「施設からの抵抗、沈黙しました。」
「そうか。」

クロノはその報告にホッと一息ついた。
勿論、そんな様子は微塵も出していなかったが。
施設の調査メンバーを現場に行かせながら、クロノは実行メンバーの状況を再確認する。
犯人一味にも、こちらにも、目立った負傷者はなし。
現場指揮官のはやてもどうやら上手くやってくれたらしい。
杞憂が杞憂に終わる事はよくあることだが、今回、本当にホッとしていた。

「色々と事が起こりすぎるから、過敏なのかもな。」

誰にも聞こえないようにソッと呟きながら、クロノは深々と艦長席に座りなおす。
状況に特に不安な点はない。
メインモニターに映っている現場施設も、特に何もないようだ。
後は調査の結果次第ではあるのだが。

「ハラウオン艦長、アースラは現状待機で?」
「頼む。」

周りの部下達にそれぞれ返事を返しながら、クロノは、さて、と事後処理に頭を回す。
とは言え、これで怪しい密輸組織は一つ壊滅。
少しはのんびりするかもしれない。
無論、ギレールやロストロギア関連で何も起こらなければ、だが。

『艦長、聞こえますか?』
「八神現場指揮官、どうかしたか?」

はやてからの通信に、クロノは返事を返す。
通信から聞こえてくるはやての声はどこか硬い。

『…密輸品が何一つ見つからんのです。』
「…既にどこかに売られたのか?」
『どうも、最近、一つの組織が全部買い上げたって、幸いリストが手に入ったので、そちらに送ります。』
「了解した。」

密輸団の癖に、売った物のリストがあるとは、律儀な事だ、と思う。
とは言え、役に立つのだから文句を言うつもりもないが。

「八神現場指揮官からのデータ、そちらに転送します。」
「ああ。」

送られてきたリストに、クロノはザッ、と目を通す。
上から下半分近くまでは通常品だ。
ただ、犯罪者ルートで回されただけで、そこまで気にする何かではない。
しかし、それ以降に入っているのは、クロノも目にした事がない商品がいくつかあった。
ロストロギアなのか、それとも知らない何かか、とクロノは少し考える。

「すまないが、今からピックアップする項目を無限書庫に調査依頼として送ってくれ。」
「はい。」

この流れは非常にスムーズ。
余談ではあるが、アースラの標語に、『分からない事は無限書庫』などと一度掲げられた事もある。
そのせいで依頼が爆発的になってしまって、ユーノが切れたが。
一般日常的な知識でこれがダイエットに効果がありますか、などと調査が流れてきた段階で温厚なユーノも切れた。
さすがにクロノもこれには失敗した、と思った一つの出来事である。

「他には…ん?」

最後の最後に、明らかに一覧空いている。
何かが書いてあったのを、慌てて消した、と言う感じだ。
他の物と比較しても、それだけは消さなければならないような代物だったのだろうか。
悩むクロノだったが、当たり前ながら、答えは出ない。

「八神現場指揮官、他には何もデータがないのだろうか?」
『当たってますけど…捕らえた人らもこれ以上は知らない、って言うてますし、メインの中もこれと言っては…』
「…そうか。」

金さえ払えば何でも交渉、と言う密輸団なのだ。
ここまで律儀に色々書いているのである。
だと言うのに他の項目はどうあれ、最後の一覧だけは消してあるのだ。
ならば、そこにあったものは、余程、目に触れてはまずいものなのだろう。
最上級のロストロギアだったりしたならば、目も当てられない結果となるかもしれない。

「引き続き、調査を頼む。」
『了解。』

とは言え、ここでまた調査待ちの身となる。
やる事はいくらでもあるが、それも全て指示が出し終わっている。

「…ん?」

何気なくもう一度眺めていたリストの中に、上半分、通常品項目だと思って流し読みした中に、何か気になる一文があったような気がした。
クロノはその通常品項目の部分をもう一度上から見ていく。
それも、通常品だ、と先は思っていた。
たった一文。

『起動キー』

何の、と言う部分さえない。
だから、意識半分ではチェックにひっかからなかったのだろう。
詳細は何もない。
思わず眉間に皺を寄せてしまった。
エイミィがいれば、また皺が寄っている、と言われる所か、とクロノは内心苦笑した。

「背筋が寒くなる。」

ぼそり、とクロノは呟いた。
何でもないその一文を見ているだけで、何故かクロノは背中に悪寒が走っていた。
嫌な予感だ、それも抜群に。

「艦長!」

切羽詰った声に、クロノは反射的に顔をリストから上げて返答していた。

「どうした!?」
「未確認の艦船が一隻こちらに接近してきます!」

背筋を悪寒が走っていく。
先ほどの起動キーと言う単語を見た時と同じ悪寒。
予感など、初めてかもしれない。
しかし、どう考えても、来るものは一つしかない。
クロノはそう予想しながら、一度目を閉じて、それから目を開いた。

