろう、と言う程度の話だったのに。
ここから、長い、長い一日は始まったのだ。




「…次元転移完了。」
「了解。」

静かに転移を完了させたアースラの前方には、赤茶けた星が移っていた。
所々青いものの、既に死に絶えた星、と言われても信じそうな星だった。

「…う〜ん、予定通りやな。」
「ああ、予定通り。」

クロノとはやては、お互いに顔を見合わせて、苦笑した。
予定通りに事は運んでいる。
だというのに、どこかしっくりしない気分を残しているのは何故だろうか。
考えすぎだろう、と二人は首を振る。

「ハラウオン艦長、八神捜査官の調査資料どおりのポイントに、施設を発見しました。」
「了解した。」

馴染みがあるが、やはり違和感を感じてしまう声に、クロノは返事をした。
現在通信をしているのは、エイミィではない。
エイミィの予備、とも言える通信士だ。
さて、そして、クロノの最高の相棒である彼女はどうしたかと言えば。

「ううう…気持ち悪いです。」
「エイミィは悪阻が酷いタイプだったみたいね。」

海鳴のハラウオン宅でお休み中である。
どうも悪阻が最近酷く、調子が悪そうだったので、エイミィを置いてきたのだ。
クロノからしてみれば、ごく当然なのだが、エイミィはどこか不満そうだった。

「まあ、旦那さんは危険な旅路で、自分は後方待機とかやったら、そうも思うて。」
「…しかし、な。万が一があったら、と思うとな。」
「ハラウオン提督は心配性だったのだな。」

シグナムがほんの少しだけからかう意味もあって、そう言う。
しかし、クロノはどうにも不安そうな顔を緩めなかった。

「だが…流産なんて、考えたくもない。」

憮然とした表情に変わったクロノに、はやてとシグナムは苦笑する。
何とも、この提督らしい話であり、いっそ、当たり前とも言えることだったから。

「まあ、エイミィさんまでフルで動かなあかん、何てことにはならんやろから、大丈夫やて。」
「ん…そう、だな。」

咄嗟に、スムーズに返事できなかったクロノだったが、結局そう言い切った。
制圧だけ考えるのならば、はっきり言って、クロノは何の心配もしていない。
施設規模も、相手の構成人員も、それほどではない。

「…やっかいなものを持っていないといいんだが。」

クロノが心配しているのは、相手が密輸組織、と言う点でもある。
ここで思い浮かんだのが、ユーノからもらった二つの資料のロストロギア。
はっきり言って、二つとも、ここにあった場合、即刻逃げ出したいような相手だ。
まあ、本当にそれこそ、心配のし過ぎか、とクロノは一度目を閉じた。
そして、もう一度目を見開いたときには、艦長の顔となり、号令を発していた。

「これより、制圧任務に入る、制圧部隊メンバーは即座に転送ポートへと集合!」

クロノの号令と共に走り出すいくつもの人影。
任務自体はいつもどおりではなかったけれど、それでも、いつもと変わらない光景。

「…義兄さん。」
「…フェイト、『義兄さん』に用事か?」
「うん、そう。」

その返答に、クロノは少し目を瞬いてから、フッ、と一息吐いた。

「何だ?」
「義兄さん、何をそんなに焦っているの?」
「…僕は、焦っているか?」
「…少し。」

フェイトの言葉に、クロノはまた目を閉じて、自身の事を確認する。
しかし、何となく焦っているのは理解していた。
当然と言えば当然。
今、アースラは転送のために位置を固定している。
もし、この状態で、どこからかギレールが現れたら、と考えると、それだけで苦笑が出てくるのだ。

「…怯えているのさ、僕は。」
「…何に?」
「消えてなくなる事に。」

ブリッジで小声で会話されたこれらの言葉は、二人の間でだけの記憶となった。
フェイトは、それを聞くと、無言で転送ポートへと走り出した。
クロノは、ただ、自身の懐から一枚のカードを取り出しながら、呟いていた。

「エイミィ、僕は…」

必ず、帰る、と新たに決心を顕にした。
それだけの理由は、どこにでもありふれていて、それだけに、真摯なものだった。

「制圧開始!」




『レイス』・スクライアは、のんびりと考えごとをしていた。
さて、これから起こす事は、一体、どうなるかな、と。
まるで、子供のように、しかし、完全に破綻していて。
とっくに自身が破綻している事など理解していたけれど、それでもそれが心地よく感じていた。
それは、愛しいものがとても近くに感じられるようで。
そして、憎いものがとても近くに感じられるようで。
目の前の赤茶けた星が、それらを一心に受け止める対象になりえるだろうか。
手の中の本を弄ぶように開いたり閉じたりしながら、嬉しそうに、微笑んでいた。

星さえも見える暗い空間の中で、戦艦のブリッジに座り、ただ、楽しそうに笑っていた。
それを見ている者たちは、目に光がないか、苦渋に充ちた表情をしているもののみ。
どこにも、健全な者などなく、そこはまるで、光の差さぬ場所。

「さて、管理局――アースラの面々は、どこまで抗ってくれるかな?」

そうつぶやく『レイス』の言葉に、どこからも、反応は返らない。
特に、それに対してどうと思うこともなかったが。
その様子は、まるで、自身の出した手が、どこまで通用するか、見てみたい子供ようで。
しかし、無邪気などとは全く程遠い光を、その目は宿す。
そうその光は――狂気。