「艦船照合!」
「照合します…………ギレール、行方不明艦のギレールです!」

思わずクロノはギリ、と奥歯を鳴らす。
まさか真正面から堂々と来るとは思ってもなかった。
だが、まだそれなら大丈夫だ、ともクロノは思う。
ギレールはまだ星を挟んで反対側だ。
最高速度も加速率もそれほど変わらない。
つまり、この星を中心点にしていれば、特に怖くもない、と言う事となる。

「通信回線、繋げれるか?」
「やってみます!」

通信士は力強く頷くと、呼びかけを始める。
それを聞きながら、さて、通信が繋がったらどういう会話になるか、と思考を巡らして――
その思考は、艦船から響き渡る警告音に打ち消された。

「何事だ!」
「ハ、ハッキングです!」

言うまでもないが、ギレールは新造艦だ。
内部スペック自体は明らかにアースラを上回る。
向こうのスタッフがどうなっているのかは定かではないが普通に行けば――

「駄目です、通信システムの一部が…乗っ取られました!」
「それだけか!?」
「あと、転送システムにハッキングです!」

思わず唸りたくなるような状況だ。
必死にこちらも抵抗しているが、基本的なスペックで負けているのが痛い。
そして、こちらの情報戦の最大のカードがいない。

(これは何かの皮肉か?)

思わずクロノはそう思ってしまった。





「あれ…?」
「どうしたんだよ、はやて?」

施設内で念話を繋げようとして繋がらないので、はやては首を傾げていた。
一緒にいたヴィータも少し不信そうにしている。
通信システムに不調でもあったのだろうか、とはやては思う。
さすがに軌道上まで念話しようと思うと、艦船のシステムが必要となる。
そちらがいかれてしまうと、念話が繋がらなくなる。

「う〜ん、アースラ、聞こえますか、アースラ?」

5秒ほど経過して――唐突に声が聞こえてきた。

『はい、すいません、ちょっと不調のようです。』

それは本日聞き慣れた通信士の声。

「あはは、帰ったら調整せなあきませんね。」
『はい、考えておきますね。 引き続き調査をお願いします。』

どこか硬い印象を覚えながらも、はやてはその言葉に納得して、念話を切った。

「フェイトちゃん、シグナム、調査続行…って言うても、そろそろ何もないかな?」
「そうだね、後15分くらい探して、何もなかったらもう一度念話しようか。」

現場の空気は、少し中だるみ状態であった。
まあ、実際に、何もなかったので仕方がないのであるが。

調査が終わり、停止した動力炉で、いくつもの小さな魔法陣が極小の魔力で構成されて、発動した事も。
そして、それによって、隠密性の非常に高い転送妨害の結界が張られた事も。
その、中だるみを計ったようなタイミングであり、そのうえ隠密性は非常に高く、誰も気づかなくても、また、仕方がなかった。




「今の…私の声!?」

現場との回線が勝手に利用されていた。
アースラを仲介して、ハッキングしたシステムを利用されている。
ハッキングのプロテクトは済んでいたが、既にハッキングされた所はどうしようもない。
それにしても、音声までとは。

「既に、予定済みと言う事か!?」

アースラがここに来る事を知っていたとしか思えない。
そうでなくとも、エイミィの声ではなく、本日たまたまついた予備の通信士の声を用意しているのだ。
こちらの事も調べ上げていると言うような状態と見て間違いないだろう。

「ギレールにエネルギーの集中反応!」
「艦首…アルカンシェルにエネルギーの充填を始めました!」
「目標は、本艦か!?」

そうなると、即刻手を打たなければならない。
幸い、乗っ取られたのは結局、通信システムの一部と転送システムの送信部分だけだ。
とは言え、両方そこだけとれれば充分、と言わんばかりで少々気になったのであるが。
それに、まだまだ星が両艦の間にあるのは変わっていない。
ならば、狙いは必然的にアースラではない。
ここまで気づいて、クロノはならば、狙いは、と思考を改める。

「ギレール、現場部隊の直上への直線コースを辿っています!」
「何…まさか!?」
「目標、調査施設と思われます!」

通信も転送も防いだのはこれが理由!?
クロノは全てが相手の掌の上で動いているような錯覚を捨てきれない。
どちらにしても、そんな事を考えている暇はない。
早く、現場部隊を戻さなくてはならない。
打開策はそれから考えてもまだ遅くはない。
しかし、アースラのシステムによる転送はできない。
受信ポートとしての役割は大丈夫だが、こちらから向こうに、もしくは拾うように転送させることもできない。
転送魔法による転送が必要だった。
それにしても、現場部隊は先ほどの様子からして、明らかに異常に気がついていない。
つまり現場部隊の自力脱出は不可能と言う事になる。
そして、転送魔法の使い手は少ない。
いかに現場メンバーで脱出を決めても、それほどない時間で、犯人一味と自分達、合わせて50人近く。
そう簡単に転送できるはずもない。
アースラで直接迎えに行く?
乗り込んでいるのを待っている最中にぶち込まれるのがオチだろう。
既に、手が詰まっている。
一瞬、よぎったその言葉に、クロノは慌てて首を振る。
当たり前だ、そんな事は認めれるはずもない。

「ギレールがアルカンシェルを撃つであろう予想時刻は!?」
「推定…15分後です!」
「15分…!」

義妹達の命を救えるかどうか、それだけの時間で。
残る手段は何だ?
転送さえできればいい、しかし、そんな都合よく高ランクの転送魔法が使える魔導士が――いた!?
彼らなら、まず間違いなく、そこにいる、とクロノは半ば確信して叫んだ。

「…! 本局、無限書庫へ連絡を!」
「え?」
「今の状況下で呼べる最高はそこだ、急げ!」
「はい!」

クロノの一喝に、通信士は慌てて答えた。





「またクロノから依頼…しかもこんなにイッパイ。」
「多分、制圧先から発見されたリストとかなんだろうね。」

無限書庫でアルフが依頼データを眺めながら溜息を吐き、ユーノは苦笑する。
イージスは先ほどから本をかき集めて山にしている。
クロノからの依頼に対しての資料をかき集めている所だ。
とりあえず、選定は後にして、一気に集めよう、と言う事になっている。
しかし、イージスがまだ独力で集めている段階でも結構な量だ。
やはりより分けた方がいいか、とユーノは溜息を吐く。

「今日も残業だね、これは。」
「全く、クロノもこんな終業一時間前とかに送ってこなくてもいいじゃないのさ。」

アルフがプンプンと怒っているのを見て、そう言えば昔は普通に僕も怒ってたな、とユーノは少し思い出すような仕草をする。

そんな和やかな雰囲気の中だった。

唐突に、黒い影は舞い降りる。

「…は? は、はい! 司書長!」

いつになく切羽詰った呼びかけに、ユーノは弾かれたように振り向く。

「どうしたの!?」
「ハラウオン提督から緊急通信です!」
「緊急…回して!」

ユーノが叫んだ直後に、ウィンドウがすぐさま開いた。
映るクロノの顔に、一切余裕がない。

「すまん、ユーノ、アルフ、事情説明は後だ、今すぐこちらに向かってくれ!」
「…分かった!」

この状況下で聞き返すことなど、意味はない。
事情説明など、走りながらでも聞ける。

「イージス!」
「はい!」

実体化していた身をすぐさま消して、イージスは自分の本体へと意識を戻す。
本当は連れて行かないほうがいいのかもしれないが、イージスの力が必要になるかもしれない。

「ごめん、後は頼む!」

ユーノがそう叫ぶと、司書たちは何も言わずに手を振った。
何も言わずにこんな状態で送り出してくれる彼らに感謝を。

「いくよ、アルフ!」
「はいよ!」

本局転送ポートへの一番近い転送ポートまで約2分。
それだけあればクロノからの事情も聞ける、とユーノは思う。

「アルフ、魔力供給しといた方がいい!」
「分かってるよ!」

子供サイズであったアルフはすぐさま大型の狼形態へと変身し、走り出す。
ユーノは既に低空飛行で空を飛んでいる状態だ。
それでも、約2分。

「クロノ、事情説明!」
「どうなってんだい!」

携帯端末に通信を繋ぎ変えてユーノとアルフは叫ぶ。
すれ違う人が皆、驚いた顔をしているが、かまってはいられない。

『僕達は、どうやらはめられたようだ!』





「さて、ハラウオン提督はどう動くかな…?」

艦長席に座り、『レイス』・スクライアは慌てふためいているであろう、アースラに視線を向けていた。
ここまでの詰み手は上々。
既に王手と言った所まで来ている。
手の中の鍵と本を弄びながら、ゆったりと笑う。
その笑みは、何とも醜く歪んでいた。
しかし、何かを待っているようにも見えた。

「さあ、ユーノ、君は、彼女達が死んだら、どんな顔をしてくれるかな…?」

絶望で彩られるか、悲しみで涙に沈むか。

「そして、最後に悲嘆にくれながら、君は死んでいくんだ。」

まるで台本を喋るかのような口調だった。
『レイス』は、想像する。
ユーノの最後を。
それだけで、心は酷く満足していく。

殺戮へと向けて飛び行くギレールの艦内で、ただ一人、恍惚とした表情を『レイス』は浮かべていた。





雲は来た。
陽だまりを覆い隠す雲が来た。
訪れた暗雲は、まるで狙うかのように纏わりつく。
雲は、陽だまりを覆い隠し、平穏を喰らっていく。
まだ、それを払う術は誰にも見えていない。

ー続くー


唐突に動き出す話。
こつこつと進んでいければいいなぁ。





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