ピー、とまるで何かが終わる音が響きわたると共に、船に、光は灯った。



ユーノは、無限書庫で仕事を片付けながら、ふと、リーシュの事を思い出していた。
随分、親しげに話しかけて来た彼女に、内心、不思議な気分だった。
昔、レイスと喧嘩やら何やら色々しながらも、二人で色々やった時期があった。
内心、どうしても勝てない思いはあったけれど、それでもユーノにとってはレイスは友達であり、喧嘩も派手に出来るほど仲が良かったのだ。
その頃のリーシュは、まるでユーノの事を親の仇のように睨んでいたというのに。
あんなに、分かりやすすぎるほどに分かりやすいほどの好意にも、そういえばレイスは気づいていなかった、と思い出した。
どうしてあいつはあんなにお前に突っかかるかな、とか不思議そうに言っていた。
まあ、リーシュは少し度が過ぎている程だった、と今更ながらに思い出した。

「…随分、落ち着いてたな。」

それを思い出すと、先日から会っているリーシュはまるで別人のようだ、と思う。
しかし、それは本当だろうか?
端々に向かって思い出してみると、どこかにおかしな所はなかっただろうか。
そんな思考の渦にはまった事を実感して、ユーノは頭を振って、フッと、一息ついた。
なのはにも指摘されていたが、ユーノは自身がどうにも少々悪循環に陥っているらしい事を実感した。

「ユーノパパ〜、眉間にしわが寄ってます。」
「…そうかぁ。」

イージスに額を突然押さえられて、ユーノは苦笑する。
やっぱり、色々な事を考えていても、ろくな事は想像できないらしい。
それにまあ、目の前の仕事に対する手が止まっているのはやはりよくないわけで。

「今日も、世界はのんびりしているのかなぁ。」
「そうですね〜」

書庫で親子二人のんびりしながら、そんな事を呟いていた。
その様子にアルフは穏やかな笑みを浮かべて、本を重ねて本棚に押し込む。
整理がついた順に放り込みながら、アルフは今度は資料をつくるための本を取りに行く。
それは、いつも通りの書庫の風景、仕事は多いけれど、それでも、穏やかな光景。
いつも通りに温かな…そんな光景だった。





「すずかちゃん、アリサちゃん!」
「なのはちゃん、久しぶり〜」
「元気そうね、って言っても、まだ3ヶ月も経ってないけど。」

苦笑するアリサにつられるように、なのはとすずかも苦笑した。
時刻にして、お昼を少し回ったころ。
今頃ユーノもお昼を食べて午後からの仕事に気合を入れている頃だろう、となのはは笑う。

「ユーノ君とは結構会ってるけど、なのはちゃんは久しぶりだね〜」
「う、ぐ。」

ニコニコしながら言うすずかに、思わずなのははうめき声を出す。
アリサも苦笑していたが、実質的なその辺り、二人ともお互いがお互いに羨ましいだけである。
なのはとユーノは休みが中々合わないために一緒に出かけることができない。
代わりに、なのはは仕事が終わってから、ユーノの部屋に出かけることができる。
まあ、イージスが一緒なので、そこまでいちゃいちゃしたりはしないが、それでも一緒にいれるのだから、そんなに文句はない。

対してすずかは。

ユーノも基本的な所、なのはと予定が合わない場合、取れた休暇は基本的に月村家に行く事に消費する。
まあ、内容がすずかに会いに行く、と言うだけでなく、恭也に訓練つけてもらったり、忍の実験付き合ったり、雫の子守をしたり、と様々だが。
それでも、基本的に一月に一度か二度は会う。
すずかとしては、それだけでも幸せだなぁ、と思えていた。

「たまには休暇が合わないかなぁ〜」

ちょっとだけむくれたなのはに、すずかはポンポンと肩を叩く。

「私は自由にユーノ君に会いにも行けないんだよ?」

何となく、その時のすずかの迫力は尋常ではない、と感じたなのはとアリサであった。

「はいはい、ユーノ談義はいいわよ、あんたら二人だとそうなるのは分からないでもないけど、今日は遊ぶんでしょ?」

そう言って飄々と二人を操るアリサだったが、内心はここで惚気に移ったらまずい、と思ったからである。
惚気との戦いは、日夜続いているのだった。

「うん、それじゃ、今日は目一杯遊ぼう!」

なのはのストレス発散するぞ〜、と言わんばかりの声に、アリサとすずかもノリノリでお〜、と叫ぶのだった。





蠢く雲は、形を整えながら、陽だまりを覆い隠す。
否、それは消そうとする行いに相違なく、非常に意識的なものだ。
今だ、陽だまりに憩う者達の大半はそれを知らず。
もうすぐ、ここに影が落ちる。

その時、陽だまりにいる者たちは、一体どんな顔をするのだろう。
少し嫌な表情だろうか。
それとも安堵するだろうか。
どちらにせよ、もうすぐ影は落ちる。
影が落ちるまで、後、5時間。

ー続くー

進んでいってみました。
ちらほらと人が登場。
もう少しオリキャラが登場するかなぁ、と。





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